「天涯の遊子」の番外、銀桂篇。
銀時と桂。と、白血球王。
全五回。其の四。
R18。白桂、3P要素あり、注意。
おのれとおなじ顔に正面切って云いのけられて、銀時はとっさに返すことばにつまった。白血球王の胸ぐらをつかむ手がゆるむ。白血球王はその手を払いのけ、どつかれた拍子に床に倒れ込んだ、ちいさくなった桂に手を伸べた。
桂はすなおに差し出された手を取って立ち上がり、
「まこと、打出の小槌だったのだな。大小逆だけど」
と、どこかしら感激したように呟く。いつもの能面のくせに、好奇心に目を煌めかせているのが銀時にはわかって、思わず溜息が出た。
「どーすんだ。これ。源外のじじぃが帰ってくるまでは、どうしようもねぇぞ」
「よいではないか銀時。生涯戻れぬものでもなし。せっかく一寸法師になったのだ。どこかにお椀はないかな。川に浮かべて乗ってみたいぞ」
銀時は片手で顔を覆って天を仰ぐ。こうなった桂を止めるすべはない。こいつはマジで、いまにもお椀を探しだし箸を櫂にして近くの川にでも漕ぎ出しかねないやつだ。
「川までこのなりでどーやっていくんだよ。何時間かかると思ってんだ」
「あ、そうか。この脚ではな。辿り着くころには日も暮れてしまう」
「それ以前にこの雨だ。水たまりででも溺れ死ねるぞ」
「うむ」
がっかりとして肩を落とす桂の姿に、銀時は白銀髪を掻いた。おもむろに辺りを見回す。棚にあったそれを見つけると、白血球王に目配せした。
「手ぇ、貸せ」
「云われずとも」
意図に気づいた白血球王は、がらくたの山を足場に跳ねるように棚を上っていく。つづいた銀時とちからを合わせて、棚の上から床にそれを落とすことに成功した。
こぉん。かたん。ころころ。
汁椀がひとつ、床を転がる。そばにあった箸を一膳、銀時と白血球王とで一本ずつ肩に背負って、棚からがらくたの山を下りた。
「銀。白どの」
ことのなりゆきを見守っていた桂が、うれしそうに笑む。
部屋の入口付近に、さきほど雨に濡れた自分たちが運んできてしまった水たまりが、まだ残っている。
椀を浮かべるほどの深さはないが、雰囲気はでるだろう。
三人でお椀をそこまで押して運んで、箸の櫂を添える。桂はひらりと身軽にその椀に飛び乗った。なかに降りて二人を手招きする。
「ちょっ。俺たちにまで一寸法師ごっこにつきあえってか?」
「そう云うな。貴様とて、たまさまのなかでしただろう」
白血球王は、促されるままにお椀へと飛び移る。いつのまにやら桂の云うことにはすなおに従っている白血球王に、銀時は内心で頭を抱えた。あれが俺の分身なら、もうちょっと、こう、うそでも抵抗して見せろよ。
「ぎーんときー」
桂に呼ばれて渋々従う銀時は、けっきょくはこうなるのだとわかってはいても。目のまえで『すなおになったおのれ』を実践されるのは、あまり心臓にいいものじゃない。
幸いちゃんと洗ってしまってあった椀のなかに、桂を挟んで身を寄せるように乗り込んだ。箸の櫂は添え物だが、それでも桂はまるで童心に返ったかのようにたのしそうだった。それを見つめる白血球王の眼差しが、また幼い日のおのれを思わせて、銀時にはむずがゆくてたまらない。この気恥ずかしさをなんとか紛らわせなければ。こういうときには、いつもならもう、とっくに桂を押し倒している。
それでなくとも、会うつもりが会えなくなって会いたい気持ちが募るところへ、降って湧いたように会うことができたのだ。お椀のなかで触れあう桂の体温に、もう結構差し迫ってきたものがある。
このまま雪崩れ込んだら、桂はどうするだろう。
銀時の指先が、桂の腕に掛かった。
「銀?」
そのまま顔をちかづけて、口唇をかさねる。桂は黙ってそれを受けたが、口唇が離れると、苦笑した。
「どうしたのだ。いきなり。白どのが驚くではないか」
ちらりと銀時が目をやると、白血球王は目を丸くして固まっている。
「驚かせとけ」
