二十万打御礼リクエスト。
【銀桂前提で、沖桂であればなんでも。沖田にも良い思いをさせて】
【沖田は桂の凄さを改めて見直し、桂も沖田をちょっぴり認めてやるというような、ちょっとさわやかな男の友情(+α)的なもの】
沖桂。沖田と桂。
前後篇、後篇。
流血注意(R15相当)
「運転手どの」
職務を果たすべく気丈に正常運転をつづけていた運転士に、桂はうってかわった穏やかな声を掛けた。
「最寄りの待避所に車を寄せて、医者と警察に連絡を」
「はっ、はい」
感謝の念に驚愕をも滲ませた声を返して、運転士は急いで無線を手にとる。
「沖田。それまでに念のため車内を」
「りょーかいでさぁ」
云われるまでもなく、まだいずこに爆薬が仕掛けられていないともかぎらない。
「後始末をわすれるなよ」
落とした手首のことを云っているのだろう。たしかに素人さんに見せるもんじゃないやね。いまいち状況の飲み込めていないままの乗客たちを見渡して、沖田は苦笑した。パニックが起きなかったのはよかった。あれはうっとおしいだけだ。車内は暗いままだから血の色も見えにくいのが幸いしたかな。血腥い臭気だけは隠しようもなかったが、そんなものに敏感なのはむしろ手前ぇ自身のほうだった。
諸方に連絡をすませた運転士が状況をかいつまんで乗客に説明し、待避所に車を止める直前になって、桂はあわてて最後尾の座席にもどった。
「いかんいかん。わすれもの」
車内では外していたらしい銀時の白い襟巻きを、片方だけになった黒絹の手でだいじそうに巻き直してから、桂は真っ先にバスを降りた。
幸い車内に爆薬が仕掛けられた形跡はなく、おとこたちが身につけていたものは、念のためひとつにまとめて、車外に出した。唯一残ったのは、桂が拳をつっこんだおとこの体内に仕掛けられたそれだったが、とりあえず口中の起爆装置は使えなくしてあるから、あとはもう警察の仕事だ。
運転士はバス会社にも代替バスを頼んでいたが、警察の事情聴取から乗客が解放されるのには少々時間が要るだろうな。
桂はもちろんここにいるわけにはいかないから、とっとと姿をくらます気だ。
「ではな。沖田。あとはうまくやっておけ」
案の定、おのれのすべきことだけをさっさとすませると、桂はそう云って、高速道路の防音壁にひらりと飛び乗った。
「冗談じゃねぇや。めんどうごとはごめんでさぁ」
沖田はそのあとにつづいて、壁に手をかけて身軽によじ登る。
「きさま、警察だろう」
「俺ぁ非番だし。てかここは管轄外でさぁ」
防音壁を乗り越えて、高速道の盛り土の斜面を滑るように降りる。そのまま街灯りのあるほうへ、桂は足を向けた。ここはどのあたりだろう。一般道に出て流しの駕籠屋でも拾うか、携帯で呼ぶか、いずれにしてもこう暗くては場所の見当も付かない。
先を行く桂に、沖田は気づいて、いつのまにかおのれの袴の腰に差し携えていた黒鞘の刀を、鞘ごと抜いて声を掛けた。
「旦那ぁ、ここにもわすれものですぜィ」
「旦那じゃない、桂だ」
黒ずくめに白い襟巻きの背が、振り返る。沖田が突き出すように差し出した刀を受け取るその白い手に、ぽつぽつと血が滲んでいるのを桂は気づいていないかのようだ。
「あーあ」
そう嘆息して、刀を渡す代わりに沖田はその手を引き寄せた。
「おい」
訝しむ声を無視して、懐から手ぬぐいを取りだす。けれどもふいに、それもなんだかもったいない気がして、沖田は白い手の甲に散った赤い斑点をぺろりと舐めた。
「沖田」
桂の声が咎める。
「消毒でさぁ」
ひとことだけ返して沖田はかまわず、滲み出る血を舌と口唇とで丹念に舐め取っていく。振り払われないのだから、桂はこの無礼を許しているのだ。
傷口は思ったより深く、手袋をしていなければ肉を食いちぎられていたのではないかと思われるほどで、一連が確信犯的な凶行であることを知らしめた。
「なんだったんですかねィ、ありゃあ」
舐め取っても繰り返し血は滲む。問いながら沖田は眉を顰めた。
「ばすじゃっくとかいうやつだろう。もうよい。そのうち止まる」
桂の、剣を扱うにしては細い手首をきつく締め上げて、沖田はくるりと持ちあげた。
「こうして心臓よりうえにしててくだせィ」
