「天涯の遊子」坂桂篇。
坂本と桂。
京次郎篇モンハン篇を経ての獄門島篇(原作順準拠)以降、スタンド仙望郷篇よりまえ。
中盤以降にエロあり、注意。三回に分ける。其の一。
連作時系列では、高桂『虜囚』『隻影』、銀桂+土桂『朧』『叢雲』のあと。坂桂『揺籃』の流れを汲む。
実際に登場はしないけど、銀時と高杉が出張ってる。
「めっそう驚かせんでくれ。肝が潰れるかと思ったがぜよ」
「すまんすまん。もっとさっさと脱出するつもりだったのだ」
眼下に広がるは硝子越しの藍の空。実際には相当の速さで宇宙を滑るように航行しているのであろう商船は、だがこうして眺めているとただ漂っているかに見える。近くに対象物がないせいだろう。
「悠々閑々」
桂が獄門島に収監されたままなんの音沙汰もない、との知らせを受けたときの坂本の痛心を知りもせず、ゆったりといま船窓を眺めるその横顔は、とてもつい先刻まであの地獄にいたとは思えぬほどにふだんと変わらず、艶やかだ。
先日の天人による人体ドライバー化騒動のときも桂はいちど真選組に捕らわれているが、そのときはあっさり脱けだしている。それが今回は幾日経っても脱獄の報がないから、案じられてならなかった。
「しかしな。助けあげてくれたことには礼を云うが…どうしていま、宇宙なのだ?」
快援隊の旗艦に設えられた社長室は奥の間に坂本の私室を併設している。その円形の格子窓を模した大きな透ける窓越しに、眼下の深淵を写し撮ったかのような漆黒の双眸は、ただ宇宙を捉えている。
「あっはっはーっ。そう云いなや。時間が無うてな。陸奥に無理をゆうて、おんしを島からピックアップするのが精一杯じゃったちや。このあとの商談がすんじょきちゃんと江戸まで送り届けるがやき、勘弁しとおせ」
白く聡明な額にかかる艶やかな黒髪。ひさびさに間近にするその玲瓏なおもてに見惚れながら、坂本はやや焦げ茶けたもじゃもじゃの髪を掻いた。
「そのへんに放り出してもらってもかまわなかったのだがな」
「つれんことを云いなやー」
窓際へと歩み寄り、その黒髪をひとふさ掬って口接ける。ややしっとりと水気をふくんでいるのは、狭いながらも坂本自慢の湯殿で牢獄暮らしの垢を落としたばかりだからだ。湯上がりの浴衣もきっちり着込んでいるのが、坂本には些か残念なところかもしれない。
もっとも桂はどこへ行こうがやっぱり桂で、そこが監獄であろうと身だしなみは調えられ、遍く囚人たちを、いや看守すらも手懐けて、それなりに快適な務所暮らしをしていたわけだが。
「おんしはそうやってまたおのが手足となってうごくものを増やしゆう…」
まるで戦時のそれを見るかのようだ。と、坂本は内心で感嘆する。
それはむろん高杉や銀時や坂本自身にも云えることだったのだが、この、ひとを心酔させる、ありていに云えばひとをたらし込む才は、桂のそれがいちばん天衣無縫でそのぶんたちがわるい。
「貴様こそ、どう根回ししたのだ。そのぴっくあっぷとやらに、いかほどを費やした?」
「あっははははーっ」
「おれのために無駄な時間と金と人脈を使うな、バカ本」
ずっと窓の向こうに向けられていた眸が、ようように坂本を捉える。ああ、怒っていたのか。と、気づいて坂本は、楕円の濃い色硝子越しの目を細めた。
「わしがこたろに費やすもんに、いかんものなどなにひとつないがけんど」
またひとふさ掬い取り、そのまま黒髪に埋めるように、五本の指を絡ませて梳き流す。桂はいやがるでもなく、かといって靡くでもなく、ぷう、とふくれて見せた。
「おなじ費やすのであれば、攘夷につながるものがよい」
「ならばなおのこと、桂さんに貢ぐろう」
ふくれた頬を大きな両の掌で挟むように包み込む。ぽすん、と軽くつついてその空気を抜けば、なめらかな稜線はなんなく姿をあらわして、漆黒の髪に縁取られる。そのまま坂本は透ける窓を背にした桂の腰を横から抱きよせるように腕を回した。
