「天涯の遊子」坂桂篇。全4回。
坂本と桂。と、銀時。攘夷時代の回想で高杉。
紅桜以降、雪まつりよりまえ。
微エロあり、注意。R18で。
「すまなかったな」
十日ほど置いたころ、ひさびさの湯に浸かりながらぽつりと銀時が云った。
いったん陣を引き払い、山沿いへと移動した先には、ありがたいことに天然の温泉があった。長逗留はむろんできないが、みなの骨休めになる、と、桂は数日の滞在を許可した。
交替で湯に入り、見張り以外の兵士たちを休ませたあと、幹部連が湯に浸かる。軍本来なら逆になりそうな手順だが、態度こそ無愛想でも、桂はふだんは下のものをたいせつにする。それはたぶんに生来の性格からくるものではあったが、だからこそ。桂の策に、判断に、いざというときにはその命(めい)に、みな進んで従うという側面はぬぐえない。
冷たくすました典雅な美貌と、戦場での凄艶で苛烈な太刀遣いともあいまって、崇拝とさえ呼べる空気がすでに軍内部には漂っていた。
「は?」
抜けたような声を坂本は出した。一瞬、なんのことだかわからなかったからだが、すぐに、先日の諍いのことだと思い至る。
「いや、おんしらに黙っちょったがのは、こちらやきな。わしもわるかったと思っちゅう」
天然の露天風呂。岩場に背を預け、銀時は天を仰いだ。
「意味、あんのかね」
「なにが」
「俺が、あいつの背をあずかってる、意味」
その横顔を眺め、坂本はしばし返答を躊躇ったが。
「贅沢をゆうものがやない」
「ぜいたく?」
「そう。贅沢ちや」
ぱしゃ。と、湯を掬って、顔を洗う。
「望んでもその場を得られんものには、たんなる愚痴やか」
銀時が視線を向けた。
「辰馬。おめー」
「晋坊に恨まれるぞ」
からからと、坂本はいつものように笑った。
「わしにもな」
しばし無言だった銀時は、気を取り直すようにばしゃばしゃと顔を洗うと、湯から上がって背を向け。
「こころしとくわ」
片手をあげ、云って出て行く。その背を見送って、坂本は呟いた。
「…知らんがろう金時。おんしは必ず止める、止められれば決意が揺らぐと、桂さんは知っちょったがよ。やき、伏せたちや。贅沢もんが」
* * *
事実、それを境に、桂は金策に出向くのをやめた。
桂がいっときでも陣を離れる、その余裕すらなくなっていったという現実もあるが、やはり銀時や高杉に坂本までを巻き込んだ諍いになったことが素因であろうと坂本は思う。銀時の怒りが桂自身に向けられたのなら、また違ったのだろうが。
自負と自惚れを承知で云うなら、桂が信頼し頼みにおもうもの同士の諍いごとは、桂にとって、というより攘夷の軍にとっての益にならない、と判断したのかもしれない。結果として坂本は、おのれの思惑を叶えた。
「さーかーもーとー」
ぬうっと至近に突き出された美貌のおもてに、坂本は面食らった。
「わっ。なちや!?」
顎をさすりながら、ものおもいに耽ってしまっていた坂本に、小さくふくれた桂がいつのまにやら極々至近に躙り寄っている。
「あ、ごめんやー。こたろ。ちっくと考え事をしよったがだ」
色硝子の眼鏡を邪魔に感じて、外して見る。至近の漆黒の眸が、おのれの顔を映す。桂がかまわないのなら、坂本がかまうところではなかった。銀時が腹を括ったなら、二度とは桂を手放すまい。むしろ分が悪いのは坂本のほうなのだから、なんの遠慮があるだろう。
「けんど、ありゃあかまうろう」
云いながら桂の背を返し、そのまま膝元に抱き寄せた。
「銀時のことか」
背後から、肩口の髪の先に鼻を埋めてくる坂本に、桂はくすぐったそうに身をよじる。
「ならば止すか」
憎い口だと、坂本は思った。
桂がいちばんにおもいをよせているのは、どうあれ銀時なのだろうに。桂がなによりたいせつにしているのは、高杉なのだろうに。
「おれは、辰馬。かまわんのなら、貴様にはいてほしいのだが」
下駄を預けておいて、さらりと、殺し文句を云う。どこまで自覚しているのかわからないからやっかいだ。
「ずるいのぉ。わしにこたろの頼みを拒めるわけがないと知っちゅうろう」
けんど、いま。だれよりいるにされちゅうと、自惚れていいがやろか。
耳許で囁いた坂本に、桂は艶やかに微笑んだ。
