連作「天涯の遊子」の序。最初の頁の栞参照。小題ごとに一応読み切り。
いまさらな、再会時と紅桜まえ。
挟まれた回想で攘夷時代、むしろこちらが主体。
銀桂、というか、ほぼ銀→桂。微エロ注意。
攘夷4人はほぼ同世代というほかははっきりしないので、
作中の年齢イメージは、坂本≧桂=銀時>高杉、こんな感じ。
高杉はまだグレるまえ。
坂本の土佐弁は温い目で見てご容赦を。翻訳サイトさんに感謝しつつ。
意外と長くなった。
追記:
実際アップしてみたら、
webでいっぺんに読むにはとんでもなく長かったので、3回に。
携帯で見ると一画面に入りきらないことが判明(笑)
それが再び目のまえに現れたとき、息を呑んだ。いや、止まった。マジで。
ああ生きていてくれただの、あいかわらずの攘夷馬鹿だの、やっかいな性格は直らないだの、…かわらずきれいだ、だの。再会の刹那に奪われた一呼吸の間を置いて、そんな、ことばにすらならないありとあらゆる感情がいっせいに押し寄せてきた。それなのに、というか、そのせいで、なのか。口をついて出たのは、
「ヅラ小太郎か?」
そんな昔なじみの渾名だけ。呼べば、変わらぬ短気さでアッパーカットを食らわせる、これも変わらぬ濡れ羽色の長髪、細身の体躯。銀時が会いたくて会いたくて、でも二度とは会うことの躊躇われた、桂小太郎、そのひと。
いまだ攘夷志士として天人とそれに組みした幕府を敵に回す彼のひとの、手配写真は府中に出回り、生存の痕跡は得ていたのだけれど。万事屋ごとやっかいごとに巻き込むような目的のために手段を選ばぬさまは、銀時とて攘夷戦争時代から知っている。薄汚れるな、などといまさら云えた義理ではないのだ、ほんとうは。
けれどあんな一方的な別離を強いた自分のまえに、桂がこんなふうにあっけらかんと姿を現すとは、銀時にはおもってもみないことだった。
* * *
「むかしのおまえは、もうちっとかわいげがあったよな」
いまさっきの幹部会議で桂が示した作戦立案をみながら、銀時は溜息混じりにつぶやいた。ふだんは極めて天然の、呆けた頭の、どこをどうひねったら、こんな悪辣な、よくいえば巧妙な、手口が浮かんでくるのだろう。二十歳になるやならずで、攘夷派の頭脳と目されたのは伊達ではなかったのだ。幼なじみの自分がそう嘆せざるを得ないほどに、桂の立てた策は、敵味方双方に容赦がなかった。
「おれにかわいげなど、もともとあるか。なんの世迷い言だ」
能面のようなつくりものめいた顔に笑みを含んだ声で云い、桂は白湯で口を湿した。灯明のさびしく揺れる廃寺のひと間では、濡れた唇のうごきだけが妙に艶めかしく映り、銀時はわずかに視線を泳がせる。その視線の先、ところどころ破れ煤けた半格子の板戸が内と外の闇とを隔て、灯明がくすんだ壁にぼんやりと三つの人影を映しだしていた。
長く厳しい戦況は統率者たるべき年長者を奪い、歳だけかさねても長(おさ)と戴くに足らぬ人物では、この国を憂う命を預けることもできない。なし崩し的に出張るしかなくなったのが、桂であり、坂本であり、高杉であり、銀時であったのだが。なかでも桂はその頭脳。知略戦略に長けた統率力と実行力は、そのやわらかな風貌に反して、苛烈であり鮮烈であった。謀略家の側面と機動力とを併せ持つ高杉と、おちゃらけても俯瞰でものをみられる坂本の視野の広さと、銀時の突出したひと離れした戦闘能力の高さとが、劣勢の攘夷軍を支えてきたといっても過言ではない。
その銀時が背中をあずけられると、唯一、信を置いているのが桂なのだから、桂というのは、見かけどおりのおとこではまったくもって、ないのだ。戦場においては華であり毒でさえある、その艶やかなまでに清冽な容貌も、桂にとっては利用できる手駒のひとつに過ぎないのだろう。
