これはないんじゃないこれはないんじゃないこれはないんじゃないの。
や、百歩譲って。住所不定のやつが年賀状とはいえちゃんと便りをよこすようになったのはいい。何十枚よこそうが、いい。いいが、これはないだろう。
クリスマスイブに神楽のサンタをやりたかったんなら、乗り込んでくりゃいいじゃねぇか。外でスタンバってるなんて、いまさらなにを遠慮してるんだ。おまけに似てる代わりがいるなら手前ぇはいらないと勝手に誤解して、拗ねていじけてそのくせ行動力だけは無駄にあるから、とんでもないところまで勝手に飛んでいってしまう。
ありもしない結婚式のすんでしまった式場で、スタンバる暇があるなら、なんで俺んところに直接来やがらねぇんだ、あの莫迦は。
おまけに筏でネクロゴンドがロンダルキアだぁ?
銀時は内心で毒突いて、新八から渡された桂からの賀状の最後の一枚を、唾してまるめて放り捨てた。
「な、新八ぃ。やっぱり燃やせなかったアル」
おおいそぎで印刷してきた年賀状の宛名書きにいそしむ新八に、定春の背で酢昆布を囓りながら神楽がほくそえんだ。
「…だったね。わかったよ。神楽ちゃんの勝ち」
「うほほぉい。やったネ。酢昆布一週間分寄こせヨ」
「ええ?だって神楽ちゃんが一方的に賭けてきたんじゃないか」
松の内、万事屋に山と積まれた年賀状。どいつもこいつもなとんでもない内容の連鎖についには火を点け燃やした銀時に、新八がこれもとその一枚を渡そうとしたとき、神楽がぼそりとつぶやいたのだった。
それは銀ちゃんには無理アル。賭けてもいいネ。
「黙るヨロシ。侍に二言はないんダロ」
「わかったよわかったから神楽ちゃんも宛名書き手伝ってよ」
積まれた年賀状を、宛名を書き終えたものから順に取り分ける。銀時はとうに姿をくらましていて、おおかた甘味処かパチンコ屋にでも行っているのだろう。
「あれ?」
「なにネ」
「いや、数が合わないんだ。破かれた坂本さんのと、トイレに流されたさっちゃんさんのと、燃やされた長谷川さんたちのと、捨てちゃった桂さんの最後のも入れて、いただいたぶんちゃんと数、数えたのに」
「新八。だからおまえはいつまでたっても新八アル」
神楽がひょいと卓上を覗き込んで云うのに、新八はややげんなりした表情を返した。
「…桂さんからのがない」
「きまってるネ。きっと銀ちゃんがだいじに持っていってるヨ」
あっさり頷いた神楽は、酢昆布を銜えたまま宛名書きを手伝いはじめる。新八はぶんぶんとあたまを振って深くは考えまいと筆を握り直すのだった。
「えーと。たしかこのへんに」
翌、深更。提灯ならぬ懐中電灯の明かりを頼りに銀時は、二階家の脇の細い通りをこそこそと探っている。窓からまるめて投げ捨てたのだから、このへんに落ちているはずだ。そう思って昨夜も探したのだがまだ見つかっていない。野良猫か野良犬あたりがどこかへ銜えていってしまったのだろうか。明るいうちに探せばなんなく見つかるのかもしれなかったが、いかんせん昼間は人目があってなかなかその機会がないのだ。
こころなし焦りの見える銀時の背中に、低く鋭い誰何の声が飛んだ。
「そこのもの!こんな夜更けになにをしておる」
耳に馴染んだその声に、銀時は反射的に振り向いて灯りを掲げた。
「ヅラ?」
「ん?…なんだ。銀時ではないか。なにをやっているのだ、貴様」
「や、いや。あー、昼間神楽がね。大事な書類を窓から投げちゃって」
「それを探していたのか?ならばもっと陽のあるうちにだな…」
「そーゆーてめーこそ、こんな時間になに…」
と、云い止したところで、灯りを翳した桂の足もとにまるまった葉書を見つけて銀時は周章てた。やばい。あれをいまこいつに拾われたら。
「いやちょっと、みやげをな。わたそうと思って出向いたら、折悪しく狗どもに見つかって。撒くうちこんな刻限に…」
「みやげって…」
「むろん、ロンダルキアのだ」
「あるかっ、んんなものぉおおお」
ぱっかぁああん。
「痛い。なにをする」
反射的に叩かれたあたまに手をやった桂の、銀時はその腕をつかむやぐいぐいと裏通りへとひっぱっていく。そのついでにさりげなく、まるめた賀状を拾って片身着流しの流水紋の袂に落とすのをわすれなかった。
「銀時。…いつもの宿ではないようだが」
「あそこはもう真選組に内部構造バレバレでしょーが。いざってときまずいでしょ」
人気投票騒ぎで立てこもった宿は、安くて馴染みだったから惜しいことをした。いまいるここはあれから新規開拓した茶屋だ。むろんこんな時刻に入れるのだから、ここもふつうの茶屋であるはずはない。隠れ茶屋、いわゆる逢引宿である。実際に使うのは初めてだが、妙なところでまめな銀時はざっと調べ上げてあった。茶屋の構造と主に逃走経路を。
