「天涯の遊子」銀桂篇。
銀時と桂。 万事屋舞台で新八、神楽。回想で坂本。
動乱篇あと。過去回想に柳生篇と攘夷戦争期。
4回に分ける。終盤に微エロあり、注意。
連作的には、柳生篇回想部分で土桂篇『陽炎』と一部連動。
上弦の月、下弦の月。
ともに天に在ることはなくたがいの明日はかさならず。
輝けば沈黙し、翳れば光射す。けれど月はひとつきり。
半に欠けた弦月の、ともに抱くは幽思。
* * *
「つぅ。あー、痛ぇなぁ」
万事屋のソファにいつものように寝転がりながら、銀時がぼやく。
注文どおりいちご牛乳を満たしたコップを運んできた新八が、それをテーブルに置きながら切り出した。
「今回は、桂さんのところへ行かなかったんですね。銀さん」
あちらこちらの疵痕もまだ生々しいからだで、おっくうそうに身を起こしながら、銀時はいつもの気怠げな顔でいちご牛乳へと手を伸ばす。
「なに、それ。なんで俺があの莫迦のとこへ行かなきゃなんないの」
新八は内心の笑いを怺えて、問い返した。
「だって。まえに柳生とやり合ったとき、帰り、銀さんいつの間にかいなくなってて。あとから知らん顔して帰ってきたけど、ちゃんと傷の手当てとかすませてたじゃないですか。あれ、桂さんにしてもらったんでしょう?」
銀時は素知らぬ態でいちご牛乳を飲んでいる。寝そべる定春のうえで酢昆布をかじっていた神楽がこれ見よがしにつぶやいた。
「新八ー。そいつはだめネ。ワタシたちにばれてないと思ってるアル」
ごほっ。銀時が思わず噎せた。
「ちょ、神楽。なに云ってんの。ばれるとかばれないとか。ないよ、銀さん。おまえたちに隠しごとなんて」
「ちっ。これだから、マダオは」
「なに舌打ちしちゃってんの。神楽ー、女の子が舌打ちなんてするもんじゃありません」
神楽が定春の尻を軽く叩いた。ばかでかい白い狛犬が、むくりとからだを起こす。
「定春、散歩行くヨ。銀ちゃんはさっさとヅラのところ行って、ついでにヅラをここへ連れてくるヨロシ」
そのまま散歩に出てしまった神楽を見送って、銀時は思わず新八を見た。
「新八くぅん。なんですかー、あれ。反抗期?」
「いや、神楽ちゃん寂しいんじゃないですか。桂さん、ここのところあんまり万事屋に顔を見せないから」
* * *
紅桜の一件のあと、万事屋を案じて遠のきかけていた桂の足は、銀時がちょこちょこと桂の隠れ家を訪なうようになってから、また以前のように顔を出すようになった。そのたび桂が持参する、季節を彩った上品で繊細な和菓子や、妙に気の利いた洒落た洋菓子は、銀時の嗜好と万事屋三人の胃袋を満たすだけでなく、目をたのしませてくれる。
ことに神楽はやはり女の子で、めずらしく胃袋を満たすまえに、しげしげとそのきれいでかわいい菓子たちを眺めるのを習慣としていた。
「ヅラぁ。このケーキ、TVに出てたアル」
「あ、僕知ってます。これ。お通ちゃんも大絶賛してました」
「うむ。エリザベスがな。いま妙齢のおなごに大人気だとかで、並んで買ってきてくれたのだ」
銀時にはさっぱりわからない話だったが、ぱりぱりに焼かれた薄いパイ生地にふわふわのスポンジとカスタードクリームがくるまれていて、そのうえに大きないちごがふたつ、周囲に添えられた木苺にブルーベリー。それが生クリームで飾られていて、ほのかに洋酒で香りづけられている。見るからにうまそうだ。
「うぉ。エリーがかアルか」
「なんで、あの白いのが、んなことに詳しいんだよ」
「彼女に聞いたらしくてな。その彼女にも買ったと云っていたから、いまごろよろこんで、ふたりで食しているのではないか」
自分はあまり食べないくせに、きっちり数に入れて手土産を持参してくるから、桂が食べきれない分はたいがいは神楽の胃袋に納まった。またそのさまをやわらかな眼差しで眺めている桂を見ると、銀時は妙に背中がむずがゆくなるのだ。
長い付き合いだが、こいつが、ごく稀にせよ、こんな穏やかな表情を見せるようになったのはここ最近のことで、それはどこかしら在りし日の師の面影を思わせた。
