「天涯の遊子」高桂篇。
高杉と桂。攘夷戦争から紅桜まで、ほぼ時系列展開。
銀時と坂本は直には出ない。3回に分ける。
後半に微エロあり、注意。
川の水は身を切るほどに冷たかったが、桂はそれでも半身だけは拭って浄めた。山間に風の滞る岩陰を探って、身を寄せあって暖をとる。焚き火は、まだ危険と判断した。はっきりとした現在地が知れない以上、敵に自分たちの存在を知らせるようなまねはできなかったからだ。
「っくしゅん」
小さくくしゃみした桂に、それみたことか、といいたげな視線を高杉は向ける。それを察して、桂は弁明した。
「しかたないだろう。天人どもの血などまとっていたくなかったのだ」
ふだんから白い顔をさらに青白くさせているのに、躊躇った末、高杉は座したままその身を抱き寄せた。
「おい」
咎めるような桂の声は聞こえないふりで、抱き寄せた腕にちからをこめる。桂はなにかいいたげだったが、結局されるままに、おとなしく高杉の腕に納まった。じんわりと、たがいの体温が混ざり合い、こころなしか温もってくる。
「…よく、生きていてくれた」
思い出したようにぽつりと、桂がそう云った。
「…てめぇもな」
本隊と鬼兵隊、それぞれの最後をたがいに短く報告した。聞けばやはり、本隊のほうが数日早く壊滅させられたものらしい。四散した同志の生き残りを捜して救い出すべく、桂はここまで彷徨い出ていたのだろう。途中敵の残党狩りにあい、そこをくぐり抜けたところで、あの川縁に出た。薄闇に姿はよく見えなかったが、太刀筋でおまえとわかったのだ、と桂は云った。
高杉は、聞くのに迷っていたことを口にする。
「で、銀時は?」
死んだか、捕らえられたか、ゆくえ知れずか。いずれにせよ、桂の傍にいないということは、ろくなことではないだろう。桂は前方に視線を投げたまま、つぶやくように応えた。
「…生きているさ。どこかでな」
言外の含みを感じて、問いただす。桂は多くを語りたがらなかった。
自死を決した桂を銀時が止め、たがいに激戦の場に身を躍らせておのが血路を開いて。まだ息のある仲間を引き摺って、支援者のツテで得た潜伏先にどうにか落ち着かせた。そのあとで。
「あれは、去った」
覚悟していたのか、銀時は銀時の途を行ったのだろう、とだけ桂は云った。逃げたのだ、と高杉は捉えた。よりにもよって、このタイミングで。大敗した攘夷の軍は、すでに軍と呼べる様相を呈してはいなかったが。ゆるせなかったのは、そこではない。いまこの時期に、桂を放り出したことだ。
孤児の身を拾われ、敬愛する松陽の歓心を奪っただけでは飽きたらず。あとから来て、高杉の目の前で、桂をかっ攫っていった、銀時が。捨てるくらいなら、なぜ手を出した。つらくなったら手放せる、その程度のものだったのか。
そうとは、思えなかった。思いたくなかった。
幼いころからともに育ち、ある時期を境に、眸で、全身で、ことばの端々で、桂を追い求めるようになった、あのおとこが。高杉が、触れたくて触れられないでいた、桂という存在に。なかば強引に踏み込んでいったあのおとこが。そしてなにより。桂がそれを許し、桂自らも求めたはずの、銀時というおとこが。
歯嚙みして、ときに憎いとも羨ましいとも思った相手だったが、ゆるせない、と感じたのは、初めてだった。
黙り込んだ高杉に、なにを思ったのか、桂は左目の包帯に触れてきた。おのれの思考に沈んでいた高杉は、一瞬ぎょっとなって、身を固くする。こんな風に触れられたのは、傷を負ったあのとき以来のことだった。
「…な、…に」
なんとか平静を取り繕おうとして、声が掠れる。
「……なんだよ」
桂は、触れたままじっと高杉を見つめる。なにやらざわざわとした息苦しさを覚え、高杉が音を上げそうになったとき、
「ゆるせ」
桂が、云った。
「おまえに片眼を失くさせて、あげくが、このざまだ」
なにを云っている?
