Armed angel #07 一期(第十四〜十六話) ニルティエ
地上休暇から対三軍連合戦でのガンダムの危難と、一期後期EDのキャンプ。
故国でのニールの迷いと決意。ティエリアという存在。仲良しマイスターズ。
中盤にエロあり。R18。
全八回。その1。
乗り付けたランチア・ラリーの車窓から、街灯に照らし出される、いまは慰霊碑がただ静かに建つだけの一区画を見つめた。
「こんなにきれいになっちまって…」
ニール・ディランディの目に映るのはいまもあの、焼け焦げて瓦礫と化した街並みとシートに覆われ並べられた数多の遺体、そのなかで哀しみに蹲り怒りに震える少年の自分だというのに。
太平洋第六スポットでは、いまプトレマイオスの乗員の大半が休暇を過ごしている。宿泊先はエージェント王留美私有の別荘である。
先刻、滞在中の操舵士リヒティから入った通信に、ニールは携帯端末の音声モードで背後に女の子たちのトークラジオを流して応じ、野暮なことを聞くなよとすぐに切った。出先でオンナを侍らす遊び人のモテオトコを演じてまで、そうしてひた隠すおのれの負の感情を、いまもまだ持て余している。
ハンドルに腕を凭れさせ額を押しつけ、きつく目を閉じた。
「…父さん、母さん、エイミー、……」
愛したものたちのために、おのれはなにをできる。この身は復讐を期し、結句、戦いをえらんだ。そして、この国で平穏に暮らしているはずのライルの、弟の生きる未来を、この世界の変革を希んだ。
家族の墓参りは先般地上に降りた際に済ませている。国際テロ組織の拠点を殲滅したあとの、命日に。入れ替わるように墓参に来た花束を手にする瓜二つの姿を、ニールは木陰から見ていた。先に供えられていた花束から、ライルも双子の兄の来訪に気づいただろう。だが声は掛けなかった。せめて弟には人間のいのちをやりとりするような生活とは無縁でいてほしかった。
そのために弟が大学を卒業し社会に出る歳になるまで、狙撃手として稼いだ金を仕送りし続けた。それがおのれのエゴだとは充分気づいていながら、そうする以外の途をニールは持たなかった。
開け放った窓から記念碑の画像を一枚だけ撮って携帯端末に収める。家族の写真すら持たないおのれの、いま携帯端末に入っているのはトレミー乗員全員での集合写真が一枚と、あとは愛しい恋人のものだけだ。そのティエリアに、見せるためのものだった。
いつか、ここにティエリアを伴う日は来るだろうか。彼を連れて墓参りに訪れることがあるだろうか。その覚悟がおのれにあるだろうか。いや、それ以前に。そんな未来をゆるされる所業を自分たちはしていないではないか。
それでもこころのどこかで、ニールのひととしてのまだやわらかななにかが、その希みを捨て切れないでいる。
「…いっそ、いま。連れてきたらよかったんだ」
第六スポットではティエリアと顔を合わせることなく、ニールは先に故郷へと飛んだ。宇宙滞在組の到着より自分たち地上組のほうが現地入りが早かったこともある。これをすませてからティエリアとの時間を持とう、と考えたこともある。刹那もすぐに隠れ処としている経済特区東京の定点ポイントに移動した。
いまごろ地下の端末室に籠もっているであろう、愛しい姿を思い浮かべた。
俺はどこまであいつに話せるだろう。この画像を手に過去の一部を見せることはできても、おのれの復讐心までを明かすことができるだろうか。そもそも復讐という概念をティエリアは持ち得ているのだろうか。
ニールはかぶりを振ってハンドルに凭せ掛けていた身を起こし、カーシートに身を沈めた。
「そろそろ、もどらねぇとな…」
けれどそのからだは、重かった。
翌日、各国家群にうごき有り、との一報が携帯端末を通じてもたらされた。ユニオンと人革連とAEUによる合同軍事演習が予定されその公式発表が数日のうちにはあるという、諜報である。CBに対する牽制を意味すると考えるのが妥当だが、そこに秘せられたなにかがあるはずだ、というのが戦術予報士とヴェーダの申し子の推測だった。
その推測は公式発表を経て、世界に放射能の驚異を及ぼす紛争の勃発が予測される、というヴェーダとスメラギの意見の一致を見る。目的が武力介入してくるであろうCBに、真の狙いがガンダム鹵獲にあることは明白だった。
その知らせを受けて、ニールはランチアを駆り帰路につく。結局この数日を安宿を渡るか愛車を寝床に故国で費やし、ティエリアとの約束は果たせないままだ。
「俺は、逃げている。…いや、逃げていた」
