Armed angel #22 二期終幕後 ニルティエ+リジェネ
意識体のティエリアinヴェーダ。リジェティエ表現有り、注意。
前後篇としてはちょっと長くなるので、短めの三回に分ける。
全三回。その1。
「ヴェーダは連邦政府の手に委ねるが、その引き渡しの交渉をあなたに頼みたい。むろんその後の運用には情報タイプのイノベイドが必要だから、その生成はヴェーダが許可するだろう」
淡々とした口調で意識体となったティエリアはそう告げた。
記録上すでにこの世界のどこにも存在しないおのれには、適任か。あとくされがない。承諾の意を込めて頷きながらニールはむしろ気懸かりを問う。
「おまえは…」
「ぼくのからだは…少し時間が掛かる」
リボンズは短期間に膨大な数のイノベイドを用意していたが、そうはいかないものらしい。
「あれは量産型だ。しかも特攻のためだから自我をあたえられていなかった。固有の人格を持つイノベイドとは手数が異なる。加うるに、意識データの移送になるから新たな生体と統合させる必要がある。塩基配列がおなじでも個体差は微妙に生じるから、マッチングをクリアしないとぼくがぼくでなくなってしまう」
リジェネに撃たれた際それをほぼ分単位でやってのけたリボンズは、やはりとてつもなく優秀で用意周到だったのだ。だがおそらく、ティエリアのここに来ての慎重さと逡巡はそれだけが理由ではないだろう。
あのとき刹那に告げたように、ヴェーダの一部となり人類を見守ることが、ティエリアのイノベイドとしての選択であり、決意であり、使命だからだ。
ヴェーダ引き渡しの任に向かう小型艇で、ニールはひとりごちた。
「長く…なるな」
それでももう決めたのだ。どのような状態であれ、二度と再びティエリアの手を放しはしない。置き去りにしたりしない。ティエリアという存在そのものが抱え込んだ、孤独の淵をひとり渡らせることはない。
なによりニールのほうがティエリアの不在に耐えられるはずもない。いま、ニールの帰るべき場所はただひとつ。
紅玉に紫黒の髪を戴く天使の傍ら。
* * *
その日なんどめかの溜め息を吐いたティエリアに、とうとうリジェネはもともとあまりない忍耐の緒を切った。
「ああ、もう。いいかげんにしなよ」
ヴェーダのなかでたがいに意識データとして存在しているにすぎないのだけれど、現実世界に肉体を持って存在しているのと当人たち的には大差がない。
「きみがそんなふうだと僕まで気鬱になるじゃないか」
「ぼくが鬱陶しければ離れていればいい」
と、ティエリアのいらえはにべもないから、リジェネは逆に抱きついてやった。
「リジェネ」
「そんなにやつが恋しいなら、さっさとからだを持てばいいんだ」
ティエリアの新たなうつわ、塩基配列パターン0988ティエリア・アーデ型の生体端末はすでにもうできあがっていて、培養ポッドに眠っている。なのに生真面目なティエリアはヴェーダとともに人類を見守ることに拘って、そのくせニール・ディランディのことを放ってもおけないのだ。ティエリアがその脳を護りリジェネが肉体をあたえた、人間であって人間でなくなった彼を。
「あれは対話のときのための」
「万一のときのためなら、きみが入ったあと、また新たに一体つくっておけばいいじゃないか」
背後から抱きつくようにティエリアを羽交い締めにして、リジェネはじゃれる。
「こら、リジェネ。苦しい」
「僕をここに置いていくんだから、このくらいでちょうどだよ」
「リジェネ、ぼくは」
「だいたいいつまであいつにストイックに過ごさせる気さ。からだはイノベイドと同じでもあいつのあたまのなかみは人間そのままなんだからね」
連邦政府の手が入った外宇宙航行母艦ソレスタルビーイングだが、その広大さゆえ、衛星側の連邦の目の届かない区画でひとまずニールは暮らしている。ティエリアの依頼でヴェーダ受け渡しの任に当たったあと、もうあなたの自由にして欲しいとティエリアが地上に降りるよう進めても、自由にしていいならここにいると云って。
「なかなか健気じゃないか。あれだけ強引で押しのつよかったおとこが、きみに触れられもしないまま、文句も云わず耐えてるなんてさ」
「………」
「僕らは有性生殖しないからもともとそういう方面には淡泊にできてるけど、あいつにとっては相当きっついんじゃないのかな」
「…かもしれない」
「あんまり焦らして浮気されたって知らないよ」
「そんな、こと」
