「天涯の遊子」銀桂篇。
銀時と桂。紅桜と紅桜脱出行。
微エロあり。注意。R15 で。
ほんと変わってねーのな、と銀時は思う。
戦時でも、こうしたとき桂が最優先したのが高杉で、次いで坂本、その次が銀時だった。銀時が後回しだったのは桂曰く『いちばん頑丈にできてる』からで、それに対して否やはなかったから、そのこと自体に不満を感じたことはない。気になったのは、むしろ桂の、我が身の顧みなさ加減だ。てめーをさきに暖めろよ、と内心銀時は歯嚙みしたものだった。
ただ、実際にそんなせりふを吐いて、なんのてらいもなく実行に移せたのは坂本くらいのもので。当然のように、つねに先を越される羽目になる。それがよけいに、銀時を苛立たせた。高杉もおそらく似たようなものだったろう。
無意識に、銀時はかぶりを振った。考えるな、いまは。むかしは戻らない。
いまさっき、残酷な訣別を告げたばかりの高杉が、顕わにするポーズほどには桂を思い切れるはずのないことを、だれよりも銀時こそが理解している。そして桂が、高杉をどれほどたいせつにしていたかを。
だが理解することと寛恕できることとはちがう。以前、高杉が銀時の背後を取って刃を抜きかけ過去に銀時が桂にした仕打ちを指して、俺はゆるさねぇ、と云い放ったように。桂がおのれと並んで高杉に切っ先を向け突きつけたことの意味を思えば、桂にそうせざるを得なくさせた高杉の行為は、銀時の許容を超えてしまっていた。
だから、高杉。いちど手放したものをふたたび手にすることがゆるされたなら、俺は退かねぇ。てめーがいま内心どれほどつらかろうが、同情も遠慮もしねぇ。そいつは自業自得ってやつだ。桂を捨てるしかできなかったときの、俺とおんなじで。そして。
桂が銀時を見限らなかったように、桂は高杉を見限ることもないのだろう。このさきそれがどのようなかたちをとるにせよ。桂は、高杉の行動を否定しても、高杉そのものを否定することは、ない。おそらく、たとえことばどおりに高杉を斬る瞬間が訪れたときであっても、桂は高杉を受け入れているのだ。
戦時にそうであったように、桂はそれが必要とあれば、どれほど冷酷な手段でもとれる。みずからのこころを圧し殺してでも、刃を振るうことを躊躇わないだろう。それがだれであろうと。そう、高杉であろうと…銀時であろうと。
ああ、そうか。ふいに銀時は気づく。
桂とともにありたいと望むおまえなら。ともに生きられないと知ったとき、ともに死ぬことを選ぶだろうか。あるいは殺し殺されることを。
桂に、斬られたいのか。高杉?
「銀時」
「あ?」
「あ?ではない、この天パ。ちゃんと着ろ。帯まで締めさせる気か」
そういって桂は、両肩に掛けられた着物を袖を通すまでで、ぼんやり立っていた銀時の、まえをあわせた。
「天パは関係ねーだろ、いまは」
「くるくるのあたまで考えすぎぬことだ」
らしくもなく、ものおもいに沈んでいたことを見透かされたかのようで気恥ずかしくて、銀時は桂の手から細帯とベルトをひったくるようにして奪った。
「そのことば、おめーに返す」
桂の割り切りのよさは知っている。そのおなじぶんの諦めのわるさも。
「おれはくるくるではない。まっすぐすとれーとだ」
「パーのほうだよ、パーの」
そんな軽口でしか、紛らしてやれない。だけれど。
高杉が桂を死と破壊へと希求するなら、銀時は全力でそれを阻むだけだ。
* * *
辺り一面に、夕闇が降りてきた。岩肌に焚き火の明かりが照らし出されて、そこだけがまだ昼中の明るさを保っている。
神楽や新八やあの白いものや桂の部下たちが、いまごろさがしているだろうか。連絡手段もないが、桂の話ではこういった不測の場合の合流点は定まっているようだから、明日にでもそこへ向かえばいい。みなにはもうしわけないと思いつつ、だが銀時は、いまここに生きて桂があることの実感を、なにものにも妨げられたくなかった。
