二十万打御礼リクエスト。
【銀桂で夫婦喧嘩。喧嘩の内容はシリアスでも超くだらなくても何でもかまわない】
銀桂。銀時と桂。と、万事屋。
というか、ねこ。
たぶん求められた方向ではないと思う…。
ぷぎゃあああああ。むぎゃ。うぎゃ。びゃああああ。みゃうん。ぷぎぃいい。
「ああ、もう。うるさいな」
洗いものの手を止めて、新八は厨からは見えない窓の外を睨んだ。
「発情期にはまだ早いだろうに」
玉狩り騒動も鎮まって、かぶき町の野良猫はまたふだんどおりの野良生活にもどった。少々変わったことといえば野良王ホウイチがボス猫の座から降りたらしいことだったが、そのわりに性悪猫たちは、なんのかんの云われながらも街に馴染んで生きている。
がらりと押し入れからは神楽が顔を出す。厨に向かって叫んだ。
「新八ぃ。うるさいアル。この駄眼鏡が。欲求不満もたいがいにシロヨ」
「ちょ。神楽ちゃん、なんで僕 !?」
「さっさと黙らせるヨロシ。寝不足は美容の大敵ネ」
目を擦り擦り不機嫌そうに云うだけ云って、また、とん!と押し入れの戸を閉じてしまう。
「もう。みんな勝手気ままなんだから」
どったん。ばたん。ぷぎゃっ。
鳴き声に争う音までが加わりだして、新八は溜め息混じりに奥の和室に声を掛けた。
「ちょっと銀さん。どうにかしてくださいよ。僕もう帰りますからね。野良猫たち追っ払ってください」
年末年始は万事屋の書き入れ時で、サンタに大掃除に年越しの警備にとフル稼働で働いた甲斐もあって、お節の準備にはいささかまにあわなかったものの、ひさびさにまともなものが夕餉の食卓に並ぶ日がつづいている。煮もの、焼きもの、椀もの、丼もの。今宵はめずらしく銀時が腕を振るった。
腹がくちると眠くなるのは古今東西のならいで、食い過ぎたと、銀時も神楽も早々に自分の寝間に引っこんでしまった。銀時に至ってはそれきりうんともすんとも云わないのだから、本格的に寝てしまったのかもしれない。
「お風呂、沸かしてありますからね。ふたりともちゃんと入ってくださいよ」
云うだけむだと思いながらもそうひと声かけて手ぬぐいで手を拭い、新八は帰り支度を調えて、万事屋の玄関戸を引いた。
「え、と。火の始末はしたし。戸締まりもよし。って、まったくなんで僕がこんな心配までしなきゃならないんだ」
階下に降りて通りを渡り、なにげなく万事屋を振り返ると、二階家の銀時の和室の障子窓が細く開いていて、灯りも洩れている。
「ああ、もう。銀さんってば、また開けっ放し点けっぱなしで。もういいや。戸の隙間から野良に潜り込まれたって知りませんよ。発情したやつらにでも引っ掻かれればいいんだ」
その傍らには窓明かりに照らされて、さきほどからの鳴き声の主であろう猫の影がふたつ、取っ組み合っている。ほかに猫らしき影はない。
「あれ?二匹しかいない。雌猫を雄猫が取りあってたわけじゃなかったのか。そういえばそういう鳴き声じゃなかったもんな」
夜目にも目立つ白い猫と、闇に融け込む黒い猫。
「じゃあただの喧嘩か。縄張り争いかな」
そのとき白猫が新八に気づいてなにやら鳴き声を立てたようだったが、そうひとりごとに呟いて、新八はさっさと家路についた。触らぬ神に祟りなしである。野良猫狩りのときホウイチにやられた頬の傷はしばらく残って難儀した。猫の喧嘩に巻き込まれるのはごめんであった。
「てめー、どーするんだ、これぇえええ」
二階家の屋根の上では、もふもふのぶさいくな白猫が前脚でおのれの顔かたちを確かめるようにこすり、尻尾を眼前に振って、その存在をげんなりとした表情で眺めている。
「なんでだよ。呪いか祈りかしらねーが解けて人間にもどったんじゃなかったの。なんでまた猫になってるんだよ、俺たちは」
「まためそめそと愚痴りおって、情けのないやつめ」
傍らにしゃがみ込んだ艶やかな毛並みの黒猫が、人身のときの黒曜石とはちがう金色の眸を白猫に向けた。
「なさけなくねーだろ。いま愚痴らずにいつ愚痴るんだよ。なんでまた猫化しなきゃなんねーの」
