年跨ぎに書いていたもの。
本篇23話妄想。R18
ふたたびドルシアの軍服を着たエルエルフを自分の専用機のコクピットに乗せる。なんて、アードライ的にはおのれの所有物感を刺激する最高の萌えどころだったんじゃないの、という小話。
詳細資料のないコクピットの機構やパイロットスーツの仕様は予想というか捏造です。
半袖のインナーシャツの袖口から覗くしなやかな腕も、倒した敵兵の臥す床を踏みしめる伸びやかな脚も、なにも変わってはいなかった。
モジュール77への潜入作戦を看破し救護室で銃口を向けたアードライに、エルエルフはまるで応じるかのように手にした銃をかまえた。
ああそうだ。
以前、敵として潜入したアードライと対峙したときも、攻撃を仕掛けてきたクーフィアのバッフェにも、エルエルフはとどめを刺そうとはしなかった。
裏切りと思い込んでいた行為の真実を知ったいまとなっては、あのときのこのときの、すべての疑念がほどかれていく。
もはや恨みはないと告げながら、だがアードライはそもそもただ恨んでいたわけではない。理解できなかったのだ。エルエルフがおのれを撃つという行動の理由がまったくわからず懊悩した。痛みは抉られた左眼ではなく胸奥にあった。つらかった。苦しかった。それも、もう終わる。
共闘を約してエルエルフは先に銃をおろし、原隊復帰を認めるかたちでアードライはおかえりのことばに代えた。
「…と、この恰好ではさすがにまずいな」
丸襟のインナーの胸もとを摘まんで引っ張る。なめらかな頸筋からつづくきれいに浮き出た鎖骨がアードライの意識を惹いた。薄い布に覆われたそのむこうの素肌をアードライは知っている。
「どうするつもりだったのだ」
「べつに。適当にこいつらの服を剥げばそれですむ」
あいかわらず淡々と返すエルエルフは気絶させた兵士の肩を爪先でつつく。その爪先から丸い膝を辿り、短パンへと吸い込まれていく大腿の、秘められたその奥さえも、知っている。────知っていた。
「待て。ならば私が用意しよう」
一別以来だ。あのときは咲森の制服だった。そののちは彼専用に誂えられたユニフォームを着ていたのだと伝え聞く。けれどいま、ほかのどんな姿も見たくはない。
「やはり…おまえにはそれがよく似合う」
特務大尉の軍服に袖を通したエルエルフにアードライは感歎の吐息を漏らした。
「…とっくに処分されたと思っていたが」
「その任にあたったのは私だからな。……、いつか」
口もとに微かな自嘲を浮かべ、思わず見惚れていた立ち姿に歩み寄る。
「いつかまた、これを着たおまえと共闘できる日を…心のどこかで夢見ていたのかもしれない。未練だとわかってはいても」
「…アードライ」
ぴしりと立った赤い襟元をあらためて整えるかのように手を伸べた。
「だが、いま、役に立ったな…」
間近の青紫の双眸がおのれの姿を映すのを認めて、アードライはずっと欠けたままだったなにかが満たされていくのを感じた。その感覚に囚われるままに、襟元に当てた掌を頸筋から頬へと滑らせる。
「エルエルフ…」
清んだ青紫がゆっくりと瞬いて、なかば無意識に寄せていた口唇が触れあう寸前に伏せられた。
幽かに濡れた音をたてながら交わす口唇のやわらかさと、忍んできた舌の甘さに、アードライは刹那いまを忘れた。
咬ます角度を変えながら深まっていく舌と吐息の交合。いつのまにか回されていたエルエルフの両の手がアードライの髪を捉えている。
「…エルエルフ……エルエルフ」
濡れた口唇を触れあわせたまま名を呼ぶ声は狂おしく、その声音にむしろ自分で驚いて、アードライは周章てて身を離した。
「アードライ?」
「い…行こうか。私もキルシュバオムで出る準備をしなくては」
耳の奥で警鐘が鳴っている。これ以上触れていてはいけない。出撃まえだというのに、なにをしようとしていた、私は。
