「天涯の遊子」銀桂篇。終話。
銀時と桂。紅桜と紅桜脱出行。
微エロあり。注意。R18 気味。
完璧に夜の帷は降りて、空には星が瞬く。傍らの焚き火の燃え立つ明かりも、天空の藍までは届かない。天人の船影らしきものもなく、江戸の夜空はめずらしく澄み切って、まるで郷里のそれのようだった。
今宵は星月夜か。と、そんなことを呟くので。こちらに集中しなさいとばかりに、首筋から鎖骨へと降りていった口唇で、包帯のあいだから覗く胸の突起を食んでやれば、桂は小さく喘いだ。銀時のその口唇と舌と手指とが、襦袢を剥がれてあらわになった雪肌の、やわらかな部分を順に探り当てては、つよく吸い、ときに軽く歯を立てて、刻印を記す。わずかに後れては触れる白銀の癖っ毛がこそばゆいのか、桂がかすかに身をよじった。
からだとこころとに刻まれ、なじんだその感覚を桂はその身で訴える。銀時はそれを汲みあげて、さらに深い官能を呼び覚まそうとする。以前にはあまりみられなかった銀時のその振る舞いに、桂はふわふわの白銀髪を引っ張って、指に絡めとり、撫で上げて、微笑した。あやされているのか煽られているのか、わからないまま銀時は、下腹のくぼみから淡い陰りへと辿り、桂の兆しを口に含んだ。
先端に舌を這わせて軽くつつく。桂の腰が撥ねた。銀時の口の端に笑みがのぼる。そのまま裏筋を舌先で往復し、指先で根元を締め上げる。二本の指で、天に向かって扱き上げた。
「んあ…。ああっ」
甘い吐息とともに、桂の細い声が上がった。舌先にわずかな苦みを感じながら、銀時は上目遣いに桂を見た。眉根を寄せてきつく目を閉じている。その眦は紅く染まっているだろう。気配に気づいたのか、快楽に潤んだ眸が開かれ、桂が銀時を睨めた。
「ぎん…」
銀時は濡れた双眸を視線で捉えたまま、口腔で桂を銜えなぶり、濡れた手指でその奥を探る。反射的に退けた桂の腰を引き寄せ、躊躇なく滑り込ませた。
声にならない声を上げて、桂の背が撓う。喘ぐ喉もとから胸もと、鳩尾へと連なる肢体が弓なりの弧を描いた。銀時の髪に差し入れられていた桂の指先に、ちからがこもる。攣れる髪の懐かしい痛みに、銀時はそれをもっと感じていたくて、愛撫に桂を酔わせつづけた。
増やした指のぶんだけ慣らした桂のからだを、銀時はゆっくりと押し開く。急くな急ぐなと、おのれに云いきかせて、だが深くまで、ひと息におのが身を沈めた。桂が深く深く息を吐く。それとともにすっと納まった感覚が、銀時を無上の愉悦へと誘(いざな)った。
「あ……あ…」
かさねられた銀時のからだの下で、桂が吐息とも溜め息とも喘ぎともつかぬ声を漏らした。桂の閉ざした瞼に口接けながら、銀時は再び掌中に抱くことをゆるされた、おもいびとの顔を見つめる。
「…かつら…」
知らず、せつなさに溢れ愛しさに掠れた銀時の声に、声なく応えて桂は銀時の頸を掻き抱く。それに意を得て、銀時のからだはゆっくりと律動を始めた。
銀時のうごきに添うように、桂のからだが揺れる。奥を穿って快楽を刻むたび、桂は銀時を無意識の反射で締め上げてきた。痛みさえともなうような強烈な快感に、銀時は耐えきれず呻く。つ、と宙に浮かされた桂の脚が銀時の腰に絡んだ。たまらずに回すように揺さぶりを掛けると、仕返しとばかりに、こんどは意図して、絡みつくように締め付けてくる。
こんなふうだったろうか。かつて銀時が抱いたものは。そうだった気もそうでなかった気もする。
縋るように求めたことも、有無を云わさず犯すかのようだったこともある。こころのやすらぎを望むこと。うちなる痛みを癒すこと。からだの飢えを満たすこと。銀時の、そのどれもが、桂に向けられていた。桂は受け入れ、ときにみずからの渇望のままに銀時を欲したこともあったが。
