「天涯の遊子」坂桂篇。其の三。終話。
坂本と桂。
京次郎篇モンハン篇を経ての獄門島篇(原作順準拠)以降、スタンド仙望郷篇よりまえ。
R18。
「縁起(ぞうくそ)でもないことを」
「仮にだ。もしそうなったとき、この国を託せるのはだれだと思う」
悪戯な光がまた黒曜石の眸に閃く。それをみとめて坂本は、桂の空恐ろしさをあらためて覚った。だれかはすぐに察したが、口にするまでにたっぷり一分はかかった。
「…晋坊、か」
かたちのよい口唇が極上の笑みを刷いた。艶やかな双眸が三日月に細められる。
「ほりゃあ…たしかにほかにゃ人材も見あたらんが」
坂本は商売人だし、銀時は国の舵取りには向かない。
「そうだ。おれが斃れたらそのときは、高杉がこの国を立て直さざるを得なくなる。望むと望まざるとにかかわらず、だ。だってそうだろう。先生を奪った天人をこの国から逐い、その天人に与した現幕府を打ち倒し、その在りようを受け容れた民びとを懲らしめたとして。そのあとに残るものはなんだ」
高杉が。自ら斬らぬまでも、それを託すつもりでいた桂に先立たれたとしたら。
「形骸化した国という骸(むくろ)ではない、先生が愛し護ろうとされたこの国の魂だ。それを放棄する真似があれにできると思うか?」
桂亡きあとの高杉にそれを希むのか。それをさせるのか。それは、なんという。
「こたろ…」
酷(むご)さか、と出かかったことばは呑み込んだ。酷いというならそもそも高杉が、ただ壊すというのがそういうことだ。
「手前勝手に更地にして、あとの面倒はひとに押しつけようなど、甘えたにもほどがあろう?」
おのが身を盤上の駒のひとつとして置くのが桂というひととなりだが、おのれの"死"までを建設的未来への布石と見なせる感覚は、常のひとのそれではない。たくましいにもほどがある。
「けんどほがなことになれば、金時は」
逆上どころではない。そんなひとことで括れるものではすむまい。
「…うん。だからまあ、そうならぬよう気をつける」
たったいまおそろしい未来図を解いて見せたその口を、桂は無邪気ともいえる幼いしぐさできゅっと結んでうなずいた。
「そうなっても銀時には万事屋の子らとお登勢どのを護るという、途をまっとうしてもらわねばならぬしな」
そばにいて剣を振るうだけが護ることではないのだと、そんな事態に陥るまえに銀時は気づくだろうか。
「そのときは貴様に託すぞ、辰馬」
銀時を。高杉を。その、行く末を。
「荷が勝ちすぎるのう」
軽く首を振って坂本は、途方もない未来を追い払う。
「仮に、と云ったろう。なあに。おれは生きるし、高杉もあっさり死なせはせぬよ」
思わず見せてしまった情けない顔に、桂はそう云い做して笑った。
「なあ、こたろ。わしの思い描く筋書きは、またちょっとちがうきに」
あえて軽い口調で転換を図る。桂は興味深げに眸を煌めかせて、坂本の腕のなかで身を反した。未だ体内に留まっていたものがするりと抜けて、わずかに身を震わせる。そんな腰を片腕でまた抱きよせて、残りの腕で抱え込んだ黒髪を梳きながら、秀麗なひたいに口接けた。
「わしはなぁ、為政に立つおんしの補佐を銀時がすべきと思っちゅう。おんしのねきに立つとは、そういうことだと」
「銀時に政(まつりごと)は向かぬと貴様も云ったろう」
口接けを受け伏せられた瞼にも、また口唇を落とす。
「国の舵取りには向かぇいとゆうたが、金時はその気になれば弁も立つ有能なおとこちや。決断やそれに責任を負うことにゃ及び腰でも、広く意見を吸いあげて捌くばあのことは朝飯がけにしてのけるろう」
それを桂が求めるなら。
「おんしの多少の…いや多少どころじゃーなかったけんど、無茶振りにも働きで返してみせたのは、あの戦場(いくさば)で明らかじゃったやか」
どんなばかげたわがままにも付き合ってやりたいと。
「そういうおとこちや」
思っているのに、ひとたび挫け、竦んだまま一歩を踏み出せない。
「もっと、甘えたらええ」
「あまえる?」
そう胸もとから見あげてくる漆黒の眸の艶は、見慣れていても息苦しさを覚えるほどだ。
「ほんで、厭味のひとつもゆうてやれ」
「いやみ…なぁ」
