「天涯の遊子」の番外、銀桂篇。
銀時と桂。と、白血球王。
回数未定、其の三。
ぽかんと口を開けて見あげる銀時に、桂も気づいたらしい。
「おお、銀時。よいところに。たいへんだ。白どのが落っこちた」
云うやいなや、銀時の立つ岸のほうへ走りより、欄干を乗り越え中空に身を躍らせる。
「うわ。なに、や…」
どっすん。
むぎゅ。
「ばかかっ。おめーはっ。どうせならなんで走って回り込んでそこのへりから堤防を下りてこないの!!」
桂を受け止め損ねて下敷きにされた銀時が、橋の欄干の切れた横手から川岸へと伸びる、細い道を指し示して呻く。
「銀時、貴様、鈍(なま)ったな」
ひとを馬乗りに踏みつぶしておいて宣うあたまをひとつ叩いた。
「あたっ」
「あたっ、じゃねー。さっさと退け!」
「日頃の不摂生がこうしたときにでるのだ」
桂はひょいと重力を感じさせないしぐさで身を起こし、思い出したように急いで川面を舐めるように捜しはじめた。
白どの。白どの。
呼びながら、目をこらす。ぱんぱんと土埃をはたき落としながら銀時は身を起こした。桂がこんなに必死になって捜すなど、エリザベス誘拐事件以来じゃないか?
「だれだよ。その、はくどの、って」
なんだか、おもしろくない。会う約束を反故にされ、あげく知らない名を心配げに呼ぶ桂に遭遇するなど。
「白どのは白どのだ。たまどののせきゅりてぃしすてむらしいのだ。連れ帰ってやると約束したのに、いまさっき橋を渡りかけたところで風に飛ばされてしまった」
道中出会い、懐にあずかっていた白血球王を日蝕の折に肩に乗せ、そのまま歩いてきていたものらしい。また妙なかたちで探しものに出くわしたものだ。ここはよろこぶべきなのか。いやいや、まだちゃんと見つかったわけじゃねーし。
「しょーがねぇなぁ。まあ、あいつのことだから死んじゃいめーよ。こっからなら源外のじーさんちも近いし、そこにいりゃたまにも会えるだろうし」
「しかし川の水に流されたやもしれんのだぞ」
ふたりして岸辺をごそごそと探りながら云い合っている。と。
「桂どの、ここだ」
微かな声が中州のほうから聞こえてきた。
けっきょく、銀時がブーツを脱ぎ、浅瀬をじゃぶじゃぶと中州まで渡り、白血球王を無事つれ戻った。
「おお、白どの。すまなかった」
銀時の肩につかまっていた白血球王を掌で掬い取るように抱くと、桂は白血球王の白銀髪を梳くように撫でた。白血球王は白血球王でつとめて無表情ながら、くすぐったそうにそれを黙ってゆるしている。
「濡れてしまったな。風邪などひかぬとよいが」
なんだ、これ。いつのまにこいつら、こんなになかよくなってんの。
「セキュリティが、風邪ひいてちゃさまになんねーだろ」
斜めに下っていく銀時の機嫌に合わせたかのように、気まぐれな空からはとうとう大粒の雨が落ちてきた。
「やべ」
周章てて近場を見回すが、先刻の橋からはずいぶんと離れてしまっていて橋下に潜ることもできず、河原には避難できそうな物置小屋のひとつとてない。
「源外どのの家が近いのだったな」
桂は袂に入れていた用済みの麦わら帽子を取り出し、雨避けにと銀時に被せた。
「おう。って、笠被ってるのに、なんでんなもの持ってんの。おまえ」
聞かずもがなのことを問うたと、銀時はすぐに気づいた。
ああ、こいつも。あの三日月を。
すでにふたりとも駆け足になっている。走る桂がその懐にだいじそうに白血球王を抱え込むのを、銀時は複雑な気分で横目に見た。白血球王はその銀時の視線に気づいているのかいないのか、一点を見つめたまま振り落とされぬよう桂の僧衣の衿を握りしめている。
