「天涯の遊子」銀桂篇。終話。
銀時と桂。
紅桜以降、雪まつりよりまえ。
微エロあり、注意。R18 で。
「あ…っ」
いきなり奥に触れてきた銀時の口唇に、桂は小さく悲鳴をあげて、息を呑んだ。抱えた両脚を両肩に担ぎ、浮かせた腰を折るようにして、その中心に舌を這わせる。付け根の柔肌を食んで吸い、閉じた花弁を開くように、すぼめた舌先で探った。こんどは見ることをゆるされた視線の先で、桂が眦を朱に染め、顔のまえに交差させた腕で声を殺している。探る舌を深く差し入れると、いっそう仰け反らせた喉元の白さが艶めかしく目に映った。
その喉笛に嚙みつきたい衝動を覚えて、銀時はいったん細い腰を解放する。と、桂がほっと息を吐く。そのままのしかかって、口許で交差されたままの腕をひとつかみに捉えると、頭上に押しやり、先の手拭いでまとめて縛った。
「銀」
咎める桂に、銀時はにやりと笑ってみせる。
「返すって、云ったろ」
誘う喉元をつよく吸いあげた。見る間に鬱血し、紅く小さな痕をのこす。その紅と周辺を繰り返し啄んで、しっかりとした所有の印をいくつも刻んだ。
桂に煽られている。きっとこれすらその術中なのだ。そんな惑乱を覚えながら、それさえも冥加と感じる。おのれは溺れている。ひたひたと浸食される。もう狂ってもかまわない。こいつとなら。
「はぁ………あああっ」
ひときわ深く穿たれて、耐えきれず、桂の嬌声があがった。
室内に明かりをもたらしていたわずかばかりの木洩れ日も、とうに残照へと変わり、ちゃぶ台も隅に追いやられた茶の間は、濃密な夜の気配を纏う閨へとすでに様相を変えている。とはいえ畳に夜具もないままに、もつれあう裸身があるだけだ。
組み敷かれた雪肌には、まだ鮮やかな一条の刀傷痕に、消え残った古傷。真新しい数えきれぬほどの紅い刻印がところを厭わず散っている。頭上で絡げられたままの両の腕が、たわむほどにからだを揺すぶられるたび、縛めの手拭いと擦れた。すでに幾度となく放たれた銀時の欲に内奥を浸されて、自身の迸りにも濡れながら、だがその身はあくまで透けるような清艶さを失わない。
それが憎い。
先刻、桂にいいように遊ばれたお返しに、銀時は知るかぎりの桂の弱点を衝いて責め愛おしむ。畢竟、おたがいに五感を支配されたような濃厚な交わりとなって、桂はただ喘いだ。きつく閉ざされた瞼。絶え間ない荒い気息。散り乱れた黒髪の上で、手拭いに絡げられた両腕の手指が、溢れて行き場のない情欲に、攣れたように折り曲がる。
間断なく桂をおのが身で貫きながら、俄にあの途方もないせつなさに襲われて、銀時はあわてたようにその手拭いの縛めを解いた。
解き放たれて、この腕は、いまもまた空(くう)を掻くのだろうか。間をおかずおのれの身に回されるのだろうか。それとも。無体を怒って殴りかかるだろうか。その一瞬を、奇妙なほどの緊張感をもって、銀時は待つ。
自由を取り戻した両腕に、気づいて桂が薄く瞼を開いた。
「ぎん…とき?」
いったい自分はどんな顔をしていたのだろう。
荒い息の下で、桂の腕はなんの躊躇いもなく銀時のあたまを引き寄せた。おたがいの肩に顔を埋めるようにして抱きしめると。
「だいじょうぶだ」
と、ひとこと。微笑を湛えたような、どこまでもやわらかな声音で云った。
とたん。銀時のなかで、なにかが堰を切った。全身のすべてのうごきが止まる。桂の奥深くおのが身を沈め、その首筋に顔を埋めたまま。
銀時は泣いていた。
おのれでも気づかぬままに、雫はただ静かに頬を伝い落ち、桂の黒髪を濡らす。桂はなにも問わず、強靱な筋肉の乗った背をやさしくなぞり、銀時を掻き抱いた。
初めてかさねたからだ。初めて見た嘆き。初めて触れた口唇。初めて握った手。初めての喧嘩。初めての手合い。初めて交わした会話。初めての出会いの刹那。それ以前の自身といまとをたしかに分かつ、桂と刻んだ時間のすべて。
日頃どれほどピントのずれた発言をし、的を外した振る舞いをしようと、うざいくらいの神経の太さを発揮しようと、銀時の裡に深く根を張って唐突に顔を覗かせる不安を察知し、正鵠を射てくるのは桂ただひとりだ。
