連作「天涯の遊子」の番外、高桂篇。其の一。
ヅラ誕 2008、in エリー番外三部作の破。晋誕合わせ。大遅刻。
前後篇にするには微妙な長さなので、三回に分ける。
高杉と桂。と、エリザベス。と、高杉 in エリー。
ほか、河上、来島、武市。坂本もちょこっと。
番外は、天涯の遊子設定での、もうひとつの世界。
連作時系列ではないけど、時期的には
動乱篇のまえから竜宮篇をまたいでモンハン篇よりはまえ、な感じで。
*注
エリザベスはエリザベスという存在で正体には言及せず。
もしも高杉がエリーに代わったなら…、というお話。
設定そのものがお莫迦なので、そのあたりは流そう。
in エリーの番外は、坂本篇・高杉篇・銀時篇で三部作予定。
ヅラ誕 2008、党首のしあわせキャンペーン。
その日、高杉晋助はすこぶるご機嫌だった。
「晋助さまぁ。お荷物が届いてるっス」
そう、来島また子が高杉の自室に知らせにきたのが半時ほどまえ。
「おう。来たか」
めずらしく、自分から部屋の戸口まで受け取りに出て、そう高杉は呟いた。運んできた荷物をだいじそうに受け取った高杉が、そのまま室内に戻るのを見ながら来島は首を傾げる。
「なんなんスか。晋助さま、妙に機嫌よさげなんスけど」
だれに問うでもなく問うていると、部屋のまえを通りかかった武市変平太らが足を止めた。
「さて。なにやらお待ちかねのようすでしたな。どなたかからの贈りものでしょうか」
「お誕生日なら再来週っスよ。なんか通販の商品みたいだったし」
そのかたわらの河上万斉が意味ありげに笑うので、来島はむっとして見返す。
「なに笑ってんスか。河上、アンタなんか知ってるんスね」
「差出人はどなたでござる」
「どなたって。たから通販会社っス。MOSSAN ONLINE STORE とかいう」
河上は顎を撫でながら頷いている。表向き、突き指ということになっていた怪我はだいぶ癒えて、包帯の面積も少なくなった。
「なるほど。それならばやはりあれでござろう。春先だったか、レアな限定商品の予約に成功したと、晋助がぽつりと洩らしていたでござるよ」
「レアな限定商品? なんスか? 晋助さまがわざわざご自分でお買いものされるだなんて、めずらしいっスね」
「さあ。拙者にも、詳しいことは教えてもらえなかったでござる」
自室まえの廊下から漏れ聞こえてくるそんな会話など気にとめるようすもなく、高杉は包みを破き、大きめな段ボールの箱から折りたたまれた白いものを取りだした。ふんわりとやわらかで、だが嵩のわりにはずいぶんと軽い。なるほど、これならいける。
「くくっ。バカ本も、たまには気の利いたことをしやがるじゃねぇか」
以前には見るたび腹を立て、二度と面を拝みたくもなかった物体。いちどはこの手で横一線に薙ぎ払ったことさえあるその姿を、両手に持って広げ、掲げながら。はじめて好意のこもったまなざしで、高杉は見つめていた。
* * *
その日、高杉はめっきり不機嫌だった。
あれは半年前。予約開始時刻の半時はまえからパソコンのまえにスタンバイをし、この日のために鍛えた早打ちでクリックと入力とを繰り返して、手に入れた予約限定極少数の、快援隊特製・エリぐるみリアルver.13。
その四ヶ月後の発売日に到着した、しろくふわふわで見るからに桂好みのそれは、装着するにも軽く、蒸れもせず、快適である。と、変装の試着もすんでいるのに。高杉は大事なことを忘れていたのだ。さて、どうやって、あのペンギンお化けに入れ替わってやろう。そのペンギンお化けに自らが扮することになるのだということは棚にあげて、高杉は自問する。
購入に成功したであろう一部の桂一派の攘夷志士あいてとは違い、すんなりその席をあの白いものが空け渡すとは思えない。
坂本のバカは、桂の誕生日に最終テストと称し、エリザベスになりすまして桂とともに過ごした、という。そんな話を当の本人から惚気混じりに漏れ聞いて、高杉はくさった。
発売を7月以降にしたのはそのためだったのか。あのやろー。
しかし問題は、じつはそれだけではない。
エリザベスになりすますのに、高杉には絶対的な条件がひとつ足りなかった。身長じゃあねぇんだよ、てめぇ。殺すぞ。
高杉のだれに向けられたともつかぬ獣の呻きはさておき、その問題とは、家事全般の能力に欠ける、ということのほうである。
