Armed angel #05 一期(第七〜八話) ニルティエ
モラリアへの武力介入ミッション完遂後、同時多発テロ勃発のあたり。
冷酷なティエリアに激昂したロックオン、ふたりのその後。
苦しいときのハロ頼み。ラストでようやく刹那が喋った…。
前後篇・前篇
眉ひとつうごかさずに現実を達観したかのような冷徹なことばを吐き、目のまえのきれいな顔が酷薄な笑みに微かな嘲りさえ浮かべてロックオンを挑発する。
怒りにまかせてその華奢な襟首を締め上げんばかりに詰め寄った手を、冷たくそっけなく払われた。らしくない態度だと冷笑し突き放し、あなたには失望したと云わんばかりに。
その少しまえまで、秘匿義務を自ら放棄するような独断行為を犯した刹那を断罪し、問答無用とばかりに銃を突きつけていた。無垢なる冷酷さは、返す刀でロックオンを切り裂いた。
* * *
ミッションプランを乱す刹那の問題行動はあったにせよモラリアでの紛争介入は成功裏に終わり、潜伏先の無人島に帰投したマイスターズを待っていたのは同時多発テロ勃発の報だった。無差別爆破殺人による脅迫。武力介入を続けるソレスタルビーイングへの報復として。
それを企てた国際テロ組織の正体が明らかになるまでそのまま現地での待機を命じられ、ロックオン・ストラトスこと、ニール・ディランディは苛立っている。
アレルヤと刹那がエクシアを格納したコンテナの待機室で、国際テロネットワークによる犯行声明文の報道を確認していたころ、その苛立ちを持て余してニールはひとり海岸べりを歩いていた。いつも連れ歩いている相棒のハロさえ遠ざけて。
わかっている。
むろんのことすべてを是とはしないけれど、あのときあの場合、認識も判断も覚悟もおそらくはティエリアがいちばん、マイスターとしては正しいのだ。そしてその対処としての刹那の決断が。
世界から見れば我々も立派なテロリストだ。
この身を抉る、峻烈なティエリアのことばにニールはただ、わるいか、と。テロが憎くてわるいか、と繰り返すことしかできなかった。一般人の犠牲者が多数出ることになんの躊躇いも慈悲も見せないティエリアに激しい憤りを感じながら、煩げに払い除けてきた手に反撃さえ繰り出せなかったのは、その矛盾を自覚しながらそこまで割り切ることのできない自分自身の不甲斐なさがゆえだ。
しかしそれを踏まえていてなお、ニールはこの怒りをどうすることもできない。
宵闇に星明かりの照らしだす海岸線で、ただひたすらにそれを狙い撃つことをおのれ自身に念じる。念じながらどうにも収まらない腹立ちは、ティエリア自身にも向けられている。
どうしてだ。どうして、ああも他人事のように云えるのだ。
それがティエリアのマイスターとして一貫した、厳然たる姿勢であることは承知している。しているがしかし、それがニールにはやるせない。
いのちを奪うことへの躊躇いを見せないティエリアは、きっとまだ、ひとのいのちの重さを知らない。失うことの痛みを知らない。ここに至るまえヴェーダのプランより人命救助を優先したアレルヤたちを断罪したこと然り、刹那に簡単に銃を向けたこと然り、その刹那から銃を向けられて些かも動じなかったこともまた然り。そう、おのれ自身のいのちさえ、ティエリアには取るに足らないものなのだろう。それが人外ゆえというなら、それこそがニールには受け容れがたい現実だった。
おまえは、人間なんだ。ティエリア。
この腕のなかで、啼き喘ぎ甘えて微かな笑みを零す、なんら変わることのない人間なのに。
さやかな夜天光におのれの影さえ落ちる砂浜をしばらくぶらついた。岩場と森に隠されるように立ち並ぶコンテナが見え隠れする。そろそろもどらないとまずいか、と思いつつも足はなかなかそちらに向かってくれない。
