連作「天涯の遊子」の読み切り短篇SS。銀桂篇。
銀時と桂。銀→桂。銀桂短篇『微酔(前・後)』の後日談。
ニンジャー以降、紅桜まえ。
(企画『桂花美人』さま2月お題「猫の恋」に掲載)
夜更けともなれば、猫が騒ぎ出す。
低く押しつぶされたような平たい声を出し、うなり狂うさまは、季節の風物詩といえばいえるが、おもいびとの傍にいない身には、ちと、もの悲しい。
「あーあ、さかってやがんなぁ」
万事屋の奥の和室、すなわち銀時の寝間には、この時刻、そんな猫たちの鳴き声と、たまに追いかけ回しているのであろう物音しか聞こえてこない。
いまごろなにをしているだろう。やはりひとりで、こんな猫の声でも聞いているのだろうか。いや、隠れ家のあいつの傍にはあの白いものがいるか。この寒空にまさかまた、真選組に追われてはいまいな。
猫の声に寝入りばなを邪魔されて、冴えてしまった目は、闇の落ちた寝間の天井に、その姿を思い浮かばせる。
再会後、目のまえにあっても触れることのなかった、できなかった桂に、幾日かまえ、銀時は何年かぶりに触れた。その口唇に口唇で。この掌はなつかしい肌と髪の感触にしばし酔い、たがいの舌と舌との交わりに耽った。
そこでなんとか自制したのは、いまの銀時なりの節度だったのだが。それがよかったのか、わるかったのか。あの夜以来、おもいはつよくなるばかりで、いけない。
放り出した報いが、いま来ている。こちらがおもうほどに、いま桂はおのれをおもっているだろうか。銀時のことを案じ気にかけていることは重々伝わってくるが、それがかつてのような恋情とはかぎらない。いや、そもそも桂のそれが、恋と呼べたものかどうかも、いまとなっては怪しい。
戦時にかさねた肌は、たいがいが銀時の求めに応じたそれで、桂はただ受け止めてくれていただけのような気もしてくる。
う゛にゃあ。どたどた。ばたこん。どたっ。う゛ぎゃ。
「だぁあああ。もうううううぅ」
がらり、銀時は窓を開けて怒鳴った。
「てめーら、やるならどっか余所でやりやがれっ」
窓の外は闇。ではなく、まだ、かぶき町のネオンがところどころに光る。そこに四つの黒いシルエット。おもいっきり不機嫌に睨みつける。
と。ちいさなひとつを追いかけて、ふたつのちいさな影が争いもつれながら消えていく。なるほど、一匹を奪い合い争いあっていたものらしい。
取り残された、おおきなひとつ。屋根の影に潜んだ夜の猫は、開け放たれた窓に向かって、眉をひそめた。ように見えた。
「脅すな、かわいそうに。猫の恋路など一時に過ぎぬものを」
ひらり、銀時の寝間に身を躍らせる。
「…。なに、おめー。やっぱ追われてたの?」
こんな時刻まで。真選組も仕事熱心なこった。呆れたような云い種は、内心の急に浮き立つような沸き立つような気分を隠そうとして。だが隠しきれず。
「さかっているのは、猫だけでなかったか」
小首をかしげてそんな憎まれ口を叩く桂を、抱き寄せた。
もっともやっぱりこの夜も、口接けるだけで、おあずけを食わされるのだけれど。
夢の御馳走を目前に、ほかならぬ銀時の怒声にたたき起こされ、怒り狂った神楽の出現によって。
了 2008.01.29.
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夜更けともなれば、猫が騒ぎ出す。
低く押しつぶされたような平たい声を出し、うなり狂うさまは、季節の風物詩といえばいえるが、おもいびとの傍にいない身には、ちと、もの悲しい。
「あーあ、さかってやがんなぁ」
万事屋の奥の和室、すなわち銀時の寝間には、この時刻、そんな猫たちの鳴き声と、たまに追いかけ回しているのであろう物音しか聞こえてこない。
いまごろなにをしているだろう。やはりひとりで、こんな猫の声でも聞いているのだろうか。いや、隠れ家のあいつの傍にはあの白いものがいるか。この寒空にまさかまた、真選組に追われてはいまいな。
猫の声に寝入りばなを邪魔されて、冴えてしまった目は、闇の落ちた寝間の天井に、その姿を思い浮かばせる。
再会後、目のまえにあっても触れることのなかった、できなかった桂に、幾日かまえ、銀時は何年かぶりに触れた。その口唇に口唇で。この掌はなつかしい肌と髪の感触にしばし酔い、たがいの舌と舌との交わりに耽った。
そこでなんとか自制したのは、いまの銀時なりの節度だったのだが。それがよかったのか、わるかったのか。あの夜以来、おもいはつよくなるばかりで、いけない。
放り出した報いが、いま来ている。こちらがおもうほどに、いま桂はおのれをおもっているだろうか。銀時のことを案じ気にかけていることは重々伝わってくるが、それがかつてのような恋情とはかぎらない。いや、そもそも桂のそれが、恋と呼べたものかどうかも、いまとなっては怪しい。
戦時にかさねた肌は、たいがいが銀時の求めに応じたそれで、桂はただ受け止めてくれていただけのような気もしてくる。
う゛にゃあ。どたどた。ばたこん。どたっ。う゛ぎゃ。
「だぁあああ。もうううううぅ」
がらり、銀時は窓を開けて怒鳴った。
「てめーら、やるならどっか余所でやりやがれっ」
窓の外は闇。ではなく、まだ、かぶき町のネオンがところどころに光る。そこに四つの黒いシルエット。おもいっきり不機嫌に睨みつける。
と。ちいさなひとつを追いかけて、ふたつのちいさな影が争いもつれながら消えていく。なるほど、一匹を奪い合い争いあっていたものらしい。
取り残された、おおきなひとつ。屋根の影に潜んだ夜の猫は、開け放たれた窓に向かって、眉をひそめた。ように見えた。
「脅すな、かわいそうに。猫の恋路など一時に過ぎぬものを」
ひらり、銀時の寝間に身を躍らせる。
「…。なに、おめー。やっぱ追われてたの?」
こんな時刻まで。真選組も仕事熱心なこった。呆れたような云い種は、内心の急に浮き立つような沸き立つような気分を隠そうとして。だが隠しきれず。
「さかっているのは、猫だけでなかったか」
小首をかしげてそんな憎まれ口を叩く桂を、抱き寄せた。
もっともやっぱりこの夜も、口接けるだけで、おあずけを食わされるのだけれど。
夢の御馳走を目前に、ほかならぬ銀時の怒声にたたき起こされ、怒り狂った神楽の出現によって。
了 2008.01.29.
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