エルエルフはちいさく首を傾げて、あっさりと腕を解くとひらりと身を翻した。
機体とおなじく専用にカラーリングされたエースパイロットのスーツに着替え、コクピットのストレージに軍服を仕舞い込む。ヘルメットを小脇に抱えてエルエルフをなかへと招いた。身に染み付いたしぐさでつい差し伸べた手を、エルエルフは無視してふわりとコクピットに降り立つ。低重力に銀糸の髪が空気を孕んで膨らみ、またゆるりともとのように納まる。そのかたちのよいあたまを興味深そうに巡らせた。
「…きみはキルシュバオムは初めてだったな」
アードライは苦笑して伸べた手で髪を掻き上げ、パイロットシートの傍らに並び立つ。
「イデアールの後継機種とはいえ、やはりこれは別物だな」
「こんなかたちで私の機体にきみを乗せることになろうとは」
「当てにしている」
エルエルフとしてはほぼ最大級の賛辞だ。
「きみにキルシュバオムがあれば、もっと尖ったセッティングにして乗りこなすのだろうが」
またぞろ立ちのぼってきた熱を自覚して、それを紛らすようにアードライはシートに身を滑らせる。ヘルメットをその横に留め置きコンソールパネルに触れると、出撃まえの最終チェック画面がモニターに立ち上がった。
「見ていてもかまわないか?」
「もちろんだ」
アードライがうなずくと、シートの背に手を掛けエルエルフは軽く覗き込むような姿勢を取る。応えてからアードライはにわかに後悔を覚えた。
エルエルフの顔が近い。ふつうなら意識するような距離ではなかったが、いまはまずい。表情にこそ出さないよう律してはいても、操縦桿に掛けた掌にじんわりと滲む汗が動揺を示している。それはすぐにパイロットスーツの手袋に吸われて消えるけれど。
いけない。集中しなくては。
「…髪」
「え?」
エルエルフの口からふいに思い掛けない単語が出て、おのれの内側と闘っていたアードライを現場に引き戻した。
「髪。結わえないのか。いつもそうしていただろう」
ああ、そういえば。まだだった。ヘルメットを被る際にアードライは頸筋を覆う長さの髪を後ろでひとつに結ぶ。そのことを云っているのだ。
我ながらぎこちないうごきで汗ばんだ手を操縦桿から引き剥がし、パイロットスーツの腰の救急キットに仕込んである愛用の髪留めを取り出す。
「貸せ。やってやる」
「エ、エルエルフ」
アードライのつまんだ指先から掠め取るようにして奪った髪留めを口に銜える。無造作な振る舞いに視覚を刺激され、その惑乱の収まらぬうちにアードライの髪とヘッドレストのあいだにエルエルフは両手を差し込んできた。軍服の彼は素手だ。
やや強引に背をむかせ手櫛で髪を梳く。反射的にアードライは口唇を引き結んで腹にちからを込めた。エルエルフの指先がうなじを撫で上げるようにして髪をまとめていく。かつて褥をともにしたとき三つ編みに触れてくることはままあったが、こんな真似はされたことがない。
襟足はどうしたって長さが短いから、髪を梳いて掬いまとめる手も丹念になる。ついに、たまらずアードライはその手を押さえた。
「エ…ルエルフ。自分で、やるから」
エルエルフをかまうことはあっても、かまわれたことなど無いにひとしい。それよりなにより、触れられる指先から伝わるエルエルフの体温に、この数ヶ月のエルエルフ喪失という飢餓感が否応なく押し寄せてくる。おのれの臓腑を食い破るような烈しさにアードライは狼狽え、その狼狽を隠せぬまま、それが声に出た。
微かに笑んだかに見える口もとは艶めかしく、そのままアードライの顕わになった耳もとを食む。
「…っ、エルエルフ!?」
息を呑み、耳朶を染めるアードライの胸もとにするりと銀の髪が降りてくる。たったいまうなじに触れていた指先がコンソールパネルを叩いて、流していたチェックプログラムを中途で保留させ、次いでパイロットシートの調整パネルを操りやや後方へとずらすと、コンソールとのあいだに細身のからだを滑り込ませる。
