「天涯の遊子」の番外、銀桂篇。
銀時と桂。と、白血球王。
全五回。其の五。終話。
R18。白桂、3P要素あり、注意。
三者三様に達したあと、坂田は体(たい)を入れ替え組み敷いて、みたび桂に没頭しはじめた。桂はその白銀髪の髪を背を掻き抱いてそれに応える。たまさまにインプットされたさまざまな情報のうちの、話に聞いた錦の枕絵のように艶やかに乱れる桂は妖しく、雪白の肌に乱れかかる黒髪とわずかばかりまとわりついた墨衣が、秘めた背徳の美さえ感じさせてやまない。
ようように満たされたらしい坂田が身を起こし、桂の耳もとでなにごとかを囁いた。それを受けて微笑む桂は妖艶で、昼日中、日蝕の太陽のもとでみせた清かな美しさとはまたちがう磁力を持って白血球王を惹きつける。
さっきまでこの椀のなかで無邪気に一寸法師を演じ戯れていたこのひとは、そのおなじうつわに天と地ほども違う姿を宿していて、目も眩む。
いままた、脇に身を避けた坂田がまだ繋がったままの下肢を見せつけるように、桂を横抱きにした。桂はちいさく声を立てるが、されるにまかせている。
「おい」
「白どの」
ふたりの声が同時におのれを呼ぶ。
「おめーもまだ、そのまんまじゃつれーだろ」
煽情的な枕絵を描いた当人たちに指摘されるまでもなく、初めて味わう強烈な欲情はいまだ冷める気配すら見せていないが。
「貴様の唯一無二に手は出せぬ」
「ばぁか。さっきもう出してんだろうがよ」
「…あれは」
返事に詰まったのはおのが欲のせいだ。
「くれてやる気はもうとう無ぇぞ。ただ、おめーが俺のよくできたコピーで、でも俺じゃなくて、おめー自身がこいつを」
希むのなら。
先刻呑み込まれたことばのつづきが、坂田の口から零れた。
「てめーも俺なら、こいつを知らなきゃ俺としちゃ不完全だろうがよ」
つまりは桂は自分の存在の一部だと云っているのもおなじで。自覚があるのか無いのか、それはとんでもない惚気で。
「白どの。おれは白どのが好きだぞ。いやでないなら銀時とのように、もっとくっついてみたい」
無邪気にさらにとんでもないせりふを吐いて、桂が白血球王の腕を取った。それに抗うすべを、とうにおのれは放棄していた。
坂田がわずかに身を退ける。白血球王は正面から桂を抱きしめた。熱を孕んだ腰を桂の細腰に押しあて、欲に乾いた口唇を桂の濡れた口唇で潤した。たがいの熱を感じるごとに愛おしさがます。坂田は白血球王の交わりをゆるしたものの桂を離す気はないらしく、脇からふたたび背のほうへとまわって黒髪を食み、そのなめらかな背から腰、腿から膕へと余すところなく口接けを浴びせている。
坂田の愛撫に背をしならせる桂の腰が白血球王を擦りあげる。白血球王の背に腕を回し、桂は肩口で喘ぐような吐息を漏らした。隙間無く合わされ、かさなり絡みあうふたつの芯が、たがいを煽って濡れる。
あ、あ。
白血球王の耳朶に直接注ぎ込まれる、桂の吐息は甘くせつなく絶え間ない。おのれの五感すべてが目のまえの存在に蔽われてゆく。白濁する脳裡には先刻の枕絵だけが浮かびあがって明滅する。錦絵の坂田の姿はいつのまにかおのれと取って代わっていて、もうひとりの自分が桂とひとつに溶ける自分に混じり合って、交ざり合う。
いま桂を抱き貫き喘がせているのは、おのれであり、あやつなのだ。
はくどの、ぎんとき、と桂は繰り返し、あいまあいまに意味をなさないことばでふたりを呼んだ。その声に、おのれもやつも酔いながら酔わされていく。深く酩酊してゆく。身もこころも快楽に溶け揺蕩っている。
もうひとりの自分がおのれの一部とまで云い切った存在が、このうえのない実感をともなって、おのれのなかに落ちてきていた。
どれほど経ったか。みなの息が落ち着き、整い、雨でなく汗に濡れたからだが冷めて、夏の宵の空気に癒されるころ。身をゆだねていた四つの腕のなかから桂はようやく身を起こして、初めて気づいたようにお椀のへりから身を乗りだした。