桂は小首を傾げ、ややあって、くすくすと笑った。
「そう案じてくれるな、辰馬」
「ほきもまだ銀時がうじうじとしちゅうようなら…」
云い止した坂本の口を、桂は口唇で押さえた。そうして、やわらかに食んでぺろりと舐める。
「よいのだ。おれは、天竺…じゃなかった竜宮のみやげに、かけがえのない刻をもらった。遠い未来に過ごすやも知れぬ時間と、時代を違えていたなら得られたかも知れぬ昔日と。いまはまだ叶わぬはずだった穏やかなを日常を」
唱うように囁いた空気の震えが、坂本の口許を掠める。
「あれはまさしく…夢のようなひとときであったよ」
桂が語るそれを坂本は知らない。けれど和やかに微笑むその姿は、坂本からそのさきのことばを失わせた。
ならばもう、往くだけか。
桂の眼差しが見つめるさきに、希む未来は明ける。
笑んだ口唇に口唇をかさねて、そっと吸う。
「そういえば島じゃステファンの姿を見んかったが」
「ステファンじゃないエリザベスだ。せっかく逃走経路をこさえてくれたのにこちらの脱出が捗らなかったのでな。その間の会合やら諜報やらの指揮をとってくれている」
腰を抱いていた腕で双丘を撫でた。
「そうかそうか。役に立っちゅうようでなによりじゃ」
頬にかかる黒絹の髪を掻きあげて頤(おとがい)に口接け、やわらかな耳もとに息を吹き込む。
「ほかにいま、なにがこたう」
「まずは足もと」
坂本の背にしなやかな両腕を回して、返すように桂が耳朶をかるく咬んだ。
「地下吉原か」
双丘の狭間を探る指が、先刻濡らした奥へと這入り込む。
「っ…察しが、いいな」
息を吐き、桂はその戯れに耐える。
「地下にはおんしのアジトもあるろう」
「吉原は知ってのとおりの治外法権。天人が牛耳る利権の温床だ」
喘ぎを抑えて紡ぐことばは閨事のそれには色気に欠けるが、怺える姿は色っぽい。
これはこれでそそるのう。思わずそう口にして、肩に噛みつかれた。
「あいたたた。あこは暗渠のようなもんやか。澱(おり)もたまっちゅうわな」
熱を帯びた深奥を擽りながら、抜き差しを繰り返す。広い背中を抱きしめていた指が、爪を立てた。
「っつ。…どう、したいがじゃ」
「水替え」
快楽をやり過ごすのに疲れてきたのか、応えは簡潔だ。
「そがな難しい作業を、あっさりと」
風に聞く吉原の主は夜兎の王である。夜兎は春雨に雇われた傭兵だが、その個々の尋常ならざる戦闘力ゆえに、春雨のほうでも手綱を取り切れていない側面があった。
こうした場所は政治の暗部とは切っても切り離せないのが常で、天導衆との密談の場に供されることもあり、長く君臨しいささか幅を利かせすぎた主の頸のすげ替えを春雨側が謀っている、との噂もある。
そんなことに思い巡らせながらも坂本は、手指で開いた桂の深部へゆっくりおのれを押し込んだ。
たおやかな背が反り、白くなめらかな喉もとも露わに、桂は全身でそれに応える。きつくつかまれた背の肉の痛み。おおきく寛がれた両の膝が、たくましい腰を挟んで白い膕を覗かせた。
とりあえず、手のものは忍ばせてあるが。そのものの身に火の粉が降りかかってもまずい。よい手立てを探っている最中だ。おれが潜り込むことも考えたが、さすがに同志たちにきつく止められてな。
そんなことを喘ぐあいまあいまに語る。
「ほりゃあそうろう」
甘くそれでいて容赦のない腰使いに、くわえ込んだ熱塊を緩急を以てもてなしながら、おたがいまだ理性を手放さずにいる。
「それにまあ、花魁に化けるのは骨が折れるし」
そう呟く潤んだ口唇は妖艶で、あまり説得力はない。その気になれば、その知性と知識と教養と併せ持った美貌で、なんなく太夫にまで上りつめそうだ。枕を交わすのは、幕府の要人か、天導衆か、夜兎の王か。いずれにせよろくでもないから、断念してくれていてほっとする。
「春雨絡みではほかにも二三、気懸かりがあってな…」
けれどそれを語らうよゆうは、そろそろどちらも尽きてきて。
たがいの濡れた口唇が、もうそのさきを告がぬようにと、どちらからともなく塞がれた。
そう遠くない先行きに、夜兎の王が銀時たちの手によって一掃されるとは、神ならぬ身のふたりの思い及ばぬところである。
了 2011.03.06.
