「天涯の遊子」坂桂篇。全4回。
坂本と桂。と、銀時。攘夷時代の回想で高杉。
紅桜以降、雪まつりよりまえ。
後半に微エロあり、注意。
坂本の問いかけに、桂は向き直り銚子を手にすると、しぐさで坂本に勧め、手前の空の杯にも酒を注いだ。桂の酌はいつも優美で、甘くほろ苦い。
「晋坊とやりおうたとき、金時もおったがやろ。そう聞いちゅう」
うやむやにすればできるが、高杉と銀時とですでに縺れている桂との糸を、おのれまでもが縺れさせるのは忍びない。いのいちばんに桂のもとから離れた坂本が、それをするわけにはいかなかった。
「こんどばかりは堪えたろう。おんしの生死がわからんようになったときの、あれの心持ちを思えば。腹を括ったががやないがか」
桂は酒を口にしつつ、坂本の目を見て聞いている。ふだんに変わらぬ眼差し。
「よりをもどしたがやろ?金時と」
そこでようやく、口を開いた。
「金時ではない、銀時だ。…坂本。まえにも云ったな。おれは、あやつにしあわせになってもらいたいが、しあわせを望んでいるのとはちがうと。おれが、あれの不幸な顔を見たくないだけなのだと」
坂本が桂のしあわせな顔を見たいだけなのと同様に。うなずいて先を促す。
「いま、おれといることで銀時がしあわせになれると、おれは思わん。思わんが、おれといるときあれがしあわせな顔を見せるのなら、その顔を見たいとは思うのだ」
坂本は目を閉じた。そのことばを咀嚼するように。
坂本は、おのれがひとところにとどまれぬたちであることを自覚している。桂をだれより愛おしいとおもうが、ずっとそばにいてやることは自分にはできない。また桂もそれをよしとはしないだろう。で、あれば。その桂が望まぬことをつづけるつもりはなかった。幸か不幸か、そうした分別は持ち合わせている。からだの関係は絶っても支えてやることはできる。だが、しかし。
「だから、坂本。貴様がそのおれを見るに堪えぬのであれば、二度とふたりきりでは、こうした席にはつかぬ」
そこまで聞いて、坂本は戸惑ったように目を開けた。
「ちっくと、待っとおせ」
「ん?」
「ほりゃあ、わしがかまわなければ、おんしはかまんとゆうちゅうのか?」
桂が、きょとんとして見つめる。
「いまさら、おれがなにをかまうのだ?」
そうだった。むかしから。肝心なところをあっさりとひとに下駄を預けるようなまねをするのだった。このおとこは。
「聞く相手をまちがったかぇ」
ひとりごちて、坂本は顎をさすった。坂本とのこうした関係をかまうのは、桂ではない。銀時のほうだ。あるいは高杉の。
戦時にふたりに伏せて、桂が身を張って軍資金調達を図ったときから、そのための策応を桂から持ちかけられたときから、桂と坂本との繋がりはむしろ、共犯関係に等しかったのだと思い返す。そして桂は、自分が掻き立てる他人の感情には頓着しない。
支援者への、身売り、というよりは。ありていに云って、からだでおとこをたらし込んで貢がせる、という金策だったわけだが。のちにふたりに露見したとき、桂は、必要だったからだ、のひとことで片づけた。
* * *
陣屋の一角で、派手な音が鳴り響いた。
肉を打つ鈍い音に、木桶が転がり滑車の軋む音がかさなり、次いで桶の打つ高い水音が撥ねる。なにごとかと窺い見る攘夷軍の同志たちも、騒ぎのもとが幹部連どうしとあっては、口を出すこともはばかられ、ただ遠巻きに見ているしかできない。
陣を置いた屋敷の庭先。奥の井戸端で大の男が三人、睨みあっているのだから、うっとうしいことこのうえない。わずかばかり離れた場所から成り行きを見ていた喧嘩のおおもとの当事者は、涼しい顔をして見物客に一瞥をくれると目顔で下がるよう促した。静かだが有無を云わさぬその視線に、瞬く間に人垣は解けていく。
「いったぁ。おんしの拳は効くのう」