雨脚は速くいきなりの土砂降りに変わって、結局三人ともがずぶ濡れで源外の家の軒先に飛び込んだ。だが生憎と留守のようで呼びかけても返事がない。たまはそろそろ店に出る時間だからとうにいないだろう。軒先を借りたはいいが大の男ふたりの雨宿りには狭く、バケツをひっくり返したような本降りでは笠や麦わら帽同様、ものの役には立たなかった。
さてどうしたものかと思案している銀時の傍らで、桂がなにやらごそごそとやっている。
「どうだ。通れそうか、白どの」
「うむ。もう少し押し広げてみてくれ」
見れば玄関の板戸の朽ちた隙間から、白血球王を忍ばせようとしている。
「なにしちゃってんの。おめーら」
「白どのになかから鍵を開けてもらおうと思ってな」
桂が指先で板を撓わせて隙間を広げると、白血球王のからだはするりと内側へ這入り込んだ。
「おいおい不法侵入かよ。ここまで濡れたんなら、もうおなじだろ」
「おれたちはよくとも、白どのに万一のことあらば、たまどのにもうしわけが立たぬではないか」
その白血球王に不法侵入の実行犯をさせてるってのはどうなんだか。ともあれ濡れ鼠のままで軒下に突っ立っていたくないのは銀時とておなじであったので、それ以上口を挟むのは控えた。
作業場のような倉庫のような一室は薄暗く、わけのわからないがらくたばかりだ。桂は雨を含んでずっしりと重みを増した笠を外すと、からだを拭くものを探して辺りを見回す。棚にからくりの乾拭き用と思われるおおきな不織布があるのを見つけて引っ張りだした。
「まずは、白どのだ」
その布でくるむように、桂は白血球王を拭ってやる。脱いだ麦わら帽子を戸口に置き、銀時はがらくたの山から見つけ出してきた扇風機を回しながら、それを眺めやった。
またずいぶんと手懐けられたもんだぜ。
さきほど同様におとなしく拭われている白血球王は、傍目には銀時そのものだから、なんだか尻のあたりがむずむずしてくる。ひょっとしておのれもはたから見ればこうなんだろうか。
「ああ。もう」
ついにいたたまれなくなり銀時は、いつまでも白血球王を乾かすことに専念している桂の手から布を奪い取るや、長い濡れ髪ごと桂のあたまをすっぽりと覆って乱暴に擦った。
「銀。いたい。てか、ちょっとおいるくさい」
荒っぽさに桂が抗議の声を上げる。そのくせさしたる抵抗はなく、されるがままになっているのだ。
「おめーが持ち出したんしょーが。からくり用なんだからあたりまえだろが」
ああ、まったく。苛々する。
とりあえずできるかぎりの水気を拭き取り、夏場とて扇風機の風で着衣を乾かす。白血球王が風に転がらぬよう、桂は錫杖の柄を背もたれ代わりに横たえてやった。おおきな白銀髪と掌サイズの白銀髪が並んで扇風機まえに陣取るさまに、つい桂の頬が緩む。
「なに笑ってんだ。てめーはよー」
にまにまにま。
桂は黙ったまま、背後に回って銀時の頭部を撫でた。
「おい、ヅラ」
「だいぶ乾いてきたな。ふわふわになってきたぞ」
濡れて四方八方に乱れ弾んでいた白銀髪を手で整えるように梳いてくる。
もふもふもふ。
「ついでにひとの髪で遊んでんじゃねーよ」
「いいではないか、減るもんではなし」
「減ってたまるか。てめーのヅラじゃあるまいし」
「ヅラじゃない。桂だ。どれ、白どのはもうすっかり乾いたようだな」
銀時の髪を梳いていた手指が、白血球王の白銀髪へと移る。
「うむ。世話をかけた、桂どの。もう大事ない」
白血球王の手が応えるように、頭上の桂の指先に触れた。
むう。
銀時には見慣れた源外の実験室も、桂には物珍しいのか興味深そうに眺めている。うごいていたほうが早く乾くものだと云って、袈裟だけ外した墨染め姿であちらへこちらへと関心を向けるたび、捲れた裾から真白い脛が覗く。ついつい銀時の視線も吸いよせられるから、落ち着かないことこのうえない。
