「天涯の遊子」過去篇・村塾幼少期。
銀時、桂、松陽。
松陽視点での、銀時と小太郎。
子銀が松陽のもとに引き取られて季節を一巡ちょっとしたあたり。
連作時系列では、銀桂「曙光」からつづく流れ。
オフ本書きおろしの「迷霧」に至るまえ。
からからと門の格子戸を開けて玄関口に向かう。
塾舎に使われている棟を回り込んだ向こうの中庭のあたりから、たのしげな笑い声が聞こえてくる。
「おや」
それに気づいた松陽は、玄関口につづく延段(のべだん)の途中から、中庭へと伸びる飛石に足を踏み入れた。
手にしていた生花の束を散らさぬよう胸に捧げ持てば、春の訪ないを告げる香りが仄かに鼻先を擽る。ぽかぽかとした陽射しが降りそそぐなか、庭の桜の木々はその枝枝に木肌色のまるいふくらみをいくつも蓄えていて、一雨くるごとにその密度を増している。それはまもなく薄緑を覗かせ、やがて赤みを帯びて先分かれし、もう半月もすれば薄い桜色の手鞠で零れ溢れんばかりになるだろう。
手入れの行き届いているとはいえない、しかしこれはこれで趣があると思っている庭の草木のあいまから、中庭に面した母家の濡れ縁で胡座をかいている白いあたまが目に入った。ふだんはやる気のない気怠げな表情で身の丈に余る刀を抱えていることが多いが、いまはその刀を傍らに寝かせ置き、もう一方の傍らにいるのだろうあいてに、なにやら身振り手振りで夢中になって語っている。
「ああ、小太郎が来ているのですね」
そうひとりごちて覗き込むようにあたまを巡らせば、案の如く、黒い尾っぽ髪がその傍らにあって、負けじと身振り手振りを交えて応じている。この子もふだんは表情が薄いが、いまはその片鱗もない。なにごとにも手を抜くということを知らぬ子で、銀時をこの手許に置いて以来あれやこれやと気にかけて、かまいたおしてあっという間に馴染んでしまった。
もっとも銀時のほうには誰彼なく、その異端の外見とそれまでの環境がもたらした世間というものへの隔意が見え隠れしていて、おそらく周りの子どもたちにはそれがためにさらなる距離を置かせているところがあったのだが。
そのことに松陽は気づいていたものの、当の小太郎本人だけがまったく意に介さなかったものだから、しまいにはそれを気にするほうがばかげているのだと思わせたくらいだ。
そうして多分にそれが銀時の安寧を呼び、いまではもう明らかにほかの人間には見せない反応を小太郎には返すようになっている。この家では気をゆるすようになった銀時も、あんな笑い声は松陽でさえめったに聞くことがない。
「あ、先生」
こちらの存在にいち早く気づいた小太郎が、腰を掛けていた濡れ縁からあわててぴょこんと立ち上がり、姿勢を正してぺこりとあたまを下げた。うしろで高くひとつに結わかれた長い黒髪が、その拍子に跳ねて揺れる。
「ご無礼いたしました。お留守のあいだにおじゃましております」
「おかえりーなさーい」
そのとなりで銀時はほうぼうに毛先の跳ねた白銀髪を掻きながら間延びした声で暢気に松陽を出迎える。こんなふうに応えるようになったのも、まだここ最近のことだ。最初のうちは刀を抱えてとことこと玄関口まで松陽を迎えに出る姿もどことなく不安げだったし、そのあとしばらくは喜び勇んで出迎えにくるくせに無言のままだったりした。
なんだ銀時その態度は。せめて居住まいを正さぬか。と小太郎に咎められてへいへいと、銀時は億劫そうにそれでも云われたとおりに正座してみせる。ここでそうしないと小太郎から容赦のない拳固が飛んでくると学習しているからで、過去になんどかそうした場を目撃している松陽は、微笑ましくてつい頬がゆるむ。
「はい。ただいま帰りました。小太郎、なにか御用でしたか」
「はい。母からこれを先生にと、ことづかってまいりました」
と、濡れ縁のそばに置いてあった風呂敷包みを手に取り、そこから曙塗りのやや背高な重箱を取りだして、礼儀正しく松陽に差し出してくる。花束を潰さぬよう小脇に持ち替え、それを受け取って少し蓋を開き松陽は目を細めた。
