5万打超時注文票アンケート1位の金魂・ガヤガヤ箱設定。パラレル譚。
詳細不明の部分が多いので、背景設定捏造度高め。
「燎原に雪」同一題でのんびり連載。全話数未定。
其の壱。を、三回に分ける。
晋助と小太郎(ズラ子)。ちょこっと松陽。
万事屋晋ちゃん開業当初までのものがたり。
舞い落ちる風花が、ようやく顔を覗かせた陽差しを受けてきらきらと輝く。一陣の風が光の粒を高く舞い上がらせた。そしてまたひらひらと落ちてくる。
それはさながらあの夜の、吹き上げる炎と舞い散る火の粉を思わせた。ちがうのは体感するその温度だったろう。凍てつくようないまと、遠巻きにも痛いほどのその熱さと。
墓石に背を凭せかけ降り積もった雪に蹲りながら、晋助は目を閉じた。
あれがすべてのはじまりで、きっと終わりだったのだ。
* * *
カンカンカンカン。半鐘が鳴り響く。
昼間、敬愛する私塾の先生が江戸へ発ってしまわれたことに、不貞寝していた晋助は、その音に飛び起きた。だが遠い。ああ、隣村の火の見櫓か。その村には大好きなひとがふたり住んでいる。いや、いた。昼間の別れを思い起こし晋助はまたふててふとんに潜り込もうとして、気づく。まだひとり住んでいるのだ。ようやくはっきり目が覚めて、あわてて廊下側の障子を開け放つ。夜空が赤く染まっていた。
未明の大火に晋助の住む界隈でも類焼を怖れてちょっとした騒ぎになった。そのさなか、家人の制止を振り切り駆けつけた晋助が目にしたのは、ひときわ激しく炎の立ちのぼる、村はずれの一角。幼なじみの住む武家屋敷だった。
火は、折悪しく夜半の強風に煽られて瞬く間に燃え広がった。闇夜を煌々と染める紅蓮の炎のまえには、ひとのちっぽけなちからは為すすべもなく。劫火はちいさな村ひとつをまるごと呑み込み、焼き尽くして、ようよう鎮まる気配を見せる。白んだ東の空に灰燼と帰した村里がその姿を浮かべつつあった。
多くのものが焼け出され、家を肉親をあるいはその両方を、失った。付け火だった。宵闇に乗じたなにものかが、村ただひとつの刀圭家(医者)の家に火を放ったのだ。村医者は晋助の幼なじみの生家である。
その火事で幼なじみの小太郎は生家と養家をともに失くした。
たくさんひとが死んだ。焼け野原で晋助は狂ったように小太郎の姿を探し求めた。まず養家に走り、次いで生家を辿り、空き家となっていた私塾の焼け跡までも訊ねる。郷内を一巡りしてふたたび辿り着いた小太郎の生家の跡で、焼け落ちて炭になった大黒柱をぼんやりと眺める、そのひとを見つけた。
白くなめらかな頬はすすけて、いつも高い位置できっちりとひとつに結われた黒髪もざんばらに乱れ、逃げ出したときのままの姿なのだろう、ところどころ焼け焦げた白い夜着から覗く、頸も手も足も細かった。
小太郎は物怖じしない性格で文武にも秀でていたから、これまで晋助はその細さに脆弱さを感じたことなどなかったというのに。現に私塾での剣術の仕合でだって勝てたためしがなかったのに。
そのときの彼は、細くて頼りなげに、いっそ儚くさえ、見えた。
その場を頑なにうごこうとしない小太郎に、晋助は付き合った。
小太郎は泣かなかった。泣かれたらどうしていいかわからなくなっただろうくせに、泣けばいいのにと思った。泣かないのか泣けないのか、晋助にはわからなかった。ただひとりにすることだけはできなかった。だからその場に並んで立って、立ちつくして、先にぶっ倒れた。
情けなかったが、そこでようやく小太郎が晋助を見た。地べたにへたり込んだ晋助のあたまを撫でて、ちいさく掠れた声で、ありがとう、と呟いた。
晋助はその手を取って、つよくつかんだ。行こう、と促して、ちからを振り絞って踏ん張って立ち上がる。どこへ、とは小太郎は云わず、晋助に導かれるままに、隣村のひときわ大きな武家屋敷への径を歩んだ。