そんなわけで、餌付けされた万事屋の子らは桂にいっそう懐き、銀時もまたその状況を表向きはどうあれ、内心歓迎していたことは否めない。
柳生と大立ち回りを演じる羽目になったきっかけも、とどのつまりは、お妙の泣き面のむこうに無理して笑うであろう姿が透けて見え、それがどこかしらかつての桂にかさなったからにほかならなかった。
敵の大将に投げつけたことばは、そのまま我が身に返る諸刃の剣だ。
おんしがいのおなったら泣くと、桂さんが云うもがやきな。坂本に云われたことばは、銀時が見ないふりで遠ざけてきた過去の現実を、白日のもとにさらした。高杉が、ゆるさねぇ、と銀時のうしろを取って殺気を込めて云い放ったのは、その桂の姿を銀時の去ったあと目の当たりにしたからではなかったか。
闘いの最中だというのに、無性に桂に会いたくなった。だから闘い終えたあとその足でまっすぐ桂の隠れ家へと向かっていたのは、ほとんど無意識の行動だった。
いまさらに過去を詫びようとしたわけではない。詫びて詫びられることですらないと、銀時は知っている。
幸いにも桂は、銀時の知るその隠れ家にいた。玄関先に落人のごとく現れた銀時に、桂はさして動じる気配もなく、開口一番宣った。
「また、爆撃でもされたか」
「るせー。これは、あれですぅ。イメチェンですぅ」
「なんどイメチェンすれば気がすむのだ。どうあがいたところで貴様の天パは治らん」
云いながら、桂は銀時を部屋に招じ入れ、手早く着物を脱がして、手慣れたしぐさで手当てをしていく。
「また疵痕が増えるな」
ぽん、と最後の包帯を巻き終えて、桂は銀時の背を叩いた。そのまま、茶でも淹れよう、と厨に向かった桂がもどるのを着物を直して銀時は待つ。
「驚かねーのはいまさらだが…。なんも聞かないわけ?」
「その怪我の理由をか?それとも怪我を負った身でここへ来たわけをか?」
桂は急須から湯呑みに茶を注ぎ、菓子器に盛られた茶菓子を差し出した。
「いただきものだが。同志のものが実家から送られてきたと云ってな」
「いやいや。好きですよー、銀さん、これ」
それは素朴な干し柿だった。食むと懐かしい味がする。師の家の軒下につるされたその実を思い出させた。いまほど甘味の豊富でなかった当時、銀時には貴重な甘味の補給源だった。しかしいまこのタイミングで出されると、まるで過去を振り返れとでも云われたかのようで、いささか据わりがわるい。
「喧嘩だったのだろう?」
銀時の内心を知ってか知らずか、桂が話題をもどす。
「柳生との」
ぎょっとなって、銀時は桂を見なおした。
「おま…、なんで、わかんのよ」
桂はすました顔で、菓子器から干し柿をひとつ摘んで、口に運ぶ。
ああ、そうか。こいつはまだ、万事屋の、俺の、身辺にそれとなく気を配っているわけか。ありがたいような腹立たしいような、複雑な心境が顔に出たらしい。桂は一口囓った干し柿を銀時の口許に寄せて、いたずらっぽく笑った。
「別段、貴様たちを見張っているわけではない。それに柳生の筋からも情報は入るのでな」
銀時は、差し出された食べかけの干し柿をぱくりとほおばる。
「怖ぇーよ。党首さまは。どこにどれだけ通じてんだよ」
桂はただ、笑むだけだ。
* * *
それがつまりは、銀時の腰を重くしている原因だった。
幕府お抱えの剣術指南役であった柳生にも通じているなら、真選組の情報にも通じていると見るべきだろう。いや、それでなくとも。真選組での動乱、すなわち伊東鴨太郎の背信行為に、鬼兵隊が一枚噛んでいたのだから。鬼兵隊の動向として桂一派がその情報をつかんでいると考えるのが妥当だ。
「銀さん。もしかして桂さん、僕たちが真選組に与したと思って、それで万事屋にちかづかないようにしてるんでしょうか」
銀時の向かいに腰をおろしてお茶を飲んでいた新八が、ふいに切り出した。いや、ふいにではなく、おそらく新八なりに考えていたことなのだろう。真選組の隊服を着て真選組に協力したとあっては、そう見られてもいたしかたのない状況ではあった。
