あけましておめでとうございます。
新年一発目の更新は、坂桂。て、離れ家的にはどうなんだろうか。
年末に上げたかったけど、ことばの翻訳と修正に時間を食われ。
坂本の土佐弁、それでもやはり限界が。大目に見てね。
というわけで、連作「天涯の遊子」、坂桂篇。
長くなったので、分割。4回予定。
坂本と桂のお話。戦後から紅桜前まで。攘夷時代も行ったり来たり。
銀時と高杉は話の要所として絡んでくるも、直接の出番はなし。
後半、銀桂前提の坂桂微エロあり、注意。
「おんしゃぁまだ生きちょったがかぁ」
会うなりぎゅうっと抱きしめる。あいかわらずちんまいからだだ、と坂本はおもった。
縹色の袷に薄縹の羽織というさらりとした出で立ちは、桂の凄艶さを増すのに一役買っていたが、そのゆったりとした着衣の中身は、華奢と云いたくなるほどに細い。
「頭。出航は72時間後やき。遅れんように」
「わかちゅう、わかちゅうから。ぞうをもむな、陸奥」
甲板の上、編み笠姿で船艦(ふね)からターミナルに荷を下ろす隊員に指図しながら陸奥が云うのに、坂本は桂を抱きしめたまま返す。表情ひとつ変えず、坂本のするにまかせていた桂は、眼前の太平楽の頭をぽかりと叩いて、いつもの能面のごとき静謐な顔で陸奥に問うた。
「よいのか。陸奥殿。頭が三日も留守にして」
「いたところで、どうせ役にゃ立たん」
「どんな頭なのだ、おまえは。坂本」
さりげないしぐさで、抱きしめる坂本の腕からするりと抜け出る。こんなところも、桂はあのころと変わらない。いや、ますます手に負えなくなったろうか。ほがなところもたのしみぜよ、と坂本は久方ぶりの逢瀬にわくわくしていた。そのあほ面を見透かしたように陸奥が無表情のまま溜息をつく。
「江戸への船中、煩うてかぇわなかった。桂さん桂さんゆうて」
「ほがなことゆうても小太郎と会うのは何ヶ月かぶりぜよ。なに、頭なんちゅうもんは、大事なときの判断さえまちがわんかったら、ほきえいがちや。わしゃ陸奥を信頼しゆうからな」
「こがなのうだ。桂さんも三日もこがなやつに貼り付かれては迷惑ろうが、よろしく相手をしてようようおせ」
「なに、慣れている。戦地では、毎日のように面付き合わせていたこともあったゆえな。しかもこいつは当時から、すきんしっぷとか、ぼでぃーらんげーじとかいうのが激しかった。陣を三日も明けようものなら、顔を見るなり、頬に口を押しつけてきおって」
「あっはっはっ」
部下にもかつての盟友にも云われ放題なのを意に介すでもなく、坂本は片腕を桂の肩に回し
「ほなら、あとはまかせるきに。行こうか、こたろ」
船橋へと、桂の背を押し、踏み出した。
「すまぬな、陸奥殿。では、借りてゆく」
云って、桂は手にしていた白い布状の珍妙な人型のようなものを、あたまからすっぽりと被り直す。愛するペットを模った、変装用具であるらしい。ゆえに袷の足元は、足袋に草履ではなく、黄色い水掻きのような履き物だ。
送り出す陸奥に、ばいびー、と幼子のように小さく手を振りながら、桂は船橋に脚をかけた。
その後ろ姿に陸奥は目を細める。わからんおひとだ、とおもう。頭にも、子どものように単純な面と懐の大きさとが共存しているが、その旧友の現攘夷派党首はまじめ一方の堅物かと思えば、輪をかけて無邪気な、天衣無縫といっていい振る舞いをするときがあり、頭の切れる陸奥にもけしてつかませない奥底の見えない不気味さがあった。だがその不気味さを、陸奥はけして嫌いではない。おのれに量りきれる男など、つまらない。頭が桂にかまけすぎるようなら問題だが、坂本は、ああ見えておのれの仕事はきっちりこなす男だった。ふたりの姿を消えるまで見送ることなく、陸奥は現場の指揮に戻った。