呆然とアードライがとっさに反応できないでいるうちに、パイロットスーツの下腹にエルエルフの手が掛かった。
「! 待っ、エルエルフっ」
声が上擦っているのがわかる。インナーの上に着込むかたちのドルシア軍のパイロットスーツは、股間の開閉が可能になっている。それはもちろん生理現象に対処するためで、長時間の耐久戦闘に備えて吸収剤も仕込まれてはいるが、状況がゆるす場合は戦闘機内でも用を足せる。小型のバッフェはともかく、イデアールやキルシュバオムのコクピットにはその程度のゆとりがある。しかし、生理現象とはいっても、これは意味が異なる。
「エルエルフ。出撃まえだぞ」
気密性を保持するための機能の施された開閉口を勝手知ったるさまで容易く開け、窮屈そうに押し込まれていたものをエルエルフはさっさと取り出した。
「…うっ」
慣れたしぐさで手指が絡みつき、二三度軽く扱かれただけで完全に屹立してしまう。
「この状態で作戦に出るほうが差し障るだろう」
アードライの膝に乗り上げ、掌にそれを握りしめたままエルエルフは正面から口接けてきた。
「…エルエルフ」
ここまできて、惹かれてやまないあいてを振り払えるほどのストイックさは持ち合わせていない。
「おまえの任務はこちらだ」
空いた手でアードライの片手を取ると器用にスーツの手袋を剥ぎ、エルエルフはその指を銜えて濡れた舌を絡ませる。
「エルエルフ…、」
意図を察してアードライは濡らされた手指をエルエルフの後ろに回し、もう片方の手で下衣を引き下ろしながら、奥深くへと忍ばせた。
「…んっ」
眼前でぴくりと揺れた軍服の肩が、少しずつ乱れていく吐息に震える。けれどアードライのものに絡みついたままの五指はうごきをやすめない。とろとろと欲に溢れていくおのれをまのあたりにしながら、アードライはともすれば荒ぶる息を怺えた。
「エル…エルフ…」
「…つづけろ。あと少し」
襟から覗く頸筋に朱が昇り初めて、エルエルフはやや腰を浮かせた。それが合図だった。
「まだ充分では…」
「あまり時間もない。おれは慣れている。いいから、来い」
「……私は、あのおとことはちがう」
得る快楽を否定はしないが、そこに嗜虐を求めたことはない。
「わかっている。そんなこと」
微かに笑んだような吐息がアードライの頸筋を掠めた。
「アードライ…」
それをいまから斃しにいくのだ。死ぬつもりなど毛頭なかったけれど、おたがい生きて帰れる保証もない。
「エルエルフ…きみは、……」
抑えようもなく湧き上がり、無理矢理押し込めたアードライの欲望を。気づいて、煽った。退っ引きならなくなるまでに。
分け入った内部の狭さと熱さと蠢きにさらなる熱を煽り立てられるにまかせて、アードライは対面するエルエルフの腰を引き寄せた。
「んあっ」
背に回した腕で抱き込んで、おのれの身幅に設えられたパイロットシートのうえでくるりと体(たい)を入れ替える。
「…っ。アードライ…っ」
開かれた下肢の両端がアームレストに掛かって止まり、交わる角度の変化に低く呻いて、エルエルフは伸ばした両腕をアードライの頸に絡ませた。ゆったりとした袖が滑り落ち、インナーのきわまで真珠の肌があらわになる。
前膊に仕込まれた特殊ナイフの硬質な感触だけが、いまこの場の熱く濡れた空気にはそぐわない。いや、きっとエルエルフも。おのが身のパイロットスーツの触感におなじものを感じているのだろう。
「エルエルフ……エルエルフ…」
もうとどめる必要もなくなった狂おしさで、繰り返し名を呼んだ。返らない声も届かない叫びも、もはやなく。そのたび応えるようにきゅぅと締め付けてくる愛しい身に、いまだけは溺れて。
やがて繰り出す一撃が、成すべき世界を拓くように。
ふたり離れても、この手をかさねていく。
了 2015.1.2.