もういちど、こんどは深く舌を絡めて口を吸った。
「ぅん…」
くぐもった音が零れる。僧衣のうちに掌を滑らせじかに肌を探りはじめた銀時の腕をつかんで、桂はやんわりと押しとどめた。
「…やなの?」
「そうではない」
この場から逃れることも、かといって目を逸らすこともできずにいるようすの白血球王に、桂が手を伸べた。
「白どの」
「桂…どの」
喉に引っ掛かったような声が返る。
「そう見るでない。銀時に口を吸われているのに銀時に見られているようで、なんか妙な気分になるではないか」
そう云いながら、白血球王の髪に触れそのまま抱き寄せようとする。
「桂どの。俺は」
じっと見つめてくる眼差しに抗うこともできずに、誘(いざな)われるがままにぎこちなく身を寄せてくる。桂は傍らの銀時と白血球王を並べるようにして、微笑した。
「この眸以外はまこと瓜二つだな。むかしの銀時といまの銀時を同時に見るようだ。贅沢というか摩訶不思議というか」
どこか陶然としたように銀時と白血球王を見つめる桂に、銀時は思わず白血球王と目を見交わした。
ああ、もう。どうしてくれよう。この状況でこんな潤んだような眸で見つめられたら。銀時だってやばい状況なのだ。いくら白血球王が堅物だろうと、こいつが俺から抽出されたものである以上、この桂の磁場には抗えまい。
「そーだよ。銀さんがふたりなんて、贅沢もんだよ、おまえ」
「うむ…」
「どっちがいいの。いまの銀さんと、むかしの銀さんと」
それは銀時にとっては、かなり自虐的な問い掛けだったのだけれど。
「ばかか、きさま。どちらも銀時だろうが、択べるか。それに白どのは、白どので、銀時じゃないだろう」
桂はあっさりと一蹴してしまう。
「いや、いまおめーが云ったんだからね。瓜二つだって。むかしの俺のようだって」
いまと云われてもむかしと云われても傷ついただろう自分を銀時は知っていたから、桂の応えに安堵したのを押し隠すように、混ぜっ返した。
「いや、だからそれは見た目がだな、あまりにも」
「たしかにこいつは俺じゃねーよ。でも俺じゃないこいつ自身が…」
そこでことばを呑み込んだのは、桂の手が一方ずつおのれの頬と白血球王の頬とに伸ばされたからだった。
なにかを云おうと開きかけた朱唇に、吸いよせられるように白血球王はちかづいていく。桂がそのさきを紡ぐまえに、そっと口唇に触れていた。
目のまえで自分とおなじ顔が桂に口接けるのを見るのは、たしかにおかしな気分だった。なんだか幽体離脱でもしてぽっかりと浮かんで我が身を見つめているような、ふわふわとした心持ちになる。意外なほど妬心が騒がなかったのはそれがおのれの似姿だからか。
桂は白血球王の白銀髪を抱きしめてそのふわふわに接吻を返すと、それからゆっくりと銀時を見た。銀時は応えるように頬を寄せ、桂の耳朶を食んであまがみする。桂の肩がふるりと震えて、抱きしめられたままの白血球王にもその震えが伝わってゆく。白血球王は問うような視線を銀時に向けた。
どうするのか、どうしたいのか、そんなことはもうわかってるんだろう。
一瞥して銀時は応える代わりに無言のまま桂の首筋に口唇を這わせ、その手で桂の僧衣を解いていく。
「ぎん」
狭いお椀のなかで、銀時は桂の身を背後から抱えて肩口に軽く歯を立てた。
「あ」
露わになっていく真白い肌にもうひとつの白銀髪が口唇を寄せ、指先でそっと淡い胸の隆起を辿ってその尖りに触れる。次いで舌先でたしかめるように転がした。
「はくどの」
潤んだ声で呟く桂の口唇を、銀時は肩越しにおのれのほうを振り向かせて塞ぐ。暴いた下肢に掌を這わせて、吸いつくような肌の感触をたのしんだ。そのまま桂の兆しに指を絡めて煽る。背後から抱きしめられているのだから銀時の昂ぶりはもう桂に伝わっているだろう。煽っていた指先でそのまま奥を探ってゆく。探りながら銀時はもう片方の手で脈打つおのれを解放し、ほぐし開いた奥に押しあててゆっくりと身を沈めた。
