「天涯の遊子」銀桂篇+土桂篇
銀時と桂と土方と。
新八、神楽、長谷川、沖田、近藤、ほか。
竜宮篇以降、モンハン篇よりまえ。
回数未定。其の二。銀時、桂、沖田、新八、神楽。
神楽や新八の懸念と心配をよそに、銀時は常になく、驚くほどまじめに桂の代理バイトをこなした。結局あのあと寝込んだ桂は二日ほどで床上げとなったが、咳こそ治まってきたものの、からだのほうはすぐにもとに戻るというわけにはいかないようだ。そのわりに桂は焦るようすもなく、銀時のほうも淡々としたもので、新八が案じても、
「あせったって、どうしよーもねーだろ。なるようにしかならねーって」
などと、いちご牛乳を飲みながら目を細める。視線の先には、万事屋の応接間で定春の背に乗って無邪気に遊ぶ、ちび桂の姿があった。定春からずり落ちそうになった桂を、神楽が抱っこしてその背に乗せ直したりしている。
いつもの長い髪はいまはひとつに結ばれて、あたまのうしろの高い位置から垂れているのが、うごきに連れてぴょんぴょんと跳ねる。もふもふとうれしそうに定春の毛皮に顔を埋め、定春の手を取っては肉球と握手していた。サイズがサイズだからたまに押しつぶされそうになっているが、意に介すでもない。
髪を結ったのも銀時で、慈しむように見つめるまなざしはまるで。
「そうしているとほんとにお父さんみたいですよ、銀さん」
「ああ?冗談じゃねーよ。あんなめんどくせーのを我が子にしたかねーよ」
そう云いながら、どこかゆるんだ表情をしているのだろうという自覚はあった。なんだかしあわせそうな顔しちゃってますよ、と新八が揶揄うのへひと睨みして、事務机まえの椅子から立ち上がる。
「ヅラ、そろそろ出かけんぞ」
「ヅラじゃない、桂だ。もうそんなこくげんか」
「あ、お医者さん。予約きょうの午後一でしたっけ」
竜宮城でもそうでしたけどふたり揃っていれば怖いものなどないみたいですね、などとよけいなひとことを付け加えつつ、新八が診察券を用意する。そのあたまを銀時がひとつ小突いた。
ともあれ、予後はたいせつだ。薬の副作用ならなおさら経過観察が重要になる。指名手配犯だから変名を使うことこそあっても、桂は病院でも教習所でも平気で出入りする。またそれを見咎めるものも、いちいち通報するものも江戸の町にはほとんどいないのだった。
「ほれ」
ちび桂の両脇に手を差し入れ、ひょいと抱き上げて、ベスパの後部座席に乗せる。ぽすん。と、銀時の大きな手が、ちいさなあたまにぶかぶかのヘルメットを被せた。やっぱりちいさな手で苦心している、あごのベルトまで留めてやっている。
「やっぱり、お父さんだ」
「まるでちっちゃな若君と従者アル」
しっかり銀時の腰の帯とベルトにつかまった桂を乗せて、走り去るベスパを見送りながら、新八と神楽が思い思いにそう呟いた。ここは聞こえないふりを決め込んだ銀時である。
「ぎんとき」
「あん?」
「いや、なんでもない」
ちいさな手で銀時の腰につかまりながら、そうことばを濁した桂は、けれどどこかしらたのしげだ。銀時のほうも、こんなときでもないと素直に乗せてなどやれそうにないから、少なからずこの状況がたのしいのだろうなと思う。
そんなこんなで鼻歌交じりにベスパを走らせていると、警邏中の真選組と出くわした。沖田と隊士の二人組。声を掛けられ、銀時はしかたなく一時停止する。
「旦那ぁ、うしろのガキは隠し子ですかィ?」
ヘルメットで半分以上隠れて顔は見えていないはずだ。もっとも見えたところでいまのこの姿を桂小太郎とは思うまいが。沖田もどういう経緯からか私的に桂と知りあっていて、なにかしらの拘りを抱いてるのはまちがいないし、もしかするとそれ以上のものかもしれなかった。
下手に興味を持たれても面倒だ。沖田は勘がいいからな。用心しねぇと。
「子守だよ。万事屋だかんね」
「どうりで、似てねぇや」
ヘルメットの下を覗き込むように見た。黒曜石の眸が沖田を捉える。
「ふうん。こりゃまたえらく面(つら)のいいガキでさぁ」
沖田がずいと、顔をちかづけてきた。
「どっかで見たような目ぇしてんなぁ」