銀時が努めて視線を外すと、こんどは白血球王と視線がかち合った。
「「………」」
視線を外した反対側の先に白血球王の視線があったのだから、つまりこいつも。
「見てんじゃねーよ」
「なんのことだ」
たまのなかで出合ったときとはサイズこそちがうが、鏡写しの似姿は嗜好までも、ということなのか。
「貴様の唯一無二に虫がつかぬようせいぜい励め、坂田銀時」
「…なんのことだ」
ばれてるんだろうか。こいつがおのれの分身なら、云わずもがなのことなのか。
奇妙に捩れた空気がその場を流れる。
「これはなんだ?」
ひとり桂だけが、我関せずの問を発した。
奥の壁に凭せ掛けてあったそれに生来の好奇心が疼いたらしい。桂は見た目にそぐわぬ馬鹿力で持ちあげた。
「おお、見ろ銀時。すごいぞ。まるでお伽噺の小槌が巨大化したようではないか」
云いながら打出の大槌Zを振り回す。
「おわっ。ばか。やめろ、この莫迦ヅラ!」
青くなった銀時があわてて止めに入る。頭上から叩き潰されて一寸法師化したことは、まだ記憶に新しい。焦りから銀時は白血球王のために床に寝かせてあった錫杖に足を取られ、蹴躓いた拍子につんのめり、その勢いのまま桂にぶつかった。その銀時を反射的に受け止めようとして、桂は振り上げたままの打出の大槌Zから手を放した。
「!?!!!!! 莫迦ヅ…」
最後まで叫ぶ暇もなく。哀れ、ふたりはもつれあったまま、落下する打出の大槌Zの下敷きとなる。
ぐしゃり。
骨と肉が潰れるような音とともにふたりの姿が視界から消えて、白血球王は飛び上がって駆け寄った。
「桂どの! 坂田銀時!」
大槌にくだかれた床板の隙間から、まず桂が這い出てくる。次いで銀時が姿を見せて、立ち上がるなり桂の後頭部を叩(はた)いた。
「なにしてくれちゃってんの、てめーはぁあああああっ」
「痛いではないか。なんだこれは。どうしたことだ。銀時?」
桂は後頭部を押さえたまま、駆け寄った白血球王の姿を認めて、小首を傾げた。
「いつのまに成長したのだ、白どの」
「莫迦なのおまえ、周囲(まわり)見てみろ! 俺たちが縮んだんだよっ」
ばっこん。
もういっぺん、うしろから桂をどつく。その銀時を白血球王の跳び蹴りが見舞った。
どぶぎゃしゅ。
「なにすんだてめぇぇ」
吹っ飛ばされた銀時が反撃に出ようとしたのを、胸ぐらをつかまれた白血球王が見下したような目で見遣った。
「この事態に桂どのを気遣うなら、すなおに心配したらどうだ」
続 2009.10.10.
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ぽかんと口を開けて見あげる銀時に、桂も気づいたらしい。
「おお、銀時。よいところに。たいへんだ。白どのが落っこちた」
云うやいなや、銀時の立つ岸のほうへ走りより、欄干を乗り越え中空に身を躍らせる。
「うわ。なに、や…」
どっすん。
むぎゅ。
「ばかかっ。おめーはっ。どうせならなんで走って回り込んでそこのへりから堤防を下りてこないの!!」
桂を受け止め損ねて下敷きにされた銀時が、橋の欄干の切れた横手から川岸へと伸びる、細い道を指し示して呻く。
「銀時、貴様、鈍(なま)ったな」
ひとを馬乗りに踏みつぶしておいて宣うあたまをひとつ叩いた。
「あたっ」
「あたっ、じゃねー。さっさと退け!」
「日頃の不摂生がこうしたときにでるのだ」
桂はひょいと重力を感じさせないしぐさで身を起こし、思い出したように急いで川面を舐めるように捜しはじめた。
白どの。白どの。
呼びながら、目をこらす。ぱんぱんと土埃をはたき落としながら銀時は身を起こした。桂がこんなに必死になって捜すなど、エリザベス誘拐事件以来じゃないか?
