「天涯の遊子」の番外、銀桂篇。
銀時と桂。と、白血球王。
回数未定、其の二。
桂の胸もとで歩むリズムに揺られながら、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。外界に飛ばされてからずっと張っていた緊張の糸が切れたのだろうが、それにしてもここまで気の緩む、この安心感はなんだろう。
目覚めると、道中の茶店で桂は休憩を取っていた。ほのかに甘い匂いの串団子をほおばり、濃いめの緑茶の碗を品よく口に運ぶ。ここまでずっと桂に付き従ってきたらしい白血球王を踏みつぶしかけた白い生きものも、黄色いおおきな嘴で器用に串から団子を食み取っている。
微かに蠢く気配に気づいたのか、桂は白血球王を胸もとから取りだして、腰をおろした茶店の縁台にちょこんと座らせた。
「お目覚めか、ちょうどよかった。白どのは、なにを食すのだ?」
桂は開口一番そう訊ねてきた。
「俺はたまさまの組織の一部だ。たまさまがオイルを摂取しておられれば、おれはなにも食わぬでもすむ」
ふむ、そういうものか。と、頷いたあとで桂は小首を傾げた。ゆるく結われて肩に流された艶やかに長い黒髪が、またさらさらと音を立てる。さきほどもだったが、どうにもこの黒髪が気になっていけない。
「だがしかし、いまはそのたまどのと切り離されているわけだろう。なにか食わねばいずれ消耗するのではないか?」
そうかもしれない。これまでたまさまから離れたことなどなかったのだから、白血球王自身そのあたりのことはよくわかっていないのだ。
「では、天然水をいただけるだろうか」
桂は茶店のお女中に頼んで椀一杯の水をもらうと、縁台の白血球王のかたわらに置いた。次いで自分の串のまだ手つかずの一本から団子をひとつ抜き、懐紙に乗せて白血球王のまえに滑らせる。
「いや、俺はいい」
目のまえの、おのれの頭部よりでかい草色のまるい塊越しに、桂を見あげた。
「ほんとうに食わぬのか? 銀時に似ているのならきっと気に入ると思うぞ」
などと、ちょっとさみしげに残念そうに云われては、なんだか妙にもうしわけない気分になってくる。
「では、あんこ付きのものはどうだ? なあ、エリザベス」
串の草団子は、あんのかかったものと、きなこのかかったものと、三種類あった。桂が注文したのはなにもかかっていないものだったが、エリザベスの膝にあるのは、三つの味がたのしめる三彩セットの皿だった。
白いものは頷くと、おのれの皿の串からきなことあんこをひとつずつ抜いて、最初の草団子の隣に並べた。表情のないまるい大きな目が、じっと白血球王を見つめてくる。となりの桂のさみしげなおもてと、なにか云いたげなまるい大きな目。そのふたつを交互に眺めて、白血球王はこころのうちで白旗を揚げた。
膨らんだ腹をさすりながら、白血球王は桂の肩に乗せられている。さすがにこの腹では僧衣の懐に這入り込むのはいささか苦しかった。
おのれのあたまよりでかい団子をみっつも食えるわけはなく、かといって拒みもできず、けっきょく白血球王はそれぞれを少しずつちぎり取ってもらって、三彩を味わった。桂の云うように坂田銀時の好むそれは白血球王の味覚にも合ったが、おのれが団子を食したときの桂のうれしそうなちいさな笑みが、腹の満腹感よりもおのれを満たした。
なんだろう、これは。たまさまではないものに、この白血球王がこんな気持ちを抱くなど。
ああそうか、もしかして。そうだ、きっと。これは坂田銀時の感覚なのだ。
コピーと云えばやつはまた怒るだろうが、おのれが彼を模してつくられたことにまちがいはない。外見だけと思っていたが、やはりどこかしら内面も写し撮られているのかもしれない。でなければ、じかに会って半日足らずのあいてにこの感情は、説明が付かない。
坂田銀時はきっとこの、桂小太郎というおとこをずいぶんとたいせつにおもっているのだな。
大磯での所用のひとつを首尾よくすませて、桂はエリザベスをひとあし早く帰路につかせた。
「では、たのんだぞ、エリザベス。この書簡を持って急ぎ立ち戻り、藤沢宿に逗留している同士のものに渡してくれ」