戸惑ったような声が返った。ティエリアにそんな器用な、駆け引きのような真似ができるはずもないことは、リジェネだって心得ている。
「まあもしそんなことにでもなれば、僕が黙っちゃいないけどね。二度とティエリアに触れられなくしてやる」
「リジェネ。きみは煽っているのか、邪魔したいのか、どっちなんだ」
「きみたちをかい? 裂けるものなら裂きたいね。僕としては、ずっとここでティエリアといっしょにいたいに決まってる」
「だったら、ぼくを揺るがせるな」
「煽られて揺らぐ程度には、ほんとはやつといたいってことじゃないか」
容赦なくそう斬り込むと、リジェネを背に抱きつかせたまま、ティエリアはきゅっと口唇を結んだ。おなじおおきな切れ長の紅玉が揺れている。
「きみは固すぎるんだよ。あいつとちょっとのま暮らすくらい自分へのご褒美だと思えばいい」
「…ご褒美?」
「人類の未来をリボンズの計画から取り戻したのは、きみだよ。そのきみが、なんでひとりここで耐えてなきゃならないのさ」
「ぼくだけのちからではないし、それにぼくは耐えているわけでは…」
「イノベイドとしての使命もいいけどさ。そればっかりじゃないだろ、ティエリア・アーデという存在は」
「きみの口からそんなことばを聞くとはね」
噤んだ口唇に苦笑が浮かんだ。リジェネは抱きついたまま背後から最愛の対の頬に頬を寄せる。
「僕はね。ずっとずっとこのままきみといたいんだよ。わかってる? …ティエリア」
「…ああ」
「その僕が、こう云ってるんだ。僕がものわかりのいいふりをしているうちに行ったほうが身のためだよ?」
「……リジェネ」
肩越しに胸に掛けて回されたリジェネの腕に、ティエリアが手指を添えてくる。擦り寄せられた頬に応えるように頸を回した。そのときだった。
「ティエリア」
端末を通したニールの声がヴェーダに届いた。
「噂をすればなんとやら、だ」
リジェネは片眉を擡げて皮肉めいた笑みを浮かべる。ティエリアはヴェーダと外部との回線を開いた。
「ただの定時連絡だ」
先の戦闘で傷ついた母艦ソレスタルビーイングは、委譲された連邦政府の手によって修復されつつある。ただしそれは、連邦に開放されたヴェーダ本体と主立った居住空間のある艦船側だけだ。残り何割かの秘められた衛星側の修復は主にカレルが担っていて、現状、その監督をニールが買って出ているかたちになっていた。
回線がつながった途端飛び込んできたホロモニターの映像に、ニールは一瞬報告しかけたことばを呑んだ。瓜二つのおもてが至近の距離で密着している。意識データであってさえなぜだか素通しの眼鏡を掛けたままの、四つの深紅の眸がニールを見遣った。
「……なにしてんだ、おまえさんたちは」
あきれたようなどこか不機嫌さを滲ませた声に、リジェネはほくそ笑む。
「ただのスキンシップだよ。ねぇ、ティエリア?」
「リジェネ・レジェッタ」
意識体なのだから実際のところはスキンシップもなにもあったものではないのだが、目に飛び込んでくる映像のインパクトというものは避けようがない。
「なんなら僕の口から云ってあげようか?」
囁きながら背後から抱く腕をつよめる。
「よけいなことはしなくていい! …なにか報告用件はありますか、ロックオ…、ニール」
ティエリアはそのリジェネを押し退けるでもなく、回されていたその腕を解くにとどめて、ニールを促した。
「いや、とくにはねぇな。カレルでの修復はほぼ予定どおりの進行だ。連邦さんのほうはやや手こずってるよう見受けるが」
「それは、そもそもこの艦はオーバーテクノロジーのかたまりですから、いたしかたないでしょう」
「このぶんじゃそっち側のほうがさきに終わっちゃいそうだね。そうしたら、きみはつぎになにをするつもりなのかな?」
リジェネはチェシャ猫の笑みでおどけたようにニールに問う。
「そのときに考えるさ」
こうしたやりとりは初めてのことではなかったから、ニールはかるく肩を竦めていつものように返した。
「リジェネ」
ティエリアが咎めてくるのもいつものことだ。
「好きにしたらいいと云えば本気でこのままここに居座る気なんだよ、こいつは。ティエリア。きみにこうして触れられもしないのに」
リジェネは解かれた腕でもういちどティエリアの肩を抱き込むと、片方の掌でよく似た優美な頬の稜線をなぞる。これ見よがしにちらりと視線をニールに投げて、そのままティエリアの顎を捉えてうすく色づく口唇を食んだ。
続 2012.04.08.
