「天涯の遊子」銀桂篇+土桂篇
銀時と桂と土方と。
竜宮篇以降、モンハン篇よりまえ。
全14回。其の十二。土方、桂。
R18。
「おめぇ、無防備すぎ」
「痛いというのに」
顔を蹙めて起きあがろうとした桂のあたまを、そのまま胸もとに納めて放さない。
「なんで、聞かねぇ」
「なにをだ」
「俺がおめぇをまえから見知っていたと、そう思うんならなぜ聞かねぇ。どうして黙っていたのかと、なぜ責めねぇ」
「………」
「あの白髪頭のことは、気になるくせに」
「土方」
胸もとで、桂が身じろいだ。
「なあ、かつら」
「聞いてほしいのか」
土方にうえから押さえられたあたまをするりと逆へ下ろして抜いて、寝台のふとんに片頬を付けた形で、土方の横顔を睨めた。
「聞けば包み隠さずなにもかも、話すというのか。土方?」
「かつら」
「それができるなら、おまえはとうにそうしているだろう。よしんば真実を話されたところで、いまのおれにはそれを真実と判断できる材料がない」
「……」
「ならば、おなじことだ。知ろうと知るまいと聞こうと聞くまいと、おのれで記憶を取り戻さぬかぎり、ほんとうのところなどわかりはしない」
「おめぇは…」
なんという、つよさだろう。そしてなんという、傲慢さか。
「おまえとあの白いおとこと、ふたり並べてその口から話を聞けば、まだしも判断のつけようもあるかも知れんが」
すなおで、ひとを疑うことを知らぬげで、そのくせ、肝心なときに頼みとするのはおのれのみ。
「こんなときにまで、おめぇはおめぇなんだな」
まったく、いやになるぜ。
「なんで、てめぇなんぞに、惚れなきゃならねぇ」
空いていたほうの腕で、土方は顔の上半分を覆った。
「土方」
「なさけねぇ」
「情けなくない」
となりで桂が、身を起こす気配があった。
「おまえがいてくれて、おれはたすかった」
「おめぇを謀(たばか)っていてもか」
「それは問題じゃない。ひとはしょせん手前の都合でうごく生きものだ。おまえの思惑がどうあれ、おれがたすかったと思えるなら、それはたすけられたということだ」
覆った腕の隙間から、桂の顔を盗み見る。
「俺の思惑なんざぁどうでもいいと?」
「そんなことは云ってない」
どこまでもどこまでもきれいな、冷たく清んだ横顔が、薄い笑みを刷いた。
「そう、云ってるだろうがよ」
その、月のごとく冷たい美貌を、突き崩してやりたい。その横顔を睨めるように見つめたまま、土方はゆっくりと半身を起こした。
「おしえてやるよ」
寝台の上に置かれていた桂の手の甲に、おのが手を置く。
「土方?」
「俺がなにを思って黙っていたか、おめぇを謀ってどうしようとしたか」
その一点に全身の重みをかけて、縫い止めた。
「うっ」
鈍い痛みに、桂がちいさく呻く。その声が、土方の昏い情動を煽った。
「ひじか…」
「おしえてやる」
片手を押さえつけたまま、もう片方の手で顎を捉えて口を塞ぐ。
「う…ぐ」
捉えたその勢いのまま、寝台越しの壁に桂の身を打ちつけた。その衝撃に息を詰まらせた桂の口唇をその体勢のまま奪う。四阿のときよりももっと無慈悲に、なおさら濃厚に、口唇を食み舌を吸い唾液を呑み込んだ。呑み込みきれずあふれたものが桂の白い喉をつたう。その喉が土方の吐息を嚥下して艶めかしく上下する。桂のもう一方の手が土方の髪をひっつかんだ。
「っぅう。んむ」