「やめてくんない。総一郞くん。こどもが怯えるでしょうが」
「総悟でさぁ、旦那。こいつのどこが怯えてるんですかィ?」
沖田がそういうのももっともで、こいつにそんな殊勝な反応は望めない。内心で舌打ちして、ちったぁ演技でもしやがれと銀時が思っていると、ちび桂はふいに顔を歪めた。
「くっしゅん」
「おっと。いけねー。医者連れてく途中なんだよ。またね総ちゃん」
「その呼び方は勘弁してくだせぇ」
素直に一歩さがって道を空けた沖田が、そう苦笑した。姉ちゃんのことでも思い出させたか。
十日ほどを経ても医者の見立ては相変わらずだったが、副作用から少しずつ快復に向かっていることは、万事屋を訪なったときよりか、桂がわずかずつ成長していっているようすで見て取れた。
厳密には現在(もと)の姿に戻る過程なわけだが、日々移りゆく姿は銀時の郷愁を呼び起こしてやまない。
あれから。こども桂は銀時の寝間に、夜具を並べて眠っている。銀時が夜の代理仕事から帰ると、桂はたいていふとんの上で本を広げたまま眠っていた。
「無理せず寝ちまえと云ったろーが」
そっと本を取りのけて枕元に置き、はみ出ていた肩に上掛けを引き揚げる。おのれだけがなにもしていない、なにもできないいまの境遇に、あぐらをかけるような性格をこいつはしていない。せめて銀時の帰りを待とうとしているのだろうが、からだのほうが正直で体力がついていってないのだ。
枕元の灯りを落として、なるべく気配を殺してとなりのふとんに潜り込む。
眠気の落ちてくる瞼を瞬(しばたた)かせながら、しばし桂の幼い寝顔を見つめた。
いまは、そう。十代の入口の面影といったところか。まさか記憶のなかの姿を現実にふたたび目にすることがあろうとは思うはずもなく。このまま桂がいまの銀時の歳までを辿るのを、日に日に見続けるのは妙な気分だ。
竜宮城でおたがい老人化していたときの記憶はやや曖昧だが、それでもあれはやっぱり同い年だったわけで。こうして自分だけがおとなのからだで、桂がそうでない、ということの違和感はどうしてもつきまとって拭えない。体格の差こそあれ、つねに対等であったはずの彼我を思えば、無理からぬことではあった。だが。
「俺、このさきやばいかも」
呟きは無意識のうちだった。銀時は姿勢を直し仰向いて、目を閉じる。
桂の咳の止まった時点で神楽は呼び返していたから、いまはひと間向こうの押し入れで眠っているだろう。そのことに、銀時はなぜだか感謝していた。
* * *
ぎん。
組み敷いたおのれの下で、幽かに呟くように。
暴走するこころとからだを鎮められるのは、あのときからずっとただひとりだ。
* * *
日に日に桂は成長して、かつてと同じように、やはり日に日に美しくなる。
初めて口唇をかさねた。ほんの淡く肌を合わせた。日々訪れゆく過ぎ去ったはずのそのころそのままの姿は、銀時のこころを徒にざわつかせた。
攘夷戦争期、花の盛りの桂の美しさは血と泥にまみれた戦場にあってなお、艶美とも凄艶ともおよそことばでは形容しがたいほどのものだったが。その少しまえ、綻びかけた花の風情のはかなさは、またべつの妖しさを秘めて、銀時を誘(いざな)った。
だが、けれど。銀時はやはり、つねにいまこのときの桂がいちばん綺麗なのだとおもうのだ。自分と同じように歳をかさねていく桂がいっとう愛おしい。だからこそ、ざわめくこころの一方で、早くもとに戻れとも願う。そうでなければ、遠慮なく触れることもできない。
万事屋としての大工仕事を終えて、出先から新八を直帰させる。夕飯の準備は出がけにすませてあって、銀時のほうはきょうはこのまま桂の代理バイトに向かう予定だった。その店は賄いが付くからだ。
ただ少し早めに上がったせいで、時間に余裕がある、というか中途半端だ。いまごろ神楽は定春の散歩の時間だろう。桂はそれに付いていっていることもあれば、万事屋でせめてもの電話番を買ってでているときもある。だからいるかどうかは半々だろうな、と立ち戻ってみた二階家の玄関の引き戸に手をかけたところで、なかから漏れ聞こえてくる話し声に気がついた。
