Armed angel #17 二期(第八話) ニルティエ+刹那
リジェネと邂逅後のティエリア。ドレス姿でリボンズと対面。
全四回。その1。
「スメラギ・李・ノリエガ。この姿ではセラヴィーの操縦が…」
「現地に着いてから変装してもいいけど、ひとりでは無理があるでしょう? エージェントの人員を出して目立つのも避けたいし、こちらで変装を済ませたほうが時間も短縮できる。パイロットスーツじゃないぶんいつもより加速Gの負担は掛かるけど、中継ポイントまではオートパイロットでだっていけるわ。そこからは用意の車で、会場の館まで運転手役の刹那に送ってもらえばいいのだし」
ふだんめったに公の場に顔を見せないアロウズの上層部が出席するという政財界のパーティに、エージェントにまぎれてじかに乗り込むと云いだしたティエリアの、バックアップには刹那が付く。
ほんとうの敵をこの目で見たいんだ。と、ティエリアは云った。それに刹那自らが、バックアップに回ると申し出たのだ。
ガンダムマイスターは全員男性だと知られているからと、スメラギがその潜入調査を許可するかわりに出した条件はティエリアが女性の姿で出席することだった。必要な招待状の手配などはむろんこの情報をもたらしたエージェントの王留美によるものである。彼女自身も財界でも指折りの王商会の当主として出席する。
現在海中にあるプトレマイオスから、当初は会場近くのポイントまで小型艇で飛ぶ予定であったが、帰路アロウズに捕捉される可能性を考慮してガンダムで出るようスメラギは指示した。
「だから帰りはパイロットスーツに着替えてね。胸と腰のパッドを外すくらいはひとりでできる仕様になってるから」
「スメラギさん。ボディの特殊メイクだけしておいてノーマルスーツで出るという手もありますけど…」
「でもフェルト、このドレスをティエリアがひとりで着られると思う?」
「…それは、難しいかも」
「手伝いが刹那だけじゃ心許ないし」
「もう少し着脱しやすい衣裳は…」
「これがいちばんあなたに似合うと思うわ。ほんと。でもなんでこんなに白くて肌理の細かい肌をしてるの、あなた。あたまにきちゃう」
「アーデさん、とってもとってもきれいですぅ」
「ティエリアさん。ヒールの高さは、だいじょうぶですか」
「これで踊るのはいささか心許ないな」
「それでもローヒールにしたのよ。身長があるからあまり高いものは履かせられないもの」
スメラギ、フェルト、ミレイナ、そして、一時的に行方不明だったアレルヤが恋人として連れて戻ったマリー・パーファシー。マリーはアレルヤのたいせつな思い出の少女であり元人革連の超兵ソーマ・ピーリスの本来の人格であるが、いまはプトレマイオスに身を寄せている。
当日の衣裳合わせをするからと閉め切られたレクリエーションルームから、さっきから漏れ聞こえてくるティエリアとそれら女性陣との会話に、締め出しを食らったティエリア以外の男性陣は通路で顔を見合わせた。
「なんだかずいぶんと…おもちゃにされてないか、教官殿は」
「ティエリアなら女装は問題なさそうだけれどね」
「あいつ、ダンスなんて踊れるのかよ」
「疑似人格設定でそういうパターンもあったと思うが」
「刹那。疑似人格設定…て、なに?」
ライル、アレルヤ、ラッセ、刹那、そして、沙慈・クロスロード。
べつに呼び出されたわけでもないのに、新たな支援機の調整のため先行して宇宙に上がったイアン以外の男性陣の皆が集まっているのは、ひとえに好奇心の為せるわざだろう。野次馬根性とも云うが。
「ガンダムマイスターには潜入ミッション用に疑似人格での訓練が為されている」
「別人になりきるために用意された人格設定が何パターンもあるんだ。ガンダムの操縦だけできればマイスターがつとまる、というものでもないんだよ」
沙慈の素朴な疑問への、ことば足らずの刹那の回答にアレルヤが補足を入れた。
「え、そうなのか。俺、してないぜ」
ライルが初耳だという顔で驚く。
「おまえにはその時間がなかった。気にするな」
「ティエリアには女性の疑似人格設定がいくつかあるから、よかったよね。良家のお嬢様タイプも用意されてたはずだから…踊れるんじゃないかな」