おのれという存在の寄る辺なさに揺らぐ銀時を、桂だけが見誤らない。
そのまま、どのくらいそうしていただろうか。
堰を切って溢れたものが、流れ出きって、銀時は急速に気恥ずかしさを覚えた。この状況では逃げることもごまかすこともできそうにない。我に返れば、繋がったままのからだは、まだ吐き出しきれぬ欲望に満ちてさえいる。どうしたものかとつぎの行動に迷っていたとき。
背を抱いていた桂の腕がするりと脇へ抜け、指先がつうぅと、銀時の仙骨のあたりを撫でた。
「ヅラ…」
先を促すような誘いのしぐさに、銀時は気恥ずかしさを忘れて桂の顔を覗く。
「ヅラじゃない…桂だ」
「…わりぃ。足りなかった?」
「てか、貴様が終わらんからだろう」
現実問題、おのれのからだは臨戦態勢のままなので、返す言葉の代わりに、軽く突いた。
「ぃあっ」
文字通り不意を突かれて、桂が仰け反る。潤んだ目で睨みつけてくる。
「貴様は。いきなりうごくな………んっ…ぁあ」
そのまま律動を再開したから、桂の小言はそこで途切れた。
桂のほうとて中途で放り出されて鎮まっていたわけではないから、たやすく熱がもどる。そのあとは、たがいにまた、ひたすら快楽だけを追い続けた。
頂きに向かってともにひた走りながら、熱に浮かされたあたまの片隅で銀時は思う。
こいつにはかなわない。組み敷き、喘がせ、啼かせようと、抱いている相手に、自分は抱(いだ)かれている。結句、包み込まれてしまう。いま、縋るように銀時の身に食い込む桂の手指に、募る愛しさは、その裏返しだ。この存在に出会わせてくれた運命的ななにかがあるのなら、おのれはそれに感謝するだろう。
そのまま一直線に到達した頂点で、銀時はひときわ震えて小さく咆えた。
射抜かれた奥深く、幾度か断続的に放たれるその衝撃に、桂も、また。
* * *
疲れ果て、ひとっ風呂浴びるのが精一杯で、晩に作り損ねた天麩羅蕎麦は、払暁、空きっ腹に耐えかねて目覚めた銀時の手によって、無事完成を見た。
銀時につられて目を覚ました桂は、また手放しで褒めながら、さも美味そうに天麩羅をほおばり、満足げに蕎麦を啜る。そのさまを銀時は倦かず眺めた。天蕎麦に夢中の桂が、気づかぬのをさいわいにして。
こんなひとこまがいつか日常になればいい。万事屋の子らがやがて銀時の手を離れ、桂がこころざしを成し遂げたなら、かなうときもくるだろうか。
「ヅラ」
ちょうどほおばっていた大葉の天麩羅を、きちんと咀嚼し呑み込んでから桂は応じる。
「ヅラじゃない。桂だ。なんだ。さっさと食わんと蕎麦が延びるぞ」
銀時は海老の天麩羅にかじりつきながら、呟いた。
「わはっはら、ひょうはほうへひをはわふんひゃへぇほ」
わかったら、妙なほうへ気を回すんじゃねぇぞ。
箸先一寸で蕎麦を口に運びながら、目線で桂が咎める。口にものを入れたまま喋るなと云いたいのだろう。
「わかったんなら、かまわず神楽や新八に会いに来い。あいつらは俺が全力で守っから、おめーは要らん心配をするな」
蕎麦が口に残っているうちは桂の返答はない。わかっていてつづける。
「そんでも、俺のちからが及ばないような事態になったら、遠慮なくおめーにまた片腕借りるから。俺は。だからおめーも」
甘えればいい。縋ればいい。となりに立つものに。
それが自分だ、とは、いまの銀時が云っても桂は肯かないだろうが。きちんと宣言しておかなければ、こいつは無意識下で勝手にひとの庇護者と化す。
「ちっとは銀さんに委せなさい」
攘夷の前線には立ってやれないけど。桂のためになら、おのれは刀を取る。紅桜の時のように、抑えなど、効くまい。そしておそらく。桂はそれをさせまいと考えている。
桂は自身のために銀時を白夜叉と化させることは望まない。銀時にとなりにいてほしいと思ったとしても、いまの銀時にそれを明かすことはないだろう。それでも桂は、銀時を好きだと云った。その口から聞けた。
充分だ。
