「天涯の遊子」過去篇・村塾幼少期。
銀時、桂、高杉、松陽、桂家家人。
子銀が松陽のもとで子桂・子高と出会ってから、しばらくして。
前後篇。前篇。
連作時系列では、銀桂篇の最初「払暁」のつづきにあたるものがたり。
「もちをつくぞ、銀時」
ぱたぱたと軽い足音を立てて近づいてきた華奢な人影が、銀時をつかまえるなり、そう云った。
「もち? て、あのかちこちでかぺかぺの、焼くとふくらんでなんとか食えるやつ?」
それが常態の気だるげな目で、銀時は目のまえで白い顔を冬の寒風に赤く染めた、小太郎を見た。少し息が弾んでいる。ここまで走ってきたらしい。
きょうは松陽の私塾も休みで、養い子にあたえられた元は客間の一室の縁側で、愛刀を抱えたままごろごろとひなたぼっこをしていた銀時を、庭先からまわってみつけたのだった。
「?? 焼くとふくらむのはそうだが、もちというのはしろくてぷわんぷわんでぷにぷにしている食いものだぞ。つきたてはあんこやきなこや大根おろしにまぶして…」
と、そこまで云って小太郎はことばを切った。縁側に起きあがった銀時の顔を覗き込むように見つめる。その顔の近さに、銀時はどきりとして思わずあとずさった。
間近で見るそれは、心臓にわるい。初対面のときから、きれいだなと自然に感じてしまっていた容姿には、あれからひと月以上は経つというのに、まだ慣れない。川の水に濡れた下帯一枚の姿をこの目で見ていなければ、おなじものがついているとはとても思えなかった。いや、男とか女とかではない。銀時がこれまで見たことのあるどんなものより、小太郎はきれいなのだった。
「そうか。銀時はつきたてを食ったことがないのだな。あれはうまいぞ」
見つめたあげく、思い当たったようにそう云って小太郎は口許をゆるめる。
「つきたての、もち?」
想像がつかなくて、銀時は眉を顰めた。
たしかに焼けば食えるが、銀時が食べたことのあるそれは、たいがいが神社などのお供えをくすねたものだったから、黴びてなければめっけもの、というくらいでさしてうまかった記憶はない。それでも稗や粟にくらべればごちそうだったし腹にたまるしで、放浪生活に等しかった銀時の、冬の貴重な食料だった。
「それ、おまえんちでつくるの?」
「うむ。としのせには決まって家中で、もちつきをするのだが。今年はきさまも呼んでよいと、父上のおゆるしをいただいたのだ」
「え…」
小太郎の家、すなわち桂家は近在ではそれなりに名の通った武家で、上士の高杉家ほどの格式ではないが、年の瀬の家中の餅つき、なるものがどんなものか見当のつかない銀時でも、二の足を踏むには充分な家格だった。とはいえ、格式に臆しているわけではない。自分の外見が異質なものである自覚が銀時にはあった。それゆえ忌避と排除の対象になった記憶は、まだごく生々しいものなのだ。
「おぼれた子をたすけたときの話をしたら、ぜひにと」
整いすぎて表情の薄い顔や平板なもの云いからは、銀時とはまた違った意味で感情の読み取りづらい小太郎だったが、どうやらいまは喜んでいるらしい。銀時は無意識に、おのれの癖のつよい白銀髪に指を搦めて、問い返した。
「おめーさ、ちゃんと話した? 俺のこの髪とか、目の色とか」