幼なじみの小太郎は齢十二で天涯孤独の身となった。晋助が十歳(とお)の時のことだ。
晋助は、そのまま小太郎が自分のうちに住まうように、両親に頼み込んだ。当然の如く首を縦には振ってもらえなかった。焼け出されたひとは大勢いる。土地の名士として知られた高杉の家は、隣村の復興に奔走しなければならなかった。おのれの無力さに晋助は歯嚙みした。
養家の親戚は引き取りを渋り、生家には親戚がない。結局小太郎は、七年まえ生家と養家との縁を取り持った人物に引き取られることとなった。その人物が、江戸への道すがら大火のうわさを聞きつけ取って返してきた、松陽先生であったことが、まだしも晋助の救いとなった。
世話になることを躊躇う小太郎に、松陽は云った。
では、助手になってください。小太郎には、江戸で私の学術研究を手伝って欲しいのです。それなら、どうですか。
松陽は私塾を営むかたわら、近年異国からもたらされたという科学分野で、なにやら小難しそうななまえの研究を重ねていた。江戸へ移るのも、その最新の知識を得るためだったから、便宜上であっても小太郎を納得させられる。
弔いをすませ、ふたたび松陽とこんどはともに発つ小太郎を見送る晋助は、泣くのを怺えた。江戸は遠い。それは十の子どもには遠すぎる場所だった。
その日から、晋助が隣町に遊ぶことは二度となかった。
ときおり、思い出したように江戸の小太郎から文(ふみ)が届く。
晋助は、稀に添えられる写真で小太郎の成長を知ることとなった。
線の細さは変わらぬまま、つよい眼差しに年齢(とし)を追うごとに艶やかさが加わって、能面のごとく整った無表情な、だが美しいとしかいいようのない面差しは、ときに晋助をあらぬ方向で悩ませはじめる。
小太郎からの便りは、きっちりとした文字で日々のたわいのないことを意味もなく書き連ねるか、晋助への世話焼きとも小言とも取れることばの羅列か、だったが。晋助はこの幼なじみの、生真面目なくせにどこか頓狂で、だれより清んだ眼差しが好きだった。
身近な同郷の少女より、目のまえにいない幼なじみの写真一枚にどぎまぎする自分をおかしいと思った。思ったが、それが現実なのだからしかたがない。
その間に時代は急速に変わり始め、村々は統合されて町となり、もはや火の見櫓に半鐘で火事を知らせることもない。天人と呼ばれる異境の資本が雪崩れ込み、いまそれを知らせるのは、不安を煽るかのサイレンの音だ。
そんな世の急激な変化をよそに、小太郎との文の交換は晋助が十五になる年までゆるゆると、だが絶えることなく続いた。
「ちっ」
郵便受けを覗いて、晋助はきょうも舌打ちする。
小太郎からの手紙が来なくなって、ずいぶんになる。飛脚で文を届けた時代など、もう遠い過去のことだというのに。なんでこうも待たせやがる。
返したり返さなかったりの気まぐれな晋助の返信とはちがい、晋助からの便りに小太郎が返事を返さなかったことはなかった。それが、ない。
返事のないまま焦れて送ったつぎの便りは、だが宛先不明で戻された。高杉の家には電話も引かれていたが、江戸の松陽宅にはまだそれもなく。ぷっつりと途絶えた便りを訝しみ、募っていた不安は、ここにいたって耐えきれぬものとなる。
ちょうど上級の学校に上がったばかりだった晋助は、家を抜け出し江戸に向かった。まず確認とばかりに手紙の住所を訪ねる。だがそこは、すでにもぬけの殻だった。文字どおり、なにもかった。そこは更地になっていたのだ。
松陽宅で、ちいさな爆発事故があったのだという。ガス漏れが原因だった。松陽は江戸でもちいさな私塾を開いていて、そこで夜な夜な研究に没頭していた。没頭すると周りのことが見えなくなる。日常生活を忘れる。小太郎からの手紙でもときおりそのことに触れていたくらいだから、周りの住人も不慮の死を悼みはしても、ああ、あの先生なら、と、どこかしら合点がいってしまっているようでもあった。
