Armed angel #18 二期(第九〜十七話) ニルティエ+刹那+リジェネ
メメントモリ攻略戦を挟んでブレイク・ピラー後の空白の四ヶ月冒頭まで。
全四回。その1。
「スメラギ・李・ノリエガにまだ報告していないのか」
展望室にひとり佇んでいたティエリアに、刹那はそう声を掛けた。ミッション後のティエリアが報告書の提出を滞らせることはめずらしい。
刹那とティエリアがアロウズ上層部の絡んだ政財界のパーティに潜入しての帰路、ダブルオーとセラヴィーはガンダムスローネの発展型アルケーガンダムを駆るアリー・アル・サーシェスと交戦となった。
アリオスとケルディムの参戦によってふたりは無事プトレマイオスに帰還するが、サーシェスを亡き兄ロックオンの仇と知ったライルは、その詳細を問うて待機室に戻るティエリアに食い下がる。
居合わせた刹那はその死の経緯と自分がその仇である反政府ゲリラ組織KPSAに属していたこと、ディランディ兄弟の家族を奪った無差別テロを止められなかったことを明かす。だがライルは兄が世界の変革より私怨をえらんだことに兄らしいと尊敬しつつも一笑し、自分は過去ではなく未来のために闘うのだと云い切った。
どこか思案げにその場から無言で席を外したティエリアのようすを、訝しんだのはアレルヤやマリーだけではない。
「いま…考えをまとめている」
ティエリアは特殊強化された透過壁の窓から見える海中を眺めたままだ。
「あのときのつづきを聞かせてくれ。おまえが見つけた歪みとはなんだ」
帰路、サーシェスとの交戦で途切れた話題を刹那は気にしていた。刹那が過去に見つけた歪みはアレハンドロ・コーナーでありガンダムに拘りつづけるフラッグ乗りであったが、いまアロウズという組織に具体的なそれを刹那はまだ見いだせていない。
「それは…」
言い淀むティエリアを刹那は辛抱強く待った。やはりなにかがあったのだ。パーティでその歪みを見出したのか。そもそもどうしてティエリアはほんとうの敵をこの目で見たいと云いだしたのだろう。
「……ぼくは…」
思いつめたようすでティエリアはことばを吐き出しかける。だがそれは敵機の襲来により阻まれた。
「話はあとだ」
「ああ」
どんな心理状態であれ非常に際しては戦闘モードに切り替わるのが、ガンダムマイスターのティエリア・アーデである。刹那もまた同様に。
アロウズは二機のガンダムをロストしたポイントからプトレマイオスの位置を予測し、その海域を包囲して艦隊戦を仕掛けてきた。スメラギはそこからの脱出と同時にそのまま成層圏を離脱する作戦に出る。
中東は連邦政府の再編計画によって追いつめられ、マリナ・イスマイールのアザディスタンは国として実質上滅んだ。それを目の当たりにしながら、刹那にはいま、アロウズから逃げるために宇宙(そら)に上がるしかできない。
スメラギがその戦術によって敵指揮官の戦術予報士カティ・マネキン大佐にどうにか読み勝ち、CBはその包囲網を突破する。
プトレマイオスの逃げおおせた宙域では、展開する敵の新型MSが単機で威嚇と警告とを示してきた。新型はそれまで連邦のMSが有していなかったGNフィールドを使い、その戦闘力の高さでダブルオーを圧倒する。ダブルオーの支援機オーライザーの仕上げは急務となり、プトレマイオスは最大加速でラグランジュ3のCB偽装ドックへと急ぐ。
その新型のパイロットがイノベイターであり、ヴェーダを掌握しているリボンズがそのMSを開発したのだとティエリアは察した。なのにそれをスメラギに伝えることをしない自身に、ティエリアはおのれの迷いを見る。
リジェネ・レジェッタに突きつけられたことばと、幻のロックオンに告げられたことば。イオリア計画のために生み出されたおのれというイノベイターの存在意義と、イオリアにガンダムを託されたガンダムマイスターであることの意味。
おのれの正義に準じて生きると決意しながら、イノベイターに敵対することがほんとうの未来につながるのかと。
リジェネとの邂逅以来ティエリアはずっと考えつづけ、その狭間で揺れていた。
* * *