いまこの瞬間、決裂した高杉のことを桂がわずかでもおもっているのなら。そのすべてを消し去ってしまいたい衝動に駆られる。痛切に銀時は感じた。手放した時間の重さを。置かれた距離の意味を。
桂が自分以外のものに抱かれることなどあってほしくはなかったが、それがないと思うほどには銀時もめでたくはない。自分にだってほかに抱いた相手はあるのだ。これほどに愛しくせつない気持ちではなかったにせよ。これほどの喜悦を得ることもまた、なかったにせよ。
だからか。そのなかのせめていちばんでありたいとおもうのは。そしてこのさきには、おのれだけであってほしいと願うのは。
きっとそうさせる。そうさせてみせる。見えないなにものかにそう宣言して妬心を鎮め、深く浅く翻弄し翻弄されながら、銀時は桂に口接けた。
ぱちぱちと、松の枯れ枝の燃えはじける音がする。燎火が、岩肌に揺れかさなるふたつの影を映している。影は、揺れながらもつれて、倦くことを知らぬげに蠢く。燃えはじける乾いた音に混じって、音とも声ともつかぬ甘く濡れた気配だけが、遠く静かな波音に繰り返し融けた。
* * *
「ぎ…ん」
銀時を身に収めたままの桂が、間近の銀時の頬を両手で挟んでもたげた。
「うん?」
気怠げにまとわりつきながら、だが銀時はまだ退く気配を見せない。
「もう…よせ。これ以上は、ほんとうに身に障るぞ」
「もう、やだ?」
拗ねた子どものように銀時が云うのへ、桂はこまったような顔をした。
「そうではなくて。…怪我の回復が遅れるだろう」
「知らね。そんなん、どーでもいい」
「銀」
「な、こたろう」
ふいに懐かしい名で呼ばれて、桂は口を噤んだ。
「おまえ、熱いな」
「…え?」
銀時は、見下ろしていた桂の顔をそのまま片腕で抱き寄せるようにして、もう片方の腕で桂の腰を抱えあげて蹲る。
「あ」
唐突に変えられた体位に、思わず桂の声が零れた。
「ふだん、どこもかしこも冷やっこいのにさ」
さらに深く抱きしめて。
「こうしてるおまえのなかはいつだって…あったかい」
胡座に赤子か幼子のように抱き寄せたまま、だがたがいに深く繋がっていて。
「生きてる…」
桂の頬から首筋へと顔を寄せ、短くなった髪を口と鼻先とで掻き乱すようにして、銀時はくすんと呟いた。
桂の、わずかに息を呑む気配がした。
「生きてるな」
「…あたりまえだ。莫迦」
「うん。生きてる」
「ぎんとき」
隠すようにおのが頸に伏せられていた銀時の顔を、桂は両の掌に抱いて強引に自分のほうをむかせると。
「…ゆるせ」
額と、瞼と、頬と、鼻先と、口唇と。桂は囁いて、銀時にいくつもの口接けを落とした。
それが、死ぬほどに心配をかけたことへの詫びなのか、これからもそうした日常を送るであろう桂の生き方そのものへのものなのか、銀時には判然としなかったが。こうして銀時の懐のなかに、いつだってその身をやすめてくれるなら。こうして、銀時の身をいつだってその腕(かいな)に抱いてくれるなら。
「約束、しなさい」
「…ん?」
「これからはちゃんと、声の聞ける連絡先を教えておくこと。隠れ家のひとつくらいは、つねに銀さんに明かしておくこと」
「銀時、それは…」
「俺や万事屋に迷惑がかかる、っていうんなら聞かねー。もうさんざん、面倒かけられまくってんだから、いまさらだ」
冗談っぽい口調で機先を制した。だが銀時の内心の切実さは、伝わったのだろう。桂は、渋々といったふうではあったが、うなずいた。そして恨めしげに、睨める。本気というより、甘えの滲むしぐさだった。
