「天涯の遊子」の読み切り短篇。七夕合わせ。
幼なじみと桂。
微エロ。R15。
銀時か高杉かはご随意に。
*作中にどちらか相手を特定できる描写は出てこない。
銀時なら現在進行、高杉なら山科潜伏期の中盤あたり。
さらさらと夜の庭先で笹が鳴っている。
上弦の月は亥の刻には西の空に沈み、昼間付けられた色とりどりの短冊も、星明かりにみな仄かに青白く染まって見えて、わずかばかりの長四角の濃淡がその存在を示すだけだ。
遠くに聞こえるのは気の早い虫の音か。昼の間の暑さが抜けず、せめて風を通そうと開け放たれた障子のむこう、薄闇に吊された蒼い蚊帳のなかでふたつの影がくすくすと笑い声を洩らしながら絡みあっている。
桂の裸身をあたまからすっぽりと覆う藍染めの浴衣に、忍ばせたおとこの手がその頬と首筋とを愛おしげに撫でる。ときおり長い髪を梳き、耳朶を手指で挟み込んでは、やわらかなその感触をたのしんでいる。
そのおとこのあたまを抱いて、桂は額に掛かる前髪越しに接吻を落とした。おとこはまなこを閉じてうっとりとその口接けを受ける。おとこが身に纏う臙脂の浴衣にもとうに帯はなく、はだけた身頃から伸ばされた半身は桂の藍の浴衣に潜り込み、ふたりぶんを隠すには丈も身幅も足りなくなった浴衣地から、覗く仄白い二本の脚に、いくぶん陽に焼けてか濃色の影を落とす両の脚を絡ませている。
先刻からたがいの膝を膝でつつき、脛と脛、膨ら脛と膨ら脛とを摺り合わせては、鬩ぎ合うかのようにたがいを煽り誘(いざな)う。桂の爪先と甲がおとこの膕を擽ったかと思うと、おとこはその膝を割って滑らかな内腿に大腿を食い込ませた。
ああ。桂の口唇から潤んだ吐息が漏れる。
愉悦に霞む双眸は黒く濡れ、溶け出しそうな眼球を口で吸い舌で舐めた。
星明かりのわずかばかり届く蚊帳の帷のうちで、くの字に折り曲げられた桂のまるい膝がおとこの脇に押し上げられて、ついに観念したかのようにそのさきの侵攻をゆるした。一点でつながりかさなるふたつの影が、やがてひとつのかたまりとなって、揺れる。
畳に敷かれた薄いふとんが、蠢くふたりの裸身の下で攣れて捩れる。とうに隅に追いやられていた薄掛けは、蚊帳のへりまで伸びている。そこから伝わるのだろうふたりのうごきに連なって、長押から吊られた蚊帳の編み目が庭先の星明かりをたまに捉えて揺れるのが、天の瞬きのようだ。
座敷から素通しとなった庭先で笹の葉を鳴らす風がまた、一陣通り抜ける。湿った肌の火照りはそのたびひんやりとした涼感を帯びるけれど、瞬く間にもそれを凌ぐ熱がまた押し寄せてくる。そんなことをさっきから繰り返している。
そよぐ風は縺れあうふたつ身を繰り返し揶揄っては過ぎゆくばかり。
眦を寄せ、ちいさく口を開いたまま、おのれの下で喘ぐ愛しい身。そのおもてに魅入られていた眸に、揺れる笹の葉の影が映り込んだ。ぷくりとした紅い口唇を倦くことなく啄みながら、まなうらに甦るのは、ふたりで巫山戯ながらこの蚊帳を吊った、その一時(いっとき)はまえの情景。
こどもでもあるまいにいまさらと愚痴りながらも、嬉々として軒端で笹の枝を飾り付ける桂の姿に絆されて、筆を執ってみたはいいが。おとなになってからの短冊はかたちばかりで、嘘偽りこそなくとも、あたりさわりのない戯れ言に本音を巧妙に覆い隠す。昼間ふたりが綴ったものも、その域を出ぬか、いっそ空白のままだった。
