Armed angel #12 一期と二期の幕間 ニルティエ(ニール不在)
ティエリア療養中。喪失と闘う。決戦半年後から活動再開一年前あたり。
フェルト、ラッセ、イアン、ミレイナ、リンダ、総出演。
全四回。その1。
「どうだった? ミレイナ」
「だめだったですぅ。ほんの一口でもいいから食べてくださいって云ったんですけど…」
黄褐色の髪を高い位置でツインテールにした少女が、めずらしくしょんぼりとして食堂に戻ってきた。運んできたトレイの、軟菜食のレーションには手をつけられたあとがない。
「そう…。ミレイナでもだめだったの…」
鮮やかなピンクに染めた髪をひとつ結びにして下ろしたフェルト・グレイスは、まだ慣れないその髪型の両横に垂らした髪を指先でつまんだ。こんなとききっとクリスティナ・シエラならミレイナ・ヴァスティを明るく励ましてあげられるのだろうに、まだそんなことはできそうにない。以前は耳の下でふたつに結んでいた髪をクリスに真似て変えても、そんなに急に変われはしないのだ。
溜め息を吐いたフェルトに、ミレイナがにっこりと笑いかけた。
「グレイスさん。ミレイナはこんなことでめげたりしませんですぅ。また夕食も運ぶです。絶対にアーデさんに食べてもらうです」
フェルトより五つ年下の少女は無邪気に云ってちからづよく拳を握った。
「…うん、そうだね。きっと、食べてくれる」
逆に励まされてしまった。
この天真爛漫さが届くことを願って、療養中のティエリアへの配膳は主にミレイナが受け持っている。彼女の母のリンダ・ヴァスティやフェルトが行うこともあるが、リンダは新たなガンダムの開発に携わっているため忙しく、フェルトもその手伝いをしているから、自然ミレイナの役割分担になっていた。
大破したナドレから瀕死の状態で収容されたティエリア・アーデは、半年の植物状態を経て意識を回復した。
それと入れ替わるように、戦術予報士スメラギ・李・ノリエガが去り、いまここラグランジュ3のCB偽装ドックに滞在している元・実行部隊プトレマイオスのメンバーは、総合整備士のイアン・ヴァスティ、リハビリ中の砲撃士兼操舵士ラッセ・アイオン、戦況オペレーター兼メカニックのフェルト、そしてガンダムマイスターのティエリア。この四名だけである。
リンダは技術開発チームからのサポートメンバーだし、ミレイナはまだほんのこどもだから両親のそばにくっついてあれこれ学んでいる最中だ。もっともこの少女が父親譲りのメカニックとしての天才的なセンスを、幼いながらに持ち合わせていることは組織内でも夙に知られていて、それゆえにプトレマイオスチームの滞在する区画、CBの最高機密に属するエリアに出入りをゆるされているという側面もあった。
長い眠りから覚めたティエリアはその時点ですでに外傷は癒えており、その後のリハビリもさほど必要としなかった。身体的にはほぼ回復している。それはえらばれたガンダムマイスターとしての鍛え抜かれた肉体の賜物でもあり、またティエリア自身の特異な生い立ちにも所以した。
成長期であるはずのティエリアのその外見的変化のなさは明らかに異質だったから、いま現在その詳細を知るものはだれひとりとしていないにもかかわらず、ふつうの人間とはちがうのではないか、という認識だけをほぼみなが暗黙の了解として共有している。
ゆえにいま問題は身体的なそれではなく、ティエリアの精神面に起因する。いまだ療養中扱いとなっているのはそのためだ。
「すまないが、下げてくれ。ミレイナ・ヴァスティ」
ミレイナが運んできた夕食のトレイを、ティエリアはにべもなく断った。それでも以前とちがうとトレミーの元クルーみなが口を揃えるのは、その拒否が断固とはしていても傲慢でも不遜でもないことだった。
「アーデさん…このままだと倒れちゃいますぅ」
「問題ない。必要な栄養素は点滴と注射で摂取している」
ティエリアはリハビリ終了後はマイスターとしてのトレーニングメニューに移行していて、それを欠かさない。新たなガンダムの開発にも協力を惜しまない。一見すればそれは、敗北から立ち直り前向きに生きているようにも見受けられるのだが。その異常さに最初に気づいたのは、亡き医師JB・モレノからそれとなくティエリアの出自について聞かされていた盟友イアンであった。