「だからおれに聞くな。知るものか」
こちらもいささか疲れたようすで、ご機嫌ななめである。
「知るものかじゃねーだろ。どーするんだよ、メシは。塒(ねぐら)は。また鼠追っかけて、野宿して雀食う生活なんざごめんだよ銀さんは」
せっかくたらふく食ってあったかい部屋で気持ちよく眠ってたのに。なんでまたこんな心配をしなきゃならないんだ。
「満足に狩りもできなかったからな、貴様は」
「俺はおまえみたくなんにでも順応できるようにゃできてねーんだよ。デリケートなの、銀さんは。繊細なの!」
ぐるると唸って憤り、咆えて白猫は黒猫を蹴っ飛ばす。蹴り飛ばされた黒猫は隣家の屋根瓦に一回転して着地を決めると、ぷいっと横を向いた。
「ふん。だからといって嘆いていたところで埒があかぬではないか。とにかくまた猫化した以上は猫らしく野良生活を送るしかあるまい」
そのまま白猫のほうを見向きもせずに毛繕いをはじめてしまう。
「いやですー。銀さんは人間なんです。人間らしい生活を送るんですー」
じたばたじたばた。屋根の上で駄々を捏ねるように身悶える。
「どうせ昼日中から、ぱちんこに精を出すだけの毎日ではないか」
なまじ年越しの滅多にない多忙さをくぐり抜けたあとだけにかちんときた。白猫、もとい銀時は、尻尾を突き立て牙を剥く。
「遊園地で着ぐるみしている攘夷志士に云われたくありませんー」
「なにを。あれも立派な攘夷活動の一環だ。資金集めのための勤労を愚弄するか、きさま」
黒猫、すなわち桂のほうも、ふぅーっと毛を逆立てる。
「るせーよ。おかまになったり、かぶきわんこになったり、猫になったりしてるやつが」
「きさまとて、おかまになったりサンタになったり猫になったりしているではないか」
たがいに屋根のひさし越しに睨みあい、ついには取っ組み合いの喧嘩となった。
ふんごろ。ぎゃら。にゃう。
どったん。ばたん。ぷぎゃっ。
はたからは、どうしたところで猫が諍い喚きあっているようにしか聞こえない。そこへがらがらぴしゃんと玄関戸の開閉の音がして、桂猫と取っ組み合ったまま銀猫が階下を覗き見れば。見慣れた人影が去ってゆく。
「あ、ぱっつぁんが帰っちまう。ぱっつぁーん。おぉい新八ぃー」
聞こえているはずなのに。猫の鳴き声とあってか、素知らぬ態でそそくさと帰っていく新八の背に、銀猫はがっくりと肩を落とす。
「あーあ」
こんなはずじゃあなかったんだ。せっかく懐があったかくなって。ひさびさにこいつにも夕飯ごちそうしてやろうかなんて気になって。約束まで取り付けて、銀時手ずからこしらえたというのに。
「おめぇが来やがらねーから」
好きなものを食うだけ食って、気持ちよく寝た、なんていうのは建て前で。半分は不貞寝だったのだ。そしてうたた寝から目覚めたときには、銀時は猫になっていた。
「だからどうしても抜けられぬ急用があったと云っておろう。すまぬと思えばこそ、こうして詫びに来たのではないか」
「猫の姿でか」
「用を済ませて万事屋に向かおうとしたときにはもう変わっていたのだ」
つまりはたぶんほぼおなじころ、桂もまた猫になったものらしい。
「いまごろ来たって、もうなんもねーよ。おめーのぶんはみぃんな、神楽の腹ん中だ」
「それはよいのだ。リーダーが満腹したのなら、それはそれでよろこばしい」
神楽だって内心はひさしぶりに桂が来るのをたのしみにしていたのだから、半分はやけ食いである。新八がそれを口にしないのは、云えば神経を逆撫でするだけと知っているからだ。それをこいつはわかっているんだろうか。
「よろこばしくなんかねーよ」
そもそも希むほうがまちがっているのか。おたずねものの攘夷志士と無事平穏におなじ食卓を囲むことなど。ほんのささやかなはずのそれは、それほどに贅沢な望みなのか。
思えば妙なもので。たがいに猫になっていたときのほうが四六時中いっしょにいたから、寝食をともにできていた。これなら猫のほうがましだった、などとちらりとでも思ったとは、口が裂けても云えやしないが。