殴られた顎をなでさすりながら、坂本は殴った当の相手の拳が、白くなるほど握り込まれて震えるのを見た。そのまま視線で上へと辿る。白銀の下の眸はいつものけだるさを忘れ、戦場で見せる夜叉とはまた違う紅蓮の色をたたえてこちらを睨みつけている。
井戸を背にかろうじて尻餅を免れた坂本は、やれやれ、とばかりに切れた口の端を拭った。その態度に、ぴくりと、また銀時の肩が揺れる。常日頃は口巧者な男が、怒りに震えて罵ることばすらない。井戸を挟んで斜め向こうに立つ高杉は、銀時の激昂とは対照的な、冷えた怒りの空気を纏っていた。
銀時をとめる気はないらしいのに、むしろその銀時の激昂ぶりにさえ高杉は冷ややかな目線を向けている。
「殴る相手が違うだろう」
三者三様の睨みあいに、桂が溜息をついた。
「てめぇは、だまってろ」
百戦錬磨の将でさえ震え上がるような、殺気と狂気を孕んだ目で睨みつけられても、桂は怯む気配さえない。銀時の正面に立つと、紅蓮の眸を真っ向から見据えた。
「坂本に、知っていてなぜ止めなかったと憤るのは筋が違う。だいいち、止められてやめるおれとおもうか、銀時」
「桂。てめぇがそこまでやる必要が、どこにある」
激情を懸命に抑えようとする声音は低く掠れて、その裏側にある銀時の哀しみを、坂本は感じ取ったが。
「この戦の、どこにそこまでの価値がある」
銀時の本音だったろう。だがそれは禁句だ。少なくとも桂と高杉にとっては。
まずい、と坂本が思ったときには、横合いから矢の速さで、高杉が銀時を殴り飛ばしていた。不意をつかれてまともにくらってもんどり打った銀時が、立ち上がってやり返そうと踏み出すのへ、高杉は云い放つ。
「てめぇは、何様だ。銀時」
「なんだと。高杉、てめぇこそ」
常ならば、突っかかってくる高杉をやる気のなさで適当に受け流す銀時が、このときばかりはむきになった。やはり桂のことで平常心を失っている。一触即発の空気に、坂本は惑った。いつもなら、仲裁は自分の役目だ。だがいまそれをすれば、火に油を注ぐだけなのは明らかだろう。
けれど、もともとの起因であるはずの桂は、ものともせず。至近で対峙するふたりのあたまを、ぽかり、ぽかり、と気の抜けたような音で続けざまに殴ってみせたのである。
「「なにしやがる!」」
後頭部を押さえ、期せずしてハモった銀時と高杉の怒声に、桂はもういちど、振り向いたふたりのこんどは正面から、その両頬を軽く叩(はた)いた。
ぴったん、ぱっちん。ぴったん、ぱっちん。
「やめんか。いい歳をして」
「「ああ? だれのせいだと思ってやがんだ。おめーは」」
傍若無人ともいえる桂の為しようと、同時に反駁しながら結局桂にペースを掻き乱される銀時と高杉の姿に、坂本はたまらず吹き出した。
「おんしらぁ、なんだかんだゆうてもよおできちゅう仲やか」
ふたたび銀時と高杉とに睨まれ、肩をすくめる。桂がつかつかとやってきて坂本のあたまも、ぽかりと同じように殴った。びっくりする坂本をよそに、
「だから、こやつらに伏せたというのに。どこから漏れたのだ、坂本?」
問われて、坂本は目を泳がせた。高杉が応えを引き取る。
「二度も三度もおんなじ口裏合わせが通用するとおもうか。嘗めてんのか」
「…とゆうことやき。すまんかったな、桂さん」
そう詫びながら、坂本には隠し通す強固な意志がなかったのだとも云える。実際、二度や三度のことだったら、耐え切れたかもしれない。だが度重なるなら、坂本といえどもつらい。みずからが導き閨の手管を施し、だがそれ以上に閨の相手を傅かせることをこそ肝要と、桂に態度で示したおのれは、その一方で、愛しむ気持ちを募らせていたのだから。
もちろん、そのあたりのことまで知られてしまったわけではない。でなければ、とうに坂本の頸は飛んでいただろう。銀時が刀を抜かなかっただけでもましだった。それでもいいから。どこかで、止めてほしかったのだろうと思う。だれかに桂を。自分にはできない、自分がそれをしてはならない、と坂本には思えたから。
