「天涯の遊子」過去篇・村塾幼少期。
銀時、桂、高杉、松陽、桂家家人。
子銀が松陽のもとで子桂・子高と出会ってから、しばらくして。
前後篇。後篇。
連作時系列では、銀桂篇の最初「払暁」のつづきにあたるものがたり。
あずきを炊いて甘く煮つめた、粒あんが大皿に盛られて、厨から運ばれてくる。つきあがった餅を一口大にもぐように手で切り取っては、そのあんこの大皿と並んだきなこの大皿とおろし大根の大皿に、次々と投げ入れられていく。大根おろしは醤油と七味で少々辛く、きなこには和三盆が混ぜられているから甘いのだ、と小太郎が教えてくれた。
小豆色と焦がし黄粉色とをまぶされた白いもちが、取り皿に盛られて、中庭に面した座敷の濡れ縁で待ちかまえていた三人の子どもたちに振る舞われる。七味醤油の大根おろしはおとなの食味ということらしい。食べ終えたら松陽先生にも届けてさしあげて、と小太郎の母上が漆の重箱に、あんころ餅ときなこ餅、おろし大根の餅を二段に分けて詰めた。
庭先では、新たに蒸し上がった餅米が臼にあけられ、二臼めの餅つきがはじまっている。正月のお飾りとしてお供えするぶんと、丸餅にして雑煮としていただくぶんと、それぞれを家臣たちに振る舞うぶんと、うちは一升を五臼つくのだと小太郎が箸をとりながら説明した。
箸でつかんで持ちあげて、これがつきたての餅というものかと、目の覚めるようなやわらかさに銀時はまず瞠目し。ぱくりとかぶりつこうとして、小太郎にとめられる。
「茶でのどを湿しておかないと、つまらせるぞ」
それまで甘いものといえば、山野の木に生る柿の実や無花果などをもいで、そのまま食べることにしか縁のなかった銀時は、初めて味わうこの世のものとも思えぬ美味に、ことばもないまま、そのあとは茶も飲まずにぺろりとひと皿を平らげた。
空の皿を手にやや陶然としていると、となりに座って黙々と食べていたはずの小太郎が、うれしそうに見るのに気づいた。
「うまいか?」
「うん」
「これは先生のぶんだから、だめだぞ」
物欲しそうに、小太郎の膝もとの風呂敷に包まれたお重を見ていたのがばれたのか、小太郎はちいさく笑って、立ち上がった。
「おかわりをもらってきてやる」
え、いいの。と、その背をうれしそうに見送った銀時と、小太郎を挟んでそのとなりに座っていた晋助と、目があった。
「縁起ものだぞ。それをおかわりするなんて」
もそもそと食いながら睨むが、ちゃんと咀嚼し終えてから文句を云うところは、こいつもやはり育ちがいい。
「小太郎が、持ってきてくれるって云ったんじゃん」
「おまえが、がっつくからだろう。てか小太郎って呼ぶな」
「小太郎は小太郎じゃん。だって、うめーんだもん」
云い合っている間に小太郎が、取り皿に小山に盛った二色の餅を運んできた。
たらふくごちそうになって、松陽のうちへと帰る途すがら。お重の風呂敷包みを手にした小太郎と、やはりなにやら手に風呂敷包みを抱えている晋助と、銀時は連れ立って歩いている。こうしてだれかと、まえになりうしろになりしながら肩を並べて歩き喋ることも、ここにきてから憶えたことだ。
「晋助、それはなんだ? 高杉の家から先生へのお使いものか?」
「ちがう。これはゆうべ、父上の客がみやげにと俺にくれたものだ。先生と、小太郎と、…そいつと、いっしょに食べようと思ったんだ」
小太郎にじぃぃっと見つめられて、もうひとりの存在をしかたなく付け加えた晋助に、銀時は苦笑する。
「あ、食いものなんだ」
「めずらしいものなんだぞ。ありがたく思え」
晋助がちらりと小太郎を見、ちょっと得意げに銀時を見て、胸を張った。
