「天涯の遊子」坂桂篇。4回に分ける。
坂本と桂。と、銀時。攘夷時代の回想で高杉。
部分的に、陸桂(陸奥視点という意味で)。
紅桜以降、雪まつりよりまえ。←注:原作沿い進行
後半に微エロあり、注意。
連作的には『星月夜』と『雪白』のあいだくらい。
「よお、金時。元気にしよったか」
万事屋のくたびれたソファで寝ころんでいた銀時は、聞き覚えのある訛りに玄関先に目をやった。
「あ、いらっしゃいませ。こんにちは」
コンビニの店員のような挨拶をして、眼鏡の少年があわててお茶の準備にかかる。
「かまうこたぁねー。新八。こいつは客じゃねぇから」
「銀ちゃんなみのくるくる天パ、アル」
突っ立ている背の高い黒い癖っ毛を見た、天人の少女が呟いた。
「そうはいきませんよ。銀さんのお客さんでしょ。神楽ちゃんも、失礼云わないの」
「だけど新八。こいつのもじゃもじゃも気合い入ってるネ」
「神楽ー。こいつといっしょにすんな。銀さん傷ついちゃうよ」
ある種の和気あいあいさに、坂本は目を細めた。桂から聞いていたとおりのようすに、安堵する。
眼鏡の少年に勧められて銀時の向かいに座ると、少年はお茶を出し、天人の少女を促して巨大犬を連れ散歩に出た。気を遣ってくれたようだ。
「んで?坂本。なにしにきたのよ、おまえ。きょうはちゃんと二本の足で来たみてーだが」
あいかわらずだらりとソファの背にもたれて、銀時は気怠げな目を向ける。
「いやあ、あんときはすまんすまん。けんど、修繕代はちゃんとわしが出したやか」
「ったりめーだ」
「ついでに見舞いに来たんけんど、はや怪我の具合はえいがか」
「新八んちにいたら、治るもんも治らねぇから、さっさと出てきた。いまはこのとおり、もうたいしたことはねぇよ」
にこにことお茶を飲む坂本に、聞き咎めた銀時が付け足す。
「てゆーか、見舞いって。どこから聞いたんだ。ついでって、なんのついで?」
「桂さんに所用があって」
云えば、銀時はちょっと微妙な顔をした。
「ヅラに?」
「ゆうべ、会ってな。今晩も夕食の約束をしちゅう」
「あっそ」
「おんしも来んか」
意外な申し出だったらしい。銀時は一瞬の間をおいた。
「俺?」
「どうせ暇してるんろう。桂さんも喜ぶ」
「暇じゃねーよ。いそがしいよ?けっこう」
「わしの奢りちや」
「それを早く云いなさいよ」
神楽を新八んちに頼まないとな、と云いつつ姿勢を直した銀時は、ちらりと坂本を見遣った。
「いいわけ?」
「なんが?」
「ヅラに会いに来たんだろう。わざわざ、宇宙(そら)降りて」
「いま、そうゆうたろう」
「所用じゃなくて。顔、見に来たんじゃないの。心配で。そこに俺が行って、いいわけ?」
坂本が、からからと笑う。
「らしくない気遣いをしな。気になるがやろ、金時」
「だから、金時じゃねーつうの。俺がなにを気にすんのよ」
「隠したちいかんだと、まだわからんがか」
ぱあんと、盛大に坂本に背を叩かれて、銀時は噎せた。
* * *
深更。川の水面に滑るように小型の船艇が着水した。
波立ちに揺れる足もとを気遣いながら、待ち受けていたさらに小振りの船舶に男がひとりだけ乗り移る。以前、ステファンを届けにきたときのようだが、今回は土産ものは貨物ではない。
「ほんなら、陸奥。あとはたのむきに」
「羽目をはずさんようにな。また頭が世話になるがで。桂さん」
「陸奥殿もご苦労だな。このもじゃの面倒をみるのは」
坂本を送り出しがてら桂に挨拶をして陸奥は、その異相にとまどいを禁じえない。見慣れた縹と甕覗色の袷羽織に、だがあれほど長くみごとだった黒髪が、肩に届くか届かぬかの長さで、心許なげに揺れている。見れば坂本のほうも、いつものようにからからと笑い、挨拶代わりに桂を抱きしめてはいるが、その目は複雑な色をたたえて髪に視線を落としていた。頭のこんな眸はみたことがない。そう感じて陸奥はわずかに眉を寄せた。