PR
半袖のインナーシャツの袖口から覗くしなやかな腕も、倒した敵兵の臥す床を踏みしめる伸びやかな脚も、なにも変わってはいなかった。
モジュール77への潜入作戦を看破し救護室で銃口を向けたアードライに、エルエルフはまるで応じるかのように手にした銃をかまえた。
ああそうだ。
以前、敵として潜入したアードライと対峙したときも、攻撃を仕掛けてきたクーフィアのバッフェにも、エルエルフはとどめを刺そうとはしなかった。
裏切りと思い込んでいた行為の真実を知ったいまとなっては、あのときのこのときの、すべての疑念がほどかれていく。
もはや恨みはないと告げながら、だがアードライはそもそもただ恨んでいたわけではない。理解できなかったのだ。エルエルフがおのれを撃つという行動の理由がまったくわからず懊悩した。痛みは抉られた左眼ではなく胸奥にあった。つらかった。苦しかった。それも、もう終わる。
共闘を約してエルエルフは先に銃をおろし、原隊復帰を認めるかたちでアードライはおかえりのことばに代えた。
「…と、この恰好ではさすがにまずいな」
丸襟のインナーの胸もとを摘まんで引っ張る。なめらかな頸筋からつづくきれいに浮き出た鎖骨がアードライの意識を惹いた。薄い布に覆われたそのむこうの素肌をアードライは知っている。
「どうするつもりだったのだ」
「べつに。適当にこいつらの服を剥げばそれですむ」
あいかわらず淡々と返すエルエルフは気絶させた兵士の肩を爪先でつつく。その爪先から丸い膝を辿り、短パンへと吸い込まれていく大腿の、秘められたその奥さえも、知っている。────知っていた。
「待て。ならば私が用意しよう」
一別以来だ。あのときは咲森の制服だった。そののちは彼専用に誂えられたユニフォームを着ていたのだと伝え聞く。けれどいま、ほかのどんな姿も見たくはない。
「やはり…おまえにはそれがよく似合う」
特務大尉の軍服に袖を通したエルエルフにアードライは感歎の吐息を漏らした。
「…とっくに処分されたと思っていたが」
「その任にあたったのは私だからな。……、いつか」
口もとに微かな自嘲を浮かべ、思わず見惚れていた立ち姿に歩み寄る。
「いつかまた、これを着たおまえと共闘できる日を…心のどこかで夢見ていたのかもしれない。未練だとわかってはいても」
「…アードライ」
ぴしりと立った赤い襟元をあらためて整えるかのように手を伸べた。
「だが、いま、役に立ったな…」
間近の青紫の双眸がおのれの姿を映すのを認めて、アードライはずっと欠けたままだったなにかが満たされていくのを感じた。その感覚に囚われるままに、襟元に当てた掌を頸筋から頬へと滑らせる。
「エルエルフ…」
清んだ青紫がゆっくりと瞬いて、なかば無意識に寄せていた口唇が触れあう寸前に伏せられた。
幽かに濡れた音をたてながら交わす口唇のやわらかさと、忍んできた舌の甘さに、アードライは刹那いまを忘れた。
咬ます角度を変えながら深まっていく舌と吐息の交合。いつのまにか回されていたエルエルフの両の手がアードライの髪を捉えている。
「…エルエルフ……エルエルフ」
濡れた口唇を触れあわせたまま名を呼ぶ声は狂おしく、その声音にむしろ自分で驚いて、アードライは周章てて身を離した。
「アードライ?」
「い…行こうか。私もキルシュバオムで出る準備をしなくては」
耳の奥で警鐘が鳴っている。これ以上触れていてはいけない。出撃まえだというのに、なにをしようとしていた、私は。
エルエルフはちいさく首を傾げて、あっさりと腕を解くとひらりと身を翻した。