「あ、しまった。櫂が流されてしまっているぞ、銀」
坂田は乱れた黒の上下と着流しを整えながらぽりぽりとあたまを掻き、
「そりゃ、あんだけ揺らせば落っこちるって」
呆れたように云いながら、そのくせ労るように桂の肩に内着を掛けた。
「おら、いくら夏でもおまえが莫迦でも、風邪ひくぞ」
半裸のまま身を乗りだす桂を抱きよせるようにして、かいがいしく衣を纏わせてゆく。
「莫迦じゃない、桂だ。風邪などひかぬわ」
そう返しながらも抗うでなく、桂はおとなしく云われるがままに墨衣に袖を通して、帯を締めなおす。白血球王は手早くおのれの着衣をただして、桂が乱れ髪を梳いて結わくのを手伝った。出会った最初(はな)から気になってしかたのなかった黒髪が、いまこの手のなかにある。なめらかな手触りは想像を超えていて、坂田がいつもこれを好んでしていただろうことは疑いようもない。
僧衣とともに、ついさっきまで淫らに乱れて過ごしたとは思われぬ涼やかな空気をも纏って、桂は白血球王に礼を云った。なんのことかと思えば、お椀の舟と箸の櫂を調えてくれたから、らしい。坂田が不満げに口を尖らせる。
「なんで、そいつにだけよ?」
「拗ねるな、ばかもの」
甘えているのだろう坂田を宥めるように、尖らせた口唇を桂は軽く啄む。あまりに自然で慣れたしぐさは、白血球王に、これがこのふたりにとって日常的なやりとりなのだと思わせるに充分だった。
あんなふうに繋がってひとつになって情を交わすなど、白血球王には思いもよらぬことだったけれど。それが忌むべきものでないことも、いまのおのれであればわかる。あの愉悦の刻(とき)が、たまさまのセキュリティである自分に欠くべからざるものとは思わないが。あのようなひとときが存在することを桂に知らしめられたことは、この身の幸福だろう。そう、桂に因って、だ。
この甘えることもすなおにはできない坂田銀時に、こんなふうに寄り添えるあいてがいることもまた、果報。おのれが云うのも妙なものだが、これで安堵してたまさまのもとへもどれる。
桂とふたり日蝕を見たあとのような、せつない痛みをともなわずにそう思えたことに、白血球王はたまの体内に帰ったあとになって気づいた。
そう。あれと俺とは、べつべつでありおなじでもある、ゆえに。
あのあと源外が戻り、銀時も桂も無事、もとのサイズに返ることとなった。桂はお椀の舟に名残惜しそうだったが、白血球王をたまのもとへと返す使命を果たし終えて、ほっと息をついた。勝手に拾って、背負い込んで、それを成し遂げるまで投げ出さない。こんなところでまで、桂は桂なのだった。
どうせなら、もっとふつうに抱かせてやりゃよかったかな。たまの体内世界では、ああしたことはままなるまい。みたび大槌Zに打ち砕かれてちいさくなるのはごめんだから、白血球王がまたこの外界に飛び出てしまうことがあったなら、こんどはあいつを大きくして、こちらの世界を連れ回してやろう。
そう語るともなしに語ったら、桂は、おっきくなった白どのか、とちょっとうれしそうな顔をしたのが癪に障る。そのあたまをひとつひっぱたいて、ま、あれも俺だと思えば、そのあたりには目を瞑れる。と思いなおす。
桂を抱く幸福を、独り占めしたいと心底ではつねに思っている銀時だから、ほかのだれにもくれてやる気はないけれど。
いまはすっかり色づいた神社の木々を眺めながら、小春日和の陽射しがこぼれおちる葉陰に身を潜める。だれもいないのをいいことに、銀時は傍らを歩む桂の肩を抱きよせた。
冬衣となった身はいくぶんふくよかに見えるが、そのなかみはあいかわらず壊れそうなほどに細い。むろんそんな見てくれと反比例する頑丈さを心得てはいるけれど。こうして抱きしめるからだが、もっともっと痩せて骨張っていたころを思えば、わずかばかりの安堵もある。