「すまない。晋助」
ふざけるな。
「なんで、あんたが謝る?」
そんな必要が、どこにある。
「こいつは、ただ俺の失態だ。それだけだ」
だからそんな、情けないつらをするんじゃねえ。
この左目に残る桂の姿は、いまはもう高杉の、身の一部も同じだった。
「あんたがそんなんじゃ、死んだ同志も浮かばれねぇ。俺もあの世で、先生に会わす顔がなくなる」
だから生きて、天人どもを、この国から追い払ってやる。そう、つよい調子で云い募った高杉に、桂は少しだけ笑顔になった。
「そう、だったな」
触れていた手でそのまま高杉の頭を抱え寄せると、桂は左の瞼のあたりに包帯越しの接吻を落とした。やわらかな口唇の感触と、ぬくもりに、高杉は瞑目する。ぽたり、落ちた雫が一条、高杉の鼻筋から右頬を伝った。触れ合っていなければ気づかないほどの、桂の微かな震え。
そうだ、泣いちまえ。泣きたいなら泣けばいいんだ。
おのれを抱え寄せる背にそっと手を回し、ここにいる、とこころのなかでだけ高杉はつぶやいた。
まだ、立てる。また進める。涙を払って、桂はそれでもこの途を行くだろう。そう信じさせてくれる存在を、高杉はほかに知らなかった。いまここに、桂がいる。いまここに高杉がいる。それでいい。それだけで。
この死闘が始まってどれほど経つのか。敗北のなか、それでも初めて、高杉は安らいでいた。
* * *
山科の外れに居を移す。交通の要地にほど近い。ふたり転々としていた潜伏先の、ようやく本陣らしきものが、態をなした。さほど大袈裟なものでもない。だが、落ち延び生き延びた同志たちにも、あらたに攘夷活動を志すものにも、集うべき旗印は必要なのだ。
終わってみれば、高杉が率いていた鬼兵隊の惨状は本隊を上回り、文字通りの壊滅だった。それでも腐らず、高杉は秘かに、だが精力的にうごいた。おのが手足となる機動部隊を再度整えるべく、奔走している。
桂のもとには、やはり桂を慕うものが、ひとりまたひとりと、帰着しあるいは集結していた。みな行く末を具体的に見いだせぬまま、桂や高杉という、寄る辺を求めていた。
この短い時期、高杉はある意味幸福だった。桂が、たしかにおのれのもとにあったからだ。この腕の届く間合いで、いつものしかめ面しい顔をしながら、余人のいないときの桂は、このうえなく高杉を愛おしんでくれた。
酔いにまかせて初めて桂を組み敷いたとき、桂は婉然として云い放った。
「おまえは銀時の代わりにはならん」
「ったりめぇだ。あんなもんにだれが代わりたいかよ」
萎えさせることをいいやがる。
「それならばよい。高杉は高杉なのだからな」
「そっちこそ、捨てていった野郎にいつまでも義理立てしてんじゃねぇ」
全身の重みをかけ、摑んだ腕にちからを込める。こんな細いからだで。桂は高杉より身長があるくせに体重のほうは軽い。けれども、膂力はばかにならないのだ。このからだのどこにそんなちからが、と思うほど、ときにそれは威力を見せる。だから高杉は、本気で、全力で、組み伏せた。
首筋から、背に流された黒髪に鼻を埋めるようにして、眸を閉じる。ああ、桂の匂いだ。襦袢に薫き染めた香と、髪と肌の香りが綯い交ぜとなって、桂そのひとだけの、香りとなる。それはむかしもいまも、高杉を陶然とさせる唯一の香気だった。
「おれがそんな殊勝なタマに見えるか。高杉」
さしたる抵抗も見せず高杉のしたいようにさせていた桂は、だがその先へと進もうとするまえに、ことばで高杉の次の行動を封じた。
「おれを心底抱きたいのなら、出直せ。しらふの時に来い。晋助」
組み伏せていたからだから身をもたげ、高杉はまじまじと桂を見た。束の間そうしていた高杉は、やがて込みあげてくる笑いを怺えきれずに、漏らした。