桂だ。ということは相手は電話か。だれだろう。
「こちらのことは案ずるな。ゆっくりとだが快方に向かっている」
ああ、桂の配下のものだなと察しがついた。
「おかげさまでな。それ以外の体調はすこぶるいいぞ。気懸かりといえばそちらの状況くらいなものだ。そろそろですくわーくぐらいならできぬでもないのだが」
「そうだな。おれが出ねばならぬ会談については、いましばらく日延べを願うしかあるまい。先方には『いんふるえんざ』に罹ったと伝えてあるから、数週の隔離はやむをえないと理解いただけよう」
「うむ。わかっている。心配するなと云うのだろう。天から授かった休暇だと思って、もう少しこちらでやっかいになるさ」
そう云って薄く笑う桂の表情までも見えた気がする。
玄関戸に手をかけたまま聞くともなしに聞いてしまっていた銀時は、そのまま開くことをせず、背を返して音を立てずに外階段を下りた。
階下に駐車してあったベスパにまたがりながら、二階家の玄関を振り仰ぐ。しばらくのあいだ見つめてから、銀時は夕間暮れの街へとハンドルを向けた。
桂のあたまにヘルメットを被せる。あごのベルトはもう自分の手で留められる。
午前中にすませた定期検診の帰り、夏のあの日々あれほどつよかった陽差しはいつのまにやら姿をくらまして、秋の空気はとうに涼やかに、行楽日和だと告げている。この季節になると訪れる特有の浮き立つ感覚は、夏冬のレジャーとはまたちがう、しっとりとした旅情を誘うのだ。
少しばかり遠回りをして帰ろうかと思い立ったのは、先日のことがあたまに引っかかっていたからかもしれない。
桂を連れての検診が午前のときには新八も神楽もおのおの勝手に昼飯にするのが不文律になっているから、かまわないだろう。今晩はひさびさにバイトの代行業も休みだし。のんびりできそうだ。
銀時は、いつものように医院近くのコンビニでふたりぶんの弁当と飲み物を調達すると、いつものように桂を乗せたベスパのエンジンを掛けた。
続 2009.01.03.
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神楽や新八の懸念と心配をよそに、銀時は常になく、驚くほどまじめに桂の代理バイトをこなした。結局あのあと寝込んだ桂は二日ほどで床上げとなったが、咳こそ治まってきたものの、からだのほうはすぐにもとに戻るというわけにはいかないようだ。そのわりに桂は焦るようすもなく、銀時のほうも淡々としたもので、新八が案じても、
「あせったって、どうしよーもねーだろ。なるようにしかならねーって」
などと、いちご牛乳を飲みながら目を細める。視線の先には、万事屋の応接間で定春の背に乗って無邪気に遊ぶ、ちび桂の姿があった。定春からずり落ちそうになった桂を、神楽が抱っこしてその背に乗せ直したりしている。
いつもの長い髪はいまはひとつに結ばれて、あたまのうしろの高い位置から垂れているのが、うごきに連れてぴょんぴょんと跳ねる。もふもふとうれしそうに定春の毛皮に顔を埋め、定春の手を取っては肉球と握手していた。サイズがサイズだからたまに押しつぶされそうになっているが、意に介すでもない。
髪を結ったのも銀時で、慈しむように見つめるまなざしはまるで。
「そうしているとほんとにお父さんみたいですよ、銀さん」
「ああ?冗談じゃねーよ。あんなめんどくせーのを我が子にしたかねーよ」
そう云いながら、どこかゆるんだ表情をしているのだろうという自覚はあった。なんだかしあわせそうな顔しちゃってますよ、と新八が揶揄うのへひと睨みして、事務机まえの椅子から立ち上がる。
「ヅラ、そろそろ出かけんぞ」
「ヅラじゃない、桂だ。もうそんなこくげんか」
「あ、お医者さん。予約きょうの午後一でしたっけ」
竜宮城でもそうでしたけどふたり揃っていれば怖いものなどないみたいですね、などとよけいなひとことを付け加えつつ、新八が診察券を用意する。そのあたまを銀時がひとつ小突いた。