甘いというにはほど遠い、闘い鬩ぎあうような口接けが長く深く交わされ、痺れるような快感と煮え立つような欲望に、支配されていく。桂のからだをおのれと壁とのあいだに挟み込み、土方は顎を捉えていた手を桂のゆるんだ衿に差し込んだ。そのまま片身を肩先へ強引に落とす。わずかに覗いた胸の仄かに紅い尖りを、手指の腹でつまんで拗った。
口接けたままの桂の身がぴくりと跳ねる。奪われた口腔のなかで、桂が声を上げたのがわかる。土方の指先は衿から袴の脇空きへと滑って、そこから這入り込んだ腕が袷の衽をたくしあげた。ひんやりとした内腿の、しっとりと吸いつくような肌合いに、掌を這わせて付け根へと遡る。あまりの甘美な感触に気を取られ、ずれた口唇から桂の声が漏れた。
「…ひじか、たっ」
その口唇にまた口唇を押しつけながら、土方の手はさらに奥へと進む。
「や、め」
「遅ぇよ、かつら」
濡れた桂の口唇を舌で舐めて、啄むような接吻へと変えた。
「ひじかた」
「もう、とまらねぇ」
土方の触れたものは、ゆるく兆している。たしかめたそれに後押しされて、土方はひとまずその手を退き、桂の膝を擡げて、左右に割った。
松葉色の袴の裾が片方腰に落ちて、足首から大腿まで引き締まった白い脚が露わになる。その片裾を付け根までまくり上げ、腰に蟠った衽と下穿きをぐいと押し退けて、土方は桂の淡い翳りに顔を埋めた。
「ぁう……うっ」
尖端から根もとまで舐め舐り吸いあげて煽りながら、ほどけかけた袴の紐を解く。桂が身を捩り、快感に耐えかねるような吐息を、おのが手で塞いだ口の端から零した。まだわずかに幼さを残す肉体がおのが手管によって昇りつめていくさまは、禁忌を犯すかのごとく背徳の悦びを秘めていた。
「うう」
頑是ない幼子のように首を振り、しかしそれは性愛を知るものの悦びの発露だ。桂は懸命に声を殺し、眦に雫を滲ませて、快楽という責め苦に耐える。土方の口腔で熱く張りつめたものが震えて弾け、桂は嬌声をおのが掌で呑み込んだ。
あ…はぁはぁはぁ。はだけた衿もとから覗く薄い胸が、激しく上下する。剥がれた袴を押しやり、かろうじて帯だけが体裁を保つ乱れた薄萌葱の身頃から白い半身を露わにされたしどけないさまで、桂は崩れるように壁に背を寄りかからせたまま、土方を睨みつけた。
それは淫らなまでに、艶めかしく。そのさまを桂の押し広げた膝のあいだに身を置いたまま見あげた土方は、背筋を駆けあがる凶器のような熱を感じた。痛いほどに脈打ちはじめたおのれを自覚しながら、じりじりと桂の胸もとへとずり上がる。
息を整えながら黙って睨めていた桂は、膝を立て割り広げられていた脚を伸べ、足袋跣の足裏で、黒の着流し越しにも露わな欲望の頂を、くいと押した。
「う…くぅっ」
思いがけぬ仕打ちに、土方は思わず声を漏らした。土方を睨めたまま、桂が口の端に笑みを浮かべる。足袋跣の爪先が、着流しの合わせめに潜り込んだ。
「っ。…かつらっ」
記憶が失くとも、見てくれこそまだ若くとも、そこにいるのはまぎれもなく土方を翻弄し惑わしてきた、桂小太郎そのひとだった。あたまではなく、からだが憶えているほどには、こうした場数を踏んでいるのだ。桂の爪先はやわらかにうごき、薄い布一枚のうえから土方を愛撫する。擡げた雁首を指の間に挟み込み、双玉ごと足裏でやわやわと揉みしだく。頂から滲みだした欲がおのれを濡らす。土方は奥歯を咬んで、迫り上がるものをやり過ごした。このまま、いかされてはたまらない。淫らに蠢く桂の足首をつかんで、引っ担ぐように攫った。
「行儀の、悪ぃ、足だな」
これしきのことで乱された息が、口惜しい。桂は嫣然として土方の着物の衿に手をかける。
「なんだ。あと少しだったのに」
