連作「天涯の遊子」の番外、銀桂篇。其の二。
銀時と桂。と、銀時 in エリザベス。
後半に微エロあり、注意。R15相当。
ヅラ誕 2008、in エリー番外三部作の急。銀誕合わせ。
番外は、天涯の遊子設定での、もうひとつの世界。
☆上篇は初出時より一段落ぶん長く取って切り直しましたため、
銀誕後に再アップされております。
中篇をごらんいただくまえに、最後だけ読み足して補完ください。
実りの多かった、京都での穏健派支援者との会談を終えた、九日の深更。
最終の新幹線にはまにあわず、結局一泊して江戸には翌日に戻ることとなる。桂はそれでもほっとしたような顔で、エリぐるみの銀時が手配したその宿にくつろいだ。仕事での利用だから由緒ある老舗の旅籠というわけにはいかないが、まったくのビジネス旅籠というわけでもなく、そこそこ規模のある観光拠点にも向いたシティ旅籠である。
さて、なにを持っていってやろうか。なにがいいと思う?エリザベス。やっぱり甘味かな。京都なら名産は。
べたなみやげものの名をいくつか出してあれこれ思案気な桂は、常の能面のままだが、幼なじみにだけわかる微妙さで、どことなしわくわくして見える。その姿に、
『その身ひとつでいいんじゃないですか』
思わず本音が出た。
きょとんとした顔で、桂が見るのへ、あわてて看板を出し直す。
『誕生日には、いちごいっぱいのホールケーキでしょう』
「うむ。やはりこういうときには定番だな」
ひとり納得して頷く桂の横顔を、銀時はエリぐるみのなかから愛しげに眺める。もっとも銀時自身にそんな自覚はないのだった。
だが。翌、十日の帰京は叶わなかった。
その早朝、桂が宿泊先の旅籠の階段から転けたからだ。ひとりで起き抜けに旅籠の一階にあるみやげもの屋を覗きに出たらしい。この莫迦は。両手にみやげものを抱えた状態で、よせばいいのに階段を使ったのだ。
またあたまから血を流さずにすんだのは不幸中の幸いで、骨折も免れたが、両の足首を捻って、ひとりでは立つこともままならない。それでも今日中に帰るのだと云い張る桂に、エリぐるみの銀時は首を振った。
『坂田さんには自分が連絡を入れておきますから』
「しかしだな、エリザベス」
それ以上は問答無用で、病院の治療から戻った旅籠の寝台に、抱えた桂を投げ入れる。
『いいから、寝てろってんだよ、このやろー』
ぞんざいになった口調にエリザベスの不機嫌を覚ったのか、ようやく折れた。というかこのばあいはエリぐるみの銀時であるのだが、キレると口調が荒むのはエリザベスの特徴だったから、問題はあるまい。
「………うむ。いたしかたないか。せめて電話なりと入れてやろう。この日におれがおらぬでは、あれが寂しがるからな」
だれが、寂しがるんだ、ふざけんな。とはさすがにエリぐるみの身では云えず、枕元の電話の受話器を外して手渡した。白いもののあるかないかの手指で外線と万事屋のナンバーを押す。この時間なら、もう新八が出勤しているだろう。
電話の向こうでは新八と神楽が声を揃えた。よしよし。元気にやってるな。
「気にしないでください、桂さん。銀さん仕事で出てるんです。きょうはどのみちいないんですよ。あさってには戻ると云ってましたから、つぎの日にでも集まってお祝いしようかって、みんなで」
「ヅラ。おみやげ忘れるなヨ。酢昆布もナ」
「ヅラじゃない、桂だ。リーダーにはすでに五色豆を用意してあるぞ」
「なにアルか、それ。うまいアルか」
電話口で子どもらと和む桂は、足の怪我のことは告げていない。この足ではたとえ帰京できても、明明後日に万事屋まで祝いに出かけることはむずかしいだろう。てか、無理だ。それを云えば子らにいらぬ気を遣わせると、桂は承知している。きっと当日はほんもののエリザベスにでも土産とケーキを携えさせて、代わりに寄こす気なのだ。急用が入った、すまぬ。と、とってつけた詫びのひとことなりと添えて。
だれよりきょうという日を過ごしたいあいてと、せっかくこうしてふたりでいるのに。当の自分はこの白いもののなかで、ペンギンお化けを演じて。
なんかこれって、おかしくね? 理不尽じゃね?