ラグランジュ3に到着し、先乗りしていたイアン、その妻リンダ、そしてCBの活動再開とともに王留美の紹介でスカウトされたというアニュー・リターナーの迎えを受ける。
新生CB再建に携わったものたちにとってはリンダとはひさびさの対面で、娘ミレイナとの再会をよろこんだあと、リンダはティエリアにそっと声を掛けてきた。
「あなたも元気そうでよかったわ、ティエリア」
ティエリアは安心させるようにちいさく頷いてみせる。リンダとは初対面になる刹那が、そのやりとりに問う視線をティエリアに向けた。
「…世話になったんだ。まえに話したと思うが、意識が戻ったあと完調までにずいぶん掛かったから」
「それは聞いた。…どんな状態だったのか聞いてもいいか」
ティエリアがだれよりCB再建に尽力した四年間のことを、刹那はほとんど知らないのだ。
「べつにかまわない。ようはなにも食べられない状態だっただけだ」
「拒食か」
「注射や点滴で必要な栄養素を自分で補給していたから厳密に云えばちがうのだと思う。無意識に死にたがっていたとしか云いようがない」
ティエリアにしごくあっさりと返されて、一瞬、刹那はことばに詰まった。
「…無意識に、か」
「むろんだ。ガンダムマイスターに自決がゆるされるとしたら戦場以外ありえない」
「ティエリア」
それは五年前のティエリアを彷彿とさせるものいいだったけれど。
「だが、ぼくはよわかった。そのコントロールができなかった。リンダだけじゃない、クルーみなに面倒を掛けた」
そう淡々と語るティエリアは、たしかになにかをくぐり抜けたものだけが持つ、つよさを秘めている。そのティエリアが、いまになって思いつめるように抱え込んでいるものがある。刹那にはその見当が付かないのが、もどかしい。
「…すまなかった。そのとき、ソレスタルビーイングにいてやれなくて」
ティエリアはきょとんとした顔をして刹那を見、おもむろに笑い出した。
「なんだ」
不可解さに刹那がいささか不機嫌に問えば、ティエリアは笑いを納めて、懐かしいものを見るようにやわらかに笑む。
「きみは、ロックオンに…ニールに似てきたな」
「……俺が?」
「彼にもそういうところがあった。自分のせいでもないのに、こちらの痛みを慮って、手を伸べられないのを責めるところが」
似てきた、そうなんだろうか。刹那にはわからない。
「だが俺がロックオンなら、…いまおまえが抱え込んでいるものを察してやれたのだろうな、とは思う」
「…刹那」
逆に驚いた顔をして、ティエリアはゆるく首を振った。
「ほんとうに……」
「ティエリア」
ティエリアはどこか苦しそうに柳眉を寄せる。
「…もう少しだけ時間をくれ。きみはダブルオーとオーライザーの同調テストがあるだろう。ぼくはシャワーでも浴びてあたまを整理してくる」
そう云われてしまえば、刹那は頷くしかなかった。
けれどその告白は思わぬかたちでもたらされる。
同調テストでツインドライブから放たれたGN粒子は理論上の数値を超え、それとほぼ同時刻、アロウズの衛星兵器メメントモリから放たれた熱光線が中東の国スイールを一瞬にして焼いた。
それを知ったスメラギはプトレマイオスの補給が終わりしだい衛星兵器破壊ミッションに向かうことを決意する。その場でそれに先立って、ティエリアはみなの知らない事実を明かしたのだ。
連邦政府を裏から操り世界を支配しようとしているものの存在を。イノベイターという、ヴェーダによって生み出された生体端末の存在を。
イノベイターはアロウズをうごかし、いまはヴェーダをも掌握している。五年前にCBが武力介入をはじめたときから活動し、トリニティの三機のガンダムスローネを武力介入に参加させ、三十基の疑似GNドライブを搭載したジンクスを国連側に提供した。そう、イノベイターがイオリア・シュヘンベルグの計画を変えてきた。
これまで黙っていた理由をライルに問われたティエリアは、自分たちのほうがイオリア計画の異端である可能性を告げるが、スメラギもアレルヤもそれを否定し、刹那を皮切りに、各々が自らの意志でイノベイターを駆逐することに賛同する。
「だいたいの事情はわかったわ」