銀時はいちご牛乳を啜りながら首を振る。
「んにゃ。あいつはそんな肝のちいせぇやつじゃねーよ。なんかいろいろ忙しいんじゃねーの。あれでも一応党首なわけだし?」
「そうですか。そうですよね。ならいいんですけど」
あきらかにほっとしたような表情で新八が云う。
「でも、銀さん。それなら桂さんの暇をみて、いちど呼んでくださいね。神楽ちゃんのためにも」
「んー。まあ、考えとくわ」
「頼みましたよ」
呼んでやりたいのは、というより銀時自身が会いたいのは山々だったが、それを躊躇っているのは、ことが桂ひとりの感情ではすむまいと思えたからだ。
銀時が真選組に助力したことを、たしかに桂は気にすまい。だが、攘夷の党の同志すべてがそう捉えるとは限らない。いや、むしろ。かつての白夜叉である銀時を知るぶん、真選組すなわち幕府側についたのだと思い込まれた場合、その反感は大きいだろう。
銀時の、闘いの判断基準、護ることへの価値観を、いまの桂はわかってくれていると、銀時は信じる。信じるが、桂が桂個人の感情より党首としての立場を優先せざるを得ない状況になれば、銀時に、万事屋に、おいそれと会いに来られるわけがない。
そう考えて、せっかくのいちご牛乳の甘さも半減しかけていたとき。
「銀ちゃぁん」
散歩に出たはずの神楽が、定春に乗って、文字どおり飛んで帰ってきた。
どっすん。
「おわっ。おも、重いっ。神楽、定春、退けろ」
玄関口から応接室の銀時めがけて飛び込んだ定春にのしかかられて、銀時がひしゃげた声をあげる。神楽が定春の背から目を輝かせて、下敷きになったままの銀時を覗き込んだ。
「ヅラ、来たアル」
「銀時くん、いますかー」
頭上から、ふたつの声がかさなって降ってくる。
「いますかじゃねーっ。なにいっしょになって踏んでんの。この莫迦ヅラ」
定春の背に乗った神楽の、すぐうしろから、桂が顔を覗かせていた。
続 2008.04.24.
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上弦の月、下弦の月。
ともに天に在ることはなくたがいの明日はかさならず。
輝けば沈黙し、翳れば光射す。けれど月はひとつきり。
半に欠けた弦月の、ともに抱くは幽思。
* * *
「つぅ。あー、痛ぇなぁ」
万事屋のソファにいつものように寝転がりながら、銀時がぼやく。
注文どおりいちご牛乳を満たしたコップを運んできた新八が、それをテーブルに置きながら切り出した。
「今回は、桂さんのところへ行かなかったんですね。銀さん」
あちらこちらの疵痕もまだ生々しいからだで、おっくうそうに身を起こしながら、銀時はいつもの気怠げな顔でいちご牛乳へと手を伸ばす。
「なに、それ。なんで俺があの莫迦のとこへ行かなきゃなんないの」
新八は内心の笑いを怺えて、問い返した。
「だって。まえに柳生とやり合ったとき、帰り、銀さんいつの間にかいなくなってて。あとから知らん顔して帰ってきたけど、ちゃんと傷の手当てとかすませてたじゃないですか。あれ、桂さんにしてもらったんでしょう?」
銀時は素知らぬ態でいちご牛乳を飲んでいる。寝そべる定春のうえで酢昆布をかじっていた神楽がこれ見よがしにつぶやいた。
「新八ー。そいつはだめネ。ワタシたちにばれてないと思ってるアル」
ごほっ。銀時が思わず噎せた。
「ちょ、神楽。なに云ってんの。ばれるとかばれないとか。ないよ、銀さん。おまえたちに隠しごとなんて」
「ちっ。これだから、マダオは」
「なに舌打ちしちゃってんの。神楽ー、女の子が舌打ちなんてするもんじゃありません」
神楽が定春の尻を軽く叩いた。ばかでかい白い狛犬が、むくりとからだを起こす。
「定春、散歩行くヨ。銀ちゃんはさっさとヅラのところ行って、ついでにヅラをここへ連れてくるヨロシ」
そのまま散歩に出てしまった神楽を見送って、銀時は思わず新八を見た。
「新八くぅん。なんですかー、あれ。反抗期?」