表情のないまま、桂は眉根を寄せた。いまさらに傷口が痛むのか、それとも締め上げられた手首が痛むのか、そのどちらもか。どんなことをしても泣き喚かないのかな、と、ふと沖田の偏った嗜好が小首を擡げる。けれどもきっとそうなのだろうと想像がついて、するまえから気持ちが萎えた。あれは弄る相手の反応があるからたのしいのであって、そうでないものにしてもつまらない。
だいちおのれがこのひとにしたいのは、そんなことじゃない。
知らず浮かびあがった明確な思惟を、覚って沖田は戸惑った。その戸惑いを誤魔化すように周章てて話を継ぐ。
「そのバスジャックの目的でさぁ」
「さて、脅された運転士に聞いたわけではないからなぁ」
「そうですかい。俺ぁまたてっきり、あいつらが攘夷の無思慮無分別無差別な過激派で、あんたはそれを単身阻止しにうごいたのかと思いやしたぜィ」
「過激は過激だろうよ。自爆覚悟の犯行だったのだから」
故意か天然か、微妙にずれたとぼけた応えを返してくる桂に、沖田はあっさり矛を収めてそれ以上の追求を諦めた。血が止まったのを確認して、手ぬぐいを細く裂き、手の甲の傷口を幾重にか覆ってきつめに縛る。
「貴様はなにゆえあのバスに乗っていたのだ」
「ちょいと、尾張のほうに野暮用で」
「ならば、急がなくてよいのか。バスを降りてよかったのか?」
「あのままあそこにいても警察に足止めをくらうのは目に見えてまさぁ。せっかくの俺のおたのしみを邪魔されんのは御免被る。このまま近くの街へ出たらあらためて、駕籠屋でも飛ばしますよ」
その桂の手を放すきわに、沖田は縛った傷口に手ぬぐいのうえから軽く接吻を落とした。
黒鞘の刀を受け取って、桂は外套のうちにそれを納める。その拍子にゆるんだ白い襟巻きをやわらかな手つきで巻き直した。
「汚れなくてよかったですねィ」
「うむ。血でも付けて帰った日にはなにを云われるかわからんからな」
むろん、万事屋の旦那のことだから、貸した襟巻きの血汚れを咎める素振りで、そのじつこのひとの身を案じてやまないのだろう。桂は無用な心配も詮索もさせまいと、この襟巻きをあのとき座席に残したのかもしれなかった。そうして気遣われることが、あの旦那にしてみればよいことなのかわるいことなのか、沖田に判断はつきかねたけれど。
偶然にせよ果たされた共闘のあいてがおのれであったことに、沖田はつよい愉悦を覚えた。
「汚さずにすんだのはきさまのおかげでもあるが」
桂はさらりとそう付け足して、ほのかに笑む。
「や、どうにも詰めがあまかったですがねィ」
わずかばかりのその微笑にこころ捕らわれるおのれを認めたくなくて、沖田は現実的な実感を述べた。
「踏んだ場数の差に過ぎぬ」
たぶんそれだけではないことは、なにより沖田自身がわかっていたけれど。だれよりも真にそうであるならいいと切に願った。彼我の差がただ経験値ひとつだけなら、おのれはいつかこのひとと肩を並べて追い越せる日も来る。
では、おれはここから江戸に戻る。
辿り着いた近隣の街の寝静まった深夜の駅舎で、こっそり待合いに潜り込んだ桂は、そう云って長椅子に腰をおろした。
「始発にはまだだいぶありますぜィ」
そのとなりに陣取った沖田が大欠伸をして背伸びするのを、桂は不思議そうに見た。
「ここからなら駕籠屋を呼べるぞ?」
「ちょいとそこの路線図を見てみたんですがね。ここから始発で新幹線の駅に出たほうが結果的に駕籠屋より早いし安上がりのようなんで」
「そうなのか」
あっさりと沖田の口からでまかせを信じる桂は、とても先刻と同一人物とは思えない。
「それに外套裏に血刀を隠し持った物騒なテロリストを、ひとり田舎町に放置なんざできませんや」
「テロリストではない。攘夷志士だ」
沖田のものいいに気分を害したふうでもなく、桂はそうひとこと返しただけで深く巻き付けた襟巻きに顔を埋(うず)めた。勝手にしろということだろうと解釈して、沖田も外套の襟を立てておなじ長椅子にまるまる。
火の気のない夜明けまえの待合いはしんしんと冷えて、たとえ敵方同士でもひとのぬくもりがあるというのはありがたいものだ。
穏やかな呼吸音と体温とを傍らに感じながら、沖田は目を閉じた。このまま始発など来なくてもいいや、と、こころのどこかで密かにおもいながら。
窓の外ではいつのまにやら雪が落ちてきている。じき、ホームも線路も白く染まるだろう。
冬の寒空は翌朝十五分だけ長く、沖田の秘やかな希みを叶えた。
了 2009.12.22.