羽織を脱がせて弛めた袷の襟首の、うなじに口唇を落として。坂本が片手の杯を桂の口唇に添えると、そのまま一口呑んだ。空いたほうの手で裾を割り、なめらかな内腿をなでる。桂は身をあずけたままややうつむいて、その感触に沸き上がるものを耐える風情だ。小さな呼気が漏れて、坂本の名を紡ぐ。その声に押されるように、さらに内へと滑らせて指先を絡めた。
「…っ」
息を呑む気配。桂のおもてがわずかに仰け反り、あたまが坂本の首から鎖骨あたりへ押し付けられる。
「や……、あ…」
しだいに大胆になっていく坂本の手指のうごきが、桂の身の強張りを解いて、べつの強張りを育てていく。甘い吐息が絶え間なく零れ始めると、そのあいまあいまに桂は抗議とも哀願ともつかぬことばで坂本を煽った。
「たつま」
「こたろ。わしらは共犯者やき」
わずかに上擦ったおのれの声音に気づいて、坂本は内心で苦笑した。まったく。桂というのは、始末がわるい。この自分をここまで、入れあげさせるのだから。
「いつでもわしを頼ってくれ。おんしにいるとされるんは、わしの悦びちや。忘れるがやないよ」
耳朶を食み、舌で舐りながら、口説く声は甘く掠れている。耳許の濡れた気配と執拗に下腹に絡む老練な手業に追い立てられて、桂は坂本の掌を熱く濡らした。乱れた息も調わぬまま、横目で背後の坂本を睨める。坂本は口許に笑みを浮かべて、そのぬめりで閉ざされた奥を開いた。
「たつ…ま」
首をよじってなおも睨める桂の開いた襟元に、杯から酒を落とした。ひやりとした刹那の感覚と胸もとをとろりと這うように伝い落ちるしずくに、桂が身を震わせる。坂本は空の杯を畳に投げ置き、その手で襦袢ごと袷の両肩を肘まで抜いた。着衣でうごきを封じた桂の、肩口をつよく吸い上げる。
「ああっ」
膝元に落とされていた桂の長細い指が、きつく坂本の腿をつかんだ。愛撫に浮かされた腰に坂本の腕が回され、裾をたくし上げる。奥を穿つ何本かの指がこねるようにうごいて、桂を喘がせた。細いうなじから首筋に絡んではほどける短めの髪が、次第に汗ばんでゆく肌に貼りつく。奥を弄ったまま、耳許に寄せた口唇のうごきで促すと、桂の手指は腿から滑って坂本の洋袴の前立てを開いた。するりと手をなかへと差し入れて、窮屈そうにしていたものを解放させる。そのまま絡んできたしなやかな指先に、坂本は唸った。
桂に触れられて痛いほどに脈打ち始めたそれを。坂本は、帯も解かぬままの桂の奥へ押し当てる。つよく腰を抱いて退くことをゆるさずに突き上げると、零れかけた悲鳴を、桂はすんでのところで抑えて呑み込んだ。
「は……。あ…あ」
背後から抱き込んで深く繋がる。桂は坂本の腕のなかで、揺すりあげられながら、あえかに啼く。しだいに甘く乱れはじめるさまは、つねの静謐な能面を知るほどに深く陶酔と官能の淵へと誘(いざな)われてゆく、あやうい媚薬だ。
これを飲み干す覚悟なしには、このからだを開いてはならない。桂の傍らに立つことをゆるされるのは、そうしたおとこだけだ。
この媚薬には、並はずれた美貌と知略と判断力、統率力と信念とが融け込んでいる。広く深い情と、冷酷な理性が、相反するものを併せ呑むしなやかな器に湛えられている。突拍子もない発想力で香りづけられて。
そのゆるされたひとりが自分であることを、坂本は信じた。
明けて翌朝おそく。午後から新たな支援者たちとの顔合わせがあるという桂を見送りがてら、宿の玄関先に立つ。
「ほんなら、またあとで。待っちゅうから」
そう云って桂といったん別れた足で、坂本は万事屋へと向かったのだった。
そのひとりだと、腹を括ったであろうはずの、おとこの顔を見るために。
* * *
「あれ? 銀時?」
坂本の名で予約を入れてあった料亭旅館の二間つづきの座敷。同席する銀時を見て、少し遅れてやってきた桂は、開口一番そう云うと。
「すまない、坂本。遅れた。会合が思ったよりも長引いてな」
坂本に向かって詫びを入れた。
「気にしな。おんしを待つ時間もたのしいものやき」
「よくそういうせりふを、臆面もなく云えるよな、てめーは」
食前酒と先付で時間をやり過ごしていた、銀時があきれ顔で坂本を眺める。
「妬くな妬くな」
云って、坂本はぽんぽんと手を掲げて打つ。それを合図に、仲居たちが膳を運んでやってきた。
続 2008.03.01.