「ああ、ありがとう。これは、ちょうどよかった」
「なに。なにがはいってんの」
銀時がさっと立ち上がって、その場から覗き込むように首を伸ばす。小太郎が母親のつかいで松陽宅に持ってくるものはたいがいが食べものだったから、これまた学習しているのだ。
「お供えしてから、みなでいただきましょう」
松陽はわざとそそくさと蓋を閉じ、小太郎に礼を云いがてら声をかけた。
「そのまま遊んでらっしゃい。いま用意しますよ」
では、と手伝いについてこようとした小太郎を軽く手で制して、玄関口へと踵を返す。
「なんだよー。なんなんだよ。なに持ってきたんだよ、おまえ」
銀時が小太郎に向かってぼやくように投げることばには、先刻漏れ聞こえてきたのとおなじ、気兼ねのなさが滲み出ていた。
一対の高坏に三角錐状に積まれた小振りのまるい白団子を仏前に供え、その両脇に五色の花を生けて、手を合わせる。
松陽のしぐさを銀時は横目で見ながらそのまま倣い、小太郎は幼いながらにこなれた所作で瞑目している。
「では、お下がりをいただきましょうか」
そのことばを待ってましたとばかりに銀時が団子の山に手を伸ばす。止めるまもなく一口囓って、眉を顰めた。
「なんだよーこれ甘くねぇじゃん」
半分になった団子を持つその手を松陽にぺしんと叩かれて、ますますふてくされたように頬を膨らませた。小太郎がそのやりとりを見てまた、めずらしく声を立てて笑う。ああ、これも先刻のように心安い音色だと、松陽はおもう。
「あたりまえだ。上新粉を捏ねただけなのだから」
「だって、お彼岸のだんごだって」
「甘くないお団子もあるのですよ。少し炙って、砂糖醤油にしましょうか」
さとう、と聞いて銀時の膨らんだ頬が、不満から期待のそれへと変わる。小太郎がまた軽く声を立てて笑った。
仏間ととなりあうひと間に、まだ仕舞い損ねていた火鉢を銀時がひっぱってきて炭を熾し、小太郎が餅網を渡しかけ、松陽はそのうえに三角の山を崩した白い団子をひとつずつ乗せてゆく。きつね色に焦げ目の付くのを待つあいだ、陶皿に醤油をおとし砂糖を加えて溶き混ぜる。
松陽の指示で銀時は竹箸で器用につまんで幾度か団子をひっくり返す。小太郎がおなじように返そうとするけれど、銀時がふたつ返す間にようやくひとつを返すというぐあいだったから、焦げぐあいに差がついてくる。
「あっつぅ」
「ああもう。おまえいいから。俺がやっから」
こと甘いものにかけては労を惜しまない銀時が、あやうく団子ではなく指を焦がしかけた小太郎を制した。
「小太郎、厨行ってきなこも持ってきて。ついでにその指冷やしてこい」
「うむ。ではまかせたぞ、銀時」
生真面目に応えてすなおに厨に向かう。きなこの壺を探しているのか、聞こえてきたかたかたという音に、銀時はいらいらと怒鳴る。
「きなこ、あとでいいから!さきに冷やせよこのばか」
「ばかじゃない、桂だ」
そういらえがあって、ほどなく水音がして、銀時はほっとしたように息を吐いて、餅網に視線をもどす。
「あ、やべっ」
厨のほうに気を取られていた隙に米粉の焦げた芳ばしい香りが漂い、ちょっとばかり濃いきつね色になってしまった団子を、砂糖醤油が飛び散らぬよう細心の注意を払いながら、陶皿にぽんぽんと移していく。
その餅網の空いた場所にもう一山の団子を崩して乗せながら、松陽がにこにことおのれを眺めているのに気がついたらしい銀時が、拗ねたように睨んだ。
「…なんだよ、せんせー。気持ち悪ぃな」
「なんでもありませんよ」
そう応えながらも、もうずいぶんとゆるみっぱなしの頬は締まることがなくて、銀時はますます居心地のわるそうに唇を尖らせる。それでもこんどは焦がすまいと、目は餅網を凝視している。
「やはり、あの日の直感はあたりましたね」
小太郎は銀時にとってよき存在となってくれるだろう。と、銀時をこの家に招じ入れた日に、そう予感したとおり。