こんなとき感情にまかせて暴発しないよう他人との距離を取り、ひとりになることを選択するのは、ニールのいわば処世術だ。おのれの薄暗い内面を隠すことばかりに、長けてきた。
昨夜、テロの第一報を受けた海岸から逃げるようにデュナメスのコンテナへと向かったとき、隣接するコンテナに向かうアレルヤから遠慮がちに掛けられたことばを思い出す。
でも、ロックオン。きみがあんなふうに、だれかにつかみかかって激昂するなんて思わなかったよ。
そうだ。そんな無様なさまを晒すことなど、CBに来てこれまでなかった。ただテロに怒るだけならああはならなかった。現にあのときだっておのれを抑えていた。テロの一報を受けてもまだ事態を冷静に捉えようとする意識が働いていた。それを突き崩したのはティエリアだ。あの無慈悲なことばでさえも、口にしたのがティエリアでなければ、あそこまであからさまにおのれの感情を沸騰させたりはしなかったろう。
行ったり来たりを繰り返しながら近づいたコンテナの屋上に人影があった。星明かりに浮かぶそのシルエットをニールが見誤るはずもない。
ティエリア。
泰然と佇んだまま、ふわりとした上衣を風に靡かせて彼方を見つめている。
いま顔を合わせるのは気まずい。気まずいのに、ニールの足は止まったままそこからうごかなくなった。立ち去ることも進むこともままならず、その細身のシルエットをただ眺めた。
深紅の双眸が見つめる彼方にあるものは、いずれテロ組織へと下されるだろう審判か、ヴェーダの意志か。いずれにせよ彼は、事態がうごけばマイスターとして当然の処断を下すだろう。そこにある痛みにはどんな頓着も見せずに。
「痛み、…か」
ニール自身の抱える痛み。おそらくはアレルヤにも刹那にも、スメラギをはじめとするどのクルーたちにも拭いきれずに存在するであろう痛切な過去を、ティエリアからは窺い知ることができない。
「てぃえりあ、てぃえりあ」
先刻、海辺でニールから少しひとりにさせてくれと命じられたハロが、いつのまにか佇むティエリアのもとまでやってきているらしかった。無重力ではないここで、コンテナの屋根のあの高さまでどうやって行ったものか。アームでよじ登ったのだろうか。呼ばれたティエリアがやや屈み込むようにしてその球体を見る。
「どうした、ハロ。おれに用か?」
「はろヒトリ、はろヒトリ。サミシイ、サミシイ」
「ロックオンはどうした」
「ろっくおん、オコッテル。ヒトリニナリタイ。オコッテル」
機械音のくせにそれはほんとうに寂しそうな声音で、しょんぼりとしているように聞こえる。ティエリアはそんなハロを抱き上げて、その球体の頭頂部を撫でた。ずいぶんとやさしげな手つきだった。
「ハロに怒っているわけじゃないだろう。それで、ハロもひとりか」
「てぃえりあも、ヒトリ?、ヒトリ?」
「ああ。ここにはおれしかいない」
話し声が聞こえる程度には近寄っているのだが、ニールの存在にはまだどちらも気づいていないようだ。海面を照らす星明かりのほうが陸地に比べてつよく感じられ、近くの岩陰がちょうど逆光のようになっているせいだろうか。こちらからはその表情も覗えるほどなのに、盗み聞きしているようで些か憚られる。ハロに託けて声を掛けるべきか否かをニールは迷った。
「てぃえりあ、サミシイカ? てぃえりあ、サミシイカ?」
「寂しい、というのはあてはまらない。それは、寄り添うものやあるべきものがあってほしいのにそれがない、というときに抱く感情だろう。おれには、そんなものはない」
反射的に、ニールは声に出しそうになる。
俺は? ちがうのか? ティエリア?