その遥かむかしに、まだまるみを帯びていた頬と、高い声。線の細さはおなじでもずっと華奢だったころにも、こうして抱きしめて願った祈りは、届いたようでまだ届かない。
ずっとずっとこいつといられますように。何十年かさきの三日月の木洩れ日をまたこいつと眺められますように。ああ、そうだ。皆既蝕というやつなら、真昼の夜になるというその瞬間をこいつと迎えられますように。だってそれがどんな闇でも、小太郎とならきっとたのしい。だいじょうぶ。
「つぎの日蝕は何年後だよ」
抱きよせた黒髪に埋めた口唇が、くぐもった声で問う。桂は銀時の背中を抱きしめ返し、笑みをふくんだ声で応えた。
「おれたちが死ぬまでには、もういちどくらいあるはずだが」
「おめーは長生きしそうだよね、莫迦だから」
憎まれ口はなおらない、願望の裏返し。
「莫迦じゃない。桂だ。だが貴様が死ぬまでは生きていてやるから案ずるな」
それすらももう、お見透しってやつで。
「なにそれ。じゃあ俺が生きてればおまえも生きてんの」
桂は背に回した腕にちからを込めたまま、銀時の顔を間近に捉え見た。
「貴様が云ったのだ。おれに生きろと。おれが長生きしたなら、それは貴様のせいだぞ。銀。憎まれっ子世にはばかると云うからな」
「へーへー。せいぜい憚らせてもらいますよ、銀さんは」
そのぶんだけ、おまえが生き存えてくれるなら。
ともにまた、つぎの日蝕を見よう。つぎも、またつぎも。
「あの三日月の木洩れ日を、真昼の夜を、金の環を、白どのもたまどのと在って、観られるとよいな」
「そーだなぁ」
からくりの持てる時間は人間のそれよりもきっと長い。白血球王は、たまのなかでたまを護りながら、遥かに永くこの世に在りつづけるのだから。
それを少し羨ましいと思う。
長く生きることが、ではない。おのが護れるものとともに在りつづけられることでもない。おのが護れるものの死が、そのままおのれの死であることが。ほんの少し、妬ましい。遠い未来たまが壊れ滅ぶときには、白血球王もそのなかで、ともに滅することができる。
俺たちはそうはいかない。たとえそのときこころの半分が死に絶えても、残された側は生きるしかない。死ぬなと云い、生き延び、生き存えさせて、手前勝手にあとを追って命を絶つわけにはいかない。
俺は、こいつが死んだときおのれも死にたいと、きっと思うだろう。いや、半分は死ぬんだろう。けれど赦されるまでは、寿命をまっとうするのだろう。
「なぁ、ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ。なんだ」
腕のなかでほんのわずかに見あげてくる漆黒の眸に、木洩れ日が映えた。まるいまるい、晩秋のやわらかな太陽を象って。
その陽射しを銀時はそっと口に含む。腕のなかの桂がわずかに身じろいだ。
「銀」
背を抱きしめていたたおやかな腕が、やわらかに銀時を撫でる。思わぬ接吻を受けて閉じられた瞼の、長い睫がなめらかな頬に影をつくる。その脇の鼻梁から流れるようにつづくかたちのよい口唇に、口唇をかさねた。
幾度か啄んでは離れ、放しては吸って、淡く舌を絡めあう。
「莫迦ぎん」
「なんだよ」
あいまの抗議の声は甘い。
「どうするのだ。こんな陽の高いうちから」
「なーに? ヅラくん、その気になっちゃった?」
桂の声が笑った。
「貴様、我が身を省みて云え」
「俺はもうとっくにその気だもん」
「だもん、とかゆってもかわいくないぞ」
口接けを交わしながら、境内の奥まった裏手へと誘(いざな)う。
「罰当たりめ」
「いまさらでしょーが」
「いまは戦時ではないぞ」
「銀さんはもう臨戦態勢ですー」
「そうか。ならば迎撃しかあるまい」
くだらないやりとりはすでにもう睦言の域。
幾重にも茂った常緑の緑と綾なす紅葉と黄葉とが、ほどなく罰当たりどもを匿って。
残されたのは、境内の石畳に落とされた木洩れ日ばかり。
了 2009.12.04.
