連作「天涯の遊子」の序。長くなったので、分けた。
銀桂、というか、ほぼ銀→桂。微エロ注意。R15で。
銀時は、返事を濁した。平杯に残った酒を、呷って時を稼ぐ。
『どうじゃ。銀時? おんしもわしといっしょに…』
あれを、桂に話していいものなのか、どうか。
「天パどうし、相通ずるものもあったであろう」
かくっと力が抜ける。銀時はあやうく平杯を取り落としかけた。どこまでまじめに訊いているんだ?こいつは。いやいや、まじめに訊いているんだろう、こいつのことだから。
「天パは関係ねーだろ、天パは。つぅか、あんな毛玉といっしょにすんな」
「坂本は貴様を買っていた」
銀時の抗議をあっさり無視して、核心をつく。やはりまじめに訊いてきているらしい。話せば桂はどうおもうだろう。ここにいない男のことを考えて、銀時は迷った。
坂本は桂に甘かった。女好きないつもからからと笑ってばかりのふざけた野郎のくせに、少しあとから陣営に加わったためか、幼なじみの銀時や高杉とはちがった目線で、桂をとらえていたふしがある。それともあれは、暗に桂にもそれを伝えて欲しいがゆえのことだったのだろうか。銀時が断ることを見越して。あほで脳天気だったが、ひとの機微には敏い男だったようにおもう。銀時の桂に対してのみ見せる過敏なまでの態度の変化を、出会ってまもないころに指摘され、落ち込んだことがあったのを思い出す。そうだった。ならば。いまこの時期に、銀時が桂のそばを離れるわけがない。そのくらいのことは見通していたはずだ。なら、伝えておくべきだろう。あれが、銀時にというより、桂にこそ、真に聞いて欲しいことばだったのなら。
「………誘われた。宇宙(そら)に行かないかってさ」
坂本のことばを、思い出せるかぎり忠実に再現しておいて、銀時はそう締めた。
「宇宙か。…そうか。坂本らしいな」
桂は手酌でやりながら、話し終えた銀時の平杯にも酒を注ぎ、軽く振るう。とっくりが名残のしずくを零す。終いまで綺麗に注ぎ終えると、高杉の残したままのそれとあわせ、滑るようにわきに並べて寄せた。その流れるようなしぐさに、銀時はつい見惚れるでもなく見惚れる。なんなんだろうな、これは。生まれか育ちか、はたまた持って生まれたものなのか。
ふいに。坂本のことばが、銀時の耳もとで鮮やかによみがえった。
『まあ、おんしらの気持ちもわからきもないが』
『あのひとはこころ映えはおとこまえじゃ。剣もつよい。けんど、見目も物腰も、しょうまっことよお優美にできちゅう。やき、桂さんになら、いかんもないろう』
ひとり帰陣の遅れた桂を待つあいだ、気のないそぶりでそのじつそわそわと落ち着かない銀時や、悪態を並べたてながらも桂への執着を隠さない高杉を、茶化すでもなく坂本はそんなふうな感心をしていた。
「おまえにゃ、なんも云わずに行ったのか、あいつ」
ああ、坂本が真に宇宙へと連れ出したかったのは、桂ではなかったか。脳裡に唐突に浮かんだ考えに、思わず、銀時の口をついてそんなことばが零れ出た。
銀時の内心の動揺に気づくはずもなく、桂は平杯をかたむける。
「…いや。そういうわけでもないがな。そうか。辰馬のやつ…」
つぶやくようなことばはそれ以上は紡がれず、酒とともに、桂の口に呑み込まれていく。優しい眸をする。そう銀時はおもった。そのくせどこかせつなさにゆがんで見える。
かちり、嚼む金平糖の甘みでは、この苦みは消えない。どうにも、消せない。
その眸は、銀時のあずかり知らぬふたりだけの経緯があったことをどこかしら窺わせ、銀時は身のうちに焰(ほむら)の立つのを自覚した。
「それで、貴様は?銀時」
「あん?」
「残ったのは、なぜだ」
「なぜって…そりゃ」
おまえがここにいるから。そんなせりふを面と向かって吐けるわけもない。いや云わずとも、きっとわかっている。わかってしまっている。