そんな桂の割り切りというのか、ある種の振り切れかたが、ここ最近とみに増してきたようにおもえる。それが、ただ一途で無邪気でまじめで頑固で天然に過ぎなかった桂の、戦によって引き出されたとも培われたとも知れぬ多面性であることを、銀時は理解しはじめていた。そのどちらもどれもが、桂なのだ。銀時にとっての桂という存在には、いささかも変わりない。だがら口でどういおうが、銀時の桂への信頼は揺らがないし、桂の銀時へのそれも同様だろう。けれども、だからこそ。
銀時は手にしていた紙包みから小さなかたまりを一粒口に放って、舌で転がし嚼み砕く。ほのかな甘さがひろがったが、先刻から喉元に落ちたままの苦みは消えない。貴重な金平糖が、台無しだ。ひとりごちる。
「坂本の抜けた穴は、でかいからな。おれたちで埋め合うしかあるまいよ」
桂はそう切り上げて、広げていた図面をするすると巻き戻していく。ひとをひととも思わぬかのようなその作戦案に、だが異議を唱えなかったのは、それほどに戦況は煮詰まっているからであり、なによりその作戦の無慈悲さの中に桂がまっさきに我が身を置いているからにほかならない。それが、銀時にはよけいに、やるせなかった。
「よく、ゆるしたな」
とっくりを逆さに振りながら、高杉が桂を睨める。
「ゆるすもなにも」
「そいつがわかっていながら、坂本の馬鹿を、なんで黙って行かせた」
ようやく落ちてきたひとしずくを舌先で舐め取った。桂が眉をひそめる。
「…晋助、行儀の悪い」
そんなまねばかりを覚えて、と咎めるのに、
「俺のぶんやろうか? 晋ちゃん」
と、揶揄かう声音が被さって、振ればまだ音のするとっくりを銀時が掲げた。
高杉は視線だけ銀時に向けると、てめぇの糖分くさい酒なんざいらねえ、と返して、桂のほうを向きなおる。銀時は、へいへい、と肩を竦めた。話の腰を折られたのが気にくわなかったらしい。もっともいつだって、高杉は銀時には突っかかってくるのだが。
「なあ、小太郎。あんたがいちばん残って欲しかったんじゃないのか」
「戦はひとに強制されてやるものではないさ」
「だから甘っちょろいんだ。あの脳天気は、結局逃げ出しただけだろうが」
「坂本はあれでいて懐の深いおとこだ。逃げたにせよ、次なる目処はべつにあるのだろうよ」
また、薄く笑って桂は静かに椀の白湯をすする。こいつも酒には強いが、こういう場では口にしない。そんな堅さは変わらないのに、いつのまにあんな笑みを覚えたのだろう。銀時は平杯を片手に、胡座に乗せた紙包みを探る。金平糖をもう一粒、つまみ上げた。
「ちっ」
どう振っても一滴も落ちなくなったとっくりを、とん、と破れ畳みに置くと、
「まあ裏切り者の話なんざ、いい。あんたの立てた作戦は気に入ったぜ、桂サン」
ふらりと立ち上がって高杉は、銀時の真ん前を突っ切り斜向かいの桂のわきを抜け、奥の次の間に続く襖を開けた。敷かれたままの煎餅布団にごろりと横になる。陣を留まらせたのは進軍途上の村はずれの廃寺だが、雨露は凌げるし、雑魚寝であっても布団があるのはありがたい。
「高杉。休むならそこの上掛けもまとえ。風邪をひく」
「いつまでもガキ扱いするんじゃねぇ」
口うるさい桂のことばに、口ではそう返しながら、高杉はそれでも素直に応じて、引っ被る。なんだかんだいっても、こいつらはこれで通じあっている。銀時よりもわずかばかり長い時をともに過ごしてきた仲だ。銀時が、師であり育ての親である松陽のもとへと来たときすでに、桂のそばには高杉が、高杉のそばには桂がいた。
「明後日…いや、もう明日か。たのしみだ。天人どもに一泡吹かせてやる」
「期待させてもらおう。おまえとおまえの別動隊にもな」
ほどなくして、小さな寝息がたった。
桂はそれを見てとると立ち上がり、一瞬慈しむような眼差しをその寝顔に落として、隣室との襖を立てきった。ぽり…、と、またひとつ銀時が金平糖を嚼み砕く。
「よくそんなものを、酒の肴にできるな」
厭わしげに云うほどには感情を乗せない顔で銀時を一瞥し、桂が元の座に着こうとするのを、遮るように銀時は平杯を突きつけた。