そんなことを思っていると、名残惜しげに電話を切った桂は、残念そうに呟いた。
「会えぬなら、せめて電話口ででもひとこと祝ってやりたかったのだがな」
おいおいおいおい。俺、けっこうヅラくんに、おもわれちゃってない?
エリぐるみのなかで、知らず口許のゆるむ銀時だった。
実際のところ、銀時自身には誕生日を祝うことそのものへの関心は薄い。
自分たちが幼いころには、まだまだ誕生した日を言祝ぐ習慣は根付いていなかったからだが、ほんとうの誕生日が知れないこともその一因ではある。
だがそれでもこの日を特別に思えるようになったのは、それが松陽の定めてくれた日だったからだ。そして、その日をうれしそうに祝ってくれる存在が、身近にあったからだ。
この日が、松陽が銀時と出会った日であったことは、あとになって知った。松陽に拾われたとき、銀時には月日の観念などなかったから。あったのは暑さ寒さの季節の移ろいと、せいぜいが、年越しの忙しなさと賑わいと正月の朝のしんと静まりかえった空気くらいのものだ。それで一年の流れを知ったくらいのことなのだ。
松陽と、桂と、高杉と。三人で揃って祝ってくれた昔日。戦時にも、戦時だからこそ、みなの誕生日はかわりばんこに祝意の対象となった。そのころにはむろん松陽は亡かったが、相前後するように坂本がその輪に加わっていた。
そのことを桂はだれより知っている。
怪我の身の痛みより、おのれへの祝いを優先させてくれようとした桂の、このおもいに応えたい。いや、それよりなにより。銀時自身が、この日を桂と過ごしたい。
だってせっかくそばにいるのに。手の届く距離に。目のまえに。いるのに、触れることもできないなんて。そんなのありか。誕生祝いにこれはないだろ。
電話のあとおとなしく寝台に納まった桂は、代わって今日明日以降の予定の変更とその調整とをメールとファクスを駆使して方々に連絡し終えたエリザベスを見て云った。
「せっかくの京都なのだから、おれにつきあって宿にこもっていることはないぞ、エリザベス。天からの休日と思って、きょうはもうおとなしくしているから、おまえも観光なりとしてくるがいい」
そういって部屋を追い出され。
「案ずるな。厠くらいは松葉杖を頼りに自力で行ける」
などという、もっともな心配だがよけいなひとことで、エリぐるみの銀時を脱力させた。
しかしまあ、これこそが天の配剤というやつだ。
銀時が桂のそのことばに素直に従ったのは、そう考えてのことである。
フロントからの呼び出しで、部屋の内線に桂が出た。念のため偽名で泊まっているのに、
「はい。桂ですけどー」
と出る莫迦に、あとであたまのひとつも叩(はた)いてやる、と決意する。
「あー、俺」
「あーおれさん?」
「銀さんでーす」
「…銀時? どうしてここがわかったのだ。てか、仕事で出ていたのではなかったか?」
宿近くのコンビニまえの公衆電話。白いものの姿のまま銀時は立っていた。
「だから、その仕事でこっちのほうに来てたんだよ」
嘘は吐いていない。これは誕生日プレゼントという名の坂本からの依頼仕事だ。
「いやー。手っ取り早く仕事すませて、せっかくなんで観光でもと思ってよ。そしたらさ。あの白いペンギンお化けにばったり会っちゃって」
「あの白いペンギンお化け、ではない。エリザベスだ」
「なによ、おめー、階段から転けて怪我したって? あいかわらず抜けてんのな」
「む。わざわざそんなことを云うために電話をよこしたのか」
「ちげーよ。おまえ、きょうは何日?なんの日だよ。なにか云うこと忘れてない?」
「なんだ、そのことか。わざわざ電話でせびるなど、やっぱりおれがおらぬと寂しいのだな」
「ちがいますー。もらえるものはもらってやろうと思っただけですぅ」
「ケーキなら、ないぞ。買うまえに転けたのでな」
えらそうに云うな。
「あー、だからさ。見舞いにケーキ持ってってやるから。俺のぶんは、おまえスポンサーな」
「なんだそれは。どうせぜんぶ貴様が食うのだろう。見舞いでもなんでもないではないか」
文句を垂れるのを、無視して受話器を置く。銀時はコンビニの厠でエリぐるみを脱ぐと大きな風呂敷包みにまとめる。