たぶんいつものようにとなりにいたなら、軽く片目を瞑ってそう問い掛けていただろう。巫山戯たふりでことばの真意を探っていた。砂浜とコンテナの上とさほど離れているわけでもないのに、無限の距離がそこにはあった。
「ハロ、きみは彼の相棒だろう。そろそろもどってもだいじょうぶかと思う」
ティエリアはハロを両手で掲げて、促すように正面から見た。深紅の双眸と明滅するふたつの赤い目が向き合う。
「てぃえりあ? てぃえりあ?」
「…おれはここにいる。問題ない。おれはこの世界に存在を得たときからひとりだ。それにここからは宇宙(そら)の向こうのヴェーダが見える」
寂寞としたそのことばが、ニールの胸を衝いた。無意識におのれの腕をおのれで抱くようにしてつかむ。孤独を孤独とも感じないままの、寂寥とした無垢を思った。なにも持たないのだ、ティエリアは。ヴェーダ以外、ほんとうに、なにも。
「てぃえりあ、イッショニイク。てぃえりあ、はろ、イッショニイク」
ティエリアはハロのあたまを、やさしい手つきでまた撫でた。
「行かない」
「ろっくおん、サミシガリヤ。ろっくおん、サミシガリヤ」
おい、ちょっとまて。なにを云い出すんだ、ハロ。
「…うん。そうだな」
ティエリアまで。どういう認識をされているんだ、俺は?
瞬間、思わずあたまを抱えてこれまでのあれこれを振り返りたくなったが、つづいたティエリアのことばにニールは息を呑んだ。
「でもおれは行けない。おれは彼を怒らせた」
青白い星明かりに浮かぶ精緻な美貌のおもてを凝視する。
「ろっくおん、オコラセタ? てぃえりあ、オコラセタ?」
「そうだ。彼が怒ったことはわかる。でもなにを怒ったのかおれにはその理由がわからない」
「ワカラナイ? ワカラナイ?」
「…そうだ。だからいま会えば、また彼を不快にさせるだろう。いずれヴェーダとスメラギ・李・ノリエガから今回の件でのミッションプランが上がってくるはずだ。そのときにロックオン・ストラトスが昨夜のような状態では困る。彼の平常心を削ぐような真似を、おれがするわけにはいかない」
眩暈が、した。
蹌踉めく足もとを踏ん張るように踏みしめて、踏み出す。
「…あんま、ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよ」
ふいに掛けられた声に、ティエリアがぎくりと身をこわばらせて海岸線のほうを見た。すぐにはこちらをはっきりと視認できないのか、眼鏡の中央を指で擡げるようなしぐさをみせる。
「ま。ひとのこたぁ云えねぇけどな、俺も」
そう肩を竦めながら足を進めた。砂浜はとぎれとぎれになり、コンテナ直下までをわずかばかりの下草が覆っている。
「ろっくおん、ろっくおん」
いち早く気づいた相棒がティエリアの手から飛び上がり、重力のままに上空から転がり落ちてきた。
「おっと」
それを周章てて受けとめて、革手袋の掌でやさしく撫でる。
「すまなかったな、相棒。もうだいじょうぶだ」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。ヨカッタ、ヨカッタ」
ぱたぱたと耳のように開閉口を振って、ハロは安心したようにニールの腕から飛び降りた。ほんとうに気の回る相棒に、思わず苦笑した。ニールは両腕を降参するように肩の辺りにちいさく掲げて、コンテナを見あげる。ティエリアがいつにも増して厳しい表情で、見おろしていた。
「…そういうのを、趣味がわるい、と云うのだと教わった」
「だから出頭してきたろ。すまん。けど立ち聞きになったのは偶然で、わざとじゃない」
冴えた双眸が、ニールを睨める。
「だがいままで黙って聞いていたのなら、故意でなかったとしても恣意的判断があったことはまちがいない」
「そりゃ…気になるだろうが。こんなところでおまえさんがハロと話し込んでたら」
「話し込んでいたわけではない。ハロが寂しいと云うから話し相手をしていただけだ。そもそも、あなたがハロを放っておくからだろう」
「…当たりたくなかったんだよ。ハロにも、だれにも」
あのとき、おまえには当たったくせにな。
「もうだいじょうぶなら、ハロを連れてさっさとコンテナの仮眠室にもどり、やすむことを勧める。ロックオン・ストラトス」
あいかわらずティエリアの表情は硬い。
「おまえがいっしょに来るなら、もどるさ」
ティエリアの顔が見あげられるぎりぎりのあたりまで近づいて、ニールは腕を広げた。
続 2011.09.21.