「ティエリア。ちゃんとメシ食っとるのか?」
療養中の身でありながら、ツインドライブを搭載する新たなガンダムの機構や次なる自機のギミックについてイアンやリンダと論議をかさねていたティエリアに、あるとき、ふと思いついたようにイアンが訊ねた。なにせ人手が足りないから、基本、自分でうごけるようになってしまえば、却って目は届かなくなる。
「いえ。いりません」
果たしてティエリアは首を横に振った。
「いらないって、おまえ」
「…空腹を覚えないので」
それからが一騒動だった。食べる食べない食べたくない食べられない。医療ポッドを出てから二日でティエリアは日常に復帰したから、目覚めたあと与えられた水分と栄養ドリンク以外は口にしていないことに、みな気づかなかったのだ。
すでに自身のからだの変調に気づいていたティエリアは、食べるという行為の代わりに、それこそ自ら栄養剤などをうち、身体的活動の維持に必要なものを取り込んでいた。
それが判明してからミレイナたちが食事を運びはじめたのだが、いっこうに口にする気配はない。ティエリア当人がいらないというものを懐柔して食べさせられるような猛者はここには存在せず、仮に無理矢理食べさせたところで、からだが拒否反応を示すのではいかんともしがたかった。
「どうなっとるんだ」
頭を掻きむしるイアンに、同僚であり妻であるリンダは思案げに呟く。
「ティエリア自身にもどうにもならない…、心因性のものとしか」
「しかしあいつは、自ら訓練メニューをこなし、あたりまえのように開発にも携わっとる。ちゃんと生きようとしているんじゃないのか」
「ええ。でなければ、自分の手で栄養素の摂取などしないでしょう。でもそれはきっと、彼のなかの理性の為せるわざなのではないかしら。あるいはイオリア計画の理念を遂行するものとして、彼の根幹に刻み込まれている使命感とも呼べるもの…」
「…つまり、あの子自身のほんとうのところでは無意識に…死にたがっているということか?」
ティエリアの容態を案じていたフェルトは、イアンからその見解を伝えられて顔色を変えた。
「…ロックオン……の」
あとを追いたいのだ。そう、はっきり口に出すことは躊躇われた。
「……やっぱり、原因はあいつか」
イアンは苦く呟いて眉根を寄せた。
ロックオンがティエリアを常に気に掛け、深く心を砕いて接していたことは知っていた。それがティエリアという冷たく異質だった存在に変革を促したことも。
フェルトは両手で口を押さえてかぶりを振る。
「そんな…だって、ティエリアは…」
睡りから目覚めて、まだまもないころのことだ。
「ティエリア、…その、…気分はどう?」
おずおずと話しかけたフェルトに、ティエリアはそれまでフェルトが見たこともないやわらかな表情で、淡々と応えた。
「わるくはない。…死に損なったにしては」
その紅い眸が寂しそうに揺れるのを見て、フェルトはそれまで聞きたくて、でも眠るティエリアに聞くことはできなくて、そのあとも聞いてはいけない気がして云えなかったことを、つい口にした。
「……ティエリアは、死に…たかった?」
ナドレのコクピットから収容されたとき、ティエリアはとても穏やかなやすらいだ顔をしていた。傷の痛みや死の恐怖に苦しんだようすは覗えなかった。それがずっと引っ掛かったまま、フェルトのあたまのなかから消えなかった。長く目を覚まさないでいたときに、ティエリアを自分たちのもとに残して欲しいとロックオンに願ったのは、だからだ。
「死んで、…のそばに…ロックオンのそばに行きたかった?」
ティエリアは幽かに目を瞠り、やがてゆるゆると首を振った。
「…ぼくは死ねなかった。あの戦闘で死ななかった以上は生きなければならない」
「…ティエリア」
「フェルト・グレイス。きみだって生きているだろう」
顔をあげ、じっと見てきた清んだ深紅の双眸に、フェルトは息を呑んだ。
「…わ、たしは」
少女はこれまで真正面からティエリアを見たことがなかった。こんなふうに見つめられることもなかった。ティエリアはいつだって不遜な空気を纏って、マイスター以外とは義務報告でもなければろくに口も聞かなかったから。