ちょうど昼時に合わせたように松陽宅に着く。
ありがとう、さっそく昼餉にいただきますね。松陽は重箱を開けると、にこやかに小太郎と桂の家とに礼を述べ、茶の用意に取り掛かった。
「あ、あの。せんせい」
晋助が、松陽のまえでだけ見せる慎ましさで、手に持った風呂敷包みを差し出した。
「おや、晋助もお使いものですか」
「いえ、あの、ゆうべいただいたので、しんせんなうちにせんせいにも召しあがっていただきたいと」
精一杯大人びた口調で云うのがおかしかったのか、小太郎がそんな晋助を笑んだ眸で見つめる。やわらかな表情は小太郎をいっそうきれいに見せた。
晋助が風呂敷包みを解くと、竹籠のなかでやわらかな半紙に幾重にもくるまれたものが顔を覗かせた。甘酸っぱくていい匂いが漂ってくる。上に掛かっていた半紙を除けると、つやつやと大きな紅い粒が行儀よく並んでいた。
「これはまた。大粒でみごとなものですねぇ。晋助」
「はい」
ここでばかりは無邪気にうれしそうな顔をする晋助に、松陽は受け取って、みなでいただきましょうと、そのあたまを撫でた。
「なに、これ? なんなの。せんせー」
「知らないのか、銀時。いちごだ」
晋助が、一転小馬鹿にするような口調になる。
野いちごくらいは銀時も知っていたし好んで食べたりもしたが、いまは季節が違ったはずだ。だいちあれはこんな大きさではない。
小太郎が、ぽん、と手を打った。
「ああ、たしか。くりすますいちごとかいうのだ。この時期に出回るものは。近年はじまったあらたな方法で生長を調節できるんですよね?先生」
「そうですね。ここまでみごとなものは、まだめずらしいでしょう」
松陽は一粒つまんで、残りを子どもらに返した。
「せっかくですから、あとはおまえたちでおあがりなさい。晋助、おすそわけありがとう。いただきますよ」
にっこり笑って云われて、晋助は喜色満面で元気よく、はい、と応えた。
いっこ、にこ、さんこ、…。
「ひとり五個ずつな、晋ちゃん」
「なんでおまえがかってにしきってんだよ」
「ちょうど割り切れて、よいではないか」
ほんとうなら小太郎と松陽とで分けたかったであろう晋助は不満そうだが、銀時はさっさと自分の取り分を確保すると、さっそく一粒を口に放り込んだ。
「………」
「どうだ? うまいか、銀時」
口に含んで絶句した銀時に、小太郎が問うと。
「う、めー。すげー甘い」
これ。ほんとにいちご?てかこれがいちごなのか。
あんころ餅やきなこ餅とはまた違った、ほのかな酸味と口いっぱいにひろがる香り、みずみずしさを湛えた甘さに、銀時はめずらしく心の底から感動していた。
すごいな。世の中にはこんなにうまいものがいっぱいあるんだ。甘いって、うまいんだ。おんなじ甘いものなのに、ぜんぜんちがう甘さなんだ。甘みっていろいろあるんだなぁ。すげーや。
内心ではいろいろ猛烈に感嘆しながらも、だまったまま二粒めを口に運んだ銀時に、つられたように小太郎も一粒まるごとほおばってみる。
「…うん。うまい」
もぐもぐと、常の小太郎にはない、いささか粗野な食べっぷりで、呟く。
「こんなに甘いいちごはおれも初めてだ。晋助」
小太郎がほんとうにおいしそうな顔で告げるのへ、晋助は照れたようにぷいと、顔を背けた。
「とうぜんだ。俺がもらったものなんだからな」
そう云いながら、やはりまるごとを口に入れる。口もとがゆるんでいるのは、いちごの甘さのせいだけじゃないはずだ。
ああ、こいつも素直じゃないや。
おのれのことは棚にあげて銀時は思った。
「これ、さっきのあんころ餅といっしょに食ったら、またうまいんじゃね?」
「なんだ、それは。甘さの二乗か? 相殺しないか」