でないと初めての場所は桂が安心しないからだが、そのくせこいつはこっちがここまで気を回しているのに、ことほどさように迂闊に真選組の阿呆どもに見つかって追われてこんな時間に現れて。逃げ切れるという自負も実績もあるにしたって、そのたび肝を冷やすこっちの身にもなれってんだ。
あれやこれやがぐるぐると渦を巻く。
廊下に面した障子を閉て切って、かたちばかりの狭い次の間を突っ切り、奥の間に入るや銀時は桂に口接けた。
「銀」
そのまま予て用意のいかにもな、安っぽい緋縮緬の夜具に押し込める。みやげものの風呂敷包みも、枕もとにうっちゃった。
「ちょ。待たぬか。おい。なにをそんなに急いている」
軽く制してきた手を取って、頭上に掲げて、床(とこ)に誂えの浴衣の紐で結わえた。
「うるせーよ」
「ぎん。なにを怒っているのだ?」
緋に散らばった綾なす黒髪の中央で、真白い、まるでわかっていない顔が問う。
さんざん云ってきた。おまえはだれともちがうんだと。なのにうざったく拗ねた賀状をよこしたかと思えば、その足でけろりと呑気にみやげを届けにやってくる。こいつのことだ。遅い時間になったからと、どうせ玄関先にみやげだけ置いて帰るつもりだったのだ。
なんだっていうの。いいかげんにしなさいよ、まったく。こっちはいつだって振り回されてるばかりじゃねーの。
桂からまで結婚の便りが来たかと一瞬でもひやりとした自分が莫迦みたいだ。そんなの絶対ありえない、とわかっていながら、焦った自分がいやになる。その胸に攘夷の灯の消えぬうちは、桂は所帯などけして持つまい。
「おめーは攘夷攘夷といいながら、なにやってんだ」
「なにって。攘夷だ。たまに息抜きはするが」
すっかりつるりと裸に剥いて、口唇を合わせ、ふたつ身をかさねながら、ゆるゆると奥をならす。
「息抜いてばっかりだろーが。てめーはよぉ」
いつか来る未来に。攘夷を成した桂が落ち着くとしたら、それはおのれのそばであって欲しい。
「十何枚も葉書書く暇があんなら、てめぇ、直接来て云え、このぼけが」
「うん? ああ、年賀状か。いや。たくさん買いすぎて余ったものでな。つい繰り言を。サンタに呼ばれなかったのも残念だったし、正月早々きさまの結婚しました報告を見てはなおさらだ」
だってそうだろう。幼なじみのおれに知らせず招待もせぬのは、あまりに水くさいではないか。きさまの友人代表として"すぴーち"をするのだと、ずっとこころに決めておったのに。
「そっちかよ!勝手に決めてんじゃねーよ。てかあんなやっすいアイコラにひっかかるなよ」
ほぐれたところへ分け入って、ずん、と突き上げた。ちいさく喘いで桂は息を吐く。
「あいこら?…とはなんだ?」
「てめーだってマジで銀さんが結婚なんて、信じたわけじゃねぇだろうが」
「…………」
ちょ。なんでそこで沈黙するの。
「信じてはおらんが、それもやむなしとはちょっと思った。おれとおまえではこうしていても子は成せぬからな」
そりゃそうだけど。つながった一点に自然ちからがこもる。
「貴様にとって血の繋がった家族は永の夢だったろう」
手首を結わかれたまま伸ばされた桂の腕の、両の掌が銀時の頬を包み込むように触れる。
たしかにそう希んだこともあるけれど。おまえそれ、いつのこと云ってるの。莫迦だ莫迦だとは思ってたけど、
「ここまで莫迦だと銀さんもうお手上げですよ、ヅラくん」
「ヅラじゃない、莫迦じゃない、桂だ」
いまは神楽も新八もいるし。あれも家族みたいなもんだし。
だいたい俺にとっての家族は先生と。おまえがいれば充分なんだよ。
通じぬ苛立ちと変わらず向けられる心根への愛しさが交錯し、荒ぶるままの情火にまかせて銀時はそれからしばらく無言で桂を揺さぶりつづけた。
いささか荒々しくことが終わって、うってかわった穏やかさにつながったまま、銀時は掌を合わせて握り込んでいた桂の指をそっと開いた。結わえた紐を解き、そのまま指先をずらして、しっとりとやや汗ばんだ掌に文字を書く。
桂はくすぐったそうにくすくすと笑って身を捩ったが、ひと文字ずつ書き綴っていくにつれ、忍び笑いを収めていった。
ぎん。
その声に一瞬だけ、めずらしく真剣に銀時は、瞠られた桂の目を見た。
なーんてね。
誤魔化すように笑って云って夜具に突っ伏す。桂の肩口に食いついた。
「痛い」
「痛くしてんの」
「銀時」