腹を据えたはずなのに。
「…情けねぇ」
こうなるまで、決心がつかないなんて。
駆っていたランチアのブレーキを踏んで、端末でティエリアを呼び出した。コールから、いつもと変わらぬタイミングで応答がある。
「いまダブリンのエアポートに向かってる。…出て来られるか」
「いまから、ですか?」
ホロモニターのティエリアが驚いたようにニールを見た。
「ああ、そうだ。…そこで、待ってる」
「…しかし。おそらく…早ければ明日、遅くとも数日後にはミッションプランが出るかと思う」
「わかってる。だから、頼む」
「…ロックオン。約束のことを気にしているなら、いまである必要はない」
その日延ばしにしていたことを、責める気配も見せない。
「つぎがあるか、わからねぇ」
「………」
「それくらいヘビーなミッションになるんじゃねぇのか、今回」
「…その可能性は極めて高い」
ああ、やっぱり。こいつはいつだって覚悟している。生死を賭した、目的の遂行を、機密の保持を。ガンダムマイスターとして。
「勝手をして、わるかった」
「気にしていない。なにか優先事項ができたのだろうと思っていた」
「勝手ついでになる。…頼む。来てくれ、ティエリア」
声音に滲むニールの必死さを感じたのか、ティエリアが頷いた。
「わかった。最短で行く。王留美の私有する小型機とエアポートの使用許可をもらってくる。だがダブリン空港への着陸認可を得る時間はない。近辺の発着可能なポイントを探して連絡を入れる。そこへ車を回せ、ロックオン」
「了解だ」
ひと息に云って通信を切ったティエリアに、ほっとしてニールはちいさく息を吐いた。
「しかし、…すげぇな。すげぇよ、おまえさんは」
知らず、目のまえにはいない愛しいあいてに語りかける口調になった。
突然の無茶で強引な申し入れに、咄嗟にあれだけの頭が回るのか。命沙汰のミッションを控えていながら、自分のわがままに付き合ってくれている。これを蔑ろにするようでは、地獄に落ちることさえもゆるされまい。
「愛してるよ…ティエリア」
たとえこの身が滅んでも。こころから、おまえを。
「あいしてる」
つぶやきは周囲に溶け込み夜の帷を降ろすランチアの車内に吸い込まれる。ニールはひたすらにランデブーポイントの連絡を待った。
* * *
指定ポイントは、エアポートから西に位置する海岸線のルート沿い、内陸へ数キロ入った丘陵地の狭間だった。夜明け近く、小型機から単身降りてきたティエリアを、ニールは黙って抱きしめた。
「ロックオン…?」
「無理云ってごめん。ありがとな」
「かまわない。これが、デート、とかいうものなのか?」
無垢なる問いに自嘲気味に頬を掻く。
「まあ、ちょっと極端な例だけどな…。おまえさんひょっとして、自分で操縦してきたのか?」
「ひょっとしなくても、そうだが」
たしかに、ガンダムマイスターに愚問ではあった。てかほんとうに、この方面には万能なんだな。
近くに駐めたランチアまで案内しようとするとティエリアは、二分待て、と云って小型機の屋根に上り、ちいさな装置のようなものをポケットから取りだして無造作に取り付けた。
「なんだ?」
降りてくるティエリアを抱きとめながら、ニールがその機器を見遣る。
「光学迷彩被膜、展開」
ティエリアは片耳に手を当て、ガンダムマイスターが装着しているインナーフォン型の遠隔装置で指示を与えた。見る間に、その機器の部分から小型機が周りの景色に溶け込んでいく。
「おいおい…ティエリアさん?」
「念のためだ。実際に使うのは初めてになる」
「て、あんなもの、いつのまに。てか、どうやって」
「地上に降りるとすることがない。暇に倦かせてつくってみただけだ。被膜の包蔵範囲が狭いのが難点だが」
ニールは天を仰いだ。
「自作かよ…。んな、ジュニアスクールの工作課題みたいに簡単に」
やはりヴェーダの申し子は、とんでもないのである。
「スクールの工作課題? なんだそれは」
「やらされるんだよ。長期の休みとかに」
そのくせそれを知らないのだから、やっぱりとんでもないのであった。
ランチア・ラリーのドアを開けて、助手席へと招く。
「いまどきわざわざ化石燃料を消費するものに乗っているのだな。あなたは」
ティエリアがあきれたように呟いた。
たしかに、三世紀以上まえのモデルのレプリカ車は、オリジナルとは若干仕様の違いこそあれ、維持するだけでも一苦労というしろものだ。地上を留守にしているあいだは専門のディーラーに預けている。