「ちょっかん?」
云い止した銀時は、また器用に団子を返しながら、こんどは訝しげに松陽を見る。
この紅い双眸は、ずいぶんといろいろな表情を映してくれるようになった。大半は気怠い色を浮かべていても、こうして折に触れて垣間見るそれは、このこどもが実に感じやすいこころを内包しているのだろうことを窺わせる。表面の気怠さは、このこどもがこれまでを生き抜くために漫ろに纏った鎧なのだ。それをいち早く小太郎は、見抜くのでなしにただ感じとったのかも知れない。あのこどもの持つ独特の、直観で。
「あ、ほらほら銀時、いい色になってきましたよ」
「おっと」
そう気を逸らされて団子に注意がもどった銀時は、手際よく返しながら声を張りあげた。
「こたろー。きなこ。はやくっ」
「なんだもう。あとでいいと云ったり急かしたり」
そう返しながら陶の鉢にきなこを盛って小走りに戻ってきた小太郎は、砂糖を混ぜ軽く塩して、銀時の放り込む団子をそのなかで転がした。
「ぎんとき、そういちどに入れるな」
「だって焦げちゃうじゃん。餅よりきなこがまぶしにくいのな」
銀時が小太郎の手許の陶鉢を覗き込む。
「表面に水気がないからな。少し置いておけば熱で湿ってくる」
竹箸で団子を少し押さえながら小太郎は、すでにできあがっている砂糖醤油の団子の皿を目線で示した。
「熱いうちがうまいぞ」
「いただきまっ」
云うが早いか、団子を鉢に放り込んでいた箸で皿の一個を掬い取り、絡めたたれを垂らさぬようにひとくちでほおばった。
「どうだ。うまいか」
はふはふと口のなかで熱を冷まし、もぐもぐと食みながら満足げにうなずく銀時に、小太郎はうれしそうに笑んだ。
「先生も、召しあがってください。さきに銀時に食われてしまいましたが」
「ええ、ありがとう。小太郎、あなたもいただきなさい」
小太郎は炙った残りの団子をきなこのなかにいったん埋めると、いただきますと手を合わせる。
食べるのに夢中な銀時が、その所作を認めてあわてて手を合わせる真似をした。
「ひははひまふ」
「いただいてます、のまちがいだろう」
そう云ってから小太郎はやっぱりぱくりとひとくちで食んで、もぐもぐと口をうごかした。
松陽もひとつを箸で取りながら、おなじように並んで食べる白黒ふたつのあたまに、鉢と皿との団子を見比べて、内心でくすりと笑った。
まったくちがうようでいて、おなじ。おなじようでいて非なるもの。
それでもこのお団子のように、このさきも、ころころ並んで過ごしていってくれるといい。
「また、へんへー気味悪ぃ」
「食いながらしゃべるな」
知らず笑み零れた松陽を見咎めた銀時がまた呟くのへ、小太郎が睨む。銀時はごくりと団子を飲み込んで、云い返す。
「だってさっきからこうなんだぜ」
「先生は銀時がかわいくてしかたがないのだ」
幼い口でそうさらりと云い放ってぱくりと団子をほおばる小太郎に、銀時は盛大に噎せた。
真っ赤になってとんとんと胸もとを叩き、あわてて湯呑みの白湯を喉に流し込む。小太郎はそれを不思議そうに見て、松陽を振り仰ぐ。
「だってそうですよね?」
小太郎の邪気のない黒曜石の双眸に、松陽は莞爾として、そうですね、とうなずいた。あなたのこともかわいく思っていますよ、とは云わない。この子には、そんなことばで伝えなくていい。
こんどは白湯を吹き出しそうになって噎せる銀時の背を、小太郎が頓着なくさする。ついに耳まで真っ赤になった銀時は、ごほごほと喉もとを押さえた。
たがいがたがいの情緒を育む。多分に照れ隠しの混じったその咳を、松陽はいとおしいとおもう。
銀時の、そうやって少しずつ豊かになってゆく感情の表出を、小太郎もまた喜色をもってあっけらかんと受けとめるだろう。
このさきも。ずっとさきも。
ふたり並んで、ころころころころ。
しろとくろのお団子が、ふたつ並んでころころころ。
了 2011.03.20.
