Armed angel #03 一期未満 ニルティエ
ソレスタルビーイングによる武力介入行動開始より一年余遡って直前まで。
開始二年前の刹那加入からしばらくしてのち。
ロックオンとティエリアに介意するおとなたち。断章。
全三回。その1。
その日。ソレスタルビーイングの実動母艦となるプトレマイオスで、搭乗メンバーの初顔合わせが行われた。輸送艦プトレマイオス、愛称トレミーはいま建造を終えラグランジュ3の偽装ドック内に停泊している。
ガンダムエクシアのマイスター、刹那・F・セイエイが加入して、十ヶ月余り。少数精鋭をむねとするCB実行部隊の主たるメンバーはすでにこのポイントに集結していたが、全員が揃って顔を合わせるのはこれが初めてのこととなる。むろんみなに秘匿義務があり、それぞれが、職務となまえと年齢だけの簡単な自己紹介をすませた。ほかに明らかにされるのは身長体重と性別くらいなもので、名告ったなまえは当然のことながらコードネームである。ことにマイスター四人の個人情報は量子型演算処理システム・ヴェーダのレベル7の領域にあり、たとえ組織の人間であっても知ることは叶わない。
ティエリア・アーデに至っては内部公開データでさえ身長体重のほかはコードネームしか明かされていないという徹底ぶりで、この時期の少年にしては成長が遅いのか、それとも比較的身長があることから見て成長が早くてそこで停滞しているのか、いずれにせよ見た目があまり変わらないために年齢の判断がつけにくい。両親亡きあと組織で育てられたという少女で最年少クルーである戦況オペレーターフェルト・グレイスや、古くから在籍している総合整備士イアン・ヴァスティや船医となるJB・モレノでさえ、イオリア計画実行人選の早い段階でCBに加入してきたというティエリアの、詳しいところを知り得なかった。もっともモレノに関しては、医師という立場上もう少し踏み込んだあたりを知っているのではないか、とニールは推測している。
プトレマイオスの艦内をひととおり案内され、持ち場と共用空間の説明を受け、各自が今後おのれの私室に割り当てられる部屋に向かうなか、ティエリアは私室よりもターミナルユニットと呼ばれるブロックへの検分を優先させた。
「ターミナルユニット?」
その背を見送りながらつぶやいたニールに、横からスメラギが応じる。
「ヴェーダのね。もっとも入室がゆるされているのはティエリアだけだから、彼に行ってもらうしかないんだけど」
「ティエリアだけ? 実質艦長のあんたをさしおいてか。ミス・スメラギ」
「わたしはただの戦術予報士だもの。責任者ではあるけれど」
そう肩を竦めた。聞けばヴェーダからの指示だという。
「それにわたしがここに来たときにはもうティエリアはいたの。彼は特例だと云われたわ。それがなにを指すのかまではわたしには知らされていないけれど、ミッションを逸脱しないかぎりティエリアにはヴェーダとの高レベルでの独自の交信が認められているってわけ」
「それでヴェーダの申し子…、か。けどそれじゃあ、そこまで俺に話しちまってよかったのかい?」
なにげに問い返したニールを、グラマラスな戦術予報士はなにかしらふくむところのある眼差しで見つめ返してきた。
「あら。知りたかったんじゃないの? ロックオン」
その視線に気づいてニールは曖昧に笑む。
「そりゃ、ま、否定はしねぇが」
「あなたには、現場でマイスターズの取り纏めをしてもらわなきゃならないもの。ことに年少組二人は手が掛かる。このくらいの賄賂は贈るわよ」
「ただ、マイスター最年長ってだけで…」
「貧乏くじよね。ま、期待しているわ」
スメラギはにっこり笑って、苦笑するしかないニールの背を叩いた。
結局、散会時刻ぎりぎりになるまでティエリアは、ターミナルユニットから出てこなかった。
「ヴェーダとずいぶん長いことアクセスしてたんだな」
基地内の施設に戻り、ニールはティエリアを夕食に誘った。食堂は賑わっていてティエリアはやや不快そうだったが、誘いを一蹴されなかっただけましである。つまり、きょうは機嫌がいい、ということだ。
「ひさしぶりにヴェーダに触れられて、心地よかった。あの場所がプトレマイオスに装備されているのは、むろん計画のためだが、ありがたいと思う」
そう応える表情はついぞ見たこともないくらいにやわらかい。これで微笑んでくれたら最高なんだけどな、とニールは思う。
「それなら、まあ、よかったよ」
