二十万打御礼リクエスト。
【坂桂で、坂本に甘え倒す桂と、その現場を偶然見てしまって地の底まで落ち込む銀】
銀時視点の坂桂。
坂本と桂。と、銀時。
前後篇、後篇。
一歩一歩が地にのめり込んでゆくような足取りのまま、銀時はさして重くもない茶の紙袋(かんぶくろ)を抱えながら、とぼとぼと歩く。自分でも信じられないくらいに気分が沈んでいくのがわかった。
たかがあれくらい、なんだっていうんだ。
そうおのれを叱咤してみても、だめだった。たかが、だったが、されど、なのだ。まのあたりにしたのが、会いに訪ねてそれが空振りに終わったあげくの現実だったから、倍以上に堪えたのだろうな。そんな分析をしてみたところで、ものの役にも立ちゃしない。
なんであんな場に居合わせちまったんだ。知らなきゃ知らないで…。いや、結局おなじだ。
ああ、なんで俺はここにいるんだろう。なんで万事屋なんかやってるんだろう。なんでいまパチンコの景品抱えてのろのろ歩いてるんだろう。なんで俺、息なんかしてるかな。この場で死ねよ。死ねたらラクになるんじゃねーの。
醸しだす鬱々とどんよりとした空気に、すれ違うものも追い越すものも、みな銀時のそばを避けて通るありさまだ。紙袋のなかの甘いものに縋る気力すらなく、銀時はひたすらとぼとぼと歩き続けた。あれ、あの店から万事屋ってこんなに遠かったっけ。
会いたいなぁ。
この落ち込みの原因そのものの存在に、それでも気づけばふとそんなふうにおもってしまう。俺を見て、俺のそばで、いつもの小言を云ったりしてる桂でいいからさ。あんなふうに笑ってくれなくたって、いいんだ。
きょう、会いたかったんだ。あんな覗き見するような真似でじゃなくて、いつも真っ正面から銀時を見て話す、桂に会いに行ったのに。俺から会いに行ったのに。たまに行くと、なんでこうなるんだよ。
沈む沈む沈む沈む、しずむしずむ、し ず む。
「なにをしているのだ。こんなところで」
掛けられた声に我に返ると、日も暮れなずむ公園のベンチに乗り上げて横を向き、紙袋を懐に抱え込んだまま膝を抱えて座り込んでいた。
上げた視線のさきに、橙色に染まった、ころんとしたしろいぬいぐるみを抱えた桂が佇んでいた。そのかたわらには、背の高い赤茶けた外套のおとこ。
「…………」
「せっかく坂本と万事屋に立ち寄ったのに、貴様がいつまでたっても戻らぬから」
「あ、そ」
「あ、そ。ではない」
「いいんじゃん。辰馬とふたりっきりでたのしくやってれば」
「なにを拗ねておるのだ」
「拗ねてなんか、いーまーせーんー」
しょうのないやつだとでもいうように桂が苦笑する。
「それを拗ねているというのだ。これでももふもふして元気を出せ」
と、抱えていたいぬだかねこだかの、ちんまるふかふかのぬいぐるみを押しつけてくる。
「いらねーよ、てめーじゃあるまいし」
「なんでだー。かわいいぞ、心地よいぞ、これ、この毛並みに、肉球。ぴんくだぞ」
いやがる銀時にぐいぐいと押しつけてくる。
「るっせーつってんだろ」
跳ね避けようとそのぬいぐるみに勢いよく手を掛けかけたところで、銀時のうごきがぴくりと止まった。
???
さっきまで桂がずっと正面から抱きかかえていたせいで、後ろ姿と尻尾くらいしかわからなかったのが、銀時の頬に縫いぐるみの顔を擦りよせるようにしたせいで、いまは鼻面を付き合わせて睨めっこ状態である。
なんか以前にすごく見慣れたような気のする顔がそこにあった。
「…なんだ、こりゃあ」
そうだ。これはあのとき、水たまりに映ったおのれの姿だ。
え?