彼はこんな眸をしていただろうか。どこか奥深くまでを見透すかのような眸を。この眸はロックオンに仄かに寄せていたフェルトのおもいを覚っているのだ。この清んだ紅玉をまえに、ロックオンもまたその隠された寂しさを曝け出したのだろうか。
「生き残るって、約束したから。ロックオンと…」
ティエリアはその眸をやさしく細めた。
「きみは…つよいな」
そう、ロックオンとおなじことを云う。
「ぼくのことは心配無用だ。粗末にはしない。このいのちは…彼に護られたものでもあるから」
「だから、生きるって。ティエリアは、そう云ってくれた」
涙ぐむフェルトの手を、いつのまにかかたわらに来ていたミレイナがぎゅっと握ってきた。
「グレイスさん。だいじょうぶです。アーデさんは、絶対絶対、元気になるです。ごはんもいっぱい食べて、またガンダムに乗るようになるです」
「ミレイナ…」
「それにアーデさんは天使ですから、少しくらいごはんを食べられなくたってきっと平気なようにできてるです」
「……天…使?」
「はい! アーデさんを初めて見たとき、ミレイナは天使だと思ったですよ」
「よう、もう上がるところか」
トレーニングルームに入ったところで、端末で訓練後のデータチェックをしているティエリアを見つけた。
「ああ」
データを映すホロモニターから目を上げ、こちらを認めて頷く。こんなところも変わったとラッセは思う。以前なら儀礼的に返事は返っても、わざわざ顔をあげることも頷くこともしなかった。
「ラッセ・アイオン。きみの医療データを見せてもらった。…現状、調子はどうか」
「…っと、いきなり来るねぇ。まあ、いまんところは問題はないぜ」
ヴェーダの申し子として、元来ティエリアにはマイスターとそれに準ずるもののデータへのアクセス権限がある。ラッセは予備マイスターであり元はエクシアのマイスター候補だったという経緯があるから、その点に関しては驚かない。むしろ責任者不在の実行部隊のなかで、ヴェーダを失ったいまでもティエリアがその責務を果たそうとしているのだということに、ラッセは云いようのない感慨を覚えた。どうあれ彼は骨の髄までガンダムマイスターであり、いまなおCBそのものなのだ。
続 2011.11.06.
PR
「どうだった? ミレイナ」
「だめだったですぅ。ほんの一口でもいいから食べてくださいって云ったんですけど…」
黄褐色の髪を高い位置でツインテールにした少女が、めずらしくしょんぼりとして食堂に戻ってきた。運んできたトレイの、軟菜食のレーションには手をつけられたあとがない。
「そう…。ミレイナでもだめだったの…」
鮮やかなピンクに染めた髪をひとつ結びにして下ろしたフェルト・グレイスは、まだ慣れないその髪型の両横に垂らした髪を指先でつまんだ。こんなとききっとクリスティナ・シエラならミレイナ・ヴァスティを明るく励ましてあげられるのだろうに、まだそんなことはできそうにない。以前は耳の下でふたつに結んでいた髪をクリスに真似て変えても、そんなに急に変われはしないのだ。
溜め息を吐いたフェルトに、ミレイナがにっこりと笑いかけた。
「グレイスさん。ミレイナはこんなことでめげたりしませんですぅ。また夕食も運ぶです。絶対にアーデさんに食べてもらうです」
フェルトより五つ年下の少女は無邪気に云ってちからづよく拳を握った。
「…うん、そうだね。きっと、食べてくれる」
逆に励まされてしまった。
この天真爛漫さが届くことを願って、療養中のティエリアへの配膳は主にミレイナが受け持っている。彼女の母のリンダ・ヴァスティやフェルトが行うこともあるが、リンダは新たなガンダムの開発に携わっているため忙しく、フェルトもその手伝いをしているから、自然ミレイナの役割分担になっていた。
大破したナドレから瀕死の状態で収容されたティエリア・アーデは、半年の植物状態を経て意識を回復した。
それと入れ替わるように、戦術予報士スメラギ・李・ノリエガが去り、いまここラグランジュ3のCB偽装ドックに滞在している元・実行部隊プトレマイオスのメンバーは、総合整備士のイアン・ヴァスティ、リハビリ中の砲撃士兼操舵士ラッセ・アイオン、戦況オペレーター兼メカニックのフェルト、そしてガンダムマイスターのティエリア。この四名だけである。