ともあれ、予後はたいせつだ。薬の副作用ならなおさら経過観察が重要になる。指名手配犯だから変名を使うことこそあっても、桂は病院でも教習所でも平気で出入りする。またそれを見咎めるものも、いちいち通報するものも江戸の町にはほとんどいないのだった。
「ほれ」
ちび桂の両脇に手を差し入れ、ひょいと抱き上げて、ベスパの後部座席に乗せる。ぽすん。と、銀時の大きな手が、ちいさなあたまにぶかぶかのヘルメットを被せた。やっぱりちいさな手で苦心している、あごのベルトまで留めてやっている。
「やっぱり、お父さんだ」
「まるでちっちゃな若君と従者アル」
しっかり銀時の腰の帯とベルトにつかまった桂を乗せて、走り去るベスパを見送りながら、新八と神楽が思い思いにそう呟いた。ここは聞こえないふりを決め込んだ銀時である。
「ぎんとき」
「あん?」
「いや、なんでもない」
ちいさな手で銀時の腰につかまりながら、そうことばを濁した桂は、けれどどこかしらたのしげだ。銀時のほうも、こんなときでもないと素直に乗せてなどやれそうにないから、少なからずこの状況がたのしいのだろうなと思う。
そんなこんなで鼻歌交じりにベスパを走らせていると、警邏中の真選組と出くわした。沖田と隊士の二人組。声を掛けられ、銀時はしかたなく一時停止する。
「旦那ぁ、うしろのガキは隠し子ですかィ?」
ヘルメットで半分以上隠れて顔は見えていないはずだ。もっとも見えたところでいまのこの姿を桂小太郎とは思うまいが。沖田もどういう経緯からか私的に桂と知りあっていて、なにかしらの拘りを抱いてるのはまちがいないし、もしかするとそれ以上のものかもしれなかった。
下手に興味を持たれても面倒だ。沖田は勘がいいからな。用心しねぇと。
「子守だよ。万事屋だかんね」
「どうりで、似てねぇや」
ヘルメットの下を覗き込むように見た。黒曜石の眸が沖田を捉える。
「ふうん。こりゃまたえらく面(つら)のいいガキでさぁ」
沖田がずいと、顔をちかづけてきた。
「どっかで見たような目ぇしてんなぁ」
「やめてくんない。総一郞くん。こどもが怯えるでしょうが」
「総悟でさぁ、旦那。こいつのどこが怯えてるんですかィ?」
沖田がそういうのももっともで、こいつにそんな殊勝な反応は望めない。内心で舌打ちして、ちったぁ演技でもしやがれと銀時が思っていると、ちび桂はふいに顔を歪めた。
「くっしゅん」
「おっと。いけねー。医者連れてく途中なんだよ。またね総ちゃん」
「その呼び方は勘弁してくだせぇ」
素直に一歩さがって道を空けた沖田が、そう苦笑した。姉ちゃんのことでも思い出させたか。
十日ほどを経ても医者の見立ては相変わらずだったが、副作用から少しずつ快復に向かっていることは、万事屋を訪なったときよりか、桂がわずかずつ成長していっているようすで見て取れた。
厳密には現在(もと)の姿に戻る過程なわけだが、日々移りゆく姿は銀時の郷愁を呼び起こしてやまない。
あれから。こども桂は銀時の寝間に、夜具を並べて眠っている。銀時が夜の代理仕事から帰ると、桂はたいていふとんの上で本を広げたまま眠っていた。
「無理せず寝ちまえと云ったろーが」
そっと本を取りのけて枕元に置き、はみ出ていた肩に上掛けを引き揚げる。おのれだけがなにもしていない、なにもできないいまの境遇に、あぐらをかけるような性格をこいつはしていない。せめて銀時の帰りを待とうとしているのだろうが、からだのほうが正直で体力がついていってないのだ。
枕元の灯りを落として、なるべく気配を殺してとなりのふとんに潜り込む。
眠気の落ちてくる瞼を瞬(しばたた)かせながら、しばし桂の幼い寝顔を見つめた。
いまは、そう。十代の入口の面影といったところか。まさか記憶のなかの姿を現実にふたたび目にすることがあろうとは思うはずもなく。このまま桂がいまの銀時の歳までを辿るのを、日に日に見続けるのは妙な気分だ。
竜宮城でおたがい老人化していたときの記憶はやや曖昧だが、それでもあれはやっぱり同い年だったわけで。こうして自分だけがおとなのからだで、桂がそうでない、ということの違和感はどうしてもつきまとって拭えない。体格の差こそあれ、つねに対等であったはずの彼我を思えば、無理からぬことではあった。だが。