PR
眉ひとつうごかさずに現実を達観したかのような冷徹なことばを吐き、目のまえのきれいな顔が酷薄な笑みに微かな嘲りさえ浮かべてロックオンを挑発する。
怒りにまかせてその華奢な襟首を締め上げんばかりに詰め寄った手を、冷たくそっけなく払われた。らしくない態度だと冷笑し突き放し、あなたには失望したと云わんばかりに。
その少しまえまで、秘匿義務を自ら放棄するような独断行為を犯した刹那を断罪し、問答無用とばかりに銃を突きつけていた。無垢なる冷酷さは、返す刀でロックオンを切り裂いた。
* * *
ミッションプランを乱す刹那の問題行動はあったにせよモラリアでの紛争介入は成功裏に終わり、潜伏先の無人島に帰投したマイスターズを待っていたのは同時多発テロ勃発の報だった。無差別爆破殺人による脅迫。武力介入を続けるソレスタルビーイングへの報復として。
それを企てた国際テロ組織の正体が明らかになるまでそのまま現地での待機を命じられ、ロックオン・ストラトスこと、ニール・ディランディは苛立っている。
アレルヤと刹那がエクシアを格納したコンテナの待機室で、国際テロネットワークによる犯行声明文の報道を確認していたころ、その苛立ちを持て余してニールはひとり海岸べりを歩いていた。いつも連れ歩いている相棒のハロさえ遠ざけて。
わかっている。
むろんのことすべてを是とはしないけれど、あのときあの場合、認識も判断も覚悟もおそらくはティエリアがいちばん、マイスターとしては正しいのだ。そしてその対処としての刹那の決断が。
世界から見れば我々も立派なテロリストだ。
この身を抉る、峻烈なティエリアのことばにニールはただ、わるいか、と。テロが憎くてわるいか、と繰り返すことしかできなかった。一般人の犠牲者が多数出ることになんの躊躇いも慈悲も見せないティエリアに激しい憤りを感じながら、煩げに払い除けてきた手に反撃さえ繰り出せなかったのは、その矛盾を自覚しながらそこまで割り切ることのできない自分自身の不甲斐なさがゆえだ。
しかしそれを踏まえていてなお、ニールはこの怒りをどうすることもできない。
宵闇に星明かりの照らしだす海岸線で、ただひたすらにそれを狙い撃つことをおのれ自身に念じる。念じながらどうにも収まらない腹立ちは、ティエリア自身にも向けられている。
どうしてだ。どうして、ああも他人事のように云えるのだ。
それがティエリアのマイスターとして一貫した、厳然たる姿勢であることは承知している。しているがしかし、それがニールにはやるせない。
いのちを奪うことへの躊躇いを見せないティエリアは、きっとまだ、ひとのいのちの重さを知らない。失うことの痛みを知らない。ここに至るまえヴェーダのプランより人命救助を優先したアレルヤたちを断罪したこと然り、刹那に簡単に銃を向けたこと然り、その刹那から銃を向けられて些かも動じなかったこともまた然り。そう、おのれ自身のいのちさえ、ティエリアには取るに足らないものなのだろう。それが人外ゆえというなら、それこそがニールには受け容れがたい現実だった。
おまえは、人間なんだ。ティエリア。
この腕のなかで、啼き喘ぎ甘えて微かな笑みを零す、なんら変わることのない人間なのに。
さやかな夜天光におのれの影さえ落ちる砂浜をしばらくぶらついた。岩場と森に隠されるように立ち並ぶコンテナが見え隠れする。そろそろもどらないとまずいか、と思いつつも足はなかなかそちらに向かってくれない。