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からからと門の格子戸を開けて玄関口に向かう。
塾舎に使われている棟を回り込んだ向こうの中庭のあたりから、たのしげな笑い声が聞こえてくる。
「おや」
それに気づいた松陽は、玄関口につづく延段(のべだん)の途中から、中庭へと伸びる飛石に足を踏み入れた。
手にしていた生花の束を散らさぬよう胸に捧げ持てば、春の訪ないを告げる香りが仄かに鼻先を擽る。ぽかぽかとした陽射しが降りそそぐなか、庭の桜の木々はその枝枝に木肌色のまるいふくらみをいくつも蓄えていて、一雨くるごとにその密度を増している。それはまもなく薄緑を覗かせ、やがて赤みを帯びて先分かれし、もう半月もすれば薄い桜色の手鞠で零れ溢れんばかりになるだろう。
手入れの行き届いているとはいえない、しかしこれはこれで趣があると思っている庭の草木のあいまから、中庭に面した母家の濡れ縁で胡座をかいている白いあたまが目に入った。ふだんはやる気のない気怠げな表情で身の丈に余る刀を抱えていることが多いが、いまはその刀を傍らに寝かせ置き、もう一方の傍らにいるのだろうあいてに、なにやら身振り手振りで夢中になって語っている。
「ああ、小太郎が来ているのですね」
そうひとりごちて覗き込むようにあたまを巡らせば、案の如く、黒い尾っぽ髪がその傍らにあって、負けじと身振り手振りを交えて応じている。この子もふだんは表情が薄いが、いまはその片鱗もない。なにごとにも手を抜くということを知らぬ子で、銀時をこの手許に置いて以来あれやこれやと気にかけて、かまいたおしてあっという間に馴染んでしまった。
もっとも銀時のほうには誰彼なく、その異端の外見とそれまでの環境がもたらした世間というものへの隔意が見え隠れしていて、おそらく周りの子どもたちにはそれがためにさらなる距離を置かせているところがあったのだが。
そのことに松陽は気づいていたものの、当の小太郎本人だけがまったく意に介さなかったものだから、しまいにはそれを気にするほうがばかげているのだと思わせたくらいだ。
そうして多分にそれが銀時の安寧を呼び、いまではもう明らかにほかの人間には見せない反応を小太郎には返すようになっている。この家では気をゆるすようになった銀時も、あんな笑い声は松陽でさえめったに聞くことがない。
「あ、先生」
こちらの存在にいち早く気づいた小太郎が、腰を掛けていた濡れ縁からあわててぴょこんと立ち上がり、姿勢を正してぺこりとあたまを下げた。うしろで高くひとつに結わかれた長い黒髪が、その拍子に跳ねて揺れる。
「ご無礼いたしました。お留守のあいだにおじゃましております」
「おかえりーなさーい」
そのとなりで銀時はほうぼうに毛先の跳ねた白銀髪を掻きながら間延びした声で暢気に松陽を出迎える。こんなふうに応えるようになったのも、まだここ最近のことだ。最初のうちは刀を抱えてとことこと玄関口まで松陽を迎えに出る姿もどことなく不安げだったし、そのあとしばらくは喜び勇んで出迎えにくるくせに無言のままだったりした。
なんだ銀時その態度は。せめて居住まいを正さぬか。と小太郎に咎められてへいへいと、銀時は億劫そうにそれでも云われたとおりに正座してみせる。ここでそうしないと小太郎から容赦のない拳固が飛んでくると学習しているからで、過去になんどかそうした場を目撃している松陽は、微笑ましくてつい頬がゆるむ。
「はい。ただいま帰りました。小太郎、なにか御用でしたか」
「はい。母からこれを先生にと、ことづかってまいりました」
と、濡れ縁のそばに置いてあった風呂敷包みを手に取り、そこから曙塗りのやや背高な重箱を取りだして、礼儀正しく松陽に差し出してくる。花束を潰さぬよう小脇に持ち替え、それを受け取って少し蓋を開き松陽は目を細めた。
「ああ、ありがとう。これは、ちょうどよかった」