それだけで銀時は立っていられる。違えた途が二度と添うことはなくとも、桂のとなりに立つものは自分以外にいない。銀時がその空位に着かぬかぎり、桂のとなりが埋まることはない。それが、いまの桂の孤高を意味するものだと知りながら、銀時は桂のとなりに立つおのれを希求する。
どこまでも勝手な自分。その自分を赦す桂。だがしかし銀時を赦すことで、桂もまた、頑ななおのが生き方への許しを請うている。
許しなど請うな。おまえは。
桂の揺るぎない生き様の、そのぶれのなさをこそ銀時は愛する。
典雅な容姿も、妖艶なからだも、生真面目な気質も、頓狂な性格も、天然な言動も、怜悧な頭脳も、冷酷な裁量も、深遠な心根も。そのすべてをひっくるめた桂というひととなりに、とどのつまり、銀時は惚れているのだから。惹かれてやまないのだから。
桂は箸を止め、銀時を見た。とりすました顔だが目が笑っている。
「なに。銀さんなにか、おかしなことを云いましたか」
「リーダーや新八くんに会いに行って、ついでに貴様に会うのだな。銀時?」
などと、かわいくないことを宣う口に、食いかけの海老天を突っ込んだ。
なにをするか、と云いたくても口にものが入っているうちは云えない桂は、懸命にそれを咀嚼する。
「そーゆーことほざくんなら、二度とつくってやんねー」
と、銀時が云えば。もぐもぐと口いっぱいにほおばった海老をなんとか飲みくだし、
「また、つくってくれる気だったのか?」
こんどは素できょとんと、さも意外そうに返した桂に、銀時は危うく箸を取り落としそうになった。まずい。うっかり、すっかり、その気だった。
「ならばつぎは、天蒸籠がよい。わかった。銀時に、会いに行こう」
銀時のこっぱずかしい動揺をよそに、しれっと云える桂は、つよい。
そのまま機嫌良くふたたび箸をうごかしはじめた桂に、銀時はなにか云い返そうとして、やめた。
思ってしまったのだ。こんなことでおまえの満ち足りた顔が拝めるなら。
まあ、それもいいか。
了 2008.03.18.
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「あ…っ」
いきなり奥に触れてきた銀時の口唇に、桂は小さく悲鳴をあげて、息を呑んだ。抱えた両脚を両肩に担ぎ、浮かせた腰を折るようにして、その中心に舌を這わせる。付け根の柔肌を食んで吸い、閉じた花弁を開くように、すぼめた舌先で探った。こんどは見ることをゆるされた視線の先で、桂が眦を朱に染め、顔のまえに交差させた腕で声を殺している。探る舌を深く差し入れると、いっそう仰け反らせた喉元の白さが艶めかしく目に映った。
その喉笛に嚙みつきたい衝動を覚えて、銀時はいったん細い腰を解放する。と、桂がほっと息を吐く。そのままのしかかって、口許で交差されたままの腕をひとつかみに捉えると、頭上に押しやり、先の手拭いでまとめて縛った。
「銀」
咎める桂に、銀時はにやりと笑ってみせる。
「返すって、云ったろ」
誘う喉元をつよく吸いあげた。見る間に鬱血し、紅く小さな痕をのこす。その紅と周辺を繰り返し啄んで、しっかりとした所有の印をいくつも刻んだ。
桂に煽られている。きっとこれすらその術中なのだ。そんな惑乱を覚えながら、それさえも冥加と感じる。おのれは溺れている。ひたひたと浸食される。もう狂ってもかまわない。こいつとなら。
「はぁ………あああっ」
ひときわ深く穿たれて、耐えきれず、桂の嬌声があがった。
室内に明かりをもたらしていたわずかばかりの木洩れ日も、とうに残照へと変わり、ちゃぶ台も隅に追いやられた茶の間は、濃密な夜の気配を纏う閨へとすでに様相を変えている。とはいえ畳に夜具もないままに、もつれあう裸身があるだけだ。
組み敷かれた雪肌には、まだ鮮やかな一条の刀傷痕に、消え残った古傷。真新しい数えきれぬほどの紅い刻印がところを厭わず散っている。頭上で絡げられたままの両の腕が、たわむほどにからだを揺すぶられるたび、縛めの手拭いと擦れた。すでに幾度となく放たれた銀時の欲に内奥を浸されて、自身の迸りにも濡れながら、だがその身はあくまで透けるような清艶さを失わない。