白いものが看板を手にこくりと頷く。
『おまかせください桂さん』
おれはこのあとまだ一件寄らねばならぬ。おまえはそのままさきに江戸に戻っていてくれ。道中気をつけるのだぞ。
桂にそう見送られて、まるくのっぺりとしたおおきな白い背中が足早に遠ざかる。白血球王はなんとなくその背に共感を覚えた。おのれがたまさまに忠誠を捧げるように、あの白いものは桂に尽くしているように見えるのだ。
「すまぬな、白どの。エリザベスとともに帰してやれればよかったのだが」
「いや。あのものにはあのもののつとめがあるのだろう? それには及ばぬ」
桂はほっとしたように頷いて、ではさっさと残りの用件を済ませるとしよう、と掌に乗せた白血球王の白いあたまを指先で撫でた。無意識らしいしぐさに、白血球王はいささか面食らった。とっさに剣を抜かなかったのが我ながら不可解だ。このような無礼きわまりない振る舞い、常ならその場で決闘沙汰になっている。
「あ、すまぬ。つい」
白血球王の表情に気づいて、桂はあわてて指を離した。
「いや」
白銀髪に離れていった指先のぬくもりが残るのを、名残惜しくさえ思う。これも坂田の感覚なのだろうか。桂はきっと、幼いころから坂田にこうして触れていたのだ。どこか懐かしいような甘酸っぱいような感覚が涌き起こる。いまおのれがそうであったように、こうされるのを坂田もいやではなかったはずだ。いや、むしろ。
「桂どの」
「うむ?」
白血球王を再び懐へと抱いて、桂は笠を被り錫杖を手に歩み出す。笠の影になった白いおもては、真下から見あげてさえ美しいと思わせた。
「いかがした、白どの?」
呼びさして黙ってしまった白血球王に桂がそのさきを促す。白血球王はかぶりを振った。
「よいのだ。桂どのには癖のようなものなのだろう」
桂は一瞬虚をつかれたような顔になり、おもむろに笑んだ。
「そうらしいのだ。しろくてふわふわだから、つい。もふもふして、銀時にもよく怒られた」
そいつは照れと困惑の裏返しだと、このおとこにはわかっていたろうか。
白血球王は気づいてしまった。
ずいぶんとたいせつにしていて、さらにはだれよりも好ましくおもっていたにちがいない。そう。坂田銀時は桂小太郎が好きなのだ。この世のだれよりなにより、大好きなのだ。
白血球王にとってのたまさまのごとく、あのおとこにも唯一無二の存在があったのだ。
なあ、坂田銀時。そうだろう。隠しても無駄だぞ。このおれは貴様の分身なのだからな。
その大磯宿からの復路。道中、桂は麦わら帽子を買い求めたのである。
* * *
品川宿を過ぎてわずかばかり、日本橋方面へと向かったところで足を止め、桂は懐中時計を取りだした。
やはり、まにあわなかったか。もうしわけないことをした。まあ日蝕ぐらすは届けたから、あれも子らとたのしんだことだろう。
足もとの土に映した麦わら帽子越しの三日月を眺めながら、桂が呟く。
「坂田銀時と、約定でもしていたのか」
「しかと約したものではないが、そのつもりだった」
ともに日蝕を見ようと。
「三度めだがな」
叶わなかったか。
ぽつりと乗せたことばは平坦だったが、たのしみにしていたのであろうことは、不思議と痛いほどに伝わってくる。だからきっとそのおもいは、坂田にも伝わっている。そう云ってやりたかった。
「だが、白どのと見られたのは、よかった。たのしみを分かち合えるのはよいものだ」
「俺で代わりが務まったのなら、よかった」
桂はちょっとむっとしたように眉根を寄せた。
「代わりではないぞ。白どのは白どのだ。白どのと分かち合うからこそ、よいと思えるのではないか」
ああ、似たようなことばをどこかで聞いた。
「たしかに見てくれは銀時そのものだが。貴殿は銀時のまがいものではない。団子を食ってくれたのも、おれの癖を咎めなかったのも、白どの自身から出た厚情であろう」
なるほど、よくしたものだ。坂田とこのおとこは、表面上はまるでちがうが、根底で繋がっているようだ。
「こんなときは笑うのだったか」
白血球王の呟きに、桂はちいさな笑みで応えた。
