「天涯の遊子」銀桂篇+土桂篇
銀時と桂と土方と。
竜宮篇以降、モンハン篇よりまえ。
全14回。其の十四。終話。銀時、桂。
R18。エロきつめ。
はぅ…う。う。ぎ、ん。ぎん。荒々しい暴風のような愛撫に桂が苦しげに喘いだ。担いだ足先を舐め、膕(ひかがみ)を抑え込み、おおきく開かせた内腿を咬んだ。
「おめーなんか、知らねー」
桂の常よりかいくぶん幼い、しかしこれもたしかに知っているものを、喉奥に呑み込む。
やぁっ。桂がせつなく甘く啼いた。舌で転がし口腔で扱き口唇で食む。尖端の窪みに歯を立てられて桂は悲鳴をあげた。溢れ出した透明の雫が銀時の舌先を焼く。夢中で吸いながら、伝い落ちて濡れそぼった奥の窄みを手指で押し広げる。食い込ませた両の親指が内壁を擦るさまを覗き込んだ。
ひあっ。あ。あ、あ、あ。ああ。きれぎれに上がった細い声が、銀時を狂わせる。手指で開いた襞に口接けし、舌を這わせて、内奥まで蕩かすように舌をつかった。
ぎん。ぎん。啼きながら、桂の腰が揺らめく。ああ、感じている。俺を求めている。それをみとめて些か溜飲を下げた銀時は、そのあと余すところなく桂のあらゆる箇所に接吻を落とした。
背に尻に腹に腿に脛に踵に爪先に、二の腕に手首に指に甲に掌に、胸に肩に首筋に鎖骨に喉元に、頬に鼻に額に耳に瞼に、眸に髪に口唇に。
そうだ。おまえがだれにその身を抱かせようと、その身に傷を負わされようと、そのたび俺はこうしてやる。繰り返しこうしてやる。ほかのなにものも、遺させない。消し去れないなら、おのがすべてで、すべての痕跡を塗り潰す。
耐えきれずに桂が、極みと果てとを求めて銀時を繰り返し呼んだ。固く張りつめ天を突くおのれのものをつかみだし、喘ぐ桂の身をようやく刺し貫いて、銀時もやや充足を得る。まだここからだ。串刺しのまま、邪魔なおのれの白い着流しの上衣やら黒の上下やらを無造作に剥ぎ取って、銀時はさんざんにしゃぶりつくした表皮から、こんどは桂の肉の奥深くを蹂躙しはじめた。
銀時をその身に納めて体内深くに迎え入れた桂は、銀時の白銀髪を胸に掻き抱いて、きつく芯を締めつける。それに応じて抉るように腰を打ちつけると、こんどは一心にそのうごきを添わせてきた。意味のない音の羅列が桂の濡れた口唇から迸り、銀時はそれさえもおのれのうちに取り込むべく、深くかさねて口を吸う。呼気すら余所へ逃すことをゆるさない。
「…ん。ぎん。ぁあ」
手と手、顔と顔、胸と胸、腹と腹、脚と脚。突端と内奥、すべてをつかって全身で繋がり絡みあう。すさまじいまでの交合は、傷つき荒れ狂う獣のこころとからだを人の世に繋ぎ止め、凪いだ穏やかな水面にその真の情愛を映しだすたいせつな儀式だった。
「こた…、こたろ…」
銀時にひととしての生をくれた松陽と、その師を喪失した銀時に惜しみなくおのれをあたえてくれた小太郎とが、銀時がひとであることの、無比のよすがだった。
これを失っては生きてゆけぬと思えるものが、おのれを忘却の彼方へ置いていってしまうなど、あってはならない。あってたまるものか。
獣のごとく交わりながら、ひとに還ってゆく銀時は、桂を愛した。
獣のごとく責め苛みながら、こころの流す血を濯ぐ銀時を、桂は愛おしむ。
はあ。ああ。んあぁ。
うぅう。く。んう。
恍惚と陶酔のうちに求め交わり揺らぎながら、銀時は桂の身のうちに夥しい精を撒き散らした。繰り返し射抜かれ撃ち抜かれながら、桂はおのが肉を喰らいつくす獣に知らしめられた快楽に、内奥を浸食され、浸食されたぶんを満たそうともがく。
桂という極上の肉に味を占めた獣は、もうほかの供物では満たされない。この肉を喰らいつづけるために、この供物を満たさねばならないのだ。
それは銀時の本能に刻み込まれた、至愛と性愛の螺旋(スパイラル)だった。
月の清かな影が仄白く、天守の窓を四角く切り取る。