「るせぇよ。千摺り扱きてぇわけじゃねえ」
「おまえの手より上等だと思うが」
桂はおもしろそうに笑って、その衿もとを引き寄せた。
至近で睨み合うように鼻を突き合わせる。土方は思わず、そのあたまを咬んだ。歯を立てずに、ぺろりと舐める。驚いたようにまなこを寄せて、桂は負けじとつかんでいた衿を些か手荒く寛げた。
土方は自ら腕を抜いて、ゆるんだ帯も剥ぐように捨てる。半分脱げかけた下穿きを落とすと、つぎには桂の、もうしわけ程度に引っ掛かっていた、袷の帯を解いた。
壁から引き摺りたおすように寝台に抑え込む。そのあいだも、土方の視線を桂は逸らさない。じかに触れ合わさった肌と肌が、伝えあう熱を感じとる。どこかひんやりとした桂の雪肌は、けれどいま、たしかに情欲の焰(ほむら)を纏っていた。
「かつら」
蕩ける声で名を呼んだ。たがいを量るかの挑み鬩ぎ合う刻は過ぎて、土方は積みかさねた愛しさを籠めて、やわらかに口接けた。
「ん…」
応えるように桂の口唇がひらかれて、差し入れた舌をしとやかに絡めとる。なんどかそれを繰り返すうち、桂の脚が寝台のうえを彷徨いだした。土方のあたまを抱え込むように腕を回し、応えてその背を抱き返した土方の耳もとで、甘く濡れた浅い呼吸を繰り返す。
「ひじかた」
吐息のように紡がれた名に、名状しがたい愉悦を覚えた。掌は抱きしめる桂の背を撫で回し、口唇は耳許を鎖骨を首筋を胸の尖りを吸い尽くす。桂は土方の髪を掻き乱し、煽り煽られるままに背筋を辿った指が、桂の奥を探った。先刻からの愛撫に濡れた指先が、初めて触れる襞を数えるように押し分ける。
「…っ」
桂がおのれの手の甲を咬んだ。土方はその手を残る一方の掌で包み込む。耐えるな。俺を感じてくれ。その声を、聞かせてくれ。
「おめぇのなかでいきてぇ…」
耳朶に直接唇を触れさせて、そう懇願した。ふるりと震えた身が、しなやかな腕が、投げだされていた脚が、土方の全身に絡みつく。それを返事と受け取って、土方は桂の背を返し、開いた奥におのが熱の中心を押しあてた。
無意識にわずかに擡げられた腰が、その熱を呑み込んでゆく。深く深く呑み込まれてゆく。愉楽の淵に滑り落ちていくおのれを感じながら、土方は最後に残っていた理性の欠片を打ち捨てた。
ともに揺れながら、土方が何度目かの欲を放つ。
桂は土方の腕のなかで喘ぎ、乱れ、冷たく清んだ月下の美貌を、熱く濡れた炎天に晒した。
「ひじかた」
名を呼ばれるたび、愛しさが募る。恋い焦がれた身を抱く幸福は、これが束の間の、仮初めの夢であることをわすれさせた。
おのれを刻みつけたい。桂のなかに。たしかな刻印を遺したい。
夢でいい。幻でいい。この一夜が明けたときすべてを失くしたとしても、桂のこころの奥深くに、自分という存在を刻み込めたなら。
汗の浮かんだ土方の胸のしたで、もう幾度めか身を震わせた桂は、ややあって、ちいさく丸まるようにして息を吐いた。懐に潜り込むこどものようなしぐさだった。土方はその細い体躯を抱きよせると、掌で脇をなぞり二の腕から手首を辿って、掌を合わせ五本の指を絡ませた。桂は余韻の醒めぬ茫洋とした眸で土方を見ている。絡んだ指が土方の手を引き寄せる。夢うつつのしぐさのようだった。
手繰りよせたその手指と掌の感触をたしかめるように、おのれの指を這わせて口接ける。ふいに、桂が眸を見開いた。
「あ?」
ちいさく声を立てて、絡めた指を見つめた。その視線が彷徨って、ゆるやかに土方に向けられる。一刹那おおきく瞠られた眸は、そこになにかちがうものを見たように激しく揺れて、数瞬ののちにはまたもとのように茫洋と霞む。