じじょうだの、そうさいだの、銀時にはわかりかねるようなことばで、年齢(とし)のわりにむずかしいことを云って、小太郎はちいさく首を傾げた。
「いや、ありじゃね?これ。ぜったいうまいよ。松陽先生、みんな食っちまったかなぁ。ああ、やってみたかったな」
その小太郎のしぐさを、癖なのかな、かわいらしいな、と感じながら、銀時が 『いちごあんころ餅』なるものに思いを馳せてうっとりしていると、冷静な声が窘めた。
「そう云いながらぜんぶ食ってどうする。こんないちごはめったに手に入らんぞ、銀時」
「あ、しまった」
結句みながみな、夢中で食べてしまったのへ、気づいて銀時があたまを抱え込む。
「また来年、もちをつくから。その折、試してみればいい」
「一年越しかよぉ」
「それって、俺がいちごをもらってこないとむりじゃんか。かってに決めんなよ」
情けない声を出した銀時に、晋助の抗議めいた声がつづく。
「あ、そうだったな。いやだいじょうぶだ、晋助。おまえなら、できる」
そんなわけのわからない励ましかたをされて、小太郎に背中をぱんと叩かれた晋助は、しょうがないな父上にたのんでやる、と、さも厭そうに返したが。小太郎に頼りにされたのには違いないので、そのじつ、まんざらでもないんだろう。
だがそういう銀時こそが、そのじつ、まんざらでもないのだった。
小太郎がなにげなく口にした、また来年。
どこから来たとも知れず、まだここに居着いてまもない銀時が、そんなさきまでふつうにここにいるのだと、小太郎はあたりまえのように思っているのだろうか。
そうか。俺は。
ここにずっと、いるんだな。
そんな実感が、ようやく銀時の胸のなかで根をおろしてくる。
一年越しの約束か。
銀時が味わう、生まれて初めての、くすぐったいような幸福感。
あんころ餅にもきなこ餅にも大粒いちごにも負けない、それは甘露となって銀時の臓腑に落ちた。
了 2008.11.19.
PR
あずきを炊いて甘く煮つめた、粒あんが大皿に盛られて、厨から運ばれてくる。つきあがった餅を一口大にもぐように手で切り取っては、そのあんこの大皿と並んだきなこの大皿とおろし大根の大皿に、次々と投げ入れられていく。大根おろしは醤油と七味で少々辛く、きなこには和三盆が混ぜられているから甘いのだ、と小太郎が教えてくれた。
小豆色と焦がし黄粉色とをまぶされた白いもちが、取り皿に盛られて、中庭に面した座敷の濡れ縁で待ちかまえていた三人の子どもたちに振る舞われる。七味醤油の大根おろしはおとなの食味ということらしい。食べ終えたら松陽先生にも届けてさしあげて、と小太郎の母上が漆の重箱に、あんころ餅ときなこ餅、おろし大根の餅を二段に分けて詰めた。
庭先では、新たに蒸し上がった餅米が臼にあけられ、二臼めの餅つきがはじまっている。正月のお飾りとしてお供えするぶんと、丸餅にして雑煮としていただくぶんと、それぞれを家臣たちに振る舞うぶんと、うちは一升を五臼つくのだと小太郎が箸をとりながら説明した。
箸でつかんで持ちあげて、これがつきたての餅というものかと、目の覚めるようなやわらかさに銀時はまず瞠目し。ぱくりとかぶりつこうとして、小太郎にとめられる。
「茶でのどを湿しておかないと、つまらせるぞ」
それまで甘いものといえば、山野の木に生る柿の実や無花果などをもいで、そのまま食べることにしか縁のなかった銀時は、初めて味わうこの世のものとも思えぬ美味に、ことばもないまま、そのあとは茶も飲まずにぺろりとひと皿を平らげた。
空の皿を手にやや陶然としていると、となりに座って黙々と食べていたはずの小太郎が、うれしそうに見るのに気づいた。
