Armed angel #10 一期(第二十三〜二十五話) ニルティエ
ロックオンの死。それに寄せるマイスターたちの思いと彼らのロストまで。
全三回。その1。
イオリア・シュヘンベルグがメッセージとともに、GNドライブを有するものたちへの最後の希望を、ブラックボックスに秘められていたその全能力を託してきたのは、エクシアが地上に降りてまもなくのことだった。
真の平和を勝ち取るため戦争根絶のために闘いつづけることを祈ると。CBのためではなく、自らの意志でガンダムとともに。と。
それは悪意を持ってヴェーダ本体に潜入するものが現れたとき、発動されるよう為されたシステムトラップのうちのひとつ。そのトラップによって封印の解かれたイオリア・シュヘンベルグの置きみやげ、トランザムシステム。
ラグランジュ1での整備と補給がつづくなか、そのブラックボックスを通してプトレマイオスに送られてきたトランザムの情報をブリーフィングルームで確認していたとき、地上の刹那からの暗号通信が入った。
トレミーへの帰還命令受領、地上の疑似太陽炉搭載型MSが全機宇宙(そら)に上がったこと、ガンダムスローネの一機が敵に鹵獲されたこと。
その奪取したパイロットの名を聞いたとき、ロックオンの表情が変わった。
アリー・アル・サーシェス。
「なにものだい?」
「傭兵だと聞いているが」
となりに立つアレルヤの問いに、ティエリアはそう淡々と応えたけれど。きっと彼は知っていたんだろう。その傭兵とロックオンとの因縁を。
そうして。
アリー・アル・サーシェスとの壮絶な激闘の末、ロックオン・ストラトスはロストした。相棒のハロに、大破したデュナメスとその太陽炉を託したまま、不帰の客となる。
三隻のバージニア級輸送艦に二十六機の疑似GNドライブ搭載型とスローネを擁した国連軍の艦隊が、エクシア不在のままのプトレマイオスを襲った。
キュリオスとヴァーチェの出撃に際しデュナメスは待機を命じられ、ティエリアはロックオンの部屋の鍵に外側から強制ロックを掛けた。
「少し強引じゃないか」
「口で云って聞くタイプじゃない」
そこまでして、ティエリアはその出撃を阻んだ。
「わたしは前回の戦闘で彼に救われた。だから…こんどはわたしが彼を護る」
その横顔はかつてないほどに厳しく、宣言する声はつよかった。
アレルヤとは、これまで幾度も組んでミッションを完遂したティエリアだったが。ヴェーダのためにではなく、イオリアの計画のためにでもなく、闘いに臨むティエリアを初めて見た、とアレルヤは思った。
ヴェーダの申し子に、あのティエリア・アーデに、そんな決意をさせておいて。
ああ、ロックオン。
どうしてきみは、おとなしく護られていてあげなかったんだい?
きみがもうずっと、武力介入を始めるずっとまえから。どれほどティエリアにこころを砕いてきたか、僕は知っている。
愛していたんじゃないのかい。それなのに。いまこんなふうに彼を泣かせるなんて。
「応えろ! なぜ彼が死ななければならない! …なぜ、彼が」
水の幕を張った紅い眸が、刹那の胸ぐらをつかんで詰った。きさまだ、と。貴様が地上に降りたばかりに戦力が分断されたからだ、と。
スメラギ・李・ノリエガに頬を張られて、ティエリアから涙の粒が散った。刹那はなにも云い返さなかった。云い返せなかった。
そのとおりだった。自分が自分の思いを押し通したがために、戦力の分断を招いたことはまぎれもない事実だ。ましてそのロックオンの最後にエクシアはまにあわなかった。
宙に投げ出され漂うその姿を、深緑のパイロットスーツ姿を捕捉したのに。エクシアの手の届くまえに。刹那の目のまえで、爆発の白い閃光はロックオンを奪い去った。
GNアームズの砕け散った破片の漂うなかに、その片鱗さえも窺わせてはくれなかった。
初めてCBに連れられたときに掛けられた声。ともに務めたミッションでの日々。殴られた拳。突きつけられた銃口。負傷した目を押してティエリアをおもい治療を拒んだやさしい笑み。黒い眼帯で立ち向かう姿。
その場で刹那は慟哭した。後にも先にもあれほど激しく泣き叫ぶことはもうないだろうと思えるほどに。だからもう、いまは。
いつも兄貴分のように接してくれていた。いつのまにかそれを享受していたおのれの、よみがえる思い出よりも。深くそれ以上のものを抱えているだろうあいての哀哭をまえには、涙も弁明も浮かびはしなかった。