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三者三様に達したあと、坂田は体(たい)を入れ替え組み敷いて、みたび桂に没頭しはじめた。桂はその白銀髪の髪を背を掻き抱いてそれに応える。たまさまにインプットされたさまざまな情報のうちの、話に聞いた錦の枕絵のように艶やかに乱れる桂は妖しく、雪白の肌に乱れかかる黒髪とわずかばかりまとわりついた墨衣が、秘めた背徳の美さえ感じさせてやまない。
ようように満たされたらしい坂田が身を起こし、桂の耳もとでなにごとかを囁いた。それを受けて微笑む桂は妖艶で、昼日中、日蝕の太陽のもとでみせた清かな美しさとはまたちがう磁力を持って白血球王を惹きつける。
さっきまでこの椀のなかで無邪気に一寸法師を演じ戯れていたこのひとは、そのおなじうつわに天と地ほども違う姿を宿していて、目も眩む。
いままた、脇に身を避けた坂田がまだ繋がったままの下肢を見せつけるように、桂を横抱きにした。桂はちいさく声を立てるが、されるにまかせている。
「おい」
「白どの」
ふたりの声が同時におのれを呼ぶ。
「おめーもまだ、そのまんまじゃつれーだろ」
煽情的な枕絵を描いた当人たちに指摘されるまでもなく、初めて味わう強烈な欲情はいまだ冷める気配すら見せていないが。
「貴様の唯一無二に手は出せぬ」
「ばぁか。さっきもう出してんだろうがよ」
「…あれは」
返事に詰まったのはおのが欲のせいだ。
「くれてやる気はもうとう無ぇぞ。ただ、おめーが俺のよくできたコピーで、でも俺じゃなくて、おめー自身がこいつを」
希むのなら。
先刻呑み込まれたことばのつづきが、坂田の口から零れた。
「てめーも俺なら、こいつを知らなきゃ俺としちゃ不完全だろうがよ」
つまりは桂は自分の存在の一部だと云っているのもおなじで。自覚があるのか無いのか、それはとんでもない惚気で。
「白どの。おれは白どのが好きだぞ。いやでないなら銀時とのように、もっとくっついてみたい」
無邪気にさらにとんでもないせりふを吐いて、桂が白血球王の腕を取った。それに抗うすべを、とうにおのれは放棄していた。
坂田がわずかに身を退ける。白血球王は正面から桂を抱きしめた。熱を孕んだ腰を桂の細腰に押しあて、欲に乾いた口唇を桂の濡れた口唇で潤した。たがいの熱を感じるごとに愛おしさがます。坂田は白血球王の交わりをゆるしたものの桂を離す気はないらしく、脇からふたたび背のほうへとまわって黒髪を食み、そのなめらかな背から腰、腿から膕へと余すところなく口接けを浴びせている。
坂田の愛撫に背をしならせる桂の腰が白血球王を擦りあげる。白血球王の背に腕を回し、桂は肩口で喘ぐような吐息を漏らした。隙間無く合わされ、かさなり絡みあうふたつの芯が、たがいを煽って濡れる。
あ、あ。
白血球王の耳朶に直接注ぎ込まれる、桂の吐息は甘くせつなく絶え間ない。おのれの五感すべてが目のまえの存在に蔽われてゆく。白濁する脳裡には先刻の枕絵だけが浮かびあがって明滅する。錦絵の坂田の姿はいつのまにかおのれと取って代わっていて、もうひとりの自分が桂とひとつに溶ける自分に混じり合って、交ざり合う。
いま桂を抱き貫き喘がせているのは、おのれであり、あやつなのだ。
はくどの、ぎんとき、と桂は繰り返し、あいまあいまに意味をなさないことばでふたりを呼んだ。その声に、おのれもやつも酔いながら酔わされていく。深く酩酊してゆく。身もこころも快楽に溶け揺蕩っている。
もうひとりの自分がおのれの一部とまで云い切った存在が、このうえのない実感をともなって、おのれのなかに落ちてきていた。
どれほど経ったか。みなの息が落ち着き、整い、雨でなく汗に濡れたからだが冷めて、夏の宵の空気に癒されるころ。身をゆだねていた四つの腕のなかから桂はようやく身を起こして、初めて気づいたようにお椀のへりから身を乗りだした。