「会いたかったがぁー。小太郎」
桂の肩を抱き、あらためて坂本は頬をくっつけんばかりに、顔を擦り寄せる。もじゃもじゃの毛玉のような髪が、さらりとまっすぐに伸びた黒髪に絡む。
「大袈裟なやつだな。たかだか数ヶ月、顔を合わせなかっただけではないか。以前は何年も会ってなどいなかったというのに」
ターミナル口で待たせていた黒塗りの駕籠屋に乗り込み、変装を解いてすぐの傍若無人な振る舞いに動じるでもなく、桂は毛玉を慰撫しながらやんわりと押し返した。濃色の硝子越しの坂本の眸が愛おしげに弛んでいる。
坂本が攘夷を抜けてのち桂に再会したのは、その数年後敗戦の決定的となってから、まだ間もないころである。当時江戸から離れた場所に潜伏していた桂の、隠れ家を見つけひょっこり顔を出したのだ。あいかわらずからからと笑い、底の抜けた明るさでなんやかやと差し入れてきた坂本に、要らぬ世話だ、と返しながらも桂は、至極当然のようにそれを受けた。そのころには坂本は貿易商として頭角を現しており、そこそこのゆとりを得るまでになっていたことを、承知していたのかもしれない。戦後の桂の暮らし向きを秘かに案じてのことだったが、桂のもとにとどまり、あるいはあらたに加わった攘夷志士たちが、それぞれに生活の道を得始めると、桂もまた、おのれの手で生活費などを工面しはじめた。
桂が坂本の援助を拒まなかったのは、同志たちの生活の安定するまでを、見計らってのことだったのだろう。あまりの桂らしさに、坂本はあっさり手を退いた。とはいっても、差し入れをやめたわけではない。当座の食料品や暮らし向きに役立つような品などから、桂がよろこびそうなかわいらしいものや珍奇な物品などに変わっただけのことである。
爾来、坂本は江戸に立ち寄るたび、ころころ変わる桂の隠遁場所を探り当て、土産と称してあれやこれやを勝手に置いて帰る。お互い忙しい身ゆえ顔を合わせずじまいのこともままあったが、再会後は坂本からの連絡が途絶えることはなく、桂のほうもそれが可能なときには隠れ家を告げておくようになった。天人のこの国の実権掌握後には電脳での伝達も可能になったこともあり、桂はそれを利用するのに、妙なこだわりを捨てた。よい変化だと坂本はおもう。それが天人によってもたらされたものであろうと、利用できるものは便利に利用すればよい。天人こそが幕府を傀儡にこの国そのものを利用しているのだから。
そんなわけで坂本はいま、攘夷の盟友同士としても、貿易商社社長と攘夷派党首としても、桂と交誼を結んでいる。だが結んでいるわりに、直に会える機会はめっきり少ないのだった。
「やき、いまはよけいに会いたくなるちや。おんしはまだ、宇宙(そら)に出てみる気にゃならんがか?」
「その話ならするだけ無駄だ」
にべもない桂に坂本はおもわず苦笑を漏らした。駕籠の後部座席の背に両腕を広げて伸びをする。
「変わらんのぉ。けんど、そうはゆうたち、おんしとて無駄(いかん)とわかっていて、金時を攘夷に誘っちゅう。わしとぶっちゅうじゃいか」
「金時ではない、銀時だ。てか、耳が早いな。坂本。おれが銀時と再会したことをいつ知った。連絡を入れた覚えはないのだが」
背もたれに後頭部をあずけて、坂本は天を仰ぎ見、思い出すかのようにつぶやく。
「春雨とやりおうたゆう話。うわさに聞こえてきた海賊姿のふたり。ひとりはどう考えても、おんしやか。わしの贈った衣裳が役に立ったがは、うれしかったがで。そこでおんしと組んで暴れ回ったというからにゃ、金時以外には考えられん」