「いや、神楽ちゃん寂しいんじゃないですか。桂さん、ここのところあんまり万事屋に顔を見せないから」
* * *
紅桜の一件のあと、万事屋を案じて遠のきかけていた桂の足は、銀時がちょこちょこと桂の隠れ家を訪なうようになってから、また以前のように顔を出すようになった。そのたび桂が持参する、季節を彩った上品で繊細な和菓子や、妙に気の利いた洒落た洋菓子は、銀時の嗜好と万事屋三人の胃袋を満たすだけでなく、目をたのしませてくれる。
ことに神楽はやはり女の子で、めずらしく胃袋を満たすまえに、しげしげとそのきれいでかわいい菓子たちを眺めるのを習慣としていた。
「ヅラぁ。このケーキ、TVに出てたアル」
「あ、僕知ってます。これ。お通ちゃんも大絶賛してました」
「うむ。エリザベスがな。いま妙齢のおなごに大人気だとかで、並んで買ってきてくれたのだ」
銀時にはさっぱりわからない話だったが、ぱりぱりに焼かれた薄いパイ生地にふわふわのスポンジとカスタードクリームがくるまれていて、そのうえに大きないちごがふたつ、周囲に添えられた木苺にブルーベリー。それが生クリームで飾られていて、ほのかに洋酒で香りづけられている。見るからにうまそうだ。
「うぉ。エリーがかアルか」
「なんで、あの白いのが、んなことに詳しいんだよ」
「彼女に聞いたらしくてな。その彼女にも買ったと云っていたから、いまごろよろこんで、ふたりで食しているのではないか」
自分はあまり食べないくせに、きっちり数に入れて手土産を持参してくるから、桂が食べきれない分はたいがいは神楽の胃袋に納まった。またそのさまをやわらかな眼差しで眺めている桂を見ると、銀時は妙に背中がむずがゆくなるのだ。
長い付き合いだが、こいつが、ごく稀にせよ、こんな穏やかな表情を見せるようになったのはここ最近のことで、それはどこかしら在りし日の師の面影を思わせた。
そんなわけで、餌付けされた万事屋の子らは桂にいっそう懐き、銀時もまたその状況を表向きはどうあれ、内心歓迎していたことは否めない。
柳生と大立ち回りを演じる羽目になったきっかけも、とどのつまりは、お妙の泣き面のむこうに無理して笑うであろう姿が透けて見え、それがどこかしらかつての桂にかさなったからにほかならなかった。
敵の大将に投げつけたことばは、そのまま我が身に返る諸刃の剣だ。
おんしがいのおなったら泣くと、桂さんが云うもがやきな。坂本に云われたことばは、銀時が見ないふりで遠ざけてきた過去の現実を、白日のもとにさらした。高杉が、ゆるさねぇ、と銀時のうしろを取って殺気を込めて云い放ったのは、その桂の姿を銀時の去ったあと目の当たりにしたからではなかったか。
闘いの最中だというのに、無性に桂に会いたくなった。だから闘い終えたあとその足でまっすぐ桂の隠れ家へと向かっていたのは、ほとんど無意識の行動だった。
いまさらに過去を詫びようとしたわけではない。詫びて詫びられることですらないと、銀時は知っている。
幸いにも桂は、銀時の知るその隠れ家にいた。玄関先に落人のごとく現れた銀時に、桂はさして動じる気配もなく、開口一番宣った。
「また、爆撃でもされたか」
「るせー。これは、あれですぅ。イメチェンですぅ」
「なんどイメチェンすれば気がすむのだ。どうあがいたところで貴様の天パは治らん」
云いながら、桂は銀時を部屋に招じ入れ、手早く着物を脱がして、手慣れたしぐさで手当てをしていく。
「また疵痕が増えるな」
ぽん、と最後の包帯を巻き終えて、桂は銀時の背を叩いた。そのまま、茶でも淹れよう、と厨に向かった桂がもどるのを着物を直して銀時は待つ。
「驚かねーのはいまさらだが…。なんも聞かないわけ?」
「その怪我の理由をか?それとも怪我を負った身でここへ来たわけをか?」
桂は急須から湯呑みに茶を注ぎ、菓子器に盛られた茶菓子を差し出した。
「いただきものだが。同志のものが実家から送られてきたと云ってな」
「いやいや。好きですよー、銀さん、これ」