こじゃれたケーキ屋が、天満宮の近くにあるのを見つけていた。エリザベスとして観光用にと持たされた小遣いがあるから、いちごのホールケーキくらいらくに買えるだろう。そのまえに、ついでに二色蕎麦でも買ってってやるか。うん、こっちはまあ、自腹で。
コンビニを出かけて立ち止まり、銀時は弁当売り場に足を向けた。
足首に巻かれた白い包帯が目を射る。宿の浴衣一枚だけに覆われたからだ。なるべく負担が掛からぬよう横抱きにして背後からそっと抱きしめた。
蕎麦も洒落た箱のケーキも、部屋に設えられたちいさな半透明の円卓のうえに投げ出されている。店で入れてもらったドライアイスは一時半(いっときはん)は持つから、だいじょうぶ。
そんな愚にも付かないいいわけで、見舞いに来るなりベッドの桂に口接けた。抱えた大きな風呂敷包みに疑問を挟んだ桂には、今回の仕事の道具だから触るなよ、と寝台際の床に起きながら云い含める。真実だが、いまこれを見られたらさすがにまずい。
「ちょ…待て。銀時」
「待たねー」
だってこの二日と半日、ずっと待ってたのもおなじなのだから。
「怪我人に欲情するのか貴様は」
「なにをいまさら」
戦んときには怪我のない日なんかなかったじゃん、おたがいに。そう囁いて耳朶を咬んだ。桂がふるりと震える。
おかしなもので、創痍の身には比例するかのように熱が宿る。その痛みを打ち消す痛みを、快楽を、無意識に欲したものか。こころでもからだでも、受けた傷を癒すのは、中途半端なやさしさなどではなかった。いまはむかしのことだが。
「銀。江戸に帰らずともよいのか」
「俺はあさってまで仕事なんですぅ」
やわらかな耳の付け根から、頬から顎のなめらかな輪郭。きれいな喉もとまでを口唇と舌でなぞって、仄かに色づきぷっくりとした口唇を食む。
「ん…」
ようやく小言をやめた口唇が、ゆるりとそれに応えた。背後に拗られた首筋の浮き出たラインが色っぽい。そこに噛みつき浴衣の肩を抜いて、背を貝殻骨から腰へと徐々に下った。黒絹の髪を鼻先で掻き分けながら、胸に回した両の掌でふたつの尖りを転がす。
あ…あ。桂の口から鼻に抜けたような声が零れた。甘いあまい音色。しだいに熱を帯びてゆく肌もまた、甘く匂い立つ。幾度となく味わいながら厭きることのない、至極の甘露にしばし銀時は酔った。
続 2008.10.14.
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実りの多かった、京都での穏健派支援者との会談を終えた、九日の深更。
最終の新幹線にはまにあわず、結局一泊して江戸には翌日に戻ることとなる。桂はそれでもほっとしたような顔で、エリぐるみの銀時が手配したその宿にくつろいだ。仕事での利用だから由緒ある老舗の旅籠というわけにはいかないが、まったくのビジネス旅籠というわけでもなく、そこそこ規模のある観光拠点にも向いたシティ旅籠である。
さて、なにを持っていってやろうか。なにがいいと思う?エリザベス。やっぱり甘味かな。京都なら名産は。
べたなみやげものの名をいくつか出してあれこれ思案気な桂は、常の能面のままだが、幼なじみにだけわかる微妙さで、どことなしわくわくして見える。その姿に、
『その身ひとつでいいんじゃないですか』
思わず本音が出た。
きょとんとした顔で、桂が見るのへ、あわてて看板を出し直す。
『誕生日には、いちごいっぱいのホールケーキでしょう』
「うむ。やはりこういうときには定番だな」
ひとり納得して頷く桂の横顔を、銀時はエリぐるみのなかから愛しげに眺める。もっとも銀時自身にそんな自覚はないのだった。
だが。翌、十日の帰京は叶わなかった。
その早朝、桂が宿泊先の旅籠の階段から転けたからだ。ひとりで起き抜けに旅籠の一階にあるみやげもの屋を覗きに出たらしい。この莫迦は。両手にみやげものを抱えた状態で、よせばいいのに階段を使ったのだ。
またあたまから血を流さずにすんだのは不幸中の幸いで、骨折も免れたが、両の足首を捻って、ひとりでは立つこともままならない。それでも今日中に帰るのだと云い張る桂に、エリぐるみの銀時は首を振った。
『坂田さんには自分が連絡を入れておきますから』
「しかしだな、エリザベス」
それ以上は問答無用で、病院の治療から戻った旅籠の寝台に、抱えた桂を投げ入れる。