「うむ。たしかにあれは重宝した。なかなか似合っておったのだぞ。おれも銀時も。貴様にもおれたちの勇姿を見せてやりたかったくらいだ」
「そういうたのしいことをやるときにゃ、事前(ことがけ)に声をかけてくれ」
「貴様はもう、木刀すらも持たぬのだろう?」
「いまは、こんがあるがやき」
坂本は片手で蘇芳色の外套の胸元を軽く押さえた。堅い異物の感触を確かめる。短銃だ。
「だがおれのほうは無駄ではないぞ。おれが攘夷を捨て宇宙に出るなぞ天地がひっくり返ってもありえんが、銀時はまた攘夷にもどるやもしれぬ」
坂本は首を振った。
「おのれが信じちゃあせんことを、他人に信じさせようとしたちいかんろう。のう、小太郎」
桂がすっと目を細める。
「…いやなやつだ。貴様も変わってはおらん」
「そうじゃ。変わらずおんしを好いちゅう。こればあに」
道化た口調で、坂本は桂と自分のまえに大きく両手を広げて見せた。
「いまの金時の暮らしぶりも確かめた。おんしは、金時を引っかき回しはしたち、打ち砕くまねのこたうひとじゃーないがのやき、いかんちや」
慈しむように、云う。それが伝わったのか、
「…銀時、だ。坂本。わかっているなら、もう云うな」
めずらしく、つねに意志の光を宿す強い眼差しを心持ち伏せ、桂は仄かな微笑を浮かべてみせた。
見ているほうがせつなくなるような笑みだった。天を仰いで坂本は嘆息する。
「たのむがやき、ほがな顔を見せんでくれんか。わしは、たまらん」
それでなくとも、桂の体温を感じられる近さにいるのに。
「あ、駕籠屋どの。そこの四つ辻だ。そこで停めてくれ」
そんな空気をぶちこわす勢いでふいに運転手に告げると。桂はとなりに、掌を上に向けて出し催促する。坂本はひとつ息を吐(つ)いて、懐から革の、分厚い財布を取り出した。
降りた四つから、二つ先を右に折れ、次をさらに右に折れて、ゆっくりと歩を進めながら背後と周囲を窺って、最後に左に折れた。ふたりのほかなにものの気配もない。身についた習性なのだろう。桂はすたすたと先を行く。
「いや、たすかった。資金もつねに潤沢というわけにはいかぬでな」
「おんしの駕籠代くらい、いつでも面倒を見ちゃるき」
袂に腕を突っ込んだまま、桂は悪びれもしない。坂本も心得たもので、云って頬に口を寄せてくる。礼のつもりか、桂は黙ってそれを受けた。久しぶりの感触は、坂本になじみのある柔らかさを、まだ充分に残していた。さほど年齢(とし)は変わらないはずだが、その冴えた容色とあいまって、とてもおなじ年代のおとこには見えない。
「おりょうちゃんは、どうした。陸奥殿にも、しばかれるぞ」
「おりょうちゃんはしょうえいおなごだ。陸奥はできたおなごだ。わしは、皆を好いちゅうよ」
にこにこと、坂本もまた、悪びれない。
「けんどおんしはまた、ちっくと意味がちがっちゅうからな。こたろ」
「侍なら、男として、ちゃんと責任を持てよ」
軽口でいいよるのを取り合わず、桂は坂本を促して門口へと回る。
「あっはっはぁっ。ほがな心配は、おりょうちゃんにも陸奥にも、ありゃしやーせん」
「ほかのおなごにならあるのであろうが」
責めるでもない淡々としたもの云いに、坂本はしらっと云い切った。
「ほんなら、まずおんしに責任をとらせてくれんか」
玄関まえの庭先の木戸に手をかけたところで、桂がなにか云おうとして振り返る。そのとき、がらがら、という音とともに
『お帰りなさい、桂さん。ご無事でしたか』
の看板を手に掲げ、桂の変装のモデル、かつて坂本の手みやげだった白いものが迎えに出た。
続 2008.01.02.