ヴァーチェがトランザムでからくも、集中砲火を浴びせてきていた敵MSの三機を撃破、一機を後退させる。だが、トランザム終了後はGN粒子が再充填されるまで機体性能が極端に落ちる。
報復に燃える新たな一個小隊に狙われるティエリアの機体を有視界で捕捉して、GNツインライフルの一撃を食らわせ、GNミサイルと合わせてその部隊を突破した。
「ロックオン。そんなからだで」
GNアームズをドッキングしGNアーマーの形態で対艦攻撃に出撃したそのデュナメスのコクピットに、ティエリアからの映像通信が入った。
「気遣い感謝するよ、だがな」
いまは、闘う。
エクシアが不在のいま、この身が本調子であれば対MSの防衛戦に先行したのはキュリオスとデュナメスだったろう。機動性に劣るヴァーチェでは近接戦にはどうしたって不利になる。そしてヴァーチェの大火力こそが、本来、対艦攻撃に向けられるべきものだったはずだ。だが有能な戦術予報士は、おのれの負傷を慮り、あるいは天秤に掛けて、ティエリアのヴァーチェを先行させた。
外側からロックされた部屋の鍵をハロに開けさせようとしたが、施されていたものはハロが短時間で解読できるようなそんな生半可な出来ではなかった。こんな真似ができるやつはひとりしか知らない。しかたなく銃でぶち抜き物理的に破壊する。こんな手を取らせるほど、自分は聞き分けがないとティエリアに思われていたことに苦笑した。刹那じゃあるまいし。…まあ、結果として当たっていたわけだから返すことばもないんだが。
でもな。ティエリア。
闘わなきゃならねぇんだ。この戦場に、あの野郎が来ている。
敵、輸送艦二隻を撃沈させ、これで最後と三隻めを狙ったところを、奇襲に阻まれた。GNアーマーを損傷してデュナメスは離脱、直後に輸送艦のリニアキャノンを受けてGNアームズは大破する。そして。その奇襲攻撃のさきにスローネツヴァイの機影を認めた。
沸騰した憤激のままにアリー・アル・サーシェスとの交戦に突入する。家族を奪ったテロの首謀者。射撃は冷静だったはずだが利き目のせいで狙いを躱され、銃撃に剣戟まで交えた闘いとなった。
「絶対ゆるさねぇ。てめぇは闘いを生み出す権化だ!」
「喚いてろ、同じ穴のムジナがっ」
「てめぇといっしょにすんじゃねえ!」
デュナメスは執拗にスローネを追い、激しく目まぐるしい攻防戦のさなか。
「俺はこの世界を…」
さらなる敵MSの突撃を受け、邪魔だてする敵機に応戦するうち、右側の死角を看破される。そこを衝かれた。スローネツヴァイから繰り出された遠隔誘導ビーム砲GNファング二基が、死角からデュナメスを襲う。すさまじい爆音が耳を劈く。
損傷は甚大。デュナメスは戦闘不能状態となり、おのれもまた負傷した。
そうだ。俺はこの世界を。
ライフル型のコントローラーを取り外し、デュナメスをトレミーにもどすようハロに命じた。自分の名を呼び続ける相棒のまるい機体を二度撫でて、コクピットハッチから外に出る。心配すんな、生きて帰るさ。と云いながら。
「太陽炉を頼むぜ。…あばよ、相棒」
そうひとりごとに、呟いた。
大破したGNアームズの砲身がそこに残って浮かんでいる。
この世界を、変えるんだ。
負傷した身は重い。損傷していた右目の傷口が開いて血が頬をつたう。
「なにやってんだろうな…、俺は」
砲身とコントローラーをつないで、そのうえに立って構えた。
「……けどな。こいつを殺らなきゃ、仇を取らなきゃ、俺はまえに進めねぇ。世界とも向き合えねぇ」
過去に囚われたまま、未来を見ることもできない。
そう、未来を。
見るために、進むために、向き合うために、変わるんだ。
この目のまえで、鮮やかに変わっていった、あいつのように。俺は。
「だからさ」
センサースコープにスローネツヴァイをとらえる。
「狙い撃つぜぇっ」
GNアームズのビーム砲が突進してくるスローネを直撃し、その寸前に放たれたスローネからの砲撃がGNアームズの砲身を貫く。
砲身は大破し火花を散らせ、その衝撃でこの身は宙に投げ出された。
「…父さん…母さん…エイミー…」
過ぎ去ったひととき。失われた幸福な時間。
「わかってるさ…、こんなことをしても変えられないかもしれないって。もとにはもどらないって」
この世界のために。銃爪を引き続けることしかできなくても。
「それでもこれからは。あしたは。…ライルの、生きる未来を」
罅の入ったヘルメット越しの宇宙(そら)。エクシアのだろう、遠くを駆けてくる淡い緑の粒子光が見えた。