「なに」
「そーゆーことはちゃんと口に出して云え」
いま見ることのできない桂の眸は、でもきっとゆるんでいる。銀時の甘えをゆるすときの色を乗せて。
「ばーか」
それができれば銀さんは銀さんをしてないの。
ゆっくり桂のなかから身を引いて、起きあがる。照れ隠しに白銀髪を掻きながら、風呂浴びてくるわ、おまえも来る?、と背を向けた。
「また外で膝抱えてスタンバられちゃかなわねーし」
こうやって呼べば桂は傍らにいてくれる。いまは少しでもその自由をゆるされている。けれど量りまちがえればきっと、桂は飛び退ってしまうのだろう。それが怖い。斜めな方向へ勘違いしてスタンバってくれるくらいなら、かわいいものだ。繋ぎ止めるすべなどほんとうはなにも持たないのだから。
背後から桂を抱え込むようにして、逢引宿らしく大きめに設えられた内風呂の湯船に浸かる。ゆったりと揺蕩う。しばらくは湯を掬って遊んでいた桂は、おもむろに銀時の手を取ると、肉厚の掌に指を這わせた。
「…おい」
それはさっきの文字の返答、というより鸚鵡返しのようだった。
「いつになるかわからんぞ」
湯のなかで桂の背が体重をあずけてくる。
「んなこた、云われるまでもねーんだよ」
目を閉じて黒髪に鼻を埋(うず)めた銀時の、くぐもった声が湯殿に谺する。やばい、なんか泣きそうだ、俺。
こいつが攘夷をやめるなんて思ってないから。それは桂でなくなるから。だからそんなことは問題じゃないのだ。
欲しいのは。
だってこんなふうに。ゆっくりいっしょに湯に浸かって。だれといるより愛おしい時間。こんど手にしたなら決してそれを離さない。二度とは放せない。その最期の刻までを、ぜんぶ。
「おめーはちがうの?」
「…ちがわんが」
「なら、よけいなことはわすれなさい。おめーが攘夷以外のことをあれこれ考えるとろくなことにならねぇから」
あの年賀状の負の連鎖のように。
「いいね。わかったね」
背中越しに噛んで含めるように云う。桂はこくんと頷いた。
「うむ。そうか。そうだな銀時。やはりおれは攘夷に生きてこそなのだな」
いや、あれ。
「ちょ、ヅラくん」
あんまりそればっかりでも。
「そうであった。このおれが、つまらぬことに翻弄されるなどあってはならぬ」
あの、その、銀さんは? つまらぬことじゃないよね? 頼り無し、なんてことはないよね?
「さすがは銀時。よくぞ云ってくれた」
湯の幕を突く勢いで、ちいさく拳を握って力説しだす。
「やはり攘夷はJOY!であらねばな」
そのままカツラップを刻みそうな桂のあたまを、銀時は黙って湯船に沈めた。
ぶくぶくぶく。
「てめーはそのまま浮かんでくるな」
そうなのだ、こいつはむかしっから。容易くこの手に落ちそうで、いまひとつ、いやふたつもみっつも、根っこからはつかみきれない。
ぷぅふぁっ。
「なにをするか」
銀時が立ち上がってようよう解放された桂が、ざばっと湯から起きあがった。その拍子に波立った湯に足を取られ、いきおい湯船からあがりかけていた銀時を巻き添えにする。
ばしゃばしゃばっしゃん。
「なにしてくれちゃってんのぉ。おめーはぁ」
縺れてもういちどあたまから湯に浸かる羽目になった銀時は、けれど、身を支えようとしがみついてきた桂の腕をほどくことはない。桂もそのまま、こんどは銀時のうえにかさなるように、身を滑らせた。
「あー湯あたりした」
あのまま第二戦に縺れ込んだのだからあたりまえである。
おなじようにのぼせたさまで、桂は浴衣一枚の姿で夜具に身を伸ばしている。銀時はといえば羽織っただけで浴衣のまえを合わせることもせず、その枕もとに腰をおろして、うっちゃったままだった風呂敷包みを手に取った。
「で、みやげって、なに」
「だからロンダルキアの。菓子だ」
ぐったりとしたまま返事が返った。
「まだいうか」
「知らぬのか。この正月はかぶきらんどで『新春特別ふぇあ・懐かしのどらごんぼーずわーるど』なるものを連日やっていたのだぞ。おれはかぶきわんこになっていたから、ただで筏に乗れたがな。はっはっはっ」
緋縮緬に寝転びながら得意げに胸を張る。
「てめー、それをいうならドラゴン○エストだろ」
「あ、まちがえた。どらごんちがいだ」
てへっと笑う桂に、銀時はその顔を枕で塞いでふとんに沈めた。
ふがふがと喘いでじたばたさせる細い手足ごと、抱き込んで。
このまま第三戦に雪崩れ込むのは、きっと時間の問題で。
脱ぎ散らかした流水紋の袂から、まるめた賀状が桂に発見されるのは、そのもう少しあとのこと。
了 2010.02.11.