それは素朴な干し柿だった。食むと懐かしい味がする。師の家の軒下につるされたその実を思い出させた。いまほど甘味の豊富でなかった当時、銀時には貴重な甘味の補給源だった。しかしいまこのタイミングで出されると、まるで過去を振り返れとでも云われたかのようで、いささか据わりがわるい。
「喧嘩だったのだろう?」
銀時の内心を知ってか知らずか、桂が話題をもどす。
「柳生との」
ぎょっとなって、銀時は桂を見なおした。
「おま…、なんで、わかんのよ」
桂はすました顔で、菓子器から干し柿をひとつ摘んで、口に運ぶ。
ああ、そうか。こいつはまだ、万事屋の、俺の、身辺にそれとなく気を配っているわけか。ありがたいような腹立たしいような、複雑な心境が顔に出たらしい。桂は一口囓った干し柿を銀時の口許に寄せて、いたずらっぽく笑った。
「別段、貴様たちを見張っているわけではない。それに柳生の筋からも情報は入るのでな」
銀時は、差し出された食べかけの干し柿をぱくりとほおばる。
「怖ぇーよ。党首さまは。どこにどれだけ通じてんだよ」
桂はただ、笑むだけだ。
* * *
それがつまりは、銀時の腰を重くしている原因だった。
幕府お抱えの剣術指南役であった柳生にも通じているなら、真選組の情報にも通じていると見るべきだろう。いや、それでなくとも。真選組での動乱、すなわち伊東鴨太郎の背信行為に、鬼兵隊が一枚噛んでいたのだから。鬼兵隊の動向として桂一派がその情報をつかんでいると考えるのが妥当だ。
「銀さん。もしかして桂さん、僕たちが真選組に与したと思って、それで万事屋にちかづかないようにしてるんでしょうか」
銀時の向かいに腰をおろしてお茶を飲んでいた新八が、ふいに切り出した。いや、ふいにではなく、おそらく新八なりに考えていたことなのだろう。真選組の隊服を着て真選組に協力したとあっては、そう見られてもいたしかたのない状況ではあった。
銀時はいちご牛乳を啜りながら首を振る。
「んにゃ。あいつはそんな肝のちいせぇやつじゃねーよ。なんかいろいろ忙しいんじゃねーの。あれでも一応党首なわけだし?」
「そうですか。そうですよね。ならいいんですけど」
あきらかにほっとしたような表情で新八が云う。
「でも、銀さん。それなら桂さんの暇をみて、いちど呼んでくださいね。神楽ちゃんのためにも」
「んー。まあ、考えとくわ」
「頼みましたよ」
呼んでやりたいのは、というより銀時自身が会いたいのは山々だったが、それを躊躇っているのは、ことが桂ひとりの感情ではすむまいと思えたからだ。
銀時が真選組に助力したことを、たしかに桂は気にすまい。だが、攘夷の党の同志すべてがそう捉えるとは限らない。いや、むしろ。かつての白夜叉である銀時を知るぶん、真選組すなわち幕府側についたのだと思い込まれた場合、その反感は大きいだろう。
銀時の、闘いの判断基準、護ることへの価値観を、いまの桂はわかってくれていると、銀時は信じる。信じるが、桂が桂個人の感情より党首としての立場を優先せざるを得ない状況になれば、銀時に、万事屋に、おいそれと会いに来られるわけがない。
そう考えて、せっかくのいちご牛乳の甘さも半減しかけていたとき。
「銀ちゃぁん」
散歩に出たはずの神楽が、定春に乗って、文字どおり飛んで帰ってきた。
どっすん。
「おわっ。おも、重いっ。神楽、定春、退けろ」
玄関口から応接室の銀時めがけて飛び込んだ定春にのしかかられて、銀時がひしゃげた声をあげる。神楽が定春の背から目を輝かせて、下敷きになったままの銀時を覗き込んだ。
「ヅラ、来たアル」
「銀時くん、いますかー」
頭上から、ふたつの声がかさなって降ってくる。
「いますかじゃねーっ。なにいっしょになって踏んでんの。この莫迦ヅラ」
定春の背に乗った神楽の、すぐうしろから、桂が顔を覗かせていた。
続 2008.04.24.
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