「…刹那。応えは出たのかよ」
身は漂う。もう刻は残されていない。
その視線の先に碧い地球の姿が、オービタルリングを纏った地球の姿が目に映る。
…変えたかった。
「よぉ、おまえら。満足か。こんな世界で」
浮かぶ地球に、手を伸ばす。指で象った拳銃で、狙い撃つ。
「俺は、いやだね」
その名を戴く、なにより愛しいひとの姿を、まなうらにかさねて。
最期のおもいは、足もとから迫る白い閃光に呑み込まれた。砲身の爆発とともに、目のまえの景色が砕けて散った。
ごめんな…。おまえのようにはいかねぇや。
地獄の手前で待ってるから。…急がなくて、いいぜ。
ろっくおん、ろっくおん…。ろっくおん、ろっくおん…。
繰り返し繰り返されるハロのことばが、哀調を帯びて耳に届いた。
「……うそ…だ」
ヴァーチェのコクピットのなかで、ティエリアは二度目の涙を溢れさせた。ナドレを晒したときとは、ちがう涙を。
あなたは愚かだ。
どこかで、わかっていた。あのとき、アリー・アル・サーシェスの名を耳にしたロックオンを、ニールを、目にしたときに。彼は復讐の闇に呑まれると。
帰投するなり刹那を責めた。
詮ないこととわかっていながら、口を吐くことばを止められなかった。
刹那のせいじゃない。だれのせいでもない。いやむしろ、彼の右目を奪ったおのれの弱さこそが、彼本来の戦闘力を削いだのだから。
頬を打たれて、また涙が零れた。
けれどもう、ひと知れずそれを拭ってくれたやさしい手は、口唇は、どこにもないのだ。
ティエリアはつづく涙を意志のちからで呑み込んだ。
ハロを抱えて泣きじゃくるフェルト・グレイスの姿におのれを見た。そうかこの少女は。ロックオン・ストラトスを慕っていたのか。
続 2011.10.28.
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イオリア・シュヘンベルグがメッセージとともに、GNドライブを有するものたちへの最後の希望を、ブラックボックスに秘められていたその全能力を託してきたのは、エクシアが地上に降りてまもなくのことだった。
真の平和を勝ち取るため戦争根絶のために闘いつづけることを祈ると。CBのためではなく、自らの意志でガンダムとともに。と。
それは悪意を持ってヴェーダ本体に潜入するものが現れたとき、発動されるよう為されたシステムトラップのうちのひとつ。そのトラップによって封印の解かれたイオリア・シュヘンベルグの置きみやげ、トランザムシステム。
ラグランジュ1での整備と補給がつづくなか、そのブラックボックスを通してプトレマイオスに送られてきたトランザムの情報をブリーフィングルームで確認していたとき、地上の刹那からの暗号通信が入った。
トレミーへの帰還命令受領、地上の疑似太陽炉搭載型MSが全機宇宙(そら)に上がったこと、ガンダムスローネの一機が敵に鹵獲されたこと。
その奪取したパイロットの名を聞いたとき、ロックオンの表情が変わった。
アリー・アル・サーシェス。
「なにものだい?」
「傭兵だと聞いているが」
となりに立つアレルヤの問いに、ティエリアはそう淡々と応えたけれど。きっと彼は知っていたんだろう。その傭兵とロックオンとの因縁を。
そうして。
アリー・アル・サーシェスとの壮絶な激闘の末、ロックオン・ストラトスはロストした。相棒のハロに、大破したデュナメスとその太陽炉を託したまま、不帰の客となる。
三隻のバージニア級輸送艦に二十六機の疑似GNドライブ搭載型とスローネを擁した国連軍の艦隊が、エクシア不在のままのプトレマイオスを襲った。
キュリオスとヴァーチェの出撃に際しデュナメスは待機を命じられ、ティエリアはロックオンの部屋の鍵に外側から強制ロックを掛けた。
「少し強引じゃないか」
「口で云って聞くタイプじゃない」
そこまでして、ティエリアはその出撃を阻んだ。
「わたしは前回の戦闘で彼に救われた。だから…こんどはわたしが彼を護る」
その横顔はかつてないほどに厳しく、宣言する声はつよかった。
アレルヤとは、これまで幾度も組んでミッションを完遂したティエリアだったが。ヴェーダのためにではなく、イオリアの計画のためにでもなく、闘いに臨むティエリアを初めて見た、とアレルヤは思った。
ヴェーダの申し子に、あのティエリア・アーデに、そんな決意をさせておいて。
ああ、ロックオン。
どうしてきみは、おとなしく護られていてあげなかったんだい?
