Armed angel #14 二期(第一〜三話) ニルティエ(ニール不在)+刹那
ティエリア再臨。刹那の帰還から、ライル加入、アレルヤ奪還のあたりまで。
刹那とティエリアとライル。 *世界情勢説明にSE版のナレーションを一部流用
全四回。その1。
痛みや苦しみを笑顔に押し隠して前へ進めるのが人間というものなら、この四年を経てのティエリアは紛れもなく人間(ひと)だった。
* * *
地球の独立国家の八割が加入した地球連邦政府が樹立され、国家間の垣根を越えた統一世界を実現すべく人類は新たな時代へと突入した。ソレスタルビーイングが希んだ、矛盾を抱えようともすべての戦争行為に武力で介入し世界の変革を求めた結果だった。
しかし連邦政府は統一化を急ぐあまり、正規軍とは別個に独立治安維持部隊アロウズを発足し、反連邦政府勢力の弾圧に乗り出していく。アロウズの行動は情報統制され、市民たちに知らされることはない。
アロウズの動静を探るべくスペースコロニープラウドに単身潜入していた刹那・F・セイエイは、そこで偶然、旧知の沙慈・クロスロードを救出することになるが、そのさなか自律行動型無人兵器オートマトンによる虐殺行為を目の当たりにする。
なにも変わってはいない。あのころとなにひとつ変わっていない。幼少のころからゲリラ兵として闘いの場にあった刹那の、脳裡に甦る状景がかさなる。
俺たちはこんな変革は求めていない。そうだ。未だこの世界は歪んでいる。
アロウズのMSアヘッドにより絶体絶命の危機にさらされていたエクシアを救ったのは、刹那が初めて目にするガンダムだった。
「ひさしぶりだな。刹那・F・セイエイ」
入ってきた音声モードの通信が懐かしい声で刹那の名を呼ぶ。
「…ティエリア……アーデ」
生きていた。しかもガンダムに乗っている。彼もまた、闘っている。
「四年ぶりか。ずいぶん雰囲気が変わった」
アロウズ勢力を廃したプラウドでそのガンダムと、ティエリアと対面した。
「そういうおまえはなにも変わっていない。あのころのままだ」
紫黒の髪、深紅の双眸、すらりとした上背に華奢な体躯。
よく云われる、と幽かに口もとをゆるめたティエリアに、刹那もまた微かな晏如の吐息を漏らして頷き返す。ティエリアとほぼ肩を並べるくらいに成長した刹那に比して、ティエリアはほんとうに変わっていない。
そして彼のガンダムもまた、変わることなく、CBであった。
「よくよく銃を突きつけられるおとこだな、きみは」
万能艦プトレマイオス2。CBの母艦であった多目的輸送艦プトレマイオスの後継艦。通称はおなじくトレミー。
ティエリアは、用意されていた刹那の個室へと案内しながらそう云った。少しあきれたような揶揄うようなニュアンスを含んだ、以前には考えられなかった口調に、刹那はやや戸惑いながら相槌を打つ。
「…そうだな」
「ぼくに、ロックオン・ストラトス、そしてあの青年」
屈託なくその名を出したティエリアに、刹那は内心でひやりとした。
艦にもどった刹那とティエリアは、反連邦勢力カタロンの構成員と誤認された沙慈・クロスロードをやむなく連れて保護したが、刹那に銃口を向けたため営倉入りとなっている。一般市民である彼は武力介入の当時、実姉を失い彼女を傷つけられて、その原因となったCBを怨んでいたのだ。
部屋には刹那の制服も用意されていた。
「…制服があるのか、いまは」
そういえばティエリアも白地に紫基調で配色されたそれを着ている。刹那のものはやはりパーソナルカラーである青基調だった。
「パイロットスーツもすぐ準備させよう。いまのうちに採寸を済ませておけ」
変わらぬ命令口調だが、どこかしらやわらかい。この四年でティエリアは、ロックオンの喪失を過去のものとしてその傷を癒せたのだろうか。
制服に着替えてさっそく向かったのは艦内ドックだ。刹那のための新たな機体、ダブルオーガンダムの姿がそこにある。
* * *
艦内ドックの制御室でダブルオーのデータを閲覧する。
「ツインドライブシステム…」
イオリアの残した新システムがダブルオーに搭載される。二基のGNドライブを同調させることによって粒子生産量を二乗化させるという未知の理論だ。GNドライブには個体差があって各々の組み合わせにも相性というものが存在する。その残る組み合わせは、これまでCBの元になかったエクシアのものだけだ。