「なに。なにがはいってんの」
銀時がさっと立ち上がって、その場から覗き込むように首を伸ばす。小太郎が母親のつかいで松陽宅に持ってくるものはたいがいが食べものだったから、これまた学習しているのだ。
「お供えしてから、みなでいただきましょう」
松陽はわざとそそくさと蓋を閉じ、小太郎に礼を云いがてら声をかけた。
「そのまま遊んでらっしゃい。いま用意しますよ」
では、と手伝いについてこようとした小太郎を軽く手で制して、玄関口へと踵を返す。
「なんだよー。なんなんだよ。なに持ってきたんだよ、おまえ」
銀時が小太郎に向かってぼやくように投げることばには、先刻漏れ聞こえてきたのとおなじ、気兼ねのなさが滲み出ていた。
一対の高坏に三角錐状に積まれた小振りのまるい白団子を仏前に供え、その両脇に五色の花を生けて、手を合わせる。
松陽のしぐさを銀時は横目で見ながらそのまま倣い、小太郎は幼いながらにこなれた所作で瞑目している。
「では、お下がりをいただきましょうか」
そのことばを待ってましたとばかりに銀時が団子の山に手を伸ばす。止めるまもなく一口囓って、眉を顰めた。
「なんだよーこれ甘くねぇじゃん」
半分になった団子を持つその手を松陽にぺしんと叩かれて、ますますふてくされたように頬を膨らませた。小太郎がそのやりとりを見てまた、めずらしく声を立てて笑う。ああ、これも先刻のように心安い音色だと、松陽はおもう。
「あたりまえだ。上新粉を捏ねただけなのだから」
「だって、お彼岸のだんごだって」
「甘くないお団子もあるのですよ。少し炙って、砂糖醤油にしましょうか」
さとう、と聞いて銀時の膨らんだ頬が、不満から期待のそれへと変わる。小太郎がまた軽く声を立てて笑った。
仏間ととなりあうひと間に、まだ仕舞い損ねていた火鉢を銀時がひっぱってきて炭を熾し、小太郎が餅網を渡しかけ、松陽はそのうえに三角の山を崩した白い団子をひとつずつ乗せてゆく。きつね色に焦げ目の付くのを待つあいだ、陶皿に醤油をおとし砂糖を加えて溶き混ぜる。
松陽の指示で銀時は竹箸で器用につまんで幾度か団子をひっくり返す。小太郎がおなじように返そうとするけれど、銀時がふたつ返す間にようやくひとつを返すというぐあいだったから、焦げぐあいに差がついてくる。
「あっつぅ」
「ああもう。おまえいいから。俺がやっから」
こと甘いものにかけては労を惜しまない銀時が、あやうく団子ではなく指を焦がしかけた小太郎を制した。
「小太郎、厨行ってきなこも持ってきて。ついでにその指冷やしてこい」
「うむ。ではまかせたぞ、銀時」
生真面目に応えてすなおに厨に向かう。きなこの壺を探しているのか、聞こえてきたかたかたという音に、銀時はいらいらと怒鳴る。
「きなこ、あとでいいから!さきに冷やせよこのばか」
「ばかじゃない、桂だ」
そういらえがあって、ほどなく水音がして、銀時はほっとしたように息を吐いて、餅網に視線をもどす。
「あ、やべっ」
厨のほうに気を取られていた隙に米粉の焦げた芳ばしい香りが漂い、ちょっとばかり濃いきつね色になってしまった団子を、砂糖醤油が飛び散らぬよう細心の注意を払いながら、陶皿にぽんぽんと移していく。
その餅網の空いた場所にもう一山の団子を崩して乗せながら、松陽がにこにことおのれを眺めているのに気がついたらしい銀時が、拗ねたように睨んだ。
「…なんだよ、せんせー。気持ち悪ぃな」
「なんでもありませんよ」
そう応えながらも、もうずいぶんとゆるみっぱなしの頬は締まることがなくて、銀時はますます居心地のわるそうに唇を尖らせる。それでもこんどは焦がすまいと、目は餅網を凝視している。
「やはり、あの日の直感はあたりましたね」
小太郎は銀時にとってよき存在となってくれるだろう。と、銀時をこの家に招じ入れた日に、そう予感したとおり。
「ちょっかん?」
云い止した銀時は、また器用に団子を返しながら、こんどは訝しげに松陽を見る。