「むろんだ。銀時はしろくてふわふわで、雪うさぎのような目をしていると、ちゃんと云ってあるぞ」
などと云って、胸を張る。
妙にかわいらしい形容をされて、銀時はむずがゆくなった。なんだか頬に血が昇ってくる気がして、ひなたぼっこのしすぎかと思う。
「しろくてふわふわって。なんだよ、それ」
わざとぶっきらぼうなもの云いで腹を掻きながら胡座をかく。さすがにこの季節に単衣というわけではないが、銀時は丈の短めの袷にぶかぶかの丹前を羽織っただけの格好で、袴などはあいかわらず身につけていない。小太郎のほうはちいさいながらも袷羽織に袴姿で、首には襟巻きを巻いている。
だらしのないかっこうで、こんなところで寝ていると風邪をひくぞ。そう咎めてから、小太郎は銀時の髪に手を伸ばした。
「だって、しろいし、ふわふわのくるくるじゃないか」
「くるくるってゆーな」
髪に触れてくる細い手を反射的に避けようとして、咄嗟に思いとどまった。避けたら小太郎が悲しむような気がしたのだ。けれどなぜそう感じたのかが、銀時にはわからなかった。
その応えはすぐ、小太郎がくれた。
ちいさな掌で、銀時の白銀髪をそっと撫でるようにして、癖っ毛をその指で梳く。こころなし笑んでさえいるようだ。
「このしろふわは、きさまの紅い眸によく映えて、とても似合う」
一瞬。呼吸が止まったような錯覚に銀時は囚われた。小太郎の眸はまっすぐで、揶揄われているのではないと知れる。
「…………なんだ?」
思わずじっとみつめてしまっていたらしく、小太郎が怪訝そうに見返してきた。
「…や、似合っててもうれしくねーから」
うそだった。
似合ってるとかどうとかなんかはどうでもいい。この白銀髪を肯定的に見てくれたことに驚いていたのだ。銀時の特異な風貌を松陽は気にすることなく受け入れてくれた最初の人間だったが、この髪や目を、おのれの勘違いでなければ、褒められたのは初めてだ。
驚きは同時に面映ゆいうれしさをともなってきて、銀時を焦らせる。
「なんでだ。きれいなのに」
いやいやいやいや。ちがうだろそれ。ちがう。それを云うなら。
「おめーのほうじゃん」
「おれ?」
そう返して小首を傾げた拍子に、あたまのうしろで高く結われた長い黒髪がさらさらと肩口から胸もとへ流れるように零れてきて。
「きれーなのはおめーじゃん。髪、黒くてまっすぐでつやつやでさらさらで」
思わず見たままの本音を口にしてしまっていた。
「俺、小太郎の髪、好きだわ」
きょとんとした顔で、小太郎が銀時をみる。
「そうか? そんなこと面と向かって云われたのは初めてだが」
「…あ。いやあのちがういまのは、その、あれだ。その」
我に返って周章てて取り繕おうとする銀時に、小太郎はとくに頓着もせず、となりに腰をおろすと。
「それでだな。なにより松陽先生のお宅の預かり子ならまちがいはなかろうと、母上も仰って。喜んでおられた。おれが晋助以外の子を招いたのがめずらしかったらしい」
「あ、そ。…ふうん」
こっぱずかしい発言を軽く聞き流された気がして、ほっとするやらむっとするやらで目まぐるしい気分のまま、銀時は相づちを打つ。
ああ、なんかつかれる。あれひょっとして俺、こいつに振り回されてない?