なにかをつづけようとしたティエリアを、いますべきことは衛星兵器の破壊だとスメラギはやんわりと遮る。
「あなたはわたしたちの仲間よ」
それにただどこか寂しげな笑みを浮かべるティエリアを、刹那は見ていた。
ティエリアの事情をおおよそ汲んでいるのだろうスメラギに、仲間だと明言されたことをうれしく思わないわけではない。だがあの場でそうされたことで、みなに真実を告げるすべをティエリアは失った。
わかっている。いまおのれの真実を明かせば、少なからずクルーの動揺を招く。自分がふつうの人間とちがうことは以前からのCBのメンバーであれば、みなうすうす気がついている。だがそれでも、イノベイターであるということはまたべつの話だ。まして、要員外のマリーと沙慈は措いても、新参のライルはティエリアが人外であることなど気づくよしもないのだから。
だからこれはたぶん、そうすることで自分がらくになりたいだけなのだ。こうなってしまえばもう、隠し通すしかないだろう。
展望室からぼんやりと宇宙(そら)を眺めながら、ティエリアは溜め息を吐いた。
いまプトレマイオスはオービタルリング上の衛星兵器のあるポイントへと向かっている。
プトレマイオスの出航にともないCBはラグランジュ3の基地を放棄することを図ったが、スメラギのその予報は一歩まにあわず、その直前にアロウズによる攻撃に晒されて、基地は落ちた。リンダをはじめ輸送艇で脱出したクルーたちは無事戦線を離脱するものの、プトレマイオスは戦力差に苦戦を強いられる。しかし戦闘さなかに調整の成ったオーライザーをイアンの頼みにより沙慈が刹那のダブルオーのもとへと届け、ドッキングしダブルオーライザーとなったことで形勢を一気に逆転、窮地を脱した。
その闘いで刹那の駆るダブルオーライザーの放ったGN粒子の大いなる光。ティエリアは淡い緑のその光を、窓から見霽かす宇宙の闇に思い浮かべる。
「ぼくは……あの輝きの導く先を知っている…」
そう、たしかに自分はそれを知っているのだ。
個としての記憶ではない。リジェネにおおまかに明かされたとはいえティエリアにはヴェーダによる情報規制が掛けられたままだ。だからそれはティエリアというつくられた生体端末の、生体端末としての遺伝子の記憶ともいうべきものなのだろう。
まだ明確に象られないそれを、ティエリアは自らのなかに深く意識を沈めることで、追っていく。たいせつな、なにかが。自らの存在理由に関わるなにかが、そこにあったはずだ。
ダブルオーの光。あれは刹那を導く光だ。その感覚はたしかなのに。それは明瞭さを欠いて、なにを意味しているのかが浮かびあがってこない。
ただそれゆえにこそ、この身の真実を刹那には告げなければ。無性にそんな気がしてならなかった。それがたがいにどんな衝撃を与えるのだとしても。
怖れるな。と、あなたなら云うだろうか。四の五の云わずにやれよ、と。
「ロックオン…」
つぶやきが、漏れ聞こえた。
散布されたGN粒子の影響下で、沙慈・クロスロードはおもいを寄せあっていたルイス・ハレヴィに敵として戦場で巡り会った。CBの武力介入が招いた結果として、刹那はふたりに対する責任を感じている。その気鬱から赴くままに向かった展望室に先客がいた。
声を掛けようかと迷い、ティエリアのつぶやいたその名に刹那の脚は自然止まった。ティエリアがひとりロックオンを偲んでいるのなら、いま立ち入るのは躊躇われた。けれど止まった脚は引き返すそぶりを見せない。
先日来のティエリアのようすと、出航まえにスメラギに見せたどこか儚げな笑みが、刹那のうごきを縛っている。
陰で暗躍するイノベイターという存在。ティエリアが見つけた歪み。黙って抱え込んでいたものは、それだけだったのだろうか。イオリア計画の異端がもし我々のほうであったならと思い悩むのは、かつてヴェーダ至上で計画遂行が第一義であったティエリアであればわからなくもない。だが、ほんとうにそれだけのことであったのか。時間をくれとティエリアは云った。告げがたいなにかをまだティエリアが抱えているのなら、それを聞かせてほしかった。
続 2011.12.25.