機体とおなじく専用にカラーリングされたエースパイロットのスーツに着替え、コクピットのストレージに軍服を仕舞い込む。ヘルメットを小脇に抱えてエルエルフをなかへと招いた。身に染み付いたしぐさでつい差し伸べた手を、エルエルフは無視してふわりとコクピットに降り立つ。低重力に銀糸の髪が空気を孕んで膨らみ、またゆるりともとのように納まる。そのかたちのよいあたまを興味深そうに巡らせた。
「…きみはキルシュバオムは初めてだったな」
アードライは苦笑して伸べた手で髪を掻き上げ、パイロットシートの傍らに並び立つ。
「イデアールの後継機種とはいえ、やはりこれは別物だな」
「こんなかたちで私の機体にきみを乗せることになろうとは」
「当てにしている」
エルエルフとしてはほぼ最大級の賛辞だ。
「きみにキルシュバオムがあれば、もっと尖ったセッティングにして乗りこなすのだろうが」
またぞろ立ちのぼってきた熱を自覚して、それを紛らすようにアードライはシートに身を滑らせる。ヘルメットをその横に留め置きコンソールパネルに触れると、出撃まえの最終チェック画面がモニターに立ち上がった。
「見ていてもかまわないか?」
「もちろんだ」
アードライがうなずくと、シートの背に手を掛けエルエルフは軽く覗き込むような姿勢を取る。応えてからアードライはにわかに後悔を覚えた。
エルエルフの顔が近い。ふつうなら意識するような距離ではなかったが、いまはまずい。表情にこそ出さないよう律してはいても、操縦桿に掛けた掌にじんわりと滲む汗が動揺を示している。それはすぐにパイロットスーツの手袋に吸われて消えるけれど。
いけない。集中しなくては。
「…髪」
「え?」
エルエルフの口からふいに思い掛けない単語が出て、おのれの内側と闘っていたアードライを現場に引き戻した。
「髪。結わえないのか。いつもそうしていただろう」
ああ、そういえば。まだだった。ヘルメットを被る際にアードライは頸筋を覆う長さの髪を後ろでひとつに結ぶ。そのことを云っているのだ。
我ながらぎこちないうごきで汗ばんだ手を操縦桿から引き剥がし、パイロットスーツの腰の救急キットに仕込んである愛用の髪留めを取り出す。
「貸せ。やってやる」
「エ、エルエルフ」
アードライのつまんだ指先から掠め取るようにして奪った髪留めを口に銜える。無造作な振る舞いに視覚を刺激され、その惑乱の収まらぬうちにアードライの髪とヘッドレストのあいだにエルエルフは両手を差し込んできた。軍服の彼は素手だ。
やや強引に背をむかせ手櫛で髪を梳く。反射的にアードライは口唇を引き結んで腹にちからを込めた。エルエルフの指先がうなじを撫で上げるようにして髪をまとめていく。かつて褥をともにしたとき三つ編みに触れてくることはままあったが、こんな真似はされたことがない。
襟足はどうしたって長さが短いから、髪を梳いて掬いまとめる手も丹念になる。ついに、たまらずアードライはその手を押さえた。
「エ…ルエルフ。自分で、やるから」
エルエルフをかまうことはあっても、かまわれたことなど無いにひとしい。それよりなにより、触れられる指先から伝わるエルエルフの体温に、この数ヶ月のエルエルフ喪失という飢餓感が否応なく押し寄せてくる。おのれの臓腑を食い破るような烈しさにアードライは狼狽え、その狼狽を隠せぬまま、それが声に出た。
微かに笑んだかに見える口もとは艶めかしく、そのままアードライの顕わになった耳もとを食む。
「…っ、エルエルフ!?」
息を呑み、耳朶を染めるアードライの胸もとにするりと銀の髪が降りてくる。たったいまうなじに触れていた指先がコンソールパネルを叩いて、流していたチェックプログラムを中途で保留させ、次いでパイロットシートの調整パネルを操りやや後方へとずらすと、コンソールとのあいだに細身のからだを滑り込ませる。