この紅い双眸は、ずいぶんといろいろな表情を映してくれるようになった。大半は気怠い色を浮かべていても、こうして折に触れて垣間見るそれは、このこどもが実に感じやすいこころを内包しているのだろうことを窺わせる。表面の気怠さは、このこどもがこれまでを生き抜くために漫ろに纏った鎧なのだ。それをいち早く小太郎は、見抜くのでなしにただ感じとったのかも知れない。あのこどもの持つ独特の、直観で。
「あ、ほらほら銀時、いい色になってきましたよ」
「おっと」
そう気を逸らされて団子に注意がもどった銀時は、手際よく返しながら声を張りあげた。
「こたろー。きなこ。はやくっ」
「なんだもう。あとでいいと云ったり急かしたり」
そう返しながら陶の鉢にきなこを盛って小走りに戻ってきた小太郎は、砂糖を混ぜ軽く塩して、銀時の放り込む団子をそのなかで転がした。
「ぎんとき、そういちどに入れるな」
「だって焦げちゃうじゃん。餅よりきなこがまぶしにくいのな」
銀時が小太郎の手許の陶鉢を覗き込む。
「表面に水気がないからな。少し置いておけば熱で湿ってくる」
竹箸で団子を少し押さえながら小太郎は、すでにできあがっている砂糖醤油の団子の皿を目線で示した。
「熱いうちがうまいぞ」
「いただきまっ」
云うが早いか、団子を鉢に放り込んでいた箸で皿の一個を掬い取り、絡めたたれを垂らさぬようにひとくちでほおばった。
「どうだ。うまいか」
はふはふと口のなかで熱を冷まし、もぐもぐと食みながら満足げにうなずく銀時に、小太郎はうれしそうに笑んだ。
「先生も、召しあがってください。さきに銀時に食われてしまいましたが」
「ええ、ありがとう。小太郎、あなたもいただきなさい」
小太郎は炙った残りの団子をきなこのなかにいったん埋めると、いただきますと手を合わせる。
食べるのに夢中な銀時が、その所作を認めてあわてて手を合わせる真似をした。
「ひははひまふ」
「いただいてます、のまちがいだろう」
そう云ってから小太郎はやっぱりぱくりとひとくちで食んで、もぐもぐと口をうごかした。
松陽もひとつを箸で取りながら、おなじように並んで食べる白黒ふたつのあたまに、鉢と皿との団子を見比べて、内心でくすりと笑った。
まったくちがうようでいて、おなじ。おなじようでいて非なるもの。
それでもこのお団子のように、このさきも、ころころ並んで過ごしていってくれるといい。
「また、へんへー気味悪ぃ」
「食いながらしゃべるな」
知らず笑み零れた松陽を見咎めた銀時がまた呟くのへ、小太郎が睨む。銀時はごくりと団子を飲み込んで、云い返す。
「だってさっきからこうなんだぜ」
「先生は銀時がかわいくてしかたがないのだ」
幼い口でそうさらりと云い放ってぱくりと団子をほおばる小太郎に、銀時は盛大に噎せた。
真っ赤になってとんとんと胸もとを叩き、あわてて湯呑みの白湯を喉に流し込む。小太郎はそれを不思議そうに見て、松陽を振り仰ぐ。
「だってそうですよね?」
小太郎の邪気のない黒曜石の双眸に、松陽は莞爾として、そうですね、とうなずいた。あなたのこともかわいく思っていますよ、とは云わない。この子には、そんなことばで伝えなくていい。
こんどは白湯を吹き出しそうになって噎せる銀時の背を、小太郎が頓着なくさする。ついに耳まで真っ赤になった銀時は、ごほごほと喉もとを押さえた。
たがいがたがいの情緒を育む。多分に照れ隠しの混じったその咳を、松陽はいとおしいとおもう。
銀時の、そうやって少しずつ豊かになってゆく感情の表出を、小太郎もまた喜色をもってあっけらかんと受けとめるだろう。
このさきも。ずっとさきも。
ふたり並んで、ころころころころ。
しろとくろのお団子が、ふたつ並んでころころころ。
了 2011.03.20.
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