「貴様が攘夷にくれば一蓮托生ですむのだぞ」
「いまここで、それを云うか。この莫迦ヅラ」
額で、額を小突く。
「莫迦ヅラじゃない。桂だ。勝手だ、貴様は」
「んなこた、わかってたことでしょーが」
うつむき加減に額をあわせたまま、桂は伸ばした手を銀時の頸の後ろで組んだ。
「…そうだ。わかってた。ならば貴様も、わかっているはずだ」
桂というひとの、ありようを。
ああ、そうさ。わかってた。わかってる。わかっているからこそ。
「俺は、いつだっているから。あのぼろの二階家に。…二度と、姿を消したりしないから」
額を退いて顔をあげ、至近で桂が目を瞠るのを見た。
「おまえが約束まもるんなら、銀さんもそうするから。だから」
その眸を、逸らさずにいて。
「忘れんな。おめーは俺のもんだ。だれにもなににも渡さねぇ」
この俺は、おまえのものだから。
たがいがたがいであるために、途を違えた。けれど、立場や行く途をいくら違えようと。銀時にとっての桂という存在は変わらない。変えようがないことを、離れていた時間は否応なしに銀時に知らしめる。
桂にとってのおのれが、同様であるとの証はない。ないから、それを、銀時は自らの手でつかまねばならなかった。二度とふたたび、手放さぬために。
ぎんとき。
寄せられた桂の口唇が、銀時の耳許で、おのれの名を紡ぐ。甘くやさしく。
その声に包まれる。 やわらかに。 墜ちる。
岩肌に、ふたたび揺れだしたかさなる影は、小さくなってゆく焚き火がやがて熾火のようにさまを変えるまで、分かつことなくその姿を映しとどめていた。
* * *
愛しいとおもうよりさきに傍らにいた存在。いまさらにその身を抱きしめよう。このさきは、ずっと。
了 2008.02.16.
PR
完璧に夜の帷は降りて、空には星が瞬く。傍らの焚き火の燃え立つ明かりも、天空の藍までは届かない。天人の船影らしきものもなく、江戸の夜空はめずらしく澄み切って、まるで郷里のそれのようだった。
今宵は星月夜か。と、そんなことを呟くので。こちらに集中しなさいとばかりに、首筋から鎖骨へと降りていった口唇で、包帯のあいだから覗く胸の突起を食んでやれば、桂は小さく喘いだ。銀時のその口唇と舌と手指とが、襦袢を剥がれてあらわになった雪肌の、やわらかな部分を順に探り当てては、つよく吸い、ときに軽く歯を立てて、刻印を記す。わずかに後れては触れる白銀の癖っ毛がこそばゆいのか、桂がかすかに身をよじった。
からだとこころとに刻まれ、なじんだその感覚を桂はその身で訴える。銀時はそれを汲みあげて、さらに深い官能を呼び覚まそうとする。以前にはあまりみられなかった銀時のその振る舞いに、桂はふわふわの白銀髪を引っ張って、指に絡めとり、撫で上げて、微笑した。あやされているのか煽られているのか、わからないまま銀時は、下腹のくぼみから淡い陰りへと辿り、桂の兆しを口に含んだ。
先端に舌を這わせて軽くつつく。桂の腰が撥ねた。銀時の口の端に笑みがのぼる。そのまま裏筋を舌先で往復し、指先で根元を締め上げる。二本の指で、天に向かって扱き上げた。
「んあ…。ああっ」
甘い吐息とともに、桂の細い声が上がった。舌先にわずかな苦みを感じながら、銀時は上目遣いに桂を見た。眉根を寄せてきつく目を閉じている。その眦は紅く染まっているだろう。気配に気づいたのか、快楽に潤んだ眸が開かれ、桂が銀時を睨めた。
「ぎん…」
銀時は濡れた双眸を視線で捉えたまま、口腔で桂を銜えなぶり、濡れた手指でその奥を探る。反射的に退けた桂の腰を引き寄せ、躊躇なく滑り込ませた。