気を飛ばしたまま桂は、ぐったりとしてうごかない。穢(よご)した身をていねいに拭い、木偶人形のようにちからの抜けた白い肌に内着を被せ、薄萌葱の袷の袖を通す。まえを合わせて背中から帯を通して結んだ。ほんとうに人形のようだなとおもう。未だ稚さを遺す整いすぎた能面の美貌が青白く眸を閉じたさまは、戦時をおもわせてちくりと胸が痛んだ。松葉色の袴を丸めてたたみ、枕代わりにして横たえて、おのれの白い流水紋の上衣を掛けた。
黒の上下だけを着込み、靴を履いてその横に寝転がる。濃い闇に射す青白い燐光。野営の晩を思い出しながら銀時は目を閉じた。
と、いつのまに数刻が過ぎていたらしい。
となりに座り込んでいた桂に、軽くつつかれて起こされたのが、いましがただったのだ。
桂の胸に白銀髪を抱かれながら銀時は黙想し、天守の窓から射し込む夜明けの色を眺めた。師を亡くしたあと、桂が戦地に赴くという噂に逆上した晩も、こんなふうに明けたのではなかったか。
おのれのふわふわの髪に指をからめ、掌でもふもふと撫でる。むかしからの癖の、なかば無意識の桂のしぐさに心地よく身を委ねる銀時は、肩に回されていたほうの桂の手を取ってその指先を食んだ。
「こら」
くすぐったそうにして離れようとした手指に、手指をからめ掌を合わせる。
「ちっとは、でかくなったな」
一刹那、桂はわずかばかり眸を見開き、ふふ、と笑んだ。
「憶えてねーのに、なんでここと思ったの」
銀時の問いに、桂は薄萌葱の袂から、半券と案内図を取りだして見せる。
「これのほか手掛かりがなかったからな。城内を隈無く探していたら、天守に着くまでに日暮れになってしまった。閉場の際の見廻りをやり過ごして居残ったのだぞ」
「あー。そういえば」
閉場のアナウンスを聞いた気がするわ。つまりはやっぱり丸一日半、経っているわけね。呑気にそう応えて、
「よく気づかれなかったなぁ、俺」
「ここまで登る観光客がめずらしいらしい。だから見廻りも手を抜くこともあるのだろうさ」
「あーでも。そいじゃつまり、いま大手門は閉まってるわけだ」
「もう数時間もすれば、開場だ。観光客が増えてきたら、それに紛れて出ればよい」
桂の膝に白銀髪をあずけたまま、寝転がって三つ折りの案内図を眺めていた銀時は、声をひそめた。
「ヅラくーん。きょう、何日の何曜日?」
「知らぬ。あ。ちょっとまて」
ごそごそとコンビニの袋からレシートを取り出す。
「これがもうきのうなわけだから…」
銀時は手を伸ばし、下から桂の額を小突いた。
「休場日だよ。きょう。どうしてくれんの」
ぱらりと広げて見せた案内図には、たしかにそう記されている。
「どうもこうも。貴様がこんなところに籠もるからだろうが」
額を抑えて桂が睨める。
「その原因をつくったのはどこのどいつですか」
「リーダーにちゃんと連絡を入れにここを降りておればこんなことには」
「なんでそこで神楽なんだよ」
「いまの貴様はひとりではないということだ」
思わず返す言葉に銀時が詰まると、桂は生真面目に云った。
「新八くんもいる。お登勢どのも。おれがおらぬでも貴様はひとりではない」
こいつは。まだわかってねーのか。
ぱっかん。
起きあがりざま、思わず手が出た。
「痛い」
「莫迦ですか、てめーは。あいつらがおめーをどんだけ心配してたと思ってやがる」
叩(はた)かれた後頭部をさすりながら、こんどは桂が黙った。
「あいつらにとっちゃ、おめーもその一員なの。身内なの。そりゃ…」
銀時はそこでことばを切って、逡巡し、あたまを掻いてそっぽを向いた。
「そりゃ、いちばん捜し回ったのは、銀さんですよ。そうですけどもね。それは、ほら、あれですよ。おめーまだガキの姿だったし、俺が事故ったのが原因だし」
どう云いつくろったところで、ばればれなんだろうけれど。肝心のところがいつも、こいつには抜け落ちてる。