「あ、しまった。櫂が流されてしまっているぞ、銀」
坂田は乱れた黒の上下と着流しを整えながらぽりぽりとあたまを掻き、
「そりゃ、あんだけ揺らせば落っこちるって」
呆れたように云いながら、そのくせ労るように桂の肩に内着を掛けた。
「おら、いくら夏でもおまえが莫迦でも、風邪ひくぞ」
半裸のまま身を乗りだす桂を抱きよせるようにして、かいがいしく衣を纏わせてゆく。
「莫迦じゃない、桂だ。風邪などひかぬわ」
そう返しながらも抗うでなく、桂はおとなしく云われるがままに墨衣に袖を通して、帯を締めなおす。白血球王は手早くおのれの着衣をただして、桂が乱れ髪を梳いて結わくのを手伝った。出会った最初(はな)から気になってしかたのなかった黒髪が、いまこの手のなかにある。なめらかな手触りは想像を超えていて、坂田がいつもこれを好んでしていただろうことは疑いようもない。
僧衣とともに、ついさっきまで淫らに乱れて過ごしたとは思われぬ涼やかな空気をも纏って、桂は白血球王に礼を云った。なんのことかと思えば、お椀の舟と箸の櫂を調えてくれたから、らしい。坂田が不満げに口を尖らせる。
「なんで、そいつにだけよ?」
「拗ねるな、ばかもの」
甘えているのだろう坂田を宥めるように、尖らせた口唇を桂は軽く啄む。あまりに自然で慣れたしぐさは、白血球王に、これがこのふたりにとって日常的なやりとりなのだと思わせるに充分だった。
あんなふうに繋がってひとつになって情を交わすなど、白血球王には思いもよらぬことだったけれど。それが忌むべきものでないことも、いまのおのれであればわかる。あの愉悦の刻(とき)が、たまさまのセキュリティである自分に欠くべからざるものとは思わないが。あのようなひとときが存在することを桂に知らしめられたことは、この身の幸福だろう。そう、桂に因って、だ。
この甘えることもすなおにはできない坂田銀時に、こんなふうに寄り添えるあいてがいることもまた、果報。おのれが云うのも妙なものだが、これで安堵してたまさまのもとへもどれる。
桂とふたり日蝕を見たあとのような、せつない痛みをともなわずにそう思えたことに、白血球王はたまの体内に帰ったあとになって気づいた。
そう。あれと俺とは、べつべつでありおなじでもある、ゆえに。
あのあと源外が戻り、銀時も桂も無事、もとのサイズに返ることとなった。桂はお椀の舟に名残惜しそうだったが、白血球王をたまのもとへと返す使命を果たし終えて、ほっと息をついた。勝手に拾って、背負い込んで、それを成し遂げるまで投げ出さない。こんなところでまで、桂は桂なのだった。
どうせなら、もっとふつうに抱かせてやりゃよかったかな。たまの体内世界では、ああしたことはままなるまい。みたび大槌Zに打ち砕かれてちいさくなるのはごめんだから、白血球王がまたこの外界に飛び出てしまうことがあったなら、こんどはあいつを大きくして、こちらの世界を連れ回してやろう。
そう語るともなしに語ったら、桂は、おっきくなった白どのか、とちょっとうれしそうな顔をしたのが癪に障る。そのあたまをひとつひっぱたいて、ま、あれも俺だと思えば、そのあたりには目を瞑れる。と思いなおす。
桂を抱く幸福を、独り占めしたいと心底ではつねに思っている銀時だから、ほかのだれにもくれてやる気はないけれど。
いまはすっかり色づいた神社の木々を眺めながら、小春日和の陽射しがこぼれおちる葉陰に身を潜める。だれもいないのをいいことに、銀時は傍らを歩む桂の肩を抱きよせた。
冬衣となった身はいくぶんふくよかに見えるが、そのなかみはあいかわらず壊れそうなほどに細い。むろんそんな見てくれと反比例する頑丈さを心得てはいるけれど。こうして抱きしめるからだが、もっともっと痩せて骨張っていたころを思えば、わずかばかりの安堵もある。
その遥かむかしに、まだまるみを帯びていた頬と、高い声。線の細さはおなじでもずっと華奢だったころにも、こうして抱きしめて願った祈りは、届いたようでまだ届かない。