「こら」
さっきからの過度なスキンシップへの抗議めいたものがようやく返ったが、これがあたりまえの坂本はむろん意に介さない。
「よしよし。痩せたりもしちゃーせんようじゃの」
抱きしめた感触でその身を量る坂本を、桂は生真面目な顔で見返した。
「あたりまえだ。貴様らとちがって、おれは日々鍛錬を欠かしたことはないからな」
こんなふうに無意識にこぼれ落ちる『貴様ら』は、いまもって坂本や銀時や高杉を指すのだろうか。
「その金時はなにをしちゅう。あの島におんしがおるとわかっていながら、徒に手を拱いちょったがか」
「金時じゃない銀時だ」
少し小首を傾げて、桂はちいさく笑った。
「あれも極道もののお家騒動に首を突っ込んだり、どらいばーで運転手(どらいばー)になったりと、いろいろ忙しいおとこだからな」
「おんしもなったがやろ。こたろならドライバー姿もかわいかったろうのう」
そうやって銀時のおおかたの動向はきちんと把握しているくせに、桂はいまそれ以上を銀時に求めない。
「貴様は宇宙にいて免れたのだろう? 高杉はどうであったか。たまたまそのころ江戸にいて奇禍したとか、ちょっと想像するとおもしろいと思わぬか」
黒曜石の眸が悪戯っぽい光を浮かべる。坂本は思わず破顔した。
「晋坊ならその姿を死んでも桂さんにだけは見せたくないろうなぁ」
たしかに桂なら好奇心いっぱいに、隠れる高杉を追いかけ回しそうだ。桂のほうはそんな些末なことで高杉への情に些かの変わりのあろうはずもないからおかまいなしなのだが、高杉にしてみればそうはいかない。
「洒落もんやき。晋坊のためにそうでないことを祈るちや」
そう軽口は叩けても、実際のところその一件に関しては坂本は内心で憤りを禁じえないでいる。滑稽な騒動が突きつけてきたものは、天人が植民星であるこの国の住人を玩具にできるという現実にほかならない。
状況をありのままに受け容れ冷静に対処し前向きに思考できるのは桂の長所だが、坂本ですら感じた憤りを攘夷を本旨とする桂が感じなかったはずはない。
「坂本。事態は表象にすぎぬ。その根源を正してこそことは成るのだ」
こんなときばかり察しのよいあたまが、正鵠を射て、ことばに乗せない坂本の問いかけに応えた。桂のこわいところであった。
「獄門島のようにはいかんきねぇ」
坂本はめずらしく嘆息して、ほころばせていた口許をあらためる。
「いま伝えるべきか迷うちょったが」
「うむ?」
「約定やき、ありのままを」
そこでことばを切って伺うように覗き込んだ漆黒は、常の変わらぬ静謐さを湛えている。それが坂本の背を押した。
「晋坊な、春雨に這入り込んだようちや」
桂はゆっくりと瞬きをひとつすると、察しはついていたのだろう、鷹揚にうなずいた。
「………うむ」
「すまんかったのう。桂さん」
「なぜ貴様が詫びる」
烟るような睫に縁取られた黒目勝ちの双眸はまっすぐに坂本を捉え、茱萸の口唇が冷厳にことばを紡いだ。
「この頸は持参できなんだが、目眩ましに真選組の内乱を焚きつけて隠密裏に春雨を手引きした功に因るところ、であろうな」
「潜り込んだげに、その端に過ぎん。まだ春雨の中枢までは遠かろうが…」
「中枢などに辿り着かずともかまうまい。あれの目的は」
「春雨に利用されるのを覚悟で、春雨を利用するがやろ」
語尾を坂本が引き取ると、桂は思案げに頸をめぐらせ、また硝子越しの宇宙(そら)を観た。
「あれの得意とするところは機動だ。必要なのは春雨の名のもとに自由にうごかせる実働部隊だ。それを鬼兵隊の戦力として充分に行使できればよいのだろうよ」
硝子窓の宇宙に浮かぶ桂の姿を、その肩越しに坂本は見つめている。
「この国を、壊すためにか」
「さて…そこだがな」
遠く星々の煌めきを映し込んで濃い藍とかさなる白いおもてが、微苦笑を湛える。
「…のう、桂さん」