「おれはいい。明日に障る」
「てめぇがそんな、かわいらしいタマか」
「貴様、さきほどの言と矛盾しておるではないか」
「いいから、呑め。さもねーと口うつしで呑ませるぞ、このやろー」
常の気怠げな口調のまま、絡む銀時の目が据わっている。
「貴様、酔っているな。あれしきの酒で酔えるとは安上がりな体質だ」
しかたなく、桂は銀時の隣に腰を下ろし、受けた平杯に酒の注がれてゆくのにまかせた。空いた平杯を手繰りよせ、おのれのぶんを注ぎながら銀時が返す。
「うるせーよ。ヅラくんみてーにザルじゃないだけですー。銀さんが、酒を戦場に持ち込みますか。酔いで切っ先が鈍ったことがありますか、ってーの」
「ヅラじゃない。桂だ。貴様はだから、わけがわからん」
「…あんだとぉ?」
いささかろれつの怪しくなった口調で銀時は、平杯を掲げたまま桂の顔を下から覗きこむようにした。頬も眦もその眸(め)の色のように赤みがかって、白銀の髪色と奇妙な対比を生んでいた。
つ、と桂が手を伸べる。
「おまえも底が知れんといっておるのだ。坂本とはまた別の意味でだが」
冷えた指先が、くるりとした髪にそして頬に触れ、銀時は知らず身を竦ませた。底が知れないのはてめーのほうだ。触れてくる指先に意識を捕らわれながらも平静を装いつつ、銀時はおもう。なんだって、こいつはこう不用心なんだ。隙だらけだ。それともなにか。隙と見せかけて、誘っているのか。いやいやいや、それはない。こいつにそんな芸当はできまい。理路整然と道を説き、巧妙かつ冷酷無情でもって無私な作戦を立てる頭はあっても、ことこの方面にはカチカチのそのくせ突拍子もない発想しかしないやつだ。
「…から、なにか聞かされていたのではないのか?」
「は?」
もんもんと自分のなかで葛藤していた銀時は、聞き取り損ねて、おもわず呆けた声を出す。桂のひんやりとした指先が、酔いに火照ったからだから離れていくのが名残惜しい。
「は?ではない。この天パ。貴様はなにか聞かされていたのではないかと問うたのだ」
「だれから、なにを?」
「坂本からだ。出奔について事前になにか聞かされていたのではないのか」
続 2007.12.23.
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それが再び目のまえに現れたとき、息を呑んだ。いや、止まった。マジで。
ああ生きていてくれただの、あいかわらずの攘夷馬鹿だの、やっかいな性格は直らないだの、…かわらずきれいだ、だの。再会の刹那に奪われた一呼吸の間を置いて、そんな、ことばにすらならないありとあらゆる感情がいっせいに押し寄せてきた。それなのに、というか、そのせいで、なのか。口をついて出たのは、
「ヅラ小太郎か?」
そんな昔なじみの渾名だけ。呼べば、変わらぬ短気さでアッパーカットを食らわせる、これも変わらぬ濡れ羽色の長髪、細身の体躯。銀時が会いたくて会いたくて、でも二度とは会うことの躊躇われた、桂小太郎、そのひと。
いまだ攘夷志士として天人とそれに組みした幕府を敵に回す彼のひとの、手配写真は府中に出回り、生存の痕跡は得ていたのだけれど。万事屋ごとやっかいごとに巻き込むような目的のために手段を選ばぬさまは、銀時とて攘夷戦争時代から知っている。薄汚れるな、などといまさら云えた義理ではないのだ、ほんとうは。
けれどあんな一方的な別離を強いた自分のまえに、桂がこんなふうにあっけらかんと姿を現すとは、銀時にはおもってもみないことだった。
* * *
「むかしのおまえは、もうちっとかわいげがあったよな」
いまさっきの幹部会議で桂が示した作戦立案をみながら、銀時は溜息混じりにつぶやいた。ふだんは極めて天然の、呆けた頭の、どこをどうひねったら、こんな悪辣な、よくいえば巧妙な、手口が浮かんでくるのだろう。二十歳になるやならずで、攘夷派の頭脳と目されたのは伊達ではなかったのだ。幼なじみの自分がそう嘆せざるを得ないほどに、桂の立てた策は、敵味方双方に容赦がなかった。