ずっとずっとこいつといられますように。何十年かさきの三日月の木洩れ日をまたこいつと眺められますように。ああ、そうだ。皆既蝕というやつなら、真昼の夜になるというその瞬間をこいつと迎えられますように。だってそれがどんな闇でも、小太郎とならきっとたのしい。だいじょうぶ。
「つぎの日蝕は何年後だよ」
抱きよせた黒髪に埋めた口唇が、くぐもった声で問う。桂は銀時の背中を抱きしめ返し、笑みをふくんだ声で応えた。
「おれたちが死ぬまでには、もういちどくらいあるはずだが」
「おめーは長生きしそうだよね、莫迦だから」
憎まれ口はなおらない、願望の裏返し。
「莫迦じゃない。桂だ。だが貴様が死ぬまでは生きていてやるから案ずるな」
それすらももう、お見透しってやつで。
「なにそれ。じゃあ俺が生きてればおまえも生きてんの」
桂は背に回した腕にちからを込めたまま、銀時の顔を間近に捉え見た。
「貴様が云ったのだ。おれに生きろと。おれが長生きしたなら、それは貴様のせいだぞ。銀。憎まれっ子世にはばかると云うからな」
「へーへー。せいぜい憚らせてもらいますよ、銀さんは」
そのぶんだけ、おまえが生き存えてくれるなら。
ともにまた、つぎの日蝕を見よう。つぎも、またつぎも。
「あの三日月の木洩れ日を、真昼の夜を、金の環を、白どのもたまどのと在って、観られるとよいな」
「そーだなぁ」
からくりの持てる時間は人間のそれよりもきっと長い。白血球王は、たまのなかでたまを護りながら、遥かに永くこの世に在りつづけるのだから。
それを少し羨ましいと思う。
長く生きることが、ではない。おのが護れるものとともに在りつづけられることでもない。おのが護れるものの死が、そのままおのれの死であることが。ほんの少し、妬ましい。遠い未来たまが壊れ滅ぶときには、白血球王もそのなかで、ともに滅することができる。
俺たちはそうはいかない。たとえそのときこころの半分が死に絶えても、残された側は生きるしかない。死ぬなと云い、生き延び、生き存えさせて、手前勝手にあとを追って命を絶つわけにはいかない。
俺は、こいつが死んだときおのれも死にたいと、きっと思うだろう。いや、半分は死ぬんだろう。けれど赦されるまでは、寿命をまっとうするのだろう。
「なぁ、ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ。なんだ」
腕のなかでほんのわずかに見あげてくる漆黒の眸に、木洩れ日が映えた。まるいまるい、晩秋のやわらかな太陽を象って。
その陽射しを銀時はそっと口に含む。腕のなかの桂がわずかに身じろいだ。
「銀」
背を抱きしめていたたおやかな腕が、やわらかに銀時を撫でる。思わぬ接吻を受けて閉じられた瞼の、長い睫がなめらかな頬に影をつくる。その脇の鼻梁から流れるようにつづくかたちのよい口唇に、口唇をかさねた。
幾度か啄んでは離れ、放しては吸って、淡く舌を絡めあう。
「莫迦ぎん」
「なんだよ」
あいまの抗議の声は甘い。
「どうするのだ。こんな陽の高いうちから」
「なーに? ヅラくん、その気になっちゃった?」
桂の声が笑った。
「貴様、我が身を省みて云え」
「俺はもうとっくにその気だもん」
「だもん、とかゆってもかわいくないぞ」
口接けを交わしながら、境内の奥まった裏手へと誘(いざな)う。
「罰当たりめ」
「いまさらでしょーが」
「いまは戦時ではないぞ」
「銀さんはもう臨戦態勢ですー」
「そうか。ならば迎撃しかあるまい」
くだらないやりとりはすでにもう睦言の域。
幾重にも茂った常緑の緑と綾なす紅葉と黄葉とが、ほどなく罰当たりどもを匿って。
残されたのは、境内の石畳に落とされた木洩れ日ばかり。
了 2009.12.04.
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