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「スメラギ・李・ノリエガにまだ報告していないのか」
展望室にひとり佇んでいたティエリアに、刹那はそう声を掛けた。ミッション後のティエリアが報告書の提出を滞らせることはめずらしい。
刹那とティエリアがアロウズ上層部の絡んだ政財界のパーティに潜入しての帰路、ダブルオーとセラヴィーはガンダムスローネの発展型アルケーガンダムを駆るアリー・アル・サーシェスと交戦となった。
アリオスとケルディムの参戦によってふたりは無事プトレマイオスに帰還するが、サーシェスを亡き兄ロックオンの仇と知ったライルは、その詳細を問うて待機室に戻るティエリアに食い下がる。
居合わせた刹那はその死の経緯と自分がその仇である反政府ゲリラ組織KPSAに属していたこと、ディランディ兄弟の家族を奪った無差別テロを止められなかったことを明かす。だがライルは兄が世界の変革より私怨をえらんだことに兄らしいと尊敬しつつも一笑し、自分は過去ではなく未来のために闘うのだと云い切った。
どこか思案げにその場から無言で席を外したティエリアのようすを、訝しんだのはアレルヤやマリーだけではない。
「いま…考えをまとめている」
ティエリアは特殊強化された透過壁の窓から見える海中を眺めたままだ。
「あのときのつづきを聞かせてくれ。おまえが見つけた歪みとはなんだ」
帰路、サーシェスとの交戦で途切れた話題を刹那は気にしていた。刹那が過去に見つけた歪みはアレハンドロ・コーナーでありガンダムに拘りつづけるフラッグ乗りであったが、いまアロウズという組織に具体的なそれを刹那はまだ見いだせていない。
「それは…」
言い淀むティエリアを刹那は辛抱強く待った。やはりなにかがあったのだ。パーティでその歪みを見出したのか。そもそもどうしてティエリアはほんとうの敵をこの目で見たいと云いだしたのだろう。
「……ぼくは…」
思いつめたようすでティエリアはことばを吐き出しかける。だがそれは敵機の襲来により阻まれた。
「話はあとだ」
「ああ」
どんな心理状態であれ非常に際しては戦闘モードに切り替わるのが、ガンダムマイスターのティエリア・アーデである。刹那もまた同様に。
アロウズは二機のガンダムをロストしたポイントからプトレマイオスの位置を予測し、その海域を包囲して艦隊戦を仕掛けてきた。スメラギはそこからの脱出と同時にそのまま成層圏を離脱する作戦に出る。
中東は連邦政府の再編計画によって追いつめられ、マリナ・イスマイールのアザディスタンは国として実質上滅んだ。それを目の当たりにしながら、刹那にはいま、アロウズから逃げるために宇宙(そら)に上がるしかできない。
スメラギがその戦術によって敵指揮官の戦術予報士カティ・マネキン大佐にどうにか読み勝ち、CBはその包囲網を突破する。
プトレマイオスの逃げおおせた宙域では、展開する敵の新型MSが単機で威嚇と警告とを示してきた。新型はそれまで連邦のMSが有していなかったGNフィールドを使い、その戦闘力の高さでダブルオーを圧倒する。ダブルオーの支援機オーライザーの仕上げは急務となり、プトレマイオスは最大加速でラグランジュ3のCB偽装ドックへと急ぐ。
その新型のパイロットがイノベイターであり、ヴェーダを掌握しているリボンズがそのMSを開発したのだとティエリアは察した。なのにそれをスメラギに伝えることをしない自身に、ティエリアはおのれの迷いを見る。
リジェネ・レジェッタに突きつけられたことばと、幻のロックオンに告げられたことば。イオリア計画のために生み出されたおのれというイノベイターの存在意義と、イオリアにガンダムを託されたガンダムマイスターであることの意味。
おのれの正義に準じて生きると決意しながら、イノベイターに敵対することがほんとうの未来につながるのかと。
リジェネとの邂逅以来ティエリアはずっと考えつづけ、その狭間で揺れていた。
* * *
ラグランジュ3に到着し、先乗りしていたイアン、その妻リンダ、そしてCBの活動再開とともに王留美の紹介でスカウトされたというアニュー・リターナーの迎えを受ける。