「おれにかわいげなど、もともとあるか。なんの世迷い言だ」
能面のようなつくりものめいた顔に笑みを含んだ声で云い、桂は白湯で口を湿した。灯明のさびしく揺れる廃寺のひと間では、濡れた唇のうごきだけが妙に艶めかしく映り、銀時はわずかに視線を泳がせる。その視線の先、ところどころ破れ煤けた半格子の板戸が内と外の闇とを隔て、灯明がくすんだ壁にぼんやりと三つの人影を映しだしていた。
長く厳しい戦況は統率者たるべき年長者を奪い、歳だけかさねても長(おさ)と戴くに足らぬ人物では、この国を憂う命を預けることもできない。なし崩し的に出張るしかなくなったのが、桂であり、坂本であり、高杉であり、銀時であったのだが。なかでも桂はその頭脳。知略戦略に長けた統率力と実行力は、そのやわらかな風貌に反して、苛烈であり鮮烈であった。謀略家の側面と機動力とを併せ持つ高杉と、おちゃらけても俯瞰でものをみられる坂本の視野の広さと、銀時の突出したひと離れした戦闘能力の高さとが、劣勢の攘夷軍を支えてきたといっても過言ではない。
その銀時が背中をあずけられると、唯一、信を置いているのが桂なのだから、桂というのは、見かけどおりのおとこではまったくもって、ないのだ。戦場においては華であり毒でさえある、その艶やかなまでに清冽な容貌も、桂にとっては利用できる手駒のひとつに過ぎないのだろう。
そんな桂の割り切りというのか、ある種の振り切れかたが、ここ最近とみに増してきたようにおもえる。それが、ただ一途で無邪気でまじめで頑固で天然に過ぎなかった桂の、戦によって引き出されたとも培われたとも知れぬ多面性であることを、銀時は理解しはじめていた。そのどちらもどれもが、桂なのだ。銀時にとっての桂という存在には、いささかも変わりない。だがら口でどういおうが、銀時の桂への信頼は揺らがないし、桂の銀時へのそれも同様だろう。けれども、だからこそ。
銀時は手にしていた紙包みから小さなかたまりを一粒口に放って、舌で転がし嚼み砕く。ほのかな甘さがひろがったが、先刻から喉元に落ちたままの苦みは消えない。貴重な金平糖が、台無しだ。ひとりごちる。
「坂本の抜けた穴は、でかいからな。おれたちで埋め合うしかあるまいよ」
桂はそう切り上げて、広げていた図面をするすると巻き戻していく。ひとをひととも思わぬかのようなその作戦案に、だが異議を唱えなかったのは、それほどに戦況は煮詰まっているからであり、なによりその作戦の無慈悲さの中に桂がまっさきに我が身を置いているからにほかならない。それが、銀時にはよけいに、やるせなかった。
「よく、ゆるしたな」
とっくりを逆さに振りながら、高杉が桂を睨める。
「ゆるすもなにも」
「そいつがわかっていながら、坂本の馬鹿を、なんで黙って行かせた」
ようやく落ちてきたひとしずくを舌先で舐め取った。桂が眉をひそめる。
「…晋助、行儀の悪い」
そんなまねばかりを覚えて、と咎めるのに、
「俺のぶんやろうか? 晋ちゃん」
と、揶揄かう声音が被さって、振ればまだ音のするとっくりを銀時が掲げた。
高杉は視線だけ銀時に向けると、てめぇの糖分くさい酒なんざいらねえ、と返して、桂のほうを向きなおる。銀時は、へいへい、と肩を竦めた。話の腰を折られたのが気にくわなかったらしい。もっともいつだって、高杉は銀時には突っかかってくるのだが。
「なあ、小太郎。あんたがいちばん残って欲しかったんじゃないのか」
「戦はひとに強制されてやるものではないさ」
「だから甘っちょろいんだ。あの脳天気は、結局逃げ出しただけだろうが」
「坂本はあれでいて懐の深いおとこだ。逃げたにせよ、次なる目処はべつにあるのだろうよ」
また、薄く笑って桂は静かに椀の白湯をすする。こいつも酒には強いが、こういう場では口にしない。そんな堅さは変わらないのに、いつのまにあんな笑みを覚えたのだろう。銀時は平杯を片手に、胡座に乗せた紙包みを探る。金平糖をもう一粒、つまみ上げた。