紅桜の一件で、銀時とともに刃を突きつけ宣言したことばどおりのことを、桂は覚悟している。ことそこに至れば桂は躊躇わない。それはかつて数多の険しい戦局をともにくぐり抜けてきた坂本であればこその確信である。だが。
「わしはな、まだ晋坊に望みをうだいちゅうようながじゃ」
「ほう…?」
硝子に映った桂の眸が、背後に立つ坂本のおもてを見据えた。
「いや、望みちゅうんはおかしいか。望み、ではないな。晋坊の描く筋書きちや。おそらくは、春雨を内部から食い散らしその実権…いや対地球部隊の指揮権を掌握して江戸に参じる算段ろう。天人に唯々諾々と降ったこの国とその結果を享受する民衆とを打ち壊し、返す刀でこの地の利権を失わせ天導衆を討ち払う」
「そうだな。そうなれば、松陽先生を失くした怨みを晴らすという高杉の」
「思い残すところは無うなる。そして、…斬られるのやか。おんしと銀時に」
「………」
坂本の云わんとするところを量るように、桂は無言のまま、そのさきを促した。
「晋坊の求ぐ最良のシナリオはそこにあるとわしは思う。そうして更地にしたこの国の行く末をおんしに託すのが、この国を救う唯一の手立てだと考えちゅう」
この国を高杉はまだ諦めていない。こころのどこかで見捨てきれていない。と、思えてならない。いや、高杉と直に剣を以て対峙したわけではない坂本には、ただそう思いたいだけなのかも知れなかったが。
「この国の未来図を描けるのは桂さん、おんしだけじゃ。晋坊の手段やプロセスには首肯しがたいが、そこだけはわしもおなじくそう信じちゅうきね」
「坂本」
桂は静かに首を振った。
「露払いなど無用。あれがこの国の民びとの犠牲の上にそれを希むなら、おれはそれを見過ごすわけにはゆかぬ。そのまえに斬るのがおれのつとめだ」
「晋坊がラスボスで斬られるなぞ、わしは好かんよ。それをおんしらにさせるのもな」
「…銀時に、高杉は斬れぬ」
そのせりふが桂の口から出るとは思っておらず、坂本は息を呑んだ。
続 2011.03.06.
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「めっそう驚かせんでくれ。肝が潰れるかと思ったがぜよ」
「すまんすまん。もっとさっさと脱出するつもりだったのだ」
眼下に広がるは硝子越しの藍の空。実際には相当の速さで宇宙を滑るように航行しているのであろう商船は、だがこうして眺めているとただ漂っているかに見える。近くに対象物がないせいだろう。
「悠々閑々」
桂が獄門島に収監されたままなんの音沙汰もない、との知らせを受けたときの坂本の痛心を知りもせず、ゆったりといま船窓を眺めるその横顔は、とてもつい先刻まであの地獄にいたとは思えぬほどにふだんと変わらず、艶やかだ。
先日の天人による人体ドライバー化騒動のときも桂はいちど真選組に捕らわれているが、そのときはあっさり脱けだしている。それが今回は幾日経っても脱獄の報がないから、案じられてならなかった。
「しかしな。助けあげてくれたことには礼を云うが…どうしていま、宇宙なのだ?」
快援隊の旗艦に設えられた社長室は奥の間に坂本の私室を併設している。その円形の格子窓を模した大きな透ける窓越しに、眼下の深淵を写し撮ったかのような漆黒の双眸は、ただ宇宙を捉えている。
「あっはっはーっ。そう云いなや。時間が無うてな。陸奥に無理をゆうて、おんしを島からピックアップするのが精一杯じゃったちや。このあとの商談がすんじょきちゃんと江戸まで送り届けるがやき、勘弁しとおせ」
白く聡明な額にかかる艶やかな黒髪。ひさびさに間近にするその玲瓏なおもてに見惚れながら、坂本はやや焦げ茶けたもじゃもじゃの髪を掻いた。
「そのへんに放り出してもらってもかまわなかったのだがな」
「つれんことを云いなやー」