そう云いながら対面に座ったティエリアの眉間に革手袋の指先を伸ばした。
「ここの皺も取れてるし」
ティエリアは少し驚いたように顔をあげ、スプーンを持っていないほうの手で、その手を押し戻した。
「ロックオン・ストラトス」
咎めるように名を呼ぶ。あいかわらずのフルネーム。どういうわけだかマイスターズの年少組は揃いも揃って同僚をフルネームで呼ぶのだ。
せめてティエリアにはいいかげん改めてもらいたい。ニールを呼ぶときだけでもいい。いつまでも他人行儀なようでニールはいやなのだが、ティエリアにはそのあたりの機微が通じない。云えば、事実他人だ、と返される。
「あのきかん坊が来てからこっち、ことあるごとにここ寄せてたからさ。そのきれいな顔に痕が残って消えなくなったらどうしようかと思ったぜ」
「それはおれのせいではない。苦情なら刹那・F・セイエイに云うといい」
ニールの軽口に、ティエリアは取りあわずレーションを口に運んだ。
「けど実際、そんなにひどいもんでもねぇだろう、刹那は」
「ああ。技能的にはとくに問題は見受けられない。その点に於いては加入当初のあなたやアレルヤ・ハプティズムよりもむしろ優秀なくらいだ」
認めるべき点は率直に認められる。反りの合う合わないとはべつのところで理性的な判断が利くのは、ティエリアの長所だ。
「じゃあ、なにが気にくわないんだ?」
「彼の問題点はむしろ、その行動にある。シミュレーションでも単機での数値比較ならばレベルは高いが、フォーメーションでの逸脱行為や独断行動は目に余るものがある」
「あいつはまだ、お子さまだからな。気持ちが逸りすぎて周りが見えなくなるんだろうさ」
「実戦で、それでは困る」
加入当初どう多く見積もっても十代入口のこどもとしか思われなかった刹那は、ここ一年足らずでこどもというよりは少年らしい顔つきになってきたが、その行動はあいかわらず無口で単独行を好み、そのうえ利かん気がつよい。
じつのところ、孤高と不遜を絵に描いたようなティエリアとておなじようなものなのだが、ティエリアの行動基盤がヴェーダに従順であるのに対して、刹那の基準はあくまで自分自身にのみあるものだから、じつは似ているのに咬み合うということがない。もっともそんなことをニールが口に出して云えば、どこが似ているのか、とティエリアは食ってかかるだろう。
「おまえさんはおまえさんで固すぎるんだよ。たしかに、刹那みたいに自分の考えだけで暴走するのも問題ではあるが」
食堂を出て通路を漂うように進みながら、私室に向かうティエリアを追う。
「あなたは寛容だな」
そんなニールを振り返るでもなく、ティエリアは私室まえで降り立った。
「俺がいちばん甘いのはおまえさんにだと思うけどね」
おなじように歩を止めたニールを深紅の双眸が怪訝そうに見つめた。
「本日夕食後は標準時翌〇六まで自由行動のはずだが」
「自由行動だから、だろ」
そういってその双眸を見つめ返す碧緑の目は、ことばの軽妙さとは裏腹に熱っぽい。
「………」
バイオメトリクス認証とパスワードで個室の鍵を外そうと翳されかけたティエリアの掌が、とまどうように握り込まれた。
「ティエリア」
ニールの肩の辺りにあたる紫黒の髪の耳もとで囁くように名を呼んだ。そのまま扉に腕を付いて囲うようにティエリアを閉じ込める。こういうときの人間の温度そのものを厭うティエリアの、隔意を解すのにはずいぶんとかかった。けれどまだそれだけだ。われながら忍耐強くなったと思う。出会ってからまもなく二年になろうとしている。おもいを告げたのはその半年後だというのに。このあいてに無体を働けないのは、いかんともしがたいのだ。
ティエリアはニールから視線を外し、諦めたようにちいさな溜息を漏らす。
「…おれの自由はどうなるんですか」
「いやなら、とっとと部屋に入って俺を締めだせばいい」
「鍵を開けたら押し入ってくる。こういうときのあなたは強引だから」
さすがにわかってらっしゃる。きょうはすなおに入れてくれるかと思ったがそううまくはいかないらしい。ニールは苦笑して、ティエリアの背後に付いた手はそのままに、もう片方の手で顎を捉えてその口唇に軽く接吻を落とした。
ぱん、とちいさく手が鳴って、その手を払い落とされる。
「ロックオン・ストラトス! …こんなところで!」
「だれが通るかもわからないのに? 俺はどこでもかまわないんだぜ。ティエリアと過ごせるなら」