たがいに怪我を抱えた身を少しくぼんだ岩壁に凭せ掛け、隣り合って、揺れる炎を見つめている。二言三言交わして明日とるべき行動を確認したあとは、どちらも無言だった。云いたいことを押さえていたわけではない。それぞれに思うことはあったろう。だが、なにもことばを必要とは感じなかっただけだ。
無言で間が持てぬほどの浅い付き合いではなかったのだと、いまさらに銀時は思った。けれどもそれは再会後には初めての、戻ってきた感覚、なのだということもわかっていた。
隣り合った桂を横目で見つめる。一つ火に映える優美な面立ち。だが銀時の記憶にはないほどに短くなった黒髪に、ふいに痛いほどの寒さを感じて、銀時は知らずふるりと身を震わせた。気づいた桂が怪訝そうに見る。
「寒いのか?」
それには応えず、銀時は黙って桂の髪に顔を寄せた。自然、桂の肩にあたまが寄り添うかたちになって、桂が苦笑する。
「どうした、銀時?」
「勝手に、切られてんじゃねーよ。ヅラのくせに」
「ヅラじゃない。桂だ。髪などいずれ伸びよう」
銀時が、いや、桂をよく知るものならおそらくだれもが感じるであろう衝撃というかある種の喪失感を、当人だけが意にも介さぬというのは、いかがなものか。なんだってこう、動じないというのか、鈍いといおうか、おおようといえばいいのか。
「なんか、だんだん腹立ってきた」
「なんだいきなり。腹が減ったか」
「減ったし、立った」
云うなり、銀時は桂の髪をつかんだ。
「いた。こら、なにをする」
「おまえさ、もうちょっと、なにかあるだろう。こんな、髪にされて。ひとに死ぬほど心配かけといて」
桂が、弾かれたように銀時を見た。あまりに真っ正面から見返されて、思わず、銀時のほうが怯んだ。
「な、んだよ?」
まじまじと見ていた桂は、やがてゆっくりと微笑んだ。
「おれが死んだら、貴様は悼んでくれるのだな」
「…縁起でもないこと云うんじゃねぇ。いま、このタイミングでそれ以上つまんねーことほざいたら、マジでしばくぞ」
無意識のうちに口を吐いていた本音に、気づいて銀時はあわてて凄んだ。桂は黙ったが、そのまま静かに笑っている。ああ、もう。こいつ、うざい。
ぱっかん。そのあたまを、叩(はた)いた。
「痛い」
反射的に叩かれた場所に手をやって、桂が睨む。銀時は叩いた手で、その桂の腕をつかんで、ぐいと胸もとに引き寄せた。そのまま、短くなった髪に顔を埋める。襦袢に包まれただけの薄い肩ごと抱き込んだ。
ああ、生きている。つねの体温の低いからだは、焚き火の暖で、ぬくもりを帯びている。ちゃんと心臓の鼓動が聞こえる。手指を添えた首筋には脈動があり、銀時の胸もとにかかる呼気に、くすぐったさを覚えた。生きている。そのことが、ようやくあたりまえの事実として銀時のこころのなかに落ちてきた。それをさらに確かめたくて、抱く腕にちからがこもる。
「銀。痛い」
桂が呟いた。
その口唇に、そっと口唇を寄せる。温かい。銀時はそのぬくもりを軽く啄むと。微かに震えた口唇に、あやすように舌を這わせた。腕のなかの桂が身じろぐ。舌先で問い口唇で食み、銀時は桂の口唇を慰撫しつづけた。怺えきれず、桂の口唇が開かれる。くすぐったいのか、漏れでた声音は笑みを含んでいた。
差し入れられた舌に、桂のそれが絡む。銀時は応えてきた桂の舌の根深くにまで、舌を絡ませた。つよく吸う。抱き込まれた桂の腕が銀時の背に回され、着物をぎゅっとつかんだ。そうしてたがいの熱を分け合うような、深くやわらかな口接けに耽る。
たがいに傷を負う身でも、かつての、傷を舐めあうような痛ましさや、熱情にまかせた性急さや、戦のあとの昂揚感や焦燥感にかまけた荒々しさは、影を潜めて。ただひたすらに、口唇と舌と交わす吐息で、対話するかのように。
こうして眸を閉じ口を吸い合っていると、直に触れあっているたがいの感覚だけが世界のすべてになることを、初めて知ったのはやはりこいつとだったっけ。ともに幼くて、それは、ほんとうに触れあうだけの交わりだったが。