ともに縁の下に身を潜め、狩りの練習をし、街をぶらつき、塞ぐ銀時に桂が食料を調達し、夜の公園をねぐらにした。焼き鳥も焼秋刀魚もともに食った。ゴリラも交えていたけれど、枕を並べて寝て、起きて。
朝起きて目覚めた自分がまだ猫であることに絶望しながら、それでも傍らにいる存在に励まされ勇気づけられて。いっしょでよかったと安堵して。
つねに状況をたのしむよゆうのある桂に救われて。凹む銀時を支えることで桂は必要以上に猫生活に馴染んで。
「おめーはまた肉球手に入れてうれしいかもしんねぇけどな」
おのれの猫の手を眺めてもう何度目かの溜め息をつく銀猫に、取っ組み合っていたその下からするりと抜け出した桂猫は、みゃあとひと声啼いた。
「あ、おまえバカにしたね。狩りもできないってバカにしてるんだろう」
「いまさら貴様を莫迦にしたとてなんになる。心配せんでもおれが獲ってやる」
「だから雀なんて食えねー」
「捌いて串に刺して塩して焼き鳥にすれば食えるのだろう? 案ずるな。前回で人間への媚びの売りかたにも慣れた。貴様ぐらいおれが食わせてやる」
云いながら桂は、おのれの肉球でぺろりと顔を舐めるように拭う。
「やめてくんない。その云いかた。俺がまるでおまえのヒモみたいじゃん」
「ふむ。やっぱり自分で自分の肉球をぷにぷにしてもいまひとつだな」
銀時の苦情など意に介さず、桂は小首を傾げてじぃっと手、もとい前脚を見る。
「っくしゅん」
迫ってきた夜の冷気に、そのまま少し身を震わせてくしゃみをひとつ。
「いかん。ここは吹きさらしで冷える。公園の遊具か縁の下に避難するぞ、銀時」
桂猫はそのぽてっとしたちいさな手で、銀猫をちょいちょいと手招いた。
みゃぁあぉうんん。
かまくらを思わせるまるい遊具のなかは、心持ち温かい。とはいえさっきまでぬくぬくと寝間でごろ寝していた身には堪えて、銀猫は桂猫とかさなるようにまるまっている。
なんの用事だったか知らないが、よほど疲れているらしく桂はすでにうとうとしはじめている。そういえば、こいつメシはどうしたんだろう。
「おめー、夕飯ちゃんと食ったの?」
「んー。要人と会食だったから」
食うには食った、と眠そうな声で返事が返る。
「あっそ。なに食ったの」
本来なら銀時とともにするはずだった食事の時間。筋違いとわかってはいても、そのあいてに腹が立つ。
「旬の海鮮懐石ふるこーす」
「そらまー豪勢なこって」
比せば万事屋の夕餉など、御馳走といってもたかが知れている。ますますいらっとする銀時に、ぽつりと桂は呟いた。
「腹の探り合いをしながら食う懐石より」
ふわぁぁ、とちいさな欠伸が被さって。
「おまえと食う焼き鳥のほうがうまいにゃ…むにゃ」
そう思いながら歩いていたら猫に。
「…なって…た……にゃ…ん………」
語尾は寝息に取って代わられていた。
「…………」
その寝息を確かめて、銀猫は桂猫の頬をぺろりと舐めた。眠ってくれて幸いだった。でなければいま自分の耳も頬も熱いのがきっとばればれだったろう。火照るからだは体温の低いこいつの、いい湯たんぽ代わりになるだろうか。
「いまは寝かせてやるけどさ」
あす朝目覚めたら。
「いいよな。俺たちいま猫だもん」
昼日中の公園で盛ってたって、だれも咎めない。
だって、こいつも俺のこと考えてたってことじゃん? 俺とのねこ暮らしを少なからず懐かしんでたってことじゃん?
ああ、だから。
きっと波長が合ってしまったのだ。おなじときにおなじタイミングでおなじようなことを望んでしまったから。祈りだか呪いだか知らないけれど。
また、猫になってしまったのだ。
たがいがたがいの傍らにいることに、どれだけ飢(かつ)えていたものか。白黒の猫二匹、それから数日をまた公園で野宿する羽目となり。ようやく猫化が解けて万事屋へと戻った銀時は、神楽と新八からさんざんにどやされることとなるのだが。
いまはまだそれを知らず、ふたりまるまって眠っている。
了 2010.01.30.