「連動率…オーガンダムの太陽炉との」
オーガンダム。それはかつてゲリラ兵だったころの刹那がそこに神を見た、刹那の運命を変えたガンダムである。
エクシアの太陽炉とオーガンダムの太陽炉のマッチングテストはまだこれからだが、これをクリアすればダブルオーはロールアウトできる。
「現行戦力は…ティエリアの機体だけか」
ティエリアのセラヴィー。先般、刹那を救ったガンダムだ。
「さっそくここか。あいかわらずガンダム莫迦のようだな、きみは」
扉の開く空気音がして、開口一番そう声を掛けてきた。
「ティエリア」
「なにか、不明な点でも?」
ティエリアは大型モニターをまえに着座した刹那の傍らに立った。
「いま、ほかの機体は?」
「ラグランジュ1のアジトにある。まだ出撃できる状態ではない。…データなら見られるが」
制服の手袋をしていてもたおやかな指が、横から操作パネルを叩く。
「ラグランジュ1…、しかしあそこは四年前の闘いで」
「またおなじ資源衛星群に秘密ドックを置いているとは思わないだろう。よしんば推測されようとも、あの膨大な数の資源衛星をひとつひとつしらみつぶしに当たれるほど、いまの連邦政府は暇じゃない。地上の叛乱分子の鎮圧とその情報工作に忙しいからな」
呼び出されたデータが大型モニターの最前列にウインドウを開いた。見ればあと二機準備されている。ということはGNドライブは五基健在するのだ。
「そうか…キュリオスの太陽炉は回収されていたのか」
「後継機のアリオスだ」
モニターに浮かんだ橙色の機体はやはり可変型である。だがそれに乗る心優しきマイスターを、あれからまだ刹那は目にしていない。
「…アレルヤは」
「捜索に手は尽くしているが、依然として所在がわからない。連邦政府はいまヴェーダによる情報統制でその体を成しているから、残るはその手の内にある場所に収監されているだろう可能性だ」
ということは、刹那が合流するまでCBにはティエリアしかガンダムマイスターはいなかったということになる。
「そういえば、おまえはいつからここに?」
「四年前からだ。戦闘直後はロストだったがまもなく収容されたらしい」
「…らしい、ということは」
「六ヶ月間意識がもどらなかった。完調までにプラス八ヶ月。マイスターとしての責務を過誤なく果たせるようになったのはそのあとになる」
ティエリアらしいもの云いだった。
実際のところ刹那には、マイスターの生死はおろか死亡したクルーのことさえ、これまで明確には確認できていなかった。ラッセが生きていたことはうれしい驚きだったが、四年前には生き残ったというスメラギ・李・ノリエガも、いまこの艦にはいないのだ。
ティエリアがデータのページを繰る。暗緑色の機体が映る。
「ケルディム。デュナメスの後継機だ」
ロックオン・ストラトスの…乗るべきだった機体。
刹那はそっと傍らの、斜め上にあるティエリアの顔を窺い見た。その表情に変わるところはない。以前とおなじ冷たく怜悧で端正な容貌に、穏やかな落ち着きが加わっている。それに気づける刹那自身もまた、自覚のないままに落ち着きを備えてきているのではあるが。
その姿にこれならばだいじょうぶだと踏んで、刹那は先刻からの気懸かりを口にした。
「ティエリア。ケルディムのマイスターは…」
「まだ決まっていない」
「探しているのか?」
「…なかなか難しい。ヴェーダを失っているから、候補の抽出と絞り込みだけでも時間がかかる」
少し苦い表情を浮かべたティエリアに、思い切って切り出してみる。
「……俺に一任してもらえるか」
「かまわないが…、当てがあるのか?」
やや驚いたように刹那を見遣った。
「ああ、少し。それと、スメラギ・李・ノリエガのことだが」
「彼女とは久しく連絡が途絶えている」
「だが、おまえのことだ。居場所の把握ぐらいできているんだろう?」
ティエリアは無言で見返してくる。
「俺のことも動向を推測していたからこそプラウドに、セラヴィーで現れたんじゃないのか」
「…きみは、生きているなら必ずアロウズを放って置けまいと思っていた。だがスメラギ・李・ノリエガは自らの意志でソレスタルビーイングを離れたと聞いている。ちょうどぼくの意識が戻るのと入れ違いになったので、その経緯はわからないが」