こんなとき感情にまかせて暴発しないよう他人との距離を取り、ひとりになることを選択するのは、ニールのいわば処世術だ。おのれの薄暗い内面を隠すことばかりに、長けてきた。
昨夜、テロの第一報を受けた海岸から逃げるようにデュナメスのコンテナへと向かったとき、隣接するコンテナに向かうアレルヤから遠慮がちに掛けられたことばを思い出す。
でも、ロックオン。きみがあんなふうに、だれかにつかみかかって激昂するなんて思わなかったよ。
そうだ。そんな無様なさまを晒すことなど、CBに来てこれまでなかった。ただテロに怒るだけならああはならなかった。現にあのときだっておのれを抑えていた。テロの一報を受けてもまだ事態を冷静に捉えようとする意識が働いていた。それを突き崩したのはティエリアだ。あの無慈悲なことばでさえも、口にしたのがティエリアでなければ、あそこまであからさまにおのれの感情を沸騰させたりはしなかったろう。
行ったり来たりを繰り返しながら近づいたコンテナの屋上に人影があった。星明かりに浮かぶそのシルエットをニールが見誤るはずもない。
ティエリア。
泰然と佇んだまま、ふわりとした上衣を風に靡かせて彼方を見つめている。
いま顔を合わせるのは気まずい。気まずいのに、ニールの足は止まったままそこからうごかなくなった。立ち去ることも進むこともままならず、その細身のシルエットをただ眺めた。
深紅の双眸が見つめる彼方にあるものは、いずれテロ組織へと下されるだろう審判か、ヴェーダの意志か。いずれにせよ彼は、事態がうごけばマイスターとして当然の処断を下すだろう。そこにある痛みにはどんな頓着も見せずに。
「痛み、…か」
ニール自身の抱える痛み。おそらくはアレルヤにも刹那にも、スメラギをはじめとするどのクルーたちにも拭いきれずに存在するであろう痛切な過去を、ティエリアからは窺い知ることができない。
「てぃえりあ、てぃえりあ」
先刻、海辺でニールから少しひとりにさせてくれと命じられたハロが、いつのまにか佇むティエリアのもとまでやってきているらしかった。無重力ではないここで、コンテナの屋根のあの高さまでどうやって行ったものか。アームでよじ登ったのだろうか。呼ばれたティエリアがやや屈み込むようにしてその球体を見る。
「どうした、ハロ。おれに用か?」
「はろヒトリ、はろヒトリ。サミシイ、サミシイ」
「ロックオンはどうした」
「ろっくおん、オコッテル。ヒトリニナリタイ。オコッテル」
機械音のくせにそれはほんとうに寂しそうな声音で、しょんぼりとしているように聞こえる。ティエリアはそんなハロを抱き上げて、その球体の頭頂部を撫でた。ずいぶんとやさしげな手つきだった。
「ハロに怒っているわけじゃないだろう。それで、ハロもひとりか」
「てぃえりあも、ヒトリ?、ヒトリ?」
「ああ。ここにはおれしかいない」
話し声が聞こえる程度には近寄っているのだが、ニールの存在にはまだどちらも気づいていないようだ。海面を照らす星明かりのほうが陸地に比べてつよく感じられ、近くの岩陰がちょうど逆光のようになっているせいだろうか。こちらからはその表情も覗えるほどなのに、盗み聞きしているようで些か憚られる。ハロに託けて声を掛けるべきか否かをニールは迷った。
「てぃえりあ、サミシイカ? てぃえりあ、サミシイカ?」
「寂しい、というのはあてはまらない。それは、寄り添うものやあるべきものがあってほしいのにそれがない、というときに抱く感情だろう。おれには、そんなものはない」
反射的に、ニールは声に出しそうになる。
俺は? ちがうのか? ティエリア?