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「運転手どの」
職務を果たすべく気丈に正常運転をつづけていた運転士に、桂はうってかわった穏やかな声を掛けた。
「最寄りの待避所に車を寄せて、医者と警察に連絡を」
「はっ、はい」
感謝の念に驚愕をも滲ませた声を返して、運転士は急いで無線を手にとる。
「沖田。それまでに念のため車内を」
「りょーかいでさぁ」
云われるまでもなく、まだいずこに爆薬が仕掛けられていないともかぎらない。
「後始末をわすれるなよ」
落とした手首のことを云っているのだろう。たしかに素人さんに見せるもんじゃないやね。いまいち状況の飲み込めていないままの乗客たちを見渡して、沖田は苦笑した。パニックが起きなかったのはよかった。あれはうっとおしいだけだ。車内は暗いままだから血の色も見えにくいのが幸いしたかな。血腥い臭気だけは隠しようもなかったが、そんなものに敏感なのはむしろ手前ぇ自身のほうだった。
諸方に連絡をすませた運転士が状況をかいつまんで乗客に説明し、待避所に車を止める直前になって、桂はあわてて最後尾の座席にもどった。
「いかんいかん。わすれもの」
車内では外していたらしい銀時の白い襟巻きを、片方だけになった黒絹の手でだいじそうに巻き直してから、桂は真っ先にバスを降りた。
幸い車内に爆薬が仕掛けられた形跡はなく、おとこたちが身につけていたものは、念のためひとつにまとめて、車外に出した。唯一残ったのは、桂が拳をつっこんだおとこの体内に仕掛けられたそれだったが、とりあえず口中の起爆装置は使えなくしてあるから、あとはもう警察の仕事だ。
運転士はバス会社にも代替バスを頼んでいたが、警察の事情聴取から乗客が解放されるのには少々時間が要るだろうな。
桂はもちろんここにいるわけにはいかないから、とっとと姿をくらます気だ。
「ではな。沖田。あとはうまくやっておけ」
案の定、おのれのすべきことだけをさっさとすませると、桂はそう云って、高速道路の防音壁にひらりと飛び乗った。
「冗談じゃねぇや。めんどうごとはごめんでさぁ」
沖田はそのあとにつづいて、壁に手をかけて身軽によじ登る。
「きさま、警察だろう」
「俺ぁ非番だし。てかここは管轄外でさぁ」
防音壁を乗り越えて、高速道の盛り土の斜面を滑るように降りる。そのまま街灯りのあるほうへ、桂は足を向けた。ここはどのあたりだろう。一般道に出て流しの駕籠屋でも拾うか、携帯で呼ぶか、いずれにしてもこう暗くては場所の見当も付かない。
先を行く桂に、沖田は気づいて、いつのまにかおのれの袴の腰に差し携えていた黒鞘の刀を、鞘ごと抜いて声を掛けた。
「旦那ぁ、ここにもわすれものですぜィ」
「旦那じゃない、桂だ」
黒ずくめに白い襟巻きの背が、振り返る。沖田が突き出すように差し出した刀を受け取るその白い手に、ぽつぽつと血が滲んでいるのを桂は気づいていないかのようだ。
「あーあ」
そう嘆息して、刀を渡す代わりに沖田はその手を引き寄せた。
「おい」
訝しむ声を無視して、懐から手ぬぐいを取りだす。けれどもふいに、それもなんだかもったいない気がして、沖田は白い手の甲に散った赤い斑点をぺろりと舐めた。
「沖田」
桂の声が咎める。
「消毒でさぁ」
ひとことだけ返して沖田はかまわず、滲み出る血を舌と口唇とで丹念に舐め取っていく。振り払われないのだから、桂はこの無礼を許しているのだ。
傷口は思ったより深く、手袋をしていなければ肉を食いちぎられていたのではないかと思われるほどで、一連が確信犯的な凶行であることを知らしめた。
「なんだったんですかねィ、ありゃあ」
舐め取っても繰り返し血は滲む。問いながら沖田は眉を顰めた。
「ばすじゃっくとかいうやつだろう。もうよい。そのうち止まる」
桂の、剣を扱うにしては細い手首をきつく締め上げて、沖田はくるりと持ちあげた。
「こうして心臓よりうえにしててくだせィ」
表情のないまま、桂は眉根を寄せた。いまさらに傷口が痛むのか、それとも締め上げられた手首が痛むのか、そのどちらもか。どんなことをしても泣き喚かないのかな、と、ふと沖田の偏った嗜好が小首を擡げる。けれどもきっとそうなのだろうと想像がついて、するまえから気持ちが萎えた。あれは弄る相手の反応があるからたのしいのであって、そうでないものにしてもつまらない。
