Armed angel #16 一期と二期の幕間&二期(第一〜七話) ニルティエ
ロックオンの死から再生まで。ニールとリジェネ。ティエリア不在。
少々惨い描写があるので、R15で。エロや流血ではなく見ようによってグロ。
全五回。その1。
煙草はいちばん荒んでいた時期に覚えて、ずいぶんまえにやめた。狙撃手としてのおつとめ後、逃走中に息が上がってはかなわないからだ。
酒はつよいと云われるが、CBにスカウトされそれを受け容れたときから、嗜む程度に控えている。過度の飲酒は狙撃の精度を損なうことを経験上知っている。
ときおり襲いくる堪えきれぬほどの空虚さを埋めるための女遊びも、同時に絶った。年上の甘えさせてくれそうな女性を好んだが、もとより本気で惚れたことなどないのだし、若くして覚えたがために倦むのも早かったのか、宇宙に長期滞在して女日照りの環境にいようがそれを苦にしたこともない。すでにがっつく時期は過ぎていたし、生理現象なら適当に抜いて処理してしまえばすむことだ。
まさかその宇宙で、見た目どう見てもかなり年下の少年にこころ惹かれるなど予想できるはずがない。ましてすぐには手を出しかねて、その処理に少年の姿を思い浮かべるなど、あり得ぬはずのことだった。
初対面からしてよくもわるくも印象的ではあったが、最初は興味を引かれた程度だったものを。気がついたときには深みに嵌っていたなど、どこかの三文芝居を地で行くありさまに、自分であきれた。
それでもこのおもいに一片の偽りもない。
ゆっくり近づいて時間を掛けて口説き落として、徐々におのれに向かってだけ開かれていく美しき異形のこころの変容を、目の当たりにできることはいいようのない快感だった。
それがなにものにも代えがたい存在だと繰り返し自覚し、その変革におのれのほうが置いて行かれかねないと気づいたとき。その存在との希むべくもない未来を希んでいた。
そのためにまず過去を払拭するしか考えられなかった。仇を討つことでしか過去の復讐に生きたおのれを変えられなかった。捨てられなかった。
世界の変革よりまえに、まずその世界と向きあうために、俺は俺が変わることを迫られていた。
そして結局は愚かにも、そのなにより愛しい存在をひとり残して果てた、俺は ————— 変われなかったのだ。
* * *
「やあ、お目覚めかい?」
薄闇のなか、声だけが静かに響いた。
ほかにはなにもない。音も匂いも温度も湿度も感じない。いや、見えているはずのこの薄闇さえ、ほんとうはそこにあるものではない気がする。おのれの顔や躯、手足も髪も、その存在をたしかめることはかなわなかった。
これが〝死〟というものなのか? ここはいったい…。
「そんなにかんたんに地獄に行けるなんて思わないで欲しいな」
また、おなじ声が告げる。
「…だれだ、きさまは」
問おうとしたことがそのまま声になった。いや、これは果たして声なんだろうか。
「ここは、どこだ」
辺りを見回すが、どこの景色もおなじ薄闇がつづくばかりだ。
「そんなこともわからないのかい? …人間なんていうのは、つくづく不便な生きものだね」
ことばの端々に揶揄うような笑みを滲ませた口調だが、声はまだ若い。少女にも聞こえなくはないが、低さから見て少年だろう。
「どこにいやがる。姿くらい見せたらどうだ」
「…見せてもいいけど、きっときみは驚くよ」
そう含み笑いをしながら、声は近づいてくる。
「なんだ? 狐狸か妖怪か? …死んだ人間にまで化けてでるのかい」
不意にその声が耳もとで囁いた。
「云ったはずだよ。かんたんに死ねるなんて思わないことだ」
だがその姿は見えず、声の主の気配すらない。
「…どういうことだ。どうなってるんだ、ここは」
それはまた少し距離を取って、くすくすと笑う声が憎々しげだ。
「……俺は、…生きてるのか?」
盛大な溜め息が漏れ聞こえた。
「ああ、もう。ほんとうに愚かだね、きみは。まったく…なんでこんなやつがいいのかなぁ、ティエリアは」
ここで聞くなど思ってもみなかったその名に、ニールは息を呑んだ。
「…おや、気配が変わったね」
それを察したらしい声が、また揶揄いをのせてくる。
「きさま…なにものだ。なぜティエリアを…」