「あんの、馬鹿もんが」
高杉が桂一派と高杉一派との抗争に春雨までを引き込んだ、と配下のものの報告で知ったとき、坂本はめずらしく苦い顔をして、そう呟いた。
桂との密約で快援隊が組織として鬼兵隊と春雨の現況を集め、桂一派に渡す手筈であることは陸奥も承知のうえだったが、結句、まにあわなかったのだと悟る。
「いや…莫迦は、わしちや」
天を仰いで小さく溜め息のように吐き出されたことばを、陸奥は聞き逃さなかった。
「おお、ステファン。おんしも元気そうじゃのぉ」
屋形船に桂と同乗していたエリザベスに、坂本がどこだかよくわからないその肩を叩き挨拶している間を見計らって、陸奥は愛用の編み笠を軽くもたげ、そっと桂に耳打ちした。
「あれで、けっこう堪えちゅうがやき、こらえてやっとおせ」
「件のことか? 気に病むな陸奥殿。責めを問うようなことではない」
「けんど、その髪も…」
桂が苦笑する。
「みな、これを気にするのだな。髪など放っておいても伸びるものを」
そう云って、肩口で揃えられた長さの髪に手をやった。幼子のおかっぱを思わせる黒髪は、桂の静謐な美貌と相まって等身大の人形のようにも見える。
「それにこの件はこれで終わったわけではない。春雨がこの頸と引き換えに、ただ鬼兵隊と取り引きを結ぶとも思えぬからな。いずれまたべつの動きを見せよう。引き続き、貴殿らの情報網に期待する」
だがそのつくりものめいて美しい口が紡ぐのは、透徹した現状認識だ。みな、このおとこの外見に惑わされる。陸奥は気を引き締めた。
二度と後手に回ることなどゆるされようはずもない。桂の個人的感情はともかくも、盟約が党首と頭、すなわち桂一派と快援隊として交わされたものである以上、失態は坂本辰馬の名を貶めることになる。坂本の補佐として、それだけは回避せねばならない。
その緊張が知らず顔に出たらしい。桂は陸奥の肩を軽く叩いた。
「宇宙商人に畑違いのことをたのんでいるのは、こちらだ。本業に差し障らぬ程度でよい。あれの本懐を潰しては元も子もなくなるゆえな」
その言は、戦時に袂を分かちながらいまもなお交誼を結びつづける盟友の、目差す場所をおたがい尊重しあっているのだと窺わせる。坂本が私的な感情の部分で第一義に桂を置いているのは、外見だけではないこの怜悧さのあるためだ。大局に立てる眼差しを持つものどうしゆえか、この独特の距離感はなんだろう。ともあれ陸奥は補佐官として、このおとこの思考力と判断力にも追いつかねばならない。ほうっとちからを抜いて、うなずく。
「承知。その範囲で最善を尽くす」
「うん。たのむ」
軽やかな口調で桂は云い、やさしい手つきで陸奥の編み笠を直した。
いつのまにやらエリザベスとの挨拶をすませていた坂本が、にこにことその光景を眺めている。
* * *
屋形船は、その川を上り江戸市中に引き込まれた運河を伝って、また一本の川へと出ると、一軒の船宿の横手に停泊した。坂本がなじみとする宿のひとつで、こんな遅い時刻にもかかわらず、屋号の記された門提灯に火が入っている。
坂本と桂だけを下ろすと、エリザベスは丸っこいからだを折り曲げるようにして一礼し、船頭とともにまた川を下っていく。すぐに女将が出迎えて、音もなく招じ入れられた。
「ステファンは隠れ家に戻るがか?」
「ステファンではない。エリザベスだ。いや、おれも明晩までは戻らぬゆえ、好きにしてよいともうしつけてある」