桂から身をはがし、仰向けに寝ころんで声を立てて笑い出した高杉に、桂は表情を変えぬまま、小首を傾げる。目の端に桂のそんなしぐさを捉えながら、高杉はひとしきり笑いつづけた。
坂本の馬鹿に連れられて、花街のおんなを抱いたこともあるにはあったが、隠微な白粉の匂いも、閨に炷かれる安物の薫香も、よしんばそれがどのような名香であったとしても、桂のこの体香とは比べるべくもない。花街への相応の好奇心が満たされてしまえば、あとは急速に興味を失った。だからその後の坂本の誘いを、高杉は受け流し、退けた。
だからといって桂を抱けるわけもないのだが、正直抱きたかったのかどうかもはっきりしない。むろん抱きたくないのかと問われれば首を振っただろうが、求めていたのはそこではなかった気がする。だから銀時と桂の関係に気づいたときも、もちろんのこといい気分はしなかったが、かといって嫉妬に狂ったわけでもなかった。あの桂が受け入れたのなら、しかたがない、と思ったのかもしれない。銀時のどこにそこまで惹かれたのか、高杉には皆目見当もつかなかったし、それを知りたいとも思わなかった。ただ、横合いからの後出しに、たいせつなものを攫われた、という気分だけは、苦く残った。
その翌日。すっかり酒を抜いて、高杉は桂の閨を訪れた。桂は、拒まなかった。
* * *
幕府が屈辱的な講和条約を天人側と締結してしまったいま、攘夷の志士は、いつのまにかテロリストと仇され呼びなされてしまった。
高杉が奔走し再度鍛え上げた義勇軍、鬼兵隊もまた、粛正の憂き目にあう。手塩に掛けた高杉の機動部隊はあっけなく壊滅した。こんどはほかでもない、まもろうとした国のものたちの手によって。
それを境に、桂と高杉の憂国の未来図はあきらかに異なる色彩で描かれはじめた。
続 2008.01.09.
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川の水は身を切るほどに冷たかったが、桂はそれでも半身だけは拭って浄めた。山間に風の滞る岩陰を探って、身を寄せあって暖をとる。焚き火は、まだ危険と判断した。はっきりとした現在地が知れない以上、敵に自分たちの存在を知らせるようなまねはできなかったからだ。
「っくしゅん」
小さくくしゃみした桂に、それみたことか、といいたげな視線を高杉は向ける。それを察して、桂は弁明した。
「しかたないだろう。天人どもの血などまとっていたくなかったのだ」
ふだんから白い顔をさらに青白くさせているのに、躊躇った末、高杉は座したままその身を抱き寄せた。
「おい」
咎めるような桂の声は聞こえないふりで、抱き寄せた腕にちからをこめる。桂はなにかいいたげだったが、結局されるままに、おとなしく高杉の腕に納まった。じんわりと、たがいの体温が混ざり合い、こころなしか温もってくる。
「…よく、生きていてくれた」
思い出したようにぽつりと、桂がそう云った。
「…てめぇもな」
本隊と鬼兵隊、それぞれの最後をたがいに短く報告した。聞けばやはり、本隊のほうが数日早く壊滅させられたものらしい。四散した同志の生き残りを捜して救い出すべく、桂はここまで彷徨い出ていたのだろう。途中敵の残党狩りにあい、そこをくぐり抜けたところで、あの川縁に出た。薄闇に姿はよく見えなかったが、太刀筋でおまえとわかったのだ、と桂は云った。
高杉は、聞くのに迷っていたことを口にする。
「で、銀時は?」
死んだか、捕らえられたか、ゆくえ知れずか。いずれにせよ、桂の傍にいないということは、ろくなことではないだろう。桂は前方に視線を投げたまま、つぶやくように応えた。
「…生きているさ。どこかでな」
言外の含みを感じて、問いただす。桂は多くを語りたがらなかった。
自死を決した桂を銀時が止め、たがいに激戦の場に身を躍らせておのが血路を開いて。まだ息のある仲間を引き摺って、支援者のツテで得た潜伏先にどうにか落ち着かせた。そのあとで。