だいちおのれがこのひとにしたいのは、そんなことじゃない。
知らず浮かびあがった明確な思惟を、覚って沖田は戸惑った。その戸惑いを誤魔化すように周章てて話を継ぐ。
「そのバスジャックの目的でさぁ」
「さて、脅された運転士に聞いたわけではないからなぁ」
「そうですかい。俺ぁまたてっきり、あいつらが攘夷の無思慮無分別無差別な過激派で、あんたはそれを単身阻止しにうごいたのかと思いやしたぜィ」
「過激は過激だろうよ。自爆覚悟の犯行だったのだから」
故意か天然か、微妙にずれたとぼけた応えを返してくる桂に、沖田はあっさり矛を収めてそれ以上の追求を諦めた。血が止まったのを確認して、手ぬぐいを細く裂き、手の甲の傷口を幾重にか覆ってきつめに縛る。
「貴様はなにゆえあのバスに乗っていたのだ」
「ちょいと、尾張のほうに野暮用で」
「ならば、急がなくてよいのか。バスを降りてよかったのか?」
「あのままあそこにいても警察に足止めをくらうのは目に見えてまさぁ。せっかくの俺のおたのしみを邪魔されんのは御免被る。このまま近くの街へ出たらあらためて、駕籠屋でも飛ばしますよ」
その桂の手を放すきわに、沖田は縛った傷口に手ぬぐいのうえから軽く接吻を落とした。
黒鞘の刀を受け取って、桂は外套のうちにそれを納める。その拍子にゆるんだ白い襟巻きをやわらかな手つきで巻き直した。
「汚れなくてよかったですねィ」
「うむ。血でも付けて帰った日にはなにを云われるかわからんからな」
むろん、万事屋の旦那のことだから、貸した襟巻きの血汚れを咎める素振りで、そのじつこのひとの身を案じてやまないのだろう。桂は無用な心配も詮索もさせまいと、この襟巻きをあのとき座席に残したのかもしれなかった。そうして気遣われることが、あの旦那にしてみればよいことなのかわるいことなのか、沖田に判断はつきかねたけれど。
偶然にせよ果たされた共闘のあいてがおのれであったことに、沖田はつよい愉悦を覚えた。
「汚さずにすんだのはきさまのおかげでもあるが」
桂はさらりとそう付け足して、ほのかに笑む。
「や、どうにも詰めがあまかったですがねィ」
わずかばかりのその微笑にこころ捕らわれるおのれを認めたくなくて、沖田は現実的な実感を述べた。
「踏んだ場数の差に過ぎぬ」
たぶんそれだけではないことは、なにより沖田自身がわかっていたけれど。だれよりも真にそうであるならいいと切に願った。彼我の差がただ経験値ひとつだけなら、おのれはいつかこのひとと肩を並べて追い越せる日も来る。
では、おれはここから江戸に戻る。
辿り着いた近隣の街の寝静まった深夜の駅舎で、こっそり待合いに潜り込んだ桂は、そう云って長椅子に腰をおろした。
「始発にはまだだいぶありますぜィ」
そのとなりに陣取った沖田が大欠伸をして背伸びするのを、桂は不思議そうに見た。
「ここからなら駕籠屋を呼べるぞ?」
「ちょいとそこの路線図を見てみたんですがね。ここから始発で新幹線の駅に出たほうが結果的に駕籠屋より早いし安上がりのようなんで」
「そうなのか」
あっさりと沖田の口からでまかせを信じる桂は、とても先刻と同一人物とは思えない。
「それに外套裏に血刀を隠し持った物騒なテロリストを、ひとり田舎町に放置なんざできませんや」
「テロリストではない。攘夷志士だ」
沖田のものいいに気分を害したふうでもなく、桂はそうひとこと返しただけで深く巻き付けた襟巻きに顔を埋(うず)めた。勝手にしろということだろうと解釈して、沖田も外套の襟を立てておなじ長椅子にまるまる。
火の気のない夜明けまえの待合いはしんしんと冷えて、たとえ敵方同士でもひとのぬくもりがあるというのはありがたいものだ。
穏やかな呼吸音と体温とを傍らに感じながら、沖田は目を閉じた。このまま始発など来なくてもいいや、と、こころのどこかで密かにおもいながら。
窓の外ではいつのまにやら雪が落ちてきている。じき、ホームも線路も白く染まるだろう。
冬の寒空は翌朝十五分だけ長く、沖田の秘やかな希みを叶えた。
了 2009.12.22.
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