ならばなにも心配はすまい。あのやっかいな性格もきっとぜんぶ、このおとこにはわかっている。坂田にとっての唯一無二は、きっと坂田のことをも唯一無二と捉えてくれている。
移ろう三日月を桂の肩口に立って見おろしながら、白血球王はそう思うともなしに思っていた。幾ばくかのせつなさを覚えるのはきっと気のせいだ。早くたまさまのもとへ戻ろう。戻ってたまさまを外敵や侵入者から護るのだ。
三日月の木洩れ日が溶けるようにまるくなり、幼い桂の面影をも連れ去った。眩い陽射しが黒のブーツに照り反る。それを認めて銀時は、まずは川沿いに出て、下ることにした。
白血球王が風に飛ばされたにせよゴミにまぎれたにせよ、あのおとこなら必ずやたまのもとへと帰ろうとするだろう。一寸法師サイズに江戸の町は広すぎるだろうが、見知らぬ場所で迷ったら線路沿いか川筋を辿るのが上策だ。鉄道はたいがいおおきな町に通じているし、ひとの住む集落は河川沿いに発展するものだから。
川沿いの径を海のほうへ向かって歩く。途中釣り人やら河原で遊ぶこどもやらに、自分に似たうごく一寸法師の人形のようなものを見なかったかと問いかけたが、みな一様に首を振る。それはまあ、ぞうだろう。見ていたら見ていたで、ものめずらしさにとっつかまって、要らぬ騒ぎになっていないともかぎらない。
「てか、どーやってみつけろって云うんだよ」
たまの体内でさえ、一寸法師の自分にはああも広かったのだ。このお江戸で一寸法師を見つけるなど、大海に針を拾うに等しい。
折から風も強まり、朝の曇天から日中(ひなか)の蝕を見せてくれた移り気な天のご機嫌が、またぞろあやしくなってきた。
それでも下流に向かって探して歩いていると、ふいに頭上の橋のうえから声が降った。
「白どの!」
ちゃっぽん。
つづく、微かな水音。
見あげた橋の欄干からは、円い笠に縁取られた見慣れた顔が、めずらしく焦ったようすで川面を覗き込んでいた。
続 2009.10.02.
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桂の胸もとで歩むリズムに揺られながら、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。外界に飛ばされてからずっと張っていた緊張の糸が切れたのだろうが、それにしてもここまで気の緩む、この安心感はなんだろう。
目覚めると、道中の茶店で桂は休憩を取っていた。ほのかに甘い匂いの串団子をほおばり、濃いめの緑茶の碗を品よく口に運ぶ。ここまでずっと桂に付き従ってきたらしい白血球王を踏みつぶしかけた白い生きものも、黄色いおおきな嘴で器用に串から団子を食み取っている。
微かに蠢く気配に気づいたのか、桂は白血球王を胸もとから取りだして、腰をおろした茶店の縁台にちょこんと座らせた。
「お目覚めか、ちょうどよかった。白どのは、なにを食すのだ?」
桂は開口一番そう訊ねてきた。
「俺はたまさまの組織の一部だ。たまさまがオイルを摂取しておられれば、おれはなにも食わぬでもすむ」
ふむ、そういうものか。と、頷いたあとで桂は小首を傾げた。ゆるく結われて肩に流された艶やかに長い黒髪が、またさらさらと音を立てる。さきほどもだったが、どうにもこの黒髪が気になっていけない。
「だがしかし、いまはそのたまどのと切り離されているわけだろう。なにか食わねばいずれ消耗するのではないか?」
そうかもしれない。これまでたまさまから離れたことなどなかったのだから、白血球王自身そのあたりのことはよくわかっていないのだ。
「では、天然水をいただけるだろうか」
桂は茶店のお女中に頼んで椀一杯の水をもらうと、縁台の白血球王のかたわらに置いた。次いで自分の串のまだ手つかずの一本から団子をひとつ抜き、懐紙に乗せて白血球王のまえに滑らせる。
「いや、俺はいい」
目のまえの、おのれの頭部よりでかい草色のまるい塊越しに、桂を見あげた。
「ほんとうに食わぬのか? 銀時に似ているのならきっと気に入ると思うぞ」
などと、ちょっとさみしげに残念そうに云われては、なんだか妙にもうしわけない気分になってくる。