素通しの眼鏡の向こうの深紅の双眸を、刹那はまっすぐに見た。
「それでも俺たちには、ソレスタルビーイングには彼女の戦術予報が必要だ」
「とくにこのさきは、…だな」
ティエリアは頷くと、おのれの携帯端末を取り出した。
「きみの端末に必要なデータを転送しておく。彼女の現状と所在地だ。すぐに発つなら小型艇の準備とリニアトレインの予約も入れておくが」
「了解した。頼む」
大型モニターの画面を落として、刹那は立ち上がった。
ティエリアがふわりと通路を漂い去っていくのを少しばかり見送り、準備のため逆方向の自室へと向かいかけて、ふと思い出したように刹那はティエリアを振り返り見た。
「…ありがとう。ティエリア」
ティエリアが怪訝そうに、浮いたままからだごと向きなおる。
「礼などされる覚えはないが?」
「ある。おまえはソレスタルビーイングを護ってくれた。俺の…帰る場所を守ってくれたことへの礼を、まだ云っていなかった」
ティエリアは驚いたようにその紅玉を瞠った。
「…………。…そうか」
少し考えるような間があって、そして、微笑む。
「それなら、よかった…」
いつかの日に見たあの笑みを何倍にもしたような、透きとおるようにやわらかな笑みだった。
四年前、泣き叫ぶ代わりに刹那を責めたティエリアが。そうか。そうやっていま。笑うことさえできるんだな。
刹那の不在のうちに、その位置をアロウズに知られたプトレマイオスへ敵編隊が接近する。情報を敵に流したのはエージェントの王留美であったが、むろんそのことをCBは知らない。
交戦状態となったが、出られるガンダムはセラヴィーしかいない。小型艇で帰路にあった刹那は身ひとつで先行して帰還し、それまでマッチングテストをクリアできていなかったダブルオーにトランザムで強制起動を掛けて、ツインドライブシステムの同調を成功させた。
小型艇に同道させられていたスメラギ・李・ノリエガの咄嗟の戦術と、起動したダブルオーの戦闘力のまえにアロウズはその場を撤退する。
続 2011.11.19.
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痛みや苦しみを笑顔に押し隠して前へ進めるのが人間というものなら、この四年を経てのティエリアは紛れもなく人間(ひと)だった。
* * *
地球の独立国家の八割が加入した地球連邦政府が樹立され、国家間の垣根を越えた統一世界を実現すべく人類は新たな時代へと突入した。ソレスタルビーイングが希んだ、矛盾を抱えようともすべての戦争行為に武力で介入し世界の変革を求めた結果だった。
しかし連邦政府は統一化を急ぐあまり、正規軍とは別個に独立治安維持部隊アロウズを発足し、反連邦政府勢力の弾圧に乗り出していく。アロウズの行動は情報統制され、市民たちに知らされることはない。
アロウズの動静を探るべくスペースコロニープラウドに単身潜入していた刹那・F・セイエイは、そこで偶然、旧知の沙慈・クロスロードを救出することになるが、そのさなか自律行動型無人兵器オートマトンによる虐殺行為を目の当たりにする。
なにも変わってはいない。あのころとなにひとつ変わっていない。幼少のころからゲリラ兵として闘いの場にあった刹那の、脳裡に甦る状景がかさなる。
俺たちはこんな変革は求めていない。そうだ。未だこの世界は歪んでいる。
アロウズのMSアヘッドにより絶体絶命の危機にさらされていたエクシアを救ったのは、刹那が初めて目にするガンダムだった。
「ひさしぶりだな。刹那・F・セイエイ」
入ってきた音声モードの通信が懐かしい声で刹那の名を呼ぶ。
「…ティエリア……アーデ」
生きていた。しかもガンダムに乗っている。彼もまた、闘っている。
「四年ぶりか。ずいぶん雰囲気が変わった」
アロウズ勢力を廃したプラウドでそのガンダムと、ティエリアと対面した。
「そういうおまえはなにも変わっていない。あのころのままだ」
紫黒の髪、深紅の双眸、すらりとした上背に華奢な体躯。
よく云われる、と幽かに口もとをゆるめたティエリアに、刹那もまた微かな晏如の吐息を漏らして頷き返す。ティエリアとほぼ肩を並べるくらいに成長した刹那に比して、ティエリアはほんとうに変わっていない。
