「天涯の遊子」の読み切り短篇。
短篇とは名ばかりの、前後篇。(画面字数の都合上)
銀桂。
ニンジャー以降、紅桜まえ。
*『仮寝』と一部連動
ひさびさの労働のあとの疲労と昂揚とを感じながら、銀時はぶらりと家路についた。
「どっかで、かるくひっかけてくかなー」
事前の依頼では終了は深夜近くに及ぶとされた警備の仕事で、今夜は神楽も新八の家で夕食、就寝という手筈になっている。それが思いのほか早くに退けて、遅い夕飯にならまだ充分な時間だ。これで請負料は変わらないのだから、ちょっと得した気分にもなる。
こんなときには会いたくてたまらなくなる相手もいたが、あいにく、銀時はそのおもいびとの住み処を知らない。転々と住居を変えるからで、そのいちいちを桂は知らせたりしないし、銀時も聞くのを躊躇った。
考えてみれば、むこうが会いに来ないかぎり会う会わないの選択の権利すらないのだと、いまさらに気づく。ふらりと銀時のまえに姿を現しては、こちらの気分をいいように引っ掻き回して帰るのが常だ。目のまえにいても触れることさえかなわない。再会後、銀時が桂への対応に惑っていたせいもあるが、もう、桂の思惑などあれこれ考えるのは止めにした。つぎに会ったら、いまのままでは置かない。そう決意したものの、その当の相手が先日来、とんと姿を見せないのではお話にもならない。
いや、正確には、お馬鹿はやった。桂のペット救出を手伝わされたのだ。忍者の扮装などさせられて、なんでこんなに合うのだと思うくらいに、息の合った闘いっぷりに、思い返しても頭痛がする。結局理屈ではないのだ、おのれと桂との関係は。そんなふうに結論づけて、だが、ふたりきりで話せるような雰囲気にはならないまま別れ、今日に至る。
だから、会いたい。決意がどうのではなくて、ただ単純に会いたいのだと、銀時は思う。顔を見て、声を聞いて、その空気を身近に感じられたら、それだけでいいのだとさえ思った。ようは惚れているのだ。われながら、あきれるくらいに。結局何年経とうが、ぜんぜん、吹っ切れてなどいなかったのだと、思い知らされる。いやむしろ、離れた時間を経たぶん、増した気がしてやっかいだ。
河川敷の屋台でおでんでもつまんで一杯やるか、と当たりをつけて足を向けた。ここからなら裏道を抜けた方が近い。そうと決まれば、自然足も速まる。左半身だけ引っかけた着物の袂から抜いていた腕を戻して、小走りに行くのへ、路地裏の消火栓の木箱の奥に蹲る黒い影が目にとまった。つと、足を止める。と、影もこちらが止まった気配を察したのか、にわかに緊張を漂わせて顔を上げた。通りの明かりから、逆光でこちらの姿が見づらくなるのだろう、目を眇める。だから気づいたのは、銀時のほうが早かった。
「ヅラ…!」
「ヅラじゃない、桂だ。…て、銀時か?」
なんだろう。この偶然ってやつ? 会いたいと願ってみるもんだ。
「なにやってんだ、おまえ。こんなとこで…」
云い止して、気づく。
「おま、どうした。それ」
前髪に隠れてはいたが、額の左縁が赤黒く腫れていた。
「ああ、いや。ちょっとぶつけただけだ」
ぶつけたのはそうだろうが、ちょっと、という感じではない。銀時は思わず近寄って、その額を引き寄せた。
「うわ。血かたまってんじゃねーの。いつやったんだよ。てか、それでこんなとこ蹲ってたのかよ」
きれいな顔に傷なんてつけてんじゃねぇよ。内心でひとりごちる。
「いや、それで落っこちて、下敷きにして、やり過ごして、逃げたんだが。どうもまだふらふらするからちょっと休もうかと…」
説明になってるんだかなっていないんだか、桂のようすでは、おそらく真選組とでも鉢合わせしたのだろう。やれやれ、と銀時は云って、桂の脇に支えるように肩を入れた。
「おまえ、それ、やばいよ。まずいとこぶつけてんじゃないの? それ以上莫迦になったらどうすんの」
ほんとうは、やれやれ、どころの気分ではない。戦時の、あのぎゅっと胸を潰されるような、冷えた感覚がよみがえってきて、銀時は知らず支える腕にちからをこめた。云ったところで聞かないのはわかりきっていたが、つい愚痴のひとつも云いたくなる。
「いいかげんにしなさいよ。ったく。いつまでも攘夷攘夷とやってるから、こーゆーことになるんでしょうが」
「おい、どこへゆく?」
支えて歩き出した銀時に、思ったとおり愚痴はきれいに聞き流して、桂が問う。
「手当て、しないとだめでしょーが。銀さんやったげるから、おとなしくうちに来なさい」
「いい。これくらい自分でなんとかなる」
「いま、そこで蹲ってたやつが、なに云ってんだか」
「銀時」
「いいから、来い」
心配を通り越した怒りの感情が、無意識のうちに声に出た。それに気づいたのか、そのあと桂は黙って、銀時に連れられるままに万事屋に入った。
* * *
続 2008.01.21.