「銀さんまでいなくなった日にゃ、ヅラも晋坊も泣いちゃうでしょうが」
「だれが、泣くか。それとヅラではない、桂…」
つと、影がうごく。桂の言葉じりを奪い、微かな衣擦れの音とともに、平杯が二つ、軽い音を立てて古畳に転がった。
じじ…っ、と音を立て、油に浸された灯心が刹那、煌めいて落ちる。焦げた匂いと微かな油煙が、仄暗いひと間に流れた。灯明のあるうちは気にとめていなかった月明かりが、煤けた格子越しに、目のまえのおとこを幽かに青白く染めていた。高く結われた黒髪が畳に流れて綾を描く。漆黒の眸はどこまでも、深く。銀時は吸い寄せられるように、ふたたび口唇をかさねた。
銀時になされるがまま畳に身を縫いつけ、先刻の口接けのあいだ投げ出されたままだった桂の腕が、ようやく銀時の首に回され、その長い指先がやわらかな白銀髪をつかむ。それに安堵して、銀時は深く舌を絡めた。甘い。とおもう。我が身をなにより潤す甘露に、しばし銀時は酔った。
歯列をなぞり上顎を擽り口腔を彷徨う荒々しい舌先に、なめらかな舌先が応える。先端をつつき誘うように引っ込んだかとおもえば、追いかけてきた舌の腹をふいに撫でる。たまらず思い切り吸ってやれば、くぐもった声が漏れた。桂のつかむ指にちからがこもり白い髪が引き攣る。そのわずかな痛みさえも手放したくはなかった。
口の端から零れたしずくを舌で舐め取りながら、唇を解放する。だが銀時の両の掌は桂の小さな顔を押し包み、いつのまに絡められた脚は桂の両膝を割ったままうごく気配もない。不足した空気を取り込んで、ようよう息を調えた桂が、呼び覚まされた情欲に仄かに濡れた双眸を銀時の額に据えた。しっとり汗ばんで張り付いた癖毛。肩越しに回していた腕を解き、指先でそっとその髪を除ける。しょうのないやつだ。そういいたげな愛おしむかの笑みが、その口許に浮かんでいた。潤んだ眼差し、いくぶん上気した頬、繕いのない微笑。生(き)のままの小太郎。平素感情を表情に乗せない、乗せても薄い桂が、銀時にだけ見せる瞬間が、ここにたしかにある。
ああ、まだ消える。まだ消せる。銀時を襲うありとあらゆる懊悩から、掬い取るかのように。こいつはまだ、それをしのぐ甘みを、与えてくれる。
触れてきた指先はそのままに、もういちど。桂のやわらかな口唇に舌先を這わせ、応えて薄く開かれたそこに、銀時はおのれの口唇をあてがった。啄むように吸いながら、その感触と甘さとをたっぷりと味わう。
放り出された紙包みから転がりでた金平糖が、いくつか、畳に薄く差し込む青白い月明かりに、歪に丸い小さな影を落としている。そのかたわらで重なり合う影は、そんなことなどとうに忘れているのだろう。息を潜めるようにして交わされる口接けは、どちらからともなくまた深まり、やがてむさぼるようにおたがいを奪い尽くしたあと、小さく濡れた音を残して離れた。
「…銀。…甘い」
銀時の口腔に残されていた砂糖菓子の甘さに閉口したような口調で、桂は髪に触れていた指をそのまま銀時の唇へと滑らせた。その指先をひとつ銀時は銜えて甘咬みする。そのまま上目遣いに桂の目線を捉えた。熱をはらんだ銀時の紅い眸が、この先を強請(ねだ)る。密着したままの銀時の下肢は、布越しにもはっきりと、兆していた。
眦をうっすら朱に染めた桂は、指をそっと引き抜くと、銀時の頬を撫でる。
「だれがいなくなろうとも、おれは泣かん」
いまさらのように引き戻された会話。ここまでゆるしてはぐらかすのか。焦らすのか。それともただ空気が読めないだけなのか。それはないんじゃないの、小太郎。逃がしゃしねー。割った膝を押し開き、桂の細い腰に、銀時はおのれの熱を擦りつける。
だが。
「…それが、貴様でもだ。銀時」
短く付け足されたことばに、銀時は息を呑んだ。
続 2007.12.23.