それが憎い。
先刻、桂にいいように遊ばれたお返しに、銀時は知るかぎりの桂の弱点を衝いて責め愛おしむ。畢竟、おたがいに五感を支配されたような濃厚な交わりとなって、桂はただ喘いだ。きつく閉ざされた瞼。絶え間ない荒い気息。散り乱れた黒髪の上で、手拭いに絡げられた両腕の手指が、溢れて行き場のない情欲に、攣れたように折り曲がる。
間断なく桂をおのが身で貫きながら、俄にあの途方もないせつなさに襲われて、銀時はあわてたようにその手拭いの縛めを解いた。
解き放たれて、この腕は、いまもまた空(くう)を掻くのだろうか。間をおかずおのれの身に回されるのだろうか。それとも。無体を怒って殴りかかるだろうか。その一瞬を、奇妙なほどの緊張感をもって、銀時は待つ。
自由を取り戻した両腕に、気づいて桂が薄く瞼を開いた。
「ぎん…とき?」
いったい自分はどんな顔をしていたのだろう。
荒い息の下で、桂の腕はなんの躊躇いもなく銀時のあたまを引き寄せた。おたがいの肩に顔を埋めるようにして抱きしめると。
「だいじょうぶだ」
と、ひとこと。微笑を湛えたような、どこまでもやわらかな声音で云った。
とたん。銀時のなかで、なにかが堰を切った。全身のすべてのうごきが止まる。桂の奥深くおのが身を沈め、その首筋に顔を埋めたまま。
銀時は泣いていた。
おのれでも気づかぬままに、雫はただ静かに頬を伝い落ち、桂の黒髪を濡らす。桂はなにも問わず、強靱な筋肉の乗った背をやさしくなぞり、銀時を掻き抱いた。
初めてかさねたからだ。初めて見た嘆き。初めて触れた口唇。初めて握った手。初めての喧嘩。初めての手合い。初めて交わした会話。初めての出会いの刹那。それ以前の自身といまとをたしかに分かつ、桂と刻んだ時間のすべて。
日頃どれほどピントのずれた発言をし、的を外した振る舞いをしようと、うざいくらいの神経の太さを発揮しようと、銀時の裡に深く根を張って唐突に顔を覗かせる不安を察知し、正鵠を射てくるのは桂ただひとりだ。
おのれという存在の寄る辺なさに揺らぐ銀時を、桂だけが見誤らない。
そのまま、どのくらいそうしていただろうか。
堰を切って溢れたものが、流れ出きって、銀時は急速に気恥ずかしさを覚えた。この状況では逃げることもごまかすこともできそうにない。我に返れば、繋がったままのからだは、まだ吐き出しきれぬ欲望に満ちてさえいる。どうしたものかとつぎの行動に迷っていたとき。
背を抱いていた桂の腕がするりと脇へ抜け、指先がつうぅと、銀時の仙骨のあたりを撫でた。
「ヅラ…」
先を促すような誘いのしぐさに、銀時は気恥ずかしさを忘れて桂の顔を覗く。
「ヅラじゃない…桂だ」
「…わりぃ。足りなかった?」
「てか、貴様が終わらんからだろう」
現実問題、おのれのからだは臨戦態勢のままなので、返す言葉の代わりに、軽く突いた。
「ぃあっ」
文字通り不意を突かれて、桂が仰け反る。潤んだ目で睨みつけてくる。
「貴様は。いきなりうごくな………んっ…ぁあ」
そのまま律動を再開したから、桂の小言はそこで途切れた。
桂のほうとて中途で放り出されて鎮まっていたわけではないから、たやすく熱がもどる。そのあとは、たがいにまた、ひたすら快楽だけを追い続けた。
頂きに向かってともにひた走りながら、熱に浮かされたあたまの片隅で銀時は思う。
こいつにはかなわない。組み敷き、喘がせ、啼かせようと、抱いている相手に、自分は抱(いだ)かれている。結句、包み込まれてしまう。いま、縋るように銀時の身に食い込む桂の手指に、募る愛しさは、その裏返しだ。この存在に出会わせてくれた運命的ななにかがあるのなら、おのれはそれに感謝するだろう。
そのまま一直線に到達した頂点で、銀時はひときわ震えて小さく咆えた。
射抜かれた奥深く、幾度か断続的に放たれるその衝撃に、桂も、また。
* * *
疲れ果て、ひとっ風呂浴びるのが精一杯で、晩に作り損ねた天麩羅蕎麦は、払暁、空きっ腹に耐えかねて目覚めた銀時の手によって、無事完成を見た。
