アニメ第150話の銀時vs高杉に触発された一気書き。SS短篇。
その折、晋助が口で鞘から抜いたのが鍔のある刀だったことからの妄想譚。
連作とは無関係の未来捏造。
バッドエンドまでは行ってないけど昏いっちゃ昏いかも。
アニメの映像のあの対峙場面にいたるまでのお話。(除く四回目)
一気書きなので細部へのつっこみとかは、なしの方向で(笑)
高桂。高杉と桂と銀時と。
見ようによっては、高桂←銀とも、銀桂←高とも。
どうしてこんなことになったのだろう。いや、やはりこうなるさだめだったのだ。ともに闘う未来(さき)を失った、あのときから。
さっきからずっと、そんな感情がぐるぐると蜷局を巻いては縺れ、繰り返されている。
構えた鍔なしの刀が腕にずしりと重い。掌に滲んだ汗と流れ出る血が、じわりじわりと握った柄を浸食する。おのれのこころを浸食する。
殺れよ、桂。
おまえが俺を殺らなきゃ、俺はなんどだって壊すぜ、この世界を。
高杉配下の鬼兵隊が宇宙海賊・春雨の船団の母艦を江戸市中に墜落させた。ほどなく春雨の残党が躍起になって攻勢に出るだろう。もう江戸の町の崩壊は始まっている。高杉にとってはどうでもいいことだ。江戸も春雨も、どうなろうと知っちゃいない。ただ、壊すだけ。
高杉の半ば思惑どおりにことは運び、半ばは時の流れか勢いというやつだ。否応なくこの闘いに向き合わされ引き摺り込まれた銀時も、いまはこの戦場のどこかで闘っているだろう。宙港のひときわ高いタワーを臨む、この町のどこかで。
そして桂は、目のまえに。高杉の目のまえに。
桂と一対一で闘えば、分が桂にあることくらい、おのれは知っている。
さあ、来い。殺れよ。俺を、殺れ。
そこに護り貫くべき信念があるとき、桂は情を挟まない。桂は凍てついた眸で冷酷に冷静に刀を振り下ろす。高杉の致命の急所へ、一分の隙もなく一分の誤りもなく、確実に。
高杉の希んだ一瞬がやってくる。
だが。なのに。
無粋な横やりが、その一瞬を永遠に奪った。
どこからか闇雲に放たれた砲弾が光の線を描いてこちらに向かってくるのが目の端に映る。その刹那、桂は身を投げ出すようにして高杉に突進し、その身を刀ごと跳ね飛ばした。
左半身に激痛が走った。なにが起こったのかわからなくなる。
もうもうと立ちこめる土煙。視界を奪う粉塵のなか、周囲の瓦礫を押し退けると、細い腕が覗いて見えた。刀を握りしめる手。それが、たったいまおのれを殺そうとしていた桂の腕だと理解するのに、少しかかった。その刃を濡らしているのはおのれの血だ。
急所を貫くはずだった切っ先は、左肩に逸れた。砲撃に気づいた桂が、愚かにも必殺の間合いを捨てて飛び込んできたせいか。ために高杉は砲弾の直撃からは免れたが。着流しのざっくり割れた肩の先、血に染まったその左袖が主を失い所在なげに風にはためく。すでに痛覚は鈍り、先刻の激痛は消え、二の腕からさきの感覚がないことだけがたしかだった。
残った右腕で、周章てて桂の腕の周りの瓦礫を掘り起こす。腕だけじゃあるまいなと怖れたが、こんなときにまで無駄にきれいな横顔がちゃんと傍にあった。息はある。だが、俯せたからだの下に急速にひろがってゆく血溜まりが、尋常でない状態を告げていた。
桂。桂。桂。
耳もとで高杉は桂の名を呼んだ。返事はない。なおも必死で呼びかける。
桂。桂。かつら。かつら…。
…こたろう。
小太郎!