呆然とアードライがとっさに反応できないでいるうちに、パイロットスーツの下腹にエルエルフの手が掛かった。
「! 待っ、エルエルフっ」
声が上擦っているのがわかる。インナーの上に着込むかたちのドルシア軍のパイロットスーツは、股間の開閉が可能になっている。それはもちろん生理現象に対処するためで、長時間の耐久戦闘に備えて吸収剤も仕込まれてはいるが、状況がゆるす場合は戦闘機内でも用を足せる。小型のバッフェはともかく、イデアールやキルシュバオムのコクピットにはその程度のゆとりがある。しかし、生理現象とはいっても、これは意味が異なる。
「エルエルフ。出撃まえだぞ」
気密性を保持するための機能の施された開閉口を勝手知ったるさまで容易く開け、窮屈そうに押し込まれていたものをエルエルフはさっさと取り出した。
「…うっ」
慣れたしぐさで手指が絡みつき、二三度軽く扱かれただけで完全に屹立してしまう。
「この状態で作戦に出るほうが差し障るだろう」
アードライの膝に乗り上げ、掌にそれを握りしめたままエルエルフは正面から口接けてきた。
「…エルエルフ」
ここまできて、惹かれてやまないあいてを振り払えるほどのストイックさは持ち合わせていない。
「おまえの任務はこちらだ」
空いた手でアードライの片手を取ると器用にスーツの手袋を剥ぎ、エルエルフはその指を銜えて濡れた舌を絡ませる。
「エルエルフ…、」
意図を察してアードライは濡らされた手指をエルエルフの後ろに回し、もう片方の手で下衣を引き下ろしながら、奥深くへと忍ばせた。
「…んっ」
眼前でぴくりと揺れた軍服の肩が、少しずつ乱れていく吐息に震える。けれどアードライのものに絡みついたままの五指はうごきをやすめない。とろとろと欲に溢れていくおのれをまのあたりにしながら、アードライはともすれば荒ぶる息を怺えた。
「エル…エルフ…」
「…つづけろ。あと少し」
襟から覗く頸筋に朱が昇り初めて、エルエルフはやや腰を浮かせた。それが合図だった。
「まだ充分では…」
「あまり時間もない。おれは慣れている。いいから、来い」
「……私は、あのおとことはちがう」
得る快楽を否定はしないが、そこに嗜虐を求めたことはない。
「わかっている。そんなこと」
微かに笑んだような吐息がアードライの頸筋を掠めた。
「アードライ…」
それをいまから斃しにいくのだ。死ぬつもりなど毛頭なかったけれど、おたがい生きて帰れる保証もない。
「エルエルフ…きみは、……」
抑えようもなく湧き上がり、無理矢理押し込めたアードライの欲望を。気づいて、煽った。退っ引きならなくなるまでに。
分け入った内部の狭さと熱さと蠢きにさらなる熱を煽り立てられるにまかせて、アードライは対面するエルエルフの腰を引き寄せた。
「んあっ」
背に回した腕で抱き込んで、おのれの身幅に設えられたパイロットシートのうえでくるりと体(たい)を入れ替える。
「…っ。アードライ…っ」
開かれた下肢の両端がアームレストに掛かって止まり、交わる角度の変化に低く呻いて、エルエルフは伸ばした両腕をアードライの頸に絡ませた。ゆったりとした袖が滑り落ち、インナーのきわまで真珠の肌があらわになる。
前膊に仕込まれた特殊ナイフの硬質な感触だけが、いまこの場の熱く濡れた空気にはそぐわない。いや、きっとエルエルフも。おのが身のパイロットスーツの触感におなじものを感じているのだろう。
「エルエルフ……エルエルフ…」
もうとどめる必要もなくなった狂おしさで、繰り返し名を呼んだ。返らない声も届かない叫びも、もはやなく。そのたび応えるようにきゅぅと締め付けてくる愛しい身に、いまだけは溺れて。
やがて繰り出す一撃が、成すべき世界を拓くように。
ふたり離れても、この手をかさねていく。
了 2015.1.2.
PR