それでも。五色の細長い短冊に、紙衣、投網、くずかご、巾着、鶴、等々さまざまな折紙と。杯や瓢箪の型に刳り貫かれた色紙やら吹き流しやらが、薄緑の枝葉をとりどりに飾るさまは、昔日を思い呼び起こさせる。
むかし師のもとで、たがいに書きあった願事はたいがいは筒抜けで。芸事や手習いごとの願掛けが本来の主旨であるのにふさわしく、生真面目に文武の上達を祈る桂の短冊とは裏腹に、おのれのそれはほんの些細な、けれどこれほどの真剣さはないと思えるほど当人にとっては切実な、願いだった。
無意識のままに芽生えていた恋情と憧憬、もうひとりの幼なじみへの妬心と対抗心。そんなこんなをひっくるんで込められた願いのひとことを、だが正しく酌み取ったのは、桂本人ではなく、そのもうひとりと、おそらく我が師だけだったろう。
ふたりひとつとなった歓びに打ち震えるからだが、大きく波打って転がる。ひときわ高まった嬌声が、桂の喉を吐いた。仰け反らせた細い頸に、おとこが舌を這わせて食むように深く口接ける。その愛撫に桂の喉がまた震えた。
しっかりと咬み合わされた下肢の、おのれの芯を桂の深部にいっそう激しく突き立てる。そのたび桂は堪えきれずに声を上げ、返す刀でおのれを締め上げてくる。
もう、浴衣もふとんも薄掛けも畳もただひとまとめの敷物と化して、その連なる布の川面を東に西に、桂とおのれの身だけが行き交う。いまこの瞬間、桂の身も心もおのれが支配していると、思えば全身を駆け巡る熱はさらに増す。
そう。いま、この刹那だけは。ふたりきり、天上の河を渡るのだ。
それは天に煌めく光の帯ほどに崇高なものではなく。ただこの身にとっては数段得難い、天幸ゆえに。
ひときわ乱れて、揺れて、天も地もなく、絡みあって。
吹く風を通してそよいでいた蚊帳が、帷の下の乱行についに耐えかねてか、ぷつり、ばさり、と音を立てて落ちた。
吊られた長押から半分ほどぶらさがって引き摺っていたところを、かまわず行為に耽っていたから、知らぬまに残りの吊り紐も解けて。さながら投網に捕らわれるさかなのごとく、繋がるふたつの身は蒼い霞に絡めとられる。
網に掛かった獲物たちは、断末魔にぴくぴくと撥ねた。
今宵は晴れているからきっと、星たちの逢瀬も叶ったろう。
過ぎ去った熱情の余韻に揺蕩うままに、桂がそう呟く。さきほどまで、蚊帳に絡んでしまった長い髪をていねいにほぐし解いていたおとこの手指が、薄い肩を抱きよせている。肩口にあずけられたあたまの重みが心地いい。艶やかな黒髪がおとこの引き締まった胸と腹とに綾を成す。雪肌に纏う香りが鼻孔を擽る。それを深く吸い込んで、眼前にひろがる、蒼く霞む天(そら)を眺めた。
蚊帳を吊り直すのが面倒で、ふとんやら枕やら薄い肌掛けやらを周囲に並べ積み上げて、へりの浮かぬようそのままなかから蚊帳を持ちあげ渡しかけた。落ちた拍子に羽虫の一匹も紛れ込んだかも知れなかったが、いまのところ耳障りな羽音はない。その狭い狭い空間に、藍と臙脂の浴衣を肩に纏って、ふたり潜り込んでいる。
幼い日の秘密基地のようだと、どちらからともなく笑った。
来し方に年ごと記し吊した短冊の、稚い願いはついに叶わなかったけれど。いまこいつとこうしていられるのなら。
行く末は知れず、往く途はいまだ果てがなくとも。この、ひとときの幸福を常しえに。
ことばには乗せられぬ、ともにと願うたがいの道行き。
戯れ言の裏に込め、空白にしたためた、昼下がり。
星あいの夜明けの晩に。
庭先でさんざめく笹の葉は、おのが身を飾る短冊の祈りを知らない。
了 2009.07.06.