「あっ…ああ」
その熱と圧迫感に桂が身を仰け反らせて喘ぐ。銀時の侵入をゆるし、煽られていた桂の熱も増してまたいっそう反り返る。銀時が目の端に捉えたそれを、白血球王の白銀髪が覆い被さるようにして隠した。
桂が甘い悲鳴をあげた。差し貫かれながら口淫を受けることなどふだんならありえない。白血球王をあいだに置いて開かれた両の爪先が、突っ張るようにお椀のへりを叩く。白血球王はひたすらに桂への愛撫を続けている。
「は、く、ど、の」
きれぎれに紡がれた音はわずかばかりの羞恥を含み、けれどそれを凌駕する快楽に震えていた。銀時は背中越しに腋の下から回した腕で薄く肉の乗った桂の胸を揉みしだきながら、鼻先でなめらかな黒髪を掻き分け、繰り返しうなじに耳朶に頬の稜線に口接けた。つながった下肢を容赦なく揺すりあげる。
「ぁああ。ん、ぎん、熱…い」
肩口で結わかれた長い髪が、乱れてはらりと胸もとへ落ちる。
「ぎん。はく、どの」
桂は片方の手でおのれの腰に顔を埋(うず)める白銀髪をつかみ、もう一方の手が背後の白銀髪を探して彷徨い、探り当ててひっつかんだ。
「つっ」
おもわず漏れ出た呻きは、けれど心地よい痛みのなかに溶ける。白血球王もおなじなのだろう、指と舌と口唇とで一心不乱に桂を追い立てている。その姿に負けじと銀時も攻め立てる。やがて耐えきれなくなった桂が身を震わせ、それを感じとって銀時もまた、桂のなかで爆ぜた。
白血球王が顔をあげて口唇を拭う。桂は激しく乱れた息を整えながら、その濡れた口唇を軽く啄んだ。
「白どの」
そう囁いて、桂は白血球王の下肢に手を伸ばす。白血球王がびくりと腰をひいた。
「よいのだ」
桂はうっすらと笑んで、そのままもういちどやわらかに白血球王に口接けた。白血球王は戸惑ったような困ったような目で桂を見つめている。その瞼にも接吻を落とし、桂は白血球王の白い洋袴の前立てを開いて、露わな熱の塊に長い手指を絡めた。白血球王がちいさく呻く。銀時は背後から桂を抱いたまま、促すように身を起こし、桂が白血球王のものを口に含むのにまかせた。
「かつら…かつらどの」
白血球王は惑乱と情欲と愛慕に揺るがされた声で、桂の名をただ繰り返す。銀時はまるでおのれが初めて桂のそれを受けたときのように面映ゆくなって、それを誤魔化すようにこんどはゆるやかに身を揺らした。つながったままの桂にそれは伝わり、桂はきゅっと締めつけることでそれに応えながら、白血球王への愛撫をつよめる。白血球王は眉根を寄せ、薄く口を開いてそれに耐え、耐えながら迫り上がる悦びを吐息にして逃がしている。少しでも、ほんの少しでも長く桂とこうしていたいと希むかのように。
気持ちいいだろう、桂に愛されるのは。そしてその何倍も桂を愛することは心地いい。どんな痛みや苦しみをともなおうとも、この身が桂を抱(いだ)くのは、抱きつづけるのは、だからだ。身も心も、抱きしめて、抱きしめられて。
桂と揺蕩うここは、まほろば。
せつないほどに愛おしく、淫らで清かな桃源郷。
桂は昂ぶらせるだけ昂ぶらせた白血球王の熱を舌で受け止め、銀時もまたその桂の奥深くにおのれの熱を迸らせながら、握りしめた掌のなかに桂の熱を感じとる。桂は声を上げることもままならないまま、ふたつの白銀髪に頸と腰とをきつくきつく抱きしめられて、背を撓らせた。
浅い水たまりのなかで、かたかたと震えつづけていたちいさなお椀の揺れが止まり、へりに添えられていた箸の櫂がついに滑り落ちて水音を立てた。
お椀の曲面にずり落ちるように身を横たわらせた桂を、両の傍らからおなじ見目のおとこたちがあいだに挟んで抱きしめている。桂は四つの腕にぐったりと身をあずけながら、けれどどこかしらうっとりとした忘我の境で、実験小屋の煤けた天井を眺めている。
続 2009.11.27.