「俺、このさきやばいかも」
呟きは無意識のうちだった。銀時は姿勢を直し仰向いて、目を閉じる。
桂の咳の止まった時点で神楽は呼び返していたから、いまはひと間向こうの押し入れで眠っているだろう。そのことに、銀時はなぜだか感謝していた。
* * *
ぎん。
組み敷いたおのれの下で、幽かに呟くように。
暴走するこころとからだを鎮められるのは、あのときからずっとただひとりだ。
* * *
日に日に桂は成長して、かつてと同じように、やはり日に日に美しくなる。
初めて口唇をかさねた。ほんの淡く肌を合わせた。日々訪れゆく過ぎ去ったはずのそのころそのままの姿は、銀時のこころを徒にざわつかせた。
攘夷戦争期、花の盛りの桂の美しさは血と泥にまみれた戦場にあってなお、艶美とも凄艶ともおよそことばでは形容しがたいほどのものだったが。その少しまえ、綻びかけた花の風情のはかなさは、またべつの妖しさを秘めて、銀時を誘(いざな)った。
だが、けれど。銀時はやはり、つねにいまこのときの桂がいちばん綺麗なのだとおもうのだ。自分と同じように歳をかさねていく桂がいっとう愛おしい。だからこそ、ざわめくこころの一方で、早くもとに戻れとも願う。そうでなければ、遠慮なく触れることもできない。
万事屋としての大工仕事を終えて、出先から新八を直帰させる。夕飯の準備は出がけにすませてあって、銀時のほうはきょうはこのまま桂の代理バイトに向かう予定だった。その店は賄いが付くからだ。
ただ少し早めに上がったせいで、時間に余裕がある、というか中途半端だ。いまごろ神楽は定春の散歩の時間だろう。桂はそれに付いていっていることもあれば、万事屋でせめてもの電話番を買ってでているときもある。だからいるかどうかは半々だろうな、と立ち戻ってみた二階家の玄関の引き戸に手をかけたところで、なかから漏れ聞こえてくる話し声に気がついた。
桂だ。ということは相手は電話か。だれだろう。
「こちらのことは案ずるな。ゆっくりとだが快方に向かっている」
ああ、桂の配下のものだなと察しがついた。
「おかげさまでな。それ以外の体調はすこぶるいいぞ。気懸かりといえばそちらの状況くらいなものだ。そろそろですくわーくぐらいならできぬでもないのだが」
「そうだな。おれが出ねばならぬ会談については、いましばらく日延べを願うしかあるまい。先方には『いんふるえんざ』に罹ったと伝えてあるから、数週の隔離はやむをえないと理解いただけよう」
「うむ。わかっている。心配するなと云うのだろう。天から授かった休暇だと思って、もう少しこちらでやっかいになるさ」
そう云って薄く笑う桂の表情までも見えた気がする。
玄関戸に手をかけたまま聞くともなしに聞いてしまっていた銀時は、そのまま開くことをせず、背を返して音を立てずに外階段を下りた。
階下に駐車してあったベスパにまたがりながら、二階家の玄関を振り仰ぐ。しばらくのあいだ見つめてから、銀時は夕間暮れの街へとハンドルを向けた。
桂のあたまにヘルメットを被せる。あごのベルトはもう自分の手で留められる。
午前中にすませた定期検診の帰り、夏のあの日々あれほどつよかった陽差しはいつのまにやら姿をくらまして、秋の空気はとうに涼やかに、行楽日和だと告げている。この季節になると訪れる特有の浮き立つ感覚は、夏冬のレジャーとはまたちがう、しっとりとした旅情を誘うのだ。
少しばかり遠回りをして帰ろうかと思い立ったのは、先日のことがあたまに引っかかっていたからかもしれない。
桂を連れての検診が午前のときには新八も神楽もおのおの勝手に昼飯にするのが不文律になっているから、かまわないだろう。今晩はひさびさにバイトの代行業も休みだし。のんびりできそうだ。
銀時は、いつものように医院近くのコンビニでふたりぶんの弁当と飲み物を調達すると、いつものように桂を乗せたベスパのエンジンを掛けた。
続 2009.01.03.
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