「いや。すまん坂本。貴様はいわば事後共犯なのにな」
暗に、知って止めなかったことだけにしておけ、と坂本に告げてきて、桂はふたりに相対した。
「ということだ。銀時。ゆるせぬと殴るならおれを殴るべきだし、高杉も…」
「小太郎」
「うむ?」
高杉は、わずかに視線をあげて桂を見つめた。冷たい怒りの気は消えていて、このおとこらしい内面の青白い炎を孕んだ眸になっている。
「あんたの、意志だったんだな? あんたが自分で決めて、自分でやらかしたことだと、誓って云えるんだな?」
「むろんだ」
しばらく無言で挑むように見つめていた眸は、やがてその青の炎を収めた。
「なら、いい」
ひとこと云い捨てて高杉は、銀時を一瞥すると、坂本には目もくれず、屋敷へと戻っていく。結局のところ、桂が信念のもとにみずから決めたことであれば、内心はどうあれそれに異を唱えるまねを、高杉はしなかった。それがこのおとこの桂への接し方の根っこなのだと、坂本は知る。高杉にとっての、高杉の求める桂という存在のありようを、物語っているかのようだ。
そうか、と思った。うすうす気づかないはずはない桂と銀時との仲を、高杉が黙殺しているのは、だからなのか。
「銀時?」
覗き込むような桂の視線を、銀時は受け止めようとして、失敗した。目を逸らす。
「二度と、すんじゃ、ねえ」
それだけを云う。逸らされた目は、そのあとしばらく桂を視界に捉えることを拒んだ。
常日頃、あれほどに目でその存在を追っていた桂を、視線から締めだすさまは、坂本から見れば痛々しいほどだった。
銀時の怒りの矛先が、桂の取った手段にではなく、桂にそれをさせた攘夷の戦そのものにあることは明らかだったが。なにより、そこにいたる桂の憂苦に気づきもしなかったおのれ自身に向けられたものだと、坂本にはわかっただけに、なおさら。
続 2008.03.01.
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坂本の問いかけに、桂は向き直り銚子を手にすると、しぐさで坂本に勧め、手前の空の杯にも酒を注いだ。桂の酌はいつも優美で、甘くほろ苦い。
「晋坊とやりおうたとき、金時もおったがやろ。そう聞いちゅう」
うやむやにすればできるが、高杉と銀時とですでに縺れている桂との糸を、おのれまでもが縺れさせるのは忍びない。いのいちばんに桂のもとから離れた坂本が、それをするわけにはいかなかった。
「こんどばかりは堪えたろう。おんしの生死がわからんようになったときの、あれの心持ちを思えば。腹を括ったががやないがか」
桂は酒を口にしつつ、坂本の目を見て聞いている。ふだんに変わらぬ眼差し。
「よりをもどしたがやろ?金時と」
そこでようやく、口を開いた。
「金時ではない、銀時だ。…坂本。まえにも云ったな。おれは、あやつにしあわせになってもらいたいが、しあわせを望んでいるのとはちがうと。おれが、あれの不幸な顔を見たくないだけなのだと」
坂本が桂のしあわせな顔を見たいだけなのと同様に。うなずいて先を促す。
「いま、おれといることで銀時がしあわせになれると、おれは思わん。思わんが、おれといるときあれがしあわせな顔を見せるのなら、その顔を見たいとは思うのだ」
坂本は目を閉じた。そのことばを咀嚼するように。
坂本は、おのれがひとところにとどまれぬたちであることを自覚している。桂をだれより愛おしいとおもうが、ずっとそばにいてやることは自分にはできない。また桂もそれをよしとはしないだろう。で、あれば。その桂が望まぬことをつづけるつもりはなかった。幸か不幸か、そうした分別は持ち合わせている。からだの関係は絶っても支えてやることはできる。だが、しかし。
「だから、坂本。貴様がそのおれを見るに堪えぬのであれば、二度とふたりきりでは、こうした席にはつかぬ」
そこまで聞いて、坂本は戸惑ったように目を開けた。