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ひさびさの労働のあとの疲労と昂揚とを感じながら、銀時はぶらりと家路についた。
「どっかで、かるくひっかけてくかなー」
事前の依頼では終了は深夜近くに及ぶとされた警備の仕事で、今夜は神楽も新八の家で夕食、就寝という手筈になっている。それが思いのほか早くに退けて、遅い夕飯にならまだ充分な時間だ。これで請負料は変わらないのだから、ちょっと得した気分にもなる。
こんなときには会いたくてたまらなくなる相手もいたが、あいにく、銀時はそのおもいびとの住み処を知らない。転々と住居を変えるからで、そのいちいちを桂は知らせたりしないし、銀時も聞くのを躊躇った。
考えてみれば、むこうが会いに来ないかぎり会う会わないの選択の権利すらないのだと、いまさらに気づく。ふらりと銀時のまえに姿を現しては、こちらの気分をいいように引っ掻き回して帰るのが常だ。目のまえにいても触れることさえかなわない。再会後、銀時が桂への対応に惑っていたせいもあるが、もう、桂の思惑などあれこれ考えるのは止めにした。つぎに会ったら、いまのままでは置かない。そう決意したものの、その当の相手が先日来、とんと姿を見せないのではお話にもならない。
いや、正確には、お馬鹿はやった。桂のペット救出を手伝わされたのだ。忍者の扮装などさせられて、なんでこんなに合うのだと思うくらいに、息の合った闘いっぷりに、思い返しても頭痛がする。結局理屈ではないのだ、おのれと桂との関係は。そんなふうに結論づけて、だが、ふたりきりで話せるような雰囲気にはならないまま別れ、今日に至る。
だから、会いたい。決意がどうのではなくて、ただ単純に会いたいのだと、銀時は思う。顔を見て、声を聞いて、その空気を身近に感じられたら、それだけでいいのだとさえ思った。ようは惚れているのだ。われながら、あきれるくらいに。結局何年経とうが、ぜんぜん、吹っ切れてなどいなかったのだと、思い知らされる。いやむしろ、離れた時間を経たぶん、増した気がしてやっかいだ。
河川敷の屋台でおでんでもつまんで一杯やるか、と当たりをつけて足を向けた。ここからなら裏道を抜けた方が近い。そうと決まれば、自然足も速まる。左半身だけ引っかけた着物の袂から抜いていた腕を戻して、小走りに行くのへ、路地裏の消火栓の木箱の奥に蹲る黒い影が目にとまった。つと、足を止める。と、影もこちらが止まった気配を察したのか、にわかに緊張を漂わせて顔を上げた。通りの明かりから、逆光でこちらの姿が見づらくなるのだろう、目を眇める。だから気づいたのは、銀時のほうが早かった。
「ヅラ…!」
「ヅラじゃない、桂だ。…て、銀時か?」
なんだろう。この偶然ってやつ? 会いたいと願ってみるもんだ。
「なにやってんだ、おまえ。こんなとこで…」
云い止して、気づく。
「おま、どうした。それ」
前髪に隠れてはいたが、額の左縁が赤黒く腫れていた。
「ああ、いや。ちょっとぶつけただけだ」
ぶつけたのはそうだろうが、ちょっと、という感じではない。銀時は思わず近寄って、その額を引き寄せた。
「うわ。血かたまってんじゃねーの。いつやったんだよ。てか、それでこんなとこ蹲ってたのかよ」
きれいな顔に傷なんてつけてんじゃねぇよ。内心でひとりごちる。
「いや、それで落っこちて、下敷きにして、やり過ごして、逃げたんだが。どうもまだふらふらするからちょっと休もうかと…」
説明になってるんだかなっていないんだか、桂のようすでは、おそらく真選組とでも鉢合わせしたのだろう。やれやれ、と銀時は云って、桂の脇に支えるように肩を入れた。
「おまえ、それ、やばいよ。まずいとこぶつけてんじゃないの? それ以上莫迦になったらどうすんの」
ほんとうは、やれやれ、どころの気分ではない。戦時の、あのぎゅっと胸を潰されるような、冷えた感覚がよみがえってきて、銀時は知らず支える腕にちからをこめた。云ったところで聞かないのはわかりきっていたが、つい愚痴のひとつも云いたくなる。
「いいかげんにしなさいよ。ったく。いつまでも攘夷攘夷とやってるから、こーゆーことになるんでしょうが」
「おい、どこへゆく?」
支えて歩き出した銀時に、思ったとおり愚痴はきれいに聞き流して、桂が問う。
「手当て、しないとだめでしょーが。銀さんやったげるから、おとなしくうちに来なさい」
「いい。これくらい自分でなんとかなる」
「いま、そこで蹲ってたやつが、なに云ってんだか」
「銀時」
「いいから、来い」
心配を通り越した怒りの感情が、無意識のうちに声に出た。それに気づいたのか、そのあと桂は黙って、銀時に連れられるままに万事屋に入った。
* * *
続 2008.01.21.
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