と、これはラッセへ向けての返答だ。
「おまえには、女性人格はなかったのか?」
「え? じゃあきみにはあったの、刹那」
意外そうに見る刹那に、さらに意外そうにアレルヤが返す。
「ああ。さすがにいまは無理だと思うが…訓練を受けた当時は外見的に可能だったせいか、疑似人格タイプのうちのひとつに『女生徒』があった」
「そうか。個人の特性に合わせて用意されてたから…、あのころのきみはちっちゃくてかわいかったものね」
ちっちゃくてかわいかった、という表現のところで刹那にかるく睨まれて、アレルヤは笑って肩を竦めた。
「おいおい。じゃあまさか兄さんも、その疑似人格の訓練とやらをしてたってことかい」
「もちろんだ」
「僕とおなじで、さすがに女性設定はなかったと思うけどね」
「そりゃ、体格的に無理がありすぎだろう…」
想像したくもねぇぜ。と、どこか脱力したようにライルが呟く。ライル自身もどちらかといえば細身に分類されるほうだが、アレルヤほど筋骨隆々ではないにしても筋肉の付き方からして男性のそれだから、おなじ体格の兄が化けたところでせいぜいが『オカマ』だろう。
呆気にとられていた沙慈が、おずおずと切り出した。
「あの…。でも…声とかはどうするの? ティエリアさんなら姿形はだいじょうぶだろうけど…きみも女性の設定のときはどうしてたの?」
「喉もとに仕込む超小型のボイスチェンジャーがある。但しあくまで自己制御で切り替えるのが訓練の主旨だから、ティエリアはたしか…」
同意を求めるように刹那が促すと、アレルヤも頷く。
「声も自分でつくってたよね。以前シミュレーションでやったときには。ちゃんと、かわいい女の子に聞こえたよ」
「あの教官殿がねぇ…。なんか信じられねぇな。たしかに見た目だけなら極上品だろうが…」
ライルのことばが云い終わらないうちに、空気音とともにレクリエーションルームの扉が開いた。
「物見高い男性諸君、お待たせ。見た目だけじゃあ、ないわよ」
スメラギが腰に手を当て、にっこりと笑って出迎える。奥を塞ぐように立っていたその身をずらすと、女性陣の向こうの一番奥に、ひときわ艶やかな姿が優美な佇まいを見せた。
しなやかな身体のラインを窺わせる深い赤紫のカクテルドレス。しっとりとした落ち感のある天鵞絨の生地が胸を覆い、腰から流れて裾のあたりで優雅なドレープを描く。細い首から胸もとに掛けたネックラインとおおきく開いた背には同系色のシルクオーガンジーがあしらわれて、うすく透ける白い肌がより艶めかしさを醸しだす。肩から下膊にかけては当然のことながら白磁の素肌のままだ。もとより華奢な体格ではあるがそれでも肩幅などは少年のそれであるはずなのに、肌質の印象のやわらかさのためか、ちゃんと女性のまろやかさを生んでいる。
まるくふくらんだ胸はもちろん特殊ボディメイクの賜物だったが、露出の多いドレス姿であってさえ不自然さなど微塵も感じさせない。腰も女性らしい曲線を描いて、黒みを帯びた紫のヒールの靴の爪先から、細い手指の爪のひとつひとつに至るまできちんと手入れが行き届いていて、抜かりない。
ふだん肩で切り揃えられているまっすぐな紫黒の髪は、ウィッグで長く背を蔽うように流されている。素通しの眼鏡を外しているから、おおきく切れ長の深紅の双眸は鮮やかに、甘さに傾き掛ける麗姿をきりりと引き締めて、印象的だった。
一様に目を瞠って息を呑んだ男性陣の姿に、有能な戦術予報士は予想通りの反応ね、という表情で満足げに頷いた。
「…ティエリア…なのか?」
それでも真っ先にその状態からなんとか抜けだした刹那が、たしかめるように問い掛けた。
「あたりまえだ。それ以外のだれがいる」
そう応える声はふだんのままの硬質さで、衆目に晒されてティエリアはいささか居心地がわるそうだ。
「すごいや…ほんとにティエリアなんだね」
アレルヤが目を瞬かせて、やや上擦った声を出した。沙慈に至っては顔を赤らめたまま声も出せないでいる。このふたりにはそれぞれおもいを寄せている女性がいるが、それとこれとはべつと云うことなのだろう。恋人のマリーのほうも元来のやさしい性格もあってか、にこにことそんなアレルヤを眺めているから、そのあたりは心得ているらしい。