思わず桂の顔をまじまじと見てしまう。
「ふっふっふっ」
桂は得意げに胸を張った。
「こんな目つきでしろくてふわふわ以外かわいげがないせいか、ながく売れ残っておったのだ。ぱちんこ屋のまえを通るたび、硝子越しに見える景品のでぃすぷれいが気になっていてなぁ。それを、きょうついに手に入れたぞ! 銀時」
知ってか知らずか、その白いもふもふのぬいぐるみは猫化した銀時に瓜二つだったのである。
「おめぇ、こんなもんが欲しかったの」
紙袋をわきに置き、脱力したようにベンチにちょこなんと座り込む銀時は、妙にふわふわとした心持ちに囚われている。
「うむ。坂本がな、パチンコのやり方を伝授してくれて、それでようやく目的を果たせたというわけだ」
「かわいげねぇんだろ」
「そこがかわいいのではないか。世間にはそれがわからんのだ」
ふわふわとしたものが、むずがゆさをともなってきた。
「莫迦なの、おまえ。莫迦だろ、おまえ」
「莫迦じゃない。桂だ」
常套句で返しながら、桂はその猫のぬいぐるみをおなじくらいしろくてふわふわの銀時のあたまに被せるように乗せてくる。銀時はこんどはだまってそのもふもふ攻撃を受けた。どんな表情をしていいのか、いましているのか、わからないでいるおのれの顔を隠してくれるからだった。
「ああ!そうじゃったがか」
それまでにこにことふたりのやりとりを眺めていた坂本が、ようやく思い当たったとでも云いたげに、ぽん、と手を打った。
「なにかに似ちゅうと思っちょったが。ほうか、金時に似ちゅうんだ」
そういいながら、まじまじとその猫のぬいぐるみと銀時の顔とを見比べる。
ちょっと待て。そりゃ、猫化した俺そのものだけど、いま人間の姿と見比べて似てるって。
「それはねーだろ。この黒もじゃ。そもそも"金"じゃねぇし」
桂の乗せたしろふわのぬいぐるみを、しろふわのあたまのうえに両手で支える格好になって座ったまま、銀時はようやく常の調子を取り戻したかのように反論する。
「なんの。このふてくされた表情といい半開きの眼(まなこ)といい、まっことおんしそのがやか」
そう、もふもふのぬいぐるみのあたまをぱんぱんと叩く。長身の坂本が小突くのにちょうどいい高さだとみえる。
「てっ。気安く叩いてんじゃねーよ」
そのうち、坂本の声が凋んできた。
「…そうか。桂さんがあがーにそれを欲しがったがは…金時に……似ちゅうからか。…まっこと羨ましいおとこぜよ」
「だから、似てねーよ」
がっくりと肩を落とす坂本に、咄嗟にどう応えたものかと、銀時はそう返したが。
「そうだぞ、坂本。猫になった銀時は、雀の一羽も獲れぬのだ。羨ましくなんかないぞ」
桂はやっぱり桂で、いささかずれた反応をする。
ちょ。よりにもよってなんでそこなの。銀さん、活躍したところだってあるじゃない。
「甲斐性がないのは猫になっても変わらぬとみえてな。なぁ坂本。貴様が猫になったなら、海で鯛でも釣ってきそうだがなぁ」
さらりと長い黒髪が流れる。小首を傾げてあっけらかんと付け足す桂に、銀時はふたたび地の底に叩き落とされて。坂本は凋んでいた黒もじゃあたまを浮上させた。
「もっちろんじゃー。こたろのためなら海老でも鯛でも鮪でも獲ってきちゃるき」
大仰に両腕を広げてからからと笑う。現金なやつめ。地に沈み泥沼にめり込んだ銀時のおどろおどろしい視線などものともせずに。
「こんどはわしといっしょに猫になるちやー」
どげしっ。
揚々と桂に抱きついた黒もじゃの脳天に、ベンチから立ち上がりはなの銀時の踵落としが決まる。その勢いで宙に放り出されたしろふわのぬいぐるみを、桂があわてて受けとめるや銀時を睨んだ。
「なにをする!しろふわ猫さんが怪我してしまうではないか!」
いや、それぬいぐるみだから。ぬいぐるみだからねっっ。
脳内で烈しくそう突っ込みながら、その間に応戦にでた坂本にもういっぽうの足を払われ尻餅をついた銀時は、叫ばずにはいられなかった。
「俺はいいのかよっ」
「まったく、もう」
桂は銀時に目もくれず、しろふわ猫のぬいぐるみをそれはそれは愛おしげに撫でる。そいつ、俺に似てたんじゃねぇの。え? 扱いがちがいすぎるんじゃねぇの。
「貴様らが猫なら、白もじゃと黒もじゃでかわいがってやるのに、なあ」
「おいこら。なにてめーだけ人間のままでいようとしてんだ」
「そうちや。こたろも猫じゃなければ意味がないろう」
こっちの気も知らないで。
「ついでに隻眼の包帯猫でもおれば、完璧だ」
淡々としろふわ猫のぬいぐるみに話しかける桂の、それはちらりと覗かせた本音だったのかも知れない。が。
「おめー。それは、ずるくね?」
桂の手からぬいぐるみをひったくる。
こんなものに負けてられっか。
「あっはっはーっ。ほいたら猫になったとしたちめっそう変わらんか」
めげもせず桂にじゃれつく坂本を、もういちど。銀時は、げしっとちからいっぱい踏みつけた。
黒もじゃ猫も、包帯猫も、くそくらえ。
流れる黒髪のむこう、毛並みつやつやの黒い美猫が笑った気がした。
了 2010.11.16.