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「おんしゃぁまだ生きちょったがかぁ」
会うなりぎゅうっと抱きしめる。あいかわらずちんまいからだだ、と坂本はおもった。
縹色の袷に薄縹の羽織というさらりとした出で立ちは、桂の凄艶さを増すのに一役買っていたが、そのゆったりとした着衣の中身は、華奢と云いたくなるほどに細い。
「頭。出航は72時間後やき。遅れんように」
「わかちゅう、わかちゅうから。ぞうをもむな、陸奥」
甲板の上、編み笠姿で船艦(ふね)からターミナルに荷を下ろす隊員に指図しながら陸奥が云うのに、坂本は桂を抱きしめたまま返す。表情ひとつ変えず、坂本のするにまかせていた桂は、眼前の太平楽の頭をぽかりと叩いて、いつもの能面のごとき静謐な顔で陸奥に問うた。
「よいのか。陸奥殿。頭が三日も留守にして」
「いたところで、どうせ役にゃ立たん」
「どんな頭なのだ、おまえは。坂本」
さりげないしぐさで、抱きしめる坂本の腕からするりと抜け出る。こんなところも、桂はあのころと変わらない。いや、ますます手に負えなくなったろうか。ほがなところもたのしみぜよ、と坂本は久方ぶりの逢瀬にわくわくしていた。そのあほ面を見透かしたように陸奥が無表情のまま溜息をつく。
「江戸への船中、煩うてかぇわなかった。桂さん桂さんゆうて」
「ほがなことゆうても小太郎と会うのは何ヶ月かぶりぜよ。なに、頭なんちゅうもんは、大事なときの判断さえまちがわんかったら、ほきえいがちや。わしゃ陸奥を信頼しゆうからな」
「こがなのうだ。桂さんも三日もこがなやつに貼り付かれては迷惑ろうが、よろしく相手をしてようようおせ」
「なに、慣れている。戦地では、毎日のように面付き合わせていたこともあったゆえな。しかもこいつは当時から、すきんしっぷとか、ぼでぃーらんげーじとかいうのが激しかった。陣を三日も明けようものなら、顔を見るなり、頬に口を押しつけてきおって」
「あっはっはっ」
部下にもかつての盟友にも云われ放題なのを意に介すでもなく、坂本は片腕を桂の肩に回し
「ほなら、あとはまかせるきに。行こうか、こたろ」
船橋へと、桂の背を押し、踏み出した。
「すまぬな、陸奥殿。では、借りてゆく」
云って、桂は手にしていた白い布状の珍妙な人型のようなものを、あたまからすっぽりと被り直す。愛するペットを模った、変装用具であるらしい。ゆえに袷の足元は、足袋に草履ではなく、黄色い水掻きのような履き物だ。
送り出す陸奥に、ばいびー、と幼子のように小さく手を振りながら、桂は船橋に脚をかけた。
その後ろ姿に陸奥は目を細める。わからんおひとだ、とおもう。頭にも、子どものように単純な面と懐の大きさとが共存しているが、その旧友の現攘夷派党首はまじめ一方の堅物かと思えば、輪をかけて無邪気な、天衣無縫といっていい振る舞いをするときがあり、頭の切れる陸奥にもけしてつかませない奥底の見えない不気味さがあった。だがその不気味さを、陸奥はけして嫌いではない。おのれに量りきれる男など、つまらない。頭が桂にかまけすぎるようなら問題だが、坂本は、ああ見えておのれの仕事はきっちりこなす男だった。ふたりの姿を消えるまで見送ることなく、陸奥は現場の指揮に戻った。
「会いたかったがぁー。小太郎」
桂の肩を抱き、あらためて坂本は頬をくっつけんばかりに、顔を擦り寄せる。もじゃもじゃの毛玉のような髪が、さらりとまっすぐに伸びた黒髪に絡む。