「知っているかって? 彼と僕はおなじものだからだよ」
ニールの言葉尻を引き取って、それは唐突に姿をあらわした。
紫黒の髪。素通しの眼鏡に深紅の双眸。すらりとした華奢な体躯。
「!? ………ティ…」
思わず名を呼びかけて、激しい違和感にその先を呑み込んだ。よくよく見れば、紫黒の髪はウェーブを描いてその長さもやや短い。なによりその表情がティエリアとはまるでちがう。ティエリアは不遜で冷淡な表情がデフォルトだが、目のまえにいるような、こんな、小馬鹿にするような笑顔でひとを見ることはない。
「………」
「ふうん? …思ったよりは驚かないね」
目のまえの少年はふわりとした白っぽい衣裳に身を包んで、つまらない、とでも云いたげに肩を竦めた。
「…たしかに似ちゃいるが、きさまとティエリアとはまるでちがう。ご期待に添えなくて残念だったな」
「…まあ、いいさ。少しでも見間違えたりしたら、それこそ失格の烙印を押すところだよ。ティエリアのおもいびととしてはね」
「…さっきから聞いてりゃ、俺たちのことをよぉくご存じのようだが…、いいかげんこの手品の種明かしをしちゃくれねぇもんかな」
口調は軽いが、だんだん苛立ってきている。少年の態度もだったが、なによりこの不確かな状況がニールを落ち着かなくさせていた。見えているのは少年の姿だけで、あいかわらずそれ以外まわりの景色もおのれ自身さえ、しかとはたしかめられないでいるのだ。
「手品でもなんでもないよ。ここはきみの意識世界だ」
「意識…世界?」
「そう。きみがいま見ている…見えていると感じているいまの僕のこの姿は、僕がきみの脳に直接イメージとして送り込んでいる僕自身の投影図だよ」
「……脳に直接、だと?」
「ティエリアから聞いてないのかい? 僕たちは人間じゃない…って」
聞いていないわけではない。ヴェーダによって生み出された生体端末だとは知っている。脳量子波でヴェーダと直接リンクするのだと。だが。
「ティエリアは、自分は生まれたときからひとりだと云っていた」
目のまえの少年はわずかに目を瞠った。
「………そう。そうか。だから彼からのコンタクトがいちどもなかったのか」
思案げに眸を伏せる少年は、そういうしぐさをすると、やはりティエリアによく似ていた。
「ティエリアは僕の…僕たちの存在を知らないんだね。ヴェーダの情報規制がかかっているのかな。…なんだ、そうか。ガンダムマイスターなんかにえらばれるから、そんな羽目になるんだ」
「…きさまはティエリアの同族なのか。ほかにも仲間がいるのか?」
少年は目を上げて、またひとを揶揄するような表情をつくった。
「それはいまきみが知る必要のないことだよ。でも、…そうだね。僕とティエリアとはちょっと特別な関係かな。おなじ塩基配列パターンを持ってる、僕は彼の分身だから」
「DNAがおなじ…。一卵性の双子みたいなもんか」
自分と弟のように。
「僕は、リジェネ・レジェッタ。厳密に云えばちがうけど、そう思ってくれていいよ」
「で、その分身さんに、俺はたすけられたってわけかい?」
だとしたら、ずいぶん都合のいい夢だ。
「…きみをたすけたのは僕じゃない。ティエリアだ」
ティエリアとよく似た紅玉が、そう告げて、おもしろくなさそうに片眉を顰めた。
「ティエリアだと? …どういう意味だ」
さらなる不審を滲ませるニールに、リジェネははぐらかすように首を傾げてみせる。
「いや、やっぱり僕がたすけたことになるのかな? 実際きみを宇宙のゴミにしなかったのは僕がきみの肉塊を拾ってきたからだからね。うん、その点では感謝してもらいたいな」
「ゴミ…、ね」
思わず苦笑した。たしかに宇宙空間で死ねば、腐ることもなく漂うデブリのひとつに成り果てる。だがたしか自分はGNアームズの砲身の爆発に巻き込まれたのではなかったか。
「そりゃ、酷いありさまだったよ。きみのからだの大部分は溶けて、無かったし。バイザーも割れてとっくに死んでた」
まるできのうの天気の話でもするかのように、至極あっけらかんと云われてニールはとっさに云われた意味をつかめなかった。
「でも僕が拾って持って帰ったら、きみの脳は生きてたんだよね。だからそれまできみを護ったのは、ティエリア・アーデだよ。だからいまきみはこうして意識世界で会話できているというわけさ」