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一歩一歩が地にのめり込んでゆくような足取りのまま、銀時はさして重くもない茶の紙袋(かんぶくろ)を抱えながら、とぼとぼと歩く。自分でも信じられないくらいに気分が沈んでいくのがわかった。
たかがあれくらい、なんだっていうんだ。
そうおのれを叱咤してみても、だめだった。たかが、だったが、されど、なのだ。まのあたりにしたのが、会いに訪ねてそれが空振りに終わったあげくの現実だったから、倍以上に堪えたのだろうな。そんな分析をしてみたところで、ものの役にも立ちゃしない。
なんであんな場に居合わせちまったんだ。知らなきゃ知らないで…。いや、結局おなじだ。
ああ、なんで俺はここにいるんだろう。なんで万事屋なんかやってるんだろう。なんでいまパチンコの景品抱えてのろのろ歩いてるんだろう。なんで俺、息なんかしてるかな。この場で死ねよ。死ねたらラクになるんじゃねーの。
醸しだす鬱々とどんよりとした空気に、すれ違うものも追い越すものも、みな銀時のそばを避けて通るありさまだ。紙袋のなかの甘いものに縋る気力すらなく、銀時はひたすらとぼとぼと歩き続けた。あれ、あの店から万事屋ってこんなに遠かったっけ。
会いたいなぁ。
この落ち込みの原因そのものの存在に、それでも気づけばふとそんなふうにおもってしまう。俺を見て、俺のそばで、いつもの小言を云ったりしてる桂でいいからさ。あんなふうに笑ってくれなくたって、いいんだ。
きょう、会いたかったんだ。あんな覗き見するような真似でじゃなくて、いつも真っ正面から銀時を見て話す、桂に会いに行ったのに。俺から会いに行ったのに。たまに行くと、なんでこうなるんだよ。
沈む沈む沈む沈む、しずむしずむ、し ず む。
「なにをしているのだ。こんなところで」
掛けられた声に我に返ると、日も暮れなずむ公園のベンチに乗り上げて横を向き、紙袋を懐に抱え込んだまま膝を抱えて座り込んでいた。
上げた視線のさきに、橙色に染まった、ころんとしたしろいぬいぐるみを抱えた桂が佇んでいた。そのかたわらには、背の高い赤茶けた外套のおとこ。
「…………」
「せっかく坂本と万事屋に立ち寄ったのに、貴様がいつまでたっても戻らぬから」
「あ、そ」
「あ、そ。ではない」
「いいんじゃん。辰馬とふたりっきりでたのしくやってれば」
「なにを拗ねておるのだ」
「拗ねてなんか、いーまーせーんー」
しょうのないやつだとでもいうように桂が苦笑する。
「それを拗ねているというのだ。これでももふもふして元気を出せ」
と、抱えていたいぬだかねこだかの、ちんまるふかふかのぬいぐるみを押しつけてくる。
「いらねーよ、てめーじゃあるまいし」
「なんでだー。かわいいぞ、心地よいぞ、これ、この毛並みに、肉球。ぴんくだぞ」
いやがる銀時にぐいぐいと押しつけてくる。
「るっせーつってんだろ」
跳ね避けようとそのぬいぐるみに勢いよく手を掛けかけたところで、銀時のうごきがぴくりと止まった。
???
さっきまで桂がずっと正面から抱きかかえていたせいで、後ろ姿と尻尾くらいしかわからなかったのが、銀時の頬に縫いぐるみの顔を擦りよせるようにしたせいで、いまは鼻面を付き合わせて睨めっこ状態である。
なんか以前にすごく見慣れたような気のする顔がそこにあった。
「…なんだ、こりゃあ」
そうだ。これはあのとき、水たまりに映ったおのれの姿だ。
え?
