「天涯の遊子」銀桂篇。終話。
銀時と桂。動乱篇あと。
微エロあり、注意。気持ち R18。
「桂」
「この話は、終わりだ。銀。もうすんだことだ」
腕のなかの桂が、わずかにちからを抜いて銀時の胸に背を凭せかける。
「ほんとに、すんでるのか」
うなじにそっと口接けながら問い、桂の肩から羽織を落とした。
うそだ。銀時の知らないところで、きっとまだ桂は、桂の部下たちはうごいている。高杉が、すなわち鬼兵隊が絡んだなら、どうしたって背後には春雨の影がちらつく。銀時には委細は知れぬ。だが桂なら把握しているだろう。
「真選組の件は終着している。組織の立て直しはこれからだろうが、伊東が死んで政治力は削がれた」
桂は故意に返答を微妙にずらした。ああ、やっぱりな。真選組の動乱は、なにかの前哨戦ですらない。べつの絡繰りのいわば副産物に過ぎないのだろう。ならばこれ以上はきっと訊いても云わない。
帯に手をかけて解く。気持ちのもどかしさは、劣情をいっそう刺激した。
「ヅラぁ、ちゃんと憶えてっか。銀さんが云ったこと」
「わすれた」
「コロスぞ、てめー」
背後から銀時は耳朶を咬む。桂が身をよじった。拍子に袷がするりとすべり落ちる。
「莫迦ぎん。わすれようにもわすれられるか。てか、わすれてなどやらん」
「俺もだよ、莫迦ヅラ」
襦袢を剥ぎ取って下穿きを落とすと、すらりとした裸身だけが銀時の腕のなかに残った。外気に触れた雪肌がふるりと幽かに震える。銀時はおのれの下穿きを脱ぎ捨て、桂のからだを押し抱くようにして、がらりと開けた戸のなかに縺れ込んだ。
湯の張られた浴槽から、立ちのぼった湯気で、視界が翳む。
湯が調うのを待つあいだから銀時は桂の背を抱き、しなやかに反る背筋に沿って掌を滑らせた。桂の長い黒髪が、指に絡み、白い背に文様を描く。仰け反った喉もとに口唇を副わせて、桂の甘い吐息を誘った。
たがいに密着させたからだが、たがいの全身を感じる。銀時は浴室の壁に桂の身をあずけると、背に沿わせていた腕でその体(たい)を返した。
「ぎん」
桂が肩越しに銀時を見返る。その口唇に口唇を触れさせながら、片手で腰を抱き、ぴったりと身を寄せた。空いたほうの手が胸から順に脚の付け根までをやわらかに撫で下ろす。桂が呼吸(いき)を殺すのがわかった。
「ん…」
銀時の両の手が胸の突起を抓んでは弄り、桂の耳もとからうなじまでが朱に染まっていく。そうして、一方の手は撫で上げて喉もとを捉え、他方の手が鳩尾から肌を舐めて下腹へと辿り、ゆるく兆しているのをたしかめる。やわやわと桂の肌を揉みしだきながら、薄紅に色づいた耳朶に舌を這わせた。桂の洩らす吐息がしっとりとした重さを帯びてきている。
「きもちいい?」
背後から囁くように煽る銀時に、桂は壁に置いて身を支えていた腕の片方をあげて銀時の髪をつかんだ。
「ん。きさま…こそ」
云いながら、わずかに身を捩る。そのうごきが隙間無く合わさっていた銀時のからだの、すでに熱を孕んでいた塊の存在を知らしめた。
おおきな水音を立てて、大のおとながふたり、狭い浴槽に沈む。波立つ湯の面に黒髪が浮かんで散った。
浴槽のへりに頸をもたせかけるようにして仰向かせた桂の顔に、銀時は口接けの雨を降らせる。桂の腕が遠慮がちに銀時の背に回される。怪我を気遣っているのだと知れたので、接吻のあいまに耳もとで囁いた。
「かまうな。傷が増えても、あとでおまえが手当てしてくれりゃいい」
桂がくすくすと笑う。
「むかしから、手負いの貴様は加減を知らぬ」
「だからさ。どうしたっていいから。行くよ?」
云うなり銀時の手は桂の両足首を捉え、湯船のへりに掛けて押し広げた。
「やっ」
いきなりとらされたあられもない体勢に、桂が抗議する。銀時はかまわず、その腿のあいだにからだをねじ込んだ。桂の浮き上がった腰から後ろ手に奥を探る。
「あ」