「だれだよ。その、はくどの、って」
なんだか、おもしろくない。会う約束を反故にされ、あげく知らない名を心配げに呼ぶ桂に遭遇するなど。
「白どのは白どのだ。たまどののせきゅりてぃしすてむらしいのだ。連れ帰ってやると約束したのに、いまさっき橋を渡りかけたところで風に飛ばされてしまった」
道中出会い、懐にあずかっていた白血球王を日蝕の折に肩に乗せ、そのまま歩いてきていたものらしい。また妙なかたちで探しものに出くわしたものだ。ここはよろこぶべきなのか。いやいや、まだちゃんと見つかったわけじゃねーし。
「しょーがねぇなぁ。まあ、あいつのことだから死んじゃいめーよ。こっからなら源外のじーさんちも近いし、そこにいりゃたまにも会えるだろうし」
「しかし川の水に流されたやもしれんのだぞ」
ふたりして岸辺をごそごそと探りながら云い合っている。と。
「桂どの、ここだ」
微かな声が中州のほうから聞こえてきた。
けっきょく、銀時がブーツを脱ぎ、浅瀬をじゃぶじゃぶと中州まで渡り、白血球王を無事つれ戻った。
「おお、白どの。すまなかった」
銀時の肩につかまっていた白血球王を掌で掬い取るように抱くと、桂は白血球王の白銀髪を梳くように撫でた。白血球王は白血球王でつとめて無表情ながら、くすぐったそうにそれを黙ってゆるしている。
「濡れてしまったな。風邪などひかぬとよいが」
なんだ、これ。いつのまにこいつら、こんなになかよくなってんの。
「セキュリティが、風邪ひいてちゃさまになんねーだろ」
斜めに下っていく銀時の機嫌に合わせたかのように、気まぐれな空からはとうとう大粒の雨が落ちてきた。
「やべ」
周章てて近場を見回すが、先刻の橋からはずいぶんと離れてしまっていて橋下に潜ることもできず、河原には避難できそうな物置小屋のひとつとてない。
「源外どのの家が近いのだったな」
桂は袂に入れていた用済みの麦わら帽子を取り出し、雨避けにと銀時に被せた。
「おう。って、笠被ってるのに、なんでんなもの持ってんの。おまえ」
聞かずもがなのことを問うたと、銀時はすぐに気づいた。
ああ、こいつも。あの三日月を。
すでにふたりとも駆け足になっている。走る桂がその懐にだいじそうに白血球王を抱え込むのを、銀時は複雑な気分で横目に見た。白血球王はその銀時の視線に気づいているのかいないのか、一点を見つめたまま振り落とされぬよう桂の僧衣の衿を握りしめている。
雨脚は速くいきなりの土砂降りに変わって、結局三人ともがずぶ濡れで源外の家の軒先に飛び込んだ。だが生憎と留守のようで呼びかけても返事がない。たまはそろそろ店に出る時間だからとうにいないだろう。軒先を借りたはいいが大の男ふたりの雨宿りには狭く、バケツをひっくり返したような本降りでは笠や麦わら帽同様、ものの役には立たなかった。
さてどうしたものかと思案している銀時の傍らで、桂がなにやらごそごそとやっている。
「どうだ。通れそうか、白どの」
「うむ。もう少し押し広げてみてくれ」
見れば玄関の板戸の朽ちた隙間から、白血球王を忍ばせようとしている。
「なにしちゃってんの。おめーら」
「白どのになかから鍵を開けてもらおうと思ってな」
桂が指先で板を撓わせて隙間を広げると、白血球王のからだはするりと内側へ這入り込んだ。
「おいおい不法侵入かよ。ここまで濡れたんなら、もうおなじだろ」
「おれたちはよくとも、白どのに万一のことあらば、たまどのにもうしわけが立たぬではないか」
その白血球王に不法侵入の実行犯をさせてるってのはどうなんだか。ともあれ濡れ鼠のままで軒下に突っ立っていたくないのは銀時とておなじであったので、それ以上口を挟むのは控えた。
作業場のような倉庫のような一室は薄暗く、わけのわからないがらくたばかりだ。桂は雨を含んでずっしりと重みを増した笠を外すと、からだを拭くものを探して辺りを見回す。棚にからくりの乾拭き用と思われるおおきな不織布があるのを見つけて引っ張りだした。
「まずは、白どのだ」
その布でくるむように、桂は白血球王を拭ってやる。脱いだ麦わら帽子を戸口に置き、銀時はがらくたの山から見つけ出してきた扇風機を回しながら、それを眺めやった。
またずいぶんと手懐けられたもんだぜ。
さきほど同様におとなしく拭われている白血球王は、傍目には銀時そのものだから、なんだか尻のあたりがむずむずしてくる。ひょっとしておのれもはたから見ればこうなんだろうか。
「ああ。もう」