ラッセがちいさく感歎の口笛を吹き、だれより茫然としてドレス姿を眺めていたライルは、われに返って胡桃色の髪を掻いた。
「…まいったな。…こりゃ……兄さんが嵌るわけだぜ」
「アーデさんアーデさん。どうせなら声も披露して欲しいですぅ。疑似人格で喋ってみてくれないですか」
「ミレイナ」
ミレイナの無邪気な要求にティエリアが戸惑っていると、それもそうね、とスメラギが同意を見せた。
「ミッションの遂行に不可欠だわ。ウォーミングアップだと思って、やって見せてくれない?」
戦術予報士にそう云われてはティエリアに回避する途はない。
「…では、なにかシチュエーションを。疑似人格での状況の設定がないと演技などできない」
「そうねぇ。じゃあ刹那は運転手役だから…そっちのふたりをパーティのお客に見立てて」
と、アレルヤとライルを指差した。
「ふたりともあなたの美しさに惹かれて口説いてきてる。ダンスに誘ってきてるとしましょうか」
指名されたふたりは、反射的に顔を見合わせた。
「だ、そうだよ」
訓練でのシミュレーション経験のあるアレルヤはまだしも笑顔だが、ライルのほうはらしくもなく若干表情が引きつって見える。
「おい、ちょっと待てよ。俺には疑似人格なんかねぇぞ」
「ああ、あなたたちはティエリアの近くに立ってればいいだけのことよ」
スメラギは頓着なく笑ってひらひらと手を振った。
「誘いを受けるのか。断るのか」
こういうときのティエリアはあくまで真剣だ。
「あなたの本命はべつにいる。だからうまく断って」
「本命とやらからも誘われているという前提でいいだろうか」
このあたりは強気のティエリアらしいというか、むしろ冷徹におのれの疑似人格の魅力を把握しているとも取れる。
「かまわないわよ」
「了解した」
ティエリアはひとつ息を吐いて、目を閉じる。スメラギの指示でアレルヤとライルとがその傍らに立った。
続 2011.12.07.
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「スメラギ・李・ノリエガ。この姿ではセラヴィーの操縦が…」
「現地に着いてから変装してもいいけど、ひとりでは無理があるでしょう? エージェントの人員を出して目立つのも避けたいし、こちらで変装を済ませたほうが時間も短縮できる。パイロットスーツじゃないぶんいつもより加速Gの負担は掛かるけど、中継ポイントまではオートパイロットでだっていけるわ。そこからは用意の車で、会場の館まで運転手役の刹那に送ってもらえばいいのだし」
ふだんめったに公の場に顔を見せないアロウズの上層部が出席するという政財界のパーティに、エージェントにまぎれてじかに乗り込むと云いだしたティエリアの、バックアップには刹那が付く。
ほんとうの敵をこの目で見たいんだ。と、ティエリアは云った。それに刹那自らが、バックアップに回ると申し出たのだ。
ガンダムマイスターは全員男性だと知られているからと、スメラギがその潜入調査を許可するかわりに出した条件はティエリアが女性の姿で出席することだった。必要な招待状の手配などはむろんこの情報をもたらしたエージェントの王留美によるものである。彼女自身も財界でも指折りの王商会の当主として出席する。
現在海中にあるプトレマイオスから、当初は会場近くのポイントまで小型艇で飛ぶ予定であったが、帰路アロウズに捕捉される可能性を考慮してガンダムで出るようスメラギは指示した。
「だから帰りはパイロットスーツに着替えてね。胸と腰のパッドを外すくらいはひとりでできる仕様になってるから」
「スメラギさん。ボディの特殊メイクだけしておいてノーマルスーツで出るという手もありますけど…」
「でもフェルト、このドレスをティエリアがひとりで着られると思う?」
「…それは、難しいかも」
「手伝いが刹那だけじゃ心許ないし」
「もう少し着脱しやすい衣裳は…」
「これがいちばんあなたに似合うと思うわ。ほんと。でもなんでこんなに白くて肌理の細かい肌をしてるの、あなた。あたまにきちゃう」