リンダは技術開発チームからのサポートメンバーだし、ミレイナはまだほんのこどもだから両親のそばにくっついてあれこれ学んでいる最中だ。もっともこの少女が父親譲りのメカニックとしての天才的なセンスを、幼いながらに持ち合わせていることは組織内でも夙に知られていて、それゆえにプトレマイオスチームの滞在する区画、CBの最高機密に属するエリアに出入りをゆるされているという側面もあった。
長い眠りから覚めたティエリアはその時点ですでに外傷は癒えており、その後のリハビリもさほど必要としなかった。身体的にはほぼ回復している。それはえらばれたガンダムマイスターとしての鍛え抜かれた肉体の賜物でもあり、またティエリア自身の特異な生い立ちにも所以した。
成長期であるはずのティエリアのその外見的変化のなさは明らかに異質だったから、いま現在その詳細を知るものはだれひとりとしていないにもかかわらず、ふつうの人間とはちがうのではないか、という認識だけをほぼみなが暗黙の了解として共有している。
ゆえにいま問題は身体的なそれではなく、ティエリアの精神面に起因する。いまだ療養中扱いとなっているのはそのためだ。
「すまないが、下げてくれ。ミレイナ・ヴァスティ」
ミレイナが運んできた夕食のトレイを、ティエリアはにべもなく断った。それでも以前とちがうとトレミーの元クルーみなが口を揃えるのは、その拒否が断固とはしていても傲慢でも不遜でもないことだった。
「アーデさん…このままだと倒れちゃいますぅ」
「問題ない。必要な栄養素は点滴と注射で摂取している」
ティエリアはリハビリ終了後はマイスターとしてのトレーニングメニューに移行していて、それを欠かさない。新たなガンダムの開発にも協力を惜しまない。一見すればそれは、敗北から立ち直り前向きに生きているようにも見受けられるのだが。その異常さに最初に気づいたのは、亡き医師JB・モレノからそれとなくティエリアの出自について聞かされていた盟友イアンであった。
「ティエリア。ちゃんとメシ食っとるのか?」
療養中の身でありながら、ツインドライブを搭載する新たなガンダムの機構や次なる自機のギミックについてイアンやリンダと論議をかさねていたティエリアに、あるとき、ふと思いついたようにイアンが訊ねた。なにせ人手が足りないから、基本、自分でうごけるようになってしまえば、却って目は届かなくなる。
「いえ。いりません」
果たしてティエリアは首を横に振った。
「いらないって、おまえ」
「…空腹を覚えないので」
それからが一騒動だった。食べる食べない食べたくない食べられない。医療ポッドを出てから二日でティエリアは日常に復帰したから、目覚めたあと与えられた水分と栄養ドリンク以外は口にしていないことに、みな気づかなかったのだ。
すでに自身のからだの変調に気づいていたティエリアは、食べるという行為の代わりに、それこそ自ら栄養剤などをうち、身体的活動の維持に必要なものを取り込んでいた。
それが判明してからミレイナたちが食事を運びはじめたのだが、いっこうに口にする気配はない。ティエリア当人がいらないというものを懐柔して食べさせられるような猛者はここには存在せず、仮に無理矢理食べさせたところで、からだが拒否反応を示すのではいかんともしがたかった。
「どうなっとるんだ」
頭を掻きむしるイアンに、同僚であり妻であるリンダは思案げに呟く。
「ティエリア自身にもどうにもならない…、心因性のものとしか」
「しかしあいつは、自ら訓練メニューをこなし、あたりまえのように開発にも携わっとる。ちゃんと生きようとしているんじゃないのか」
「ええ。でなければ、自分の手で栄養素の摂取などしないでしょう。でもそれはきっと、彼のなかの理性の為せるわざなのではないかしら。あるいはイオリア計画の理念を遂行するものとして、彼の根幹に刻み込まれている使命感とも呼べるもの…」
「…つまり、あの子自身のほんとうのところでは無意識に…死にたがっているということか?」
ティエリアの容態を案じていたフェルトは、イアンからその見解を伝えられて顔色を変えた。
「…ロックオン……の」
あとを追いたいのだ。そう、はっきり口に出すことは躊躇われた。