宿の手配の晩酌の膳にお銚子を二・三本追加したところで、もう遅いしあとは勝手にやるからと礼を云って仲居を下がらせる。とたん、居住まいを正して丈六の両膝に手をつき、がばと坂本は頭を下げた。
「すまんかった。桂さん」
桂は一拍の間をおいて、下げたままの坂本のもじゃもじゃ頭に、ぽん、と手を乗せる。そのままゆるく髪をつかんで引き上げた。
「てっ。ててっ」
わざと大仰にしかめた顔をあげる坂本に、つねの能面のまま告げる。
「よさんか。貴様が詫びることではないし、起きてしまったことは反らぬ」
頭に乗せられた桂のその手を取って、坂本は両の掌で包み込むように握った。
「ほがーに淡々と云うき、よけいにおんしには詫びのうてはならん。晋坊があこまでやるとは思わんかったがで、わしゃ甘かったのぉ。役に立たんと、まっこともうしわけない」
詫びは詫びとして、坂本には屈託がない。桂には半端な気遣いは無用のことと心得ていた。
「役には立ってもらうさ。まだ、これからな」
案の定。さらりと桂に返されて、坂本は握り込んだ桂の手を捧げ持つようにして、その甲に接吻を落とした。
「ほりゃあ、心底誓う」
坂本の気のすむままにさせておいて、桂は頸だけひねって、川岸に面した丸窓の霞障子を眺めた。夜半の月の青白い光が透けて、貼られた雲竜紙の文様を浮かび上がらせている。坂本は目線をあげて、その姿を見つめた。桂のわずかなうごきに連れ、短めの黒髪がさらさらと白いうなじに絡む。
ふだん見ることのかなわない秘められた場所が暴かれたような心地に、坂本は苦いものを感じ、同時に沸き上がった熱い衝動に迷った。ひさびさの逢瀬なのだから、とうぜん肌も合わせたい。つねのようにかまわず触れてその気にさせることはできたが、今宵はそれを憚るものが坂本のほうにあった。
「こたろ、おんしどうするがかぇ」
続 2008.03.01.
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「よお、金時。元気にしよったか」
万事屋のくたびれたソファで寝ころんでいた銀時は、聞き覚えのある訛りに玄関先に目をやった。
「あ、いらっしゃいませ。こんにちは」
コンビニの店員のような挨拶をして、眼鏡の少年があわててお茶の準備にかかる。
「かまうこたぁねー。新八。こいつは客じゃねぇから」
「銀ちゃんなみのくるくる天パ、アル」
突っ立ている背の高い黒い癖っ毛を見た、天人の少女が呟いた。
「そうはいきませんよ。銀さんのお客さんでしょ。神楽ちゃんも、失礼云わないの」
「だけど新八。こいつのもじゃもじゃも気合い入ってるネ」
「神楽ー。こいつといっしょにすんな。銀さん傷ついちゃうよ」
ある種の和気あいあいさに、坂本は目を細めた。桂から聞いていたとおりのようすに、安堵する。
眼鏡の少年に勧められて銀時の向かいに座ると、少年はお茶を出し、天人の少女を促して巨大犬を連れ散歩に出た。気を遣ってくれたようだ。
「んで?坂本。なにしにきたのよ、おまえ。きょうはちゃんと二本の足で来たみてーだが」
あいかわらずだらりとソファの背にもたれて、銀時は気怠げな目を向ける。
「いやあ、あんときはすまんすまん。けんど、修繕代はちゃんとわしが出したやか」
「ったりめーだ」
「ついでに見舞いに来たんけんど、はや怪我の具合はえいがか」
「新八んちにいたら、治るもんも治らねぇから、さっさと出てきた。いまはこのとおり、もうたいしたことはねぇよ」
にこにことお茶を飲む坂本に、聞き咎めた銀時が付け足す。
「てゆーか、見舞いって。どこから聞いたんだ。ついでって、なんのついで?」
「桂さんに所用があって」
云えば、銀時はちょっと微妙な顔をした。