つづくはずのことばを先回りして奪って、逃げ道を塞ぐ。こういうところはニールのおとなの狡さで、ティエリアでは太刀打ちできないと知っている。口をへの字に曲げたティエリアが、恨めしそうにニールを見た。ふだん冷ややかか怒っているかのどちらかだから、こんな表情を向けてくるのはニールにだけだ。
そんな顔するなよ。理性が利かなくなる。
観念して開かれたドアから身を縺れさせるようにして部屋に滑り込む。そのドアが閉じる間すらもどかしく、ニールは深くティエリアの口唇を捉えた。
* * *
ひとを逸らさぬ朗らかな笑みと飄々とした態度、別け隔てなく面倒見のよい性格にその男性的で端正な容姿も相俟って、基地のクルーたちからは老若男女を問わず評判がいい。ことに女性陣からは、いいおとこよね、と溜め息まじりに噂される。CBに加入して一年を過ぎるころには、ロックオン・ストラトスというのはそういう立ち位置になっていた。
「おまえみたいなのは、さぞやモテるんだろうな」
イアン・ヴァスティはGNスナイパーライフルの整備の手をやすめることなく、となりでデュナメスの調整にかかずらっている青年をそう揶揄った。壮年の凄腕整備士は、この青年を気に入っている。
「なんか噂がひとり歩きしてますけどね」
ハロのサポートを受けながらシステムの端末を叩くロックオンにとっても、同輩か年下のクルーが多いなかで遥かに年長者の整備士は却って気の置けないあいてらしく、なんどか酒の席にも顔を出している。
「ああ、あれだろう、百人斬りとかっていう」
そう云って、イアン・ヴァスティは豪快に笑った。口さがない噂話は尾ひれがついて、二年目ともなると遠慮もなにもなくなるようだ。
「おやっさんまで、無責任に。俺はそんなに軽く見えんのかい?」
肩を竦めて苦笑する。人慣れた受け答えは、この青年を実年齢以上におとなびて見せていた。
「軽いってんじゃなくて、たんにモテまくってひとりに縛られない、っていう印象なんだろうよ」
「そんな野郎がこんなところでMSあいてに四苦八苦してるかってぇの」
CBに参加しているような連中はみな、どこかに傷を抱えているか、ほかに行き場のないものがほとんどだ。でなければ、武力による紛争根絶と恒久和平などという突拍子もない計画に乗っかるわけがない。
続 2011.09.12.
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その日。ソレスタルビーイングの実動母艦となるプトレマイオスで、搭乗メンバーの初顔合わせが行われた。輸送艦プトレマイオス、愛称トレミーはいま建造を終えラグランジュ3の偽装ドック内に停泊している。
ガンダムエクシアのマイスター、刹那・F・セイエイが加入して、十ヶ月余り。少数精鋭をむねとするCB実行部隊の主たるメンバーはすでにこのポイントに集結していたが、全員が揃って顔を合わせるのはこれが初めてのこととなる。むろんみなに秘匿義務があり、それぞれが、職務となまえと年齢だけの簡単な自己紹介をすませた。ほかに明らかにされるのは身長体重と性別くらいなもので、名告ったなまえは当然のことながらコードネームである。ことにマイスター四人の個人情報は量子型演算処理システム・ヴェーダのレベル7の領域にあり、たとえ組織の人間であっても知ることは叶わない。
ティエリア・アーデに至っては内部公開データでさえ身長体重のほかはコードネームしか明かされていないという徹底ぶりで、この時期の少年にしては成長が遅いのか、それとも比較的身長があることから見て成長が早くてそこで停滞しているのか、いずれにせよ見た目があまり変わらないために年齢の判断がつけにくい。両親亡きあと組織で育てられたという少女で最年少クルーである戦況オペレーターフェルト・グレイスや、古くから在籍している総合整備士イアン・ヴァスティや船医となるJB・モレノでさえ、イオリア計画実行人選の早い段階でCBに加入してきたというティエリアの、詳しいところを知り得なかった。もっともモレノに関しては、医師という立場上もう少し踏み込んだあたりを知っているのではないか、とニールは推測している。
プトレマイオスの艦内をひととおり案内され、持ち場と共用空間の説明を受け、各自が今後おのれの私室に割り当てられる部屋に向かうなか、ティエリアは私室よりもターミナルユニットと呼ばれるブロックへの検分を優先させた。
「ターミナルユニット?」
その背を見送りながらつぶやいたニールに、横からスメラギが応じる。