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ぷぎゃあああああ。むぎゃ。うぎゃ。びゃああああ。みゃうん。ぷぎぃいい。
「ああ、もう。うるさいな」
洗いものの手を止めて、新八は厨からは見えない窓の外を睨んだ。
「発情期にはまだ早いだろうに」
玉狩り騒動も鎮まって、かぶき町の野良猫はまたふだんどおりの野良生活にもどった。少々変わったことといえば野良王ホウイチがボス猫の座から降りたらしいことだったが、そのわりに性悪猫たちは、なんのかんの云われながらも街に馴染んで生きている。
がらりと押し入れからは神楽が顔を出す。厨に向かって叫んだ。
「新八ぃ。うるさいアル。この駄眼鏡が。欲求不満もたいがいにシロヨ」
「ちょ。神楽ちゃん、なんで僕 !?」
「さっさと黙らせるヨロシ。寝不足は美容の大敵ネ」
目を擦り擦り不機嫌そうに云うだけ云って、また、とん!と押し入れの戸を閉じてしまう。
「もう。みんな勝手気ままなんだから」
どったん。ばたん。ぷぎゃっ。
鳴き声に争う音までが加わりだして、新八は溜め息混じりに奥の和室に声を掛けた。
「ちょっと銀さん。どうにかしてくださいよ。僕もう帰りますからね。野良猫たち追っ払ってください」
年末年始は万事屋の書き入れ時で、サンタに大掃除に年越しの警備にとフル稼働で働いた甲斐もあって、お節の準備にはいささかまにあわなかったものの、ひさびさにまともなものが夕餉の食卓に並ぶ日がつづいている。煮もの、焼きもの、椀もの、丼もの。今宵はめずらしく銀時が腕を振るった。
腹がくちると眠くなるのは古今東西のならいで、食い過ぎたと、銀時も神楽も早々に自分の寝間に引っこんでしまった。銀時に至ってはそれきりうんともすんとも云わないのだから、本格的に寝てしまったのかもしれない。
「お風呂、沸かしてありますからね。ふたりともちゃんと入ってくださいよ」
云うだけむだと思いながらもそうひと声かけて手ぬぐいで手を拭い、新八は帰り支度を調えて、万事屋の玄関戸を引いた。
「え、と。火の始末はしたし。戸締まりもよし。って、まったくなんで僕がこんな心配までしなきゃならないんだ」
階下に降りて通りを渡り、なにげなく万事屋を振り返ると、二階家の銀時の和室の障子窓が細く開いていて、灯りも洩れている。
「ああ、もう。銀さんってば、また開けっ放し点けっぱなしで。もういいや。戸の隙間から野良に潜り込まれたって知りませんよ。発情したやつらにでも引っ掻かれればいいんだ」
その傍らには窓明かりに照らされて、さきほどからの鳴き声の主であろう猫の影がふたつ、取っ組み合っている。ほかに猫らしき影はない。
「あれ?二匹しかいない。雌猫を雄猫が取りあってたわけじゃなかったのか。そういえばそういう鳴き声じゃなかったもんな」
夜目にも目立つ白い猫と、闇に融け込む黒い猫。
「じゃあただの喧嘩か。縄張り争いかな」
そのとき白猫が新八に気づいてなにやら鳴き声を立てたようだったが、そうひとりごとに呟いて、新八はさっさと家路についた。触らぬ神に祟りなしである。野良猫狩りのときホウイチにやられた頬の傷はしばらく残って難儀した。猫の喧嘩に巻き込まれるのはごめんであった。
「てめー、どーするんだ、これぇえええ」
二階家の屋根の上では、もふもふのぶさいくな白猫が前脚でおのれの顔かたちを確かめるようにこすり、尻尾を眼前に振って、その存在をげんなりとした表情で眺めている。
「なんでだよ。呪いか祈りかしらねーが解けて人間にもどったんじゃなかったの。なんでまた猫になってるんだよ、俺たちは」
「まためそめそと愚痴りおって、情けのないやつめ」
傍らにしゃがみ込んだ艶やかな毛並みの黒猫が、人身のときの黒曜石とはちがう金色の眸を白猫に向けた。
「なさけなくねーだろ。いま愚痴らずにいつ愚痴るんだよ。なんでまた猫化しなきゃなんねーの」
「だからおれに聞くな。知るものか」
こちらもいささか疲れたようすで、ご機嫌ななめである。