云われていることがわからない。死んでいたと云われ、脳だけをティエリアが護ったと云われ、いまたしかに意識がある。
「…もう少し、わかるように話してもらえねぇかな」
リジェネはまた盛大な溜め息を吐いたあと、意地悪く笑んだ。
「じゃあ、聞くよ。そもそもきみの右目の怪我が再生治療可能だったことに、だれも疑問を抱かなかったのかい? 疑似GNドライブから放出されるGN粒子に細胞障害を起こさせる毒性があることを、少なくともドクターモレノは承知していたはずだ。たぶんティエリアもさ。リンクが切れるまえにヴェーダにその情報は上がっていたはずだからね」
そう云われて初めて、いま自分の右側の視野が以前と変わらないことに気づいた。ここが云われたような意識世界というものなら、右目も左目も関係ないということだろうか。
「ティエリアを庇ってジンクスのビームサーベルでコクピットを直撃された、きみの怪我も当然その影響下に晒されたはずだ。なのにどうして、ドクターは再生治療できると判断したんだろう? それはなぜだい?」
たしかにニールは時間がかかるからと治療を断ったが、再生治療そのものが不可能だと云われたわけではない。
「きみはどこまでティエリアと話しているのかな? ティエリアが脳量子波でヴェーダとつながってることは知っているよね。それがGN粒子を触媒としていることも」
「……ああ、聞いた。GN粒子を身のうちに享有していると」
「じゃあ、話は早いよ。きみはティエリアからそれを受け取っていた。つまりきみを護ったのはそれさ。オリジナルのGN粒子にはそういうちからがある。脳量子波の亢進を促し、細胞の再生と活性化を促す、なにかが。その正体はつかみきれていないけれど」
そのGN粒子が右目の再生治療を可能にし、死に瀕した脳組織を護ったというのか。
「ティエリアの持つGN粒子が…なぜ俺の体内に…」
云い止して、ニールはことばを切った。…まさか。そんなことが。
「ようやく、わかったのかい?」
たっぷりと皮肉を込めてリジェネが笑う。
続 2011.11.22.
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煙草はいちばん荒んでいた時期に覚えて、ずいぶんまえにやめた。狙撃手としてのおつとめ後、逃走中に息が上がってはかなわないからだ。
酒はつよいと云われるが、CBにスカウトされそれを受け容れたときから、嗜む程度に控えている。過度の飲酒は狙撃の精度を損なうことを経験上知っている。
ときおり襲いくる堪えきれぬほどの空虚さを埋めるための女遊びも、同時に絶った。年上の甘えさせてくれそうな女性を好んだが、もとより本気で惚れたことなどないのだし、若くして覚えたがために倦むのも早かったのか、宇宙に長期滞在して女日照りの環境にいようがそれを苦にしたこともない。すでにがっつく時期は過ぎていたし、生理現象なら適当に抜いて処理してしまえばすむことだ。
まさかその宇宙で、見た目どう見てもかなり年下の少年にこころ惹かれるなど予想できるはずがない。ましてすぐには手を出しかねて、その処理に少年の姿を思い浮かべるなど、あり得ぬはずのことだった。
初対面からしてよくもわるくも印象的ではあったが、最初は興味を引かれた程度だったものを。気がついたときには深みに嵌っていたなど、どこかの三文芝居を地で行くありさまに、自分であきれた。
それでもこのおもいに一片の偽りもない。
ゆっくり近づいて時間を掛けて口説き落として、徐々におのれに向かってだけ開かれていく美しき異形のこころの変容を、目の当たりにできることはいいようのない快感だった。
それがなにものにも代えがたい存在だと繰り返し自覚し、その変革におのれのほうが置いて行かれかねないと気づいたとき。その存在との希むべくもない未来を希んでいた。
そのためにまず過去を払拭するしか考えられなかった。仇を討つことでしか過去の復讐に生きたおのれを変えられなかった。捨てられなかった。
世界の変革よりまえに、まずその世界と向きあうために、俺は俺が変わることを迫られていた。
そして結局は愚かにも、そのなにより愛しい存在をひとり残して果てた、俺は ————— 変われなかったのだ。