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「ヴェーダは連邦政府の手に委ねるが、その引き渡しの交渉をあなたに頼みたい。むろんその後の運用には情報タイプのイノベイドが必要だから、その生成はヴェーダが許可するだろう」
淡々とした口調で意識体となったティエリアはそう告げた。
記録上すでにこの世界のどこにも存在しないおのれには、適任か。あとくされがない。承諾の意を込めて頷きながらニールはむしろ気懸かりを問う。
「おまえは…」
「ぼくのからだは…少し時間が掛かる」
リボンズは短期間に膨大な数のイノベイドを用意していたが、そうはいかないものらしい。
「あれは量産型だ。しかも特攻のためだから自我をあたえられていなかった。固有の人格を持つイノベイドとは手数が異なる。加うるに、意識データの移送になるから新たな生体と統合させる必要がある。塩基配列がおなじでも個体差は微妙に生じるから、マッチングをクリアしないとぼくがぼくでなくなってしまう」
リジェネに撃たれた際それをほぼ分単位でやってのけたリボンズは、やはりとてつもなく優秀で用意周到だったのだ。だがおそらく、ティエリアのここに来ての慎重さと逡巡はそれだけが理由ではないだろう。
あのとき刹那に告げたように、ヴェーダの一部となり人類を見守ることが、ティエリアのイノベイドとしての選択であり、決意であり、使命だからだ。
ヴェーダ引き渡しの任に向かう小型艇で、ニールはひとりごちた。
「長く…なるな」
それでももう決めたのだ。どのような状態であれ、二度と再びティエリアの手を放しはしない。置き去りにしたりしない。ティエリアという存在そのものが抱え込んだ、孤独の淵をひとり渡らせることはない。
なによりニールのほうがティエリアの不在に耐えられるはずもない。いま、ニールの帰るべき場所はただひとつ。
紅玉に紫黒の髪を戴く天使の傍ら。
* * *
その日なんどめかの溜め息を吐いたティエリアに、とうとうリジェネはもともとあまりない忍耐の緒を切った。
「ああ、もう。いいかげんにしなよ」
ヴェーダのなかでたがいに意識データとして存在しているにすぎないのだけれど、現実世界に肉体を持って存在しているのと当人たち的には大差がない。
「きみがそんなふうだと僕まで気鬱になるじゃないか」
「ぼくが鬱陶しければ離れていればいい」
と、ティエリアのいらえはにべもないから、リジェネは逆に抱きついてやった。
「リジェネ」
「そんなにやつが恋しいなら、さっさとからだを持てばいいんだ」
ティエリアの新たなうつわ、塩基配列パターン0988ティエリア・アーデ型の生体端末はすでにもうできあがっていて、培養ポッドに眠っている。なのに生真面目なティエリアはヴェーダとともに人類を見守ることに拘って、そのくせニール・ディランディのことを放ってもおけないのだ。ティエリアがその脳を護りリジェネが肉体をあたえた、人間であって人間でなくなった彼を。
「あれは対話のときのための」
「万一のときのためなら、きみが入ったあと、また新たに一体つくっておけばいいじゃないか」
背後から抱きつくようにティエリアを羽交い締めにして、リジェネはじゃれる。
「こら、リジェネ。苦しい」
「僕をここに置いていくんだから、このくらいでちょうどだよ」
「リジェネ、ぼくは」
「だいたいいつまであいつにストイックに過ごさせる気さ。からだはイノベイドと同じでもあいつのあたまのなかみは人間そのままなんだからね」
連邦政府の手が入った外宇宙航行母艦ソレスタルビーイングだが、その広大さゆえ、衛星側の連邦の目の届かない区画でひとまずニールは暮らしている。ティエリアの依頼でヴェーダ受け渡しの任に当たったあと、もうあなたの自由にして欲しいとティエリアが地上に降りるよう進めても、自由にしていいならここにいると云って。
「なかなか健気じゃないか。あれだけ強引で押しのつよかったおとこが、きみに触れられもしないまま、文句も云わず耐えてるなんてさ」
「………」
「僕らは有性生殖しないからもともとそういう方面には淡泊にできてるけど、あいつにとっては相当きっついんじゃないのかな」
「…かもしれない」
「あんまり焦らして浮気されたって知らないよ」
「そんな、こと」
戸惑ったような声が返った。ティエリアにそんな器用な、駆け引きのような真似ができるはずもないことは、リジェネだって心得ている。