窓際へと歩み寄り、その黒髪をひとふさ掬って口接ける。ややしっとりと水気をふくんでいるのは、狭いながらも坂本自慢の湯殿で牢獄暮らしの垢を落としたばかりだからだ。湯上がりの浴衣もきっちり着込んでいるのが、坂本には些か残念なところかもしれない。
もっとも桂はどこへ行こうがやっぱり桂で、そこが監獄であろうと身だしなみは調えられ、遍く囚人たちを、いや看守すらも手懐けて、それなりに快適な務所暮らしをしていたわけだが。
「おんしはそうやってまたおのが手足となってうごくものを増やしゆう…」
まるで戦時のそれを見るかのようだ。と、坂本は内心で感嘆する。
それはむろん高杉や銀時や坂本自身にも云えることだったのだが、この、ひとを心酔させる、ありていに云えばひとをたらし込む才は、桂のそれがいちばん天衣無縫でそのぶんたちがわるい。
「貴様こそ、どう根回ししたのだ。そのぴっくあっぷとやらに、いかほどを費やした?」
「あっははははーっ」
「おれのために無駄な時間と金と人脈を使うな、バカ本」
ずっと窓の向こうに向けられていた眸が、ようように坂本を捉える。ああ、怒っていたのか。と、気づいて坂本は、楕円の濃い色硝子越しの目を細めた。
「わしがこたろに費やすもんに、いかんものなどなにひとつないがけんど」
またひとふさ掬い取り、そのまま黒髪に埋めるように、五本の指を絡ませて梳き流す。桂はいやがるでもなく、かといって靡くでもなく、ぷう、とふくれて見せた。
「おなじ費やすのであれば、攘夷につながるものがよい」
「ならばなおのこと、桂さんに貢ぐろう」
ふくれた頬を大きな両の掌で挟むように包み込む。ぽすん、と軽くつついてその空気を抜けば、なめらかな稜線はなんなく姿をあらわして、漆黒の髪に縁取られる。そのまま坂本は透ける窓を背にした桂の腰を横から抱きよせるように腕を回した。
「こら」
さっきからの過度なスキンシップへの抗議めいたものがようやく返ったが、これがあたりまえの坂本はむろん意に介さない。
「よしよし。痩せたりもしちゃーせんようじゃの」
抱きしめた感触でその身を量る坂本を、桂は生真面目な顔で見返した。
「あたりまえだ。貴様らとちがって、おれは日々鍛錬を欠かしたことはないからな」
こんなふうに無意識にこぼれ落ちる『貴様ら』は、いまもって坂本や銀時や高杉を指すのだろうか。
「その金時はなにをしちゅう。あの島におんしがおるとわかっていながら、徒に手を拱いちょったがか」
「金時じゃない銀時だ」
少し小首を傾げて、桂はちいさく笑った。
「あれも極道もののお家騒動に首を突っ込んだり、どらいばーで運転手(どらいばー)になったりと、いろいろ忙しいおとこだからな」
「おんしもなったがやろ。こたろならドライバー姿もかわいかったろうのう」
そうやって銀時のおおかたの動向はきちんと把握しているくせに、桂はいまそれ以上を銀時に求めない。
「貴様は宇宙にいて免れたのだろう? 高杉はどうであったか。たまたまそのころ江戸にいて奇禍したとか、ちょっと想像するとおもしろいと思わぬか」
黒曜石の眸が悪戯っぽい光を浮かべる。坂本は思わず破顔した。
「晋坊ならその姿を死んでも桂さんにだけは見せたくないろうなぁ」
たしかに桂なら好奇心いっぱいに、隠れる高杉を追いかけ回しそうだ。桂のほうはそんな些末なことで高杉への情に些かの変わりのあろうはずもないからおかまいなしなのだが、高杉にしてみればそうはいかない。
「洒落もんやき。晋坊のためにそうでないことを祈るちや」
そう軽口は叩けても、実際のところその一件に関しては坂本は内心で憤りを禁じえないでいる。滑稽な騒動が突きつけてきたものは、天人が植民星であるこの国の住人を玩具にできるという現実にほかならない。
状況をありのままに受け容れ冷静に対処し前向きに思考できるのは桂の長所だが、坂本ですら感じた憤りを攘夷を本旨とする桂が感じなかったはずはない。
「坂本。事態は表象にすぎぬ。その根源を正してこそことは成るのだ」