「ヅラに?」
「ゆうべ、会ってな。今晩も夕食の約束をしちゅう」
「あっそ」
「おんしも来んか」
意外な申し出だったらしい。銀時は一瞬の間をおいた。
「俺?」
「どうせ暇してるんろう。桂さんも喜ぶ」
「暇じゃねーよ。いそがしいよ?けっこう」
「わしの奢りちや」
「それを早く云いなさいよ」
神楽を新八んちに頼まないとな、と云いつつ姿勢を直した銀時は、ちらりと坂本を見遣った。
「いいわけ?」
「なんが?」
「ヅラに会いに来たんだろう。わざわざ、宇宙(そら)降りて」
「いま、そうゆうたろう」
「所用じゃなくて。顔、見に来たんじゃないの。心配で。そこに俺が行って、いいわけ?」
坂本が、からからと笑う。
「らしくない気遣いをしな。気になるがやろ、金時」
「だから、金時じゃねーつうの。俺がなにを気にすんのよ」
「隠したちいかんだと、まだわからんがか」
ぱあんと、盛大に坂本に背を叩かれて、銀時は噎せた。
* * *
深更。川の水面に滑るように小型の船艇が着水した。
波立ちに揺れる足もとを気遣いながら、待ち受けていたさらに小振りの船舶に男がひとりだけ乗り移る。以前、ステファンを届けにきたときのようだが、今回は土産ものは貨物ではない。
「ほんなら、陸奥。あとはたのむきに」
「羽目をはずさんようにな。また頭が世話になるがで。桂さん」
「陸奥殿もご苦労だな。このもじゃの面倒をみるのは」
坂本を送り出しがてら桂に挨拶をして陸奥は、その異相にとまどいを禁じえない。見慣れた縹と甕覗色の袷羽織に、だがあれほど長くみごとだった黒髪が、肩に届くか届かぬかの長さで、心許なげに揺れている。見れば坂本のほうも、いつものようにからからと笑い、挨拶代わりに桂を抱きしめてはいるが、その目は複雑な色をたたえて髪に視線を落としていた。頭のこんな眸はみたことがない。そう感じて陸奥はわずかに眉を寄せた。
「あんの、馬鹿もんが」
高杉が桂一派と高杉一派との抗争に春雨までを引き込んだ、と配下のものの報告で知ったとき、坂本はめずらしく苦い顔をして、そう呟いた。
桂との密約で快援隊が組織として鬼兵隊と春雨の現況を集め、桂一派に渡す手筈であることは陸奥も承知のうえだったが、結句、まにあわなかったのだと悟る。
「いや…莫迦は、わしちや」
天を仰いで小さく溜め息のように吐き出されたことばを、陸奥は聞き逃さなかった。
「おお、ステファン。おんしも元気そうじゃのぉ」
屋形船に桂と同乗していたエリザベスに、坂本がどこだかよくわからないその肩を叩き挨拶している間を見計らって、陸奥は愛用の編み笠を軽くもたげ、そっと桂に耳打ちした。
「あれで、けっこう堪えちゅうがやき、こらえてやっとおせ」
「件のことか? 気に病むな陸奥殿。責めを問うようなことではない」
「けんど、その髪も…」
桂が苦笑する。
「みな、これを気にするのだな。髪など放っておいても伸びるものを」
そう云って、肩口で揃えられた長さの髪に手をやった。幼子のおかっぱを思わせる黒髪は、桂の静謐な美貌と相まって等身大の人形のようにも見える。
「それにこの件はこれで終わったわけではない。春雨がこの頸と引き換えに、ただ鬼兵隊と取り引きを結ぶとも思えぬからな。いずれまたべつの動きを見せよう。引き続き、貴殿らの情報網に期待する」
だがそのつくりものめいて美しい口が紡ぐのは、透徹した現状認識だ。みな、このおとこの外見に惑わされる。陸奥は気を引き締めた。
二度と後手に回ることなどゆるされようはずもない。桂の個人的感情はともかくも、盟約が党首と頭、すなわち桂一派と快援隊として交わされたものである以上、失態は坂本辰馬の名を貶めることになる。坂本の補佐として、それだけは回避せねばならない。