新生CB再建に携わったものたちにとってはリンダとはひさびさの対面で、娘ミレイナとの再会をよろこんだあと、リンダはティエリアにそっと声を掛けてきた。
「あなたも元気そうでよかったわ、ティエリア」
ティエリアは安心させるようにちいさく頷いてみせる。リンダとは初対面になる刹那が、そのやりとりに問う視線をティエリアに向けた。
「…世話になったんだ。まえに話したと思うが、意識が戻ったあと完調までにずいぶん掛かったから」
「それは聞いた。…どんな状態だったのか聞いてもいいか」
ティエリアがだれよりCB再建に尽力した四年間のことを、刹那はほとんど知らないのだ。
「べつにかまわない。ようはなにも食べられない状態だっただけだ」
「拒食か」
「注射や点滴で必要な栄養素を自分で補給していたから厳密に云えばちがうのだと思う。無意識に死にたがっていたとしか云いようがない」
ティエリアにしごくあっさりと返されて、一瞬、刹那はことばに詰まった。
「…無意識に、か」
「むろんだ。ガンダムマイスターに自決がゆるされるとしたら戦場以外ありえない」
「ティエリア」
それは五年前のティエリアを彷彿とさせるものいいだったけれど。
「だが、ぼくはよわかった。そのコントロールができなかった。リンダだけじゃない、クルーみなに面倒を掛けた」
そう淡々と語るティエリアは、たしかになにかをくぐり抜けたものだけが持つ、つよさを秘めている。そのティエリアが、いまになって思いつめるように抱え込んでいるものがある。刹那にはその見当が付かないのが、もどかしい。
「…すまなかった。そのとき、ソレスタルビーイングにいてやれなくて」
ティエリアはきょとんとした顔をして刹那を見、おもむろに笑い出した。
「なんだ」
不可解さに刹那がいささか不機嫌に問えば、ティエリアは笑いを納めて、懐かしいものを見るようにやわらかに笑む。
「きみは、ロックオンに…ニールに似てきたな」
「……俺が?」
「彼にもそういうところがあった。自分のせいでもないのに、こちらの痛みを慮って、手を伸べられないのを責めるところが」
似てきた、そうなんだろうか。刹那にはわからない。
「だが俺がロックオンなら、…いまおまえが抱え込んでいるものを察してやれたのだろうな、とは思う」
「…刹那」
逆に驚いた顔をして、ティエリアはゆるく首を振った。
「ほんとうに……」
「ティエリア」
ティエリアはどこか苦しそうに柳眉を寄せる。
「…もう少しだけ時間をくれ。きみはダブルオーとオーライザーの同調テストがあるだろう。ぼくはシャワーでも浴びてあたまを整理してくる」
そう云われてしまえば、刹那は頷くしかなかった。
けれどその告白は思わぬかたちでもたらされる。
同調テストでツインドライブから放たれたGN粒子は理論上の数値を超え、それとほぼ同時刻、アロウズの衛星兵器メメントモリから放たれた熱光線が中東の国スイールを一瞬にして焼いた。
それを知ったスメラギはプトレマイオスの補給が終わりしだい衛星兵器破壊ミッションに向かうことを決意する。その場でそれに先立って、ティエリアはみなの知らない事実を明かしたのだ。
連邦政府を裏から操り世界を支配しようとしているものの存在を。イノベイターという、ヴェーダによって生み出された生体端末の存在を。
イノベイターはアロウズをうごかし、いまはヴェーダをも掌握している。五年前にCBが武力介入をはじめたときから活動し、トリニティの三機のガンダムスローネを武力介入に参加させ、三十基の疑似GNドライブを搭載したジンクスを国連側に提供した。そう、イノベイターがイオリア・シュヘンベルグの計画を変えてきた。
これまで黙っていた理由をライルに問われたティエリアは、自分たちのほうがイオリア計画の異端である可能性を告げるが、スメラギもアレルヤもそれを否定し、刹那を皮切りに、各々が自らの意志でイノベイターを駆逐することに賛同する。
「だいたいの事情はわかったわ」
なにかをつづけようとしたティエリアを、いますべきことは衛星兵器の破壊だとスメラギはやんわりと遮る。