こんなときばかり察しのよいあたまが、正鵠を射て、ことばに乗せない坂本の問いかけに応えた。桂のこわいところであった。
「獄門島のようにはいかんきねぇ」
坂本はめずらしく嘆息して、ほころばせていた口許をあらためる。
「いま伝えるべきか迷うちょったが」
「うむ?」
「約定やき、ありのままを」
そこでことばを切って伺うように覗き込んだ漆黒は、常の変わらぬ静謐さを湛えている。それが坂本の背を押した。
「晋坊な、春雨に這入り込んだようちや」
桂はゆっくりと瞬きをひとつすると、察しはついていたのだろう、鷹揚にうなずいた。
「………うむ」
「すまんかったのう。桂さん」
「なぜ貴様が詫びる」
烟るような睫に縁取られた黒目勝ちの双眸はまっすぐに坂本を捉え、茱萸の口唇が冷厳にことばを紡いだ。
「この頸は持参できなんだが、目眩ましに真選組の内乱を焚きつけて隠密裏に春雨を手引きした功に因るところ、であろうな」
「潜り込んだげに、その端に過ぎん。まだ春雨の中枢までは遠かろうが…」
「中枢などに辿り着かずともかまうまい。あれの目的は」
「春雨に利用されるのを覚悟で、春雨を利用するがやろ」
語尾を坂本が引き取ると、桂は思案げに頸をめぐらせ、また硝子越しの宇宙(そら)を観た。
「あれの得意とするところは機動だ。必要なのは春雨の名のもとに自由にうごかせる実働部隊だ。それを鬼兵隊の戦力として充分に行使できればよいのだろうよ」
硝子窓の宇宙に浮かぶ桂の姿を、その肩越しに坂本は見つめている。
「この国を、壊すためにか」
「さて…そこだがな」
遠く星々の煌めきを映し込んで濃い藍とかさなる白いおもてが、微苦笑を湛える。
「…のう、桂さん」
紅桜の一件で、銀時とともに刃を突きつけ宣言したことばどおりのことを、桂は覚悟している。ことそこに至れば桂は躊躇わない。それはかつて数多の険しい戦局をともにくぐり抜けてきた坂本であればこその確信である。だが。
「わしはな、まだ晋坊に望みをうだいちゅうようながじゃ」
「ほう…?」
硝子に映った桂の眸が、背後に立つ坂本のおもてを見据えた。
「いや、望みちゅうんはおかしいか。望み、ではないな。晋坊の描く筋書きちや。おそらくは、春雨を内部から食い散らしその実権…いや対地球部隊の指揮権を掌握して江戸に参じる算段ろう。天人に唯々諾々と降ったこの国とその結果を享受する民衆とを打ち壊し、返す刀でこの地の利権を失わせ天導衆を討ち払う」
「そうだな。そうなれば、松陽先生を失くした怨みを晴らすという高杉の」
「思い残すところは無うなる。そして、…斬られるのやか。おんしと銀時に」
「………」
坂本の云わんとするところを量るように、桂は無言のまま、そのさきを促した。
「晋坊の求ぐ最良のシナリオはそこにあるとわしは思う。そうして更地にしたこの国の行く末をおんしに託すのが、この国を救う唯一の手立てだと考えちゅう」
この国を高杉はまだ諦めていない。こころのどこかで見捨てきれていない。と、思えてならない。いや、高杉と直に剣を以て対峙したわけではない坂本には、ただそう思いたいだけなのかも知れなかったが。
「この国の未来図を描けるのは桂さん、おんしだけじゃ。晋坊の手段やプロセスには首肯しがたいが、そこだけはわしもおなじくそう信じちゅうきね」
「坂本」
桂は静かに首を振った。
「露払いなど無用。あれがこの国の民びとの犠牲の上にそれを希むなら、おれはそれを見過ごすわけにはゆかぬ。そのまえに斬るのがおれのつとめだ」
「晋坊がラスボスで斬られるなぞ、わしは好かんよ。それをおんしらにさせるのもな」
「…銀時に、高杉は斬れぬ」
そのせりふが桂の口から出るとは思っておらず、坂本は息を呑んだ。
続 2011.03.06.
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