聞けば半年もまえのこと。松陽は亡くなったが、その助手の養い子はあやうく難を逃れた。だが松陽の葬儀をすませ、細々とした身のまわりを片づけたあと、彼は律儀に引っ越しの挨拶をすませて、姿を消したのだという。だれも行く先を知らされていない。居宅は借家だったから大家が処分し整地したのだ。小太郎の踪跡はそこで、途絶えた。
晋助の受けた衝撃は大きかった。松陽が亡くなっていたこと、小太郎が行方知れずなこと、だがなによりも。小太郎はその事実をおのれになにひとつ告げぬままに消えてしまったのだ、ということが。なぜ。どうして。それは怒りにも似た激情だった。
自分はなんだったのか。小太郎にとっての自分は。自分という存在は。
晋助の足もとで、たしかにあったはずの大地が、音もなく崩壊した。
晋助がふたたび江戸の地を訪れたのは、その数年ののちになる。訪れたというより、流れ着いた、というべきか。
強圧的な外国資本の流入に、時代の変化はあまりに激しく、通信手段もまた郵便電信電話電脳へと加速度的に多様化したが、それをだれより交わしたいと願う相手は、いない。
あれ以来、晋助は荒れた。
戻った郷の高杉の家は、晋助にとって小太郎を見捨てた、ひいては、松陽の死と小太郎の失踪を招いた遠因でしかなく、そのおおもとは、あの大火にあった。その付け火の犯人さえ挙げられない宮仕えに愛想を尽かし、高杉家の頭領を継ぐ気も失せて、家を出た。
変名を名告り、流浪と放蕩の日々を送る。だがそのなかで拾ったうわさに、晋助は耳を疑った。疑ったあとこんどは猛然とそのうわさの出所を辿り事実を探り、予想だにもしなかった真相を突きとめる。
松陽の死は事故死ではない。あの爆発は仕組まれたものだったのだ、と。
壱・続 2008.07.22.
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舞い落ちる風花が、ようやく顔を覗かせた陽差しを受けてきらきらと輝く。一陣の風が光の粒を高く舞い上がらせた。そしてまたひらひらと落ちてくる。
それはさながらあの夜の、吹き上げる炎と舞い散る火の粉を思わせた。ちがうのは体感するその温度だったろう。凍てつくようないまと、遠巻きにも痛いほどのその熱さと。
墓石に背を凭せかけ降り積もった雪に蹲りながら、晋助は目を閉じた。
あれがすべてのはじまりで、きっと終わりだったのだ。
* * *
カンカンカンカン。半鐘が鳴り響く。
昼間、敬愛する私塾の先生が江戸へ発ってしまわれたことに、不貞寝していた晋助は、その音に飛び起きた。だが遠い。ああ、隣村の火の見櫓か。その村には大好きなひとがふたり住んでいる。いや、いた。昼間の別れを思い起こし晋助はまたふててふとんに潜り込もうとして、気づく。まだひとり住んでいるのだ。ようやくはっきり目が覚めて、あわてて廊下側の障子を開け放つ。夜空が赤く染まっていた。
未明の大火に晋助の住む界隈でも類焼を怖れてちょっとした騒ぎになった。そのさなか、家人の制止を振り切り駆けつけた晋助が目にしたのは、ひときわ激しく炎の立ちのぼる、村はずれの一角。幼なじみの住む武家屋敷だった。
火は、折悪しく夜半の強風に煽られて瞬く間に燃え広がった。闇夜を煌々と染める紅蓮の炎のまえには、ひとのちっぽけなちからは為すすべもなく。劫火はちいさな村ひとつをまるごと呑み込み、焼き尽くして、ようよう鎮まる気配を見せる。白んだ東の空に灰燼と帰した村里がその姿を浮かべつつあった。
多くのものが焼け出され、家を肉親をあるいはその両方を、失った。付け火だった。宵闇に乗じたなにものかが、村ただひとつの刀圭家(医者)の家に火を放ったのだ。村医者は晋助の幼なじみの生家である。