「アーデさん、とってもとってもきれいですぅ」
「ティエリアさん。ヒールの高さは、だいじょうぶですか」
「これで踊るのはいささか心許ないな」
「それでもローヒールにしたのよ。身長があるからあまり高いものは履かせられないもの」
スメラギ、フェルト、ミレイナ、そして、一時的に行方不明だったアレルヤが恋人として連れて戻ったマリー・パーファシー。マリーはアレルヤのたいせつな思い出の少女であり元人革連の超兵ソーマ・ピーリスの本来の人格であるが、いまはプトレマイオスに身を寄せている。
当日の衣裳合わせをするからと閉め切られたレクリエーションルームから、さっきから漏れ聞こえてくるティエリアとそれら女性陣との会話に、締め出しを食らったティエリア以外の男性陣は通路で顔を見合わせた。
「なんだかずいぶんと…おもちゃにされてないか、教官殿は」
「ティエリアなら女装は問題なさそうだけれどね」
「あいつ、ダンスなんて踊れるのかよ」
「疑似人格設定でそういうパターンもあったと思うが」
「刹那。疑似人格設定…て、なに?」
ライル、アレルヤ、ラッセ、刹那、そして、沙慈・クロスロード。
べつに呼び出されたわけでもないのに、新たな支援機の調整のため先行して宇宙に上がったイアン以外の男性陣の皆が集まっているのは、ひとえに好奇心の為せるわざだろう。野次馬根性とも云うが。
「ガンダムマイスターには潜入ミッション用に疑似人格での訓練が為されている」
「別人になりきるために用意された人格設定が何パターンもあるんだ。ガンダムの操縦だけできればマイスターがつとまる、というものでもないんだよ」
沙慈の素朴な疑問への、ことば足らずの刹那の回答にアレルヤが補足を入れた。
「え、そうなのか。俺、してないぜ」
ライルが初耳だという顔で驚く。
「おまえにはその時間がなかった。気にするな」
「ティエリアには女性の疑似人格設定がいくつかあるから、よかったよね。良家のお嬢様タイプも用意されてたはずだから…踊れるんじゃないかな」
と、これはラッセへ向けての返答だ。
「おまえには、女性人格はなかったのか?」
「え? じゃあきみにはあったの、刹那」
意外そうに見る刹那に、さらに意外そうにアレルヤが返す。
「ああ。さすがにいまは無理だと思うが…訓練を受けた当時は外見的に可能だったせいか、疑似人格タイプのうちのひとつに『女生徒』があった」
「そうか。個人の特性に合わせて用意されてたから…、あのころのきみはちっちゃくてかわいかったものね」
ちっちゃくてかわいかった、という表現のところで刹那にかるく睨まれて、アレルヤは笑って肩を竦めた。
「おいおい。じゃあまさか兄さんも、その疑似人格の訓練とやらをしてたってことかい」
「もちろんだ」
「僕とおなじで、さすがに女性設定はなかったと思うけどね」
「そりゃ、体格的に無理がありすぎだろう…」
想像したくもねぇぜ。と、どこか脱力したようにライルが呟く。ライル自身もどちらかといえば細身に分類されるほうだが、アレルヤほど筋骨隆々ではないにしても筋肉の付き方からして男性のそれだから、おなじ体格の兄が化けたところでせいぜいが『オカマ』だろう。
呆気にとられていた沙慈が、おずおずと切り出した。
「あの…。でも…声とかはどうするの? ティエリアさんなら姿形はだいじょうぶだろうけど…きみも女性の設定のときはどうしてたの?」
「喉もとに仕込む超小型のボイスチェンジャーがある。但しあくまで自己制御で切り替えるのが訓練の主旨だから、ティエリアはたしか…」
同意を求めるように刹那が促すと、アレルヤも頷く。
「声も自分でつくってたよね。以前シミュレーションでやったときには。ちゃんと、かわいい女の子に聞こえたよ」
「あの教官殿がねぇ…。なんか信じられねぇな。たしかに見た目だけなら極上品だろうが…」
ライルのことばが云い終わらないうちに、空気音とともにレクリエーションルームの扉が開いた。
「物見高い男性諸君、お待たせ。見た目だけじゃあ、ないわよ」
スメラギが腰に手を当て、にっこりと笑って出迎える。奥を塞ぐように立っていたその身をずらすと、女性陣の向こうの一番奥に、ひときわ艶やかな姿が優美な佇まいを見せた。