「どうした…?」
囁くように訊ねれば、桂は微かに首を振って、眸を閉じた。どこかしら儚げな消えゆくようなさまに、それを繋ぎ止めたくて、土方はもういちど桂の手指を握りかえして告げてみる。
「桂…。好きだ」
閉じた瞼は開かない。濡れて色づいた口唇だけが音のないことばを象った。
「 」
「こんなに、好きなんだぜ」
長い睫に縁取られた閉じられたままの眦から、すぅ、と雫がひとすじ伝う。それが生理的なものなのか昂ぶった感情ゆえのものなのか、わからぬままに、土方はその雫を舌先でそっと掬った。ゆっくりと桂は眸を開く。
そこに得も云われぬ、せつなさを湛えた天上の笑みが乗った。
「…土方」
「うん?」
こんなふうに笑えるんだなと、過ぎた悦びにぼやけたあたまの片隅で、おもう。
「おれは忘れてしまうが、佳き夢と…。思えばきさまも紛れよう」
「……かつら」
記憶が戻ったときのことを云っているのか。
「忘れねぇし…忘れさせねぇ。いまのおめぇが消えても、おめぇのどっかがいまの俺を、このときを覚えてるはずだ」
そのために、刻み込む。楔を、もういちど。
土方は竦められていた桂の身を開かせて、狭間におのれを擦りよせた。
「ひじかた……ぁっ」
まだ濡れそぼったままのおたがいが、じかに睦み絡みあう。
「あ……あぁ…ぁ」
深く浅く、遠く近く。なんども繰り返しまた押し寄せてきた波が、とうに剥き出しにされていた官能を容赦なく擽る。
桂は先刻までとはまたちがう反応を返して誘(いざな)い、土方を恋情と春情のその深潭へと絡め取った。
続 2009.05.02.
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「おめぇ、無防備すぎ」
「痛いというのに」
顔を蹙めて起きあがろうとした桂のあたまを、そのまま胸もとに納めて放さない。
「なんで、聞かねぇ」
「なにをだ」
「俺がおめぇをまえから見知っていたと、そう思うんならなぜ聞かねぇ。どうして黙っていたのかと、なぜ責めねぇ」
「………」
「あの白髪頭のことは、気になるくせに」
「土方」
胸もとで、桂が身じろいだ。
「なあ、かつら」
「聞いてほしいのか」
土方にうえから押さえられたあたまをするりと逆へ下ろして抜いて、寝台のふとんに片頬を付けた形で、土方の横顔を睨めた。
「聞けば包み隠さずなにもかも、話すというのか。土方?」
「かつら」
「それができるなら、おまえはとうにそうしているだろう。よしんば真実を話されたところで、いまのおれにはそれを真実と判断できる材料がない」
「……」
「ならば、おなじことだ。知ろうと知るまいと聞こうと聞くまいと、おのれで記憶を取り戻さぬかぎり、ほんとうのところなどわかりはしない」
「おめぇは…」
なんという、つよさだろう。そしてなんという、傲慢さか。
「おまえとあの白いおとこと、ふたり並べてその口から話を聞けば、まだしも判断のつけようもあるかも知れんが」
すなおで、ひとを疑うことを知らぬげで、そのくせ、肝心なときに頼みとするのはおのれのみ。
「こんなときにまで、おめぇはおめぇなんだな」
まったく、いやになるぜ。
「なんで、てめぇなんぞに、惚れなきゃならねぇ」
空いていたほうの腕で、土方は顔の上半分を覆った。
「土方」
「なさけねぇ」
「情けなくない」
となりで桂が、身を起こす気配があった。
「おまえがいてくれて、おれはたすかった」