「あなたはわたしたちの仲間よ」
それにただどこか寂しげな笑みを浮かべるティエリアを、刹那は見ていた。
ティエリアの事情をおおよそ汲んでいるのだろうスメラギに、仲間だと明言されたことをうれしく思わないわけではない。だがあの場でそうされたことで、みなに真実を告げるすべをティエリアは失った。
わかっている。いまおのれの真実を明かせば、少なからずクルーの動揺を招く。自分がふつうの人間とちがうことは以前からのCBのメンバーであれば、みなうすうす気がついている。だがそれでも、イノベイターであるということはまたべつの話だ。まして、要員外のマリーと沙慈は措いても、新参のライルはティエリアが人外であることなど気づくよしもないのだから。
だからこれはたぶん、そうすることで自分がらくになりたいだけなのだ。こうなってしまえばもう、隠し通すしかないだろう。
展望室からぼんやりと宇宙(そら)を眺めながら、ティエリアは溜め息を吐いた。
いまプトレマイオスはオービタルリング上の衛星兵器のあるポイントへと向かっている。
プトレマイオスの出航にともないCBはラグランジュ3の基地を放棄することを図ったが、スメラギのその予報は一歩まにあわず、その直前にアロウズによる攻撃に晒されて、基地は落ちた。リンダをはじめ輸送艇で脱出したクルーたちは無事戦線を離脱するものの、プトレマイオスは戦力差に苦戦を強いられる。しかし戦闘さなかに調整の成ったオーライザーをイアンの頼みにより沙慈が刹那のダブルオーのもとへと届け、ドッキングしダブルオーライザーとなったことで形勢を一気に逆転、窮地を脱した。
その闘いで刹那の駆るダブルオーライザーの放ったGN粒子の大いなる光。ティエリアは淡い緑のその光を、窓から見霽かす宇宙の闇に思い浮かべる。
「ぼくは……あの輝きの導く先を知っている…」
そう、たしかに自分はそれを知っているのだ。
個としての記憶ではない。リジェネにおおまかに明かされたとはいえティエリアにはヴェーダによる情報規制が掛けられたままだ。だからそれはティエリアというつくられた生体端末の、生体端末としての遺伝子の記憶ともいうべきものなのだろう。
まだ明確に象られないそれを、ティエリアは自らのなかに深く意識を沈めることで、追っていく。たいせつな、なにかが。自らの存在理由に関わるなにかが、そこにあったはずだ。
ダブルオーの光。あれは刹那を導く光だ。その感覚はたしかなのに。それは明瞭さを欠いて、なにを意味しているのかが浮かびあがってこない。
ただそれゆえにこそ、この身の真実を刹那には告げなければ。無性にそんな気がしてならなかった。それがたがいにどんな衝撃を与えるのだとしても。
怖れるな。と、あなたなら云うだろうか。四の五の云わずにやれよ、と。
「ロックオン…」
つぶやきが、漏れ聞こえた。
散布されたGN粒子の影響下で、沙慈・クロスロードはおもいを寄せあっていたルイス・ハレヴィに敵として戦場で巡り会った。CBの武力介入が招いた結果として、刹那はふたりに対する責任を感じている。その気鬱から赴くままに向かった展望室に先客がいた。
声を掛けようかと迷い、ティエリアのつぶやいたその名に刹那の脚は自然止まった。ティエリアがひとりロックオンを偲んでいるのなら、いま立ち入るのは躊躇われた。けれど止まった脚は引き返すそぶりを見せない。
先日来のティエリアのようすと、出航まえにスメラギに見せたどこか儚げな笑みが、刹那のうごきを縛っている。
陰で暗躍するイノベイターという存在。ティエリアが見つけた歪み。黙って抱え込んでいたものは、それだけだったのだろうか。イオリア計画の異端がもし我々のほうであったならと思い悩むのは、かつてヴェーダ至上で計画遂行が第一義であったティエリアであればわからなくもない。だが、ほんとうにそれだけのことであったのか。時間をくれとティエリアは云った。告げがたいなにかをまだティエリアが抱えているのなら、それを聞かせてほしかった。
続 2011.12.25.
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