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さらさらと夜の庭先で笹が鳴っている。
上弦の月は亥の刻には西の空に沈み、昼間付けられた色とりどりの短冊も、星明かりにみな仄かに青白く染まって見えて、わずかばかりの長四角の濃淡がその存在を示すだけだ。
遠くに聞こえるのは気の早い虫の音か。昼の間の暑さが抜けず、せめて風を通そうと開け放たれた障子のむこう、薄闇に吊された蒼い蚊帳のなかでふたつの影がくすくすと笑い声を洩らしながら絡みあっている。
桂の裸身をあたまからすっぽりと覆う藍染めの浴衣に、忍ばせたおとこの手がその頬と首筋とを愛おしげに撫でる。ときおり長い髪を梳き、耳朶を手指で挟み込んでは、やわらかなその感触をたのしんでいる。
そのおとこのあたまを抱いて、桂は額に掛かる前髪越しに接吻を落とした。おとこはまなこを閉じてうっとりとその口接けを受ける。おとこが身に纏う臙脂の浴衣にもとうに帯はなく、はだけた身頃から伸ばされた半身は桂の藍の浴衣に潜り込み、ふたりぶんを隠すには丈も身幅も足りなくなった浴衣地から、覗く仄白い二本の脚に、いくぶん陽に焼けてか濃色の影を落とす両の脚を絡ませている。
先刻からたがいの膝を膝でつつき、脛と脛、膨ら脛と膨ら脛とを摺り合わせては、鬩ぎ合うかのようにたがいを煽り誘(いざな)う。桂の爪先と甲がおとこの膕を擽ったかと思うと、おとこはその膝を割って滑らかな内腿に大腿を食い込ませた。
ああ。桂の口唇から潤んだ吐息が漏れる。
愉悦に霞む双眸は黒く濡れ、溶け出しそうな眼球を口で吸い舌で舐めた。
星明かりのわずかばかり届く蚊帳の帷のうちで、くの字に折り曲げられた桂のまるい膝がおとこの脇に押し上げられて、ついに観念したかのようにそのさきの侵攻をゆるした。一点でつながりかさなるふたつの影が、やがてひとつのかたまりとなって、揺れる。
畳に敷かれた薄いふとんが、蠢くふたりの裸身の下で攣れて捩れる。とうに隅に追いやられていた薄掛けは、蚊帳のへりまで伸びている。そこから伝わるのだろうふたりのうごきに連なって、長押から吊られた蚊帳の編み目が庭先の星明かりをたまに捉えて揺れるのが、天の瞬きのようだ。
座敷から素通しとなった庭先で笹の葉を鳴らす風がまた、一陣通り抜ける。湿った肌の火照りはそのたびひんやりとした涼感を帯びるけれど、瞬く間にもそれを凌ぐ熱がまた押し寄せてくる。そんなことをさっきから繰り返している。
そよぐ風は縺れあうふたつ身を繰り返し揶揄っては過ぎゆくばかり。
眦を寄せ、ちいさく口を開いたまま、おのれの下で喘ぐ愛しい身。そのおもてに魅入られていた眸に、揺れる笹の葉の影が映り込んだ。ぷくりとした紅い口唇を倦くことなく啄みながら、まなうらに甦るのは、ふたりで巫山戯ながらこの蚊帳を吊った、その一時(いっとき)はまえの情景。
こどもでもあるまいにいまさらと愚痴りながらも、嬉々として軒端で笹の枝を飾り付ける桂の姿に絆されて、筆を執ってみたはいいが。おとなになってからの短冊はかたちばかりで、嘘偽りこそなくとも、あたりさわりのない戯れ言に本音を巧妙に覆い隠す。昼間ふたりが綴ったものも、その域を出ぬか、いっそ空白のままだった。
それでも。五色の細長い短冊に、紙衣、投網、くずかご、巾着、鶴、等々さまざまな折紙と。杯や瓢箪の型に刳り貫かれた色紙やら吹き流しやらが、薄緑の枝葉をとりどりに飾るさまは、昔日を思い呼び起こさせる。