きみがもうずっと、武力介入を始めるずっとまえから。どれほどティエリアにこころを砕いてきたか、僕は知っている。
愛していたんじゃないのかい。それなのに。いまこんなふうに彼を泣かせるなんて。
「応えろ! なぜ彼が死ななければならない! …なぜ、彼が」
水の幕を張った紅い眸が、刹那の胸ぐらをつかんで詰った。きさまだ、と。貴様が地上に降りたばかりに戦力が分断されたからだ、と。
スメラギ・李・ノリエガに頬を張られて、ティエリアから涙の粒が散った。刹那はなにも云い返さなかった。云い返せなかった。
そのとおりだった。自分が自分の思いを押し通したがために、戦力の分断を招いたことはまぎれもない事実だ。ましてそのロックオンの最後にエクシアはまにあわなかった。
宙に投げ出され漂うその姿を、深緑のパイロットスーツ姿を捕捉したのに。エクシアの手の届くまえに。刹那の目のまえで、爆発の白い閃光はロックオンを奪い去った。
GNアームズの砕け散った破片の漂うなかに、その片鱗さえも窺わせてはくれなかった。
初めてCBに連れられたときに掛けられた声。ともに務めたミッションでの日々。殴られた拳。突きつけられた銃口。負傷した目を押してティエリアをおもい治療を拒んだやさしい笑み。黒い眼帯で立ち向かう姿。
その場で刹那は慟哭した。後にも先にもあれほど激しく泣き叫ぶことはもうないだろうと思えるほどに。だからもう、いまは。
いつも兄貴分のように接してくれていた。いつのまにかそれを享受していたおのれの、よみがえる思い出よりも。深くそれ以上のものを抱えているだろうあいての哀哭をまえには、涙も弁明も浮かびはしなかった。
ヴァーチェがトランザムでからくも、集中砲火を浴びせてきていた敵MSの三機を撃破、一機を後退させる。だが、トランザム終了後はGN粒子が再充填されるまで機体性能が極端に落ちる。
報復に燃える新たな一個小隊に狙われるティエリアの機体を有視界で捕捉して、GNツインライフルの一撃を食らわせ、GNミサイルと合わせてその部隊を突破した。
「ロックオン。そんなからだで」
GNアームズをドッキングしGNアーマーの形態で対艦攻撃に出撃したそのデュナメスのコクピットに、ティエリアからの映像通信が入った。
「気遣い感謝するよ、だがな」
いまは、闘う。
エクシアが不在のいま、この身が本調子であれば対MSの防衛戦に先行したのはキュリオスとデュナメスだったろう。機動性に劣るヴァーチェでは近接戦にはどうしたって不利になる。そしてヴァーチェの大火力こそが、本来、対艦攻撃に向けられるべきものだったはずだ。だが有能な戦術予報士は、おのれの負傷を慮り、あるいは天秤に掛けて、ティエリアのヴァーチェを先行させた。
外側からロックされた部屋の鍵をハロに開けさせようとしたが、施されていたものはハロが短時間で解読できるようなそんな生半可な出来ではなかった。こんな真似ができるやつはひとりしか知らない。しかたなく銃でぶち抜き物理的に破壊する。こんな手を取らせるほど、自分は聞き分けがないとティエリアに思われていたことに苦笑した。刹那じゃあるまいし。…まあ、結果として当たっていたわけだから返すことばもないんだが。
でもな。ティエリア。
闘わなきゃならねぇんだ。この戦場に、あの野郎が来ている。
敵、輸送艦二隻を撃沈させ、これで最後と三隻めを狙ったところを、奇襲に阻まれた。GNアーマーを損傷してデュナメスは離脱、直後に輸送艦のリニアキャノンを受けてGNアームズは大破する。そして。その奇襲攻撃のさきにスローネツヴァイの機影を認めた。
沸騰した憤激のままにアリー・アル・サーシェスとの交戦に突入する。家族を奪ったテロの首謀者。射撃は冷静だったはずだが利き目のせいで狙いを躱され、銃撃に剣戟まで交えた闘いとなった。
「絶対ゆるさねぇ。てめぇは闘いを生み出す権化だ!」
「喚いてろ、同じ穴のムジナがっ」
「てめぇといっしょにすんじゃねえ!」
デュナメスは執拗にスローネを追い、激しく目まぐるしい攻防戦のさなか。