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「縁起(ぞうくそ)でもないことを」
「仮にだ。もしそうなったとき、この国を託せるのはだれだと思う」
悪戯な光がまた黒曜石の眸に閃く。それをみとめて坂本は、桂の空恐ろしさをあらためて覚った。だれかはすぐに察したが、口にするまでにたっぷり一分はかかった。
「…晋坊、か」
かたちのよい口唇が極上の笑みを刷いた。艶やかな双眸が三日月に細められる。
「ほりゃあ…たしかにほかにゃ人材も見あたらんが」
坂本は商売人だし、銀時は国の舵取りには向かない。
「そうだ。おれが斃れたらそのときは、高杉がこの国を立て直さざるを得なくなる。望むと望まざるとにかかわらず、だ。だってそうだろう。先生を奪った天人をこの国から逐い、その天人に与した現幕府を打ち倒し、その在りようを受け容れた民びとを懲らしめたとして。そのあとに残るものはなんだ」
高杉が。自ら斬らぬまでも、それを託すつもりでいた桂に先立たれたとしたら。
「形骸化した国という骸(むくろ)ではない、先生が愛し護ろうとされたこの国の魂だ。それを放棄する真似があれにできると思うか?」
桂亡きあとの高杉にそれを希むのか。それをさせるのか。それは、なんという。
「こたろ…」
酷(むご)さか、と出かかったことばは呑み込んだ。酷いというならそもそも高杉が、ただ壊すというのがそういうことだ。
「手前勝手に更地にして、あとの面倒はひとに押しつけようなど、甘えたにもほどがあろう?」
おのが身を盤上の駒のひとつとして置くのが桂というひととなりだが、おのれの"死"までを建設的未来への布石と見なせる感覚は、常のひとのそれではない。たくましいにもほどがある。
「けんどほがなことになれば、金時は」
逆上どころではない。そんなひとことで括れるものではすむまい。
「…うん。だからまあ、そうならぬよう気をつける」
たったいまおそろしい未来図を解いて見せたその口を、桂は無邪気ともいえる幼いしぐさできゅっと結んでうなずいた。
「そうなっても銀時には万事屋の子らとお登勢どのを護るという、途をまっとうしてもらわねばならぬしな」
そばにいて剣を振るうだけが護ることではないのだと、そんな事態に陥るまえに銀時は気づくだろうか。
「そのときは貴様に託すぞ、辰馬」
銀時を。高杉を。その、行く末を。
「荷が勝ちすぎるのう」
軽く首を振って坂本は、途方もない未来を追い払う。
「仮に、と云ったろう。なあに。おれは生きるし、高杉もあっさり死なせはせぬよ」
思わず見せてしまった情けない顔に、桂はそう云い做して笑った。
「なあ、こたろ。わしの思い描く筋書きは、またちょっとちがうきに」
あえて軽い口調で転換を図る。桂は興味深げに眸を煌めかせて、坂本の腕のなかで身を反した。未だ体内に留まっていたものがするりと抜けて、わずかに身を震わせる。そんな腰を片腕でまた抱きよせて、残りの腕で抱え込んだ黒髪を梳きながら、秀麗なひたいに口接けた。
「わしはなぁ、為政に立つおんしの補佐を銀時がすべきと思っちゅう。おんしのねきに立つとは、そういうことだと」
「銀時に政(まつりごと)は向かぬと貴様も云ったろう」
口接けを受け伏せられた瞼にも、また口唇を落とす。
「国の舵取りには向かぇいとゆうたが、金時はその気になれば弁も立つ有能なおとこちや。決断やそれに責任を負うことにゃ及び腰でも、広く意見を吸いあげて捌くばあのことは朝飯がけにしてのけるろう」
それを桂が求めるなら。
「おんしの多少の…いや多少どころじゃーなかったけんど、無茶振りにも働きで返してみせたのは、あの戦場(いくさば)で明らかじゃったやか」
どんなばかげたわがままにも付き合ってやりたいと。
「そういうおとこちや」
思っているのに、ひとたび挫け、竦んだまま一歩を踏み出せない。
「もっと、甘えたらええ」
「あまえる?」
そう胸もとから見あげてくる漆黒の眸の艶は、見慣れていても息苦しさを覚えるほどだ。
「ほんで、厭味のひとつもゆうてやれ」
「いやみ…なぁ」
桂は小首を傾げ、ややあって、くすくすと笑った。
「そう案じてくれるな、辰馬」