ついにいたたまれなくなり銀時は、いつまでも白血球王を乾かすことに専念している桂の手から布を奪い取るや、長い濡れ髪ごと桂のあたまをすっぽりと覆って乱暴に擦った。
「銀。いたい。てか、ちょっとおいるくさい」
荒っぽさに桂が抗議の声を上げる。そのくせさしたる抵抗はなく、されるがままになっているのだ。
「おめーが持ち出したんしょーが。からくり用なんだからあたりまえだろが」
ああ、まったく。苛々する。
とりあえずできるかぎりの水気を拭き取り、夏場とて扇風機の風で着衣を乾かす。白血球王が風に転がらぬよう、桂は錫杖の柄を背もたれ代わりに横たえてやった。おおきな白銀髪と掌サイズの白銀髪が並んで扇風機まえに陣取るさまに、つい桂の頬が緩む。
「なに笑ってんだ。てめーはよー」
にまにまにま。
桂は黙ったまま、背後に回って銀時の頭部を撫でた。
「おい、ヅラ」
「だいぶ乾いてきたな。ふわふわになってきたぞ」
濡れて四方八方に乱れ弾んでいた白銀髪を手で整えるように梳いてくる。
もふもふもふ。
「ついでにひとの髪で遊んでんじゃねーよ」
「いいではないか、減るもんではなし」
「減ってたまるか。てめーのヅラじゃあるまいし」
「ヅラじゃない。桂だ。どれ、白どのはもうすっかり乾いたようだな」
銀時の髪を梳いていた手指が、白血球王の白銀髪へと移る。
「うむ。世話をかけた、桂どの。もう大事ない」
白血球王の手が応えるように、頭上の桂の指先に触れた。
むう。
銀時には見慣れた源外の実験室も、桂には物珍しいのか興味深そうに眺めている。うごいていたほうが早く乾くものだと云って、袈裟だけ外した墨染め姿であちらへこちらへと関心を向けるたび、捲れた裾から真白い脛が覗く。ついつい銀時の視線も吸いよせられるから、落ち着かないことこのうえない。
銀時が努めて視線を外すと、こんどは白血球王と視線がかち合った。
「「………」」
視線を外した反対側の先に白血球王の視線があったのだから、つまりこいつも。
「見てんじゃねーよ」
「なんのことだ」
たまのなかで出合ったときとはサイズこそちがうが、鏡写しの似姿は嗜好までも、ということなのか。
「貴様の唯一無二に虫がつかぬようせいぜい励め、坂田銀時」
「…なんのことだ」
ばれてるんだろうか。こいつがおのれの分身なら、云わずもがなのことなのか。
奇妙に捩れた空気がその場を流れる。
「これはなんだ?」
ひとり桂だけが、我関せずの問を発した。
奥の壁に凭せ掛けてあったそれに生来の好奇心が疼いたらしい。桂は見た目にそぐわぬ馬鹿力で持ちあげた。
「おお、見ろ銀時。すごいぞ。まるでお伽噺の小槌が巨大化したようではないか」
云いながら打出の大槌Zを振り回す。
「おわっ。ばか。やめろ、この莫迦ヅラ!」
青くなった銀時があわてて止めに入る。頭上から叩き潰されて一寸法師化したことは、まだ記憶に新しい。焦りから銀時は白血球王のために床に寝かせてあった錫杖に足を取られ、蹴躓いた拍子につんのめり、その勢いのまま桂にぶつかった。その銀時を反射的に受け止めようとして、桂は振り上げたままの打出の大槌Zから手を放した。
「!?!!!!! 莫迦ヅ…」
最後まで叫ぶ暇もなく。哀れ、ふたりはもつれあったまま、落下する打出の大槌Zの下敷きとなる。
ぐしゃり。
骨と肉が潰れるような音とともにふたりの姿が視界から消えて、白血球王は飛び上がって駆け寄った。
「桂どの! 坂田銀時!」
大槌にくだかれた床板の隙間から、まず桂が這い出てくる。次いで銀時が姿を見せて、立ち上がるなり桂の後頭部を叩(はた)いた。
「なにしてくれちゃってんの、てめーはぁあああああっ」
「痛いではないか。なんだこれは。どうしたことだ。銀時?」
桂は後頭部を押さえたまま、駆け寄った白血球王の姿を認めて、小首を傾げた。
「いつのまに成長したのだ、白どの」
「莫迦なのおまえ、周囲(まわり)見てみろ! 俺たちが縮んだんだよっ」
ばっこん。
もういっぺん、うしろから桂をどつく。その銀時を白血球王の跳び蹴りが見舞った。
どぶぎゃしゅ。
「なにすんだてめぇぇ」
吹っ飛ばされた銀時が反撃に出ようとしたのを、胸ぐらをつかまれた白血球王が見下したような目で見遣った。
「この事態に桂どのを気遣うなら、すなおに心配したらどうだ」
続 2009.10.10.
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