その火事で幼なじみの小太郎は生家と養家をともに失くした。
たくさんひとが死んだ。焼け野原で晋助は狂ったように小太郎の姿を探し求めた。まず養家に走り、次いで生家を辿り、空き家となっていた私塾の焼け跡までも訊ねる。郷内を一巡りしてふたたび辿り着いた小太郎の生家の跡で、焼け落ちて炭になった大黒柱をぼんやりと眺める、そのひとを見つけた。
白くなめらかな頬はすすけて、いつも高い位置できっちりとひとつに結われた黒髪もざんばらに乱れ、逃げ出したときのままの姿なのだろう、ところどころ焼け焦げた白い夜着から覗く、頸も手も足も細かった。
小太郎は物怖じしない性格で文武にも秀でていたから、これまで晋助はその細さに脆弱さを感じたことなどなかったというのに。現に私塾での剣術の仕合でだって勝てたためしがなかったのに。
そのときの彼は、細くて頼りなげに、いっそ儚くさえ、見えた。
その場を頑なにうごこうとしない小太郎に、晋助は付き合った。
小太郎は泣かなかった。泣かれたらどうしていいかわからなくなっただろうくせに、泣けばいいのにと思った。泣かないのか泣けないのか、晋助にはわからなかった。ただひとりにすることだけはできなかった。だからその場に並んで立って、立ちつくして、先にぶっ倒れた。
情けなかったが、そこでようやく小太郎が晋助を見た。地べたにへたり込んだ晋助のあたまを撫でて、ちいさく掠れた声で、ありがとう、と呟いた。
晋助はその手を取って、つよくつかんだ。行こう、と促して、ちからを振り絞って踏ん張って立ち上がる。どこへ、とは小太郎は云わず、晋助に導かれるままに、隣村のひときわ大きな武家屋敷への径を歩んだ。
幼なじみの小太郎は齢十二で天涯孤独の身となった。晋助が十歳(とお)の時のことだ。
晋助は、そのまま小太郎が自分のうちに住まうように、両親に頼み込んだ。当然の如く首を縦には振ってもらえなかった。焼け出されたひとは大勢いる。土地の名士として知られた高杉の家は、隣村の復興に奔走しなければならなかった。おのれの無力さに晋助は歯嚙みした。
養家の親戚は引き取りを渋り、生家には親戚がない。結局小太郎は、七年まえ生家と養家との縁を取り持った人物に引き取られることとなった。その人物が、江戸への道すがら大火のうわさを聞きつけ取って返してきた、松陽先生であったことが、まだしも晋助の救いとなった。
世話になることを躊躇う小太郎に、松陽は云った。
では、助手になってください。小太郎には、江戸で私の学術研究を手伝って欲しいのです。それなら、どうですか。
松陽は私塾を営むかたわら、近年異国からもたらされたという科学分野で、なにやら小難しそうななまえの研究を重ねていた。江戸へ移るのも、その最新の知識を得るためだったから、便宜上であっても小太郎を納得させられる。
弔いをすませ、ふたたび松陽とこんどはともに発つ小太郎を見送る晋助は、泣くのを怺えた。江戸は遠い。それは十の子どもには遠すぎる場所だった。
その日から、晋助が隣町に遊ぶことは二度となかった。
ときおり、思い出したように江戸の小太郎から文(ふみ)が届く。
晋助は、稀に添えられる写真で小太郎の成長を知ることとなった。
線の細さは変わらぬまま、つよい眼差しに年齢(とし)を追うごとに艶やかさが加わって、能面のごとく整った無表情な、だが美しいとしかいいようのない面差しは、ときに晋助をあらぬ方向で悩ませはじめる。
小太郎からの便りは、きっちりとした文字で日々のたわいのないことを意味もなく書き連ねるか、晋助への世話焼きとも小言とも取れることばの羅列か、だったが。晋助はこの幼なじみの、生真面目なくせにどこか頓狂で、だれより清んだ眼差しが好きだった。