「ちげーんだよ」
漆黒の双眸を直視することもせず、ばりばりと白銀髪を掻きむしる。
「あいつらはいずれ俺のとこから巣立つけど、ばばぁは俺より先におっ死ぬのを看取るんだろうけど、おめーはそうじゃねー。だから」
だから、ひとりなんだよ。おまえが俺を置き忘れて去ったなら、ひとりぽっちにもどっちまうんだよ。
「…わかれよ、この莫迦ヅラ」
云えないことばを、そう託すのは甘えだと知っているけれど。
桂は銀時の白銀髪を掻く手を抑えて、その胸に取った。
「いま以上、そのくるくるをこんがらがらせてなんとする」
「おま…。なんでいまそーゆー…」
こいつが空気を読めないのはいまに始まったことじゃあないけれど。けれど淡々とそう口にした桂は、いつもの能面の無表情に幽かな笑みを湛えている。
これは能面ではない、もっとほかのなにかに似ている。
唐突に浮かんだ実体のない恣意に戸惑い、銀時はそのさきの文句を呑み込んだ。なにかに。なにに。どこかでたしかに見たことがあるのに、こたえは明確な像を結ばなかった。
捉えた銀時の掌を桂の両の手が包み込む。愛おしむような慈しむようなしぐさに銀時は、桂の音に乗せないことばを聞く。すなおにことばにできないのが銀時の甘えなら、あえてことばにしないのは桂の甘えなのだった。
面映ゆさに、銀時はそれを周章てて誤魔化そうと立ち上がる。
「ともかく、降りるぞ。どっか抜け道くらい見つかるだろ」
そういって促すが。桂は立とうとしない。
「おい、ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ。…立てぬ」
「は?」
「は?ではない、この天パ。貴様が…」
「あ」
思い当たって、銀時は鼻をこすって身を縮める。
「てか、俺だけのせいじゃないだ…ろ……ぅ」
語尾が弱々しく掻き消えたのは、それが二重の意味で、まずいと気づいたからだった。ここは固い板の間で、結果的に桂当人にも煽られたとはいえ銀時が押し倒したのだし。土方とのことは、それでもう銀時のなかではかたが付いていたから蒸し返したくないし。このつぎがあればまたわからないが、桂を責めたところで土方の恋着が消えるわけではないから、これはもう、惚れた弱みというか、惚れてる時点で負けなのだ。
「………はい。すんませんでした。背負わせていただきます」
そういって桂のまえに、前屈みに腰を落とした。桂は腕を銀時の首に巻き付けて、ようよう腰を伸ばそうとして、とどまる。
「あ、袴」
「あー。そっか。背負うなら穿かねーと」
こいつの脚は目の毒だから。
座ったまま桂はいざるようにしてなんとか袴を着け終えて、ついでに銀時が乱れた髪を結い直す。天守の隅に飛ばされていた風呂敷包みを拾い上げて桂の背に括り、そうして背負って、軽く揺すりあげた。
草履とともに、ゴミになったコンビニの袋も桂はちゃんと手にしていたが、巻き付けた腕の先でぶらぶらされると鬱陶しいからと、銀時が背負いの後ろ手に持つ。
背に負われた桂は、銀時が声を掛けるまでしばらくじっと、天守の窓を見つめていた。
四角い夜明けの空に、もう、月は白く朧に浮かぶばかり。
見つめるそれは、幼い身で銀時と過ごした夢のような日々であったか、土方と過ごした仮初めの刻の記憶だったろうか。
背負った桂のあたまをぶつけそうな天井にいくぶん背をかがめて、急な階段を後ろ脚で、一歩一歩、そろりそろり。けれど危なげのない足取りで銀時は降りてゆく。
首に巻かれたたおやかな腕が、微かなぬくもりを伝える。背負ったからだはさらに温かい。凍てついていた刻がゆっくりと溶け出し、新たな血汐となってこの身を巡るのを感じた。
背の重みとぬくもりは心地よく。
銀時はあと少しだけ記憶のなかの姿であろう桂をその背に負いながら、ほんとうのいまの桂に会える日を心待ちにしている。
了 2009.05.10.