「おめぇを謀(たばか)っていてもか」
「それは問題じゃない。ひとはしょせん手前の都合でうごく生きものだ。おまえの思惑がどうあれ、おれがたすかったと思えるなら、それはたすけられたということだ」
覆った腕の隙間から、桂の顔を盗み見る。
「俺の思惑なんざぁどうでもいいと?」
「そんなことは云ってない」
どこまでもどこまでもきれいな、冷たく清んだ横顔が、薄い笑みを刷いた。
「そう、云ってるだろうがよ」
その、月のごとく冷たい美貌を、突き崩してやりたい。その横顔を睨めるように見つめたまま、土方はゆっくりと半身を起こした。
「おしえてやるよ」
寝台の上に置かれていた桂の手の甲に、おのが手を置く。
「土方?」
「俺がなにを思って黙っていたか、おめぇを謀ってどうしようとしたか」
その一点に全身の重みをかけて、縫い止めた。
「うっ」
鈍い痛みに、桂がちいさく呻く。その声が、土方の昏い情動を煽った。
「ひじか…」
「おしえてやる」
片手を押さえつけたまま、もう片方の手で顎を捉えて口を塞ぐ。
「う…ぐ」
捉えたその勢いのまま、寝台越しの壁に桂の身を打ちつけた。その衝撃に息を詰まらせた桂の口唇をその体勢のまま奪う。四阿のときよりももっと無慈悲に、なおさら濃厚に、口唇を食み舌を吸い唾液を呑み込んだ。呑み込みきれずあふれたものが桂の白い喉をつたう。その喉が土方の吐息を嚥下して艶めかしく上下する。桂のもう一方の手が土方の髪をひっつかんだ。
「っぅう。んむ」
甘いというにはほど遠い、闘い鬩ぎあうような口接けが長く深く交わされ、痺れるような快感と煮え立つような欲望に、支配されていく。桂のからだをおのれと壁とのあいだに挟み込み、土方は顎を捉えていた手を桂のゆるんだ衿に差し込んだ。そのまま片身を肩先へ強引に落とす。わずかに覗いた胸の仄かに紅い尖りを、手指の腹でつまんで拗った。
口接けたままの桂の身がぴくりと跳ねる。奪われた口腔のなかで、桂が声を上げたのがわかる。土方の指先は衿から袴の脇空きへと滑って、そこから這入り込んだ腕が袷の衽をたくしあげた。ひんやりとした内腿の、しっとりと吸いつくような肌合いに、掌を這わせて付け根へと遡る。あまりの甘美な感触に気を取られ、ずれた口唇から桂の声が漏れた。
「…ひじか、たっ」
その口唇にまた口唇を押しつけながら、土方の手はさらに奥へと進む。
「や、め」
「遅ぇよ、かつら」
濡れた桂の口唇を舌で舐めて、啄むような接吻へと変えた。
「ひじかた」
「もう、とまらねぇ」
土方の触れたものは、ゆるく兆している。たしかめたそれに後押しされて、土方はひとまずその手を退き、桂の膝を擡げて、左右に割った。
松葉色の袴の裾が片方腰に落ちて、足首から大腿まで引き締まった白い脚が露わになる。その片裾を付け根までまくり上げ、腰に蟠った衽と下穿きをぐいと押し退けて、土方は桂の淡い翳りに顔を埋めた。
「ぁう……うっ」
尖端から根もとまで舐め舐り吸いあげて煽りながら、ほどけかけた袴の紐を解く。桂が身を捩り、快感に耐えかねるような吐息を、おのが手で塞いだ口の端から零した。まだわずかに幼さを残す肉体がおのが手管によって昇りつめていくさまは、禁忌を犯すかのごとく背徳の悦びを秘めていた。
「うう」
頑是ない幼子のように首を振り、しかしそれは性愛を知るものの悦びの発露だ。桂は懸命に声を殺し、眦に雫を滲ませて、快楽という責め苦に耐える。土方の口腔で熱く張りつめたものが震えて弾け、桂は嬌声をおのが掌で呑み込んだ。