「ほきもまだ銀時がうじうじとしちゅうようなら…」
云い止した坂本の口を、桂は口唇で押さえた。そうして、やわらかに食んでぺろりと舐める。
「よいのだ。おれは、天竺…じゃなかった竜宮のみやげに、かけがえのない刻をもらった。遠い未来に過ごすやも知れぬ時間と、時代を違えていたなら得られたかも知れぬ昔日と。いまはまだ叶わぬはずだった穏やかなを日常を」
唱うように囁いた空気の震えが、坂本の口許を掠める。
「あれはまさしく…夢のようなひとときであったよ」
桂が語るそれを坂本は知らない。けれど和やかに微笑むその姿は、坂本からそのさきのことばを失わせた。
ならばもう、往くだけか。
桂の眼差しが見つめるさきに、希む未来は明ける。
笑んだ口唇に口唇をかさねて、そっと吸う。
「そういえば島じゃステファンの姿を見んかったが」
「ステファンじゃないエリザベスだ。せっかく逃走経路をこさえてくれたのにこちらの脱出が捗らなかったのでな。その間の会合やら諜報やらの指揮をとってくれている」
腰を抱いていた腕で双丘を撫でた。
「そうかそうか。役に立っちゅうようでなによりじゃ」
頬にかかる黒絹の髪を掻きあげて頤(おとがい)に口接け、やわらかな耳もとに息を吹き込む。
「ほかにいま、なにがこたう」
「まずは足もと」
坂本の背にしなやかな両腕を回して、返すように桂が耳朶をかるく咬んだ。
「地下吉原か」
双丘の狭間を探る指が、先刻濡らした奥へと這入り込む。
「っ…察しが、いいな」
息を吐き、桂はその戯れに耐える。
「地下にはおんしのアジトもあるろう」
「吉原は知ってのとおりの治外法権。天人が牛耳る利権の温床だ」
喘ぎを抑えて紡ぐことばは閨事のそれには色気に欠けるが、怺える姿は色っぽい。
これはこれでそそるのう。思わずそう口にして、肩に噛みつかれた。
「あいたたた。あこは暗渠のようなもんやか。澱(おり)もたまっちゅうわな」
熱を帯びた深奥を擽りながら、抜き差しを繰り返す。広い背中を抱きしめていた指が、爪を立てた。
「っつ。…どう、したいがじゃ」
「水替え」
快楽をやり過ごすのに疲れてきたのか、応えは簡潔だ。
「そがな難しい作業を、あっさりと」
風に聞く吉原の主は夜兎の王である。夜兎は春雨に雇われた傭兵だが、その個々の尋常ならざる戦闘力ゆえに、春雨のほうでも手綱を取り切れていない側面があった。
こうした場所は政治の暗部とは切っても切り離せないのが常で、天導衆との密談の場に供されることもあり、長く君臨しいささか幅を利かせすぎた主の頸のすげ替えを春雨側が謀っている、との噂もある。
そんなことに思い巡らせながらも坂本は、手指で開いた桂の深部へゆっくりおのれを押し込んだ。
たおやかな背が反り、白くなめらかな喉もとも露わに、桂は全身でそれに応える。きつくつかまれた背の肉の痛み。おおきく寛がれた両の膝が、たくましい腰を挟んで白い膕を覗かせた。
とりあえず、手のものは忍ばせてあるが。そのものの身に火の粉が降りかかってもまずい。よい手立てを探っている最中だ。おれが潜り込むことも考えたが、さすがに同志たちにきつく止められてな。
そんなことを喘ぐあいまあいまに語る。
「ほりゃあそうろう」
甘くそれでいて容赦のない腰使いに、くわえ込んだ熱塊を緩急を以てもてなしながら、おたがいまだ理性を手放さずにいる。
「それにまあ、花魁に化けるのは骨が折れるし」
そう呟く潤んだ口唇は妖艶で、あまり説得力はない。その気になれば、その知性と知識と教養と併せ持った美貌で、なんなく太夫にまで上りつめそうだ。枕を交わすのは、幕府の要人か、天導衆か、夜兎の王か。いずれにせよろくでもないから、断念してくれていてほっとする。
「春雨絡みではほかにも二三、気懸かりがあってな…」
けれどそれを語らうよゆうは、そろそろどちらも尽きてきて。
たがいの濡れた口唇が、もうそのさきを告がぬようにと、どちらからともなく塞がれた。
そう遠くない先行きに、夜兎の王が銀時たちの手によって一掃されるとは、神ならぬ身のふたりの思い及ばぬところである。
了 2011.03.06.
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