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はぅ…う。う。ぎ、ん。ぎん。荒々しい暴風のような愛撫に桂が苦しげに喘いだ。担いだ足先を舐め、膕(ひかがみ)を抑え込み、おおきく開かせた内腿を咬んだ。
「おめーなんか、知らねー」
桂の常よりかいくぶん幼い、しかしこれもたしかに知っているものを、喉奥に呑み込む。
やぁっ。桂がせつなく甘く啼いた。舌で転がし口腔で扱き口唇で食む。尖端の窪みに歯を立てられて桂は悲鳴をあげた。溢れ出した透明の雫が銀時の舌先を焼く。夢中で吸いながら、伝い落ちて濡れそぼった奥の窄みを手指で押し広げる。食い込ませた両の親指が内壁を擦るさまを覗き込んだ。
ひあっ。あ。あ、あ、あ。ああ。きれぎれに上がった細い声が、銀時を狂わせる。手指で開いた襞に口接けし、舌を這わせて、内奥まで蕩かすように舌をつかった。
ぎん。ぎん。啼きながら、桂の腰が揺らめく。ああ、感じている。俺を求めている。それをみとめて些か溜飲を下げた銀時は、そのあと余すところなく桂のあらゆる箇所に接吻を落とした。
背に尻に腹に腿に脛に踵に爪先に、二の腕に手首に指に甲に掌に、胸に肩に首筋に鎖骨に喉元に、頬に鼻に額に耳に瞼に、眸に髪に口唇に。
そうだ。おまえがだれにその身を抱かせようと、その身に傷を負わされようと、そのたび俺はこうしてやる。繰り返しこうしてやる。ほかのなにものも、遺させない。消し去れないなら、おのがすべてで、すべての痕跡を塗り潰す。
耐えきれずに桂が、極みと果てとを求めて銀時を繰り返し呼んだ。固く張りつめ天を突くおのれのものをつかみだし、喘ぐ桂の身をようやく刺し貫いて、銀時もやや充足を得る。まだここからだ。串刺しのまま、邪魔なおのれの白い着流しの上衣やら黒の上下やらを無造作に剥ぎ取って、銀時はさんざんにしゃぶりつくした表皮から、こんどは桂の肉の奥深くを蹂躙しはじめた。
銀時をその身に納めて体内深くに迎え入れた桂は、銀時の白銀髪を胸に掻き抱いて、きつく芯を締めつける。それに応じて抉るように腰を打ちつけると、こんどは一心にそのうごきを添わせてきた。意味のない音の羅列が桂の濡れた口唇から迸り、銀時はそれさえもおのれのうちに取り込むべく、深くかさねて口を吸う。呼気すら余所へ逃すことをゆるさない。
「…ん。ぎん。ぁあ」
手と手、顔と顔、胸と胸、腹と腹、脚と脚。突端と内奥、すべてをつかって全身で繋がり絡みあう。すさまじいまでの交合は、傷つき荒れ狂う獣のこころとからだを人の世に繋ぎ止め、凪いだ穏やかな水面にその真の情愛を映しだすたいせつな儀式だった。
「こた…、こたろ…」
銀時にひととしての生をくれた松陽と、その師を喪失した銀時に惜しみなくおのれをあたえてくれた小太郎とが、銀時がひとであることの、無比のよすがだった。
これを失っては生きてゆけぬと思えるものが、おのれを忘却の彼方へ置いていってしまうなど、あってはならない。あってたまるものか。
獣のごとく交わりながら、ひとに還ってゆく銀時は、桂を愛した。
獣のごとく責め苛みながら、こころの流す血を濯ぐ銀時を、桂は愛おしむ。
はあ。ああ。んあぁ。
うぅう。く。んう。
恍惚と陶酔のうちに求め交わり揺らぎながら、銀時は桂の身のうちに夥しい精を撒き散らした。繰り返し射抜かれ撃ち抜かれながら、桂はおのが肉を喰らいつくす獣に知らしめられた快楽に、内奥を浸食され、浸食されたぶんを満たそうともがく。
桂という極上の肉に味を占めた獣は、もうほかの供物では満たされない。この肉を喰らいつづけるために、この供物を満たさねばならないのだ。
それは銀時の本能に刻み込まれた、至愛と性愛の螺旋(スパイラル)だった。
月の清かな影が仄白く、天守の窓を四角く切り取る。