うっすらと、桂の瞼が開かれる。なにごとかを呟く。耳を寄せるが聞き取れない。
莫迦か、てめぇは。あとちょっと、もう一寸だけ、左に振り下ろしてくれてさえいれば。
高杉の声にならない繰り言に応えるかのように、ほんのついさっきまで射るようだった黒曜石の眸はゆるみ、色を失くしてゆく口唇がうっすらとした笑みを象った。
遠くから、桂を呼ぶ声が聞こえてきた。捜す声だ。桂を捜している声だ。
「ヅラ!」
銀時が、眼前の光景を信じられぬものを見るように見た。
一目散に駆けてくる。脇目もふらず、そこかしこの瓦礫など、ものともせずに。ときおり思い出したようにつづく砲撃と、火焰のさなか。
桂のかたわらで蹲るように呼びかけていた高杉には目もくれず、桂の半身にのし掛かり押し潰すひときわおおきな瓦礫の山を、その、ひと離れした膂力で取り除こうとする。
高杉は反射的に桂の顔を覗き込んだ。瓦礫のどかされていく振動にちいさく呻く桂は刀を握りしめたまま、先刻の衝撃波にか下げ緒ごと千切り飛ばされたおのれの刀の鞘が転がったさきを見つめている。こんなときに。否、こんなときだからか。
高杉は起ち上がりその鞘を右手で拾いあげた。
瓦礫の下から桂の身を救い出し、銀時は抱え寄せる。顔を寄せて必死の形相で呼びかける銀時に、桂はなにか、ひとことふたこと応えて、ちから尽きたように気を失った。ずっと握りしめていた刀がその掌からするりと滑り落ちる。もう息があるのかわからない。高杉にはたしかめようがない。
銀時はそのまま桂の身を両の腕でやわらかに抱えあげ、高杉を一顧だにせず背を向けて踏み出した。
右腕は残っている。その背に刀を向けることは造作もない。だが高杉にはそれは意味のない行為だった。銀時の脳裡にもそんな考えはちらりとも浮かんでいないのだろう。いや、それでもかまわないと思っているのだ。このおとこは。
残された血溜まりに、一振りの鈍色。
高杉は右手の鞘を地面に突き立てると、血溜まりから拾い上げた刀をそれに納めてあらためて手にとった。口で下げ緒を捲きつけ結わく。おのれのいのちを吸うはずだった刃は、こうしてこの手のなかに遺された。左腕と取って代わるかのように。
桂。
高杉にとって最後の希みの絶たれたいま、これがおのれの墓標になる。
江戸の身の内を護るため、望むと望まざるとにかかわらず戦場に引き摺り出された銀時は、こんどこそ桂のためにだけその剣を振るうだろう。おのれに向かって、振るうだろう。それが桂とともに生きるためにか、桂の傍でくたばるためにか、知ったことじゃあないけれど。
その銀時の刃を受けるのは、高杉の血と桂の血とを吸った、この刀だ。
桂の刀だ。
了 2009.03.27.
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どうしてこんなことになったのだろう。いや、やはりこうなるさだめだったのだ。ともに闘う未来(さき)を失った、あのときから。
さっきからずっと、そんな感情がぐるぐると蜷局を巻いては縺れ、繰り返されている。
構えた鍔なしの刀が腕にずしりと重い。掌に滲んだ汗と流れ出る血が、じわりじわりと握った柄を浸食する。おのれのこころを浸食する。
殺れよ、桂。
おまえが俺を殺らなきゃ、俺はなんどだって壊すぜ、この世界を。
高杉配下の鬼兵隊が宇宙海賊・春雨の船団の母艦を江戸市中に墜落させた。ほどなく春雨の残党が躍起になって攻勢に出るだろう。もう江戸の町の崩壊は始まっている。高杉にとってはどうでもいいことだ。江戸も春雨も、どうなろうと知っちゃいない。ただ、壊すだけ。
高杉の半ば思惑どおりにことは運び、半ばは時の流れか勢いというやつだ。否応なくこの闘いに向き合わされ引き摺り込まれた銀時も、いまはこの戦場のどこかで闘っているだろう。宙港のひときわ高いタワーを臨む、この町のどこかで。
そして桂は、目のまえに。高杉の目のまえに。
桂と一対一で闘えば、分が桂にあることくらい、おのれは知っている。
さあ、来い。殺れよ。俺を、殺れ。
そこに護り貫くべき信念があるとき、桂は情を挟まない。桂は凍てついた眸で冷酷に冷静に刀を振り下ろす。高杉の致命の急所へ、一分の隙もなく一分の誤りもなく、確実に。
高杉の希んだ一瞬がやってくる。