桂の用心棒代わりや、交渉ごとや、活動のとりまとめ的なことなら、なんら問題はない。調略などむしろ得意とも云える。だが、炊事に洗濯、風呂や厠の掃除、果ては繕いもの。と来ては、お手上げである。むろん戦時には野営もしたから、簡単な煮炊きくらいは(できなければ死ぬので)できるが、料理と呼べるようなものではない。まして、掃除や洗濯など、まともにやったことがない。繕いものにいたっては指先を針穴だらけにするのがオチだろう。
というか、なんでペットのくせにそんなことまでしてやがるんだ、あの白いばけものは。おかげで化けようにも化けられないではないか。せっかく変装はばっちり決まっているのに。せっかく、がんばって、手に入れたのに。
「あのぉ…晋助さま。お電話っス」
「いねぇと云え」
鬼兵隊隊用電話の送話口を押さえながら、来島が遠慮がちに告げる。が、いらいらの募る高杉の返事はにべもない。そこへ、外出から戻ってくるなり河上が声をかけてきた。
「晋助。朗報でござる」
「ふん?」
低く、関心なさげに応じた高杉は、銜えていた煙管の雁首を、かん、と膝もとの煙草盆に叩きつける。
畳敷きの応接間。鬼兵隊のアジト内に設けられた和洋折衷の座敷で、いつものように気怠げに窓辺によりかかっていた高杉の傍らへ、河上は膝を進めた。
「桂殿が、来月発行の攘夷穏健派の機関誌に載るそうでござるよ」
背負っていた三弦を下ろしながら云う河上の表情は、濃い緑の色硝子越しで今ひとつわかりづらい。
「ああ?べつにめずらしくもねぇだろ。それがなんで朗報なんだよ」
「いつもの党首インタビューに撮り下ろしグラビアがつくのでござる。表紙は桂殿と愛ペットのツーショットだとか」
べべん、と調律でもするかのような、河上の三味線の音が響いた。
「…………」
もう一服喫いながら、高杉は河上を黙って睨める。河上は、副業、というかどっちが本業なのかしれないが、つんぽ名義で音楽プロデューサーをやっている。もうすっかり包帯も取れて、この数日はたしか遅れていたその仕事のために出ていたはずだったが。
「きょうは拙者、年明け早々の寺門通の新譜、そのうち合わせをしてきたのでござるが。そのジャケット撮影をするカメラマンが、こんど"攘夷の暁"を撮り撮りおろすのだと、自慢げに息巻いていたのでござるよ」
「…で、それが?」
高杉の、声のトーンが変わる。
「桂殿はそのために、愛ペットとともに、某所でインタビューとロケを行うのでござる」
「某所…」
思惑ありげな高杉の反応に、象牙の撥で軽くはじいていた弦の震えを手で押さえ、河上は声を潜めた。
「どことまでは聞き出せなかったでござる。ま、指名手配犯あいてゆえ、撮影も秘密裡に行われるのでござろう」
高杉はにやりと、笑った。
「なら当然、そのあと、てめぇがそれをつかんできたんだろうな? 万斉」
そんな会話を耳にしながら、送話口を押さえたまま部屋の出入り口まで逸れた来島が電話口で不在を告げると、電話の主は豪快に笑って云った。
「ええよええよ。聞こえちゅうから。わしからの祝いは、届いたようやかし。ちっくと長く江戸を離れちょったがやき、挨拶が遅れてすまんかったと伝えとうせ」
「は?なにが届いたんスか?」
来島の問い返しが聞こえなかったのか、通話はそこで切れた。
* * *
「カーーット!」
撮影監督の一声とともに、わさわさとまた、周りがうごきだす。
「おつかれさまです、桂さん」
「つぎは、エリザベスさんといっしょのところをお願いします」
「講堂脇の庭がいいですね。グラビアのほうもそちらで撮りましょう」
わざわざ北上した山奥の寺の敷地をロケ先に選んだのは、紅葉が早いから、らしい。らしいが、些か早すぎて、まだようやく色づきかけた、といった頃合いなのが惜しいところだ。だがもみじ寺の異名を持つだけあって、境内を埋め尽くさんばかりの楓の枝ぶりはどれも美しく、盛りにはさぞや、と思わせた。
「舞うもみじは、あとでCGででもつけ加えられますから」
そのなかをそぞろ歩く桂の姿を、その庭に面した奥まった座敷の縁側に腰をかけてうっとりと眺めていたエリザベスは、呼ばれて立ち上がった。正確にはエリザベスではなく、高杉 inエリザベス、なのであるが、もちろん桂は知るよしもない。
続 2008.10.04.