銀時につられて目を覚ました桂は、また手放しで褒めながら、さも美味そうに天麩羅をほおばり、満足げに蕎麦を啜る。そのさまを銀時は倦かず眺めた。天蕎麦に夢中の桂が、気づかぬのをさいわいにして。
こんなひとこまがいつか日常になればいい。万事屋の子らがやがて銀時の手を離れ、桂がこころざしを成し遂げたなら、かなうときもくるだろうか。
「ヅラ」
ちょうどほおばっていた大葉の天麩羅を、きちんと咀嚼し呑み込んでから桂は応じる。
「ヅラじゃない。桂だ。なんだ。さっさと食わんと蕎麦が延びるぞ」
銀時は海老の天麩羅にかじりつきながら、呟いた。
「わはっはら、ひょうはほうへひをはわふんひゃへぇほ」
わかったら、妙なほうへ気を回すんじゃねぇぞ。
箸先一寸で蕎麦を口に運びながら、目線で桂が咎める。口にものを入れたまま喋るなと云いたいのだろう。
「わかったんなら、かまわず神楽や新八に会いに来い。あいつらは俺が全力で守っから、おめーは要らん心配をするな」
蕎麦が口に残っているうちは桂の返答はない。わかっていてつづける。
「そんでも、俺のちからが及ばないような事態になったら、遠慮なくおめーにまた片腕借りるから。俺は。だからおめーも」
甘えればいい。縋ればいい。となりに立つものに。
それが自分だ、とは、いまの銀時が云っても桂は肯かないだろうが。きちんと宣言しておかなければ、こいつは無意識下で勝手にひとの庇護者と化す。
「ちっとは銀さんに委せなさい」
攘夷の前線には立ってやれないけど。桂のためになら、おのれは刀を取る。紅桜の時のように、抑えなど、効くまい。そしておそらく。桂はそれをさせまいと考えている。
桂は自身のために銀時を白夜叉と化させることは望まない。銀時にとなりにいてほしいと思ったとしても、いまの銀時にそれを明かすことはないだろう。それでも桂は、銀時を好きだと云った。その口から聞けた。
充分だ。
それだけで銀時は立っていられる。違えた途が二度と添うことはなくとも、桂のとなりに立つものは自分以外にいない。銀時がその空位に着かぬかぎり、桂のとなりが埋まることはない。それが、いまの桂の孤高を意味するものだと知りながら、銀時は桂のとなりに立つおのれを希求する。
どこまでも勝手な自分。その自分を赦す桂。だがしかし銀時を赦すことで、桂もまた、頑ななおのが生き方への許しを請うている。
許しなど請うな。おまえは。
桂の揺るぎない生き様の、そのぶれのなさをこそ銀時は愛する。
典雅な容姿も、妖艶なからだも、生真面目な気質も、頓狂な性格も、天然な言動も、怜悧な頭脳も、冷酷な裁量も、深遠な心根も。そのすべてをひっくるめた桂というひととなりに、とどのつまり、銀時は惚れているのだから。惹かれてやまないのだから。
桂は箸を止め、銀時を見た。とりすました顔だが目が笑っている。
「なに。銀さんなにか、おかしなことを云いましたか」
「リーダーや新八くんに会いに行って、ついでに貴様に会うのだな。銀時?」
などと、かわいくないことを宣う口に、食いかけの海老天を突っ込んだ。
なにをするか、と云いたくても口にものが入っているうちは云えない桂は、懸命にそれを咀嚼する。
「そーゆーことほざくんなら、二度とつくってやんねー」
と、銀時が云えば。もぐもぐと口いっぱいにほおばった海老をなんとか飲みくだし、
「また、つくってくれる気だったのか?」
こんどは素できょとんと、さも意外そうに返した桂に、銀時は危うく箸を取り落としそうになった。まずい。うっかり、すっかり、その気だった。
「ならばつぎは、天蒸籠がよい。わかった。銀時に、会いに行こう」
銀時のこっぱずかしい動揺をよそに、しれっと云える桂は、つよい。
そのまま機嫌良くふたたび箸をうごかしはじめた桂に、銀時はなにか云い返そうとして、やめた。
思ってしまったのだ。こんなことでおまえの満ち足りた顔が拝めるなら。
まあ、それもいいか。
了 2008.03.18.
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