そういや、最初(はな)から妙なやつだったっけ。自分が率先して溺れた子の窮地を救ったくせに、それを手助けしただけの銀時に真っ先に礼を云うようなやつだ。この外見に怯むでなく、蔑むでなく。
小太郎は良家の子息らしく品のいい優等生だが、どうも、ただ優等生という括りには納まりきらないきらいがあって、至極生真面目な発言でおなじ塾生に煙たがられたり、そのくせ好奇心旺盛で面倒見がよいものだから頼られたり、自分が納得しなければ大のおとなにも正面切って意見したり、あげく突拍子もない無茶もやったりで、周囲からやや浮いているところがある。
というのが、出会ってからこれまでに銀時が抱いた印象だったから、そんな小太郎と兄弟であるかのように常日頃をともに過ごしている晋助だけが、唯一小太郎の友らしい友なのだろう。
「松陽先生のおゆるしもいただいた。だから、来い。約束だぞ」
「いいけど」
おとうとくんがいやがるんじゃね? と、出掛かったことばは呑み込んだ。
* * *
ぺったん。ほい。ぺったん。ほい。
餅つきの音と掛け声のあいまあいまに、ひそひそ声がする。
「なんであいつがいるんだよ。小太郎」
「呼んだのだからいるのはあたりまえだろう」
「だから。なんで呼んだのかって、きいてるんだ」
ああ、やってらぁ。
つきあがっていく餅のぬくもりを帯びた匂いに、最初半信半疑だった銀時も臼の覗けるほどの近くで、できあがりをいまかいまかと待っている。その背後の少し離れた場所から漏れ聞こえてくる会話に、内心で溜息をついた。
やっぱりな。溺れる子をたすける小太郎をたすける、という出会いが出会いだったためか最初から屈託のなかった小太郎に対し、人見知りの激しいらしい晋助は突如現れた異形をあいてに、あきらかに身構えていた。だがほかの連中と一線を画していたのは、銀時の特異な外見や謎の境遇に対して気後れしているのではけしてなく、松陽や小太郎に近づくものとして、警戒しているようなそぶりだったことだ。
銀時を遠巻きに眺めてこそこそと陰口するような塾生ならば、むしろそれがふつうの反応だったから、気にもとめなかったろう。だが晋助は、松陽先生が連れてきて、小太郎が口をきくから、しかたなく自分もつきあってやっているのだ、というのがあからさまだった。それを取り繕おうとしないあたり、いっそすがすがしいほどだ。
だからこの短いあいだに、こいつにとっては松陽と小太郎だけが特別なのだと銀時が認識するに至ったわけだが。小太郎のほうはその自覚があるのかないのか、まったく気にもとめずに銀時を誘ってしまったわけだから、晋助の反応は予想どおりのことである。
だがしかし。
「晋助と、銀時と、いっしょにもちを食いたかったからだが?」
あまりに淡々と衒いなく小太郎に返されて、晋助がことばにつまっている。怒ったらいいのか喜んだらいいのかわからなくなったのだろう、そのまま黙り込んでしまった。
背中でやりとりを聞いていた銀時のほうも、ぽり、と鼻のあたまを掻く。
なんだかな。やっぱりへんなやつ。
周囲を生け垣に囲まれた桂家の屋敷の中庭に、甘い匂いが漂ってきた。
続 2008.11.19.
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「もちをつくぞ、銀時」
ぱたぱたと軽い足音を立てて近づいてきた華奢な人影が、銀時をつかまえるなり、そう云った。
「もち? て、あのかちこちでかぺかぺの、焼くとふくらんでなんとか食えるやつ?」
それが常態の気だるげな目で、銀時は目のまえで白い顔を冬の寒風に赤く染めた、小太郎を見た。少し息が弾んでいる。ここまで走ってきたらしい。
きょうは松陽の私塾も休みで、養い子にあたえられた元は客間の一室の縁側で、愛刀を抱えたままごろごろとひなたぼっこをしていた銀時を、庭先からまわってみつけたのだった。
「?? 焼くとふくらむのはそうだが、もちというのはしろくてぷわんぷわんでぷにぷにしている食いものだぞ。つきたてはあんこやきなこや大根おろしにまぶして…」
と、そこまで云って小太郎はことばを切った。縁側に起きあがった銀時の顔を覗き込むように見つめる。その顔の近さに、銀時はどきりとして思わずあとずさった。
間近で見るそれは、心臓にわるい。初対面のときから、きれいだなと自然に感じてしまっていた容姿には、あれからひと月以上は経つというのに、まだ慣れない。川の水に濡れた下帯一枚の姿をこの目で見ていなければ、おなじものがついているとはとても思えなかった。いや、男とか女とかではない。銀時がこれまで見たことのあるどんなものより、小太郎はきれいなのだった。
「そうか。銀時はつきたてを食ったことがないのだな。あれはうまいぞ」