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おのれとおなじ顔に正面切って云いのけられて、銀時はとっさに返すことばにつまった。白血球王の胸ぐらをつかむ手がゆるむ。白血球王はその手を払いのけ、どつかれた拍子に床に倒れ込んだ、ちいさくなった桂に手を伸べた。
桂はすなおに差し出された手を取って立ち上がり、
「まこと、打出の小槌だったのだな。大小逆だけど」
と、どこかしら感激したように呟く。いつもの能面のくせに、好奇心に目を煌めかせているのが銀時にはわかって、思わず溜息が出た。
「どーすんだ。これ。源外のじじぃが帰ってくるまでは、どうしようもねぇぞ」
「よいではないか銀時。生涯戻れぬものでもなし。せっかく一寸法師になったのだ。どこかにお椀はないかな。川に浮かべて乗ってみたいぞ」
銀時は片手で顔を覆って天を仰ぐ。こうなった桂を止めるすべはない。こいつはマジで、いまにもお椀を探しだし箸を櫂にして近くの川にでも漕ぎ出しかねないやつだ。
「川までこのなりでどーやっていくんだよ。何時間かかると思ってんだ」
「あ、そうか。この脚ではな。辿り着くころには日も暮れてしまう」
「それ以前にこの雨だ。水たまりででも溺れ死ねるぞ」
「うむ」
がっかりとして肩を落とす桂の姿に、銀時は白銀髪を掻いた。おもむろに辺りを見回す。棚にあったそれを見つけると、白血球王に目配せした。
「手ぇ、貸せ」
「云われずとも」
意図に気づいた白血球王は、がらくたの山を足場に跳ねるように棚を上っていく。つづいた銀時とちからを合わせて、棚の上から床にそれを落とすことに成功した。
こぉん。かたん。ころころ。
汁椀がひとつ、床を転がる。そばにあった箸を一膳、銀時と白血球王とで一本ずつ肩に背負って、棚からがらくたの山を下りた。
「銀。白どの」
ことのなりゆきを見守っていた桂が、うれしそうに笑む。
部屋の入口付近に、さきほど雨に濡れた自分たちが運んできてしまった水たまりが、まだ残っている。
椀を浮かべるほどの深さはないが、雰囲気はでるだろう。
三人でお椀をそこまで押して運んで、箸の櫂を添える。桂はひらりと身軽にその椀に飛び乗った。なかに降りて二人を手招きする。
「ちょっ。俺たちにまで一寸法師ごっこにつきあえってか?」
「そう云うな。貴様とて、たまさまのなかでしただろう」
白血球王は、促されるままにお椀へと飛び移る。いつのまにやら桂の云うことにはすなおに従っている白血球王に、銀時は内心で頭を抱えた。あれが俺の分身なら、もうちょっと、こう、うそでも抵抗して見せろよ。
「ぎーんときー」
桂に呼ばれて渋々従う銀時は、けっきょくはこうなるのだとわかってはいても。目のまえで『すなおになったおのれ』を実践されるのは、あまり心臓にいいものじゃない。
幸いちゃんと洗ってしまってあった椀のなかに、桂を挟んで身を寄せるように乗り込んだ。箸の櫂は添え物だが、それでも桂はまるで童心に返ったかのようにたのしそうだった。それを見つめる白血球王の眼差しが、また幼い日のおのれを思わせて、銀時にはむずがゆくてたまらない。この気恥ずかしさをなんとか紛らわせなければ。こういうときには、いつもならもう、とっくに桂を押し倒している。
それでなくとも、会うつもりが会えなくなって会いたい気持ちが募るところへ、降って湧いたように会うことができたのだ。お椀のなかで触れあう桂の体温に、もう結構差し迫ってきたものがある。
このまま雪崩れ込んだら、桂はどうするだろう。
銀時の指先が、桂の腕に掛かった。
「銀?」
そのまま顔をちかづけて、口唇をかさねる。桂は黙ってそれを受けたが、口唇が離れると、苦笑した。
「どうしたのだ。いきなり。白どのが驚くではないか」
ちらりと銀時が目をやると、白血球王は目を丸くして固まっている。
「驚かせとけ」
もういちど、こんどは深く舌を絡めて口を吸った。