気を飛ばしたまま桂は、ぐったりとしてうごかない。穢(よご)した身をていねいに拭い、木偶人形のようにちからの抜けた白い肌に内着を被せ、薄萌葱の袷の袖を通す。まえを合わせて背中から帯を通して結んだ。ほんとうに人形のようだなとおもう。未だ稚さを遺す整いすぎた能面の美貌が青白く眸を閉じたさまは、戦時をおもわせてちくりと胸が痛んだ。松葉色の袴を丸めてたたみ、枕代わりにして横たえて、おのれの白い流水紋の上衣を掛けた。
黒の上下だけを着込み、靴を履いてその横に寝転がる。濃い闇に射す青白い燐光。野営の晩を思い出しながら銀時は目を閉じた。
と、いつのまに数刻が過ぎていたらしい。
となりに座り込んでいた桂に、軽くつつかれて起こされたのが、いましがただったのだ。
桂の胸に白銀髪を抱かれながら銀時は黙想し、天守の窓から射し込む夜明けの色を眺めた。師を亡くしたあと、桂が戦地に赴くという噂に逆上した晩も、こんなふうに明けたのではなかったか。
おのれのふわふわの髪に指をからめ、掌でもふもふと撫でる。むかしからの癖の、なかば無意識の桂のしぐさに心地よく身を委ねる銀時は、肩に回されていたほうの桂の手を取ってその指先を食んだ。
「こら」
くすぐったそうにして離れようとした手指に、手指をからめ掌を合わせる。
「ちっとは、でかくなったな」
一刹那、桂はわずかばかり眸を見開き、ふふ、と笑んだ。
「憶えてねーのに、なんでここと思ったの」
銀時の問いに、桂は薄萌葱の袂から、半券と案内図を取りだして見せる。
「これのほか手掛かりがなかったからな。城内を隈無く探していたら、天守に着くまでに日暮れになってしまった。閉場の際の見廻りをやり過ごして居残ったのだぞ」
「あー。そういえば」
閉場のアナウンスを聞いた気がするわ。つまりはやっぱり丸一日半、経っているわけね。呑気にそう応えて、
「よく気づかれなかったなぁ、俺」
「ここまで登る観光客がめずらしいらしい。だから見廻りも手を抜くこともあるのだろうさ」
「あーでも。そいじゃつまり、いま大手門は閉まってるわけだ」
「もう数時間もすれば、開場だ。観光客が増えてきたら、それに紛れて出ればよい」
桂の膝に白銀髪をあずけたまま、寝転がって三つ折りの案内図を眺めていた銀時は、声をひそめた。
「ヅラくーん。きょう、何日の何曜日?」
「知らぬ。あ。ちょっとまて」
ごそごそとコンビニの袋からレシートを取り出す。
「これがもうきのうなわけだから…」
銀時は手を伸ばし、下から桂の額を小突いた。
「休場日だよ。きょう。どうしてくれんの」
ぱらりと広げて見せた案内図には、たしかにそう記されている。
「どうもこうも。貴様がこんなところに籠もるからだろうが」
額を抑えて桂が睨める。
「その原因をつくったのはどこのどいつですか」
「リーダーにちゃんと連絡を入れにここを降りておればこんなことには」
「なんでそこで神楽なんだよ」
「いまの貴様はひとりではないということだ」
思わず返す言葉に銀時が詰まると、桂は生真面目に云った。
「新八くんもいる。お登勢どのも。おれがおらぬでも貴様はひとりではない」
こいつは。まだわかってねーのか。
ぱっかん。
起きあがりざま、思わず手が出た。
「痛い」
「莫迦ですか、てめーは。あいつらがおめーをどんだけ心配してたと思ってやがる」
叩(はた)かれた後頭部をさすりながら、こんどは桂が黙った。
「あいつらにとっちゃ、おめーもその一員なの。身内なの。そりゃ…」
銀時はそこでことばを切って、逡巡し、あたまを掻いてそっぽを向いた。
「そりゃ、いちばん捜し回ったのは、銀さんですよ。そうですけどもね。それは、ほら、あれですよ。おめーまだガキの姿だったし、俺が事故ったのが原因だし」
どう云いつくろったところで、ばればれなんだろうけれど。肝心のところがいつも、こいつには抜け落ちてる。
「ちげーんだよ」
漆黒の双眸を直視することもせず、ばりばりと白銀髪を掻きむしる。