* * *
「やあ、お目覚めかい?」
薄闇のなか、声だけが静かに響いた。
ほかにはなにもない。音も匂いも温度も湿度も感じない。いや、見えているはずのこの薄闇さえ、ほんとうはそこにあるものではない気がする。おのれの顔や躯、手足も髪も、その存在をたしかめることはかなわなかった。
これが〝死〟というものなのか? ここはいったい…。
「そんなにかんたんに地獄に行けるなんて思わないで欲しいな」
また、おなじ声が告げる。
「…だれだ、きさまは」
問おうとしたことがそのまま声になった。いや、これは果たして声なんだろうか。
「ここは、どこだ」
辺りを見回すが、どこの景色もおなじ薄闇がつづくばかりだ。
「そんなこともわからないのかい? …人間なんていうのは、つくづく不便な生きものだね」
ことばの端々に揶揄うような笑みを滲ませた口調だが、声はまだ若い。少女にも聞こえなくはないが、低さから見て少年だろう。
「どこにいやがる。姿くらい見せたらどうだ」
「…見せてもいいけど、きっときみは驚くよ」
そう含み笑いをしながら、声は近づいてくる。
「なんだ? 狐狸か妖怪か? …死んだ人間にまで化けてでるのかい」
不意にその声が耳もとで囁いた。
「云ったはずだよ。かんたんに死ねるなんて思わないことだ」
だがその姿は見えず、声の主の気配すらない。
「…どういうことだ。どうなってるんだ、ここは」
それはまた少し距離を取って、くすくすと笑う声が憎々しげだ。
「……俺は、…生きてるのか?」
盛大な溜め息が漏れ聞こえた。
「ああ、もう。ほんとうに愚かだね、きみは。まったく…なんでこんなやつがいいのかなぁ、ティエリアは」
ここで聞くなど思ってもみなかったその名に、ニールは息を呑んだ。
「…おや、気配が変わったね」
それを察したらしい声が、また揶揄いをのせてくる。
「きさま…なにものだ。なぜティエリアを…」
「知っているかって? 彼と僕はおなじものだからだよ」
ニールの言葉尻を引き取って、それは唐突に姿をあらわした。
紫黒の髪。素通しの眼鏡に深紅の双眸。すらりとした華奢な体躯。
「!? ………ティ…」
思わず名を呼びかけて、激しい違和感にその先を呑み込んだ。よくよく見れば、紫黒の髪はウェーブを描いてその長さもやや短い。なによりその表情がティエリアとはまるでちがう。ティエリアは不遜で冷淡な表情がデフォルトだが、目のまえにいるような、こんな、小馬鹿にするような笑顔でひとを見ることはない。
「………」
「ふうん? …思ったよりは驚かないね」
目のまえの少年はふわりとした白っぽい衣裳に身を包んで、つまらない、とでも云いたげに肩を竦めた。
「…たしかに似ちゃいるが、きさまとティエリアとはまるでちがう。ご期待に添えなくて残念だったな」
「…まあ、いいさ。少しでも見間違えたりしたら、それこそ失格の烙印を押すところだよ。ティエリアのおもいびととしてはね」
「…さっきから聞いてりゃ、俺たちのことをよぉくご存じのようだが…、いいかげんこの手品の種明かしをしちゃくれねぇもんかな」
口調は軽いが、だんだん苛立ってきている。少年の態度もだったが、なによりこの不確かな状況がニールを落ち着かなくさせていた。見えているのは少年の姿だけで、あいかわらずそれ以外まわりの景色もおのれ自身さえ、しかとはたしかめられないでいるのだ。
「手品でもなんでもないよ。ここはきみの意識世界だ」
「意識…世界?」
「そう。きみがいま見ている…見えていると感じているいまの僕のこの姿は、僕がきみの脳に直接イメージとして送り込んでいる僕自身の投影図だよ」
「……脳に直接、だと?」
「ティエリアから聞いてないのかい? 僕たちは人間じゃない…って」
聞いていないわけではない。ヴェーダによって生み出された生体端末だとは知っている。脳量子波でヴェーダと直接リンクするのだと。だが。
「ティエリアは、自分は生まれたときからひとりだと云っていた」
目のまえの少年はわずかに目を瞠った。
「………そう。そうか。だから彼からのコンタクトがいちどもなかったのか」
思案げに眸を伏せる少年は、そういうしぐさをすると、やはりティエリアによく似ていた。