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銀時は、返事を濁した。平杯に残った酒を、呷って時を稼ぐ。
『どうじゃ。銀時? おんしもわしといっしょに…』
あれを、桂に話していいものなのか、どうか。
「天パどうし、相通ずるものもあったであろう」
かくっと力が抜ける。銀時はあやうく平杯を取り落としかけた。どこまでまじめに訊いているんだ?こいつは。いやいや、まじめに訊いているんだろう、こいつのことだから。
「天パは関係ねーだろ、天パは。つぅか、あんな毛玉といっしょにすんな」
「坂本は貴様を買っていた」
銀時の抗議をあっさり無視して、核心をつく。やはりまじめに訊いてきているらしい。話せば桂はどうおもうだろう。ここにいない男のことを考えて、銀時は迷った。
坂本は桂に甘かった。女好きないつもからからと笑ってばかりのふざけた野郎のくせに、少しあとから陣営に加わったためか、幼なじみの銀時や高杉とはちがった目線で、桂をとらえていたふしがある。それともあれは、暗に桂にもそれを伝えて欲しいがゆえのことだったのだろうか。銀時が断ることを見越して。あほで脳天気だったが、ひとの機微には敏い男だったようにおもう。銀時の桂に対してのみ見せる過敏なまでの態度の変化を、出会ってまもないころに指摘され、落ち込んだことがあったのを思い出す。そうだった。ならば。いまこの時期に、銀時が桂のそばを離れるわけがない。そのくらいのことは見通していたはずだ。なら、伝えておくべきだろう。あれが、銀時にというより、桂にこそ、真に聞いて欲しいことばだったのなら。
「………誘われた。宇宙(そら)に行かないかってさ」
坂本のことばを、思い出せるかぎり忠実に再現しておいて、銀時はそう締めた。
「宇宙か。…そうか。坂本らしいな」
桂は手酌でやりながら、話し終えた銀時の平杯にも酒を注ぎ、軽く振るう。とっくりが名残のしずくを零す。終いまで綺麗に注ぎ終えると、高杉の残したままのそれとあわせ、滑るようにわきに並べて寄せた。その流れるようなしぐさに、銀時はつい見惚れるでもなく見惚れる。なんなんだろうな、これは。生まれか育ちか、はたまた持って生まれたものなのか。
ふいに。坂本のことばが、銀時の耳もとで鮮やかによみがえった。
『まあ、おんしらの気持ちもわからきもないが』
『あのひとはこころ映えはおとこまえじゃ。剣もつよい。けんど、見目も物腰も、しょうまっことよお優美にできちゅう。やき、桂さんになら、いかんもないろう』
ひとり帰陣の遅れた桂を待つあいだ、気のないそぶりでそのじつそわそわと落ち着かない銀時や、悪態を並べたてながらも桂への執着を隠さない高杉を、茶化すでもなく坂本はそんなふうな感心をしていた。
「おまえにゃ、なんも云わずに行ったのか、あいつ」
ああ、坂本が真に宇宙へと連れ出したかったのは、桂ではなかったか。脳裡に唐突に浮かんだ考えに、思わず、銀時の口をついてそんなことばが零れ出た。
銀時の内心の動揺に気づくはずもなく、桂は平杯をかたむける。
「…いや。そういうわけでもないがな。そうか。辰馬のやつ…」
つぶやくようなことばはそれ以上は紡がれず、酒とともに、桂の口に呑み込まれていく。優しい眸をする。そう銀時はおもった。そのくせどこかせつなさにゆがんで見える。
かちり、嚼む金平糖の甘みでは、この苦みは消えない。どうにも、消せない。
その眸は、銀時のあずかり知らぬふたりだけの経緯があったことをどこかしら窺わせ、銀時は身のうちに焰(ほむら)の立つのを自覚した。
「それで、貴様は?銀時」
「あん?」
「残ったのは、なぜだ」
「なぜって…そりゃ」
おまえがここにいるから。そんなせりふを面と向かって吐けるわけもない。いや云わずとも、きっとわかっている。わかってしまっている。