そして彼のガンダムもまた、変わることなく、CBであった。
「よくよく銃を突きつけられるおとこだな、きみは」
万能艦プトレマイオス2。CBの母艦であった多目的輸送艦プトレマイオスの後継艦。通称はおなじくトレミー。
ティエリアは、用意されていた刹那の個室へと案内しながらそう云った。少しあきれたような揶揄うようなニュアンスを含んだ、以前には考えられなかった口調に、刹那はやや戸惑いながら相槌を打つ。
「…そうだな」
「ぼくに、ロックオン・ストラトス、そしてあの青年」
屈託なくその名を出したティエリアに、刹那は内心でひやりとした。
艦にもどった刹那とティエリアは、反連邦勢力カタロンの構成員と誤認された沙慈・クロスロードをやむなく連れて保護したが、刹那に銃口を向けたため営倉入りとなっている。一般市民である彼は武力介入の当時、実姉を失い彼女を傷つけられて、その原因となったCBを怨んでいたのだ。
部屋には刹那の制服も用意されていた。
「…制服があるのか、いまは」
そういえばティエリアも白地に紫基調で配色されたそれを着ている。刹那のものはやはりパーソナルカラーである青基調だった。
「パイロットスーツもすぐ準備させよう。いまのうちに採寸を済ませておけ」
変わらぬ命令口調だが、どこかしらやわらかい。この四年でティエリアは、ロックオンの喪失を過去のものとしてその傷を癒せたのだろうか。
制服に着替えてさっそく向かったのは艦内ドックだ。刹那のための新たな機体、ダブルオーガンダムの姿がそこにある。
* * *
艦内ドックの制御室でダブルオーのデータを閲覧する。
「ツインドライブシステム…」
イオリアの残した新システムがダブルオーに搭載される。二基のGNドライブを同調させることによって粒子生産量を二乗化させるという未知の理論だ。GNドライブには個体差があって各々の組み合わせにも相性というものが存在する。その残る組み合わせは、これまでCBの元になかったエクシアのものだけだ。
「連動率…オーガンダムの太陽炉との」
オーガンダム。それはかつてゲリラ兵だったころの刹那がそこに神を見た、刹那の運命を変えたガンダムである。
エクシアの太陽炉とオーガンダムの太陽炉のマッチングテストはまだこれからだが、これをクリアすればダブルオーはロールアウトできる。
「現行戦力は…ティエリアの機体だけか」
ティエリアのセラヴィー。先般、刹那を救ったガンダムだ。
「さっそくここか。あいかわらずガンダム莫迦のようだな、きみは」
扉の開く空気音がして、開口一番そう声を掛けてきた。
「ティエリア」
「なにか、不明な点でも?」
ティエリアは大型モニターをまえに着座した刹那の傍らに立った。
「いま、ほかの機体は?」
「ラグランジュ1のアジトにある。まだ出撃できる状態ではない。…データなら見られるが」
制服の手袋をしていてもたおやかな指が、横から操作パネルを叩く。
「ラグランジュ1…、しかしあそこは四年前の闘いで」
「またおなじ資源衛星群に秘密ドックを置いているとは思わないだろう。よしんば推測されようとも、あの膨大な数の資源衛星をひとつひとつしらみつぶしに当たれるほど、いまの連邦政府は暇じゃない。地上の叛乱分子の鎮圧とその情報工作に忙しいからな」
呼び出されたデータが大型モニターの最前列にウインドウを開いた。見ればあと二機準備されている。ということはGNドライブは五基健在するのだ。
「そうか…キュリオスの太陽炉は回収されていたのか」
「後継機のアリオスだ」
モニターに浮かんだ橙色の機体はやはり可変型である。だがそれに乗る心優しきマイスターを、あれからまだ刹那は目にしていない。
「…アレルヤは」
「捜索に手は尽くしているが、依然として所在がわからない。連邦政府はいまヴェーダによる情報統制でその体を成しているから、残るはその手の内にある場所に収監されているだろう可能性だ」
ということは、刹那が合流するまでCBにはティエリアしかガンダムマイスターはいなかったということになる。
「そういえば、おまえはいつからここに?」
「四年前からだ。戦闘直後はロストだったがまもなく収容されたらしい」