思わず桂の顔をまじまじと見てしまう。
「ふっふっふっ」
桂は得意げに胸を張った。
「こんな目つきでしろくてふわふわ以外かわいげがないせいか、ながく売れ残っておったのだ。ぱちんこ屋のまえを通るたび、硝子越しに見える景品のでぃすぷれいが気になっていてなぁ。それを、きょうついに手に入れたぞ! 銀時」
知ってか知らずか、その白いもふもふのぬいぐるみは猫化した銀時に瓜二つだったのである。
「おめぇ、こんなもんが欲しかったの」
紙袋をわきに置き、脱力したようにベンチにちょこなんと座り込む銀時は、妙にふわふわとした心持ちに囚われている。
「うむ。坂本がな、パチンコのやり方を伝授してくれて、それでようやく目的を果たせたというわけだ」
「かわいげねぇんだろ」
「そこがかわいいのではないか。世間にはそれがわからんのだ」
ふわふわとしたものが、むずがゆさをともなってきた。
「莫迦なの、おまえ。莫迦だろ、おまえ」
「莫迦じゃない。桂だ」
常套句で返しながら、桂はその猫のぬいぐるみをおなじくらいしろくてふわふわの銀時のあたまに被せるように乗せてくる。銀時はこんどはだまってそのもふもふ攻撃を受けた。どんな表情をしていいのか、いましているのか、わからないでいるおのれの顔を隠してくれるからだった。
「ああ!そうじゃったがか」
それまでにこにことふたりのやりとりを眺めていた坂本が、ようやく思い当たったとでも云いたげに、ぽん、と手を打った。
「なにかに似ちゅうと思っちょったが。ほうか、金時に似ちゅうんだ」
そういいながら、まじまじとその猫のぬいぐるみと銀時の顔とを見比べる。
ちょっと待て。そりゃ、猫化した俺そのものだけど、いま人間の姿と見比べて似てるって。
「それはねーだろ。この黒もじゃ。そもそも"金"じゃねぇし」
桂の乗せたしろふわのぬいぐるみを、しろふわのあたまのうえに両手で支える格好になって座ったまま、銀時はようやく常の調子を取り戻したかのように反論する。
「なんの。このふてくされた表情といい半開きの眼(まなこ)といい、まっことおんしそのがやか」
そう、もふもふのぬいぐるみのあたまをぱんぱんと叩く。長身の坂本が小突くのにちょうどいい高さだとみえる。
「てっ。気安く叩いてんじゃねーよ」
そのうち、坂本の声が凋んできた。
「…そうか。桂さんがあがーにそれを欲しがったがは…金時に……似ちゅうからか。…まっこと羨ましいおとこぜよ」
「だから、似てねーよ」
がっくりと肩を落とす坂本に、咄嗟にどう応えたものかと、銀時はそう返したが。
「そうだぞ、坂本。猫になった銀時は、雀の一羽も獲れぬのだ。羨ましくなんかないぞ」
桂はやっぱり桂で、いささかずれた反応をする。
ちょ。よりにもよってなんでそこなの。銀さん、活躍したところだってあるじゃない。
「甲斐性がないのは猫になっても変わらぬとみえてな。なぁ坂本。貴様が猫になったなら、海で鯛でも釣ってきそうだがなぁ」
さらりと長い黒髪が流れる。小首を傾げてあっけらかんと付け足す桂に、銀時はふたたび地の底に叩き落とされて。坂本は凋んでいた黒もじゃあたまを浮上させた。
「もっちろんじゃー。こたろのためなら海老でも鯛でも鮪でも獲ってきちゃるき」
大仰に両腕を広げてからからと笑う。現金なやつめ。地に沈み泥沼にめり込んだ銀時のおどろおどろしい視線などものともせずに。
「こんどはわしといっしょに猫になるちやー」
どげしっ。
揚々と桂に抱きついた黒もじゃの脳天に、ベンチから立ち上がりはなの銀時の踵落としが決まる。その勢いで宙に放り出されたしろふわのぬいぐるみを、桂があわてて受けとめるや銀時を睨んだ。
「なにをする!しろふわ猫さんが怪我してしまうではないか!」
いや、それぬいぐるみだから。ぬいぐるみだからねっっ。
脳内で烈しくそう突っ込みながら、その間に応戦にでた坂本にもういっぽうの足を払われ尻餅をついた銀時は、叫ばずにはいられなかった。
「俺はいいのかよっ」
「まったく、もう」
桂は銀時に目もくれず、しろふわ猫のぬいぐるみをそれはそれは愛おしげに撫でる。そいつ、俺に似てたんじゃねぇの。え? 扱いがちがいすぎるんじゃねぇの。
「貴様らが猫なら、白もじゃと黒もじゃでかわいがってやるのに、なあ」
「おいこら。なにてめーだけ人間のままでいようとしてんだ」
「そうちや。こたろも猫じゃなければ意味がないろう」
こっちの気も知らないで。
「ついでに隻眼の包帯猫でもおれば、完璧だ」
淡々としろふわ猫のぬいぐるみに話しかける桂の、それはちらりと覗かせた本音だったのかも知れない。が。
「おめー。それは、ずるくね?」
桂の手からぬいぐるみをひったくる。
こんなものに負けてられっか。
「あっはっはーっ。ほいたら猫になったとしたちめっそう変わらんか」
めげもせず桂にじゃれつく坂本を、もういちど。銀時は、げしっとちからいっぱい踏みつけた。
黒もじゃ猫も、包帯猫も、くそくらえ。
流れる黒髪のむこう、毛並みつやつやの黒い美猫が笑った気がした。
了 2010.11.16.
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