あのころ世界はまだ狭く、天人来襲の喧噪をよそに、銀時らが暮らす土地はまだまだ長閑だった。松陽がいて、桂がいて、高杉がいて。銀時はたぶん年相応よりはずっと、痛みも苦みも経験している子どもだったけれど。それでも、きのうの延長にきょうはあり、きょうという日はまちがいなく明日に続いていると、疑いようもなく過ごしていた日々。
あれから世界はひろがり、否応なく変質し、憤怒と無情と後悔すらおよばぬ痛切なおもいを味わい、そのためになおさら痛みをともなうこととなる場所へと身を投じて。
そのどの景色を切り取っても、銀時の傍らに、桂がいなかったことはない。桂と出会ってからのち、この再会まえの別離からほんの数年の間だけが、むしろ非日常の時間だったのだと、云わば云える。
その桂の不在を銀時がやりすごせていたのは、桂が生きていることを信じて疑わなかったからだ。傍らにいなくとも、おなじこの世で息をしていることを前提としていたからだったのだと、初めて銀時は気づかされていた。
銀時は口接けたまま、脱いだ流水紋に、桂の身を横たえた。されるまま身をゆだねていた桂が、いささか周章てて銀時の腕を押さえて、制した。
「莫迦もの。その傷に、障る」
銀時は苦笑する。
「おたがいさまでしょーが。…痛むの?」
「いや、いまはさほど…。いや、おれじゃなくて。銀時」
「当人が気にしてねーんだから、気にすんな」
云って、首筋に顔を埋めた。この痛みを押しても、いま感じたいものがある。
「やっぱ、ものたりねーなぁ。髪」
「そうか? 軽くて、これはこれで気に入っているのだが」
「だーめ。伸ばしなさい」
耳朶を咬みながら銀時が云うものだから、桂は反射的に身をすくませた。
続 2008.02.16.
PR
ほんと変わってねーのな、と銀時は思う。
戦時でも、こうしたとき桂が最優先したのが高杉で、次いで坂本、その次が銀時だった。銀時が後回しだったのは桂曰く『いちばん頑丈にできてる』からで、それに対して否やはなかったから、そのこと自体に不満を感じたことはない。気になったのは、むしろ桂の、我が身の顧みなさ加減だ。てめーをさきに暖めろよ、と内心銀時は歯嚙みしたものだった。
ただ、実際にそんなせりふを吐いて、なんのてらいもなく実行に移せたのは坂本くらいのもので。当然のように、つねに先を越される羽目になる。それがよけいに、銀時を苛立たせた。高杉もおそらく似たようなものだったろう。
無意識に、銀時はかぶりを振った。考えるな、いまは。むかしは戻らない。
いまさっき、残酷な訣別を告げたばかりの高杉が、顕わにするポーズほどには桂を思い切れるはずのないことを、だれよりも銀時こそが理解している。そして桂が、高杉をどれほどたいせつにしていたかを。
だが理解することと寛恕できることとはちがう。以前、高杉が銀時の背後を取って刃を抜きかけ過去に銀時が桂にした仕打ちを指して、俺はゆるさねぇ、と云い放ったように。桂がおのれと並んで高杉に切っ先を向け突きつけたことの意味を思えば、桂にそうせざるを得なくさせた高杉の行為は、銀時の許容を超えてしまっていた。
だから、高杉。いちど手放したものをふたたび手にすることがゆるされたなら、俺は退かねぇ。てめーがいま内心どれほどつらかろうが、同情も遠慮もしねぇ。そいつは自業自得ってやつだ。桂を捨てるしかできなかったときの、俺とおんなじで。そして。
桂が銀時を見限らなかったように、桂は高杉を見限ることもないのだろう。このさきそれがどのようなかたちをとるにせよ。桂は、高杉の行動を否定しても、高杉そのものを否定することは、ない。おそらく、たとえことばどおりに高杉を斬る瞬間が訪れたときであっても、桂は高杉を受け入れているのだ。
戦時にそうであったように、桂はそれが必要とあれば、どれほど冷酷な手段でもとれる。みずからのこころを圧し殺してでも、刃を振るうことを躊躇わないだろう。それがだれであろうと。そう、高杉であろうと…銀時であろうと。
ああ、そうか。ふいに銀時は気づく。
桂とともにありたいと望むおまえなら。ともに生きられないと知ったとき、ともに死ぬことを選ぶだろうか。あるいは殺し殺されることを。
桂に、斬られたいのか。高杉?