「まあもしそんなことにでもなれば、僕が黙っちゃいないけどね。二度とティエリアに触れられなくしてやる」
「リジェネ。きみは煽っているのか、邪魔したいのか、どっちなんだ」
「きみたちをかい? 裂けるものなら裂きたいね。僕としては、ずっとここでティエリアといっしょにいたいに決まってる」
「だったら、ぼくを揺るがせるな」
「煽られて揺らぐ程度には、ほんとはやつといたいってことじゃないか」
容赦なくそう斬り込むと、リジェネを背に抱きつかせたまま、ティエリアはきゅっと口唇を結んだ。おなじおおきな切れ長の紅玉が揺れている。
「きみは固すぎるんだよ。あいつとちょっとのま暮らすくらい自分へのご褒美だと思えばいい」
「…ご褒美?」
「人類の未来をリボンズの計画から取り戻したのは、きみだよ。そのきみが、なんでひとりここで耐えてなきゃならないのさ」
「ぼくだけのちからではないし、それにぼくは耐えているわけでは…」
「イノベイドとしての使命もいいけどさ。そればっかりじゃないだろ、ティエリア・アーデという存在は」
「きみの口からそんなことばを聞くとはね」
噤んだ口唇に苦笑が浮かんだ。リジェネは抱きついたまま背後から最愛の対の頬に頬を寄せる。
「僕はね。ずっとずっとこのままきみといたいんだよ。わかってる? …ティエリア」
「…ああ」
「その僕が、こう云ってるんだ。僕がものわかりのいいふりをしているうちに行ったほうが身のためだよ?」
「……リジェネ」
肩越しに胸に掛けて回されたリジェネの腕に、ティエリアが手指を添えてくる。擦り寄せられた頬に応えるように頸を回した。そのときだった。
「ティエリア」
端末を通したニールの声がヴェーダに届いた。
「噂をすればなんとやら、だ」
リジェネは片眉を擡げて皮肉めいた笑みを浮かべる。ティエリアはヴェーダと外部との回線を開いた。
「ただの定時連絡だ」
先の戦闘で傷ついた母艦ソレスタルビーイングは、委譲された連邦政府の手によって修復されつつある。ただしそれは、連邦に開放されたヴェーダ本体と主立った居住空間のある艦船側だけだ。残り何割かの秘められた衛星側の修復は主にカレルが担っていて、現状、その監督をニールが買って出ているかたちになっていた。
回線がつながった途端飛び込んできたホロモニターの映像に、ニールは一瞬報告しかけたことばを呑んだ。瓜二つのおもてが至近の距離で密着している。意識データであってさえなぜだか素通しの眼鏡を掛けたままの、四つの深紅の眸がニールを見遣った。
「……なにしてんだ、おまえさんたちは」
あきれたようなどこか不機嫌さを滲ませた声に、リジェネはほくそ笑む。
「ただのスキンシップだよ。ねぇ、ティエリア?」
「リジェネ・レジェッタ」
意識体なのだから実際のところはスキンシップもなにもあったものではないのだが、目に飛び込んでくる映像のインパクトというものは避けようがない。
「なんなら僕の口から云ってあげようか?」
囁きながら背後から抱く腕をつよめる。
「よけいなことはしなくていい! …なにか報告用件はありますか、ロックオ…、ニール」
ティエリアはそのリジェネを押し退けるでもなく、回されていたその腕を解くにとどめて、ニールを促した。
「いや、とくにはねぇな。カレルでの修復はほぼ予定どおりの進行だ。連邦さんのほうはやや手こずってるよう見受けるが」
「それは、そもそもこの艦はオーバーテクノロジーのかたまりですから、いたしかたないでしょう」
「このぶんじゃそっち側のほうがさきに終わっちゃいそうだね。そうしたら、きみはつぎになにをするつもりなのかな?」
リジェネはチェシャ猫の笑みでおどけたようにニールに問う。
「そのときに考えるさ」
こうしたやりとりは初めてのことではなかったから、ニールはかるく肩を竦めていつものように返した。
「リジェネ」
ティエリアが咎めてくるのもいつものことだ。
「好きにしたらいいと云えば本気でこのままここに居座る気なんだよ、こいつは。ティエリア。きみにこうして触れられもしないのに」
リジェネは解かれた腕でもういちどティエリアの肩を抱き込むと、片方の掌でよく似た優美な頬の稜線をなぞる。これ見よがしにちらりと視線をニールに投げて、そのままティエリアの顎を捉えてうすく色づく口唇を食んだ。
続 2012.04.08.
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