「大袈裟なやつだな。たかだか数ヶ月、顔を合わせなかっただけではないか。以前は何年も会ってなどいなかったというのに」
ターミナル口で待たせていた黒塗りの駕籠屋に乗り込み、変装を解いてすぐの傍若無人な振る舞いに動じるでもなく、桂は毛玉を慰撫しながらやんわりと押し返した。濃色の硝子越しの坂本の眸が愛おしげに弛んでいる。
坂本が攘夷を抜けてのち桂に再会したのは、その数年後敗戦の決定的となってから、まだ間もないころである。当時江戸から離れた場所に潜伏していた桂の、隠れ家を見つけひょっこり顔を出したのだ。あいかわらずからからと笑い、底の抜けた明るさでなんやかやと差し入れてきた坂本に、要らぬ世話だ、と返しながらも桂は、至極当然のようにそれを受けた。そのころには坂本は貿易商として頭角を現しており、そこそこのゆとりを得るまでになっていたことを、承知していたのかもしれない。戦後の桂の暮らし向きを秘かに案じてのことだったが、桂のもとにとどまり、あるいはあらたに加わった攘夷志士たちが、それぞれに生活の道を得始めると、桂もまた、おのれの手で生活費などを工面しはじめた。
桂が坂本の援助を拒まなかったのは、同志たちの生活の安定するまでを、見計らってのことだったのだろう。あまりの桂らしさに、坂本はあっさり手を退いた。とはいっても、差し入れをやめたわけではない。当座の食料品や暮らし向きに役立つような品などから、桂がよろこびそうなかわいらしいものや珍奇な物品などに変わっただけのことである。
爾来、坂本は江戸に立ち寄るたび、ころころ変わる桂の隠遁場所を探り当て、土産と称してあれやこれやを勝手に置いて帰る。お互い忙しい身ゆえ顔を合わせずじまいのこともままあったが、再会後は坂本からの連絡が途絶えることはなく、桂のほうもそれが可能なときには隠れ家を告げておくようになった。天人のこの国の実権掌握後には電脳での伝達も可能になったこともあり、桂はそれを利用するのに、妙なこだわりを捨てた。よい変化だと坂本はおもう。それが天人によってもたらされたものであろうと、利用できるものは便利に利用すればよい。天人こそが幕府を傀儡にこの国そのものを利用しているのだから。
そんなわけで坂本はいま、攘夷の盟友同士としても、貿易商社社長と攘夷派党首としても、桂と交誼を結んでいる。だが結んでいるわりに、直に会える機会はめっきり少ないのだった。
「やき、いまはよけいに会いたくなるちや。おんしはまだ、宇宙(そら)に出てみる気にゃならんがか?」
「その話ならするだけ無駄だ」
にべもない桂に坂本はおもわず苦笑を漏らした。駕籠の後部座席の背に両腕を広げて伸びをする。
「変わらんのぉ。けんど、そうはゆうたち、おんしとて無駄(いかん)とわかっていて、金時を攘夷に誘っちゅう。わしとぶっちゅうじゃいか」
「金時ではない、銀時だ。てか、耳が早いな。坂本。おれが銀時と再会したことをいつ知った。連絡を入れた覚えはないのだが」
背もたれに後頭部をあずけて、坂本は天を仰ぎ見、思い出すかのようにつぶやく。
「春雨とやりおうたゆう話。うわさに聞こえてきた海賊姿のふたり。ひとりはどう考えても、おんしやか。わしの贈った衣裳が役に立ったがは、うれしかったがで。そこでおんしと組んで暴れ回ったというからにゃ、金時以外には考えられん」
「うむ。たしかにあれは重宝した。なかなか似合っておったのだぞ。おれも銀時も。貴様にもおれたちの勇姿を見せてやりたかったくらいだ」
「そういうたのしいことをやるときにゃ、事前(ことがけ)に声をかけてくれ」