「ちっくと、待っとおせ」
「ん?」
「ほりゃあ、わしがかまわなければ、おんしはかまんとゆうちゅうのか?」
桂が、きょとんとして見つめる。
「いまさら、おれがなにをかまうのだ?」
そうだった。むかしから。肝心なところをあっさりとひとに下駄を預けるようなまねをするのだった。このおとこは。
「聞く相手をまちがったかぇ」
ひとりごちて、坂本は顎をさすった。坂本とのこうした関係をかまうのは、桂ではない。銀時のほうだ。あるいは高杉の。
戦時にふたりに伏せて、桂が身を張って軍資金調達を図ったときから、そのための策応を桂から持ちかけられたときから、桂と坂本との繋がりはむしろ、共犯関係に等しかったのだと思い返す。そして桂は、自分が掻き立てる他人の感情には頓着しない。
支援者への、身売り、というよりは。ありていに云って、からだでおとこをたらし込んで貢がせる、という金策だったわけだが。のちにふたりに露見したとき、桂は、必要だったからだ、のひとことで片づけた。
* * *
陣屋の一角で、派手な音が鳴り響いた。
肉を打つ鈍い音に、木桶が転がり滑車の軋む音がかさなり、次いで桶の打つ高い水音が撥ねる。なにごとかと窺い見る攘夷軍の同志たちも、騒ぎのもとが幹部連どうしとあっては、口を出すこともはばかられ、ただ遠巻きに見ているしかできない。
陣を置いた屋敷の庭先。奥の井戸端で大の男が三人、睨みあっているのだから、うっとうしいことこのうえない。わずかばかり離れた場所から成り行きを見ていた喧嘩のおおもとの当事者は、涼しい顔をして見物客に一瞥をくれると目顔で下がるよう促した。静かだが有無を云わさぬその視線に、瞬く間に人垣は解けていく。
「いったぁ。おんしの拳は効くのう」
殴られた顎をなでさすりながら、坂本は殴った当の相手の拳が、白くなるほど握り込まれて震えるのを見た。そのまま視線で上へと辿る。白銀の下の眸はいつものけだるさを忘れ、戦場で見せる夜叉とはまた違う紅蓮の色をたたえてこちらを睨みつけている。
井戸を背にかろうじて尻餅を免れた坂本は、やれやれ、とばかりに切れた口の端を拭った。その態度に、ぴくりと、また銀時の肩が揺れる。常日頃は口巧者な男が、怒りに震えて罵ることばすらない。井戸を挟んで斜め向こうに立つ高杉は、銀時の激昂とは対照的な、冷えた怒りの空気を纏っていた。
銀時をとめる気はないらしいのに、むしろその銀時の激昂ぶりにさえ高杉は冷ややかな目線を向けている。
「殴る相手が違うだろう」
三者三様の睨みあいに、桂が溜息をついた。
「てめぇは、だまってろ」
百戦錬磨の将でさえ震え上がるような、殺気と狂気を孕んだ目で睨みつけられても、桂は怯む気配さえない。銀時の正面に立つと、紅蓮の眸を真っ向から見据えた。
「坂本に、知っていてなぜ止めなかったと憤るのは筋が違う。だいいち、止められてやめるおれとおもうか、銀時」
「桂。てめぇがそこまでやる必要が、どこにある」
激情を懸命に抑えようとする声音は低く掠れて、その裏側にある銀時の哀しみを、坂本は感じ取ったが。
「この戦の、どこにそこまでの価値がある」
銀時の本音だったろう。だがそれは禁句だ。少なくとも桂と高杉にとっては。
まずい、と坂本が思ったときには、横合いから矢の速さで、高杉が銀時を殴り飛ばしていた。不意をつかれてまともにくらってもんどり打った銀時が、立ち上がってやり返そうと踏み出すのへ、高杉は云い放つ。
「てめぇは、何様だ。銀時」
「なんだと。高杉、てめぇこそ」
常ならば、突っかかってくる高杉をやる気のなさで適当に受け流す銀時が、このときばかりはむきになった。やはり桂のことで平常心を失っている。一触即発の空気に、坂本は惑った。いつもなら、仲裁は自分の役目だ。だがいまそれをすれば、火に油を注ぐだけなのは明らかだろう。