「ちっ」
どう振っても一滴も落ちなくなったとっくりを、とん、と破れ畳みに置くと、
「まあ裏切り者の話なんざ、いい。あんたの立てた作戦は気に入ったぜ、桂サン」
ふらりと立ち上がって高杉は、銀時の真ん前を突っ切り斜向かいの桂のわきを抜け、奥の次の間に続く襖を開けた。敷かれたままの煎餅布団にごろりと横になる。陣を留まらせたのは進軍途上の村はずれの廃寺だが、雨露は凌げるし、雑魚寝であっても布団があるのはありがたい。
「高杉。休むならそこの上掛けもまとえ。風邪をひく」
「いつまでもガキ扱いするんじゃねぇ」
口うるさい桂のことばに、口ではそう返しながら、高杉はそれでも素直に応じて、引っ被る。なんだかんだいっても、こいつらはこれで通じあっている。銀時よりもわずかばかり長い時をともに過ごしてきた仲だ。銀時が、師であり育ての親である松陽のもとへと来たときすでに、桂のそばには高杉が、高杉のそばには桂がいた。
「明後日…いや、もう明日か。たのしみだ。天人どもに一泡吹かせてやる」
「期待させてもらおう。おまえとおまえの別動隊にもな」
ほどなくして、小さな寝息がたった。
桂はそれを見てとると立ち上がり、一瞬慈しむような眼差しをその寝顔に落として、隣室との襖を立てきった。ぽり…、と、またひとつ銀時が金平糖を嚼み砕く。
「よくそんなものを、酒の肴にできるな」
厭わしげに云うほどには感情を乗せない顔で銀時を一瞥し、桂が元の座に着こうとするのを、遮るように銀時は平杯を突きつけた。
「おれはいい。明日に障る」
「てめぇがそんな、かわいらしいタマか」
「貴様、さきほどの言と矛盾しておるではないか」
「いいから、呑め。さもねーと口うつしで呑ませるぞ、このやろー」
常の気怠げな口調のまま、絡む銀時の目が据わっている。
「貴様、酔っているな。あれしきの酒で酔えるとは安上がりな体質だ」
しかたなく、桂は銀時の隣に腰を下ろし、受けた平杯に酒の注がれてゆくのにまかせた。空いた平杯を手繰りよせ、おのれのぶんを注ぎながら銀時が返す。
「うるせーよ。ヅラくんみてーにザルじゃないだけですー。銀さんが、酒を戦場に持ち込みますか。酔いで切っ先が鈍ったことがありますか、ってーの」
「ヅラじゃない。桂だ。貴様はだから、わけがわからん」
「…あんだとぉ?」
いささかろれつの怪しくなった口調で銀時は、平杯を掲げたまま桂の顔を下から覗きこむようにした。頬も眦もその眸(め)の色のように赤みがかって、白銀の髪色と奇妙な対比を生んでいた。
つ、と桂が手を伸べる。
「おまえも底が知れんといっておるのだ。坂本とはまた別の意味でだが」
冷えた指先が、くるりとした髪にそして頬に触れ、銀時は知らず身を竦ませた。底が知れないのはてめーのほうだ。触れてくる指先に意識を捕らわれながらも平静を装いつつ、銀時はおもう。なんだって、こいつはこう不用心なんだ。隙だらけだ。それともなにか。隙と見せかけて、誘っているのか。いやいやいや、それはない。こいつにそんな芸当はできまい。理路整然と道を説き、巧妙かつ冷酷無情でもって無私な作戦を立てる頭はあっても、ことこの方面にはカチカチのそのくせ突拍子もない発想しかしないやつだ。
「…から、なにか聞かされていたのではないのか?」
「は?」
もんもんと自分のなかで葛藤していた銀時は、聞き取り損ねて、おもわず呆けた声を出す。桂のひんやりとした指先が、酔いに火照ったからだから離れていくのが名残惜しい。
「は?ではない。この天パ。貴様はなにか聞かされていたのではないかと問うたのだ」
「だれから、なにを?」
「坂本からだ。出奔について事前になにか聞かされていたのではないのか」
続 2007.12.23.
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