「貴様はもう、木刀すらも持たぬのだろう?」
「いまは、こんがあるがやき」
坂本は片手で蘇芳色の外套の胸元を軽く押さえた。堅い異物の感触を確かめる。短銃だ。
「だがおれのほうは無駄ではないぞ。おれが攘夷を捨て宇宙に出るなぞ天地がひっくり返ってもありえんが、銀時はまた攘夷にもどるやもしれぬ」
坂本は首を振った。
「おのれが信じちゃあせんことを、他人に信じさせようとしたちいかんろう。のう、小太郎」
桂がすっと目を細める。
「…いやなやつだ。貴様も変わってはおらん」
「そうじゃ。変わらずおんしを好いちゅう。こればあに」
道化た口調で、坂本は桂と自分のまえに大きく両手を広げて見せた。
「いまの金時の暮らしぶりも確かめた。おんしは、金時を引っかき回しはしたち、打ち砕くまねのこたうひとじゃーないがのやき、いかんちや」
慈しむように、云う。それが伝わったのか、
「…銀時、だ。坂本。わかっているなら、もう云うな」
めずらしく、つねに意志の光を宿す強い眼差しを心持ち伏せ、桂は仄かな微笑を浮かべてみせた。
見ているほうがせつなくなるような笑みだった。天を仰いで坂本は嘆息する。
「たのむがやき、ほがな顔を見せんでくれんか。わしは、たまらん」
それでなくとも、桂の体温を感じられる近さにいるのに。
「あ、駕籠屋どの。そこの四つ辻だ。そこで停めてくれ」
そんな空気をぶちこわす勢いでふいに運転手に告げると。桂はとなりに、掌を上に向けて出し催促する。坂本はひとつ息を吐(つ)いて、懐から革の、分厚い財布を取り出した。
降りた四つから、二つ先を右に折れ、次をさらに右に折れて、ゆっくりと歩を進めながら背後と周囲を窺って、最後に左に折れた。ふたりのほかなにものの気配もない。身についた習性なのだろう。桂はすたすたと先を行く。
「いや、たすかった。資金もつねに潤沢というわけにはいかぬでな」
「おんしの駕籠代くらい、いつでも面倒を見ちゃるき」
袂に腕を突っ込んだまま、桂は悪びれもしない。坂本も心得たもので、云って頬に口を寄せてくる。礼のつもりか、桂は黙ってそれを受けた。久しぶりの感触は、坂本になじみのある柔らかさを、まだ充分に残していた。さほど年齢(とし)は変わらないはずだが、その冴えた容色とあいまって、とてもおなじ年代のおとこには見えない。
「おりょうちゃんは、どうした。陸奥殿にも、しばかれるぞ」
「おりょうちゃんはしょうえいおなごだ。陸奥はできたおなごだ。わしは、皆を好いちゅうよ」
にこにこと、坂本もまた、悪びれない。
「けんどおんしはまた、ちっくと意味がちがっちゅうからな。こたろ」
「侍なら、男として、ちゃんと責任を持てよ」
軽口でいいよるのを取り合わず、桂は坂本を促して門口へと回る。
「あっはっはぁっ。ほがな心配は、おりょうちゃんにも陸奥にも、ありゃしやーせん」
「ほかのおなごにならあるのであろうが」
責めるでもない淡々としたもの云いに、坂本はしらっと云い切った。
「ほんなら、まずおんしに責任をとらせてくれんか」
玄関まえの庭先の木戸に手をかけたところで、桂がなにか云おうとして振り返る。そのとき、がらがら、という音とともに
『お帰りなさい、桂さん。ご無事でしたか』
の看板を手に掲げ、桂の変装のモデル、かつて坂本の手みやげだった白いものが迎えに出た。
続 2008.01.02.
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