たぶんいつものようにとなりにいたなら、軽く片目を瞑ってそう問い掛けていただろう。巫山戯たふりでことばの真意を探っていた。砂浜とコンテナの上とさほど離れているわけでもないのに、無限の距離がそこにはあった。
「ハロ、きみは彼の相棒だろう。そろそろもどってもだいじょうぶかと思う」
ティエリアはハロを両手で掲げて、促すように正面から見た。深紅の双眸と明滅するふたつの赤い目が向き合う。
「てぃえりあ? てぃえりあ?」
「…おれはここにいる。問題ない。おれはこの世界に存在を得たときからひとりだ。それにここからは宇宙(そら)の向こうのヴェーダが見える」
寂寞としたそのことばが、ニールの胸を衝いた。無意識におのれの腕をおのれで抱くようにしてつかむ。孤独を孤独とも感じないままの、寂寥とした無垢を思った。なにも持たないのだ、ティエリアは。ヴェーダ以外、ほんとうに、なにも。
「てぃえりあ、イッショニイク。てぃえりあ、はろ、イッショニイク」
ティエリアはハロのあたまを、やさしい手つきでまた撫でた。
「行かない」
「ろっくおん、サミシガリヤ。ろっくおん、サミシガリヤ」
おい、ちょっとまて。なにを云い出すんだ、ハロ。
「…うん。そうだな」
ティエリアまで。どういう認識をされているんだ、俺は?
瞬間、思わずあたまを抱えてこれまでのあれこれを振り返りたくなったが、つづいたティエリアのことばにニールは息を呑んだ。
「でもおれは行けない。おれは彼を怒らせた」
青白い星明かりに浮かぶ精緻な美貌のおもてを凝視する。
「ろっくおん、オコラセタ? てぃえりあ、オコラセタ?」
「そうだ。彼が怒ったことはわかる。でもなにを怒ったのかおれにはその理由がわからない」
「ワカラナイ? ワカラナイ?」
「…そうだ。だからいま会えば、また彼を不快にさせるだろう。いずれヴェーダとスメラギ・李・ノリエガから今回の件でのミッションプランが上がってくるはずだ。そのときにロックオン・ストラトスが昨夜のような状態では困る。彼の平常心を削ぐような真似を、おれがするわけにはいかない」
眩暈が、した。
蹌踉めく足もとを踏ん張るように踏みしめて、踏み出す。
「…あんま、ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよ」
ふいに掛けられた声に、ティエリアがぎくりと身をこわばらせて海岸線のほうを見た。すぐにはこちらをはっきりと視認できないのか、眼鏡の中央を指で擡げるようなしぐさをみせる。
「ま。ひとのこたぁ云えねぇけどな、俺も」
そう肩を竦めながら足を進めた。砂浜はとぎれとぎれになり、コンテナ直下までをわずかばかりの下草が覆っている。
「ろっくおん、ろっくおん」
いち早く気づいた相棒がティエリアの手から飛び上がり、重力のままに上空から転がり落ちてきた。
「おっと」
それを周章てて受けとめて、革手袋の掌でやさしく撫でる。
「すまなかったな、相棒。もうだいじょうぶだ」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。ヨカッタ、ヨカッタ」
ぱたぱたと耳のように開閉口を振って、ハロは安心したようにニールの腕から飛び降りた。ほんとうに気の回る相棒に、思わず苦笑した。ニールは両腕を降参するように肩の辺りにちいさく掲げて、コンテナを見あげる。ティエリアがいつにも増して厳しい表情で、見おろしていた。
「…そういうのを、趣味がわるい、と云うのだと教わった」
「だから出頭してきたろ。すまん。けど立ち聞きになったのは偶然で、わざとじゃない」
冴えた双眸が、ニールを睨める。
「だがいままで黙って聞いていたのなら、故意でなかったとしても恣意的判断があったことはまちがいない」
「そりゃ…気になるだろうが。こんなところでおまえさんがハロと話し込んでたら」
「話し込んでいたわけではない。ハロが寂しいと云うから話し相手をしていただけだ。そもそも、あなたがハロを放っておくからだろう」
「…当たりたくなかったんだよ。ハロにも、だれにも」
あのとき、おまえには当たったくせにな。
「もうだいじょうぶなら、ハロを連れてさっさとコンテナの仮眠室にもどり、やすむことを勧める。ロックオン・ストラトス」
あいかわらずティエリアの表情は硬い。
「おまえがいっしょに来るなら、もどるさ」
ティエリアの顔が見あげられるぎりぎりのあたりまで近づいて、ニールは腕を広げた。
続 2011.09.21.
PR