『いいから、寝てろってんだよ、このやろー』
ぞんざいになった口調にエリザベスの不機嫌を覚ったのか、ようやく折れた。というかこのばあいはエリぐるみの銀時であるのだが、キレると口調が荒むのはエリザベスの特徴だったから、問題はあるまい。
「………うむ。いたしかたないか。せめて電話なりと入れてやろう。この日におれがおらぬでは、あれが寂しがるからな」
だれが、寂しがるんだ、ふざけんな。とはさすがにエリぐるみの身では云えず、枕元の電話の受話器を外して手渡した。白いもののあるかないかの手指で外線と万事屋のナンバーを押す。この時間なら、もう新八が出勤しているだろう。
電話の向こうでは新八と神楽が声を揃えた。よしよし。元気にやってるな。
「気にしないでください、桂さん。銀さん仕事で出てるんです。きょうはどのみちいないんですよ。あさってには戻ると云ってましたから、つぎの日にでも集まってお祝いしようかって、みんなで」
「ヅラ。おみやげ忘れるなヨ。酢昆布もナ」
「ヅラじゃない、桂だ。リーダーにはすでに五色豆を用意してあるぞ」
「なにアルか、それ。うまいアルか」
電話口で子どもらと和む桂は、足の怪我のことは告げていない。この足ではたとえ帰京できても、明明後日に万事屋まで祝いに出かけることはむずかしいだろう。てか、無理だ。それを云えば子らにいらぬ気を遣わせると、桂は承知している。きっと当日はほんもののエリザベスにでも土産とケーキを携えさせて、代わりに寄こす気なのだ。急用が入った、すまぬ。と、とってつけた詫びのひとことなりと添えて。
だれよりきょうという日を過ごしたいあいてと、せっかくこうしてふたりでいるのに。当の自分はこの白いもののなかで、ペンギンお化けを演じて。
なんかこれって、おかしくね? 理不尽じゃね?
そんなことを思っていると、名残惜しげに電話を切った桂は、残念そうに呟いた。
「会えぬなら、せめて電話口ででもひとこと祝ってやりたかったのだがな」
おいおいおいおい。俺、けっこうヅラくんに、おもわれちゃってない?
エリぐるみのなかで、知らず口許のゆるむ銀時だった。
実際のところ、銀時自身には誕生日を祝うことそのものへの関心は薄い。
自分たちが幼いころには、まだまだ誕生した日を言祝ぐ習慣は根付いていなかったからだが、ほんとうの誕生日が知れないこともその一因ではある。
だがそれでもこの日を特別に思えるようになったのは、それが松陽の定めてくれた日だったからだ。そして、その日をうれしそうに祝ってくれる存在が、身近にあったからだ。
この日が、松陽が銀時と出会った日であったことは、あとになって知った。松陽に拾われたとき、銀時には月日の観念などなかったから。あったのは暑さ寒さの季節の移ろいと、せいぜいが、年越しの忙しなさと賑わいと正月の朝のしんと静まりかえった空気くらいのものだ。それで一年の流れを知ったくらいのことなのだ。
松陽と、桂と、高杉と。三人で揃って祝ってくれた昔日。戦時にも、戦時だからこそ、みなの誕生日はかわりばんこに祝意の対象となった。そのころにはむろん松陽は亡かったが、相前後するように坂本がその輪に加わっていた。
そのことを桂はだれより知っている。
怪我の身の痛みより、おのれへの祝いを優先させてくれようとした桂の、このおもいに応えたい。いや、それよりなにより。銀時自身が、この日を桂と過ごしたい。
だってせっかくそばにいるのに。手の届く距離に。目のまえに。いるのに、触れることもできないなんて。そんなのありか。誕生祝いにこれはないだろ。
電話のあとおとなしく寝台に納まった桂は、代わって今日明日以降の予定の変更とその調整とをメールとファクスを駆使して方々に連絡し終えたエリザベスを見て云った。
「せっかくの京都なのだから、おれにつきあって宿にこもっていることはないぞ、エリザベス。天からの休日と思って、きょうはもうおとなしくしているから、おまえも観光なりとしてくるがいい」
そういって部屋を追い出され。
「案ずるな。厠くらいは松葉杖を頼りに自力で行ける」
などという、もっともな心配だがよけいなひとことで、エリぐるみの銀時を脱力させた。
しかしまあ、これこそが天の配剤というやつだ。