するりと潜り込んできた手指の感触に反射的に声を上げた桂は、湯に浮かぶ心許なさに思わず銀時の頸に縋りついた。銀時の頬がつい弛む。意図したわけではなかったから、これは僥倖だった。
「ヅラくん。積極的」
「ヅラじゃない…桂だ。貴様がこの姿勢を強いるからだろうが」
「ちから抜いて浮いてりゃ、このほうがおめーもらくよ?」
そう云って、宥めるように眼前の口唇を啄む。桂は口を尖らせながらも、啄み返した。
「なら、早くそうしろ」
わかるかわからないかの微かな笑みを口の端に浮かべ、挑むような眸で銀時を射抜く。おのれのからだの芯とこころの深部に、甘い震えが走るのを銀時は自覚した。
「がってん」
云うが早いか、桂の奥への愛撫をつよめる。銀時の、すでに熱を孕んでいた塊は、いまの震えが昂ぶりとなって、一気に余裕を失くしてしまっている。
ほどなくして、その深奥へと銀時は包み込まれた。
* * *
耳許で弾ける音と、脳裡を浸す極彩色のうねり、まなうらで明滅する光彩。
無我夢中で初めてこの奥深くに触れたとき。銀時は未知なる強烈な快感と、せつなさと、愛おしさと、独占欲と、征服欲と、庇護欲と。そういった、無縁であったはずの、ありとあらゆる感覚に一気に見舞われた。
それは満たされ、あるいは煽られ、いっそう渇望し、さらに深まる、というおよそ散り散りの反応を見せて収束せず、銀時の桂への執着をいや増させた。
銀時に、人間としての穏やかな生活を示しあたえてくれたのが松陽であるなら、桂は銀時に人間として生きることの意味を初めて知らしめた存在だった。その至福も懊悩もひっくるめて。
きっと、たぶんいまも。そうなのだろうと銀時は思う。獣のごとく生きるしかなかった銀時の、ひととしての乾きを松陽は癒してくれたが。その師のもとでこんどは逆に、ひとであるからこその乾きを憶えたわけだ。桂との出会いがそれをもたらした。
身の丈に余る太刀を腰に刷き、片時も離さず抱いて眠り、太刀に縋ることで幼いおのれを支えていた銀時が。余人におのれの背をあずけ、その背をあずかるにまでなろうとは。人生なんてのはわからない。
「かつら」
湯船に、気怠げにたゆとう桂の身を抱き込めながら、意味もなく銀時はその名を紡いだ。銀時の腕のなかでくるまれるように抱かれたまま、眠るでもなく瞼を閉じていた桂が、わずかに睫を瞬がせる。つねの射すようなつよい光ではない、情事のあと独特のどこか茫洋とした眼差しで、桂が銀時を見あげた。
銀時が桂に抗いがたく惹かれたように、桂もまたどこかそうであったからこそ、その背をあずけあずかってきたのだろうか。
かつら。かつら。かつら。かつら。幾度も名を呼ぶだけでその先を継がない銀時に、桂はわずかに訝しむ目の色になったものの、問うでなくそのまま眸を閉じた。ほんとに眠ってしまいそうだ。
つい先刻までの紅潮が冷め、いまはほんのり桜色。濡れて輝きの増す真珠の肌に、知らず銀時の目は吸いよせられる。このまま長湯をしていてはふやけるな。そのまえにのぼせるか。と思ってはいても、この泡沫の時間を進んで手放す気にはなれないでいる。ふたりとも眠ったら溺れ死ぬかな、などと埒もないことを考えた。
結局、のぼせて倒れるまえに、どちらからともなく湯を出た。そのままの姿で銀時の寝間に入って、ふらふらと機械作業で伸べた寝床に、ふたりして潜り込む。べつだん繋がるでもなく、ただ丸まって背中を合わせた。
草を枕に、血と汗と泥にまみれた戦装束のままで、こうして眠ったことを思い出す。そうしていれば安心だった。ぐっすり眠れると桂が笑った。銀時にはそれはときに拷問にひとしいこともあったが。ふたりきりであれば強引にでも求めたかもしれぬ情交も、野営地の雑魚寝とあってはそうもいかず。
寝入り端にぽつりとちいさく呟いたことばが耳に届いていたかどうか。
「ヅラぁ…。あんま無理すんじゃねーぞ」
いつものように律儀に訂正することばは返らず、代わりに聞こえてきたのは密やかな寝息。不夜城のもたらす散光に、けれどたしかな存在を示す古よりの月影。背中越しに伝わる体温を肌で感じながら、銀時は寝間の窓から差し込む夜半(よわ)の青い光に、仄かに浮かびあがる昔日の面影を見ていた。