「あれは、去った」
覚悟していたのか、銀時は銀時の途を行ったのだろう、とだけ桂は云った。逃げたのだ、と高杉は捉えた。よりにもよって、このタイミングで。大敗した攘夷の軍は、すでに軍と呼べる様相を呈してはいなかったが。ゆるせなかったのは、そこではない。いまこの時期に、桂を放り出したことだ。
孤児の身を拾われ、敬愛する松陽の歓心を奪っただけでは飽きたらず。あとから来て、高杉の目の前で、桂をかっ攫っていった、銀時が。捨てるくらいなら、なぜ手を出した。つらくなったら手放せる、その程度のものだったのか。
そうとは、思えなかった。思いたくなかった。
幼いころからともに育ち、ある時期を境に、眸で、全身で、ことばの端々で、桂を追い求めるようになった、あのおとこが。高杉が、触れたくて触れられないでいた、桂という存在に。なかば強引に踏み込んでいったあのおとこが。そしてなにより。桂がそれを許し、桂自らも求めたはずの、銀時というおとこが。
歯嚙みして、ときに憎いとも羨ましいとも思った相手だったが、ゆるせない、と感じたのは、初めてだった。
黙り込んだ高杉に、なにを思ったのか、桂は左目の包帯に触れてきた。おのれの思考に沈んでいた高杉は、一瞬ぎょっとなって、身を固くする。こんな風に触れられたのは、傷を負ったあのとき以来のことだった。
「…な、…に」
なんとか平静を取り繕おうとして、声が掠れる。
「……なんだよ」
桂は、触れたままじっと高杉を見つめる。なにやらざわざわとした息苦しさを覚え、高杉が音を上げそうになったとき、
「ゆるせ」
桂が、云った。
「おまえに片眼を失くさせて、あげくが、このざまだ」
なにを云っている?
「すまない。晋助」
ふざけるな。
「なんで、あんたが謝る?」
そんな必要が、どこにある。
「こいつは、ただ俺の失態だ。それだけだ」
だからそんな、情けないつらをするんじゃねえ。
この左目に残る桂の姿は、いまはもう高杉の、身の一部も同じだった。
「あんたがそんなんじゃ、死んだ同志も浮かばれねぇ。俺もあの世で、先生に会わす顔がなくなる」
だから生きて、天人どもを、この国から追い払ってやる。そう、つよい調子で云い募った高杉に、桂は少しだけ笑顔になった。
「そう、だったな」
触れていた手でそのまま高杉の頭を抱え寄せると、桂は左の瞼のあたりに包帯越しの接吻を落とした。やわらかな口唇の感触と、ぬくもりに、高杉は瞑目する。ぽたり、落ちた雫が一条、高杉の鼻筋から右頬を伝った。触れ合っていなければ気づかないほどの、桂の微かな震え。
そうだ、泣いちまえ。泣きたいなら泣けばいいんだ。
おのれを抱え寄せる背にそっと手を回し、ここにいる、とこころのなかでだけ高杉はつぶやいた。
まだ、立てる。また進める。涙を払って、桂はそれでもこの途を行くだろう。そう信じさせてくれる存在を、高杉はほかに知らなかった。いまここに、桂がいる。いまここに高杉がいる。それでいい。それだけで。
この死闘が始まってどれほど経つのか。敗北のなか、それでも初めて、高杉は安らいでいた。
* * *
山科の外れに居を移す。交通の要地にほど近い。ふたり転々としていた潜伏先の、ようやく本陣らしきものが、態をなした。さほど大袈裟なものでもない。だが、落ち延び生き延びた同志たちにも、あらたに攘夷活動を志すものにも、集うべき旗印は必要なのだ。
終わってみれば、高杉が率いていた鬼兵隊の惨状は本隊を上回り、文字通りの壊滅だった。それでも腐らず、高杉は秘かに、だが精力的にうごいた。おのが手足となる機動部隊を再度整えるべく、奔走している。