「あいにくと、手の掛かるものが好きなんだよ、俺は」
その最たるものがおまえさんだ、とは云わずにおいた。
ランチアを走らせて、さらに内陸へと向かう。
「こんなデートコースでわるいな」
あたりはちいさな集落と田園と岩山と荒野のつづく、なんの変哲もない田舎町だ。
「問題ない。景色をたのしむ習慣は持ち合わせていない」
「…それもなんだかな。花の季節にはそれなりにきれいなんだぜ」
助手席のティエリアにときおり目線を流しながらも、注意深く運転した。たいせつな人間を乗せているのだ。自然、安全運転になるものらしい。
「ここが…あなたの故国か」
ティエリアはそれでもその深紅の双眸を細めて、車窓をずっと眺めている。どことなくたのしげに見えてニールはほっとした。自分の生まれた国だ。気に入ってくれたなら、やはりうれしい。
「あれは、なんだ」
ふいにその手が伸びて、運転席のニールの腕をつついた。軽く引っ張る。
「ん?」
「乳白色の、もこもこの、うごいているものがいっぱいいる」
「…ああ、羊だよ」
思わず笑った。そうか、宇宙(そら)には羊はいないもんな。
「ひつじ…。脊椎動物門哺乳綱ウシ目ウシ科ヤギ亜科のいきものか」
「なんだそりゃ。そんなのここらじゃだれも知らねぇぞ」
「あれが、そうか」
好奇心からか眸が輝いている。サイドウィンドウを開けて首を巡らせるように見る、無邪気ともいえるそのさまに、これだけでも連れてきた甲斐があったな、とニールは目を細めた。
ティエリアがたのしそうなので少しスピードを落としてゆったりと放牧地を巡り、市街地へとハンドルを切った。
「建物が増えてきた」
ティエリアの車窓に向けられていた眸が、ニールを見返った。
「まず、ここからだ。時間もねぇから、通るだけにする」
数日前来たばかりの慰霊碑のまえを、徐行に近い速度で走る。
「…これは? なにかの碑のようだが」
「自爆テロの犠牲者を悼む慰霊碑だ。俺は…ここで家族を失った」
ティエリアは窓に手を掛け、わずかに身を乗りだした。
「……テロ」
「目のまえで父と母と妹を亡くした」
「ロックオン。ではあなたはいま、天涯孤独なのか?」
車内に向きなおり、痛いほど真剣な眼差しでニールの横顔を見つめてくるのがわかった。
続 2011.10.02.
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乗り付けたランチア・ラリーの車窓から、街灯に照らし出される、いまは慰霊碑がただ静かに建つだけの一区画を見つめた。
「こんなにきれいになっちまって…」
ニール・ディランディの目に映るのはいまもあの、焼け焦げて瓦礫と化した街並みとシートに覆われ並べられた数多の遺体、そのなかで哀しみに蹲り怒りに震える少年の自分だというのに。
太平洋第六スポットでは、いまプトレマイオスの乗員の大半が休暇を過ごしている。宿泊先はエージェント王留美私有の別荘である。
先刻、滞在中の操舵士リヒティから入った通信に、ニールは携帯端末の音声モードで背後に女の子たちのトークラジオを流して応じ、野暮なことを聞くなよとすぐに切った。出先でオンナを侍らす遊び人のモテオトコを演じてまで、そうしてひた隠すおのれの負の感情を、いまもまだ持て余している。
ハンドルに腕を凭れさせ額を押しつけ、きつく目を閉じた。
「…父さん、母さん、エイミー、……」
愛したものたちのために、おのれはなにをできる。この身は復讐を期し、結句、戦いをえらんだ。そして、この国で平穏に暮らしているはずのライルの、弟の生きる未来を、この世界の変革を希んだ。
家族の墓参りは先般地上に降りた際に済ませている。国際テロ組織の拠点を殲滅したあとの、命日に。入れ替わるように墓参に来た花束を手にする瓜二つの姿を、ニールは木陰から見ていた。先に供えられていた花束から、ライルも双子の兄の来訪に気づいただろう。だが声は掛けなかった。せめて弟には人間のいのちをやりとりするような生活とは無縁でいてほしかった。
そのために弟が大学を卒業し社会に出る歳になるまで、狙撃手として稼いだ金を仕送りし続けた。それがおのれのエゴだとは充分気づいていながら、そうする以外の途をニールは持たなかった。
開け放った窓から記念碑の画像を一枚だけ撮って携帯端末に収める。家族の写真すら持たないおのれの、いま携帯端末に入っているのはトレミー乗員全員での集合写真が一枚と、あとは愛しい恋人のものだけだ。そのティエリアに、見せるためのものだった。