「あいつらはいずれ俺のとこから巣立つけど、ばばぁは俺より先におっ死ぬのを看取るんだろうけど、おめーはそうじゃねー。だから」
だから、ひとりなんだよ。おまえが俺を置き忘れて去ったなら、ひとりぽっちにもどっちまうんだよ。
「…わかれよ、この莫迦ヅラ」
云えないことばを、そう託すのは甘えだと知っているけれど。
桂は銀時の白銀髪を掻く手を抑えて、その胸に取った。
「いま以上、そのくるくるをこんがらがらせてなんとする」
「おま…。なんでいまそーゆー…」
こいつが空気を読めないのはいまに始まったことじゃあないけれど。けれど淡々とそう口にした桂は、いつもの能面の無表情に幽かな笑みを湛えている。
これは能面ではない、もっとほかのなにかに似ている。
唐突に浮かんだ実体のない恣意に戸惑い、銀時はそのさきの文句を呑み込んだ。なにかに。なにに。どこかでたしかに見たことがあるのに、こたえは明確な像を結ばなかった。
捉えた銀時の掌を桂の両の手が包み込む。愛おしむような慈しむようなしぐさに銀時は、桂の音に乗せないことばを聞く。すなおにことばにできないのが銀時の甘えなら、あえてことばにしないのは桂の甘えなのだった。
面映ゆさに、銀時はそれを周章てて誤魔化そうと立ち上がる。
「ともかく、降りるぞ。どっか抜け道くらい見つかるだろ」
そういって促すが。桂は立とうとしない。
「おい、ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ。…立てぬ」
「は?」
「は?ではない、この天パ。貴様が…」
「あ」
思い当たって、銀時は鼻をこすって身を縮める。
「てか、俺だけのせいじゃないだ…ろ……ぅ」
語尾が弱々しく掻き消えたのは、それが二重の意味で、まずいと気づいたからだった。ここは固い板の間で、結果的に桂当人にも煽られたとはいえ銀時が押し倒したのだし。土方とのことは、それでもう銀時のなかではかたが付いていたから蒸し返したくないし。このつぎがあればまたわからないが、桂を責めたところで土方の恋着が消えるわけではないから、これはもう、惚れた弱みというか、惚れてる時点で負けなのだ。
「………はい。すんませんでした。背負わせていただきます」
そういって桂のまえに、前屈みに腰を落とした。桂は腕を銀時の首に巻き付けて、ようよう腰を伸ばそうとして、とどまる。
「あ、袴」
「あー。そっか。背負うなら穿かねーと」
こいつの脚は目の毒だから。
座ったまま桂はいざるようにしてなんとか袴を着け終えて、ついでに銀時が乱れた髪を結い直す。天守の隅に飛ばされていた風呂敷包みを拾い上げて桂の背に括り、そうして背負って、軽く揺すりあげた。
草履とともに、ゴミになったコンビニの袋も桂はちゃんと手にしていたが、巻き付けた腕の先でぶらぶらされると鬱陶しいからと、銀時が背負いの後ろ手に持つ。
背に負われた桂は、銀時が声を掛けるまでしばらくじっと、天守の窓を見つめていた。
四角い夜明けの空に、もう、月は白く朧に浮かぶばかり。
見つめるそれは、幼い身で銀時と過ごした夢のような日々であったか、土方と過ごした仮初めの刻の記憶だったろうか。
背負った桂のあたまをぶつけそうな天井にいくぶん背をかがめて、急な階段を後ろ脚で、一歩一歩、そろりそろり。けれど危なげのない足取りで銀時は降りてゆく。
首に巻かれたたおやかな腕が、微かなぬくもりを伝える。背負ったからだはさらに温かい。凍てついていた刻がゆっくりと溶け出し、新たな血汐となってこの身を巡るのを感じた。
背の重みとぬくもりは心地よく。
銀時はあと少しだけ記憶のなかの姿であろう桂をその背に負いながら、ほんとうのいまの桂に会える日を心待ちにしている。
了 2009.05.10.
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