「うまいか?」
「うん」
「これは先生のぶんだから、だめだぞ」
物欲しそうに、小太郎の膝もとの風呂敷に包まれたお重を見ていたのがばれたのか、小太郎はちいさく笑って、立ち上がった。
「おかわりをもらってきてやる」
え、いいの。と、その背をうれしそうに見送った銀時と、小太郎を挟んでそのとなりに座っていた晋助と、目があった。
「縁起ものだぞ。それをおかわりするなんて」
もそもそと食いながら睨むが、ちゃんと咀嚼し終えてから文句を云うところは、こいつもやはり育ちがいい。
「小太郎が、持ってきてくれるって云ったんじゃん」
「おまえが、がっつくからだろう。てか小太郎って呼ぶな」
「小太郎は小太郎じゃん。だって、うめーんだもん」
云い合っている間に小太郎が、取り皿に小山に盛った二色の餅を運んできた。
たらふくごちそうになって、松陽のうちへと帰る途すがら。お重の風呂敷包みを手にした小太郎と、やはりなにやら手に風呂敷包みを抱えている晋助と、銀時は連れ立って歩いている。こうしてだれかと、まえになりうしろになりしながら肩を並べて歩き喋ることも、ここにきてから憶えたことだ。
「晋助、それはなんだ? 高杉の家から先生へのお使いものか?」
「ちがう。これはゆうべ、父上の客がみやげにと俺にくれたものだ。先生と、小太郎と、…そいつと、いっしょに食べようと思ったんだ」
小太郎にじぃぃっと見つめられて、もうひとりの存在をしかたなく付け加えた晋助に、銀時は苦笑する。
「あ、食いものなんだ」
「めずらしいものなんだぞ。ありがたく思え」
晋助がちらりと小太郎を見、ちょっと得意げに銀時を見て、胸を張った。
ちょうど昼時に合わせたように松陽宅に着く。
ありがとう、さっそく昼餉にいただきますね。松陽は重箱を開けると、にこやかに小太郎と桂の家とに礼を述べ、茶の用意に取り掛かった。
「あ、あの。せんせい」
晋助が、松陽のまえでだけ見せる慎ましさで、手に持った風呂敷包みを差し出した。
「おや、晋助もお使いものですか」
「いえ、あの、ゆうべいただいたので、しんせんなうちにせんせいにも召しあがっていただきたいと」
精一杯大人びた口調で云うのがおかしかったのか、小太郎がそんな晋助を笑んだ眸で見つめる。やわらかな表情は小太郎をいっそうきれいに見せた。
晋助が風呂敷包みを解くと、竹籠のなかでやわらかな半紙に幾重にもくるまれたものが顔を覗かせた。甘酸っぱくていい匂いが漂ってくる。上に掛かっていた半紙を除けると、つやつやと大きな紅い粒が行儀よく並んでいた。
「これはまた。大粒でみごとなものですねぇ。晋助」
「はい」
ここでばかりは無邪気にうれしそうな顔をする晋助に、松陽は受け取って、みなでいただきましょうと、そのあたまを撫でた。
「なに、これ? なんなの。せんせー」
「知らないのか、銀時。いちごだ」
晋助が、一転小馬鹿にするような口調になる。
野いちごくらいは銀時も知っていたし好んで食べたりもしたが、いまは季節が違ったはずだ。だいちあれはこんな大きさではない。
小太郎が、ぽん、と手を打った。
「ああ、たしか。くりすますいちごとかいうのだ。この時期に出回るものは。近年はじまったあらたな方法で生長を調節できるんですよね?先生」
「そうですね。ここまでみごとなものは、まだめずらしいでしょう」
松陽は一粒つまんで、残りを子どもらに返した。
「せっかくですから、あとはおまえたちでおあがりなさい。晋助、おすそわけありがとう。いただきますよ」
にっこり笑って云われて、晋助は喜色満面で元気よく、はい、と応えた。
いっこ、にこ、さんこ、…。
「ひとり五個ずつな、晋ちゃん」