しなやかな身体のラインを窺わせる深い赤紫のカクテルドレス。しっとりとした落ち感のある天鵞絨の生地が胸を覆い、腰から流れて裾のあたりで優雅なドレープを描く。細い首から胸もとに掛けたネックラインとおおきく開いた背には同系色のシルクオーガンジーがあしらわれて、うすく透ける白い肌がより艶めかしさを醸しだす。肩から下膊にかけては当然のことながら白磁の素肌のままだ。もとより華奢な体格ではあるがそれでも肩幅などは少年のそれであるはずなのに、肌質の印象のやわらかさのためか、ちゃんと女性のまろやかさを生んでいる。
まるくふくらんだ胸はもちろん特殊ボディメイクの賜物だったが、露出の多いドレス姿であってさえ不自然さなど微塵も感じさせない。腰も女性らしい曲線を描いて、黒みを帯びた紫のヒールの靴の爪先から、細い手指の爪のひとつひとつに至るまできちんと手入れが行き届いていて、抜かりない。
ふだん肩で切り揃えられているまっすぐな紫黒の髪は、ウィッグで長く背を蔽うように流されている。素通しの眼鏡を外しているから、おおきく切れ長の深紅の双眸は鮮やかに、甘さに傾き掛ける麗姿をきりりと引き締めて、印象的だった。
一様に目を瞠って息を呑んだ男性陣の姿に、有能な戦術予報士は予想通りの反応ね、という表情で満足げに頷いた。
「…ティエリア…なのか?」
それでも真っ先にその状態からなんとか抜けだした刹那が、たしかめるように問い掛けた。
「あたりまえだ。それ以外のだれがいる」
そう応える声はふだんのままの硬質さで、衆目に晒されてティエリアはいささか居心地がわるそうだ。
「すごいや…ほんとにティエリアなんだね」
アレルヤが目を瞬かせて、やや上擦った声を出した。沙慈に至っては顔を赤らめたまま声も出せないでいる。このふたりにはそれぞれおもいを寄せている女性がいるが、それとこれとはべつと云うことなのだろう。恋人のマリーのほうも元来のやさしい性格もあってか、にこにことそんなアレルヤを眺めているから、そのあたりは心得ているらしい。
ラッセがちいさく感歎の口笛を吹き、だれより茫然としてドレス姿を眺めていたライルは、われに返って胡桃色の髪を掻いた。
「…まいったな。…こりゃ……兄さんが嵌るわけだぜ」
「アーデさんアーデさん。どうせなら声も披露して欲しいですぅ。疑似人格で喋ってみてくれないですか」
「ミレイナ」
ミレイナの無邪気な要求にティエリアが戸惑っていると、それもそうね、とスメラギが同意を見せた。
「ミッションの遂行に不可欠だわ。ウォーミングアップだと思って、やって見せてくれない?」
戦術予報士にそう云われてはティエリアに回避する途はない。
「…では、なにかシチュエーションを。疑似人格での状況の設定がないと演技などできない」
「そうねぇ。じゃあ刹那は運転手役だから…そっちのふたりをパーティのお客に見立てて」
と、アレルヤとライルを指差した。
「ふたりともあなたの美しさに惹かれて口説いてきてる。ダンスに誘ってきてるとしましょうか」
指名されたふたりは、反射的に顔を見合わせた。
「だ、そうだよ」
訓練でのシミュレーション経験のあるアレルヤはまだしも笑顔だが、ライルのほうはらしくもなく若干表情が引きつって見える。
「おい、ちょっと待てよ。俺には疑似人格なんかねぇぞ」
「ああ、あなたたちはティエリアの近くに立ってればいいだけのことよ」
スメラギは頓着なく笑ってひらひらと手を振った。
「誘いを受けるのか。断るのか」
こういうときのティエリアはあくまで真剣だ。
「あなたの本命はべつにいる。だからうまく断って」
「本命とやらからも誘われているという前提でいいだろうか」
このあたりは強気のティエリアらしいというか、むしろ冷徹におのれの疑似人格の魅力を把握しているとも取れる。
「かまわないわよ」
「了解した」
ティエリアはひとつ息を吐いて、目を閉じる。スメラギの指示でアレルヤとライルとがその傍らに立った。
続 2011.12.07.
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