「ヴェーダのね。もっとも入室がゆるされているのはティエリアだけだから、彼に行ってもらうしかないんだけど」
「ティエリアだけ? 実質艦長のあんたをさしおいてか。ミス・スメラギ」
「わたしはただの戦術予報士だもの。責任者ではあるけれど」
そう肩を竦めた。聞けばヴェーダからの指示だという。
「それにわたしがここに来たときにはもうティエリアはいたの。彼は特例だと云われたわ。それがなにを指すのかまではわたしには知らされていないけれど、ミッションを逸脱しないかぎりティエリアにはヴェーダとの高レベルでの独自の交信が認められているってわけ」
「それでヴェーダの申し子…、か。けどそれじゃあ、そこまで俺に話しちまってよかったのかい?」
なにげに問い返したニールを、グラマラスな戦術予報士はなにかしらふくむところのある眼差しで見つめ返してきた。
「あら。知りたかったんじゃないの? ロックオン」
その視線に気づいてニールは曖昧に笑む。
「そりゃ、ま、否定はしねぇが」
「あなたには、現場でマイスターズの取り纏めをしてもらわなきゃならないもの。ことに年少組二人は手が掛かる。このくらいの賄賂は贈るわよ」
「ただ、マイスター最年長ってだけで…」
「貧乏くじよね。ま、期待しているわ」
スメラギはにっこり笑って、苦笑するしかないニールの背を叩いた。
結局、散会時刻ぎりぎりになるまでティエリアは、ターミナルユニットから出てこなかった。
「ヴェーダとずいぶん長いことアクセスしてたんだな」
基地内の施設に戻り、ニールはティエリアを夕食に誘った。食堂は賑わっていてティエリアはやや不快そうだったが、誘いを一蹴されなかっただけましである。つまり、きょうは機嫌がいい、ということだ。
「ひさしぶりにヴェーダに触れられて、心地よかった。あの場所がプトレマイオスに装備されているのは、むろん計画のためだが、ありがたいと思う」
そう応える表情はついぞ見たこともないくらいにやわらかい。これで微笑んでくれたら最高なんだけどな、とニールは思う。
「それなら、まあ、よかったよ」
そう云いながら対面に座ったティエリアの眉間に革手袋の指先を伸ばした。
「ここの皺も取れてるし」
ティエリアは少し驚いたように顔をあげ、スプーンを持っていないほうの手で、その手を押し戻した。
「ロックオン・ストラトス」
咎めるように名を呼ぶ。あいかわらずのフルネーム。どういうわけだかマイスターズの年少組は揃いも揃って同僚をフルネームで呼ぶのだ。
せめてティエリアにはいいかげん改めてもらいたい。ニールを呼ぶときだけでもいい。いつまでも他人行儀なようでニールはいやなのだが、ティエリアにはそのあたりの機微が通じない。云えば、事実他人だ、と返される。
「あのきかん坊が来てからこっち、ことあるごとにここ寄せてたからさ。そのきれいな顔に痕が残って消えなくなったらどうしようかと思ったぜ」
「それはおれのせいではない。苦情なら刹那・F・セイエイに云うといい」
ニールの軽口に、ティエリアは取りあわずレーションを口に運んだ。
「けど実際、そんなにひどいもんでもねぇだろう、刹那は」
「ああ。技能的にはとくに問題は見受けられない。その点に於いては加入当初のあなたやアレルヤ・ハプティズムよりもむしろ優秀なくらいだ」
認めるべき点は率直に認められる。反りの合う合わないとはべつのところで理性的な判断が利くのは、ティエリアの長所だ。
「じゃあ、なにが気にくわないんだ?」
「彼の問題点はむしろ、その行動にある。シミュレーションでも単機での数値比較ならばレベルは高いが、フォーメーションでの逸脱行為や独断行動は目に余るものがある」
「あいつはまだ、お子さまだからな。気持ちが逸りすぎて周りが見えなくなるんだろうさ」
「実戦で、それでは困る」
加入当初どう多く見積もっても十代入口のこどもとしか思われなかった刹那は、ここ一年足らずでこどもというよりは少年らしい顔つきになってきたが、その行動はあいかわらず無口で単独行を好み、そのうえ利かん気がつよい。
じつのところ、孤高と不遜を絵に描いたようなティエリアとておなじようなものなのだが、ティエリアの行動基盤がヴェーダに従順であるのに対して、刹那の基準はあくまで自分自身にのみあるものだから、じつは似ているのに咬み合うということがない。もっともそんなことをニールが口に出して云えば、どこが似ているのか、とティエリアは食ってかかるだろう。