「ぅん…」
くぐもった音が零れる。僧衣のうちに掌を滑らせじかに肌を探りはじめた銀時の腕をつかんで、桂はやんわりと押しとどめた。
「…やなの?」
「そうではない」
この場から逃れることも、かといって目を逸らすこともできずにいるようすの白血球王に、桂が手を伸べた。
「白どの」
「桂…どの」
喉に引っ掛かったような声が返る。
「そう見るでない。銀時に口を吸われているのに銀時に見られているようで、なんか妙な気分になるではないか」
そう云いながら、白血球王の髪に触れそのまま抱き寄せようとする。
「桂どの。俺は」
じっと見つめてくる眼差しに抗うこともできずに、誘(いざな)われるがままにぎこちなく身を寄せてくる。桂は傍らの銀時と白血球王を並べるようにして、微笑した。
「この眸以外はまこと瓜二つだな。むかしの銀時といまの銀時を同時に見るようだ。贅沢というか摩訶不思議というか」
どこか陶然としたように銀時と白血球王を見つめる桂に、銀時は思わず白血球王と目を見交わした。
ああ、もう。どうしてくれよう。この状況でこんな潤んだような眸で見つめられたら。銀時だってやばい状況なのだ。いくら白血球王が堅物だろうと、こいつが俺から抽出されたものである以上、この桂の磁場には抗えまい。
「そーだよ。銀さんがふたりなんて、贅沢もんだよ、おまえ」
「うむ…」
「どっちがいいの。いまの銀さんと、むかしの銀さんと」
それは銀時にとっては、かなり自虐的な問い掛けだったのだけれど。
「ばかか、きさま。どちらも銀時だろうが、択べるか。それに白どのは、白どので、銀時じゃないだろう」
桂はあっさりと一蹴してしまう。
「いや、いまおめーが云ったんだからね。瓜二つだって。むかしの俺のようだって」
いまと云われてもむかしと云われても傷ついただろう自分を銀時は知っていたから、桂の応えに安堵したのを押し隠すように、混ぜっ返した。
「いや、だからそれは見た目がだな、あまりにも」
「たしかにこいつは俺じゃねーよ。でも俺じゃないこいつ自身が…」
そこでことばを呑み込んだのは、桂の手が一方ずつおのれの頬と白血球王の頬とに伸ばされたからだった。
なにかを云おうと開きかけた朱唇に、吸いよせられるように白血球王はちかづいていく。桂がそのさきを紡ぐまえに、そっと口唇に触れていた。
目のまえで自分とおなじ顔が桂に口接けるのを見るのは、たしかにおかしな気分だった。なんだか幽体離脱でもしてぽっかりと浮かんで我が身を見つめているような、ふわふわとした心持ちになる。意外なほど妬心が騒がなかったのはそれがおのれの似姿だからか。
桂は白血球王の白銀髪を抱きしめてそのふわふわに接吻を返すと、それからゆっくりと銀時を見た。銀時は応えるように頬を寄せ、桂の耳朶を食んであまがみする。桂の肩がふるりと震えて、抱きしめられたままの白血球王にもその震えが伝わってゆく。白血球王は問うような視線を銀時に向けた。
どうするのか、どうしたいのか、そんなことはもうわかってるんだろう。
一瞥して銀時は応える代わりに無言のまま桂の首筋に口唇を這わせ、その手で桂の僧衣を解いていく。
「ぎん」
狭いお椀のなかで、銀時は桂の身を背後から抱えて肩口に軽く歯を立てた。
「あ」
露わになっていく真白い肌にもうひとつの白銀髪が口唇を寄せ、指先でそっと淡い胸の隆起を辿ってその尖りに触れる。次いで舌先でたしかめるように転がした。
「はくどの」
潤んだ声で呟く桂の口唇を、銀時は肩越しにおのれのほうを振り向かせて塞ぐ。暴いた下肢に掌を這わせて、吸いつくような肌の感触をたのしんだ。そのまま桂の兆しに指を絡めて煽る。背後から抱きしめられているのだから銀時の昂ぶりはもう桂に伝わっているだろう。煽っていた指先でそのまま奥を探ってゆく。探りながら銀時はもう片方の手で脈打つおのれを解放し、ほぐし開いた奥に押しあててゆっくりと身を沈めた。
「あっ…ああ」