声にならない声を上げて、桂の背が撓う。喘ぐ喉もとから胸もと、鳩尾へと連なる肢体が弓なりの弧を描いた。銀時の髪に差し入れられていた桂の指先に、ちからがこもる。攣れる髪の懐かしい痛みに、銀時はそれをもっと感じていたくて、愛撫に桂を酔わせつづけた。
増やした指のぶんだけ慣らした桂のからだを、銀時はゆっくりと押し開く。急くな急ぐなと、おのれに云いきかせて、だが深くまで、ひと息におのが身を沈めた。桂が深く深く息を吐く。それとともにすっと納まった感覚が、銀時を無上の愉悦へと誘(いざな)った。
「あ……あ…」
かさねられた銀時のからだの下で、桂が吐息とも溜め息とも喘ぎともつかぬ声を漏らした。桂の閉ざした瞼に口接けながら、銀時は再び掌中に抱くことをゆるされた、おもいびとの顔を見つめる。
「…かつら…」
知らず、せつなさに溢れ愛しさに掠れた銀時の声に、声なく応えて桂は銀時の頸を掻き抱く。それに意を得て、銀時のからだはゆっくりと律動を始めた。
銀時のうごきに添うように、桂のからだが揺れる。奥を穿って快楽を刻むたび、桂は銀時を無意識の反射で締め上げてきた。痛みさえともなうような強烈な快感に、銀時は耐えきれず呻く。つ、と宙に浮かされた桂の脚が銀時の腰に絡んだ。たまらずに回すように揺さぶりを掛けると、仕返しとばかりに、こんどは意図して、絡みつくように締め付けてくる。
こんなふうだったろうか。かつて銀時が抱いたものは。そうだった気もそうでなかった気もする。
縋るように求めたことも、有無を云わさず犯すかのようだったこともある。こころのやすらぎを望むこと。うちなる痛みを癒すこと。からだの飢えを満たすこと。銀時の、そのどれもが、桂に向けられていた。桂は受け入れ、ときにみずからの渇望のままに銀時を欲したこともあったが。
いまこの瞬間、決裂した高杉のことを桂がわずかでもおもっているのなら。そのすべてを消し去ってしまいたい衝動に駆られる。痛切に銀時は感じた。手放した時間の重さを。置かれた距離の意味を。
桂が自分以外のものに抱かれることなどあってほしくはなかったが、それがないと思うほどには銀時もめでたくはない。自分にだってほかに抱いた相手はあるのだ。これほどに愛しくせつない気持ちではなかったにせよ。これほどの喜悦を得ることもまた、なかったにせよ。
だからか。そのなかのせめていちばんでありたいとおもうのは。そしてこのさきには、おのれだけであってほしいと願うのは。
きっとそうさせる。そうさせてみせる。見えないなにものかにそう宣言して妬心を鎮め、深く浅く翻弄し翻弄されながら、銀時は桂に口接けた。
ぱちぱちと、松の枯れ枝の燃えはじける音がする。燎火が、岩肌に揺れかさなるふたつの影を映している。影は、揺れながらもつれて、倦くことを知らぬげに蠢く。燃えはじける乾いた音に混じって、音とも声ともつかぬ甘く濡れた気配だけが、遠く静かな波音に繰り返し融けた。
* * *
「ぎ…ん」
銀時を身に収めたままの桂が、間近の銀時の頬を両手で挟んでもたげた。
「うん?」
気怠げにまとわりつきながら、だが銀時はまだ退く気配を見せない。
「もう…よせ。これ以上は、ほんとうに身に障るぞ」
「もう、やだ?」
拗ねた子どものように銀時が云うのへ、桂はこまったような顔をした。
「そうではなくて。…怪我の回復が遅れるだろう」
「知らね。そんなん、どーでもいい」
「銀」
「な、こたろう」
ふいに懐かしい名で呼ばれて、桂は口を噤んだ。
「おまえ、熱いな」