一連のできごとを淡々と語るだけの桂が、その流れをどう見極めてうごき、かつての白夜叉の真選組助勢に揺れたであろう一派をどう引き締めまとめなおしたのか。そうして疲労の蓄積した心身を置いても、万事屋を銀時を訪ねてきたことの意味をおもう。
さっきから、やけに過去の記憶ばかりがよぎるのは、やはり真選組のことがあったせいだろう。
組織が大きくなれば、なかよしこよしの身内だけの集まりではいられなくなる。それは生き残るために生じる必要悪だ。真選組はそれを容れられなかった。その意味するところなど、銀時の与り知るところではないけれど。
だいじなもんの傍らで剣振り回してくたばることが、云うほどにたやすくできることではないことを、銀時は骨身に染みて知っている。だからこそ。こんどこそ。銀時はそれを見失うわけにはいかないのだ。
二度と、ともにおなじ天を戴くことはなくとも。だがやはりこいつだけが、おなじ月を抱いている。
向き合うことを怖れ、失いあるいは捨ててきた過去は、さまざま姿を変えて銀時のまえに顕れる。過去を否定しては未来は得られないのだとばかりに襲いかかる。まえだけを見据え揺るがぬ桂は銀時のある種の憧憬そのものだ。その桂が銀時の傍らでいま安らぐ。そう、いま。だいじなのは、いま桂がそうしているということだった。
未来を見たい。こいつとの未来を。たがいの抱く弦月が、満月をひとつ描く未来を。
青白く染まった寝間に、背中合わせに丸まりながら。瞼を閉じ、いまこの光を降らせている夜空の月を思い描いて、銀時はようやく睡りについた。
そういえば、傷の手当てをわすれていた。明日起きたら、桂にやらせよう。
きっと朝飯は、銀時がつくる羽目になる。
了 2008.04.25.
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「桂」
「この話は、終わりだ。銀。もうすんだことだ」
腕のなかの桂が、わずかにちからを抜いて銀時の胸に背を凭せかける。
「ほんとに、すんでるのか」
うなじにそっと口接けながら問い、桂の肩から羽織を落とした。
うそだ。銀時の知らないところで、きっとまだ桂は、桂の部下たちはうごいている。高杉が、すなわち鬼兵隊が絡んだなら、どうしたって背後には春雨の影がちらつく。銀時には委細は知れぬ。だが桂なら把握しているだろう。
「真選組の件は終着している。組織の立て直しはこれからだろうが、伊東が死んで政治力は削がれた」
桂は故意に返答を微妙にずらした。ああ、やっぱりな。真選組の動乱は、なにかの前哨戦ですらない。べつの絡繰りのいわば副産物に過ぎないのだろう。ならばこれ以上はきっと訊いても云わない。
帯に手をかけて解く。気持ちのもどかしさは、劣情をいっそう刺激した。
「ヅラぁ、ちゃんと憶えてっか。銀さんが云ったこと」
「わすれた」
「コロスぞ、てめー」
背後から銀時は耳朶を咬む。桂が身をよじった。拍子に袷がするりとすべり落ちる。
「莫迦ぎん。わすれようにもわすれられるか。てか、わすれてなどやらん」
「俺もだよ、莫迦ヅラ」
襦袢を剥ぎ取って下穿きを落とすと、すらりとした裸身だけが銀時の腕のなかに残った。外気に触れた雪肌がふるりと幽かに震える。銀時はおのれの下穿きを脱ぎ捨て、桂のからだを押し抱くようにして、がらりと開けた戸のなかに縺れ込んだ。
湯の張られた浴槽から、立ちのぼった湯気で、視界が翳む。
湯が調うのを待つあいだから銀時は桂の背を抱き、しなやかに反る背筋に沿って掌を滑らせた。桂の長い黒髪が、指に絡み、白い背に文様を描く。仰け反った喉もとに口唇を副わせて、桂の甘い吐息を誘った。
たがいに密着させたからだが、たがいの全身を感じる。銀時は浴室の壁に桂の身をあずけると、背に沿わせていた腕でその体(たい)を返した。