「では、あんこ付きのものはどうだ? なあ、エリザベス」
串の草団子は、あんのかかったものと、きなこのかかったものと、三種類あった。桂が注文したのはなにもかかっていないものだったが、エリザベスの膝にあるのは、三つの味がたのしめる三彩セットの皿だった。
白いものは頷くと、おのれの皿の串からきなことあんこをひとつずつ抜いて、最初の草団子の隣に並べた。表情のないまるい大きな目が、じっと白血球王を見つめてくる。となりの桂のさみしげなおもてと、なにか云いたげなまるい大きな目。そのふたつを交互に眺めて、白血球王はこころのうちで白旗を揚げた。
膨らんだ腹をさすりながら、白血球王は桂の肩に乗せられている。さすがにこの腹では僧衣の懐に這入り込むのはいささか苦しかった。
おのれのあたまよりでかい団子をみっつも食えるわけはなく、かといって拒みもできず、けっきょく白血球王はそれぞれを少しずつちぎり取ってもらって、三彩を味わった。桂の云うように坂田銀時の好むそれは白血球王の味覚にも合ったが、おのれが団子を食したときの桂のうれしそうなちいさな笑みが、腹の満腹感よりもおのれを満たした。
なんだろう、これは。たまさまではないものに、この白血球王がこんな気持ちを抱くなど。
ああそうか、もしかして。そうだ、きっと。これは坂田銀時の感覚なのだ。
コピーと云えばやつはまた怒るだろうが、おのれが彼を模してつくられたことにまちがいはない。外見だけと思っていたが、やはりどこかしら内面も写し撮られているのかもしれない。でなければ、じかに会って半日足らずのあいてにこの感情は、説明が付かない。
坂田銀時はきっとこの、桂小太郎というおとこをずいぶんとたいせつにおもっているのだな。
大磯での所用のひとつを首尾よくすませて、桂はエリザベスをひとあし早く帰路につかせた。
「では、たのんだぞ、エリザベス。この書簡を持って急ぎ立ち戻り、藤沢宿に逗留している同士のものに渡してくれ」
白いものが看板を手にこくりと頷く。
『おまかせください桂さん』
おれはこのあとまだ一件寄らねばならぬ。おまえはそのままさきに江戸に戻っていてくれ。道中気をつけるのだぞ。
桂にそう見送られて、まるくのっぺりとしたおおきな白い背中が足早に遠ざかる。白血球王はなんとなくその背に共感を覚えた。おのれがたまさまに忠誠を捧げるように、あの白いものは桂に尽くしているように見えるのだ。
「すまぬな、白どの。エリザベスとともに帰してやれればよかったのだが」
「いや。あのものにはあのもののつとめがあるのだろう? それには及ばぬ」
桂はほっとしたように頷いて、ではさっさと残りの用件を済ませるとしよう、と掌に乗せた白血球王の白いあたまを指先で撫でた。無意識らしいしぐさに、白血球王はいささか面食らった。とっさに剣を抜かなかったのが我ながら不可解だ。このような無礼きわまりない振る舞い、常ならその場で決闘沙汰になっている。
「あ、すまぬ。つい」
白血球王の表情に気づいて、桂はあわてて指を離した。
「いや」
白銀髪に離れていった指先のぬくもりが残るのを、名残惜しくさえ思う。これも坂田の感覚なのだろうか。桂はきっと、幼いころから坂田にこうして触れていたのだ。どこか懐かしいような甘酸っぱいような感覚が涌き起こる。いまおのれがそうであったように、こうされるのを坂田もいやではなかったはずだ。いや、むしろ。
「桂どの」
「うむ?」
白血球王を再び懐へと抱いて、桂は笠を被り錫杖を手に歩み出す。笠の影になった白いおもては、真下から見あげてさえ美しいと思わせた。
「いかがした、白どの?」
呼びさして黙ってしまった白血球王に桂がそのさきを促す。白血球王はかぶりを振った。
「よいのだ。桂どのには癖のようなものなのだろう」
桂は一瞬虚をつかれたような顔になり、おもむろに笑んだ。
「そうらしいのだ。しろくてふわふわだから、つい。もふもふして、銀時にもよく怒られた」
そいつは照れと困惑の裏返しだと、このおとこにはわかっていたろうか。
白血球王は気づいてしまった。