だが。なのに。
無粋な横やりが、その一瞬を永遠に奪った。
どこからか闇雲に放たれた砲弾が光の線を描いてこちらに向かってくるのが目の端に映る。その刹那、桂は身を投げ出すようにして高杉に突進し、その身を刀ごと跳ね飛ばした。
左半身に激痛が走った。なにが起こったのかわからなくなる。
もうもうと立ちこめる土煙。視界を奪う粉塵のなか、周囲の瓦礫を押し退けると、細い腕が覗いて見えた。刀を握りしめる手。それが、たったいまおのれを殺そうとしていた桂の腕だと理解するのに、少しかかった。その刃を濡らしているのはおのれの血だ。
急所を貫くはずだった切っ先は、左肩に逸れた。砲撃に気づいた桂が、愚かにも必殺の間合いを捨てて飛び込んできたせいか。ために高杉は砲弾の直撃からは免れたが。着流しのざっくり割れた肩の先、血に染まったその左袖が主を失い所在なげに風にはためく。すでに痛覚は鈍り、先刻の激痛は消え、二の腕からさきの感覚がないことだけがたしかだった。
残った右腕で、周章てて桂の腕の周りの瓦礫を掘り起こす。腕だけじゃあるまいなと怖れたが、こんなときにまで無駄にきれいな横顔がちゃんと傍にあった。息はある。だが、俯せたからだの下に急速にひろがってゆく血溜まりが、尋常でない状態を告げていた。
桂。桂。桂。
耳もとで高杉は桂の名を呼んだ。返事はない。なおも必死で呼びかける。
桂。桂。かつら。かつら…。
…こたろう。
小太郎!
うっすらと、桂の瞼が開かれる。なにごとかを呟く。耳を寄せるが聞き取れない。
莫迦か、てめぇは。あとちょっと、もう一寸だけ、左に振り下ろしてくれてさえいれば。
高杉の声にならない繰り言に応えるかのように、ほんのついさっきまで射るようだった黒曜石の眸はゆるみ、色を失くしてゆく口唇がうっすらとした笑みを象った。
遠くから、桂を呼ぶ声が聞こえてきた。捜す声だ。桂を捜している声だ。
「ヅラ!」
銀時が、眼前の光景を信じられぬものを見るように見た。
一目散に駆けてくる。脇目もふらず、そこかしこの瓦礫など、ものともせずに。ときおり思い出したようにつづく砲撃と、火焰のさなか。
桂のかたわらで蹲るように呼びかけていた高杉には目もくれず、桂の半身にのし掛かり押し潰すひときわおおきな瓦礫の山を、その、ひと離れした膂力で取り除こうとする。
高杉は反射的に桂の顔を覗き込んだ。瓦礫のどかされていく振動にちいさく呻く桂は刀を握りしめたまま、先刻の衝撃波にか下げ緒ごと千切り飛ばされたおのれの刀の鞘が転がったさきを見つめている。こんなときに。否、こんなときだからか。
高杉は起ち上がりその鞘を右手で拾いあげた。
瓦礫の下から桂の身を救い出し、銀時は抱え寄せる。顔を寄せて必死の形相で呼びかける銀時に、桂はなにか、ひとことふたこと応えて、ちから尽きたように気を失った。ずっと握りしめていた刀がその掌からするりと滑り落ちる。もう息があるのかわからない。高杉にはたしかめようがない。
銀時はそのまま桂の身を両の腕でやわらかに抱えあげ、高杉を一顧だにせず背を向けて踏み出した。
右腕は残っている。その背に刀を向けることは造作もない。だが高杉にはそれは意味のない行為だった。銀時の脳裡にもそんな考えはちらりとも浮かんでいないのだろう。いや、それでもかまわないと思っているのだ。このおとこは。
残された血溜まりに、一振りの鈍色。
高杉は右手の鞘を地面に突き立てると、血溜まりから拾い上げた刀をそれに納めてあらためて手にとった。口で下げ緒を捲きつけ結わく。おのれのいのちを吸うはずだった刃は、こうしてこの手のなかに遺された。左腕と取って代わるかのように。
桂。
高杉にとって最後の希みの絶たれたいま、これがおのれの墓標になる。
江戸の身の内を護るため、望むと望まざるとにかかわらず戦場に引き摺り出された銀時は、こんどこそ桂のためにだけその剣を振るうだろう。おのれに向かって、振るうだろう。それが桂とともに生きるためにか、桂の傍でくたばるためにか、知ったことじゃあないけれど。
その銀時の刃を受けるのは、高杉の血と桂の血とを吸った、この刀だ。
桂の刀だ。
了 2009.03.27.
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