銀時が桂のそのことばに素直に従ったのは、そう考えてのことである。
フロントからの呼び出しで、部屋の内線に桂が出た。念のため偽名で泊まっているのに、
「はい。桂ですけどー」
と出る莫迦に、あとであたまのひとつも叩(はた)いてやる、と決意する。
「あー、俺」
「あーおれさん?」
「銀さんでーす」
「…銀時? どうしてここがわかったのだ。てか、仕事で出ていたのではなかったか?」
宿近くのコンビニまえの公衆電話。白いものの姿のまま銀時は立っていた。
「だから、その仕事でこっちのほうに来てたんだよ」
嘘は吐いていない。これは誕生日プレゼントという名の坂本からの依頼仕事だ。
「いやー。手っ取り早く仕事すませて、せっかくなんで観光でもと思ってよ。そしたらさ。あの白いペンギンお化けにばったり会っちゃって」
「あの白いペンギンお化け、ではない。エリザベスだ」
「なによ、おめー、階段から転けて怪我したって? あいかわらず抜けてんのな」
「む。わざわざそんなことを云うために電話をよこしたのか」
「ちげーよ。おまえ、きょうは何日?なんの日だよ。なにか云うこと忘れてない?」
「なんだ、そのことか。わざわざ電話でせびるなど、やっぱりおれがおらぬと寂しいのだな」
「ちがいますー。もらえるものはもらってやろうと思っただけですぅ」
「ケーキなら、ないぞ。買うまえに転けたのでな」
えらそうに云うな。
「あー、だからさ。見舞いにケーキ持ってってやるから。俺のぶんは、おまえスポンサーな」
「なんだそれは。どうせぜんぶ貴様が食うのだろう。見舞いでもなんでもないではないか」
文句を垂れるのを、無視して受話器を置く。銀時はコンビニの厠でエリぐるみを脱ぐと大きな風呂敷包みにまとめる。
こじゃれたケーキ屋が、天満宮の近くにあるのを見つけていた。エリザベスとして観光用にと持たされた小遣いがあるから、いちごのホールケーキくらいらくに買えるだろう。そのまえに、ついでに二色蕎麦でも買ってってやるか。うん、こっちはまあ、自腹で。
コンビニを出かけて立ち止まり、銀時は弁当売り場に足を向けた。
足首に巻かれた白い包帯が目を射る。宿の浴衣一枚だけに覆われたからだ。なるべく負担が掛からぬよう横抱きにして背後からそっと抱きしめた。
蕎麦も洒落た箱のケーキも、部屋に設えられたちいさな半透明の円卓のうえに投げ出されている。店で入れてもらったドライアイスは一時半(いっときはん)は持つから、だいじょうぶ。
そんな愚にも付かないいいわけで、見舞いに来るなりベッドの桂に口接けた。抱えた大きな風呂敷包みに疑問を挟んだ桂には、今回の仕事の道具だから触るなよ、と寝台際の床に起きながら云い含める。真実だが、いまこれを見られたらさすがにまずい。
「ちょ…待て。銀時」
「待たねー」
だってこの二日と半日、ずっと待ってたのもおなじなのだから。
「怪我人に欲情するのか貴様は」
「なにをいまさら」
戦んときには怪我のない日なんかなかったじゃん、おたがいに。そう囁いて耳朶を咬んだ。桂がふるりと震える。
おかしなもので、創痍の身には比例するかのように熱が宿る。その痛みを打ち消す痛みを、快楽を、無意識に欲したものか。こころでもからだでも、受けた傷を癒すのは、中途半端なやさしさなどではなかった。いまはむかしのことだが。
「銀。江戸に帰らずともよいのか」
「俺はあさってまで仕事なんですぅ」
やわらかな耳の付け根から、頬から顎のなめらかな輪郭。きれいな喉もとまでを口唇と舌でなぞって、仄かに色づきぷっくりとした口唇を食む。
「ん…」
ようやく小言をやめた口唇が、ゆるりとそれに応えた。背後に拗られた首筋の浮き出たラインが色っぽい。そこに噛みつき浴衣の肩を抜いて、背を貝殻骨から腰へと徐々に下った。黒絹の髪を鼻先で掻き分けながら、胸に回した両の掌でふたつの尖りを転がす。
あ…あ。桂の口から鼻に抜けたような声が零れた。甘いあまい音色。しだいに熱を帯びてゆく肌もまた、甘く匂い立つ。幾度となく味わいながら厭きることのない、至極の甘露にしばし銀時は酔った。
続 2008.10.14.
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