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その日、高杉晋助はすこぶるご機嫌だった。
「晋助さまぁ。お荷物が届いてるっス」
そう、来島また子が高杉の自室に知らせにきたのが半時ほどまえ。
「おう。来たか」
めずらしく、自分から部屋の戸口まで受け取りに出て、そう高杉は呟いた。運んできた荷物をだいじそうに受け取った高杉が、そのまま室内に戻るのを見ながら来島は首を傾げる。
「なんなんスか。晋助さま、妙に機嫌よさげなんスけど」
だれに問うでもなく問うていると、部屋のまえを通りかかった武市変平太らが足を止めた。
「さて。なにやらお待ちかねのようすでしたな。どなたかからの贈りものでしょうか」
「お誕生日なら再来週っスよ。なんか通販の商品みたいだったし」
そのかたわらの河上万斉が意味ありげに笑うので、来島はむっとして見返す。
「なに笑ってんスか。河上、アンタなんか知ってるんスね」
「差出人はどなたでござる」
「どなたって。たから通販会社っス。MOSSAN ONLINE STORE とかいう」
河上は顎を撫でながら頷いている。表向き、突き指ということになっていた怪我はだいぶ癒えて、包帯の面積も少なくなった。
「なるほど。それならばやはりあれでござろう。春先だったか、レアな限定商品の予約に成功したと、晋助がぽつりと洩らしていたでござるよ」
「レアな限定商品? なんスか? 晋助さまがわざわざご自分でお買いものされるだなんて、めずらしいっスね」
「さあ。拙者にも、詳しいことは教えてもらえなかったでござる」
自室まえの廊下から漏れ聞こえてくるそんな会話など気にとめるようすもなく、高杉は包みを破き、大きめな段ボールの箱から折りたたまれた白いものを取りだした。ふんわりとやわらかで、だが嵩のわりにはずいぶんと軽い。なるほど、これならいける。
「くくっ。バカ本も、たまには気の利いたことをしやがるじゃねぇか」
以前には見るたび腹を立て、二度と面を拝みたくもなかった物体。いちどはこの手で横一線に薙ぎ払ったことさえあるその姿を、両手に持って広げ、掲げながら。はじめて好意のこもったまなざしで、高杉は見つめていた。
* * *
その日、高杉はめっきり不機嫌だった。
あれは半年前。予約開始時刻の半時はまえからパソコンのまえにスタンバイをし、この日のために鍛えた早打ちでクリックと入力とを繰り返して、手に入れた予約限定極少数の、快援隊特製・エリぐるみリアルver.13。
その四ヶ月後の発売日に到着した、しろくふわふわで見るからに桂好みのそれは、装着するにも軽く、蒸れもせず、快適である。と、変装の試着もすんでいるのに。高杉は大事なことを忘れていたのだ。さて、どうやって、あのペンギンお化けに入れ替わってやろう。そのペンギンお化けに自らが扮することになるのだということは棚にあげて、高杉は自問する。
購入に成功したであろう一部の桂一派の攘夷志士あいてとは違い、すんなりその席をあの白いものが空け渡すとは思えない。
坂本のバカは、桂の誕生日に最終テストと称し、エリザベスになりすまして桂とともに過ごした、という。そんな話を当の本人から惚気混じりに漏れ聞いて、高杉はくさった。
発売を7月以降にしたのはそのためだったのか。あのやろー。
しかし問題は、じつはそれだけではない。
エリザベスになりすますのに、高杉には絶対的な条件がひとつ足りなかった。身長じゃあねぇんだよ、てめぇ。殺すぞ。
高杉のだれに向けられたともつかぬ獣の呻きはさておき、その問題とは、家事全般の能力に欠ける、ということのほうである。
桂の用心棒代わりや、交渉ごとや、活動のとりまとめ的なことなら、なんら問題はない。調略などむしろ得意とも云える。だが、炊事に洗濯、風呂や厠の掃除、果ては繕いもの。と来ては、お手上げである。むろん戦時には野営もしたから、簡単な煮炊きくらいは(できなければ死ぬので)できるが、料理と呼べるようなものではない。まして、掃除や洗濯など、まともにやったことがない。繕いものにいたっては指先を針穴だらけにするのがオチだろう。