見つめたあげく、思い当たったようにそう云って小太郎は口許をゆるめる。
「つきたての、もち?」
想像がつかなくて、銀時は眉を顰めた。
たしかに焼けば食えるが、銀時が食べたことのあるそれは、たいがいが神社などのお供えをくすねたものだったから、黴びてなければめっけもの、というくらいでさしてうまかった記憶はない。それでも稗や粟にくらべればごちそうだったし腹にたまるしで、放浪生活に等しかった銀時の、冬の貴重な食料だった。
「それ、おまえんちでつくるの?」
「うむ。としのせには決まって家中で、もちつきをするのだが。今年はきさまも呼んでよいと、父上のおゆるしをいただいたのだ」
「え…」
小太郎の家、すなわち桂家は近在ではそれなりに名の通った武家で、上士の高杉家ほどの格式ではないが、年の瀬の家中の餅つき、なるものがどんなものか見当のつかない銀時でも、二の足を踏むには充分な家格だった。とはいえ、格式に臆しているわけではない。自分の外見が異質なものである自覚が銀時にはあった。それゆえ忌避と排除の対象になった記憶は、まだごく生々しいものなのだ。
「おぼれた子をたすけたときの話をしたら、ぜひにと」
整いすぎて表情の薄い顔や平板なもの云いからは、銀時とはまた違った意味で感情の読み取りづらい小太郎だったが、どうやらいまは喜んでいるらしい。銀時は無意識に、おのれの癖のつよい白銀髪に指を搦めて、問い返した。
「おめーさ、ちゃんと話した? 俺のこの髪とか、目の色とか」
「むろんだ。銀時はしろくてふわふわで、雪うさぎのような目をしていると、ちゃんと云ってあるぞ」
などと云って、胸を張る。
妙にかわいらしい形容をされて、銀時はむずがゆくなった。なんだか頬に血が昇ってくる気がして、ひなたぼっこのしすぎかと思う。
「しろくてふわふわって。なんだよ、それ」
わざとぶっきらぼうなもの云いで腹を掻きながら胡座をかく。さすがにこの季節に単衣というわけではないが、銀時は丈の短めの袷にぶかぶかの丹前を羽織っただけの格好で、袴などはあいかわらず身につけていない。小太郎のほうはちいさいながらも袷羽織に袴姿で、首には襟巻きを巻いている。
だらしのないかっこうで、こんなところで寝ていると風邪をひくぞ。そう咎めてから、小太郎は銀時の髪に手を伸ばした。
「だって、しろいし、ふわふわのくるくるじゃないか」
「くるくるってゆーな」
髪に触れてくる細い手を反射的に避けようとして、咄嗟に思いとどまった。避けたら小太郎が悲しむような気がしたのだ。けれどなぜそう感じたのかが、銀時にはわからなかった。
その応えはすぐ、小太郎がくれた。
ちいさな掌で、銀時の白銀髪をそっと撫でるようにして、癖っ毛をその指で梳く。こころなし笑んでさえいるようだ。
「このしろふわは、きさまの紅い眸によく映えて、とても似合う」
一瞬。呼吸が止まったような錯覚に銀時は囚われた。小太郎の眸はまっすぐで、揶揄われているのではないと知れる。
「…………なんだ?」
思わずじっとみつめてしまっていたらしく、小太郎が怪訝そうに見返してきた。
「…や、似合っててもうれしくねーから」
うそだった。
似合ってるとかどうとかなんかはどうでもいい。この白銀髪を肯定的に見てくれたことに驚いていたのだ。銀時の特異な風貌を松陽は気にすることなく受け入れてくれた最初の人間だったが、この髪や目を、おのれの勘違いでなければ、褒められたのは初めてだ。
驚きは同時に面映ゆいうれしさをともなってきて、銀時を焦らせる。
「なんでだ。きれいなのに」
いやいやいやいや。ちがうだろそれ。ちがう。それを云うなら。
「おめーのほうじゃん」
「おれ?」
そう返して小首を傾げた拍子に、あたまのうしろで高く結われた長い黒髪がさらさらと肩口から胸もとへ流れるように零れてきて。
「きれーなのはおめーじゃん。髪、黒くてまっすぐでつやつやでさらさらで」
思わず見たままの本音を口にしてしまっていた。
「俺、小太郎の髪、好きだわ」
きょとんとした顔で、小太郎が銀時をみる。
「そうか? そんなこと面と向かって云われたのは初めてだが」
「…あ。いやあのちがういまのは、その、あれだ。その」
我に返って周章てて取り繕おうとする銀時に、小太郎はとくに頓着もせず、となりに腰をおろすと。
「それでだな。なにより松陽先生のお宅の預かり子ならまちがいはなかろうと、母上も仰って。喜んでおられた。おれが晋助以外の子を招いたのがめずらしかったらしい」
「あ、そ。…ふうん」
こっぱずかしい発言を軽く聞き流された気がして、ほっとするやらむっとするやらで目まぐるしい気分のまま、銀時は相づちを打つ。
ああ、なんかつかれる。あれひょっとして俺、こいつに振り回されてない?