「ぎん」
桂が肩越しに銀時を見返る。その口唇に口唇を触れさせながら、片手で腰を抱き、ぴったりと身を寄せた。空いたほうの手が胸から順に脚の付け根までをやわらかに撫で下ろす。桂が呼吸(いき)を殺すのがわかった。
「ん…」
銀時の両の手が胸の突起を抓んでは弄り、桂の耳もとからうなじまでが朱に染まっていく。そうして、一方の手は撫で上げて喉もとを捉え、他方の手が鳩尾から肌を舐めて下腹へと辿り、ゆるく兆しているのをたしかめる。やわやわと桂の肌を揉みしだきながら、薄紅に色づいた耳朶に舌を這わせた。桂の洩らす吐息がしっとりとした重さを帯びてきている。
「きもちいい?」
背後から囁くように煽る銀時に、桂は壁に置いて身を支えていた腕の片方をあげて銀時の髪をつかんだ。
「ん。きさま…こそ」
云いながら、わずかに身を捩る。そのうごきが隙間無く合わさっていた銀時のからだの、すでに熱を孕んでいた塊の存在を知らしめた。
おおきな水音を立てて、大のおとながふたり、狭い浴槽に沈む。波立つ湯の面に黒髪が浮かんで散った。
浴槽のへりに頸をもたせかけるようにして仰向かせた桂の顔に、銀時は口接けの雨を降らせる。桂の腕が遠慮がちに銀時の背に回される。怪我を気遣っているのだと知れたので、接吻のあいまに耳もとで囁いた。
「かまうな。傷が増えても、あとでおまえが手当てしてくれりゃいい」
桂がくすくすと笑う。
「むかしから、手負いの貴様は加減を知らぬ」
「だからさ。どうしたっていいから。行くよ?」
云うなり銀時の手は桂の両足首を捉え、湯船のへりに掛けて押し広げた。
「やっ」
いきなりとらされたあられもない体勢に、桂が抗議する。銀時はかまわず、その腿のあいだにからだをねじ込んだ。桂の浮き上がった腰から後ろ手に奥を探る。
「あ」
するりと潜り込んできた手指の感触に反射的に声を上げた桂は、湯に浮かぶ心許なさに思わず銀時の頸に縋りついた。銀時の頬がつい弛む。意図したわけではなかったから、これは僥倖だった。
「ヅラくん。積極的」
「ヅラじゃない…桂だ。貴様がこの姿勢を強いるからだろうが」
「ちから抜いて浮いてりゃ、このほうがおめーもらくよ?」
そう云って、宥めるように眼前の口唇を啄む。桂は口を尖らせながらも、啄み返した。
「なら、早くそうしろ」
わかるかわからないかの微かな笑みを口の端に浮かべ、挑むような眸で銀時を射抜く。おのれのからだの芯とこころの深部に、甘い震えが走るのを銀時は自覚した。
「がってん」
云うが早いか、桂の奥への愛撫をつよめる。銀時の、すでに熱を孕んでいた塊は、いまの震えが昂ぶりとなって、一気に余裕を失くしてしまっている。
ほどなくして、その深奥へと銀時は包み込まれた。
* * *
耳許で弾ける音と、脳裡を浸す極彩色のうねり、まなうらで明滅する光彩。
無我夢中で初めてこの奥深くに触れたとき。銀時は未知なる強烈な快感と、せつなさと、愛おしさと、独占欲と、征服欲と、庇護欲と。そういった、無縁であったはずの、ありとあらゆる感覚に一気に見舞われた。
それは満たされ、あるいは煽られ、いっそう渇望し、さらに深まる、というおよそ散り散りの反応を見せて収束せず、銀時の桂への執着をいや増させた。
銀時に、人間としての穏やかな生活を示しあたえてくれたのが松陽であるなら、桂は銀時に人間として生きることの意味を初めて知らしめた存在だった。その至福も懊悩もひっくるめて。
きっと、たぶんいまも。そうなのだろうと銀時は思う。獣のごとく生きるしかなかった銀時の、ひととしての乾きを松陽は癒してくれたが。その師のもとでこんどは逆に、ひとであるからこその乾きを憶えたわけだ。桂との出会いがそれをもたらした。
身の丈に余る太刀を腰に刷き、片時も離さず抱いて眠り、太刀に縋ることで幼いおのれを支えていた銀時が。余人におのれの背をあずけ、その背をあずかるにまでなろうとは。人生なんてのはわからない。