というか、なんでペットのくせにそんなことまでしてやがるんだ、あの白いばけものは。おかげで化けようにも化けられないではないか。せっかく変装はばっちり決まっているのに。せっかく、がんばって、手に入れたのに。
「あのぉ…晋助さま。お電話っス」
「いねぇと云え」
鬼兵隊隊用電話の送話口を押さえながら、来島が遠慮がちに告げる。が、いらいらの募る高杉の返事はにべもない。そこへ、外出から戻ってくるなり河上が声をかけてきた。
「晋助。朗報でござる」
「ふん?」
低く、関心なさげに応じた高杉は、銜えていた煙管の雁首を、かん、と膝もとの煙草盆に叩きつける。
畳敷きの応接間。鬼兵隊のアジト内に設けられた和洋折衷の座敷で、いつものように気怠げに窓辺によりかかっていた高杉の傍らへ、河上は膝を進めた。
「桂殿が、来月発行の攘夷穏健派の機関誌に載るそうでござるよ」
背負っていた三弦を下ろしながら云う河上の表情は、濃い緑の色硝子越しで今ひとつわかりづらい。
「ああ?べつにめずらしくもねぇだろ。それがなんで朗報なんだよ」
「いつもの党首インタビューに撮り下ろしグラビアがつくのでござる。表紙は桂殿と愛ペットのツーショットだとか」
べべん、と調律でもするかのような、河上の三味線の音が響いた。
「…………」
もう一服喫いながら、高杉は河上を黙って睨める。河上は、副業、というかどっちが本業なのかしれないが、つんぽ名義で音楽プロデューサーをやっている。もうすっかり包帯も取れて、この数日はたしか遅れていたその仕事のために出ていたはずだったが。
「きょうは拙者、年明け早々の寺門通の新譜、そのうち合わせをしてきたのでござるが。そのジャケット撮影をするカメラマンが、こんど"攘夷の暁"を撮り撮りおろすのだと、自慢げに息巻いていたのでござるよ」
「…で、それが?」
高杉の、声のトーンが変わる。
「桂殿はそのために、愛ペットとともに、某所でインタビューとロケを行うのでござる」
「某所…」
思惑ありげな高杉の反応に、象牙の撥で軽くはじいていた弦の震えを手で押さえ、河上は声を潜めた。
「どことまでは聞き出せなかったでござる。ま、指名手配犯あいてゆえ、撮影も秘密裡に行われるのでござろう」
高杉はにやりと、笑った。
「なら当然、そのあと、てめぇがそれをつかんできたんだろうな? 万斉」
そんな会話を耳にしながら、送話口を押さえたまま部屋の出入り口まで逸れた来島が電話口で不在を告げると、電話の主は豪快に笑って云った。
「ええよええよ。聞こえちゅうから。わしからの祝いは、届いたようやかし。ちっくと長く江戸を離れちょったがやき、挨拶が遅れてすまんかったと伝えとうせ」
「は?なにが届いたんスか?」
来島の問い返しが聞こえなかったのか、通話はそこで切れた。
* * *
「カーーット!」
撮影監督の一声とともに、わさわさとまた、周りがうごきだす。
「おつかれさまです、桂さん」
「つぎは、エリザベスさんといっしょのところをお願いします」
「講堂脇の庭がいいですね。グラビアのほうもそちらで撮りましょう」
わざわざ北上した山奥の寺の敷地をロケ先に選んだのは、紅葉が早いから、らしい。らしいが、些か早すぎて、まだようやく色づきかけた、といった頃合いなのが惜しいところだ。だがもみじ寺の異名を持つだけあって、境内を埋め尽くさんばかりの楓の枝ぶりはどれも美しく、盛りにはさぞや、と思わせた。
「舞うもみじは、あとでCGででもつけ加えられますから」
そのなかをそぞろ歩く桂の姿を、その庭に面した奥まった座敷の縁側に腰をかけてうっとりと眺めていたエリザベスは、呼ばれて立ち上がった。正確にはエリザベスではなく、高杉 inエリザベス、なのであるが、もちろん桂は知るよしもない。
続 2008.10.04.
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