「銀時」
「あ?」
「あ?ではない、この天パ。ちゃんと着ろ。帯まで締めさせる気か」
そういって桂は、両肩に掛けられた着物を袖を通すまでで、ぼんやり立っていた銀時の、まえをあわせた。
「天パは関係ねーだろ、いまは」
「くるくるのあたまで考えすぎぬことだ」
らしくもなく、ものおもいに沈んでいたことを見透かされたかのようで気恥ずかしくて、銀時は桂の手から細帯とベルトをひったくるようにして奪った。
「そのことば、おめーに返す」
桂の割り切りのよさは知っている。そのおなじぶんの諦めのわるさも。
「おれはくるくるではない。まっすぐすとれーとだ」
「パーのほうだよ、パーの」
そんな軽口でしか、紛らしてやれない。だけれど。
高杉が桂を死と破壊へと希求するなら、銀時は全力でそれを阻むだけだ。
* * *
辺り一面に、夕闇が降りてきた。岩肌に焚き火の明かりが照らし出されて、そこだけがまだ昼中の明るさを保っている。
神楽や新八やあの白いものや桂の部下たちが、いまごろさがしているだろうか。連絡手段もないが、桂の話ではこういった不測の場合の合流点は定まっているようだから、明日にでもそこへ向かえばいい。みなにはもうしわけないと思いつつ、だが銀時は、いまここに生きて桂があることの実感を、なにものにも妨げられたくなかった。
たがいに怪我を抱えた身を少しくぼんだ岩壁に凭せ掛け、隣り合って、揺れる炎を見つめている。二言三言交わして明日とるべき行動を確認したあとは、どちらも無言だった。云いたいことを押さえていたわけではない。それぞれに思うことはあったろう。だが、なにもことばを必要とは感じなかっただけだ。
無言で間が持てぬほどの浅い付き合いではなかったのだと、いまさらに銀時は思った。けれどもそれは再会後には初めての、戻ってきた感覚、なのだということもわかっていた。
隣り合った桂を横目で見つめる。一つ火に映える優美な面立ち。だが銀時の記憶にはないほどに短くなった黒髪に、ふいに痛いほどの寒さを感じて、銀時は知らずふるりと身を震わせた。気づいた桂が怪訝そうに見る。
「寒いのか?」
それには応えず、銀時は黙って桂の髪に顔を寄せた。自然、桂の肩にあたまが寄り添うかたちになって、桂が苦笑する。
「どうした、銀時?」
「勝手に、切られてんじゃねーよ。ヅラのくせに」
「ヅラじゃない。桂だ。髪などいずれ伸びよう」
銀時が、いや、桂をよく知るものならおそらくだれもが感じるであろう衝撃というかある種の喪失感を、当人だけが意にも介さぬというのは、いかがなものか。なんだってこう、動じないというのか、鈍いといおうか、おおようといえばいいのか。
「なんか、だんだん腹立ってきた」
「なんだいきなり。腹が減ったか」
「減ったし、立った」
云うなり、銀時は桂の髪をつかんだ。
「いた。こら、なにをする」
「おまえさ、もうちょっと、なにかあるだろう。こんな、髪にされて。ひとに死ぬほど心配かけといて」
桂が、弾かれたように銀時を見た。あまりに真っ正面から見返されて、思わず、銀時のほうが怯んだ。
「な、んだよ?」
まじまじと見ていた桂は、やがてゆっくりと微笑んだ。
「おれが死んだら、貴様は悼んでくれるのだな」
「…縁起でもないこと云うんじゃねぇ。いま、このタイミングでそれ以上つまんねーことほざいたら、マジでしばくぞ」
無意識のうちに口を吐いていた本音に、気づいて銀時はあわてて凄んだ。桂は黙ったが、そのまま静かに笑っている。ああ、もう。こいつ、うざい。
ぱっかん。そのあたまを、叩(はた)いた。