「銀さんまでいなくなった日にゃ、ヅラも晋坊も泣いちゃうでしょうが」
「だれが、泣くか。それとヅラではない、桂…」
つと、影がうごく。桂の言葉じりを奪い、微かな衣擦れの音とともに、平杯が二つ、軽い音を立てて古畳に転がった。
じじ…っ、と音を立て、油に浸された灯心が刹那、煌めいて落ちる。焦げた匂いと微かな油煙が、仄暗いひと間に流れた。灯明のあるうちは気にとめていなかった月明かりが、煤けた格子越しに、目のまえのおとこを幽かに青白く染めていた。高く結われた黒髪が畳に流れて綾を描く。漆黒の眸はどこまでも、深く。銀時は吸い寄せられるように、ふたたび口唇をかさねた。
銀時になされるがまま畳に身を縫いつけ、先刻の口接けのあいだ投げ出されたままだった桂の腕が、ようやく銀時の首に回され、その長い指先がやわらかな白銀髪をつかむ。それに安堵して、銀時は深く舌を絡めた。甘い。とおもう。我が身をなにより潤す甘露に、しばし銀時は酔った。
歯列をなぞり上顎を擽り口腔を彷徨う荒々しい舌先に、なめらかな舌先が応える。先端をつつき誘うように引っ込んだかとおもえば、追いかけてきた舌の腹をふいに撫でる。たまらず思い切り吸ってやれば、くぐもった声が漏れた。桂のつかむ指にちからがこもり白い髪が引き攣る。そのわずかな痛みさえも手放したくはなかった。
口の端から零れたしずくを舌で舐め取りながら、唇を解放する。だが銀時の両の掌は桂の小さな顔を押し包み、いつのまに絡められた脚は桂の両膝を割ったままうごく気配もない。不足した空気を取り込んで、ようよう息を調えた桂が、呼び覚まされた情欲に仄かに濡れた双眸を銀時の額に据えた。しっとり汗ばんで張り付いた癖毛。肩越しに回していた腕を解き、指先でそっとその髪を除ける。しょうのないやつだ。そういいたげな愛おしむかの笑みが、その口許に浮かんでいた。潤んだ眼差し、いくぶん上気した頬、繕いのない微笑。生(き)のままの小太郎。平素感情を表情に乗せない、乗せても薄い桂が、銀時にだけ見せる瞬間が、ここにたしかにある。
ああ、まだ消える。まだ消せる。銀時を襲うありとあらゆる懊悩から、掬い取るかのように。こいつはまだ、それをしのぐ甘みを、与えてくれる。
触れてきた指先はそのままに、もういちど。桂のやわらかな口唇に舌先を這わせ、応えて薄く開かれたそこに、銀時はおのれの口唇をあてがった。啄むように吸いながら、その感触と甘さとをたっぷりと味わう。
放り出された紙包みから転がりでた金平糖が、いくつか、畳に薄く差し込む青白い月明かりに、歪に丸い小さな影を落としている。そのかたわらで重なり合う影は、そんなことなどとうに忘れているのだろう。息を潜めるようにして交わされる口接けは、どちらからともなくまた深まり、やがてむさぼるようにおたがいを奪い尽くしたあと、小さく濡れた音を残して離れた。
「…銀。…甘い」
銀時の口腔に残されていた砂糖菓子の甘さに閉口したような口調で、桂は髪に触れていた指をそのまま銀時の唇へと滑らせた。その指先をひとつ銀時は銜えて甘咬みする。そのまま上目遣いに桂の目線を捉えた。熱をはらんだ銀時の紅い眸が、この先を強請(ねだ)る。密着したままの銀時の下肢は、布越しにもはっきりと、兆していた。
眦をうっすら朱に染めた桂は、指をそっと引き抜くと、銀時の頬を撫でる。
「だれがいなくなろうとも、おれは泣かん」
いまさらのように引き戻された会話。ここまでゆるしてはぐらかすのか。焦らすのか。それともただ空気が読めないだけなのか。それはないんじゃないの、小太郎。逃がしゃしねー。割った膝を押し開き、桂の細い腰に、銀時はおのれの熱を擦りつける。
だが。
「…それが、貴様でもだ。銀時」
短く付け足されたことばに、銀時は息を呑んだ。
続 2007.12.23.
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