その熱と圧迫感に桂が身を仰け反らせて喘ぐ。銀時の侵入をゆるし、煽られていた桂の熱も増してまたいっそう反り返る。銀時が目の端に捉えたそれを、白血球王の白銀髪が覆い被さるようにして隠した。
桂が甘い悲鳴をあげた。差し貫かれながら口淫を受けることなどふだんならありえない。白血球王をあいだに置いて開かれた両の爪先が、突っ張るようにお椀のへりを叩く。白血球王はひたすらに桂への愛撫を続けている。
「は、く、ど、の」
きれぎれに紡がれた音はわずかばかりの羞恥を含み、けれどそれを凌駕する快楽に震えていた。銀時は背中越しに腋の下から回した腕で薄く肉の乗った桂の胸を揉みしだきながら、鼻先でなめらかな黒髪を掻き分け、繰り返しうなじに耳朶に頬の稜線に口接けた。つながった下肢を容赦なく揺すりあげる。
「ぁああ。ん、ぎん、熱…い」
肩口で結わかれた長い髪が、乱れてはらりと胸もとへ落ちる。
「ぎん。はく、どの」
桂は片方の手でおのれの腰に顔を埋(うず)める白銀髪をつかみ、もう一方の手が背後の白銀髪を探して彷徨い、探り当ててひっつかんだ。
「つっ」
おもわず漏れ出た呻きは、けれど心地よい痛みのなかに溶ける。白血球王もおなじなのだろう、指と舌と口唇とで一心不乱に桂を追い立てている。その姿に負けじと銀時も攻め立てる。やがて耐えきれなくなった桂が身を震わせ、それを感じとって銀時もまた、桂のなかで爆ぜた。
白血球王が顔をあげて口唇を拭う。桂は激しく乱れた息を整えながら、その濡れた口唇を軽く啄んだ。
「白どの」
そう囁いて、桂は白血球王の下肢に手を伸ばす。白血球王がびくりと腰をひいた。
「よいのだ」
桂はうっすらと笑んで、そのままもういちどやわらかに白血球王に口接けた。白血球王は戸惑ったような困ったような目で桂を見つめている。その瞼にも接吻を落とし、桂は白血球王の白い洋袴の前立てを開いて、露わな熱の塊に長い手指を絡めた。白血球王がちいさく呻く。銀時は背後から桂を抱いたまま、促すように身を起こし、桂が白血球王のものを口に含むのにまかせた。
「かつら…かつらどの」
白血球王は惑乱と情欲と愛慕に揺るがされた声で、桂の名をただ繰り返す。銀時はまるでおのれが初めて桂のそれを受けたときのように面映ゆくなって、それを誤魔化すようにこんどはゆるやかに身を揺らした。つながったままの桂にそれは伝わり、桂はきゅっと締めつけることでそれに応えながら、白血球王への愛撫をつよめる。白血球王は眉根を寄せ、薄く口を開いてそれに耐え、耐えながら迫り上がる悦びを吐息にして逃がしている。少しでも、ほんの少しでも長く桂とこうしていたいと希むかのように。
気持ちいいだろう、桂に愛されるのは。そしてその何倍も桂を愛することは心地いい。どんな痛みや苦しみをともなおうとも、この身が桂を抱(いだ)くのは、抱きつづけるのは、だからだ。身も心も、抱きしめて、抱きしめられて。
桂と揺蕩うここは、まほろば。
せつないほどに愛おしく、淫らで清かな桃源郷。
桂は昂ぶらせるだけ昂ぶらせた白血球王の熱を舌で受け止め、銀時もまたその桂の奥深くにおのれの熱を迸らせながら、握りしめた掌のなかに桂の熱を感じとる。桂は声を上げることもままならないまま、ふたつの白銀髪に頸と腰とをきつくきつく抱きしめられて、背を撓らせた。
浅い水たまりのなかで、かたかたと震えつづけていたちいさなお椀の揺れが止まり、へりに添えられていた箸の櫂がついに滑り落ちて水音を立てた。
お椀の曲面にずり落ちるように身を横たわらせた桂を、両の傍らからおなじ見目のおとこたちがあいだに挟んで抱きしめている。桂は四つの腕にぐったりと身をあずけながら、けれどどこかしらうっとりとした忘我の境で、実験小屋の煤けた天井を眺めている。
続 2009.11.27.
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