「…らしい、ということは」
「六ヶ月間意識がもどらなかった。完調までにプラス八ヶ月。マイスターとしての責務を過誤なく果たせるようになったのはそのあとになる」
ティエリアらしいもの云いだった。
実際のところ刹那には、マイスターの生死はおろか死亡したクルーのことさえ、これまで明確には確認できていなかった。ラッセが生きていたことはうれしい驚きだったが、四年前には生き残ったというスメラギ・李・ノリエガも、いまこの艦にはいないのだ。
ティエリアがデータのページを繰る。暗緑色の機体が映る。
「ケルディム。デュナメスの後継機だ」
ロックオン・ストラトスの…乗るべきだった機体。
刹那はそっと傍らの、斜め上にあるティエリアの顔を窺い見た。その表情に変わるところはない。以前とおなじ冷たく怜悧で端正な容貌に、穏やかな落ち着きが加わっている。それに気づける刹那自身もまた、自覚のないままに落ち着きを備えてきているのではあるが。
その姿にこれならばだいじょうぶだと踏んで、刹那は先刻からの気懸かりを口にした。
「ティエリア。ケルディムのマイスターは…」
「まだ決まっていない」
「探しているのか?」
「…なかなか難しい。ヴェーダを失っているから、候補の抽出と絞り込みだけでも時間がかかる」
少し苦い表情を浮かべたティエリアに、思い切って切り出してみる。
「……俺に一任してもらえるか」
「かまわないが…、当てがあるのか?」
やや驚いたように刹那を見遣った。
「ああ、少し。それと、スメラギ・李・ノリエガのことだが」
「彼女とは久しく連絡が途絶えている」
「だが、おまえのことだ。居場所の把握ぐらいできているんだろう?」
ティエリアは無言で見返してくる。
「俺のことも動向を推測していたからこそプラウドに、セラヴィーで現れたんじゃないのか」
「…きみは、生きているなら必ずアロウズを放って置けまいと思っていた。だがスメラギ・李・ノリエガは自らの意志でソレスタルビーイングを離れたと聞いている。ちょうどぼくの意識が戻るのと入れ違いになったので、その経緯はわからないが」
素通しの眼鏡の向こうの深紅の双眸を、刹那はまっすぐに見た。
「それでも俺たちには、ソレスタルビーイングには彼女の戦術予報が必要だ」
「とくにこのさきは、…だな」
ティエリアは頷くと、おのれの携帯端末を取り出した。
「きみの端末に必要なデータを転送しておく。彼女の現状と所在地だ。すぐに発つなら小型艇の準備とリニアトレインの予約も入れておくが」
「了解した。頼む」
大型モニターの画面を落として、刹那は立ち上がった。
ティエリアがふわりと通路を漂い去っていくのを少しばかり見送り、準備のため逆方向の自室へと向かいかけて、ふと思い出したように刹那はティエリアを振り返り見た。
「…ありがとう。ティエリア」
ティエリアが怪訝そうに、浮いたままからだごと向きなおる。
「礼などされる覚えはないが?」
「ある。おまえはソレスタルビーイングを護ってくれた。俺の…帰る場所を守ってくれたことへの礼を、まだ云っていなかった」
ティエリアは驚いたようにその紅玉を瞠った。
「…………。…そうか」
少し考えるような間があって、そして、微笑む。
「それなら、よかった…」
いつかの日に見たあの笑みを何倍にもしたような、透きとおるようにやわらかな笑みだった。
四年前、泣き叫ぶ代わりに刹那を責めたティエリアが。そうか。そうやっていま。笑うことさえできるんだな。
刹那の不在のうちに、その位置をアロウズに知られたプトレマイオスへ敵編隊が接近する。情報を敵に流したのはエージェントの王留美であったが、むろんそのことをCBは知らない。
交戦状態となったが、出られるガンダムはセラヴィーしかいない。小型艇で帰路にあった刹那は身ひとつで先行して帰還し、それまでマッチングテストをクリアできていなかったダブルオーにトランザムで強制起動を掛けて、ツインドライブシステムの同調を成功させた。
小型艇に同道させられていたスメラギ・李・ノリエガの咄嗟の戦術と、起動したダブルオーの戦闘力のまえにアロウズはその場を撤退する。
続 2011.11.19.
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