「なんでおまえがかってにしきってんだよ」
「ちょうど割り切れて、よいではないか」
ほんとうなら小太郎と松陽とで分けたかったであろう晋助は不満そうだが、銀時はさっさと自分の取り分を確保すると、さっそく一粒を口に放り込んだ。
「………」
「どうだ? うまいか、銀時」
口に含んで絶句した銀時に、小太郎が問うと。
「う、めー。すげー甘い」
これ。ほんとにいちご?てかこれがいちごなのか。
あんころ餅やきなこ餅とはまた違った、ほのかな酸味と口いっぱいにひろがる香り、みずみずしさを湛えた甘さに、銀時はめずらしく心の底から感動していた。
すごいな。世の中にはこんなにうまいものがいっぱいあるんだ。甘いって、うまいんだ。おんなじ甘いものなのに、ぜんぜんちがう甘さなんだ。甘みっていろいろあるんだなぁ。すげーや。
内心ではいろいろ猛烈に感嘆しながらも、だまったまま二粒めを口に運んだ銀時に、つられたように小太郎も一粒まるごとほおばってみる。
「…うん。うまい」
もぐもぐと、常の小太郎にはない、いささか粗野な食べっぷりで、呟く。
「こんなに甘いいちごはおれも初めてだ。晋助」
小太郎がほんとうにおいしそうな顔で告げるのへ、晋助は照れたようにぷいと、顔を背けた。
「とうぜんだ。俺がもらったものなんだからな」
そう云いながら、やはりまるごとを口に入れる。口もとがゆるんでいるのは、いちごの甘さのせいだけじゃないはずだ。
ああ、こいつも素直じゃないや。
おのれのことは棚にあげて銀時は思った。
「これ、さっきのあんころ餅といっしょに食ったら、またうまいんじゃね?」
「なんだ、それは。甘さの二乗か? 相殺しないか」
じじょうだの、そうさいだの、銀時にはわかりかねるようなことばで、年齢(とし)のわりにむずかしいことを云って、小太郎はちいさく首を傾げた。
「いや、ありじゃね?これ。ぜったいうまいよ。松陽先生、みんな食っちまったかなぁ。ああ、やってみたかったな」
その小太郎のしぐさを、癖なのかな、かわいらしいな、と感じながら、銀時が 『いちごあんころ餅』なるものに思いを馳せてうっとりしていると、冷静な声が窘めた。
「そう云いながらぜんぶ食ってどうする。こんないちごはめったに手に入らんぞ、銀時」
「あ、しまった」
結句みながみな、夢中で食べてしまったのへ、気づいて銀時があたまを抱え込む。
「また来年、もちをつくから。その折、試してみればいい」
「一年越しかよぉ」
「それって、俺がいちごをもらってこないとむりじゃんか。かってに決めんなよ」
情けない声を出した銀時に、晋助の抗議めいた声がつづく。
「あ、そうだったな。いやだいじょうぶだ、晋助。おまえなら、できる」
そんなわけのわからない励ましかたをされて、小太郎に背中をぱんと叩かれた晋助は、しょうがないな父上にたのんでやる、と、さも厭そうに返したが。小太郎に頼りにされたのには違いないので、そのじつ、まんざらでもないんだろう。
だがそういう銀時こそが、そのじつ、まんざらでもないのだった。
小太郎がなにげなく口にした、また来年。
どこから来たとも知れず、まだここに居着いてまもない銀時が、そんなさきまでふつうにここにいるのだと、小太郎はあたりまえのように思っているのだろうか。
そうか。俺は。
ここにずっと、いるんだな。
そんな実感が、ようやく銀時の胸のなかで根をおろしてくる。
一年越しの約束か。
銀時が味わう、生まれて初めての、くすぐったいような幸福感。
あんころ餅にもきなこ餅にも大粒いちごにも負けない、それは甘露となって銀時の臓腑に落ちた。
了 2008.11.19.
PR