「おまえさんはおまえさんで固すぎるんだよ。たしかに、刹那みたいに自分の考えだけで暴走するのも問題ではあるが」
食堂を出て通路を漂うように進みながら、私室に向かうティエリアを追う。
「あなたは寛容だな」
そんなニールを振り返るでもなく、ティエリアは私室まえで降り立った。
「俺がいちばん甘いのはおまえさんにだと思うけどね」
おなじように歩を止めたニールを深紅の双眸が怪訝そうに見つめた。
「本日夕食後は標準時翌〇六まで自由行動のはずだが」
「自由行動だから、だろ」
そういってその双眸を見つめ返す碧緑の目は、ことばの軽妙さとは裏腹に熱っぽい。
「………」
バイオメトリクス認証とパスワードで個室の鍵を外そうと翳されかけたティエリアの掌が、とまどうように握り込まれた。
「ティエリア」
ニールの肩の辺りにあたる紫黒の髪の耳もとで囁くように名を呼んだ。そのまま扉に腕を付いて囲うようにティエリアを閉じ込める。こういうときの人間の温度そのものを厭うティエリアの、隔意を解すのにはずいぶんとかかった。けれどまだそれだけだ。われながら忍耐強くなったと思う。出会ってからまもなく二年になろうとしている。おもいを告げたのはその半年後だというのに。このあいてに無体を働けないのは、いかんともしがたいのだ。
ティエリアはニールから視線を外し、諦めたようにちいさな溜息を漏らす。
「…おれの自由はどうなるんですか」
「いやなら、とっとと部屋に入って俺を締めだせばいい」
「鍵を開けたら押し入ってくる。こういうときのあなたは強引だから」
さすがにわかってらっしゃる。きょうはすなおに入れてくれるかと思ったがそううまくはいかないらしい。ニールは苦笑して、ティエリアの背後に付いた手はそのままに、もう片方の手で顎を捉えてその口唇に軽く接吻を落とした。
ぱん、とちいさく手が鳴って、その手を払い落とされる。
「ロックオン・ストラトス! …こんなところで!」
「だれが通るかもわからないのに? 俺はどこでもかまわないんだぜ。ティエリアと過ごせるなら」
つづくはずのことばを先回りして奪って、逃げ道を塞ぐ。こういうところはニールのおとなの狡さで、ティエリアでは太刀打ちできないと知っている。口をへの字に曲げたティエリアが、恨めしそうにニールを見た。ふだん冷ややかか怒っているかのどちらかだから、こんな表情を向けてくるのはニールにだけだ。
そんな顔するなよ。理性が利かなくなる。
観念して開かれたドアから身を縺れさせるようにして部屋に滑り込む。そのドアが閉じる間すらもどかしく、ニールは深くティエリアの口唇を捉えた。
* * *
ひとを逸らさぬ朗らかな笑みと飄々とした態度、別け隔てなく面倒見のよい性格にその男性的で端正な容姿も相俟って、基地のクルーたちからは老若男女を問わず評判がいい。ことに女性陣からは、いいおとこよね、と溜め息まじりに噂される。CBに加入して一年を過ぎるころには、ロックオン・ストラトスというのはそういう立ち位置になっていた。
「おまえみたいなのは、さぞやモテるんだろうな」
イアン・ヴァスティはGNスナイパーライフルの整備の手をやすめることなく、となりでデュナメスの調整にかかずらっている青年をそう揶揄った。壮年の凄腕整備士は、この青年を気に入っている。
「なんか噂がひとり歩きしてますけどね」
ハロのサポートを受けながらシステムの端末を叩くロックオンにとっても、同輩か年下のクルーが多いなかで遥かに年長者の整備士は却って気の置けないあいてらしく、なんどか酒の席にも顔を出している。
「ああ、あれだろう、百人斬りとかっていう」
そう云って、イアン・ヴァスティは豪快に笑った。口さがない噂話は尾ひれがついて、二年目ともなると遠慮もなにもなくなるようだ。
「おやっさんまで、無責任に。俺はそんなに軽く見えんのかい?」
肩を竦めて苦笑する。人慣れた受け答えは、この青年を実年齢以上におとなびて見せていた。
「軽いってんじゃなくて、たんにモテまくってひとりに縛られない、っていう印象なんだろうよ」
「そんな野郎がこんなところでMSあいてに四苦八苦してるかってぇの」
CBに参加しているような連中はみな、どこかに傷を抱えているか、ほかに行き場のないものがほとんどだ。でなければ、武力による紛争根絶と恒久和平などという突拍子もない計画に乗っかるわけがない。
続 2011.09.12.
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