身近な同郷の少女より、目のまえにいない幼なじみの写真一枚にどぎまぎする自分をおかしいと思った。思ったが、それが現実なのだからしかたがない。
その間に時代は急速に変わり始め、村々は統合されて町となり、もはや火の見櫓に半鐘で火事を知らせることもない。天人と呼ばれる異境の資本が雪崩れ込み、いまそれを知らせるのは、不安を煽るかのサイレンの音だ。
そんな世の急激な変化をよそに、小太郎との文の交換は晋助が十五になる年までゆるゆると、だが絶えることなく続いた。
「ちっ」
郵便受けを覗いて、晋助はきょうも舌打ちする。
小太郎からの手紙が来なくなって、ずいぶんになる。飛脚で文を届けた時代など、もう遠い過去のことだというのに。なんでこうも待たせやがる。
返したり返さなかったりの気まぐれな晋助の返信とはちがい、晋助からの便りに小太郎が返事を返さなかったことはなかった。それが、ない。
返事のないまま焦れて送ったつぎの便りは、だが宛先不明で戻された。高杉の家には電話も引かれていたが、江戸の松陽宅にはまだそれもなく。ぷっつりと途絶えた便りを訝しみ、募っていた不安は、ここにいたって耐えきれぬものとなる。
ちょうど上級の学校に上がったばかりだった晋助は、家を抜け出し江戸に向かった。まず確認とばかりに手紙の住所を訪ねる。だがそこは、すでにもぬけの殻だった。文字どおり、なにもかった。そこは更地になっていたのだ。
松陽宅で、ちいさな爆発事故があったのだという。ガス漏れが原因だった。松陽は江戸でもちいさな私塾を開いていて、そこで夜な夜な研究に没頭していた。没頭すると周りのことが見えなくなる。日常生活を忘れる。小太郎からの手紙でもときおりそのことに触れていたくらいだから、周りの住人も不慮の死を悼みはしても、ああ、あの先生なら、と、どこかしら合点がいってしまっているようでもあった。
聞けば半年もまえのこと。松陽は亡くなったが、その助手の養い子はあやうく難を逃れた。だが松陽の葬儀をすませ、細々とした身のまわりを片づけたあと、彼は律儀に引っ越しの挨拶をすませて、姿を消したのだという。だれも行く先を知らされていない。居宅は借家だったから大家が処分し整地したのだ。小太郎の踪跡はそこで、途絶えた。
晋助の受けた衝撃は大きかった。松陽が亡くなっていたこと、小太郎が行方知れずなこと、だがなによりも。小太郎はその事実をおのれになにひとつ告げぬままに消えてしまったのだ、ということが。なぜ。どうして。それは怒りにも似た激情だった。
自分はなんだったのか。小太郎にとっての自分は。自分という存在は。
晋助の足もとで、たしかにあったはずの大地が、音もなく崩壊した。
晋助がふたたび江戸の地を訪れたのは、その数年ののちになる。訪れたというより、流れ着いた、というべきか。
強圧的な外国資本の流入に、時代の変化はあまりに激しく、通信手段もまた郵便電信電話電脳へと加速度的に多様化したが、それをだれより交わしたいと願う相手は、いない。
あれ以来、晋助は荒れた。
戻った郷の高杉の家は、晋助にとって小太郎を見捨てた、ひいては、松陽の死と小太郎の失踪を招いた遠因でしかなく、そのおおもとは、あの大火にあった。その付け火の犯人さえ挙げられない宮仕えに愛想を尽かし、高杉家の頭領を継ぐ気も失せて、家を出た。
変名を名告り、流浪と放蕩の日々を送る。だがそのなかで拾ったうわさに、晋助は耳を疑った。疑ったあとこんどは猛然とそのうわさの出所を辿り事実を探り、予想だにもしなかった真相を突きとめる。
松陽の死は事故死ではない。あの爆発は仕組まれたものだったのだ、と。
壱・続 2008.07.22.
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