「知るものかじゃねーだろ。どーするんだよ、メシは。塒(ねぐら)は。また鼠追っかけて、野宿して雀食う生活なんざごめんだよ銀さんは」
せっかくたらふく食ってあったかい部屋で気持ちよく眠ってたのに。なんでまたこんな心配をしなきゃならないんだ。
「満足に狩りもできなかったからな、貴様は」
「俺はおまえみたくなんにでも順応できるようにゃできてねーんだよ。デリケートなの、銀さんは。繊細なの!」
ぐるると唸って憤り、咆えて白猫は黒猫を蹴っ飛ばす。蹴り飛ばされた黒猫は隣家の屋根瓦に一回転して着地を決めると、ぷいっと横を向いた。
「ふん。だからといって嘆いていたところで埒があかぬではないか。とにかくまた猫化した以上は猫らしく野良生活を送るしかあるまい」
そのまま白猫のほうを見向きもせずに毛繕いをはじめてしまう。
「いやですー。銀さんは人間なんです。人間らしい生活を送るんですー」
じたばたじたばた。屋根の上で駄々を捏ねるように身悶える。
「どうせ昼日中から、ぱちんこに精を出すだけの毎日ではないか」
なまじ年越しの滅多にない多忙さをくぐり抜けたあとだけにかちんときた。白猫、もとい銀時は、尻尾を突き立て牙を剥く。
「遊園地で着ぐるみしている攘夷志士に云われたくありませんー」
「なにを。あれも立派な攘夷活動の一環だ。資金集めのための勤労を愚弄するか、きさま」
黒猫、すなわち桂のほうも、ふぅーっと毛を逆立てる。
「るせーよ。おかまになったり、かぶきわんこになったり、猫になったりしてるやつが」
「きさまとて、おかまになったりサンタになったり猫になったりしているではないか」
たがいに屋根のひさし越しに睨みあい、ついには取っ組み合いの喧嘩となった。
ふんごろ。ぎゃら。にゃう。
どったん。ばたん。ぷぎゃっ。
はたからは、どうしたところで猫が諍い喚きあっているようにしか聞こえない。そこへがらがらぴしゃんと玄関戸の開閉の音がして、桂猫と取っ組み合ったまま銀猫が階下を覗き見れば。見慣れた人影が去ってゆく。
「あ、ぱっつぁんが帰っちまう。ぱっつぁーん。おぉい新八ぃー」
聞こえているはずなのに。猫の鳴き声とあってか、素知らぬ態でそそくさと帰っていく新八の背に、銀猫はがっくりと肩を落とす。
「あーあ」
こんなはずじゃあなかったんだ。せっかく懐があったかくなって。ひさびさにこいつにも夕飯ごちそうしてやろうかなんて気になって。約束まで取り付けて、銀時手ずからこしらえたというのに。
「おめぇが来やがらねーから」
好きなものを食うだけ食って、気持ちよく寝た、なんていうのは建て前で。半分は不貞寝だったのだ。そしてうたた寝から目覚めたときには、銀時は猫になっていた。
「だからどうしても抜けられぬ急用があったと云っておろう。すまぬと思えばこそ、こうして詫びに来たのではないか」
「猫の姿でか」
「用を済ませて万事屋に向かおうとしたときにはもう変わっていたのだ」
つまりはたぶんほぼおなじころ、桂もまた猫になったものらしい。
「いまごろ来たって、もうなんもねーよ。おめーのぶんはみぃんな、神楽の腹ん中だ」
「それはよいのだ。リーダーが満腹したのなら、それはそれでよろこばしい」
神楽だって内心はひさしぶりに桂が来るのをたのしみにしていたのだから、半分はやけ食いである。新八がそれを口にしないのは、云えば神経を逆撫でするだけと知っているからだ。それをこいつはわかっているんだろうか。
「よろこばしくなんかねーよ」
そもそも希むほうがまちがっているのか。おたずねものの攘夷志士と無事平穏におなじ食卓を囲むことなど。ほんのささやかなはずのそれは、それほどに贅沢な望みなのか。
思えば妙なもので。たがいに猫になっていたときのほうが四六時中いっしょにいたから、寝食をともにできていた。これなら猫のほうがましだった、などとちらりとでも思ったとは、口が裂けても云えやしないが。