桂のもとには、やはり桂を慕うものが、ひとりまたひとりと、帰着しあるいは集結していた。みな行く末を具体的に見いだせぬまま、桂や高杉という、寄る辺を求めていた。
この短い時期、高杉はある意味幸福だった。桂が、たしかにおのれのもとにあったからだ。この腕の届く間合いで、いつものしかめ面しい顔をしながら、余人のいないときの桂は、このうえなく高杉を愛おしんでくれた。
酔いにまかせて初めて桂を組み敷いたとき、桂は婉然として云い放った。
「おまえは銀時の代わりにはならん」
「ったりめぇだ。あんなもんにだれが代わりたいかよ」
萎えさせることをいいやがる。
「それならばよい。高杉は高杉なのだからな」
「そっちこそ、捨てていった野郎にいつまでも義理立てしてんじゃねぇ」
全身の重みをかけ、摑んだ腕にちからを込める。こんな細いからだで。桂は高杉より身長があるくせに体重のほうは軽い。けれども、膂力はばかにならないのだ。このからだのどこにそんなちからが、と思うほど、ときにそれは威力を見せる。だから高杉は、本気で、全力で、組み伏せた。
首筋から、背に流された黒髪に鼻を埋めるようにして、眸を閉じる。ああ、桂の匂いだ。襦袢に薫き染めた香と、髪と肌の香りが綯い交ぜとなって、桂そのひとだけの、香りとなる。それはむかしもいまも、高杉を陶然とさせる唯一の香気だった。
「おれがそんな殊勝なタマに見えるか。高杉」
さしたる抵抗も見せず高杉のしたいようにさせていた桂は、だがその先へと進もうとするまえに、ことばで高杉の次の行動を封じた。
「おれを心底抱きたいのなら、出直せ。しらふの時に来い。晋助」
組み伏せていたからだから身をもたげ、高杉はまじまじと桂を見た。束の間そうしていた高杉は、やがて込みあげてくる笑いを怺えきれずに、漏らした。
桂から身をはがし、仰向けに寝ころんで声を立てて笑い出した高杉に、桂は表情を変えぬまま、小首を傾げる。目の端に桂のそんなしぐさを捉えながら、高杉はひとしきり笑いつづけた。
坂本の馬鹿に連れられて、花街のおんなを抱いたこともあるにはあったが、隠微な白粉の匂いも、閨に炷かれる安物の薫香も、よしんばそれがどのような名香であったとしても、桂のこの体香とは比べるべくもない。花街への相応の好奇心が満たされてしまえば、あとは急速に興味を失った。だからその後の坂本の誘いを、高杉は受け流し、退けた。
だからといって桂を抱けるわけもないのだが、正直抱きたかったのかどうかもはっきりしない。むろん抱きたくないのかと問われれば首を振っただろうが、求めていたのはそこではなかった気がする。だから銀時と桂の関係に気づいたときも、もちろんのこといい気分はしなかったが、かといって嫉妬に狂ったわけでもなかった。あの桂が受け入れたのなら、しかたがない、と思ったのかもしれない。銀時のどこにそこまで惹かれたのか、高杉には皆目見当もつかなかったし、それを知りたいとも思わなかった。ただ、横合いからの後出しに、たいせつなものを攫われた、という気分だけは、苦く残った。
その翌日。すっかり酒を抜いて、高杉は桂の閨を訪れた。桂は、拒まなかった。
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幕府が屈辱的な講和条約を天人側と締結してしまったいま、攘夷の志士は、いつのまにかテロリストと仇され呼びなされてしまった。
高杉が奔走し再度鍛え上げた義勇軍、鬼兵隊もまた、粛正の憂き目にあう。手塩に掛けた高杉の機動部隊はあっけなく壊滅した。こんどはほかでもない、まもろうとした国のものたちの手によって。
それを境に、桂と高杉の憂国の未来図はあきらかに異なる色彩で描かれはじめた。
続 2008.01.09.
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