けれど、もともとの起因であるはずの桂は、ものともせず。至近で対峙するふたりのあたまを、ぽかり、ぽかり、と気の抜けたような音で続けざまに殴ってみせたのである。
「「なにしやがる!」」
後頭部を押さえ、期せずしてハモった銀時と高杉の怒声に、桂はもういちど、振り向いたふたりのこんどは正面から、その両頬を軽く叩(はた)いた。
ぴったん、ぱっちん。ぴったん、ぱっちん。
「やめんか。いい歳をして」
「「ああ? だれのせいだと思ってやがんだ。おめーは」」
傍若無人ともいえる桂の為しようと、同時に反駁しながら結局桂にペースを掻き乱される銀時と高杉の姿に、坂本はたまらず吹き出した。
「おんしらぁ、なんだかんだゆうてもよおできちゅう仲やか」
ふたたび銀時と高杉とに睨まれ、肩をすくめる。桂がつかつかとやってきて坂本のあたまも、ぽかりと同じように殴った。びっくりする坂本をよそに、
「だから、こやつらに伏せたというのに。どこから漏れたのだ、坂本?」
問われて、坂本は目を泳がせた。高杉が応えを引き取る。
「二度も三度もおんなじ口裏合わせが通用するとおもうか。嘗めてんのか」
「…とゆうことやき。すまんかったな、桂さん」
そう詫びながら、坂本には隠し通す強固な意志がなかったのだとも云える。実際、二度や三度のことだったら、耐え切れたかもしれない。だが度重なるなら、坂本といえどもつらい。みずからが導き閨の手管を施し、だがそれ以上に閨の相手を傅かせることをこそ肝要と、桂に態度で示したおのれは、その一方で、愛しむ気持ちを募らせていたのだから。
もちろん、そのあたりのことまで知られてしまったわけではない。でなければ、とうに坂本の頸は飛んでいただろう。銀時が刀を抜かなかっただけでもましだった。それでもいいから。どこかで、止めてほしかったのだろうと思う。だれかに桂を。自分にはできない、自分がそれをしてはならない、と坂本には思えたから。
「いや。すまん坂本。貴様はいわば事後共犯なのにな」
暗に、知って止めなかったことだけにしておけ、と坂本に告げてきて、桂はふたりに相対した。
「ということだ。銀時。ゆるせぬと殴るならおれを殴るべきだし、高杉も…」
「小太郎」
「うむ?」
高杉は、わずかに視線をあげて桂を見つめた。冷たい怒りの気は消えていて、このおとこらしい内面の青白い炎を孕んだ眸になっている。
「あんたの、意志だったんだな? あんたが自分で決めて、自分でやらかしたことだと、誓って云えるんだな?」
「むろんだ」
しばらく無言で挑むように見つめていた眸は、やがてその青の炎を収めた。
「なら、いい」
ひとこと云い捨てて高杉は、銀時を一瞥すると、坂本には目もくれず、屋敷へと戻っていく。結局のところ、桂が信念のもとにみずから決めたことであれば、内心はどうあれそれに異を唱えるまねを、高杉はしなかった。それがこのおとこの桂への接し方の根っこなのだと、坂本は知る。高杉にとっての、高杉の求める桂という存在のありようを、物語っているかのようだ。
そうか、と思った。うすうす気づかないはずはない桂と銀時との仲を、高杉が黙殺しているのは、だからなのか。
「銀時?」
覗き込むような桂の視線を、銀時は受け止めようとして、失敗した。目を逸らす。
「二度と、すんじゃ、ねえ」
それだけを云う。逸らされた目は、そのあとしばらく桂を視界に捉えることを拒んだ。
常日頃、あれほどに目でその存在を追っていた桂を、視線から締めだすさまは、坂本から見れば痛々しいほどだった。
銀時の怒りの矛先が、桂の取った手段にではなく、桂にそれをさせた攘夷の戦そのものにあることは明らかだったが。なにより、そこにいたる桂の憂苦に気づきもしなかったおのれ自身に向けられたものだと、坂本にはわかっただけに、なおさら。
続 2008.03.01.
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