ともに縁の下に身を潜め、狩りの練習をし、街をぶらつき、塞ぐ銀時に桂が食料を調達し、夜の公園をねぐらにした。焼き鳥も焼秋刀魚もともに食った。ゴリラも交えていたけれど、枕を並べて寝て、起きて。
朝起きて目覚めた自分がまだ猫であることに絶望しながら、それでも傍らにいる存在に励まされ勇気づけられて。いっしょでよかったと安堵して。
つねに状況をたのしむよゆうのある桂に救われて。凹む銀時を支えることで桂は必要以上に猫生活に馴染んで。
「おめーはまた肉球手に入れてうれしいかもしんねぇけどな」
おのれの猫の手を眺めてもう何度目かの溜め息をつく銀猫に、取っ組み合っていたその下からするりと抜け出した桂猫は、みゃあとひと声啼いた。
「あ、おまえバカにしたね。狩りもできないってバカにしてるんだろう」
「いまさら貴様を莫迦にしたとてなんになる。心配せんでもおれが獲ってやる」
「だから雀なんて食えねー」
「捌いて串に刺して塩して焼き鳥にすれば食えるのだろう? 案ずるな。前回で人間への媚びの売りかたにも慣れた。貴様ぐらいおれが食わせてやる」
云いながら桂は、おのれの肉球でぺろりと顔を舐めるように拭う。
「やめてくんない。その云いかた。俺がまるでおまえのヒモみたいじゃん」
「ふむ。やっぱり自分で自分の肉球をぷにぷにしてもいまひとつだな」
銀時の苦情など意に介さず、桂は小首を傾げてじぃっと手、もとい前脚を見る。
「っくしゅん」
迫ってきた夜の冷気に、そのまま少し身を震わせてくしゃみをひとつ。
「いかん。ここは吹きさらしで冷える。公園の遊具か縁の下に避難するぞ、銀時」
桂猫はそのぽてっとしたちいさな手で、銀猫をちょいちょいと手招いた。
みゃぁあぉうんん。
かまくらを思わせるまるい遊具のなかは、心持ち温かい。とはいえさっきまでぬくぬくと寝間でごろ寝していた身には堪えて、銀猫は桂猫とかさなるようにまるまっている。
なんの用事だったか知らないが、よほど疲れているらしく桂はすでにうとうとしはじめている。そういえば、こいつメシはどうしたんだろう。
「おめー、夕飯ちゃんと食ったの?」
「んー。要人と会食だったから」
食うには食った、と眠そうな声で返事が返る。
「あっそ。なに食ったの」
本来なら銀時とともにするはずだった食事の時間。筋違いとわかってはいても、そのあいてに腹が立つ。
「旬の海鮮懐石ふるこーす」
「そらまー豪勢なこって」
比せば万事屋の夕餉など、御馳走といってもたかが知れている。ますますいらっとする銀時に、ぽつりと桂は呟いた。
「腹の探り合いをしながら食う懐石より」
ふわぁぁ、とちいさな欠伸が被さって。
「おまえと食う焼き鳥のほうがうまいにゃ…むにゃ」
そう思いながら歩いていたら猫に。
「…なって…た……にゃ…ん………」
語尾は寝息に取って代わられていた。
「…………」
その寝息を確かめて、銀猫は桂猫の頬をぺろりと舐めた。眠ってくれて幸いだった。でなければいま自分の耳も頬も熱いのがきっとばればれだったろう。火照るからだは体温の低いこいつの、いい湯たんぽ代わりになるだろうか。
「いまは寝かせてやるけどさ」
あす朝目覚めたら。
「いいよな。俺たちいま猫だもん」
昼日中の公園で盛ってたって、だれも咎めない。
だって、こいつも俺のこと考えてたってことじゃん? 俺とのねこ暮らしを少なからず懐かしんでたってことじゃん?
ああ、だから。
きっと波長が合ってしまったのだ。おなじときにおなじタイミングでおなじようなことを望んでしまったから。祈りだか呪いだか知らないけれど。
また、猫になってしまったのだ。
たがいがたがいの傍らにいることに、どれだけ飢(かつ)えていたものか。白黒の猫二匹、それから数日をまた公園で野宿する羽目となり。ようやく猫化が解けて万事屋へと戻った銀時は、神楽と新八からさんざんにどやされることとなるのだが。
いまはまだそれを知らず、ふたりまるまって眠っている。
了 2010.01.30.
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