ずいぶんとたいせつにしていて、さらにはだれよりも好ましくおもっていたにちがいない。そう。坂田銀時は桂小太郎が好きなのだ。この世のだれよりなにより、大好きなのだ。
白血球王にとってのたまさまのごとく、あのおとこにも唯一無二の存在があったのだ。
なあ、坂田銀時。そうだろう。隠しても無駄だぞ。このおれは貴様の分身なのだからな。
その大磯宿からの復路。道中、桂は麦わら帽子を買い求めたのである。
* * *
品川宿を過ぎてわずかばかり、日本橋方面へと向かったところで足を止め、桂は懐中時計を取りだした。
やはり、まにあわなかったか。もうしわけないことをした。まあ日蝕ぐらすは届けたから、あれも子らとたのしんだことだろう。
足もとの土に映した麦わら帽子越しの三日月を眺めながら、桂が呟く。
「坂田銀時と、約定でもしていたのか」
「しかと約したものではないが、そのつもりだった」
ともに日蝕を見ようと。
「三度めだがな」
叶わなかったか。
ぽつりと乗せたことばは平坦だったが、たのしみにしていたのであろうことは、不思議と痛いほどに伝わってくる。だからきっとそのおもいは、坂田にも伝わっている。そう云ってやりたかった。
「だが、白どのと見られたのは、よかった。たのしみを分かち合えるのはよいものだ」
「俺で代わりが務まったのなら、よかった」
桂はちょっとむっとしたように眉根を寄せた。
「代わりではないぞ。白どのは白どのだ。白どのと分かち合うからこそ、よいと思えるのではないか」
ああ、似たようなことばをどこかで聞いた。
「たしかに見てくれは銀時そのものだが。貴殿は銀時のまがいものではない。団子を食ってくれたのも、おれの癖を咎めなかったのも、白どの自身から出た厚情であろう」
なるほど、よくしたものだ。坂田とこのおとこは、表面上はまるでちがうが、根底で繋がっているようだ。
「こんなときは笑うのだったか」
白血球王の呟きに、桂はちいさな笑みで応えた。
ならばなにも心配はすまい。あのやっかいな性格もきっとぜんぶ、このおとこにはわかっている。坂田にとっての唯一無二は、きっと坂田のことをも唯一無二と捉えてくれている。
移ろう三日月を桂の肩口に立って見おろしながら、白血球王はそう思うともなしに思っていた。幾ばくかのせつなさを覚えるのはきっと気のせいだ。早くたまさまのもとへ戻ろう。戻ってたまさまを外敵や侵入者から護るのだ。
三日月の木洩れ日が溶けるようにまるくなり、幼い桂の面影をも連れ去った。眩い陽射しが黒のブーツに照り反る。それを認めて銀時は、まずは川沿いに出て、下ることにした。
白血球王が風に飛ばされたにせよゴミにまぎれたにせよ、あのおとこなら必ずやたまのもとへと帰ろうとするだろう。一寸法師サイズに江戸の町は広すぎるだろうが、見知らぬ場所で迷ったら線路沿いか川筋を辿るのが上策だ。鉄道はたいがいおおきな町に通じているし、ひとの住む集落は河川沿いに発展するものだから。
川沿いの径を海のほうへ向かって歩く。途中釣り人やら河原で遊ぶこどもやらに、自分に似たうごく一寸法師の人形のようなものを見なかったかと問いかけたが、みな一様に首を振る。それはまあ、ぞうだろう。見ていたら見ていたで、ものめずらしさにとっつかまって、要らぬ騒ぎになっていないともかぎらない。
「てか、どーやってみつけろって云うんだよ」
たまの体内でさえ、一寸法師の自分にはああも広かったのだ。このお江戸で一寸法師を見つけるなど、大海に針を拾うに等しい。
折から風も強まり、朝の曇天から日中(ひなか)の蝕を見せてくれた移り気な天のご機嫌が、またぞろあやしくなってきた。
それでも下流に向かって探して歩いていると、ふいに頭上の橋のうえから声が降った。
「白どの!」
ちゃっぽん。
つづく、微かな水音。
見あげた橋の欄干からは、円い笠に縁取られた見慣れた顔が、めずらしく焦ったようすで川面を覗き込んでいた。
続 2009.10.02.
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