「痛い」
反射的に叩かれた場所に手をやって、桂が睨む。銀時は叩いた手で、その桂の腕をつかんで、ぐいと胸もとに引き寄せた。そのまま、短くなった髪に顔を埋める。襦袢に包まれただけの薄い肩ごと抱き込んだ。
ああ、生きている。つねの体温の低いからだは、焚き火の暖で、ぬくもりを帯びている。ちゃんと心臓の鼓動が聞こえる。手指を添えた首筋には脈動があり、銀時の胸もとにかかる呼気に、くすぐったさを覚えた。生きている。そのことが、ようやくあたりまえの事実として銀時のこころのなかに落ちてきた。それをさらに確かめたくて、抱く腕にちからがこもる。
「銀。痛い」
桂が呟いた。
その口唇に、そっと口唇を寄せる。温かい。銀時はそのぬくもりを軽く啄むと。微かに震えた口唇に、あやすように舌を這わせた。腕のなかの桂が身じろぐ。舌先で問い口唇で食み、銀時は桂の口唇を慰撫しつづけた。怺えきれず、桂の口唇が開かれる。くすぐったいのか、漏れでた声音は笑みを含んでいた。
差し入れられた舌に、桂のそれが絡む。銀時は応えてきた桂の舌の根深くにまで、舌を絡ませた。つよく吸う。抱き込まれた桂の腕が銀時の背に回され、着物をぎゅっとつかんだ。そうしてたがいの熱を分け合うような、深くやわらかな口接けに耽る。
たがいに傷を負う身でも、かつての、傷を舐めあうような痛ましさや、熱情にまかせた性急さや、戦のあとの昂揚感や焦燥感にかまけた荒々しさは、影を潜めて。ただひたすらに、口唇と舌と交わす吐息で、対話するかのように。
こうして眸を閉じ口を吸い合っていると、直に触れあっているたがいの感覚だけが世界のすべてになることを、初めて知ったのはやはりこいつとだったっけ。ともに幼くて、それは、ほんとうに触れあうだけの交わりだったが。
あのころ世界はまだ狭く、天人来襲の喧噪をよそに、銀時らが暮らす土地はまだまだ長閑だった。松陽がいて、桂がいて、高杉がいて。銀時はたぶん年相応よりはずっと、痛みも苦みも経験している子どもだったけれど。それでも、きのうの延長にきょうはあり、きょうという日はまちがいなく明日に続いていると、疑いようもなく過ごしていた日々。
あれから世界はひろがり、否応なく変質し、憤怒と無情と後悔すらおよばぬ痛切なおもいを味わい、そのためになおさら痛みをともなうこととなる場所へと身を投じて。
そのどの景色を切り取っても、銀時の傍らに、桂がいなかったことはない。桂と出会ってからのち、この再会まえの別離からほんの数年の間だけが、むしろ非日常の時間だったのだと、云わば云える。
その桂の不在を銀時がやりすごせていたのは、桂が生きていることを信じて疑わなかったからだ。傍らにいなくとも、おなじこの世で息をしていることを前提としていたからだったのだと、初めて銀時は気づかされていた。
銀時は口接けたまま、脱いだ流水紋に、桂の身を横たえた。されるまま身をゆだねていた桂が、いささか周章てて銀時の腕を押さえて、制した。
「莫迦もの。その傷に、障る」
銀時は苦笑する。
「おたがいさまでしょーが。…痛むの?」
「いや、いまはさほど…。いや、おれじゃなくて。銀時」
「当人が気にしてねーんだから、気にすんな」
云って、首筋に顔を埋めた。この痛みを押しても、いま感じたいものがある。
「やっぱ、ものたりねーなぁ。髪」
「そうか? 軽くて、これはこれで気に入っているのだが」
「だーめ。伸ばしなさい」
耳朶を咬みながら銀時が云うものだから、桂は反射的に身をすくませた。
続 2008.02.16.
PR