「俺はこの世界を…」
さらなる敵MSの突撃を受け、邪魔だてする敵機に応戦するうち、右側の死角を看破される。そこを衝かれた。スローネツヴァイから繰り出された遠隔誘導ビーム砲GNファング二基が、死角からデュナメスを襲う。すさまじい爆音が耳を劈く。
損傷は甚大。デュナメスは戦闘不能状態となり、おのれもまた負傷した。
そうだ。俺はこの世界を。
ライフル型のコントローラーを取り外し、デュナメスをトレミーにもどすようハロに命じた。自分の名を呼び続ける相棒のまるい機体を二度撫でて、コクピットハッチから外に出る。心配すんな、生きて帰るさ。と云いながら。
「太陽炉を頼むぜ。…あばよ、相棒」
そうひとりごとに、呟いた。
大破したGNアームズの砲身がそこに残って浮かんでいる。
この世界を、変えるんだ。
負傷した身は重い。損傷していた右目の傷口が開いて血が頬をつたう。
「なにやってんだろうな…、俺は」
砲身とコントローラーをつないで、そのうえに立って構えた。
「……けどな。こいつを殺らなきゃ、仇を取らなきゃ、俺はまえに進めねぇ。世界とも向き合えねぇ」
過去に囚われたまま、未来を見ることもできない。
そう、未来を。
見るために、進むために、向き合うために、変わるんだ。
この目のまえで、鮮やかに変わっていった、あいつのように。俺は。
「だからさ」
センサースコープにスローネツヴァイをとらえる。
「狙い撃つぜぇっ」
GNアームズのビーム砲が突進してくるスローネを直撃し、その寸前に放たれたスローネからの砲撃がGNアームズの砲身を貫く。
砲身は大破し火花を散らせ、その衝撃でこの身は宙に投げ出された。
「…父さん…母さん…エイミー…」
過ぎ去ったひととき。失われた幸福な時間。
「わかってるさ…、こんなことをしても変えられないかもしれないって。もとにはもどらないって」
この世界のために。銃爪を引き続けることしかできなくても。
「それでもこれからは。あしたは。…ライルの、生きる未来を」
罅の入ったヘルメット越しの宇宙(そら)。エクシアのだろう、遠くを駆けてくる淡い緑の粒子光が見えた。
「…刹那。応えは出たのかよ」
身は漂う。もう刻は残されていない。
その視線の先に碧い地球の姿が、オービタルリングを纏った地球の姿が目に映る。
…変えたかった。
「よぉ、おまえら。満足か。こんな世界で」
浮かぶ地球に、手を伸ばす。指で象った拳銃で、狙い撃つ。
「俺は、いやだね」
その名を戴く、なにより愛しいひとの姿を、まなうらにかさねて。
最期のおもいは、足もとから迫る白い閃光に呑み込まれた。砲身の爆発とともに、目のまえの景色が砕けて散った。
ごめんな…。おまえのようにはいかねぇや。
地獄の手前で待ってるから。…急がなくて、いいぜ。
ろっくおん、ろっくおん…。ろっくおん、ろっくおん…。
繰り返し繰り返されるハロのことばが、哀調を帯びて耳に届いた。
「……うそ…だ」
ヴァーチェのコクピットのなかで、ティエリアは二度目の涙を溢れさせた。ナドレを晒したときとは、ちがう涙を。
あなたは愚かだ。
どこかで、わかっていた。あのとき、アリー・アル・サーシェスの名を耳にしたロックオンを、ニールを、目にしたときに。彼は復讐の闇に呑まれると。
帰投するなり刹那を責めた。
詮ないこととわかっていながら、口を吐くことばを止められなかった。
刹那のせいじゃない。だれのせいでもない。いやむしろ、彼の右目を奪ったおのれの弱さこそが、彼本来の戦闘力を削いだのだから。
頬を打たれて、また涙が零れた。
けれどもう、ひと知れずそれを拭ってくれたやさしい手は、口唇は、どこにもないのだ。
ティエリアはつづく涙を意志のちからで呑み込んだ。
ハロを抱えて泣きじゃくるフェルト・グレイスの姿におのれを見た。そうかこの少女は。ロックオン・ストラトスを慕っていたのか。
続 2011.10.28.
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