あ…はぁはぁはぁ。はだけた衿もとから覗く薄い胸が、激しく上下する。剥がれた袴を押しやり、かろうじて帯だけが体裁を保つ乱れた薄萌葱の身頃から白い半身を露わにされたしどけないさまで、桂は崩れるように壁に背を寄りかからせたまま、土方を睨みつけた。
それは淫らなまでに、艶めかしく。そのさまを桂の押し広げた膝のあいだに身を置いたまま見あげた土方は、背筋を駆けあがる凶器のような熱を感じた。痛いほどに脈打ちはじめたおのれを自覚しながら、じりじりと桂の胸もとへとずり上がる。
息を整えながら黙って睨めていた桂は、膝を立て割り広げられていた脚を伸べ、足袋跣の足裏で、黒の着流し越しにも露わな欲望の頂を、くいと押した。
「う…くぅっ」
思いがけぬ仕打ちに、土方は思わず声を漏らした。土方を睨めたまま、桂が口の端に笑みを浮かべる。足袋跣の爪先が、着流しの合わせめに潜り込んだ。
「っ。…かつらっ」
記憶が失くとも、見てくれこそまだ若くとも、そこにいるのはまぎれもなく土方を翻弄し惑わしてきた、桂小太郎そのひとだった。あたまではなく、からだが憶えているほどには、こうした場数を踏んでいるのだ。桂の爪先はやわらかにうごき、薄い布一枚のうえから土方を愛撫する。擡げた雁首を指の間に挟み込み、双玉ごと足裏でやわやわと揉みしだく。頂から滲みだした欲がおのれを濡らす。土方は奥歯を咬んで、迫り上がるものをやり過ごした。このまま、いかされてはたまらない。淫らに蠢く桂の足首をつかんで、引っ担ぐように攫った。
「行儀の、悪ぃ、足だな」
これしきのことで乱された息が、口惜しい。桂は嫣然として土方の着物の衿に手をかける。
「なんだ。あと少しだったのに」
「るせぇよ。千摺り扱きてぇわけじゃねえ」
「おまえの手より上等だと思うが」
桂はおもしろそうに笑って、その衿もとを引き寄せた。
至近で睨み合うように鼻を突き合わせる。土方は思わず、そのあたまを咬んだ。歯を立てずに、ぺろりと舐める。驚いたようにまなこを寄せて、桂は負けじとつかんでいた衿を些か手荒く寛げた。
土方は自ら腕を抜いて、ゆるんだ帯も剥ぐように捨てる。半分脱げかけた下穿きを落とすと、つぎには桂の、もうしわけ程度に引っ掛かっていた、袷の帯を解いた。
壁から引き摺りたおすように寝台に抑え込む。そのあいだも、土方の視線を桂は逸らさない。じかに触れ合わさった肌と肌が、伝えあう熱を感じとる。どこかひんやりとした桂の雪肌は、けれどいま、たしかに情欲の焰(ほむら)を纏っていた。
「かつら」
蕩ける声で名を呼んだ。たがいを量るかの挑み鬩ぎ合う刻は過ぎて、土方は積みかさねた愛しさを籠めて、やわらかに口接けた。
「ん…」
応えるように桂の口唇がひらかれて、差し入れた舌をしとやかに絡めとる。なんどかそれを繰り返すうち、桂の脚が寝台のうえを彷徨いだした。土方のあたまを抱え込むように腕を回し、応えてその背を抱き返した土方の耳もとで、甘く濡れた浅い呼吸を繰り返す。
「ひじかた」
吐息のように紡がれた名に、名状しがたい愉悦を覚えた。掌は抱きしめる桂の背を撫で回し、口唇は耳許を鎖骨を首筋を胸の尖りを吸い尽くす。桂は土方の髪を掻き乱し、煽り煽られるままに背筋を辿った指が、桂の奥を探った。先刻からの愛撫に濡れた指先が、初めて触れる襞を数えるように押し分ける。
「…っ」
桂がおのれの手の甲を咬んだ。土方はその手を残る一方の掌で包み込む。耐えるな。俺を感じてくれ。その声を、聞かせてくれ。
「おめぇのなかでいきてぇ…」