「……やっぱり、原因はあいつか」
イアンは苦く呟いて眉根を寄せた。
ロックオンがティエリアを常に気に掛け、深く心を砕いて接していたことは知っていた。それがティエリアという冷たく異質だった存在に変革を促したことも。
フェルトは両手で口を押さえてかぶりを振る。
「そんな…だって、ティエリアは…」
睡りから目覚めて、まだまもないころのことだ。
「ティエリア、…その、…気分はどう?」
おずおずと話しかけたフェルトに、ティエリアはそれまでフェルトが見たこともないやわらかな表情で、淡々と応えた。
「わるくはない。…死に損なったにしては」
その紅い眸が寂しそうに揺れるのを見て、フェルトはそれまで聞きたくて、でも眠るティエリアに聞くことはできなくて、そのあとも聞いてはいけない気がして云えなかったことを、つい口にした。
「……ティエリアは、死に…たかった?」
ナドレのコクピットから収容されたとき、ティエリアはとても穏やかなやすらいだ顔をしていた。傷の痛みや死の恐怖に苦しんだようすは覗えなかった。それがずっと引っ掛かったまま、フェルトのあたまのなかから消えなかった。長く目を覚まさないでいたときに、ティエリアを自分たちのもとに残して欲しいとロックオンに願ったのは、だからだ。
「死んで、…のそばに…ロックオンのそばに行きたかった?」
ティエリアは幽かに目を瞠り、やがてゆるゆると首を振った。
「…ぼくは死ねなかった。あの戦闘で死ななかった以上は生きなければならない」
「…ティエリア」
「フェルト・グレイス。きみだって生きているだろう」
顔をあげ、じっと見てきた清んだ深紅の双眸に、フェルトは息を呑んだ。
「…わ、たしは」
少女はこれまで真正面からティエリアを見たことがなかった。こんなふうに見つめられることもなかった。ティエリアはいつだって不遜な空気を纏って、マイスター以外とは義務報告でもなければろくに口も聞かなかったから。
彼はこんな眸をしていただろうか。どこか奥深くまでを見透すかのような眸を。この眸はロックオンに仄かに寄せていたフェルトのおもいを覚っているのだ。この清んだ紅玉をまえに、ロックオンもまたその隠された寂しさを曝け出したのだろうか。
「生き残るって、約束したから。ロックオンと…」
ティエリアはその眸をやさしく細めた。
「きみは…つよいな」
そう、ロックオンとおなじことを云う。
「ぼくのことは心配無用だ。粗末にはしない。このいのちは…彼に護られたものでもあるから」
「だから、生きるって。ティエリアは、そう云ってくれた」
涙ぐむフェルトの手を、いつのまにかかたわらに来ていたミレイナがぎゅっと握ってきた。
「グレイスさん。だいじょうぶです。アーデさんは、絶対絶対、元気になるです。ごはんもいっぱい食べて、またガンダムに乗るようになるです」
「ミレイナ…」
「それにアーデさんは天使ですから、少しくらいごはんを食べられなくたってきっと平気なようにできてるです」
「……天…使?」
「はい! アーデさんを初めて見たとき、ミレイナは天使だと思ったですよ」
「よう、もう上がるところか」
トレーニングルームに入ったところで、端末で訓練後のデータチェックをしているティエリアを見つけた。
「ああ」
データを映すホロモニターから目を上げ、こちらを認めて頷く。こんなところも変わったとラッセは思う。以前なら儀礼的に返事は返っても、わざわざ顔をあげることも頷くこともしなかった。
「ラッセ・アイオン。きみの医療データを見せてもらった。…現状、調子はどうか」
「…っと、いきなり来るねぇ。まあ、いまんところは問題はないぜ」
ヴェーダの申し子として、元来ティエリアにはマイスターとそれに準ずるもののデータへのアクセス権限がある。ラッセは予備マイスターであり元はエクシアのマイスター候補だったという経緯があるから、その点に関しては驚かない。むしろ責任者不在の実行部隊のなかで、ヴェーダを失ったいまでもティエリアがその責務を果たそうとしているのだということに、ラッセは云いようのない感慨を覚えた。どうあれ彼は骨の髄までガンダムマイスターであり、いまなおCBそのものなのだ。
続 2011.11.06.
PR