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「すまなかったな」
十日ほど置いたころ、ひさびさの湯に浸かりながらぽつりと銀時が云った。
いったん陣を引き払い、山沿いへと移動した先には、ありがたいことに天然の温泉があった。長逗留はむろんできないが、みなの骨休めになる、と、桂は数日の滞在を許可した。
交替で湯に入り、見張り以外の兵士たちを休ませたあと、幹部連が湯に浸かる。軍本来なら逆になりそうな手順だが、態度こそ無愛想でも、桂はふだんは下のものをたいせつにする。それはたぶんに生来の性格からくるものではあったが、だからこそ。桂の策に、判断に、いざというときにはその命(めい)に、みな進んで従うという側面はぬぐえない。
冷たくすました典雅な美貌と、戦場での凄艶で苛烈な太刀遣いともあいまって、崇拝とさえ呼べる空気がすでに軍内部には漂っていた。
「は?」
抜けたような声を坂本は出した。一瞬、なんのことだかわからなかったからだが、すぐに、先日の諍いのことだと思い至る。
「いや、おんしらに黙っちょったがのは、こちらやきな。わしもわるかったと思っちゅう」
天然の露天風呂。岩場に背を預け、銀時は天を仰いだ。
「意味、あんのかね」
「なにが」
「俺が、あいつの背をあずかってる、意味」
その横顔を眺め、坂本はしばし返答を躊躇ったが。
「贅沢をゆうものがやない」
「ぜいたく?」
「そう。贅沢ちや」
ぱしゃ。と、湯を掬って、顔を洗う。
「望んでもその場を得られんものには、たんなる愚痴やか」
銀時が視線を向けた。
「辰馬。おめー」
「晋坊に恨まれるぞ」
からからと、坂本はいつものように笑った。
「わしにもな」
しばし無言だった銀時は、気を取り直すようにばしゃばしゃと顔を洗うと、湯から上がって背を向け。
「こころしとくわ」
片手をあげ、云って出て行く。その背を見送って、坂本は呟いた。
「…知らんがろう金時。おんしは必ず止める、止められれば決意が揺らぐと、桂さんは知っちょったがよ。やき、伏せたちや。贅沢もんが」
* * *
事実、それを境に、桂は金策に出向くのをやめた。
桂がいっときでも陣を離れる、その余裕すらなくなっていったという現実もあるが、やはり銀時や高杉に坂本までを巻き込んだ諍いになったことが素因であろうと坂本は思う。銀時の怒りが桂自身に向けられたのなら、また違ったのだろうが。
自負と自惚れを承知で云うなら、桂が信頼し頼みにおもうもの同士の諍いごとは、桂にとって、というより攘夷の軍にとっての益にならない、と判断したのかもしれない。結果として坂本は、おのれの思惑を叶えた。
「さーかーもーとー」
ぬうっと至近に突き出された美貌のおもてに、坂本は面食らった。
「わっ。なちや!?」
顎をさすりながら、ものおもいに耽ってしまっていた坂本に、小さくふくれた桂がいつのまにやら極々至近に躙り寄っている。
「あ、ごめんやー。こたろ。ちっくと考え事をしよったがだ」
色硝子の眼鏡を邪魔に感じて、外して見る。至近の漆黒の眸が、おのれの顔を映す。桂がかまわないのなら、坂本がかまうところではなかった。銀時が腹を括ったなら、二度とは桂を手放すまい。むしろ分が悪いのは坂本のほうなのだから、なんの遠慮があるだろう。
「けんど、ありゃあかまうろう」
云いながら桂の背を返し、そのまま膝元に抱き寄せた。
「銀時のことか」
背後から、肩口の髪の先に鼻を埋めてくる坂本に、桂はくすぐったそうに身をよじる。
「ならば止すか」
憎い口だと、坂本は思った。
桂がいちばんにおもいをよせているのは、どうあれ銀時なのだろうに。桂がなによりたいせつにしているのは、高杉なのだろうに。
「おれは、辰馬。かまわんのなら、貴様にはいてほしいのだが」
下駄を預けておいて、さらりと、殺し文句を云う。どこまで自覚しているのかわからないからやっかいだ。
「ずるいのぉ。わしにこたろの頼みを拒めるわけがないと知っちゅうろう」
けんど、いま。だれよりいるにされちゅうと、自惚れていいがやろか。
耳許で囁いた坂本に、桂は艶やかに微笑んだ。