「かつら」
湯船に、気怠げにたゆとう桂の身を抱き込めながら、意味もなく銀時はその名を紡いだ。銀時の腕のなかでくるまれるように抱かれたまま、眠るでもなく瞼を閉じていた桂が、わずかに睫を瞬がせる。つねの射すようなつよい光ではない、情事のあと独特のどこか茫洋とした眼差しで、桂が銀時を見あげた。
銀時が桂に抗いがたく惹かれたように、桂もまたどこかそうであったからこそ、その背をあずけあずかってきたのだろうか。
かつら。かつら。かつら。かつら。幾度も名を呼ぶだけでその先を継がない銀時に、桂はわずかに訝しむ目の色になったものの、問うでなくそのまま眸を閉じた。ほんとに眠ってしまいそうだ。
つい先刻までの紅潮が冷め、いまはほんのり桜色。濡れて輝きの増す真珠の肌に、知らず銀時の目は吸いよせられる。このまま長湯をしていてはふやけるな。そのまえにのぼせるか。と思ってはいても、この泡沫の時間を進んで手放す気にはなれないでいる。ふたりとも眠ったら溺れ死ぬかな、などと埒もないことを考えた。
結局、のぼせて倒れるまえに、どちらからともなく湯を出た。そのままの姿で銀時の寝間に入って、ふらふらと機械作業で伸べた寝床に、ふたりして潜り込む。べつだん繋がるでもなく、ただ丸まって背中を合わせた。
草を枕に、血と汗と泥にまみれた戦装束のままで、こうして眠ったことを思い出す。そうしていれば安心だった。ぐっすり眠れると桂が笑った。銀時にはそれはときに拷問にひとしいこともあったが。ふたりきりであれば強引にでも求めたかもしれぬ情交も、野営地の雑魚寝とあってはそうもいかず。
寝入り端にぽつりとちいさく呟いたことばが耳に届いていたかどうか。
「ヅラぁ…。あんま無理すんじゃねーぞ」
いつものように律儀に訂正することばは返らず、代わりに聞こえてきたのは密やかな寝息。不夜城のもたらす散光に、けれどたしかな存在を示す古よりの月影。背中越しに伝わる体温を肌で感じながら、銀時は寝間の窓から差し込む夜半(よわ)の青い光に、仄かに浮かびあがる昔日の面影を見ていた。
一連のできごとを淡々と語るだけの桂が、その流れをどう見極めてうごき、かつての白夜叉の真選組助勢に揺れたであろう一派をどう引き締めまとめなおしたのか。そうして疲労の蓄積した心身を置いても、万事屋を銀時を訪ねてきたことの意味をおもう。
さっきから、やけに過去の記憶ばかりがよぎるのは、やはり真選組のことがあったせいだろう。
組織が大きくなれば、なかよしこよしの身内だけの集まりではいられなくなる。それは生き残るために生じる必要悪だ。真選組はそれを容れられなかった。その意味するところなど、銀時の与り知るところではないけれど。
だいじなもんの傍らで剣振り回してくたばることが、云うほどにたやすくできることではないことを、銀時は骨身に染みて知っている。だからこそ。こんどこそ。銀時はそれを見失うわけにはいかないのだ。
二度と、ともにおなじ天を戴くことはなくとも。だがやはりこいつだけが、おなじ月を抱いている。
向き合うことを怖れ、失いあるいは捨ててきた過去は、さまざま姿を変えて銀時のまえに顕れる。過去を否定しては未来は得られないのだとばかりに襲いかかる。まえだけを見据え揺るがぬ桂は銀時のある種の憧憬そのものだ。その桂が銀時の傍らでいま安らぐ。そう、いま。だいじなのは、いま桂がそうしているということだった。
未来を見たい。こいつとの未来を。たがいの抱く弦月が、満月をひとつ描く未来を。
青白く染まった寝間に、背中合わせに丸まりながら。瞼を閉じ、いまこの光を降らせている夜空の月を思い描いて、銀時はようやく睡りについた。
そういえば、傷の手当てをわすれていた。明日起きたら、桂にやらせよう。
きっと朝飯は、銀時がつくる羽目になる。
了 2008.04.25.
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