むかし師のもとで、たがいに書きあった願事はたいがいは筒抜けで。芸事や手習いごとの願掛けが本来の主旨であるのにふさわしく、生真面目に文武の上達を祈る桂の短冊とは裏腹に、おのれのそれはほんの些細な、けれどこれほどの真剣さはないと思えるほど当人にとっては切実な、願いだった。
無意識のままに芽生えていた恋情と憧憬、もうひとりの幼なじみへの妬心と対抗心。そんなこんなをひっくるんで込められた願いのひとことを、だが正しく酌み取ったのは、桂本人ではなく、そのもうひとりと、おそらく我が師だけだったろう。
ふたりひとつとなった歓びに打ち震えるからだが、大きく波打って転がる。ひときわ高まった嬌声が、桂の喉を吐いた。仰け反らせた細い頸に、おとこが舌を這わせて食むように深く口接ける。その愛撫に桂の喉がまた震えた。
しっかりと咬み合わされた下肢の、おのれの芯を桂の深部にいっそう激しく突き立てる。そのたび桂は堪えきれずに声を上げ、返す刀でおのれを締め上げてくる。
もう、浴衣もふとんも薄掛けも畳もただひとまとめの敷物と化して、その連なる布の川面を東に西に、桂とおのれの身だけが行き交う。いまこの瞬間、桂の身も心もおのれが支配していると、思えば全身を駆け巡る熱はさらに増す。
そう。いま、この刹那だけは。ふたりきり、天上の河を渡るのだ。
それは天に煌めく光の帯ほどに崇高なものではなく。ただこの身にとっては数段得難い、天幸ゆえに。
ひときわ乱れて、揺れて、天も地もなく、絡みあって。
吹く風を通してそよいでいた蚊帳が、帷の下の乱行についに耐えかねてか、ぷつり、ばさり、と音を立てて落ちた。
吊られた長押から半分ほどぶらさがって引き摺っていたところを、かまわず行為に耽っていたから、知らぬまに残りの吊り紐も解けて。さながら投網に捕らわれるさかなのごとく、繋がるふたつの身は蒼い霞に絡めとられる。
網に掛かった獲物たちは、断末魔にぴくぴくと撥ねた。
今宵は晴れているからきっと、星たちの逢瀬も叶ったろう。
過ぎ去った熱情の余韻に揺蕩うままに、桂がそう呟く。さきほどまで、蚊帳に絡んでしまった長い髪をていねいにほぐし解いていたおとこの手指が、薄い肩を抱きよせている。肩口にあずけられたあたまの重みが心地いい。艶やかな黒髪がおとこの引き締まった胸と腹とに綾を成す。雪肌に纏う香りが鼻孔を擽る。それを深く吸い込んで、眼前にひろがる、蒼く霞む天(そら)を眺めた。
蚊帳を吊り直すのが面倒で、ふとんやら枕やら薄い肌掛けやらを周囲に並べ積み上げて、へりの浮かぬようそのままなかから蚊帳を持ちあげ渡しかけた。落ちた拍子に羽虫の一匹も紛れ込んだかも知れなかったが、いまのところ耳障りな羽音はない。その狭い狭い空間に、藍と臙脂の浴衣を肩に纏って、ふたり潜り込んでいる。
幼い日の秘密基地のようだと、どちらからともなく笑った。
来し方に年ごと記し吊した短冊の、稚い願いはついに叶わなかったけれど。いまこいつとこうしていられるのなら。
行く末は知れず、往く途はいまだ果てがなくとも。この、ひとときの幸福を常しえに。
ことばには乗せられぬ、ともにと願うたがいの道行き。
戯れ言の裏に込め、空白にしたためた、昼下がり。
星あいの夜明けの晩に。
庭先でさんざめく笹の葉は、おのが身を飾る短冊の祈りを知らない。
了 2009.07.06.
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