そういや、最初(はな)から妙なやつだったっけ。自分が率先して溺れた子の窮地を救ったくせに、それを手助けしただけの銀時に真っ先に礼を云うようなやつだ。この外見に怯むでなく、蔑むでなく。
小太郎は良家の子息らしく品のいい優等生だが、どうも、ただ優等生という括りには納まりきらないきらいがあって、至極生真面目な発言でおなじ塾生に煙たがられたり、そのくせ好奇心旺盛で面倒見がよいものだから頼られたり、自分が納得しなければ大のおとなにも正面切って意見したり、あげく突拍子もない無茶もやったりで、周囲からやや浮いているところがある。
というのが、出会ってからこれまでに銀時が抱いた印象だったから、そんな小太郎と兄弟であるかのように常日頃をともに過ごしている晋助だけが、唯一小太郎の友らしい友なのだろう。
「松陽先生のおゆるしもいただいた。だから、来い。約束だぞ」
「いいけど」
おとうとくんがいやがるんじゃね? と、出掛かったことばは呑み込んだ。
* * *
ぺったん。ほい。ぺったん。ほい。
餅つきの音と掛け声のあいまあいまに、ひそひそ声がする。
「なんであいつがいるんだよ。小太郎」
「呼んだのだからいるのはあたりまえだろう」
「だから。なんで呼んだのかって、きいてるんだ」
ああ、やってらぁ。
つきあがっていく餅のぬくもりを帯びた匂いに、最初半信半疑だった銀時も臼の覗けるほどの近くで、できあがりをいまかいまかと待っている。その背後の少し離れた場所から漏れ聞こえてくる会話に、内心で溜息をついた。
やっぱりな。溺れる子をたすける小太郎をたすける、という出会いが出会いだったためか最初から屈託のなかった小太郎に対し、人見知りの激しいらしい晋助は突如現れた異形をあいてに、あきらかに身構えていた。だがほかの連中と一線を画していたのは、銀時の特異な外見や謎の境遇に対して気後れしているのではけしてなく、松陽や小太郎に近づくものとして、警戒しているようなそぶりだったことだ。
銀時を遠巻きに眺めてこそこそと陰口するような塾生ならば、むしろそれがふつうの反応だったから、気にもとめなかったろう。だが晋助は、松陽先生が連れてきて、小太郎が口をきくから、しかたなく自分もつきあってやっているのだ、というのがあからさまだった。それを取り繕おうとしないあたり、いっそすがすがしいほどだ。
だからこの短いあいだに、こいつにとっては松陽と小太郎だけが特別なのだと銀時が認識するに至ったわけだが。小太郎のほうはその自覚があるのかないのか、まったく気にもとめずに銀時を誘ってしまったわけだから、晋助の反応は予想どおりのことである。
だがしかし。
「晋助と、銀時と、いっしょにもちを食いたかったからだが?」
あまりに淡々と衒いなく小太郎に返されて、晋助がことばにつまっている。怒ったらいいのか喜んだらいいのかわからなくなったのだろう、そのまま黙り込んでしまった。
背中でやりとりを聞いていた銀時のほうも、ぽり、と鼻のあたまを掻く。
なんだかな。やっぱりへんなやつ。
周囲を生け垣に囲まれた桂家の屋敷の中庭に、甘い匂いが漂ってきた。
続 2008.11.19.
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