「ティエリアは僕の…僕たちの存在を知らないんだね。ヴェーダの情報規制がかかっているのかな。…なんだ、そうか。ガンダムマイスターなんかにえらばれるから、そんな羽目になるんだ」
「…きさまはティエリアの同族なのか。ほかにも仲間がいるのか?」
少年は目を上げて、またひとを揶揄するような表情をつくった。
「それはいまきみが知る必要のないことだよ。でも、…そうだね。僕とティエリアとはちょっと特別な関係かな。おなじ塩基配列パターンを持ってる、僕は彼の分身だから」
「DNAがおなじ…。一卵性の双子みたいなもんか」
自分と弟のように。
「僕は、リジェネ・レジェッタ。厳密に云えばちがうけど、そう思ってくれていいよ」
「で、その分身さんに、俺はたすけられたってわけかい?」
だとしたら、ずいぶん都合のいい夢だ。
「…きみをたすけたのは僕じゃない。ティエリアだ」
ティエリアとよく似た紅玉が、そう告げて、おもしろくなさそうに片眉を顰めた。
「ティエリアだと? …どういう意味だ」
さらなる不審を滲ませるニールに、リジェネははぐらかすように首を傾げてみせる。
「いや、やっぱり僕がたすけたことになるのかな? 実際きみを宇宙のゴミにしなかったのは僕がきみの肉塊を拾ってきたからだからね。うん、その点では感謝してもらいたいな」
「ゴミ…、ね」
思わず苦笑した。たしかに宇宙空間で死ねば、腐ることもなく漂うデブリのひとつに成り果てる。だがたしか自分はGNアームズの砲身の爆発に巻き込まれたのではなかったか。
「そりゃ、酷いありさまだったよ。きみのからだの大部分は溶けて、無かったし。バイザーも割れてとっくに死んでた」
まるできのうの天気の話でもするかのように、至極あっけらかんと云われてニールはとっさに云われた意味をつかめなかった。
「でも僕が拾って持って帰ったら、きみの脳は生きてたんだよね。だからそれまできみを護ったのは、ティエリア・アーデだよ。だからいまきみはこうして意識世界で会話できているというわけさ」
云われていることがわからない。死んでいたと云われ、脳だけをティエリアが護ったと云われ、いまたしかに意識がある。
「…もう少し、わかるように話してもらえねぇかな」
リジェネはまた盛大な溜め息を吐いたあと、意地悪く笑んだ。
「じゃあ、聞くよ。そもそもきみの右目の怪我が再生治療可能だったことに、だれも疑問を抱かなかったのかい? 疑似GNドライブから放出されるGN粒子に細胞障害を起こさせる毒性があることを、少なくともドクターモレノは承知していたはずだ。たぶんティエリアもさ。リンクが切れるまえにヴェーダにその情報は上がっていたはずだからね」
そう云われて初めて、いま自分の右側の視野が以前と変わらないことに気づいた。ここが云われたような意識世界というものなら、右目も左目も関係ないということだろうか。
「ティエリアを庇ってジンクスのビームサーベルでコクピットを直撃された、きみの怪我も当然その影響下に晒されたはずだ。なのにどうして、ドクターは再生治療できると判断したんだろう? それはなぜだい?」
たしかにニールは時間がかかるからと治療を断ったが、再生治療そのものが不可能だと云われたわけではない。
「きみはどこまでティエリアと話しているのかな? ティエリアが脳量子波でヴェーダとつながってることは知っているよね。それがGN粒子を触媒としていることも」
「……ああ、聞いた。GN粒子を身のうちに享有していると」
「じゃあ、話は早いよ。きみはティエリアからそれを受け取っていた。つまりきみを護ったのはそれさ。オリジナルのGN粒子にはそういうちからがある。脳量子波の亢進を促し、細胞の再生と活性化を促す、なにかが。その正体はつかみきれていないけれど」
そのGN粒子が右目の再生治療を可能にし、死に瀕した脳組織を護ったというのか。
「ティエリアの持つGN粒子が…なぜ俺の体内に…」
云い止して、ニールはことばを切った。…まさか。そんなことが。
「ようやく、わかったのかい?」
たっぷりと皮肉を込めてリジェネが笑う。
続 2011.11.22.
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