いつか、ここにティエリアを伴う日は来るだろうか。彼を連れて墓参りに訪れることがあるだろうか。その覚悟がおのれにあるだろうか。いや、それ以前に。そんな未来をゆるされる所業を自分たちはしていないではないか。
それでもこころのどこかで、ニールのひととしてのまだやわらかななにかが、その希みを捨て切れないでいる。
「…いっそ、いま。連れてきたらよかったんだ」
第六スポットではティエリアと顔を合わせることなく、ニールは先に故郷へと飛んだ。宇宙滞在組の到着より自分たち地上組のほうが現地入りが早かったこともある。これをすませてからティエリアとの時間を持とう、と考えたこともある。刹那もすぐに隠れ処としている経済特区東京の定点ポイントに移動した。
いまごろ地下の端末室に籠もっているであろう、愛しい姿を思い浮かべた。
俺はどこまであいつに話せるだろう。この画像を手に過去の一部を見せることはできても、おのれの復讐心までを明かすことができるだろうか。そもそも復讐という概念をティエリアは持ち得ているのだろうか。
ニールはかぶりを振ってハンドルに凭せ掛けていた身を起こし、カーシートに身を沈めた。
「そろそろ、もどらねぇとな…」
けれどそのからだは、重かった。
翌日、各国家群にうごき有り、との一報が携帯端末を通じてもたらされた。ユニオンと人革連とAEUによる合同軍事演習が予定されその公式発表が数日のうちにはあるという、諜報である。CBに対する牽制を意味すると考えるのが妥当だが、そこに秘せられたなにかがあるはずだ、というのが戦術予報士とヴェーダの申し子の推測だった。
その推測は公式発表を経て、世界に放射能の驚異を及ぼす紛争の勃発が予測される、というヴェーダとスメラギの意見の一致を見る。目的が武力介入してくるであろうCBに、真の狙いがガンダム鹵獲にあることは明白だった。
その知らせを受けて、ニールはランチアを駆り帰路につく。結局この数日を安宿を渡るか愛車を寝床に故国で費やし、ティエリアとの約束は果たせないままだ。
「俺は、逃げている。…いや、逃げていた」
腹を据えたはずなのに。
「…情けねぇ」
こうなるまで、決心がつかないなんて。
駆っていたランチアのブレーキを踏んで、端末でティエリアを呼び出した。コールから、いつもと変わらぬタイミングで応答がある。
「いまダブリンのエアポートに向かってる。…出て来られるか」
「いまから、ですか?」
ホロモニターのティエリアが驚いたようにニールを見た。
「ああ、そうだ。…そこで、待ってる」
「…しかし。おそらく…早ければ明日、遅くとも数日後にはミッションプランが出るかと思う」
「わかってる。だから、頼む」
「…ロックオン。約束のことを気にしているなら、いまである必要はない」
その日延ばしにしていたことを、責める気配も見せない。
「つぎがあるか、わからねぇ」
「………」
「それくらいヘビーなミッションになるんじゃねぇのか、今回」
「…その可能性は極めて高い」
ああ、やっぱり。こいつはいつだって覚悟している。生死を賭した、目的の遂行を、機密の保持を。ガンダムマイスターとして。
「勝手をして、わるかった」
「気にしていない。なにか優先事項ができたのだろうと思っていた」
「勝手ついでになる。…頼む。来てくれ、ティエリア」
声音に滲むニールの必死さを感じたのか、ティエリアが頷いた。
「わかった。最短で行く。王留美の私有する小型機とエアポートの使用許可をもらってくる。だがダブリン空港への着陸認可を得る時間はない。近辺の発着可能なポイントを探して連絡を入れる。そこへ車を回せ、ロックオン」
「了解だ」
ひと息に云って通信を切ったティエリアに、ほっとしてニールはちいさく息を吐いた。
「しかし、…すげぇな。すげぇよ、おまえさんは」
知らず、目のまえにはいない愛しいあいてに語りかける口調になった。
突然の無茶で強引な申し入れに、咄嗟にあれだけの頭が回るのか。命沙汰のミッションを控えていながら、自分のわがままに付き合ってくれている。これを蔑ろにするようでは、地獄に落ちることさえもゆるされまい。
「愛してるよ…ティエリア」
たとえこの身が滅んでも。こころから、おまえを。
「あいしてる」
つぶやきは周囲に溶け込み夜の帷を降ろすランチアの車内に吸い込まれる。ニールはひたすらにランデブーポイントの連絡を待った。
* * *
指定ポイントは、エアポートから西に位置する海岸線のルート沿い、内陸へ数キロ入った丘陵地の狭間だった。夜明け近く、小型機から単身降りてきたティエリアを、ニールは黙って抱きしめた。