その緊張が知らず顔に出たらしい。桂は陸奥の肩を軽く叩いた。
「宇宙商人に畑違いのことをたのんでいるのは、こちらだ。本業に差し障らぬ程度でよい。あれの本懐を潰しては元も子もなくなるゆえな」
その言は、戦時に袂を分かちながらいまもなお交誼を結びつづける盟友の、目差す場所をおたがい尊重しあっているのだと窺わせる。坂本が私的な感情の部分で第一義に桂を置いているのは、外見だけではないこの怜悧さのあるためだ。大局に立てる眼差しを持つものどうしゆえか、この独特の距離感はなんだろう。ともあれ陸奥は補佐官として、このおとこの思考力と判断力にも追いつかねばならない。ほうっとちからを抜いて、うなずく。
「承知。その範囲で最善を尽くす」
「うん。たのむ」
軽やかな口調で桂は云い、やさしい手つきで陸奥の編み笠を直した。
いつのまにやらエリザベスとの挨拶をすませていた坂本が、にこにことその光景を眺めている。
* * *
屋形船は、その川を上り江戸市中に引き込まれた運河を伝って、また一本の川へと出ると、一軒の船宿の横手に停泊した。坂本がなじみとする宿のひとつで、こんな遅い時刻にもかかわらず、屋号の記された門提灯に火が入っている。
坂本と桂だけを下ろすと、エリザベスは丸っこいからだを折り曲げるようにして一礼し、船頭とともにまた川を下っていく。すぐに女将が出迎えて、音もなく招じ入れられた。
「ステファンは隠れ家に戻るがか?」
「ステファンではない。エリザベスだ。いや、おれも明晩までは戻らぬゆえ、好きにしてよいともうしつけてある」
宿の手配の晩酌の膳にお銚子を二・三本追加したところで、もう遅いしあとは勝手にやるからと礼を云って仲居を下がらせる。とたん、居住まいを正して丈六の両膝に手をつき、がばと坂本は頭を下げた。
「すまんかった。桂さん」
桂は一拍の間をおいて、下げたままの坂本のもじゃもじゃ頭に、ぽん、と手を乗せる。そのままゆるく髪をつかんで引き上げた。
「てっ。ててっ」
わざと大仰にしかめた顔をあげる坂本に、つねの能面のまま告げる。
「よさんか。貴様が詫びることではないし、起きてしまったことは反らぬ」
頭に乗せられた桂のその手を取って、坂本は両の掌で包み込むように握った。
「ほがーに淡々と云うき、よけいにおんしには詫びのうてはならん。晋坊があこまでやるとは思わんかったがで、わしゃ甘かったのぉ。役に立たんと、まっこともうしわけない」
詫びは詫びとして、坂本には屈託がない。桂には半端な気遣いは無用のことと心得ていた。
「役には立ってもらうさ。まだ、これからな」
案の定。さらりと桂に返されて、坂本は握り込んだ桂の手を捧げ持つようにして、その甲に接吻を落とした。
「ほりゃあ、心底誓う」
坂本の気のすむままにさせておいて、桂は頸だけひねって、川岸に面した丸窓の霞障子を眺めた。夜半の月の青白い光が透けて、貼られた雲竜紙の文様を浮かび上がらせている。坂本は目線をあげて、その姿を見つめた。桂のわずかなうごきに連れ、短めの黒髪がさらさらと白いうなじに絡む。
ふだん見ることのかなわない秘められた場所が暴かれたような心地に、坂本は苦いものを感じ、同時に沸き上がった熱い衝動に迷った。ひさびさの逢瀬なのだから、とうぜん肌も合わせたい。つねのようにかまわず触れてその気にさせることはできたが、今宵はそれを憚るものが坂本のほうにあった。
「こたろ、おんしどうするがかぇ」
続 2008.03.01.
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