「…え?」
銀時は、見下ろしていた桂の顔をそのまま片腕で抱き寄せるようにして、もう片方の腕で桂の腰を抱えあげて蹲る。
「あ」
唐突に変えられた体位に、思わず桂の声が零れた。
「ふだん、どこもかしこも冷やっこいのにさ」
さらに深く抱きしめて。
「こうしてるおまえのなかはいつだって…あったかい」
胡座に赤子か幼子のように抱き寄せたまま、だがたがいに深く繋がっていて。
「生きてる…」
桂の頬から首筋へと顔を寄せ、短くなった髪を口と鼻先とで掻き乱すようにして、銀時はくすんと呟いた。
桂の、わずかに息を呑む気配がした。
「生きてるな」
「…あたりまえだ。莫迦」
「うん。生きてる」
「ぎんとき」
隠すようにおのが頸に伏せられていた銀時の顔を、桂は両の掌に抱いて強引に自分のほうをむかせると。
「…ゆるせ」
額と、瞼と、頬と、鼻先と、口唇と。桂は囁いて、銀時にいくつもの口接けを落とした。
それが、死ぬほどに心配をかけたことへの詫びなのか、これからもそうした日常を送るであろう桂の生き方そのものへのものなのか、銀時には判然としなかったが。こうして銀時の懐のなかに、いつだってその身をやすめてくれるなら。こうして、銀時の身をいつだってその腕(かいな)に抱いてくれるなら。
「約束、しなさい」
「…ん?」
「これからはちゃんと、声の聞ける連絡先を教えておくこと。隠れ家のひとつくらいは、つねに銀さんに明かしておくこと」
「銀時、それは…」
「俺や万事屋に迷惑がかかる、っていうんなら聞かねー。もうさんざん、面倒かけられまくってんだから、いまさらだ」
冗談っぽい口調で機先を制した。だが銀時の内心の切実さは、伝わったのだろう。桂は、渋々といったふうではあったが、うなずいた。そして恨めしげに、睨める。本気というより、甘えの滲むしぐさだった。
「貴様が攘夷にくれば一蓮托生ですむのだぞ」
「いまここで、それを云うか。この莫迦ヅラ」
額で、額を小突く。
「莫迦ヅラじゃない。桂だ。勝手だ、貴様は」
「んなこた、わかってたことでしょーが」
うつむき加減に額をあわせたまま、桂は伸ばした手を銀時の頸の後ろで組んだ。
「…そうだ。わかってた。ならば貴様も、わかっているはずだ」
桂というひとの、ありようを。
ああ、そうさ。わかってた。わかってる。わかっているからこそ。
「俺は、いつだっているから。あのぼろの二階家に。…二度と、姿を消したりしないから」
額を退いて顔をあげ、至近で桂が目を瞠るのを見た。
「おまえが約束まもるんなら、銀さんもそうするから。だから」
その眸を、逸らさずにいて。
「忘れんな。おめーは俺のもんだ。だれにもなににも渡さねぇ」
この俺は、おまえのものだから。
たがいがたがいであるために、途を違えた。けれど、立場や行く途をいくら違えようと。銀時にとっての桂という存在は変わらない。変えようがないことを、離れていた時間は否応なしに銀時に知らしめる。
桂にとってのおのれが、同様であるとの証はない。ないから、それを、銀時は自らの手でつかまねばならなかった。二度とふたたび、手放さぬために。
ぎんとき。
寄せられた桂の口唇が、銀時の耳許で、おのれの名を紡ぐ。甘くやさしく。
その声に包まれる。 やわらかに。 墜ちる。
岩肌に、ふたたび揺れだしたかさなる影は、小さくなってゆく焚き火がやがて熾火のようにさまを変えるまで、分かつことなくその姿を映しとどめていた。
* * *
愛しいとおもうよりさきに傍らにいた存在。いまさらにその身を抱きしめよう。このさきは、ずっと。
了 2008.02.16.
PR