耳朶に直接唇を触れさせて、そう懇願した。ふるりと震えた身が、しなやかな腕が、投げだされていた脚が、土方の全身に絡みつく。それを返事と受け取って、土方は桂の背を返し、開いた奥におのが熱の中心を押しあてた。
無意識にわずかに擡げられた腰が、その熱を呑み込んでゆく。深く深く呑み込まれてゆく。愉楽の淵に滑り落ちていくおのれを感じながら、土方は最後に残っていた理性の欠片を打ち捨てた。
ともに揺れながら、土方が何度目かの欲を放つ。
桂は土方の腕のなかで喘ぎ、乱れ、冷たく清んだ月下の美貌を、熱く濡れた炎天に晒した。
「ひじかた」
名を呼ばれるたび、愛しさが募る。恋い焦がれた身を抱く幸福は、これが束の間の、仮初めの夢であることをわすれさせた。
おのれを刻みつけたい。桂のなかに。たしかな刻印を遺したい。
夢でいい。幻でいい。この一夜が明けたときすべてを失くしたとしても、桂のこころの奥深くに、自分という存在を刻み込めたなら。
汗の浮かんだ土方の胸のしたで、もう幾度めか身を震わせた桂は、ややあって、ちいさく丸まるようにして息を吐いた。懐に潜り込むこどものようなしぐさだった。土方はその細い体躯を抱きよせると、掌で脇をなぞり二の腕から手首を辿って、掌を合わせ五本の指を絡ませた。桂は余韻の醒めぬ茫洋とした眸で土方を見ている。絡んだ指が土方の手を引き寄せる。夢うつつのしぐさのようだった。
手繰りよせたその手指と掌の感触をたしかめるように、おのれの指を這わせて口接ける。ふいに、桂が眸を見開いた。
「あ?」
ちいさく声を立てて、絡めた指を見つめた。その視線が彷徨って、ゆるやかに土方に向けられる。一刹那おおきく瞠られた眸は、そこになにかちがうものを見たように激しく揺れて、数瞬ののちにはまたもとのように茫洋と霞む。
「どうした…?」
囁くように訊ねれば、桂は微かに首を振って、眸を閉じた。どこかしら儚げな消えゆくようなさまに、それを繋ぎ止めたくて、土方はもういちど桂の手指を握りかえして告げてみる。
「桂…。好きだ」
閉じた瞼は開かない。濡れて色づいた口唇だけが音のないことばを象った。
「 」
「こんなに、好きなんだぜ」
長い睫に縁取られた閉じられたままの眦から、すぅ、と雫がひとすじ伝う。それが生理的なものなのか昂ぶった感情ゆえのものなのか、わからぬままに、土方はその雫を舌先でそっと掬った。ゆっくりと桂は眸を開く。
そこに得も云われぬ、せつなさを湛えた天上の笑みが乗った。
「…土方」
「うん?」
こんなふうに笑えるんだなと、過ぎた悦びにぼやけたあたまの片隅で、おもう。
「おれは忘れてしまうが、佳き夢と…。思えばきさまも紛れよう」
「……かつら」
記憶が戻ったときのことを云っているのか。
「忘れねぇし…忘れさせねぇ。いまのおめぇが消えても、おめぇのどっかがいまの俺を、このときを覚えてるはずだ」
そのために、刻み込む。楔を、もういちど。
土方は竦められていた桂の身を開かせて、狭間におのれを擦りよせた。
「ひじかた……ぁっ」
まだ濡れそぼったままのおたがいが、じかに睦み絡みあう。
「あ……あぁ…ぁ」
深く浅く、遠く近く。なんども繰り返しまた押し寄せてきた波が、とうに剥き出しにされていた官能を容赦なく擽る。
桂は先刻までとはまたちがう反応を返して誘(いざな)い、土方を恋情と春情のその深潭へと絡め取った。
続 2009.05.02.
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