羽織を脱がせて弛めた袷の襟首の、うなじに口唇を落として。坂本が片手の杯を桂の口唇に添えると、そのまま一口呑んだ。空いたほうの手で裾を割り、なめらかな内腿をなでる。桂は身をあずけたままややうつむいて、その感触に沸き上がるものを耐える風情だ。小さな呼気が漏れて、坂本の名を紡ぐ。その声に押されるように、さらに内へと滑らせて指先を絡めた。
「…っ」
息を呑む気配。桂のおもてがわずかに仰け反り、あたまが坂本の首から鎖骨あたりへ押し付けられる。
「や……、あ…」
しだいに大胆になっていく坂本の手指のうごきが、桂の身の強張りを解いて、べつの強張りを育てていく。甘い吐息が絶え間なく零れ始めると、そのあいまあいまに桂は抗議とも哀願ともつかぬことばで坂本を煽った。
「たつま」
「こたろ。わしらは共犯者やき」
わずかに上擦ったおのれの声音に気づいて、坂本は内心で苦笑した。まったく。桂というのは、始末がわるい。この自分をここまで、入れあげさせるのだから。
「いつでもわしを頼ってくれ。おんしにいるとされるんは、わしの悦びちや。忘れるがやないよ」
耳朶を食み、舌で舐りながら、口説く声は甘く掠れている。耳許の濡れた気配と執拗に下腹に絡む老練な手業に追い立てられて、桂は坂本の掌を熱く濡らした。乱れた息も調わぬまま、横目で背後の坂本を睨める。坂本は口許に笑みを浮かべて、そのぬめりで閉ざされた奥を開いた。
「たつ…ま」
首をよじってなおも睨める桂の開いた襟元に、杯から酒を落とした。ひやりとした刹那の感覚と胸もとをとろりと這うように伝い落ちるしずくに、桂が身を震わせる。坂本は空の杯を畳に投げ置き、その手で襦袢ごと袷の両肩を肘まで抜いた。着衣でうごきを封じた桂の、肩口をつよく吸い上げる。
「ああっ」
膝元に落とされていた桂の長細い指が、きつく坂本の腿をつかんだ。愛撫に浮かされた腰に坂本の腕が回され、裾をたくし上げる。奥を穿つ何本かの指がこねるようにうごいて、桂を喘がせた。細いうなじから首筋に絡んではほどける短めの髪が、次第に汗ばんでゆく肌に貼りつく。奥を弄ったまま、耳許に寄せた口唇のうごきで促すと、桂の手指は腿から滑って坂本の洋袴の前立てを開いた。するりと手をなかへと差し入れて、窮屈そうにしていたものを解放させる。そのまま絡んできたしなやかな指先に、坂本は唸った。
桂に触れられて痛いほどに脈打ち始めたそれを。坂本は、帯も解かぬままの桂の奥へ押し当てる。つよく腰を抱いて退くことをゆるさずに突き上げると、零れかけた悲鳴を、桂はすんでのところで抑えて呑み込んだ。
「は……。あ…あ」
背後から抱き込んで深く繋がる。桂は坂本の腕のなかで、揺すりあげられながら、あえかに啼く。しだいに甘く乱れはじめるさまは、つねの静謐な能面を知るほどに深く陶酔と官能の淵へと誘(いざな)われてゆく、あやうい媚薬だ。
これを飲み干す覚悟なしには、このからだを開いてはならない。桂の傍らに立つことをゆるされるのは、そうしたおとこだけだ。
この媚薬には、並はずれた美貌と知略と判断力、統率力と信念とが融け込んでいる。広く深い情と、冷酷な理性が、相反するものを併せ呑むしなやかな器に湛えられている。突拍子もない発想力で香りづけられて。
そのゆるされたひとりが自分であることを、坂本は信じた。
明けて翌朝おそく。午後から新たな支援者たちとの顔合わせがあるという桂を見送りがてら、宿の玄関先に立つ。
「ほんなら、またあとで。待っちゅうから」
そう云って桂といったん別れた足で、坂本は万事屋へと向かったのだった。
そのひとりだと、腹を括ったであろうはずの、おとこの顔を見るために。
* * *
「あれ? 銀時?」
坂本の名で予約を入れてあった料亭旅館の二間つづきの座敷。同席する銀時を見て、少し遅れてやってきた桂は、開口一番そう云うと。
「すまない、坂本。遅れた。会合が思ったよりも長引いてな」
坂本に向かって詫びを入れた。
「気にしな。おんしを待つ時間もたのしいものやき」
「よくそういうせりふを、臆面もなく云えるよな、てめーは」
食前酒と先付で時間をやり過ごしていた、銀時があきれ顔で坂本を眺める。
「妬くな妬くな」
云って、坂本はぽんぽんと手を掲げて打つ。それを合図に、仲居たちが膳を運んでやってきた。
続 2008.03.01.
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