「ロックオン…?」
「無理云ってごめん。ありがとな」
「かまわない。これが、デート、とかいうものなのか?」
無垢なる問いに自嘲気味に頬を掻く。
「まあ、ちょっと極端な例だけどな…。おまえさんひょっとして、自分で操縦してきたのか?」
「ひょっとしなくても、そうだが」
たしかに、ガンダムマイスターに愚問ではあった。てかほんとうに、この方面には万能なんだな。
近くに駐めたランチアまで案内しようとするとティエリアは、二分待て、と云って小型機の屋根に上り、ちいさな装置のようなものをポケットから取りだして無造作に取り付けた。
「なんだ?」
降りてくるティエリアを抱きとめながら、ニールがその機器を見遣る。
「光学迷彩被膜、展開」
ティエリアは片耳に手を当て、ガンダムマイスターが装着しているインナーフォン型の遠隔装置で指示を与えた。見る間に、その機器の部分から小型機が周りの景色に溶け込んでいく。
「おいおい…ティエリアさん?」
「念のためだ。実際に使うのは初めてになる」
「て、あんなもの、いつのまに。てか、どうやって」
「地上に降りるとすることがない。暇に倦かせてつくってみただけだ。被膜の包蔵範囲が狭いのが難点だが」
ニールは天を仰いだ。
「自作かよ…。んな、ジュニアスクールの工作課題みたいに簡単に」
やはりヴェーダの申し子は、とんでもないのである。
「スクールの工作課題? なんだそれは」
「やらされるんだよ。長期の休みとかに」
そのくせそれを知らないのだから、やっぱりとんでもないのであった。
ランチア・ラリーのドアを開けて、助手席へと招く。
「いまどきわざわざ化石燃料を消費するものに乗っているのだな。あなたは」
ティエリアがあきれたように呟いた。
たしかに、三世紀以上まえのモデルのレプリカ車は、オリジナルとは若干仕様の違いこそあれ、維持するだけでも一苦労というしろものだ。地上を留守にしているあいだは専門のディーラーに預けている。
「あいにくと、手の掛かるものが好きなんだよ、俺は」
その最たるものがおまえさんだ、とは云わずにおいた。
ランチアを走らせて、さらに内陸へと向かう。
「こんなデートコースでわるいな」
あたりはちいさな集落と田園と岩山と荒野のつづく、なんの変哲もない田舎町だ。
「問題ない。景色をたのしむ習慣は持ち合わせていない」
「…それもなんだかな。花の季節にはそれなりにきれいなんだぜ」
助手席のティエリアにときおり目線を流しながらも、注意深く運転した。たいせつな人間を乗せているのだ。自然、安全運転になるものらしい。
「ここが…あなたの故国か」
ティエリアはそれでもその深紅の双眸を細めて、車窓をずっと眺めている。どことなくたのしげに見えてニールはほっとした。自分の生まれた国だ。気に入ってくれたなら、やはりうれしい。
「あれは、なんだ」
ふいにその手が伸びて、運転席のニールの腕をつついた。軽く引っ張る。
「ん?」
「乳白色の、もこもこの、うごいているものがいっぱいいる」
「…ああ、羊だよ」
思わず笑った。そうか、宇宙(そら)には羊はいないもんな。
「ひつじ…。脊椎動物門哺乳綱ウシ目ウシ科ヤギ亜科のいきものか」
「なんだそりゃ。そんなのここらじゃだれも知らねぇぞ」
「あれが、そうか」
好奇心からか眸が輝いている。サイドウィンドウを開けて首を巡らせるように見る、無邪気ともいえるそのさまに、これだけでも連れてきた甲斐があったな、とニールは目を細めた。
ティエリアがたのしそうなので少しスピードを落としてゆったりと放牧地を巡り、市街地へとハンドルを切った。
「建物が増えてきた」
ティエリアの車窓に向けられていた眸が、ニールを見返った。
「まず、ここからだ。時間もねぇから、通るだけにする」
数日前来たばかりの慰霊碑のまえを、徐行に近い速度で走る。
「…これは? なにかの碑のようだが」
「自爆テロの犠牲者を悼む慰霊碑だ。俺は…ここで家族を失った」
ティエリアは窓に手を掛け、わずかに身を乗りだした。
「……テロ」
「目のまえで父と母と妹を亡くした」
「ロックオン。ではあなたはいま、天涯孤独なのか?」
車内に向きなおり、痛いほど真剣な眼差しでニールの横顔を見つめてくるのがわかった。
続 2011.10.02.
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